伊藤 亜衣美(いとう あいみ、1983年5月7日 - )は、… 伊藤 亜衣美(いとう あいみ、1983年5月7日 - )は、三重県出身の女子ハンドボール選手。 中学校からハンドボールを始め、暁高等学校、武庫川女子大学を経て2006年に三重バイオレットアイリスへ入団した。大学時代は学校教師を目指していた。ハンドボール全日本女子に選出されている。
職業がハンドボール:515人
伊藤 亜衣美(いとう あいみ、1983年5月7日 - )は、… 伊藤 亜衣美(いとう あいみ、1983年5月7日 - )は、三重県出身の女子ハンドボール選手。 中学校からハンドボールを始め、暁高等学校、武庫川女子大学を経て2006年に三重バイオレットアイリスへ入団した。大学時代は学校教師を目指していた。ハンドボール全日本女子に選出されている。
藤田 聖史(ふじた さとし、1982年12月24日 - )は… 藤田 聖史(ふじた さとし、1982年12月24日 - )は、鹿児島県出身の元ハンドボール選手。 中部大学時代は2004年の西日本学生選手権大会で優秀選手に選出。同年12月には第17回男子世界学生ハンドボール選手権大会の日本代表に選ばれた。 2005年1月に日本ハンドボールリーグのトヨタ車体へ加入。背番号は「19」。 2008年はジャパンカップの日本代表に選ばれた。 2009年は日韓定期戦の日本代表に選出。 2010年はジャパンカップや第15回ヒロシマ国際ハンドボール大会の日本代表に選出された。11月には第16回アジア競技大会の日本代表に選ばれ、銅メダルを獲得した。 2012年1月に第15回男子アジア選手権の日本代表に選ばれ、4月にはロンドンオリンピック・世界最終予選の日本代表に選ばれた。
藤山 岳士(ふじやま たけし、1982年9月30日 - )は… 藤山 岳士(ふじやま たけし、1982年9月30日 - )は、山口県岩国市出身の元ハンドボール選手。 筑波大学時代は全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)で21年ぶりの優勝を果たし、優秀選手に選ばれた。 2005年にトヨタ紡織九州へ加入。 2007年に北京オリンピック男子アジア予選の日本代表に補欠として選出。 2009-10年シーズンは7mスローでリーグ2位となる27得点を記録した。 2010-11年シーズンはフィールド得点で4位となる80得点、7mスローで3位となる18得点を挙げ、得点王(98得点)のタイトルを獲得した。 2011-12年シーズンは7mスローでリーグ2位の21得点を挙げ、リーグ4位の77得点を記録。
武田 享(たけだ とおる、1982年9月17日 - )は、山… 武田 享(たけだ とおる、1982年9月17日 - )は、山形県東根市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)の豊田合成ブルーファルコン名古屋でコーチを務めている。 東根市立第一中学校入学後に、近所の先輩に誘われハンドボールを開始。 国士舘大学時代は2004年の関東学生ハンドボール・秋季リーグで優秀選手賞を受賞。 2005年に日本ハンドボールリーグの大同特殊鋼へ加入。 2006年に第18回男子世界学生ハンドボール選手権大会の日本代表U-24に選出。同年11月のジャパンカップで日本代表に初選出された。 2007年は6月に行われた中国国際ハンドボール大会の日本代表に選出。
巻 加理奈(まき かりな、1982年7月13日 - )は熊本… 巻 加理奈(まき かりな、1982年7月13日 - )は熊本県下益城郡小川町(現:宇城市)出身のハンドボール選手(ポストプレーヤー)。 実父はロアッソ熊本持株会理事の巻昇治、兄は元サッカー日本代表FWでJリーグ2部・ロアッソ熊本所属の巻誠一郎、弟は元サッカー選手の巻佑樹である。
長野 かづさ(ながの かづさ、1982年6月19日 - )は… 長野 かづさ(ながの かづさ、1982年6月19日 - )は、岩手県盛岡市出身の元ハンドボール選手。 小学生の時に盛岡市のスポーツ少年団リトルハンドでハンドボールを始めた。 盛岡市立松園中学校から県外の桜花学園高等学校に進学。2年時に地元岩手で行われたインターハイで準優勝。翌年の全国選抜大会で優勝した。高校卒業後は日立栃木ハンドボール部へと入団。一年後に所属するハンドボール部が廃部となり、韓国にハンドボールを学ぶため留学。帰国後、ソニーセミコンダクタ九州へ入団し長年に亘り活躍しハンドボール全日本女子代表にも選ばれた。2011年に引退。
浦和 克行(うらわ かつゆき、1982年2月3日 - )は、… 浦和 克行(うらわ かつゆき、1982年2月3日 - )は、茨城県守谷市出身の元ハンドボール選手。ポジションはゴールキーパー。 守谷市立けやき台中学校、茨城県立伊奈高等学校、日本体育大学を経て、2004年より大崎電気へ入団。 2013-14年シーズン限りで現役を引退した。
石黒 将之(いしぐろ まさゆき、1981年11月17日 - … 石黒 将之(いしぐろ まさゆき、1981年11月17日 - )は、愛知県春日井市出身の元ハンドボール選手、指導者、現神職(柏井八幡社)。身長180cm、体重73kg。右利き。血液型A型。日本スポーツ協会公認スポーツ指導者。ハンドボールコーチ4保有。春日井市ハンドボール協会副会長
村上 秀行(むらかみ ひでゆき、1981年6月16日 - )… 村上 秀行(むらかみ ひでゆき、1981年6月16日 - )は、大阪府出身の元ハンドボール選手。 関西大学北陽高校、大阪経済大学卒。トヨタ紡織九州所属。 通算得点816は日本リーグ歴代3位。
猪妻 正活(いづま まさかつ、1981年6月12日 - )は… 猪妻 正活(いづま まさかつ、1981年6月12日 - )は、大阪府大阪市出身のハンドボール選手。ポジションはコートプレーヤー。 此花学院高等学校、早稲田大学卒。2004年より大崎電気へ入団。 ※前身の実業団選手権を含む
宮﨑 大輔(みやざき だいすけ、1981年6月6日 - )は… 宮﨑 大輔(みやざき だいすけ、1981年6月6日 - )は、大分県大分市出身のハンドボール選手、指導者。日本体育大学卒業。大阪経済大学人間科学部客員教授。メディア活動においてはベンヌ所属。 大分県大分市出身。大分市立明野北小学校3年の頃から元自衛官の姉の影響でハンドボールを始める。大分市立明野中学校を経てハンドボールの名門、大分電波高等学校に進み、高校では末松誠と同期だった。高校2年時には全国高等学校総合体育大会ハンドボール競技大会(インターハイ)で得点王となり、高校3年時には全国高等学校ハンドボール選抜大会とインターハイで得点王となった。 高校卒業後はハンドボールの伝統校である日本体育大学に進学。
宮﨑 大輔(みやざき だいすけ、 (1981-06-06) … 宮﨑 大輔(みやざき だいすけ、 (1981-06-06) 1981年6月6日(35歳) - )は日本のプロハンドボール選手。大阪経済大学人間科学部客員教授。
上町 史織(かみまち しおり、1981年1月21日 - )は… 上町 史織(かみまち しおり、1981年1月21日 - )は、岩手県盛岡市出身のハンドボール選手。ノルウェー2部のヨーヴィック・ハンドボールクラブ所属。 盛岡市立上田中学校時代にJOCカップの県選抜に選出されたことで、県内の強豪校・岩手県立盛岡第二高等学校から誘いを受け進学。 高校卒業後は国士舘大学へ進学。1999年に第12回世界女子ジュニア選手権大会の日本代表U-20に選出された。 2000年は第4回女子世界学生ハンドボール選手権大会の日本代表U-24に選ばれた。 2002年は第5回女子世界学生ハンドボール選手権大会の日本代表U-24に選出。同年の第24回東日本学生選手権大会では優秀選手に選ばれた。
香川 将之(かがわ まさゆき、1980年12月19日 - )… 香川 将之(かがわ まさゆき、1980年12月19日 - )は、石川県金沢市出身の元ハンドボール選手、指導者。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ車体ブレイヴキングス刈谷でGMを務めている。 2003年2月に日本ハンドボールリーグのトヨタ車体へ加入。 2005年の第10回ヒロシマ国際ハンドボール大会で日本代表に初選出された。 2006年には第12回男子アジア選手権の日本代表に選出。 2007-08年はリーグトップの7mスロー得点(40得点)を記録。 2013-14年シーズンからアシスタントコーチを兼任。 2015-16年シーズン限りで現役を引退し、2016-17年シーズンはアシスタントコーチ専任となった。
早船 愛子(はやふね あいこ、1980年1月23日 - )は… 早船 愛子(はやふね あいこ、1980年1月23日 - )は、富山県出身の女子ハンドボール選手。 氷見市立南部中学校、富山県立氷見高等学校を経て筑波大学へと入学。大学在籍時にはシャトレーゼでプレーしていたもののチームが廃部となり、自分のプレーを録画したビデオによる売り込みによりデンマークのチームへと入団し成功した。2007年にスペインリーグのビカール・ゴヤへと移籍している。
前田 亮介(まえだ りょうすけ、1980年1月13日 - )… 前田 亮介(まえだ りょうすけ、1980年1月13日 - )は、北海道苫小牧市出身の元ハンドボール選手、指導者。 1998年に日本ハンドボールリーグの北陸電力へ加入。 2014-15年シーズンから北陸電力の監督に就任。就任後は3年連続で日本リーグ全敗を喫した。 2017-18年シーズンのトヨタ車体戦(2017年10月28日)で、80試合ぶりとなる日本リーグでの勝利を挙げたが、4年連続の最下位となった。 2018-19年シーズンは8位で終え、最下位脱出を果たした。 2019-20年シーズンをもって監督を退任。
太田 芳文(おおた よしぶみ、1979年12月28日 - )… 太田 芳文(おおた よしぶみ、1979年12月28日 - )は、茨城県出身のハンドボール選手である。ポジションはフローター(主にセンター)や左サイド。身長 186cm、体重 82kg。
豊田 賢治(とよだ けんじ、1979年12月24日 - )は… 豊田 賢治(とよだ けんじ、1979年12月24日 - )は、埼玉県春日部市出身の元ハンドボール選手。ポジションは右サイド。180 cm、80 kg。左利き。血液型はB型。浦和学院高校 - 国士舘大学出身。愛称はケンもしくはトヨケン。 春日部市立中野中学校でハンドボールを始める。浦和学院高校では1年次からメンバー入りし、2年次の1996年、全国高校総体で準優勝。その後国士舘大学を経て、2001年、大崎電気へ加入。大崎電気では副主将を歴任。第29回(2004-2005)、第30回(2005-2006)、第32回(2007-2008)日本リーグベストセブンに選ばれた。2007年-2008年、北京五輪アジア予選・世界最終予選の日本代表に選ばれるなど日本代表でも活躍。
小野澤 香理(おのざわ かおり、1979年7月25日 - )… 小野澤 香理(おのざわ かおり、1979年7月25日 - )は、日本の女子ハンドボール選手。2009年および2010年の登録名は中村 香理(なかむら かおり)。
小野澤 香理(おのざわ かおり、1979年7月25日 - )… 小野澤 香理(おのざわ かおり、1979年7月25日 - )は、東京都出身の元ハンドボール選手。2009年および2010年の登録名は中村 香理(なかむら かおり)。 東京都出身。文化女子大学附属杉並中学校・高等学校を経て国士舘大学へ入学。大学卒業後は北國銀行へ入団し、チームのキャプテンを務めていた。2002年の第27回日本ハンドボールリーグではシュート率賞と最優秀新人賞を受賞した。2007年度の全日本の強化指定選手となっており、2010年にはハンドボール ジャパンカップの日本代表に選出され日本代表JOC強化指定選手(2010年度、2011年度)となっていた。 2013年に現役を引退。2014年に日本リーグ功労者表彰を受けた。
山田 永子(やまだ えいこ、1979年1月3日 - )は、愛… 山田 永子(やまだ えいこ、1979年1月3日 - )は、愛知県出身の元ハンドボール選手。 高校は地元の名門・名古屋短大附属高校に進み、全国高等学校ハンドボール選抜大会2連覇を経験。筑波大学でもインカレ3連覇を達成。国際大会でも2000年第4回世界女子学生選手権で得点王を記録する。 卒業後は大学院で学びながらオムロンでプレー。1年目で新人賞こそチームメイトの金城晶子に譲るもベストセブンに選出。 日本代表としても世界選手権、アジア大会に出場するなど実績を残す。 2004年8月から2年間、女子ハンドボール界として初めてノルウェーに派遣され、研修後に同国リーグ強豪のバケラゲットSC・オスロでプレー。 2007年に引退し帰国。
田野平 安行(たのひら やすゆき、1978年8月31日 - … 田野平 安行(たのひら やすゆき、1978年8月31日 - )は、北海道函館市出身の元ハンドボール選手。 函館大学付属有斗高校時代は、選抜・選手権・国体に出場した。 高校卒業後は大崎電気へ入団し、2000年に引退した。 引退後は立教大学へ進学した。 2017年6月、函館にパーソナルトレーニング専門ジムを設立し、代表を務めている。
吉田 耕平(よしだ こうへい、1978年4月21日[要出典]… 吉田 耕平(よしだ こうへい、1978年4月21日[要出典] - )は、大阪府出身の元ハンドボール選手、ハンドボール指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。 兵庫県宝塚市の宝塚市立末広小学校に入学した当時は、サッカーをやっていた。3年終了時に大阪府豊中市の豊中市立刀根山小学校へ転校し野球を始める。豊中市立第十三中学校入学後にハンドボールと出会い、[要出典]北陽高等学校(現・関西大学北陽高等学校)、大阪体育大学へ進学、プレー経験を積む。 大学では全日本学生ハンドボール選手権大会の優勝を経験し、卒業後はホンダ熊本へ入団。当時、ホンダの環境を聞いていた吉田はホンダ熊本における環境があまりに違うことに愕然としたという。
高木 尚(たかぎ たかし、1978年4月7日 - )は、福井… 高木 尚(たかぎ たかし、1978年4月7日 - )は、福井県敦賀市出身の元ハンドボール選手。ポジションはゴールキーパー。 北陸高等学校から日本体育大学を経て、2001年に大同特殊鋼へ入団。 2010-11年シーズン限りで現役を引退。
飛田 季実子(ひだ きみこ、1977年9月26日 - )は、… 飛田 季実子(ひだ きみこ、1977年9月26日 - )は、大阪府泉佐野市出身の元ハンドボール選手。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のソニーセミコンダクタマニュファクチャリング ブルーサクヤ鹿児島でGKコーチを務めている。 1996年に日本ハンドボールリーグの大和銀行へ加入。 1997年は第11回女子ジュニア世界選手権の日本代表に選出された。 1999-00年シーズン限りで大和銀行が廃部となり、2000年に日立栃木へ加入。同年は第6回ヒロシマ国際ハンドボール大会(兼ジャパンカップ)の日本代表に選ばれた。 2001-02年シーズン限りで日立栃木が廃部となり退団。 2002年にソニーセミコンダクタ九州へ移籍。
佐久川 ひとみ(さくがわ ひとみ、1977年7月21日 - … 佐久川 ひとみ(さくがわ ひとみ、1977年7月21日 - )は、沖縄県出身の女子ハンドボール選手。右サイド。左利き。 一卵双生児の妹であり、姉の佐久川かおりも日本リーグの選手として活躍していた。 沖縄県立浦添高等学校から大崎電気に入社。しかし2000年に女子ハンドボール部が廃部になったため、オムロンピンディーズへ移籍。主将を務めプレーオフ進出に貢献し、2001年以降6年連続ベストセブンに選ばれる。2004年には殊勲選手賞とシュート率賞も合わせた個人3冠を獲得。2005年には遂にチームを8年ぶり11回目の優勝に導いた。 オムロンに在籍していた2003年1月26日、日本ハンドボールリーグ300得点を、2005年3月5日、400得点を、2007年1月20日500得点を、2008年10月18日、600得点を達成した。
森下 純弘(もりした すみひろ、ローマ字表記:Sumihir… 森下 純弘(もりした すみひろ、ローマ字表記:Sumihiro Morishita、1977年7月16日)は、香川県高松市出身のハンドボール選手。身長174cm、体重68kg。香東中-坂出工高-岡山商大を卒業。 2006年8月には単身渡独、SG Motor Gohlis - Nord Leipzig e.V.に入団。 2008年4月から自身の活動拠点を奈良県に移し、現在に至る。 2009年から奈良教育大学、2010年9月からは同校附属中学校にて、指導者としても活動している。 現在の主な個人契約先には、AKC TOURS(チーム 販促物スポンサー)、明治乳業株式会社(個人 プロスタッフ契約)。
永島 英明(ながしま ひであき、1977年3月24日 - )… 永島 英明(ながしま ひであき、1977年3月24日 - )は、大阪府出身の元ハンドボール選手。ポジションはポスト。 此花学院高等学校から大阪体育大学を経て三陽商会に入社。三陽商会休部後、大崎電気へ移籍、プロ契約を結ぶ。全日本のメンバーとして国際大会も経験。2008年北京オリンピック世界最終予選に向け、全日本の主将に選ばれた。よく通る声でチームを鼓舞し、何よりも妥協しない運動量は間違いなく後輩を納得させる。リーグではディフェンスの要としてスターティングメンバーとして活躍している。 2006年3月、女子レスリング選手の山本聖子と婚約。男児をもうけたが2014年9月に離婚。 現在は、小中学校などをまわり、講演会を開く夢プロジェクトに参加している。
堤 一之(つつみ かずゆき、1976年10月24日 - )は… 堤 一之(つつみ かずゆき、1976年10月24日 - )は、和歌山県出身の元ハンドボール選手。ポジションは両サイド。 父(堤 啓二)が監督を務める新宮高等学校でハンドボールを始め、中部大学を経てHC東京WINGSに入団。高校時代はバックプレーヤーであったが、大学時代にサイドプレーヤーに転向。167cmと非常に小柄で軽量級ではあるが、スピードと多彩なシュートテクニックを具え持ち、HC東京では須藤武志、田中将らとの併用で途中出場が多かったが、出番が来ればシュート&シュートメイクを正確にできる選手であった。チーム内の同期武藤崇之、木村祐介と仲が良かった。 HC東京廃部後(2006年)引退。2008年に女子バスケットボール選手の堀部涼子(ユニチカ-JAL)と結婚している。
植木 宏和(うえき ひろかず、1976年5月15日 - )は… 植木 宏和(うえき ひろかず、1976年5月15日 - )は、大分県大分市出身の元ハンドボール選手。 大分電波高等学校(現・大分国際情報高等学校)から福岡大学へ入学。大学卒業後の1999年に当時日本ハンドボールリーグ2部だったアラコ九州(後のトヨタ紡織九州)へと入団した。2000年にはチームは1部昇格、後にチームのキャプテンを務めた。 2008年3月に引退。
東 俊介(あずま しゅんすけ、1975年9月16日 - )は… 東 俊介(あずま しゅんすけ、1975年9月16日 - )は、石川県金沢市出身の元ハンドボール選手、指導者。 中学1年からハンドボールを始める。金沢市立工業高校では2年時に国体、3年時にインターハイ、国体に出場。全て1回戦で敗れるも、長身と潜在能力を見込まれU-18日本代表に選出。田場裕也、植松伸之介らとともに韓国遠征を経験し、国際武道大学へ進学。 大学では1年時から試合に出場し、U-20日本代表としてシリアにて開催された世界ジュニア選手権アジア予選に出場し、5位。2年時には東日本学生選手権準優勝、全日本学生選手権ベスト8と同大学史上最高の成績を残す。大学卒業後は大崎電気に入団。 入団後3年間は2部リーグとの入れ替え戦を経験するなど低迷するも、三陽商会の廃部に伴い移籍してきた岩本真典、中川善雄、永島英明、2004年に入団した宮﨑大輔らプロ契約選手の活躍により強豪となったチームで中心選手として存在感を発揮。
田場 裕也(たば ゆうや、1975年9月12日 - )は、沖… 田場 裕也(たば ゆうや、1975年9月12日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手、指導者。ポジションはフローター。
田中 美音子(たなか みねこ、1975年1月14日 - )は… 田中 美音子(たなか みねこ、1975年1月14日 - )は、大阪府豊中市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のイズミメイプルレッズ広島でコーチを務めている。 小学校5、6年ではバレーボールをしていたが豊中市立第十中学校でハンドボールを始め、大阪・四天王寺高等学校時代には選抜優勝、全国高等学校総合体育大会ベスト8、国民体育大会3位を経験。 1993年に大和銀行入りし日本ハンドボールリーグ2部で得点王に輝く。 1994年に1部へ昇格すると、得点王を獲得。 1995年には日本リーグ得点王、ジュニア世界選手権得点王を記録した。 1996年は2年ぶりの得点王を獲得。
中川 善雄(なかがわ よしお、1974年8月9日 - )は、… 中川 善雄(なかがわ よしお、1974年8月9日 - )は、熊本県宇土郡三角町(現・宇城市)出身の元ハンドボール選手、指導者、会社経営者。 九州学院高でハンドボールを始め、中央大学在学中に世界学生選手権に出場。 中央大学を卒業後、三陽商会に入社。 2001年に休部となったため、大崎電気へ移籍。日本人初となるプロ契約を結ぶ。 その後日本代表に選ばれ、2001年東アジア選手権、2002年世界選手権アジア予選、2003年釜山アジア大会など国際大会でも活躍。 2003年のアテネオリンピック・アジア予選より主将を務め、2005年チュニジア世界選手権にも出場した。 2005年には大崎電気の主将となり、創部初の日本リーグ制覇を果たす。
青戸 あかね(あおと あかね、1974年7月11日 - )は… 青戸 あかね(あおと あかね、1974年7月11日 - )は、広島県広島市安佐北区出身の元ハンドボール選手、指導者。 中学まではバスケットボール選手。ハンドボール選手だった父親の影響で、女子ハンドボールの名門・広島山陽女子高校入学後にハンドボールに転向した。1993年高校総体ベスト16。東京女子体育大学に進学し4年時には春秋のリーグ戦、関東大学選手権、全日本大学選手権4冠制覇に貢献。 1997年、地元・広島のイズミに入社し、創部三年のイズミハンドボール部(2001年からクラブチーム・広島メイプルレッズ)に所属。林五卿プレーイングマネージャーからスパルタ教育を受け、小柄ながらガッツ溢れるプレーで林、呉成玉、杉本絵美、大前典子らと1998年から始まる日本ハンドボールリーグ女子、史上初の七連覇、全日本実業団選手権優勝7回、全日本総合選手権優勝7回のチーム黄金期に貢献した。
佐藤 良彦(さとう よしひこ、1974年3月20日 - )は… 佐藤 良彦(さとう よしひこ、1974年3月20日 - )は、岩手県出身の元ハンドボール選手、指導者。 岩手県立不来方高等学校から国際武道大学へと進学。 大学卒業後日本ハンドボールリーグの大崎電気へ入団し長年に亘り活躍した。2008年に現役引退し、大崎電気のコーチに就任。 2018-19年シーズン限りで大崎電気のコーチを退任。
茅場 清(かやば きよし、1973年7月8日 - )は、茨城… 茅場 清(かやば きよし、1973年7月8日 - )は、茨城県出身のハンドボール選手。 茨城県立笠間高等学校、日本体育大学卒業。本田技研工業ハンドボール部やTVグロースヴァルシュタット(ドイツ語版)でプレーしている。
岩本 真典(いわもと まさのり、1970年9月28日 - )… 岩本 真典(いわもと まさのり、1970年9月28日 - )は、熊本県熊本市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のトヨタ紡織九州レッドトルネードSAGAで監督を務めている。 日本リーグでの通算得点は1079得点(フィールド912点、7mスロー167点)。 熊本市立商業高等学校卒業後に早稲田大学へ進学。1993年1月に1992年度の全日本学生ハンドボール連盟・優秀選手に選出された。 1993年に日本ハンドボールリーグの三陽商会に入社。1993-94年シーズンの最優秀新人賞とベストプレーヤー賞(ベストセブン)を受賞した。 1997年には地元で開催された第15回世界選手権に日本代表のメンバーとして出場。
半田 信吾(はんだ しんご、1970年7月30日- )は、愛… 半田 信吾(はんだ しんご、1970年7月30日- )は、愛知県出身の元ハンドボール選手(サイド)、指導者。 福岡大学を経て、豊田合成に入団。選手兼任の監督についた後、総監督に就任。日本リーグ第25回大会では最優秀新人賞を受賞している。 この項目は、ハンドボールに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ)。
大森 聡(おおもり さとし、1968年3月8日 - )は、富… 大森 聡(おおもり さとし、1968年3月8日 - )は、富山県富山市出身のハンドボール指導者。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のプレステージ・インターナショナル アランマーレ富山で強化部長を務めている。 筑波大学卒業後の1992年7月から母校・高岡向陵高等学校の女子ハンドボール部監督に就任。 2006年3月に行われた第29回全国高等学校ハンドボール選抜大会で優勝を果たした。 2012年4月から日本代表女子のスタッフに就き、2014年11月から日本代表女子のコーチに就任した。 2016年3月限りで高岡向陵高校の監督を退任。同年4月から地元・富山市に新しく創設された、プレステージ・インターナショナル アランマーレの監督に就任した。
田中 茂(たなか しげる、1967年9月2日 - )は、長崎… 田中 茂(たなか しげる、1967年9月2日 - )は、長崎県佐世保市出身の元ハンドボール選手、指導者。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の豊田合成ブルーファルコン名古屋で監督を務めている。 1990年に日本ハンドボールリーグの三陽商会に加入。 2001年に現役を引退し、JOCスポーツ指導者海外研修でスペインへ。その後は日本ハンドボール協会・日本ハンドボールリーグ機構GMを務めた。 2017年、豊田合成の監督に就任。 2018年は第70回日本ハンドボール選手権大会で優勝し、豊田合成初のタイトルを獲得した。
楠本 繁生(くすもと しげお、1964年10月10日 - )… 楠本 繁生(くすもと しげお、1964年10月10日 - )は、和歌山県和歌山市出身のハンドボール指導者。大阪体育大学スポーツ科学部教授。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のソニーセミコンダクタマニュファクチャリング ブルーサクヤ鹿児島で監督を務めている。 大阪体育大学卒業後、京都府立洛北高等学校に着任し、男女ハンドボール部の監督に就任。インターハイ優勝7回、国民体育大会優勝4回、春の選抜大会優勝3回の成績を残した。 2010年3月に洛北高校を退職し、大阪体育大学に入職、女子ハンドボール部の監督に就任。 2013年4月には准教授、2020年には教授に昇任した。 2018年の第24回世界学生選手権では女子日本代表U-24の監督に就任。
亀井 好弘(かめい よしひろ、1964年5月26日 - )は… 亀井 好弘(かめい よしひろ、1964年5月26日 - )は、香川県出身のハンドボール指導者。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の香川銀行GiraSol kagawaで監督を務めている。 高知大学卒業後、地元の香川県で高校の体育科教諭として勤務しつつ、ハンドボール指導者として活動。1994年には監督を務める香川県立香川中央高等学校が全国選抜大会、高校総体で優勝を果たす。 2005年、教員を退職し、香川銀行の監督に就任。 2006年からは女子日本代表のジュニア強化スタッフとしても活動。 2018年に香川県スポーツ協会の推薦で、国民体育大会功労者として表彰。 2025-26年シーズンは香川銀行初のレギュラーシーズン1位通過を果たすと、プレーオフも制し、初優勝を果たした。
武田 大伸(たけだ ひろのぶ、1964年3月24日 - )は… 武田 大伸(たけだ ひろのぶ、1964年3月24日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグの日新製鋼に所属していた。 函館有斗高等学校時代は岩平由伸の指導を受け、選抜・選手権・国体に出場した。 高校卒業後は日本大学へ進学し、インカレに出場した。 大学卒業後は日新製鋼へ入団した。
酒巻 清治(さかまき きよはる、1962年5月7日 - )は… 酒巻 清治(さかまき きよはる、1962年5月7日 - )は、愛知県名古屋市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)の福井永平寺ブルーサンダーで監督を務めている。 中学よりハンドボールを始める。 中京大学卒業後、1985年湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。2009年現在日本リーグ通算得点第48位。全日本では、1990年チェコスロバキアで行われた世界選手権代表に選ばれている。 また、指導者としても活躍。1994年から湧永製薬監督、1996年からオーレ・オルソンのもと全日本男子コーチ、2000年から再び湧永監督を務めた。その後は2004年に湧永を退社し、スウェーデンに留学。
荷川取 義浩(にかわどり よしひろ、1961年12月4日 -… 荷川取 義浩(にかわどり よしひろ、1961年12月4日 - )は、沖縄県出身の元ハンドボール選手、指導者。1988年ソウルオリンピックハンドボール全日本男子代表。日本ハンドボールリーグの北國銀行で監督を務め、10度の日本一に導いた。2022年度をもって監督を退任。2023年4月1日、日本ハンドボール協会のハイパフォーマンスアシスタントディレクターに就任。 沖縄県立浦添高等学校、中部工業大学(現中部大学)出身。大学在籍中、1980年に全日本ジュニア代表に選ばれている。 卒業後、湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。全日本では1988年ソウル五輪代表、1990年チェコスロバキアで行われた世界選手権代表に選ばれている。
玉村 健次(たまむら けんじ、1961年1月16日 - )は… 玉村 健次(たまむら けんじ、1961年1月16日 - )は、大阪府出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)の堺 LIAISON OSAKAで監督を務めている。 大阪商業高校(現大商学園高等学校)、大阪体育大学出身。大学在籍中の1980年に全日本ジュニアに選ばれている。 卒業後、奈良県教員を経て湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。2009年現在、日本リーグ通算得点第12位、2008年まで湧永における歴代最多得点者でもあった。また、日本リーグにおける1試合内個人最多得点記録(22点)を持っている。全日本では1988年ソウル五輪代表同大会で得点ランキング3位となる。
大畑孝広(おおはた たかひろ、1957年1月9日 - )は日… 大畑孝広(おおはた たかひろ、1957年1月9日 - )は日本、静岡県出身の元ハンドボール選手。ポジションはゴールキーパー。 静岡農高-日本大学-本田技研鈴鹿 幻の1980年モスクワオリンピックおよび1984年ロサンゼルスオリンピックハンドボール全日本男子代表。1982年のハンドボール世界選手権(西ドイツ)代表。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
池ノ上 孝司(いけのうえ たかし、1955年9月29日 - … 池ノ上 孝司(いけのうえ たかし、1955年9月29日 - )は、鹿児島県出身のハンドボール選手、指導者。1984年ロサンゼルスオリンピックハンドボール全日本男子代表。幻の1980年モスクワオリンピック代表でもあった。 鹿児島県立加治木工業高等学校、日本体育大学出身。 卒業後、湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。 全日本では、1978年デンマークで行われた世界選手権代表、1980年のモスクワ五輪、1982年西ドイツで行われた世界選手権代表、1984年のロサンゼルス五輪代表に選ばれている。 また、引退後は指導者としても活躍。ソニーセミコンダクタ九州監督、女子学生代表コーチなどを務めた。
梨原 靖夫(なしはら やすお、旧姓:生駒、1955年7月12… 梨原 靖夫(なしはら やすお、旧姓:生駒、1955年7月12日 - )は、日本のハンドボール選手。奈良県出身。ロサンゼルスオリンピックハンドボール全日本男子代表。 奈良県立生駒高等学校、京都産業大学出身。 卒業後、湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。全日本では、1984年のロサンゼルス五輪代表に選ばれている。 2009年現在、生駒オークスに所属。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。