船水 颯人(ふねみず はやと、英:FUNEMIZU Haya… 船水 颯人(ふねみず はやと、英:FUNEMIZU Hayato、1997年1月24日 - )は、日本のプロソフトテニス選手。ポジションは後衛。 青森県黒石市出身。黒石烏城クラブ - 黒石市立黒石中学校 - 東北高等学校 - 早稲田大学。プロソフトテニスプレーヤー船水雄太の弟。2019年4月に日本人で初めてのプロ宣言。天皇杯優勝4回、全日本シングルス優勝4回と、単複で日本を代表するソフトテニスプレーヤー。素早いフットワークを生かした、コートカバーリングに非常に長けた選手であり、2013年〜2015年の東北高校在学中、高校シングルス公式戦3年間無敗のまま高校生活を終えた。2015年全日本シングルスでは、決勝で兄の雄太を撃破し、全日本シングルス最年少優勝を果たした(18歳と113日)。
船水 雄太(ふねみず ゆうた、1993年10月7日 - )は… 船水 雄太(ふねみず ゆうた、1993年10月7日 - )は、日本の元プロソフトテニス選手。npbピックルボールプロ選手。ダブルスでのポジションは後衛。青森県出身。AAS Management所属。 1993年、青森県黒石市出身。東北高校、早稲田大学を経て、2016年にNTT西日本所属。 2020年、プロ宣言。AAS Managementに所属。 2023年10月、ピックルボールを本格的に開始。 2025年2月、プロピックルボール協会(PPA)と契約。 2025年3月、メジャーリーグ(MLP)マイアミからドラフト指名。 実弟はソフトテニスプレーヤーの船水颯人。
岡嶋 かな多(おかじま かなた、1984年7月7日 - )は… 岡嶋 かな多(おかじま かなた、1984年7月7日 - )は、日本の女性作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、ボーカルプロデューサー。 青森県黒石市出身。幼少期をアメリカで過ごしていた帰国子女であり、現在は東京を拠点に活動している。 クレジット名は「Kanata Okajima」。 BTS、嵐、安室奈美恵、TWICE、King & Prince、NiziUを含む、多数のアーティスト、プロジェクトに楽曲を提供。オリコン1位の獲得は170回を越える。 三浦大知が歌う「仮面ライダーエグゼイド」主題歌『EXCITE』(作詞・作曲)で、日本レコード大賞 優秀作品賞を受賞。 さらに2025年には、第67回日本レコード大賞にて、作詞・作曲を手がけたM!LK『イイじゃん』が優秀作品賞を受賞し、自身にとって二度目の受賞となった。
工藤 隆人(くどう たかひと、1981年3月30日 - )は… 工藤 隆人(くどう たかひと、1981年3月30日 - )は、青森県黒石市出身の元プロ野球選手(外野手)、コーチ。左投左打。 弘前実業高校時代は1年の夏に外野手のレギュラーを獲得し、夏の甲子園に出場。2年の秋からはエースとしても活躍、秋季東北大会でベスト8、3年夏は県大会ベスト4。 青森大学では細川亨の1学年下で、2年からレギュラーとして大学選手権ベスト8、秋はリーグ首位打者。4年生次には竹原直隆(城西大学)や鞘師智也(東海大学)らとともに外野手として2002年の第1回世界大学野球選手権日本代表に選ばれている。ベストナイン5回。JR東日本(JR東日本硬式野球部)では同い年で同期入社の小山良男と共に都市対抗などに出場した。
今 大介(こん だいすけ、1978年4月10日 - )は、日… 今 大介(こん だいすけ、1978年4月10日 - )は、日本の政治家。青森県黒石市長就任予定者。元黒石市議会議員(3期)。 青森県黒石市出身。青森県立柏木農業高等学校卒業後、建設会社員を経て就農。 2015年に黒石市議会議員に初当選し、3期務める。 2026年4月21日、黒石市長選挙への立候補を表明し、5月1日付で市議を辞職。 6月21日黒石市長選挙が公示され、今ら4人が立候補を届け出た。立候補者のうち今、鳴海恵一郎元県議、大溝雅昭元市議の3人はいずれも自民党籍を持つ保守分裂選挙となり、木村次郎衆議院議員は中立の立場で3陣営全てでマイクを握った。この他、元新聞記者の尾城徹雄が立候補した。28日の投開票の結果、今が鳴海に561票差で競り勝ち初当選した。
窪寺 美穂子(くぼでら みほこ、1961年2月25日 - )… 窪寺 美穂子(くぼでら みほこ、1961年2月25日 - )は、元青森放送アナウンサー。青森県黒石市出身。血液型B型。 共立女子大学家政学部被服学科卒業。「人との会話をスムーズにしたい」という目的でアナウンスアカデミーに通う。 大学卒業後は地元・青森で就職を希望していたが、1984年4月に中京テレビ放送に入社。中京テレビ時代はニュース、天気予報などを担当。1986年8月に中京テレビ退社、同年9月に青森放送入社(同期は4月入社の川村美緒子、佐藤義之、柿崎元子)。 「週刊SEE!SEE!SEE!」など、ヤングタイムのラジオ番組に出演していた当時は、「ミョンミョン」のニックネームで親しまれていたこともあった。
鳴海 広道(なるみ ひろみち、1941年(昭和16年)3月1… 鳴海 広道(なるみ ひろみち、1941年(昭和16年)3月10日 - 2020年(令和2年)12月15日)は、日本の政治家。青森県黒石市長(4期)。青森県議会議員(通算5期)。 青森県黒石市出身。日本大学法学部中退。黒石市議会議員を経て、1975年(昭和50年)の青森県議会議員選挙で初当選。1995年(平成7年)まで務める。この間、1991年(平成3年)議長に就任した。 1995年の第17回参議院議員通常選挙において青森県選挙区から自由民主党公認で立候補したが、新進党公認の山崎力に敗れた。 1998年(平成10年)6月の黒石市長選挙に出馬し、元青森県議の高樋憲を破って初当選した。 黒石市長を4期務め、2014年(平成26年)に退任した。
高橋 美徳(たかはし よしのり、1939年4月26日 - 2… 高橋 美徳(たかはし よしのり、1939年4月26日 - 2018年5月23日)は、日本のプロボクサー・プロボクシング・トレーナー経験者、プロモーターである。青森県黒石市出身。現役時代は三迫ボクシングジム所属。階級はウェルター級、2017年3月まで国際ボクシングスポーツジム会長、東日本ボクシング協会副会長兼事務局長も務めた。 青森商業高校では1957年全日本高校選手権ライト級で優勝。 法政大学でも1961年、全日本大学ウェルター級優勝。 同年、三迫ジムに入門し、8月1日の奥山利夫戦でプロデビュー。 2戦目にKO負けを経験したが、その後は17連勝をマークする。 1963年3月9日、ウェルター級の世界ランク入り目指してアメリカの強豪ガーランド・ランドールと対決したが、2回KOに敗れた。
村上 真完(むらかみ しんかん、1932年7月25日 - 2… 村上 真完(むらかみ しんかん、1932年7月25日 - 2024年9月1日)は、日本の仏教学者・インド哲学者。東北大学名誉教授。 青森県黒石市出身。東北大学文学部印度学仏教学科卒。1963年同大学院文学研究科博士課程退学。1979年「サーンクヤ哲学研究 インド哲学における自我観」で文学博士。八戸工業高等専門学校助教授、1969年東北大学文学部助教授、1989年教授、1996年定年退官、名誉教授、聖和学園短期大学教授。2009年『パーリ仏教辞典』で日本翻訳出版文化賞受賞。
津軽海 伝藏(つがるうみ でんぞう、1928年5月13日 -… 津軽海 伝藏(つがるうみ でんぞう、1928年5月13日 - 2013年7月14日)は、青森県南津軽郡(現黒石市)出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は宇野 傳三(うの でんぞう)。身長167cm、体重79kg。得意手は、左四つ、寄り。最高位は西十両16枚目(1957年1月場所)。得意技は左四つ、寄り。引退後は若者頭・津軽海として長く後進の指導に当たった。 第二次世界大戦中は満蒙開拓青少年義勇軍に加入し、中国大陸に渡っていた。終戦と共に、中国から引き揚げて郷里の青森に戻った。予てから相撲好きであったため、角界入りを決意し、知人から春日野部屋を紹介され入門。1948年5月場所で初土俵を踏んだ。
竹内 黎一(たけうち れいいち、1926年8月18日 - 2… 竹内 黎一(たけうち れいいち、1926年8月18日 - 2015年9月5日)は、日本の政治家。位階は正三位。勲章は勲一等旭日大綬章。 衆議院議員(10期)、科学技術庁長官(第38代)、原子力委員会委員長(第38代)、衆議院外務委員長・環境委員長等を歴任した。 父は青森県知事や衆議院議員を務めた竹内俊吉。 青森県黒石市生まれ。旧制青森中学校、旧制弘前高等学校、東京大学経済学部卒業。東大卒業後、毎日新聞社に入社。毎日新聞の政治記者、運輸大臣秘書官を経て、1963年の第30回衆議院議員総選挙に、青森県知事に転身した父・俊吉に代わって旧青森2区(定数3)から無所属で立候補し、得票数トップで初当選した(当選同期に小渕恵三・橋本龍太郎・小宮山重四郎・伊東正義・田中六助・渡辺美智雄・佐藤孝行・藤尾正行・中川一郎・三原朝雄・鯨岡兵輔・奥野誠亮らがいる)。
綾若 真生(あやわか まさお、1909年11月20日 - 1… 綾若 真生(あやわか まさお、1909年11月20日 - 1989年11月10日)は、青森県南津軽郡(現在の黒石市)出身で出羽海部屋に所属した大相撲力士。本名は高橋 勝雄(たかはし かつお)。最高位は西前頭5枚目(1940年1月場所)。現役時代の体格は身長170cm、体重82kg。得意手は右四つ、下手投げ、捻り、足癖、とったり。 農家に生まれ、幼少時から力が強く米2俵を両手に担ぎ近在の評判になったという。同じ津軽出身の綾櫻を慕って上京、出羽海部屋に入門して1925年1月場所に綾櫻に因んだ「綾若」の四股名で初土俵を踏んだ。綾櫻や大ノ里らの指導を受け、入門から5年後の1930年5月場所で十両に昇進した。
鳴海潟 陸奥雄(なるみがた むつお、1909年3月6日 - … 鳴海潟 陸奥雄(なるみがた むつお、1909年3月6日 - 没年不明)は、青森県南津軽郡浅瀬石村(現・黒石市)出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は鳴海 源吉。最高位は西十両9枚目(ただし、後述のように十両力士として土俵に上がらなかった)。 1925年郷里の大関大ノ里に憧れて上京し出羽海部屋に入門した。翌1926年1月場所「鳴海潟」の四股名で番付についた。その後は順調に番付を上げ、1932年1月場所で十両に昇進した。しかし、番付発表後天竜は角界の改革を訴えこれに大ノ里も同調したため春秋園事件が起きた。天竜、大ノ里らは相撲協会を脱退。鳴海潟も大ノ里と行動を共にし脱退した。天竜率いる「大日本新興力士団」に加わった。
明本 京静(あけもと きょうせい、1905年3月23日 - … 明本 京静(あけもと きょうせい、1905年3月23日 - 1972年10月17日)は、日本の作詞家、作曲家。本名は明本 教成。 青森県黒石市出身。旧制青森県立弘前中学校(現・青森県立弘前高等学校)を経て、旧制弘前高等学校卒業。東京帝国大学工学部中退。 近衛秀麿に師事し、新交響楽団(NHK交響楽団の前身)でベートーヴェンの「第九」のテナー独唱者となる。 その後、しばらく鳴かず飛ばずの時代が続いたが、昭和14年(1939年)、朝日新聞社が募集した「皇軍感謝の歌」の当選作、「父よあなたは強かった」の作曲依頼が日本コロムビアに依頼され、専属作曲家12人の競作になり、採用されたのは最も無名に近かった明本の曲であった。
高樋 竹次郎(たかひ たけじろう、1902年(明治35年)8… 高樋 竹次郎(たかひ たけじろう、1902年(明治35年)8月20日 - 1984年(昭和59年)4月27日)は、日本の政治家。青森県黒石市長(4期)。 青森県南津軽郡黒石町(現在の黒石市)出身。1919年(大正8年)陸軍歩兵第52連隊に入隊。1922年(大正11年)に除隊した。除隊後、土木建設業を始める。1927年(昭和2年)津軽実業新報社を開き、社長となる。 1929年(昭和4年)黒石町会議員に当選。1947年(昭和22年)青森県議会議員に当選し、2期務める。1958年(昭和33年)黒石市長に当選。市長を4期務めた。在職中は「交通安全都市」「無雑音都市」を宣言。市民相談室を開設。また、市内に県内初の国民宿舎が開業した。
櫻川 五良藏(さくらがわ ごろぞう、1886年5月17日 -… 櫻川 五良藏(さくらがわ ごろぞう、1886年5月17日 - 1924年2月25日)は、現在の青森県黒石市出身で立田山部屋に所属した力士。本名は木村 慶次郎。身長167cm、体重105kg。最高位は西前頭2枚目。 郷里にいた頃は裁判所の職員をしながら教員を目指していた経歴を持つ。1903年1月に初土俵を踏み、1911年2月十両昇進。1912年1月入幕を果たし、2枚目まで躍進するが三役昇進はならなかった。十両に陥落してからは振るわず、1917年1月廃業した。櫻川五良藏の四股名は講談の登場人物の名から付けた。
小ノヶ嵜 金藏(おのがさき きんぞう、1884年1月1日 -… 小ノヶ嵜 金藏(おのがさき きんぞう、1884年1月1日 - 1967年4月2日)は、現在の青森県黒石市出身で熊ヶ谷部屋に所属した大相撲力士。本名は佐藤 金作(旧姓工藤)。170cm、86kg。最高位は西前頭5枚目。 左四つからの押しと寄りを得意とし、地味であったが力が強かった。1906年5月初土俵、1911年6月十両昇進。1913年1月入幕を果たし、華々しい活躍こそなかったが、前頭5枚目まで躍進する。しかし地方巡業中に足を骨折する怪我で全休が続き、1916年5月十両陥落となり、そのまま1917年1月廃業した。その後は旧両国国技館内で「天金」という天ぷら屋を経営し、後に「大金」という料亭を経営して繁盛した。
綾川 五郎次(あやがわ ごろうじ、1883年11月2日 - … 綾川 五郎次(あやがわ ごろうじ、1883年11月2日 - 1933年2月16日)は、青森県南津軽郡(現黒石市)出身で入間川部屋に所属した大相撲力士。本名は村上 要作(むらかみ ようさく)。最高位は関脇。 1883年11月2日に青森県南津軽郡(現黒石市)で生まれる。幼少期から宮相撲で活躍して力士を志し、旧制盛岡中学校を中退して高砂部屋へ入門、1905年1月場所で序ノ口から初土俵を踏んだ。1910年6月場所で十両に昇進し、1914年1月場所で新入幕を果たした。入幕後は負け越しがなく、鳳谷五郎を二度破るなど「鳳キラー」として活躍、1915年5月場所で小結へ、1916年5月場所で関脇へ昇進したが、腎結石のために初日の取り組みに出場(黒星)のみで残りを全休、それ以降も不振で番付が降下していった。
秋田 雨雀(あきた うじゃく、1883年〈明治16年〉1月3… 秋田 雨雀(あきた うじゃく、1883年〈明治16年〉1月30日 - 1962年〈昭和37年〉5月12日)は、日本の劇作家・詩人・童話作家・小説家・社会運動家である。本名は徳三(とくぞう)。 産科医である父玄庵(全盲であった)と、母まつの長男として青森県南津軽郡黒石町(現黒石市)に生まれる。黒石尋常小学校、青森県立第一尋常中学校(青森県立弘前高等学校の前身)を経て東京専門学校(早稲田大学の前身校)英文科に入学する。在学中の1904年、詩集「黎明」を刊行。 1908年、恩師の島村抱月の推薦により、『早稲田文学』6月号に小説「同性の恋」を発表。小山内薫のイプセン研究会の書記をつとめ、戯曲への関心を深める。
宇野 要三郎(うの ようざぶろう、1878年9月15日 - … 宇野 要三郎(うの ようざぶろう、1878年9月15日 - 1969年3月22日)は、日本の裁判官・弓道範士(10段)。大審院部長。終戦後に全日本弓道連盟を組織し、その初代会長を務めた。号は竹隠。 青森県黒石市出身。父は大地主で貴族院議員も務めた宇野清左衛門である。 青森県立弘前中学校(現・青森県立弘前高等学校)から第二高等学校を経て、京都帝国大学に進む。1904年、京都帝国大学法科大学独法科を卒業し、同年判事に任官する。初任は神戸地方裁判所。横浜地方裁判所や東京地方裁判所の所長を務めた後、1934年に大審院部長となる(1941年に定年退官)。 終戦後は1947年から第一東京弁護士会に登録する弁護士となり、1952年には公安審査委員会委員長も務めた(1956年退任)。
鳴海 文四郎(なるみ ぶんしろう、1877年(明治10年)1… 鳴海 文四郎(なるみ ぶんしろう、1877年(明治10年)10月1日 - 1933年(昭和8年)2月28日)は、明治から昭和時代初期の政治家、実業家、醸造家。鳴海醸造店第4代当主。衆議院議員(2期)。幼名は明治郎。 青森県南津軽郡黒石町(現黒石市)出身。同郡浅瀬石村(現黒石市)の鳴海久兵衛家の分家で屋号は久〇(きゅうまる)といい、中町で1808年(文化5年)から代々酒造業を営んだ。江戸時代は稲村屋を名乗っていた。別家・鳴海理兵衛の長男として生まれ、のち3代鳴海文四郎の養嗣子となった。 黒石町会議員などを経て、1917年(大正6年)4月の第13回衆議院議員総選挙では青森県郡部から立憲政友会所属で出馬し当選。
宇野 勇作(うの ゆうさく、1871年6月2日(明治4年4月… 宇野 勇作(うの ゆうさく、1871年6月2日(明治4年4月15日) - 1940年(昭和15年)10月8日)は、大正から昭和時代前期の政治家、銀行家、実業家。貴族院多額納税者議員。衆議院議員(1期)。 陸奥弘前藩領津軽郡上十川村(青森県南津軽郡六郷村を経て現黒石市)に生まれる。南黒地方屈指の大地主。南津軽郡立中学校を卒業し、産馬、リンゴ園、酒造業、運送業などを営む。1915年(大正4年)青森県会議員に当選。1920年(大正9年)5月の第14回衆議院議員総選挙では青森県第3区から立憲政友会公認で出馬し、鳴海文四郎を700票余上回り当選する。 1927年(昭和2年)六郷村長となり、1932年(昭和7年)9月には青森県多額納税者として貴族院議員に互選され、同月29日から1939年(昭和14年)9月28日まで在任した。
3代 加藤 宇兵衛(かとう うへえ、1862年1月27日(文… 3代 加藤 宇兵衛(かとう うへえ、1862年1月27日(文久元年12月28日) - 1929年(昭和4年)8月22日)は、明治から昭和時代初期の政治家、銀行家、実業家。大地主。貴族院多額納税者議員。衆議院議員(3期)。 造酒屋「沢成 (さわなり、屋号・沢屋)」の2代・加藤成之助の長男として、陸奥黒石藩領津軽郡黒石上町(青森県南津軽郡黒石町を経て現黒石市)に生まれる。1890年(明治23年)から青森県会議員に5回、1902年(明治35年)から衆議院議員に3回当選する。さらに1906年(明治39年)には青森県多額納税者として貴族院議員に互選され、翌年1月18日から1911年(明治44年)9月28日まで在任した。
雪田 樹理(ゆきた じゅり)は、日本の弁護士。大阪弁護士会所… 雪田 樹理(ゆきた じゅり)は、日本の弁護士。大阪弁護士会所属。女性共同法律事務所に所属。特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウの理事および関西事務局長。 青森県黒石市出身。1990年に弁護士登録する。1996年から1998年にかけて、イギリスに留学する。 得意分野は、女性に対する暴力問題、とりわけ家庭内暴力、および性暴力の問題である。婚外子差別の問題にも取り組む。横山ノックの強制わいせつ事件関連訴訟にも取り組んできた。