岸田 晶人(きしだ あきと、1965年1月28日 - )は、… 岸田 晶人(きしだ あきと、1965年1月28日 - )は、東京都出身、千葉県在住のイラストレーター、デザイナー。非営利団体のシンボルマークやロゴのデザイン、ホームページのTOPイラスト、似顔絵描き、その他イメージイラストなどを中心に活動を行っている。 中央大学商学部卒業後、一般企業へ就職。本業の傍ら、趣味でイラストやデザインを手掛けWEB上で公開していたところ日本ボブスレー・リュージュ連盟のボブスレー日本代表監督・石井和男と出会い、ボブスレー日本代表のソリのステッカーデザインを依頼されたことから、2006年トリノオリンピックのボブスレー日本代表のソリのステッカーデザインを手がけた。続く2010年バンクーバーオリンピックにおいてもボブスレー日本代表男子のソリのステッカーデザインを担当した。
くわじま ゆきお(桑島 幸男、1965年(昭和40年)1月2… くわじま ゆきお(桑島 幸男、1965年(昭和40年)1月21日 - )は、日本のアニメ監督、映像監督、キャラクターデザイナー、イラストレーター。 埼玉県東松山市出身。 1989年、多摩美術大学卒業。 1995年にNECマルチメディアアート大賞 グランプリを受賞。 スイスのTV・コンテンツファスティバルのGOLDEN ROSEのSocialAwarenessAwardにて「YellowSubliminal」がノミネートされた。
福岡 洋一(ふくおか よういち、1965年1月8日 - )は… 福岡 洋一(ふくおか よういち、1965年1月8日 - )は、日本の特殊メイクアップアーティスト、美術デザイナー、舞台セットデザイナー。埼玉県出身。筑波大学附属坂戸高等学校卒業、東京映像芸術学院卒業。1989年渡米。スクリーミング・マッド・ジョージのもとでミュージカル『シンクロニシティー』、映画『ガイバー』、Xのコンサート等に参加。通称「まゆなし」。
有川 政士(ありかわ まさし、1965年 - )は、日本のア… 有川 政士(ありかわ まさし、1965年 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、写真家、現代美術家。兵庫県姫路市出身。 兵庫県立姫路工業高等学校デザイン学科(旧、姫路工業大学附属高校)卒業。東北新社映像テクノアカデミアデジタルSFXディレクタークラス卒業。株式会社そごう百貨店に入社、営業企画課宣伝部CR所属のアートディレクターを経て、1994年事務所「有限会社グライド」を設立し主宰となる。CDジャケット、コンサート、芝居、舞台など、音楽芸能エンターテイメント関係の宣伝広告に携わるなど、アートディレクション、デザイン、写真など多数制作。毎年新宿御苑で開催される「森の薪能」では、駅貼りポスターや新宿駅地下デジタルサイネージ、電車の車内吊りなどの広告全般グラフィック制作を担当している。
富田 一彦(とみた かずひこ、1965年 - )は、日本のプ… 富田 一彦(とみた かずひこ、1965年 - )は、日本のプロダクトデザイナー。食器や家具などのデザインを手掛け、グッドデザイン賞をはじめ、ドイツ・デザインプラス賞(ドイツ語版)など国際的な賞も数多く受賞している。 長崎県長崎市出身。長崎県立長崎東高等学校を経て、千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA、王立美術大学院)へ留学。同大学修了後、イタリア・ミラノに自身のアトリエ「意匠二次元半」を設立し、2010年まで現地を拠点として作品制作に取り組んだ。その間、日本の伝統工芸品である漆器を用いたデザインブランド「NUSSHA」およびCOVO社(ローマ)のアートディレクターを務めたほか、ローマ大学工業デザイン科において非常勤講師を担当した。
池淵 孝一郎(いけぶち こういちろう、1965年 - )は、… 池淵 孝一郎(いけぶち こういちろう、1965年 - )は、大阪府出身のシンガポール在住のインテリアデザイナー。Atelier Ikebuchi(シンガポール)代表。 専門は、インテリアデザイン・建築デザイン・空間デザイン。 大阪工業大学工学部建築学科卒業。1996年にシンガポールでインテリアデザイン活動を開始。2001年ミラノサローネに参加、シンガポールにて個展開催。2004年Atelier Ikebuchi Pte. Ltdをシンガポールに設立、同社代表。2009年シンガポールにおいてデザインの最高賞であるPresident’s Design Award「Designer of The Year」を受賞。
淺田 英紀(あさだ えいき、1965年 - )は、日本の建築… 淺田 英紀(あさだ えいき、1965年 - )は、日本の建築家・インテリアデザイナー。多摩美術大学美術学部建築科(現:環境デザイン学科)卒業。(株)GK設計取締役。建築設計部担当。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
早川 いくを(はやかわ いくお、1965年 - )は、東京都… 早川 いくを(はやかわ いくお、1965年 - )は、東京都出身の著作家、書籍デザイナー。 1965年生。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒。広告制作会社、出版社勤務を経て独立。2004年には実在する奇想天外な生物を多数取り扱った『へんないきもの』を出版。同書は食玩などの関連商品を生みだすほどのベストセラーとなった。続編の『へんないきもの三千里』では同じテーマで小説化を試みた。以後もテレビ番組「世界一受けたい授業」に講師として出演するなど、より広い場で活動を続けている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
北川 一成(きたがわ いっせい、1965年 - )は、日本の… 北川 一成(きたがわ いっせい、1965年 - )は、日本のグラフィックデザイナー・アートディレクター。兵庫県加西市生まれ。GRAPH取締役社長。 「捨てられない印刷物」を目指す技術の追求と、経営者とデザイナーの双方の視点に立った「経営資源としてのデザインの在り方」を提案。地域の中小企業から海外の著名高級ブランドまで、数多くの仕事を手がけている。 AGI(国際グラフィック連盟)会員 / 東京TDC役員 / JAGDA運営委員 国際部会長 / 高精細画像データ交換技術標準化調査研究委員[(財)日本規格協会 情報技術標準化研究センター(INSTAC)]/ 京都府立大学非常勤講師 / 筑波大学非常勤講師 / 桑沢デザイン研究所講師 なお、会社は代官山。
浅岡 肇(あさおか はじめ、1965年 - )は、日本の時計… 浅岡 肇(あさおか はじめ、1965年 - )は、日本の時計師、プロダクトデザイナー。独立時計師アカデミー(AHCI)会員。現代の名工。東京時計精密創業者。 メーカーに所属せず、個人で高級機械式腕時計を製作する独立時計師で、国産初となるトゥールビヨン腕時計を発表。 浅岡自身の名を関したHAJIME ASAOKA Tokyo Japanの時計は、浅岡自身のアトリエでデザインからほぼすべての部品製造、組み立てにいたるすべての工程が行われる。年間製造本数は数本であり、顧客には王室や世界的な時計コレクターが名を連ねる。 1990年、東京藝術大学デザイン科卒業。その後、プロダクトデザイナーとしてキャリアを歩んだ。
渋谷 城太郎(しぶや じょうたろう、1965年 - )は、日… 渋谷 城太郎(しぶや じょうたろう、1965年 - )は、日本のクリエイティブディレクター、ミュージアムデザイナー。 株式会社ミュゼグラム代表取締役、京都造形芸術大学助教授。 1965年、横浜市生まれ。東京造形大学デザイン学科にて、大橋輝朗にデザインを学ぶ。1988年に卒業後、株式会社乃村工藝社入社。ミュージアム環境における、インテリア・アートクラフト・グラフィック・データベース・サウンドスケープ等、総合的なメディア表現を駆使した情報空間の企画設計を手がける。1995年以降、環境省による全国一連のワイルドライフセンター、ビジターセンターの展示デザイン・ディレクターを務める。1996年より東京クリエイティブ・マインドデザイン研究部会にて、伊藤俊治に師事、「電子情報化社会における人間の精神と感覚の変容に関する研究」にたずさわる。
森井 ユカ(もりい ユカ、1965年 - )は、日本の立体造… 森井 ユカ(もりい ユカ、1965年 - )は、日本の立体造形家、キャラクターデザイナー、雑貨コレクター。東京都多摩市出身。本名、森井由佳。 有限会社ユカデザイン代表。桑沢デザイン研究所非常勤講師。樹脂粘土を用いての立体イラストレーション、キャラクターデザインのほか、世界各地で日用雑貨を収集し、多くの雑貨本の著者である。また、極度の夜型であるため、たびたび行くヨーロッパへの取材では時差ぼけがなく昼型となる。 スーパーマーケットについての著書もいくつか上梓している。夫はイラストレーターのもりいくすお。 桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒業、東京造形大学大学院デザイン領域修了。 1990年「第7回ハンズ大賞」入選、1993年 TBSテレビ「ワサビーズ」松浦季里賞、1996年 テレビ東京「TVチャンピオン 粘土細工王選手権」優勝、2006年/2008年「講談社広告賞 児童誌部門最優秀賞(立体イラストレーション)」受賞。
早瀬 マサト(はやせ マサト、1965年 - )は、日本の漫… 早瀬 マサト(はやせ マサト、1965年 - )は、日本の漫画家・イラストレーター・キャラクターデザイナー・小説家。石森プロ所属。 愛知県名古屋市出身。名古屋芸術大学デザイン科卒業。1989年石ノ森章太郎の作画アシスタントとして石森プロに入社。石ノ森の最晩年のアシスタントとなった。 石ノ森の没後は、石ノ森関連作品の監修やデザイン、及び小説作品の執筆などを行っている。『仮面ライダーアギト』から『仮面ライダーオーズ/OOO』までの平成仮面ライダーシリーズではキャラクターデザインを務めた。
片岡 哲(かたおか てつ、1965年 - )は、日本のプロダ… 片岡 哲(かたおか てつ、1965年 - )は、日本のプロダクトデザイナー。 日本大学芸術学部デザイン学科非常勤講師。代表作であるVAIO Note Z は、日本の工業デザインに大きな影響を与え、新しいソニーのスタイルを築き上げた。現在は海外メーカーの仕事を中心に活躍している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
星 ひで樹(ほし ひでき、1965年-)は、ガーデンデザイン… 星 ひで樹(ほし ひでき、1965年-)は、ガーデンデザインを主体とした日本の空間デザイナー。本名は星 秀樹。A型、身長174センチメートル。東京都町田市出身。株式会社HMG Planning Office 代表。 ランドスケープから落とし込んだデザインは、ナチュラルな感じから、近代的モダンな感じまで全てを手掛ける。里山風景、子供のころに感じた、野山を駆け巡った時の風が頬をすり抜ける感じや雲の動きを寝転びながら見ている様など、想い出をデザインに織り込む世界観を展開している。 デザインを身近に感じてもらうべく各地でセミナーや講演活動を行っている。 一般家庭、ランドスケープ、一般企業、さまざまな分野でデザインをしている。
橋本 和幸(はしもと かずゆき、1965年 - )は、日本の… 橋本 和幸(はしもと かずゆき、1965年 - )は、日本の芸術家、空間デザイナー。東京藝術大学美術学部長、大学院美術研究科長を務めるとともに、同大学美術学部デザイン科第9研究室(Design Embody)教授である。 1965年、神奈川県横浜市鶴見区に生まれる。神奈川県立横浜翠嵐高等学校を卒業後、馬車道美術研究所を経て東京藝術大学美術学部デザイン科に入学し、1991年に卒業した。1993年、同大学大学院美術研究科構成デザイン専攻修士課程を修了した。 修了後は鹿島建設株式会社に入社し、インテリアデザイナーとしてホテル、住宅、商業施設などの内装設計に携わった。2006年より東京藝術大学で教鞭を執り、准教授、副学部長を経て、2017年に教授に就任した。
時園 勇 ( 1965年 - ) は、東京生まれの家具デザイ… 時園 勇 ( 1965年 - ) は、東京生まれの家具デザイナーおよび空間クリエイター。 NYをベースとしたワールドワイドで活躍している建築家トニーチから声が掛かりヒルトン系国内ブランチの照明部門として協力するなど活躍する。 近年では株式会社atmosmithを設立しプロダクトに定まらず店舗オフィス住宅の内外装空間プロデュースを手掛けている。 東京藝術大学工芸科彫金科修了 ロンドンに渡りinterior designの視野を広げ海外の展示会に参加 NYICFFにて発表したスツール(swingegg)のデザインの斬新さが注目され様々な媒体に掲載される 以降数年にわたりユニークな作品を発表し続けて照明プロダクトに特化して行く。
服部 一成(はっとり かずなり、1964年12月24日 - … 服部 一成(はっとり かずなり、1964年12月24日 - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー。2015年から多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授。東京都生まれ。 1964年12月生まれ。東京に育ち、少年時代は野球選手を志していた。中学時代にイラストレーターという職業を知り、和田誠や湯村輝彦の作品に憧れを抱く。その後、当時隆盛であったパルコや西武百貨店をはじめとしたセゾングループの文化活動に影響を受け、仕事を通じてそうした文化の様々な場面にアクセスすることのできるグラフィックデザイナーという職業に憧れが移っていった。また、4歳上の姉からの影響もしばしば語っている。1982年、武蔵高校の3年生の時にすいどーばた美術学院の夜間部に通い始める。
林 規章(はやし のりあき、1964年12月22日 - )は… 林 規章(はやし のりあき、1964年12月22日 - )は、岐阜県出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター。女子美術大学教授。 名古屋芸術大学美術学部卒業。HAYASHI DESIGN主宰。ジャパングラフィックス、花王(作成部契約)、女子美術大学芸術学部デザイン学科講師/准教授/教授。2010年からデザイン・工芸学科ヴィジュアルデザイン専攻教授。 2007年7月に「KIMONO 小袖にみる華・デザインの世界」女子美アートミュージアム展覧会ポスターが世界三大広告賞の一つであるアメリカ合衆国ニューヨークの「The One Show」デザイン部門にて最高賞の金賞を受賞した(奥村靫正と共同受賞)。
石津 孝(いしづ たかし、1964年11月23日 - )は、… 石津 孝(いしづ たかし、1964年11月23日 - )は、グラフィックデザイナー、アートディレクター、Webディレクター。 東京都出身。1989年、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。同年、ソニー・クリエイティブプロダクツに入社。自身の商品ブランドなどを展開、また『Jリーグ』クラブマスコットの制作などを手掛ける。 1995年、ソニー・クリエイティブプロダクツを退社、スペース・ランナーを設立。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパン、SAASメーカーのクリエイティブディレクターを経て、プレミアアンチエイジングのクリエイティブ部長に就任。 JAGDA/LONDON D&AD会員
あきまん(1964年(昭和39年)7月21日 - )は、日本… あきまん(1964年(昭和39年)7月21日 - )は、日本のゲームクリエイター・イラストレーター・キャラクターデザイナー・漫画家・元アニメーター。 男性。北海道釧路市出身。本名は安田 朗(やすだ あきら)。 幼少時にはダリやドガなどの美術に影響を受ける。小学生のときに先生に褒められたことがきっかけで本格的に美術に目覚める。しかし、中学時代に安彦良和の戦場の絵を見て絵の方向性が変わったという。地元には就職先が無かったため、新聞奨学生として東京デザイナー学院(現東京ネットウエイブ)に入学。眠るのが好きなので、授業中に寝てたり、課題を出さないことがよくあったという[要出典]。 その後、親に黙って東京デザイナー学院中退後、趣味でパソコンを使ってアニメのイラストなどを描いていたが、新聞屋を辞めて、みゆきプロダクションへ入社。
芦田 多恵(あしだ たえ、1964年7月3日 - )は、日本… 芦田 多恵(あしだ たえ、1964年7月3日 - )は、日本のファッションデザイナー。 1964年、ファッションデザイナー芦田淳の次女として東京に生まれる。 東洋英和女学院小・中学部を経て、スイスのル・ローゼイ高等学校を卒業。 1987年、米国ロードアイランド造形大学を卒業。在学中の1984年からジャン・パトゥやクリスチャン・ラクロワのもとで研修、1987年にはニコル・ミラー社で研修を積んだ。 1988年、株式会社ジュンアシダ入社。 1991年、「ミスアシダ」コレクションを発表し、デザイナーとしてデビュー。 1993年、山東昭子参議院議員の甥で日本興業銀行勤務であった山東英樹と結婚。2児をもうける。
角舘 政英(かくだて まさひで、1964年5月31日 - )… 角舘 政英(かくだて まさひで、1964年5月31日 - )は、日本の照明デザイナー。ぼんぼり光環境計画代表。博士(工学)。一級建築士資格所有。 大学院在学中、ハンディキャップ者の研究をする。卒業後TLヤマギワ研究所、ライティングプランナーズアソシエーツにて数々の国際的大型プロジェクトに参加する。ライト フィールド アーキテクツを設立し、光を扱ったさまざまなスタディを行う。その後、新たな活動の拠点としてぼんぼり光環境計画を設立する。 現在今までの経験を生かし、住宅、建築、都市の照明計画をおこなうとともに、インスタレーション、イベントなども手がける。また数々のまちづくりにも参加し、「光」が主体となるのではなく「光」なる概念からまちがどのように変容するか実験中である。
木村 貴宏(きむら たかひろ、1964年5月19日 - 20… 木村 貴宏(きむら たかひろ、1964年5月19日 - 2023年3月5日)は、日本の男性アニメーター、イラストレーター、キャラクターデザイナー。福岡県出身。別名義にすがわら あわじ(すがわら あわぢ)の名も用いる。 大学に入る頃に放送された『装甲騎兵ボトムズ』の迫力ある作画が大好きになり、特に谷口守秦のアレンジが強めに入った「谷口キリコ」と呼ばれる独特の画風を好んだ。その後ボトムズに関係したスタッフにより制作された『蒼き流星SPTレイズナー』の放送中に「アニメの仕事に就きたい」と考えるようになり、アニメ誌に連載されていたスタッフのコラムが楽しそうという理由で、在学していた大学を辞め、谷口守泰の主宰するアニメアールに入る。
加藤 裕美(かとう ひろみ、1964年4月28日 - )は、… 加藤 裕美(かとう ひろみ、1964年4月28日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。東京都八王子市出身。 高校卒業後、日本アニメーションへ入社し『世界名作劇場シリーズ』や同社のその他の諸作品に原画マン・作画監督として参加した。キャラクターデザイナーとしてのデビュー作は『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』。 1997年以後はフリーランスとなり、『天使になるもんっ!』・『NEEDLESS』・『ギルティクラウン』等ではキャラクターデザインを担当している。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
大島 直人(おおしま なおと、1964年2月26日 - )は… 大島 直人(おおしま なおと、1964年2月26日 - )は、日本のゲームクリエイター、キャラクターデザイナー。アーゼスト代表取締役社長。 京都精華大学美術学部デザイン学科を1986年に卒業。広告代理店エスティートマスを経て、1987年5月にセガ入社。ソニック・ザ・ヘッジホッグ(初代)やナイツのキャラクターデザインを担当。 1999年、石井洋児らとアートゥーンを設立し、取締役。アートゥーンがAQインタラクティブ傘下に入り、アートゥーンやキャビアの代表取締役や、AQインタラクティブの取締役、執行役員をつとめた。 2010年6月の顧問を最後にAQインタラクティブを退任し、石井と共にアーゼストを設立。
和田 高明(わだ たかあき、1964年1月22日 - )は、… 和田 高明(わだ たかあき、1964年1月22日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家。神奈川県出身。 高等学校卒業後、中央大学に入学。同大学のアニメーション研究会で自主アニメ制作に関わる。 卒業後はアートランドに所属し、『銀河英雄伝説』などの動画を担当。 その後、アートランドとの方針の違いからイージー・フイルムに移籍し、『おぼっちゃまくん』などを担当。この時に音地正行と知り合い、フィルムマジックに移籍する。 フィルムマジック時代に原画で参加していた『赤ずきんチャチャ』で演出の桜井弘明に同調する形で毎度の様に枚数制限をオーバーして会社の赤字計上に加担し続けてしまい、結果的に会社は倒産となる。
サカグチ ケン(本名:坂口 賢、1964年1月19日 - )… サカグチ ケン(本名:坂口 賢、1964年1月19日 - )は、香川県出身のグラフィックデザイナー、アートディレクター。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員。 10代よりアナーキーの影響を多大に受け、親衛隊(讃岐支部)を結成。1987年、渋谷のライブハウスでアナーキーのライブを観た後、自作のポスターを持って楽屋を訪れる。この出会いがきっかけとなり、THE ROCK BANDの『四月の海賊たち』のジャケットのアートワークを手がけた。以降、300点以上のCDジャケットデザイン制作に携わる。 1986年(昭和61年)に「年鑑日本グラフィックデザイン'86」で作品が掲載される。1990年(平成2年)6月、サカグチケンファクトリーを設立する。
小林 治(こばやし おさむ、1964年1月10日 - 202… 小林 治(こばやし おさむ、1964年1月10日 - 2021年4月17日)は、東京都出身のイラストレーター、メカニックデザイナー、アニメーション演出家、アニメーション監督。小林誠は実兄。 同業のアニメーターの小林治(1945年生)とは同姓同名の別人である。 高等学校卒業後、デザイナーや漫画家の仕事をしていたが、1997年のコンピュータRPG『グランディア』への参加を期に、ゲームやアニメーションの分野に主な活動の場を移す。 アニメ監督としては『BECK』や『Paradise Kiss』などの作品で知られ、無名時代のりょーちも、沓名健一ら若手アニメーターを積極起用するなど、型にはまらない作品を志向していた。
清松みゆき(きよまつ みゆき、1964年1月10日 - )は… 清松みゆき(きよまつ みゆき、1964年1月10日 - )はゲームデザイナー、小説家、翻訳家。グループSNE所属。大分県出身。大分県立佐伯鶴城高等学校卒業。京都大学SF研究会OB。 1989年出版の『ソード・ワールドRPG』のデザイナー、監修者であり、2008年に改版となった『ソードワールド2.0』にも引き続き携わっている。グループSNE内では山北篤と並ぶ理系のゲームデザイナーとして、また、アメリカンフットボールの愛好家として有名。 筆名から間違えられやすいが、男性である。本名は「清松美行」(きよまつ よしゆき)。「みゆき」という筆名は、本名の誤読から度々女性と誤解されることにうんざりしていた本人が開き直ってつけたものという。
小林 治(こばやし おさむ、1964年1月10日 - )は、… 小林 治(こばやし おさむ、1964年1月10日 - )は、東京都出身のイラストレーター、メカニックデザイナー、アニメーション演出家、アニメーション監督である。
牧野 竜一(まきの りゅういち、1964年1月2日 - )は… 牧野 竜一(まきの りゅういち、1964年1月2日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。AICを経て、TROYCA所属。愛知県蒲郡市出身。血液型はAB型。 ネット上では自らを「牧竜」と称し、自分のウェブサイト上のBBSで発言しており、携帯端末全般や、F1鑑賞が趣味。また、『SHUFFLE!』のアニメでは第19話に芙蓉楓の原画を描いている。代表的な作品としては、PC-9801時代から発表しており以下に作品を記載する。 上記2つはセガサターン版からの移植+他で上記セガサターン版と同様に担当。 上記2タイトルは、キャラクターデザイン&原画を担当。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。
川名 雅裕(かわな まさひろ、1964年 - )は、神奈川県… 川名 雅裕(かわな まさひろ、1964年 - )は、神奈川県横浜市出身のグラフィックデザイナー、カメラマン。株式会社ビー・キューブ代表取締役。ビジネスネームはグラフィックデザイナーとしては川名 正拳(読み同じ)、カメラマンとしては川名 マッキー(Macky Kawana、かわな マッキー)を名乗る。 1983年、神奈川県立柏陽高等学校卒業。1985年、東京デザイン専門学校グラフィックデザイン科卒業。 グラフィックデザイナーとして都内のデザインプロダクションに所属後、1992年にビー・キューブを設立。商業出版物の企画・デザイン、製作や撮影を幅広く手掛け、テレビ神奈川の音楽情報バラエティ『saku saku』のメインキャラクター“白井ヴィンセント”も作品のひとつである。
山田 悦子(やまだ えつこ、1964年(昭和39年) - )… 山田 悦子(やまだ えつこ、1964年(昭和39年) - )は、日本のテキスタイルデザイナー。嵯峨美術短期大学版画科卒業。京都府京都市出身。 京都府京都市出身。京都市立紫野高等学校卒業。嵯峨美術短期大学版画科卒業。1985年(昭和60年)よりテキスタイルデザイナーとしての活動をはじめ、風呂敷を使ったデザインを専門としている。1993年(平成5年)からはテーブルコーディネーターとしても活動する。 2005年(平成17年)に山田繊維を立ち上げ、同年に京都和文化研究所のアートディレクターに就任。2006年(平成18年)にMOTTAINAI-Lab研究員に就任。
宇田川 信学(うだがわ まさみち、1964年 - )は、日本… 宇田川 信学(うだがわ まさみち、1964年 - )は、日本の工業デザイナー。アメリカ合衆国・ニューヨーク在住。ニューヨーク市地下鉄の鉄道車両R142Aのデザインなどで知られる。 1964年、東京生まれ。1983年、千葉大学工業意匠学科入学。1987年、同大学卒業後、ヤマハデザイン研究所入社。 1991年、米国のクランブルック・アカデミー・オブ・アート入学。同大学院修了後、Emilio Ambasz Design Groupに入社。1992年、Apple Computerに入社。シニアデザイナーとしてPowerBook 5300/3400シリーズなど多数の製品を手がける。95年に退社。 1992年から、Yale University School of Artで教鞭を取る。
芝田 文乃(しばた あやの、1964年- )は日本のポーラン… 芝田 文乃(しばた あやの、1964年- )は日本のポーランド語翻訳者、写真家、エディトリアル・デザイナー。 神奈川県生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業。1992年より東京、クラクフなどで写真展開催。
工藤 青石(くどう あおし、1964年 - )は、東京都出身… 工藤 青石(くどう あおし、1964年 - )は、東京都出身のグラフィックデザイナー、クリエイティブ・ディレクター。東京藝術大学デザイン科非常勤講師、コミュニケーションデザイン研究所代表。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術)。
五十川 明(いそがわ あきら、1964年 - )は、オースト… 五十川 明(いそがわ あきら、1964年 - )は、オーストラリア在住の日本人ファッションデザイナー。 京都市出身。佛教大学卒業。1986年にワーキング・ホリデーにてオーストラリアに渡り、イースト・シドニーTAFEにて服飾を学んだ。1999年からパリ・コレに出展するなど国際的に高い評価を得ている。同年、オーストラリアン・ファッション・ウィークでデザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。2007年、第一回オーストラリア・ファッション大賞を受賞する。現在世界11ヶ国でコレクションを販売している。 2012年、国際社会で顕著な活動を行い世界で『日本』の発信に貢献したとして、内閣府から「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の一人に選ばれた。
土田 俊郎(つちだ としろう、1964年 - )は、日本のゲ… 土田 俊郎(つちだ としろう、1964年 - )は、日本のゲームデザイナーである。ジークラフト代表取締役。 愛知県半田市出身。愛知県立横須賀高等学校を経て、立命館大学卒業。メサイヤ在籍時代に『重装機兵ヴァルケン』を手がけ、94年に独立しゲーム会社ジークラフトを設立。 『フロントミッション』や『アークザラッド』といった企画を持ち込み、その実績から当時のスクウェアソフトに編入された。シミュレーションRPGで培った手堅い技術を生かし、『フロントミッションオンライン』や『ファイナルファンタジーX』のシステム構築にも関わっている。スクウェア・エニックス第6開発事業部の部長として『ファイナルファンタジーXIII』(バトルディレクター)に関わった後、2011年2月28日付で同社を退社。
稲上 晃(いながみ あきら、1963年12月23日 - )は… 稲上 晃(いながみ あきら、1963年12月23日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。大阪府出身。 大阪芸術大学卒業後、1986年に東映動画(後の東映アニメーション)に第2期研修生として入社。同期には為我井克美、佐々木憲世、幾原邦彦などがいる。 アメリカのジム・ヘンソンとの合作作品『Muppet Babies』に参加した後、『聖闘士星矢 邪神エリス』で初めて原画を担当する。1990年に発売されたOVA『峠についた赤い郵便受け』で初めてキャラクターデザインを担当し、以後『ドラゴンボール』シリーズなどで主力アニメーターとして参加する。 その後『夢のクレヨン王国』や『ふたりはプリキュア』、『ねぎぼうずのあさたろう』でキャラクターデザインを担当、『おジャ魔女どれみ』『明日のナージャ』『プリキュアシリーズ』で作画監督として参加している。
木村 浩一郎(きむら こういちろう、Koichiro kim… 木村 浩一郎(きむら こういちろう、Koichiro kimura、1963年10月12日 - )は、日本のデザイナーであり、アーティストである。宮城県仙台市出身。 家業の漆によるテーブルウェアはもとより、アート、プロダクト、インテリア、空間からハイテクに至るまで様々なプロジェクトを行っている。 元々、家族や親戚の影響を受け、アート思考のファッションデザイナー志望であったが、あるデザイナーの助言により、家業の漆器業に転向し、現在ではそのエレガントでバイオレンスなアート性から現代アヴァンギャルドデザインを代表する一人と言われている。 400年にわたる家業で培った伝統技術と様々な企業との交流で生まれた、ハイテクノロジーとの融合でおこった化学変化を貪欲なまでに新しい作品作りに昇華させており、美しいという新しい価値観を独創的に創造している。
森木 靖泰(もりき やすひろ、1963年9月25日 - )は… 森木 靖泰(もりき やすひろ、1963年9月25日 - )は、日本のメカニックデザイナー、プロップデザイナー、キャラクターデザイナー、イラストレーター、漫画家。 愛媛県松山市出身。 愛媛県立松山南高等学校砥部分校デザイン科卒業。 高校時代は松山市内の自宅から往復40km自転車通学をしていた。 玩具デザインを経て、スタジオぴえろへのデザインの持ち込みをきっかけに、テレビアニメ『星銃士ビスマルク』でデザイナーとしてデビュー。長岡康史や堀井久美と共に所属していたスタジオエックスを経て、その後はフリーランスで活動中。また、一時期はプレックスのデザイナーとして、『超人機メタルダー』をはじめとするバンダイ関連の商品デザインにも携わっていた経歴を持ち、ライターの赤星政尚に企画者104へ紹介され、東映特撮のキャラクターデザインに携わるようにもなる。
石田 敦子(いしだ あつこ、1963年8月9日 - )は、日… 石田 敦子(いしだ あつこ、1963年8月9日 - )は、日本の女性アニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家、イラストレーター。広島県福山市出身、血液型A型。 高校1年生当時、安彦良和が描いたイラストが表紙になっていた『アニメージュ』を書店で見たことをきっかけにして、アニメ業界を志す。高校卒業後は福祉関係の専門学校に入学したが4か月で中退し、1983年1月にアニメ制作会社カナメプロダクションへ入社。アニメーターの金田伊功は憧れの存在で、カナメプロダクションではいのまたむつみに影響を受けたと語る。 1988年、カナメプロダクションが倒産する約半年前に退職して、フリーランスへ転向。作画監督は『伝説の勇者ダ・ガーン』、キャラクターデザインは『勇者特急マイトガイン』がそれぞれ初担当作品。
松島 正樹(まつしま まさき、1963年7月14日 - )は… 松島 正樹(まつしま まさき、1963年7月14日 - )は、愛知県出身のファッションデザイナー。 MASAKI MATSUSHIMA、T-mat Masaki-Parisブランドを運営。 愛知県生まれ。東海高等学校卒業後、文化服装学院入学。 その他、香水・眼鏡。
水野 良(みずの りょう、1963年7月13日 -)は、日本… 水野 良(みずの りょう、1963年7月13日 -)は、日本の作家、ゲームデザイナー。『ロードス島戦記』や『魔法戦士リウイ』で知られる。本名は榎本 武士(えのもと たけし)。 大阪府出身、血液型A型。立命館大学法学部卒業。兄弟に2つ上の兄がいる。 大学在学中からRPGに関心を持ち、安田均をブレイン役として山本弘らとSFゲームサークル「シンタックスエラー」を結成。やがてグループSNEの設立(1987年)に参加することになる。1997年に独立し、現在は同社社友。2020年10月27日よりブシロード社外監査役。 『コンプティーク』誌で連載された、『ロードス島戦記』のリプレイを小説化した『ロードス島戦記 灰色の魔女』で小説家としてのデビューを飾る。
關 聡志(せき さとし、1963年7月1日 - )は建築家、… 關 聡志(せき さとし、1963年7月1日 - )は建築家、インテリアデザイナー。CM/Dam CrossMediaDesign代表 ShanghaiVANKE[万科集団]Mehos[美好家]主席設計師。 1986年 大阪芸術大学芸術学部建築学科卒業、高松伸建築設計事務所入所。取締役副所長、代表取締役、ShinTakamatsuAA Europe GMBH(ドイツ・ベルリン) 代表などを経て1998年 関総志建築設計事務所を設立。その後CM/Dam CrossMediaDesignに改組。 東京にて活動後、現在、上海と京都に在住。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
酒井 浩司(酒井コウジ、さかい こうじ、Koji Sakai… 酒井 浩司(酒井コウジ、さかい こうじ、Koji Sakai、1963年6月27日 )は、インテリアデザイナー、国士舘大学理工学研究所特別研究員である。九州女子大学(教授~2022年3月)。第一工業大学(現:第一工科大学)(客員教授~2018年3月)。「SIA×DESIGN=HAPPINESS」を合言葉に、活動を行っているデザインユニット代表。sia-furniture.com代表。公益社団法人日本インテリアデザイナー協会理事。はじめての設計シリーズVol.2「カフェ編」を監修(アルファブックス、2021年11月30日発刊)。30年前よりミラノヘ、プロジェクトマネジャーとしてイタリアS社極東地区プロジェクトを担当し多数のメガストアをオープンさせる。
逢坂 浩司(おうさか ひろし、1963年6月20日 - 20… 逢坂 浩司(おうさか ひろし、1963年6月20日 - 2007年9月24日)は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、イラストレーター。株式会社ボンズ取締役。大阪府寝屋川市出身。嵯峨美術短期大学卒業。 別名義として、才谷梅太郎や大阪太郎がある。 谷口守泰に師事。1983年、短大生の頃からアルバイトで、谷口が主宰する作画スタジオ「アニメアール」においてサンライズ製作のアニメに参加。 毛利和昭、加瀬政広、貴志夫美子、吉田徹、柳沢まさひで、沖浦啓之、黄瀬和哉らとアニメアール黄金期を彩ったスター・アニメーターの1人。またアール時代の後輩、木村貴宏は逢坂を師匠と仰いでいた。 1991年にアニメアールを退社。
神志那 弘志(こうじな ひろし、1963年6月4日 - )は… 神志那 弘志(こうじな ひろし、1963年6月4日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメーション演出家、アニメーション監督。株式会社スタジオ・ライブ代表取締役。日本アニメーター・演出協会 (JAniCA) 会員。熊本県熊本市出身。 1982年、スタジオ・ライブ入社。同社所属アニメーターの主任を経て、2011年、同社社長に就任。 趣味は競馬。一口馬主として過去にドリームジャーニーやオルフェーヴルなどに出資していたこともある。
近藤 勝也(こんどう かつや、1963年6月2日 - )は、… 近藤 勝也(こんどう かつや、1963年6月2日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、イラストレーター、漫画家。愛媛県新居浜市出身。長野県在住。 スタジオあんなぷる、スタジオジブリを経て現在はフリー。 圧倒的な画力、魅力的な表情、生き生きとしたキャラクターたちの動きでスタジオジブリ作品の輝きを支えるアニメーターの1人。劇場アニメーションを中心に様々な作品に参加し、特にジブリ作品では中心スタッフとして長年活躍。 2Dアニメーションがメインだが、2014年の『山賊の娘ローニャ』ではセルルックの3DCG、2020年の『アーヤと魔女』ではフル3DCGのキャラクターデザインに挑戦している。