黒田 将矢(くろだ まさや、2004年1月24日 - )は、… 黒田 将矢(くろだ まさや、2004年1月24日 - )は、青森県むつ市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 むつ市立大平小学校4年時に大平マリナーズで野球を始め、むつ市立大平中学校では軟式野球部に所属。 八戸工業大学第一高等学校では2年秋からエースとなり、秋の青森県大会は八戸西に敗れ県8強。3年春の県大会は準優勝を果たした。夏の県大会は準決勝で青森山田に敗れ県4強。甲子園出場経験は無し。 2021年10月11日に行われた2021年度ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから5位指名を受けた。11月6日、契約金2500万円、年俸650万円で入団に合意した(金額は推定)。背番号は57。
岸本 鷹幸(きしもと たかゆき、1990年5月6日 - )は… 岸本 鷹幸(きしもと たかゆき、1990年5月6日 - )は、青森県むつ市出身の陸上競技選手。専門は400mハードルで、自己ベストは日本歴代5位の48秒41。同種目における2012年ロンドンオリンピック日本代表、2011年大邱世界選手権と2013年モスクワ世界選手権のセミファイナリストである。 青森県むつ市出身。むつ市立大平中学校、青森県立大湊高等学校、法政大学卒業。富士通所属。
松山 ケンイチ(まつやま ケンイチ、1985年〈昭和60年〉… 松山 ケンイチ(まつやま ケンイチ、1985年〈昭和60年〉3月5日 - )は、日本の俳優。愛称は、松ケン。青森県むつ市出身。ホリプロ所属。役柄の幅が極めて広く憑依型俳優、カメレオン俳優と評されている。妻は女優の小雪。ブランド「momiji」クリエイティブディレクター、YouTuber。 2001年、青森県立大湊高等学校在学中に親の薦めでHORIPRO×Boon×PARCOの共同企画・ホリプロ男性オーディション「New Style Audition」を受け16,572人の応募者の中からグランプリを受賞し、高校2年の夏休みに上京、PARCO 2001年「Looking for a new“NEW”」キャンペーンでモデルデビュー。
飛内 将大(とびない まさひろ、1985年1月25日 - )… 飛内 将大(とびない まさひろ、1985年1月25日 - )は、日本の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。青森県むつ市出身。血液型はO型。妻は歌手のAimer。 3歳頃から実家にあったオルガンを弾きながらラジカセに録音して遊ぶようになり、小学校6年生頃から作曲を始める。青森県立田名部高等学校を卒業後、洗足学園音楽大学に進学。19歳頃からトラックメイカー、リミキサーとしてコンピレーション・アルバムへの参加やアレンジなどのキャリアをスタート。 ギターに始まり、キーボード、DJ、ドラム、デジタル・オーディオ・ワークステーションなど様々な遍歴からエレクトロやハウス系をはじめとしたエレクトロニック・ダンス・ミュージックにバンドサウンドを織り交ぜたサウンドを独自の手法で創り上げ、ポップス、ロック、ブラックミュージックなど、様々なジャンルのサウンドにも対応出来るオールラウンダーである。
山本 知也(やまもと ともや、1983年2月19日 - )は… 山本 知也(やまもと ともや、1983年2月19日 - )は、日本の政治家。青森県むつ市長(1期)。元青森県議会議員(1期)。 青森県むつ市出身。青森県立田名部高等学校を経て、法政大学経営学部卒業。卒業後はむつ市役所に入り、教育委員会、財政課、総合戦略課、市長秘書を務める。 2019年の青森県議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選。のち、自民党会派に入った。 2023年むつ市長の宮下宗一郎が青森県知事選挙に出馬するため、市長を辞職。これに伴うむつ市の市長選挙に立候補し、元県議の菊池憲太郎を破って初当選を果たした。
朝比奈 ゆうや(あさひな ゆうや、1980年9月7日 - )… 朝比奈 ゆうや(あさひな ゆうや、1980年9月7日 - )は、日本の少女漫画家。青森県むつ市生まれ。血液型はO型。 1998年、「りぼんオリジナル」12月号に掲載された『天然ジョーカー』でデビュー。「りぼん」や、その派生誌で活躍していたが、2006年以降は、活動の場を「マーガレット」に移している。なお、以上の雑誌の出版元は、すべて集英社である。 すべて集英社から刊行されている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
宮下 宗一郎(みやした そういちろう、1979年(昭和54年… 宮下 宗一郎(みやした そういちろう、1979年(昭和54年)5月13日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。青森県知事(公選第22代)、青森県むつ市長(3期)。無所属。 父親は元むつ市長の宮下順一郎。 青森県むつ市生まれ。むつ市立大湊小学校、むつ市立田名部中学校、 青森県立青森高等学校、 東北大学法学部卒業。在学中に国家公務員I種試験(法律職)に合格。 大学卒業後、2003年4月 国土交通省入省。国土計画局、道路局、東北地方整備局用地企画課、都市・地域整備局、土地・建設産業局等の旧建設省畑を歩み、主に法案・予算案の企画・立案を担当。2009年 国土交通省都市局まちづくり推進課課長補佐。2011年 国土交通省土地・建設産業局建設業課課長補佐。
高田 賢一(たかだ けんいち、1976年1月11日 - )は… 高田 賢一(たかだ けんいち、1976年1月11日 - )は、青森県むつ市出身の俳優。身長182cm。 青森県立田名部高等学校、青森大学卒業後、単身上京。学生時代はバスケットボール東北選抜にて活躍した。文学座附属演劇研究所、さち子プロを経て、現在は株式会社Ruby・sue(ルビー・スー)に所属。
櫛引 彩香(くしびき さやか、1975年9月24日 - )は… 櫛引 彩香(くしびき さやか、1975年9月24日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。青森県むつ市出身。愛称は、「ビッキー」。 1994年に弘前学院聖愛高等学校を卒業し、尚美ミュージックカレッジ専門学校で電子オルガンを専攻する。同じ専門学校にはクラムボンや山崎ゆかり(空気公団)がおり、山崎とは同じ寮に入っていた。 1999年、東芝EMI所属にて『いつもの気分で』で、メジャー・デビュー、シングル6枚、アルバム2枚をリリース。 その後2004年に活動をインディーズに移し、ライブ活動やミニアルバム『I'll be there』、アルバム『LIFE』、『AOR』を発表。 様々なカバーアルバムやCM、ヴォーカリスト、ラジオ番組のパーソナリティとしても活動。
藤崎 竜(ふじさき りゅう、1971年3月10日 - )は、… 藤崎 竜(ふじさき りゅう、1971年3月10日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。男性。身長173cm。血液型はA型。初期の頃のペンネームは漢字表記は同じだが、読みが「ふじざき りゅう」だった。愛称は「フジリュー」と「プティタキテュー」。青森県むつ市(旧下北郡川内町)出身。工学系専門学校卒。 小学校3 - 4年生の頃に、車田正美の『リングにかけろ』をきっかけに漫画を読むようになり、気がついたら絵を描かけるようになっていた。 幼い頃からパソコンに親しむ。10代の頃はコンピュータのシステムエンジニアを志望し専門学校に通っていた。 高校在学中の16歳頃にオリジナル漫画を初めて製作し、雑誌の漫画賞に応募して最終選考に残る。
板橋 かずゆき(いたばし かずゆき、1970年(昭和45年)… 板橋 かずゆき(いたばし かずゆき、1970年(昭和45年)2月9日 - )は、青森県むつ市出身の盲目のシンガーソングライター、ギタリスト、ヴォーカリスト。個人事務所、板橋かずゆきオフィス所属タレント。THEオリオンのメンバー。愛称は「板ちゃん」、「かずちゃん」 身長は170cm、AB型。好きな食べ物はぶどう、枝豆、ウインナー、焼肉、ラーメン、そばなど。好きな飲み物は赤ワイン、ビール。イタリアンレストランサイゼリヤが大好きでメニューをほぼ暗記している。野球やサッカー観戦(テレビやラジオなどの音声解説での観戦)が趣味。自身はグランドソフトボール(盲人野球)をしていた経験もあり、過去には青森県代表で全国大会に出場し2度優勝をしている。
石川 啓太郎(いしかわ けいたろう、1961年(昭和36年)… 石川 啓太郎(いしかわ けいたろう、1961年(昭和36年)4月26日 - )は、日本の銀行家。青森みちのく銀行代表取締役頭取(初代)。元青森銀行代表取締役頭取。プロクレアホールディングス代表取締役副社長。 青森県むつ市出身。青森県立青森高等学校卒業。1984年、上智大学法学部卒業。同年4月、青森銀行に入行。 入行後は、経営企画・リテール営業企画・人事部門を歴任。2005年、大湊支店長。2008年、湊支店長。2009年、湊支店長兼本町支店長。2010年、人事部長。2011年、総合企画部長。2013年、本店営業部長。 2014年、執行役員本店営業部長。2015年、執行役員営業統括部長。2016年、取締役地区営業本部長(弘前地区担当)。
河村 次郎(かわむら じろう、1958年12月29日 - )… 河村 次郎(かわむら じろう、1958年12月29日 - )は、日本の哲学研究者。 青森県むつ市生まれ。1984年東洋大学文学部哲学科卒業。1991年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。91年から東洋大学非常勤講師。
むつ 利之(むつ としゆき、1955年10月10日 - )は… むつ 利之(むつ としゆき、1955年10月10日 - )は、日本の漫画家。 青森県むつ市出身。青森県立田名部高等学校卒。1979年に「GOGO!ピンクソックス」にてデビュー。 代表作に、第13回講談社漫画賞少年部門を受賞した「名門!第三野球部」などがある。同作を執筆するまではお色気ギャグ漫画を中心として執筆していた。 「たたけよ、されば開かれん」が座右の銘で、作品中にたびたびこの言葉が使われている。
宮下 順一郎(みやした じゅんいちろう、1952年5月1日 … 宮下 順一郎(みやした じゅんいちろう、1952年5月1日 - 2014年5月19日)は、日本の政治家。青森県むつ市長(2期)。 青森県むつ市生まれ。青森県立青森高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。卒業後は帰郷し、学習塾を開く。その後、酒販店を経営する。 1995年、むつ市議会議員に当選。2003年から2007年まで同市議会議長。 3期目途中の2007年7月、杉山粛の死去によるむつ市長選挙に立候補し、使用済み核燃料の中間貯蔵施設誘致などを掲げて初当選する。2011年7月の市長選では市庁舎移転や市の赤字解消の実績を強調して再選。 市長を2期務め、2期目在職中の2014年5月19日、同市内のホテルで開催された異業種組織との総会に参加、午後6時過ぎから行われた懇親会で乾杯の挨拶をしようとしたとき意識を失って倒れ、同日午後9時36分、救急車で搬送されたむつ総合病院でクモ膜下出血により急死した。
早川 啓二(はやかわ けいじ、1950年6月14日 - 20… 早川 啓二(はやかわ けいじ、1950年6月14日 - 2008年4月)は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督。青森県むつ市出身。 後にズイヨー映像→日本アニメーションへと移籍し、テレビアニメ『あしたへアタック!』(1977年)で演出デビュー。同社を離れた後、『巴里のイザベル』(1979年)で監督デビュー。 その後はスタジオぴえろ→スタジオぎゃろっぷと渡り歩き、これら各社の諸作品で活躍。特に『キテレツ大百科』は放送開始前に制作された単発特番より絵コンテや演出として参加し、放送2年目を迎えた第44話より2代目監督に就任。以後7年以上監督を務めた。 同作の終了後はメルヘン社や東京キッズなどを主な活動拠点とした。
北ノ花 吉保(きたのはな よしやす、1950年6月13日 -… 北ノ花 吉保(きたのはな よしやす、1950年6月13日 - )は、青森県むつ市(当時は下北郡田名部町)出身で二子山部屋に所属した元大相撲力士。本名は藤井 光雄(ふじい みつお)。身長181cm、体重107kg。最高位は西十両4枚目。得意技は右四つ、投げ、突き。 初土俵は1969年5月場所、1978年3月場所に新十両。新十両の場所では11勝4敗の好成績を挙げ、優勝決定戦まで進んだが、優勝決定戦では同じ青森県出身で同じ二子山部屋の大觥に吊り出しで敗れ、優勝はならなかった。1980年5月場所をもって廃業。 引退後は地元むつ市に戻ってちゃんこ屋を開いたが、のちに転向して藤井カイロ整体を開いた。
木村 藤子(きむら ふじこ、1947年6月8日-)は、日本の… 木村 藤子(きむら ふじこ、1947年6月8日-)は、日本の作家。 信用金庫の元職員。青森県むつ市在住。 青森県下北郡田名部(現・青森県むつ市)に、8人兄弟の末っ子として生まれる。母親は、周囲から霊能力者とみなされる人物であった。高校卒業後、信用金庫に勤める。30代の時、神の声を聞いて霊視・透視能力を授かる。 1990年(平成2年)9月、むつ市内のマエダ百貨店で開催された爬虫類ショーのアミメニシキヘビが逃げた際、その所在を言い当てたとして全国的にその名が知れわたり、「青森の神様」「ヘビの神様」と言われる。美輪明宏・江原啓之らと『オーラの泉』に出演した。
田中 忠三郎(たなか ちゅうざぶろう、1933年11月26日… 田中 忠三郎(たなか ちゅうざぶろう、1933年11月26日 - 2013年3月5日)は、日本の民俗学者、民俗民具研究家、著述家。アミューズミュージアム名誉館長。渋沢敬三に傾注し、在野の民族研究家として民具の調査・収集にあたった。 1933年(昭和8年)11月26日、青森県下北郡川内町(現・むつ市)生まれ。 23 歳から単独で、平内町にある槻の木遺跡・一本松遺跡を 10 年間発掘する。その後、平内町教育委員会の勤務を経て、1977年から、布類を中心とした民具の収集を行う。三沢市小川原湖民俗博物館館長を務めた後、青森市歴史民俗展示館 稽古館の館長に就任する。民俗学へ転じて以降、半世紀近くにわたり、集落の姥や古老から昔の話を聞き取るフィールドワークを行った。
斎藤 実(さいとう みのる、1923年9月25日 - 201… 斎藤 実(さいとう みのる、1923年9月25日 - 2014年11月4日)は、日本の政治家。公明党衆議院議員(6期)。 青森県下北郡大湊町(現むつ市)出身。1940年、函館市立商工青年学校(後の北海道函館工業高等学校)卒業。1959年札幌市議会議員に当選する。1期務めた後、1963年から北海道議会議員を1期務める。1967年の第31回衆議院議員総選挙で北海道1区から公明党公認で立候補して当選、以後6期務めた。1986年の第38回衆議院議員総選挙に出馬せず引退した(後継者には参議院から藤原房雄が鞍替え)。2014年死去。
川島 雄三(かわしま ゆうぞう、1918年2月4日 - 19… 川島 雄三(かわしま ゆうぞう、1918年2月4日 - 1963年6月11日)は、日本の映画監督。 青森県下北郡田名部町(現在のむつ市)生まれ。家は代々伝わる商家(酒屋)で、もともとは近江商人の出。父・徳蔵、母・ヨシの三男として生まれる。ヨシは下北半島の大畑八幡神社の娘で、川島が5歳のとき死亡。その後は義母に育てられる。運動は駄目だったが、成績優秀で本を読むのが好きな子供だった。 青森県立野辺地中学校(現:青森県立野辺地高等学校)卒業。明治大学専門部文科文芸科に入学、学生時代は映画研究部に在籍。大学卒業後、松竹大船撮影所監督部に入社。撮影所前の松尾食堂に入り浸り、居候となる。食堂の娘と縁談話が持ち上がったが、子供を作れない体であることを理由に断る。
杉山 勝雄(すぎやま かつお、1910年(明治43年)5月7… 杉山 勝雄(すぎやま かつお、1910年(明治43年)5月7日 - 1965年(昭和40年)8月31日)は、日本の政治家。初代青森県むつ市長(2期)。 青森県下北郡田名部町(のち大湊田名部市、現在のむつ市)生まれ。旧制青森県立青森商業学校(現在の青森県立青森商業高等学校)を経て、1931年(昭和6年)中央大学法学部法学科卒。卒業後は、家業の製材、運輸業に従事した。1941年(昭和16年)田名部町会議員に当選。1947年(昭和22年)の青森県議会議員選挙に社会党公認で立候補したが、落選した。1948年(昭和23年)3月に町会議員を退任した。1951年(昭和26年)青森県議会議員に当選。1959年(昭和34年)4月まで2期務めた。
平野 勇造(ひらの ゆうぞう、1864年12月21日〈元治元… 平野 勇造(ひらの ゆうぞう、1864年12月21日〈元治元年11月23日〉 - 1951年〈昭和26年〉2月9日)は、日本の建築家。旧姓は堺、その後佐藤。幼名は七五郎。 石川島造船所創業者の平野富二、および東京海上保険支配人の益田克徳の娘婿で、長男は平野義太郎(最初の妻との間の子)。 ※以下の文章では当人を指す名称を1890年以前は「七五郎」、以後は「勇造」とする。 陸奥国北郡大畑(現在の青森県むつ市で、旧大畑町)に生まれる。堺喜藤治の四男だった。家系は堺で海運業を営んでいた「納屋衆」の系譜で、その一族から越前国の三国に嫁いだ女性の子孫が大畑に移り住み、海運が盛んな大畑で廻船問屋となった。「三国屋」の屋号を持ち、一族の故地にちなんで「堺」姓を名乗った。
中川 五郎治(なかがわ ごろうじ、明和5年(1768年) -… 中川 五郎治(なかがわ ごろうじ、明和5年(1768年) - 弘化5年9月27日(1848年10月23日))は、日本における種痘法の祖。本名・小針屋佐七、別名・中川良左衛門。陸奥国生まれで蝦夷地に渡り、択捉島の漁場の番人を務めていたが、文化露寇の際にロシア側の捕虜となりシベリアに送られ、そこで種痘法を身に付ける。ゴローニン事件の際に日本に送還され、後に松前奉行・松前藩に仕え、箱館・松前を中心に種痘法を広めた。 明和5年(1768年)、廻船問屋・小針屋佐助の子として陸奥国川内村(旧盛岡藩、現青森県むつ市川内町)に生まれる。松前に行き、商家に奉公し、やがて松前の豪商・栖原庄兵衛の世話で、享和元年(1801年)に場所稼方として択捉島に渡る。
風間 慎一(かざま しんいち、10月30日 - )は、日本の… 風間 慎一(かざま しんいち、10月30日 - )は、日本の男性声優、俳優。イーアーツ所属。青森県むつ市出身。血液型はAB型。