塚本 秀彦(つかもと ひでひこ、1978年1月24日 - )… 塚本 秀彦(つかもと ひでひこ、1978年1月24日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。広島県出身。 広陵高から日本大学に進学。2・3年次に全日本アマチュアボクシング選手権大会フェザー級連覇を果たす。 4年次に2000年シドニーオリンピックの同級に出場。しかし1回戦で敗退した。 2003年に新日本プロレスの入門テストを受験したが不合格となった。 現在はIMAOKA YOSHIAKI BOXING AUTHORITYのトレーナーを務め、高校の同期である元OPBFチャンピオン稲田千賢もスタッフに加わっている。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
伊藤 俊介(いとう しゅんすけ、1978年1月9日 - )は… 伊藤 俊介(いとう しゅんすけ、1978年1月9日 - )は、日本のプロボクサー。三重県鈴鹿市出身。身長175cm。元日本ライト級王者。2009年8月、リングネームを森田 瞬(もりた しゅん)へ改めた。 1995年11月12日、地元の鈴鹿ニイミジムからプロデビュー。 1997年10月4日、中日本ライト級新人王を獲得した。 1998年11月19日の試合を最後に一度はボクシングから離れる。 2001年3月21日、東京の金子ボクシングジムに移籍し、2年4か月ぶりの試合で1回TKO勝ち。 2001年8月16日、ガオグライ・ゲーンノラシンと対戦し、2回KO勝ち。 2005年11月10日、日本ライト級王者久保田和樹に挑戦し、2回TKO勝ちで王座を獲得した。
内田 雅之(うちだ まさゆき、1977年12月26日 - )… 内田 雅之(うちだ まさゆき、1977年12月26日 - )は、日本のキックボクサー。神奈川県出身。身長170cm、体重62kg。藤本ジム所属。新日本キックボクシング協会フェザー級王者。試合運びの上手さ、すべての技の高い技術、キック、パンチのバランスの良さ、気品溢れる。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
小島 英次(こじま えいじ、男性、1977年12月16日 -… 小島 英次(こじま えいじ、男性、1977年12月16日 - )は、日本のプロボクサー。第21代・第23代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。広島県広島市西区出身。山陽高等学校卒、桃山学院大学中退。金沢ボクシングジム所属。 2000年12月12日、金沢ボクシングジム所属でプロデビュー。今津竜也に4R負傷判定勝ちを収めた。 2001年12月3日、5戦目で柳光和博が返上したOPBF東洋太平洋スーパーフライ級王座決定戦に出場。李根植に7R負傷判定勝ちをし、三原正と並ぶ当時日本人最短試合タイ記録で東洋太平洋王座を獲得(その後八重樫東、井上尚弥も達成するが、2014年に田中恒成に更新された)。勝利者インタビューでプロポーズをしその後結婚。
小比類巻 貴之(こひるいまき たかゆき、1977年11月7日… 小比類巻 貴之(こひるいまき たかゆき、1977年11月7日 - )は、日本の男性キックボクサー。青森県三沢市出身。光星学院高等学校卒業。 小比類巻道場会長。元ISKAオリエンタル世界スーパーウェルター級王者。旧リングネームは小比類巻 太信(こひるいまき たいしん)。 徹底的に自分を追い込む稽古を敢行することから「ミスターストイック」と呼ばれ、K-1 WORLD MAXで日本代表決定トーナメントを3度優勝した。 1月31日、全日本キックボクシング連盟興行でアクティブJからプロデビュー。箱崎雄三にKO勝ち。 5月30日、魔裟斗(当時:小林雅人)相手に、膝蹴りで3度ダウンを奪い3RTKO勝ち。 10月26日、全日本ウェルター王者・鈴木達也と対戦し、TKO勝ち。
浅井 勇登(あさい はやと、1977年11月4日 - )は、… 浅井 勇登(あさい はやと、1977年11月4日 - )は、日本の元プロボクサー。愛知県名古屋市出身。身長164cm。 1995年11月19日、緑ボクシングジム所属でプロデビューし、佐野浩司を相手に1RKO勝ち。 1998年7月26日、川端賢樹・田中光輝と2引分をはさみ12戦10勝の無敗でランキングを上げ、スズキ・カバトの保持する日本フライ級王座に挑戦し、10R判定負け。王座獲得ならず。 2000年4月2日、セレス小林の保持する日本フライ級王座に挑戦し、7RKO負け。王座獲得ならず。 2000年12月2日、WBCフライ級5位ガブリエル・ミラ(メキシコ)からダウンを奪い判定勝ち。世界ランキング入り。
中川 大資(なかがわ だいすけ、1977年10月8日 - )… 中川 大資(なかがわ だいすけ、1977年10月8日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都練馬区出身。第47代日本ウェルター級王者。第32代日本スーパーウェルター級王者。第58代日本ミドル級王者。帝拳ボクシングジム所属。東洋高等学校卒業。 1997年2月28日、プロデビュー戦に初回KO勝利を収めた。同年11月8日、プロ4戦目で東日本ウェルター級新人王トーナメント決勝戦に臨み、内藤賢之(シシド)に初回KO負けを喫して、しばらくリングを去った。 6年を経た2003年12月6日、茂木修との4回戦に2-1の判定勝利を収めた。2005年8月20日、小野寺洋介山(オサム)との5回戦は3ジャッジともに46-49のスコアとなり、判定負けを喫した。
佐竹 政一(さたけ まさかず、男性、1977年10月5日 -… 佐竹 政一(さたけ まさかず、男性、1977年10月5日 - )は、日本のプロボクサー。兵庫県明石市出身。元OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者。 相手に打たれない驚異のディフェンス力と、天性のタイミングから放つカウンターで、日本・東洋・世界の強豪を次々とマットに沈めていった。 入場曲は、Back Street Boysの「The Call」。
稲田 千賢(いなだ ちかし、1977年9月30日 - )は、… 稲田 千賢(いなだ ちかし、1977年9月30日 - )は、日本の男性プロボクサー。第39代OPBF東洋太平洋ライト級王者。広島県三次市出身。帝拳ジム所属。広陵高等学校卒業、法政大学法学部法律学科中退。 アマチュアボクシングは80勝12敗。1998年、かながわ・ゆめ国体ライト級優勝を果たした。 2000年3月18日、アマチュアエリートとして6回戦からデビューし5回TKOで勝利。その後15連勝。 2004年3月20日、嶋田雄大の持つ日本ライト級王座に挑戦。10回判定まで縺れるも、判定負け。10月2日、OPBF東洋太平洋ライト級王座デニス・ローレンテ(フィリピン)に挑戦。これも12回判定で敗れる。 2005年3月5日、1戦1勝後再度デニス・ローレンテに挑み、12回判定で勝利しタイトル奪取。
加藤 壮次郎(かとう たけじろう、1977年9月19日 - … 加藤 壮次郎(かとう たけじろう、1977年9月19日 - )は、日本のプロボクサー。ワタナベボクシングジム所属。第48代日本ウェルター級王者。 1977年9月19日 、茨城県牛久市出身。父は日本人、母がチリ人のハーフである。 1998年4月20日、協栄ボクシングジム所属としてプロデビュー戦は森貴洋(宮田)に初回TKO負けとなった。翌1999年7月8日、東日本ライト級新人王トーナメントの予選で森と再戦。負傷判定で引き分けて敗者扱いとなり、森は全日本ライト級新人王を獲得した。 2000年2月15日、板垣俊彦(木更津グリーンベイ)との6回戦に判定勝利を収めた。同年9月18日、澤永真佐樹(熊本)との8回戦に判定負けを喫した後、12月18日には小林秀一(レパード玉熊)との8回戦にも判定負けを喫して2連敗となった。
小口 雅之(こぐち まさゆき、男性、1977年8月27日 -… 小口 雅之(こぐち まさゆき、男性、1977年8月27日 - )は、日本のプロボクサー。栃木県上三川町出身。草加有沢ボクシングジム所属。 作新学院高校1年時にボクシングを始める。2000年10月11日、横浜アリーナでWBA世界ライト級タイトルマッチ(畑山隆則 vs 坂本博之)のアンダーとして行われたプロデビュー戦に初回KO勝利を収めた。2002年には新人王トーナメントにエントリーし、スーパーフェザー級で3勝を収めたが、9月27日に行われた東日本準決勝で熊野和義(宮田)に4R判定で敗れた。 2005年12月13日、ジムの先輩コウジ有沢の引退興行のセミファイナルで密かに引退を決意して、柴田大地(ファイティング原田)と対戦。
石井 広三(いしい こうぞう、1977年8月15日 - 20… 石井 広三(いしい こうぞう、1977年8月15日 - 2012年7月5日)は、日本のプロボクサー。天熊丸木ボクシングジム所属。第23代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。 1977年8月15日、三重県桑名郡木曽岬町出身。弥富高等学校に野球推薦で入学も、上下関係が合わず1年で中退。野球部同期生に的場寛壱、渡辺博がいる。実家の建築業を手伝いながら辰吉丈一郎に憧れボクシングを志す。天熊丸木ボクシングジムへ入門し、1995年7月15日、デビュー戦。岡田孝生を2回KOで退けフェザー級でデビューを飾る。 1996年11月2日、7勝3KOの成績で中部代表として西部新人王パンサー柳田と争うも、6回判定で敗れ西軍代表戦進出はならなかった。
木村 章司(きむら しょうじ、1977年7月20日 - )は… 木村 章司(きむら しょうじ、1977年7月20日 - )は、日本のプロボクサー。元日本スーパーバンタム級王者(2度獲得)。花形ボクシングジム所属。 北海道網走郡美幌町出身。網走支庁初のボクシング興行を行った選手。 萩野崇初主演の映画「HERO?天使に逢えば…」に出演している。鴨居駅近くの飲食店「章舞」の店長等を経て、現在は空調設備会社勤務。 マイク・タイソンに憧れ、美幌北中学の頃から帯広市のボクシングジムに通うようになる。北海道美幌高等学校卒業後、札幌市の北海道ボクシングジムに短期間在籍の後、横浜市の花形ボクシングジムに移籍。 1997年10月3日、横浜文化体育館で花形ジム所属選手としてプロデビュー。
桜木 裕司(さくらぎ ゆうじ、1977年7月20日 - )は… 桜木 裕司(さくらぎ ゆうじ、1977年7月20日 - )は、日本の男性キックボクサー、総合格闘家。宮崎県宮崎市出身。 中学1年の時に佐竹雅昭の戦う姿勢に感銘を受け格闘技の道へ進む。高校入学を期に極真空手に入門。卒業後は自衛隊を経て、体育教師を目指し日本体育大学体育学部武道学科に入学。大学入学を期に東京へ上京すると、顔面攻撃の重要性を考え、キックボクシングの目黒ジムへ入門。藤本勲会長の紹介で佐山聡と出会い、2000年7月に掣圏道に入門した。 2003年まで瓜田幸造と共にアルティメットボクシングに高頻度で出場し続け、多くのロシア人選手を撃破する。 2005年2月4日、パンクラスで謙吾と対戦し、3Rに左ハイキックでKO勝ち。
田中 雄士(たなか ゆうじ、1977年7月4日 - )は、日… 田中 雄士(たなか ゆうじ、1977年7月4日 - )は、日本の実業家、キックボクサー、歌手。32歳でキックボクサーとしてプロデビュー。キックボクシングではGRACHANキック、WBKF、蹴拳インプレッションの王座を獲得した。キックボクシングのジム「レンジャージム」のオーナー兼会長を務める。千葉県千葉市出身。 小学校から空手を学び、中学で黒帯を取得。また、中学時代はバスケットボール部の部長を務めた。高校時代に兄の影響で夜遊びをするようになり誰彼構わず刺していたというKGBの内藤裕と同日に別々の場所で事件を起こし、逮捕、収監された。起訴されて高校を退学し、解散状態となっていたKGBの2代目リーダーに就任。
松本 博志(まつもと ひろし、男性、1977年6月30日 -… 松本 博志(まつもと ひろし、男性、1977年6月30日 - )は、日本の元プロボクサー。福岡県北九州市出身。小倉高橋ボクシングジム所属選手としてプロデビュー、2006年より角海老宝石ボクシングジム所属。
ウルフ時光(ウルフ ときみつ、本名:時光 康夫(ときみつ や… ウルフ時光(ウルフ ときみつ、本名:時光 康夫(ときみつ やすお)、1977年5月21日 - )は、日本の元プロボクサー。岡山県高梁市出身。第6代OPBF東洋太平洋ミニマム級王者。現役時代は倉敷守安ボクシングジムに所属していた。 1994年10月30日のプロデビュー戦は判定勝ち。 その後1998年2月にOPBF東洋太平洋ミニマム級王者ニコ・トーマスとOPBF東洋太平洋ミニマム級タイトルマッチを行い、12回判定勝ちでOPBF王座獲得。その後1回防衛して、王座返上。 翌1999年5月、WBC世界ミニマム級暫定王者ワンディ・シンワンチャーとWBC世界ミニマム級暫定タイトルマッチを行い、TKO負けで世界王座獲得に失敗。
竹地 盛治(たけち せいじ、男性、1977年4月27日 - … 竹地 盛治(たけち せいじ、男性、1977年4月27日 - 2001年8月10日)は、日本のプロボクサー。香川県仲多度郡出身。元OPBF東洋太平洋スーパーウェルター級王者。ヨネクラボクシングジム所属選手としてプロデビュー、1998年より中外ボクシングジム所属。多度津工業高等学校卒業。OPBF王者との4連戦後、王座を保持したまま24歳で夭逝した。 一年ほど休学中だった高校時代に、ボクシングを始め、1997年6月24日、プロデビュー戦に判定勝利を収めた。1998年のジム移籍前後を通じて2連敗後の同年11月22日、香川・坂出サティホールで4RTKO勝利を収め、再起を果たした。 2000年7月23日、坂出サティホールで宋国烈の持つOPBF東洋太平洋スーパーウェルター級王座に挑戦。
大高 一郎(おおたか いちろう、1977年4月14日 - )… 大高 一郎(おおたか いちろう、1977年4月14日 - )は、日本の男性キックボクサー。岩手県盛岡市出身。元マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟フェザー級王者。山梨学院大学出身。 山梨学院大学在学中にマイウェイジムに入門。 大学卒業に伴い上京、ジムを移籍し山木ジムから2000年10月6日にプロデビュー。 2004年11月21日、小林秀紀に判定勝ちし、MAフェザー級王座を獲得した。 2008年に鈴木秀明の主宰するストラッグルに移籍。 2008年8月3日、タイのラジャダムナン・スタジアムで初海外遠征試合を行い、KO勝ちを収めた。リングネームはイチロー・ストラッグルジムであった。 2009年7月24日、Krushライト級グランプリ2009 1回戦で"狂拳"竹内裕二と対戦し、右フックでKO負け。
本望 信人(ほんもう のぶひと、1977年4月1日 - )は… 本望 信人(ほんもう のぶひと、1977年4月1日 - )は、日本のプロボクサー、プロボクシング・トレーナー。出身は新潟県であるが、育ちは埼玉県さいたま市である。第39代日本スーパーフェザー級王者。第33代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者。角海老宝石ボクシングジム所属。 大宮商業高校卒業から1年後の1996年3月4日にオサムジム所属で18歳でプロデビュー。同ジム所属当時は「パワフル本望」のリングネームで活動していた。1999年にはA級トーナメントで優勝、2000年にはアメリカ合衆国に遠征して3試合に出場(2勝1敗)するなど多彩なキャリアを積んだが、同年から翌年にかけてオサムジムと衝突し、移籍に関するトラブルで1年を棒に振る。
桜井 洋平(さくらい ようへい、1977年3月14日 - )… 桜井 洋平(さくらい ようへい、1977年3月14日 - )は、日本の男性元キックボクサー。茨城県石岡市出身。NJKFバンタム級、初代NKBフェザー級、ライト級、初代WFCAムエタイ世界ライト級王者。2010年に現役を引退。現役時代はBombo-Freely(ボンボフリーリー)所属で、現在も同ジムの代表を務める。NJKFスーパーバイザー。 1997年7月21日にNJKFでプロデビュー。高橋伸浩と対戦し、1R1:35KOで勝利し、デビュー戦を白星で飾った。 2000年7月7日、NJKF主催「Millennium Wars 5」のNJKFバンタム級王座決定戦で中島昇と対戦し、3-0の判定勝ちで王座を獲得した。
菊地 浩一(きくち こういち、1977年2月23日 - )は… 菊地 浩一(きくち こういち、1977年2月23日 - )は、日本の男性シュートボクサー。大阪府東大阪市出身。寝屋川ジム所属。吉鷹弘に指導を受けており、ローキックを得意とする。 2002年11月4日、シュートボクサーとしてプロデビュー。松本賢治に3RTKO勝ち。 2004年7月10日、元Jリーガーでプロ格闘家デビュー戦の矢野マイケルと対戦予定であったが、矢野がB型肝炎ウイルス感染者であることが判明し、菊地も欠場となった。 2004年12月19日、『DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '04』に出場。1回戦で城戸康裕に2RKO勝ち。準決勝でCRAZY884に1RKO勝ち。決勝戦で裕樹に1RKO勝ちで優勝を果たした。
小熊坂 諭(こぐまさか さとし、1977年2月13日 - 2… 小熊坂 諭(こぐまさか さとし、1977年2月13日 - 2013年)は、日本の元プロボクサー。福岡県筑後市出身。第18代日本ミニマム級王者。新日本木村ボクシングジム所属。 陽光アダチジムに所属し、1995年1月10日、岡部裕輔戦でプロデビュー。 1999年、中日ジムへ移籍。 2001年9月24日、元WBA世界ミニマム級王者ソンクラーム・ポーパオインに3-0の判定勝ちを収め世界ランク入りするが、拳の負傷で約1年半リングを離れる。 新日本木村ジムに移籍し、2003年2月10日の復帰戦で阿部弘幸が持つ日本王座に挑み、2Rにダウンを奪うなど3-0の大差判定で勝利。2000年に判定負けを喫した相手に雪辱を果たすとともに日本王座を獲得。
吉田 拳畤(よしだ けんじ、本名:吉田 健司、1977年2月… 吉田 拳畤(よしだ けんじ、本名:吉田 健司、1977年2月10日 - )は、日本のプロボクサー。宮崎県西諸県郡高原町出身。第50代日本フライ級王者。ワタナベボクシングジム所属選手としてプロデビュー、2004年11月より笹崎ボクシングジムに移籍、2009年7月から再びワタナベジム所属。宮崎県立小林工業高等学校卒業。 1999年1月27日、本名の吉田健司でワタナベジム所属でプロデビュー(1RKO勝ち)。 デビュー戦後、3連敗を喫するが、連敗後は5連勝して6回戦に昇格する。 2001年4月24日、6回戦デビューを6R判定勝ちで飾るも、7月30日にオートバイによる交通事故に遭い、下半身不随も考えられるほどの怪我を負い約3年のブランクを作る。
西山 誠人(にしやま まこと、1977年1月25日 - )は… 西山 誠人(にしやま まこと、1977年1月25日 - )は、日本の男性キックボクサー。神奈川県出身。アクティブJ所属。桐蔭学園中学、桐蔭学園高等学校理数科を経て、東京大学農学部卒業および東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。味の素株式会社勤務。 元WFCAタイボクシング世界ライト級王者。 高校生でキックボクシングを始め、現役で東京大学に進学。 1997年3月9日、大学在学中にプロデビュー。同じ東大生格闘家に修斗の巽宇宙がいる。 2000年7月31日、初代J-NETWORKライト級王座決定戦で五十嵐ヨシユキと対戦し、3-0の判定勝ちで王座を獲得した。 2000年10月17日、J-NETWORKで「切り裂き魔」の異名を持つカチャスック・ジャンボジムと対戦し、逆に肘打ちでカットさせTKO勝ちを収めた。
湯場 忠志(ゆば ただし、1977年1月19日 - )は、日… 湯場 忠志(ゆば ただし、1977年1月19日 - )は、日本の元プロボクサー。宮崎県北諸県郡三股町出身。第47代日本ライト級王者。第28代日本スーパーライト級王者。第43代・第45代日本ウェルター級王者。第34代日本スーパーウェルター級王者。第55代日本ミドル級王者。日本王座5階級制覇王者。都城レオスポーツジムに所属していた。宮崎日本大学高等学校卒業。 17歳の時にオスカー・デ・ラ・ホーヤのビデオを観て、そのボクサーとしての紳士的なあり方に近づきたいと考え、ボクシングを習うようになった。高校卒業後、19歳の時にアマチュアの試合に勝利し、ボクシングを本格的に志した。 1996年4月14日、プロデビュー戦に4回判定勝利を収めた。
田中 聖二(たなか せいじ、1977年1月1日 - 2005… 田中 聖二(たなか せいじ、1977年1月1日 - 2005年4月15日)は日本のプロボクサー。鳥取県鳥取市出身。第29代日本スーパーフライ級王者。金沢ボクシングジム所属。鳥取城北高等学校卒業。 高校時代は、野球部に所属。高校卒業後、プロボクサーを目指し単身大阪に渡り、金沢ジムに入門。 1997年7月31日、プロデビュー(4回判定勝ち)。 その後、7戦目まで6勝(1KO)1分という順調な成績を残すが、1998年11月9日に、後の日本ライトフライ級王者興梠貴之に6回判定負けで初黒星を喫したのを皮切りに3連敗。 2001年には元世界ランカーの藤原康二、元日本ランカーの福山登との引き分けを2つ挟んで5連勝するが、同年11月2日に後のOPBF東洋太平洋フライ級王者で世界挑戦も経験する小松則幸に7回負傷判定負け。
大渡 博之(おおわたり ひろゆき、1976年12月21日 -… 大渡 博之(おおわたり ひろゆき、1976年12月21日 - )は、日本の空手道選手、キックボクサー。東京都出身。早稲田大学卒業。正道会館東京本部所属。 広告代理店の電通で営業職として勤務しながら正道会館東京本部で稽古を重ねている。 安廣一哉のK-1参戦後、正道会館軽量級のエースとして4度の優勝を果たした。 1999年9月26日、正道会館 第1回ウエイト制オープントーナメント 全日本空手道選手権大会 軽量級に出場し、ベスト4。 2000年9月10日、正道会館 第2回ウエイト制オープントーナメント 全日本空手道選手権大会 軽量級に出場。準々決勝で宮野孝裕に敗れベスト8。 2001年9月2日、正道会館 第3回ウエイト制オープントーナメント 全日本空手道選手権大会 軽量級に出場。
佐藤 修(さとう おさむ、1976年12月16日 - )は、… 佐藤 修(さとう おさむ、1976年12月16日 - )は、日本の元プロボクサー。兵庫県神戸市出身。元WBA世界スーパーバンタム級王者。現役時代は協栄ボクシングジム所属。神戸国際大学附属高等学校卒業。 ボクサー時代のニックネームはハルク・ホーガンにも由来し、「大きな男」を意味するHULK(ハルク)。入場曲はケンイシイの『Future is what we are』。現役引退後の俳優業における芸名は蓮 ハルク(れん ハルク)。 高校時代にアマチュアボクシングを始め近畿高校フライ級王者(同い年の名護明彦とは当時から親友)、鬼塚勝也に憧れ1995年に日本のプロボクシングジムで最多の世界王者輩出数を誇る協栄ジムに入門。
梶原 龍児(かじわら りゅうじ、1976年12月9日 - )… 梶原 龍児(かじわら りゅうじ、1976年12月9日 - )は、日本の元男性キックボクサー、プロボクサー、ミュージシャン。東京都出身。第2代WFCAタイボクシング世界ライト級王者。初代Krush -63kg王者。
大嶋 記胤(おおしま のりつぐ、1976年11月14日 - … 大嶋 記胤(おおしま のりつぐ、1976年11月14日 - )は、日本の男性プロボクサー。茨城県結城市出身。2005年に引退した元祖刺青プロボクサー・大嶋宏成の実弟。身長173cm、体重68kg。シャイアン山本ジム所属。 日本国内10戦6勝(5KO)4敗(4KO) 海外戦績3戦3勝(3KO)(於タイ) 3戦目は2007年9月15日にバンコクスタジアムで行われ、2ラウンドKO勝ち。 胸、背中から臀部、肩から手首までと上半身の約70パーセントに刺青が入っており、日本プロボクシング協会よりライセンスの交付を受けられないため日本の公式戦のリングに立てなかった。実兄である元祖刺青プロボクサー・大嶋宏成は皮膚移植により胸の刺青を削除したが、記胤には皮膚移植できる部位が無い。
米澤 重隆(よねざわ しげたか、1976年10月18日 - … 米澤 重隆(よねざわ しげたか、1976年10月18日 - )は、日本の元プロボクサー。千葉県柏市出身。東洋太平洋ボクシング連盟ミドル級14位。青木ボクシングジム所属。元アマチュアレスリング選手。現在、現役時代の食事制限や、トレーニングといった様々な肉体改造の経験を活かしダイエットコーチとして活動。NHKドキュメンタリー番組で米澤を取材していた映像作家の山本草介によるノンフィクション著作『一八〇秒の熱量』にて主人公として取り上げられる。 小学校五年生より柔道を始め、中学時代は柔道部に所属。当時同じ柔道場で練習をしていたレスリング部監督の誘いでレスリングの試合に出場し、全国中学選手権で2位。その後八千代松陰高等学校に進学し本格的にレスリングを始める。
岡田 敦子(おかだ あつこ、1976年10月15日 - )は… 岡田 敦子(おかだ あつこ、1976年10月15日 - )は、日本の女性キックボクサー、プロボクサー。愛媛県松山市出身。RAPTURE KING所属。 松山大学卒業後、フリーアナウンサーとして活動。 2002年9月に上京し、スポーツインストラクターとなる。 2004年2月11日、R.I.S.E.でプロデビュー。以来、J-NETWORK「女祭り」を主戦場にキックボクシングのリングに上がる一方で、フリーのインストラクター活動を並行して行っている。 2005年7月23日、ドージョー・チャクリキ・ジャパンと所属契約を結んだことが発表された。 日本女子ボクシング協会(JWBC)認定の女子プロボクサーでもあり、2006年12月15日に新宿FACEにてエキシビションながらWBC世界王者菊地奈々子相手にボクシングデビュー。
牧野 智昭(まきの ともあき、1976年10月4日 - )は… 牧野 智昭(まきの ともあき、1976年10月4日 - )は、日本の男性キックボクサー。兵庫県出身。WBKF世界スーパーウェルター級王者、J-NETWORKスーパーウェルター級王者。WPMF日本スーパーウェルター級王者。初代LOKミドル級王者。NEXT LEVEL渋谷所属。 兵庫県立伊川谷高等学校、駒澤大学文学部卒業。 2005年11月23日、第87回新空手道交流大会・K-2トーナメント中量級に出場。決勝で下浦祐樹に勝利し、優勝を果たした。 2006年5月4日、第17回全日本新空手道選手権大会・K-2トーナメント中量級に出場。決勝で廣野祐に敗れ、準優勝となった。 2006年9月3日、R.I.S.E. KAMINARIMON CLIMAX '06に出場。
梅津 宏治(うめつ こうじ、1976年9月29日 - )は、… 梅津 宏治(うめつ こうじ、1976年9月29日 - )は、日本の元プロボクサー。第53代日本フェザー級王者。ワタナベボクシングジム所属。千葉県立鎌ケ谷高等学校、日本大学理工学部卒業。 高校時代はラグビーをしており、ボクシングを始めたのは日本大学に入学してからと、日本王者になるほどの選手としては遅かった。その後玩具メーカーの社員となるが、ボクシングに専念するために後に退職する。 2000年11月22日、新松戸高橋ボクシングジム所属でプロデビューする。上原友和(白井・具志堅)を4回KO勝ちを収めた。 2001年12月13日、その後2戦2勝でスーパーバンタム級會田耕平(オサム)との試合で4回判定負けで初黒星を喫した。
名護 明彦(なご あきひこ、1976年9月26日 - )は、… 名護 明彦(なご あきひこ、1976年9月26日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県那覇市出身。第21代日本スーパーフライ級王者。興南高等学校卒業。 アマチュア時代の1994年、全日本高校チャンピオン・全国高等学校ボクシング選抜大会準優勝・わかしゃち国体優勝の実績を残し、高校卒業後、元世界王者の白井義男、具志堅用高氏が共同経営を行っている白井・具志堅スポーツジムにスカウトされ入門。佐藤修とは当時から親友。 日本王座を獲得し、無敗で世界挑戦まで辿り着いた。しかし、世界戦で戸高秀樹に敗れてからは精彩を欠き、消極的な試合が目立つようになる。 徳山昌守に敗れた後、指導方針の違いから具志堅会長と決別。
杉田 竜平(すぎた りゅうへい、1976年9月6日 - )は… 杉田 竜平(すぎた りゅうへい、1976年9月6日 - )は、日本の元プロボクサー。岐阜県吉城郡古川町(現飛騨市)出身。第35代日本スーパーフェザー級王者。元日本スーパーフェザー級暫定王者。岐阜県立吉城高等学校卒。畑中ボクシングジム所属。現杉田ボクシングジム会長。 高校1年時に漫画『はじめの一歩』を読みボクサーに憧れ、近くにジムがなかったため独学で始める。高校3年の夏休みに畑中ジムに行き、一か月の体験入門。卒業後プロになり、畑中ジムプロ第1号としてデビュー。同時期入門の中野博ともに二枚看板と呼ばれ、「魂の箱-あるボクシングジムの闘い」(平山譲著)で取り上げられた。 1995年4月2日、プロデビュー戦で2RKO勝利を収めた。
安廣 一哉(やすひろ かずや、1976年8月22日 - )は… 安廣 一哉(やすひろ かずや、1976年8月22日 - )は、日本の男性空手家、キックボクサー、正道会館東大和支部支部長、聖徳学園中学校・高等学校保健体育非常勤講師。北海道旭川市出身。正道会館所属。胴回し回転蹴りを得意とする。 北海道旭川工業高等学校在学中はバドミントン部に所属し、全国大会出場経験もある。高校卒業後、上京し日本体育大学体育学部に入学。 1999年9月26日、大学3年で、正道会館主催の第1回ウエイト制オープントーナメント全日本空手道選手権大会(軽量級)に出場。決勝で村尾健司を破り優勝を果たした。 2000年9月10日、正道会館の第2回ウエイト制オープントーナメント全日本空手道選手権大会(軽量級)に出場。
諸橋 仁智(もろはし よしとも、1976年〈昭和51年〉8月… 諸橋 仁智(もろはし よしとも、1976年〈昭和51年〉8月19日 - )は、日本の弁護士、宅地建物取引士、文筆家、ボクサー。元暴力団構成員。ニックネームはパンチ弁護士。 1976年 (昭和51年) 8月19日、福島県いわき市生まれ。中学生のとき父がガンで亡くなる。福島県立磐城高等学校(47期)卒業。進学校出身であったがそこで落ちこぼれる。大学受験予備校時代に覚醒剤に手を出したことがきっかけでぐれだす。 2年間大学受験浪人した後、成蹊大学経済学部に入学する。その後、アルバイト先の麻雀店で暴力団員と知り合う。その「アニキ」とともにヤミ金業を歩む。その後、同大学を2年のときに中退する。そして21歳で暴力団構成員になる。
西岡 利晃(にしおか としあき、1976年7月25日 - )… 西岡 利晃(にしおか としあき、1976年7月25日 - )は、日本の元プロボクサー。兵庫県加古川市出身。帝拳ボクシングジム所属。元WBC世界スーパーバンタム級王者。 若手期待の星として将来を嘱望された存在であったが、十代から二十代半ばまでのバンタム級時代は4度の世界挑戦失敗にアキレス腱断裂など、才能がありながらも数々の苦難に見舞われた不運なボクサーとしてのイメージが強かった。しかし世界挑戦を諦めることなくスーパーバンタム級に転じてからも連勝を続けることで虎視眈々とチャンスを待ち続け、三十代に入ってからの5度目の世界挑戦において世界王座を獲得。その後はボクシングの本場であるとともに日本人選手にとってはアウェーとなるメキシコとアメリカのラスベガスで世界的に有名な強豪選手相手に防衛を成功させており、王座が空位となっていたリングマガジンのスーパーバンタム級世界ランキングでも1位にランクされるなど、日本ボクシング史上でも有数の世界的評価を得た選手である。
池原 信遂(いけはら のぶと、1976年7月22日 - )は… 池原 信遂(いけはら のぶと、1976年7月22日 - )は、日本の元プロボクサー、現審判員。元日本バンタム級チャンピオン。富山県下新川郡入善町出身。富山県立入善高等学校卒。大阪帝拳所属。
草津 賢治(くさつ けんじ、1976年7月15日 - )は、… 草津 賢治(くさつ けんじ、1976年7月15日 - )は、日本の男性キックボクサー、空手家。静岡県三島市出身。身長181 cm、体重96 kg。正道会館チーム・アンディ所属。プロレスラーとして活躍したグレート草津(草津正武)の二男であり、父親のリングネームを引き継いで使用していた。 小学校・中学校とサッカーを経験。 天理高校ラグビー部では1年生からレギュラーとなり2年・3年時には花園に出場し、日本大学にスポーツ推薦で入学した。その後、正道会館に入門した。 1999年、第1回正道会館全日本ウェイト制重量級で3位入賞。アンディ・フグ率いるチーム・アンディの一員となった。 2000年1月25日、K-1 RISING 2000でモンスターファクトリーオーディション1期生宮本健太郎相手にデビュー予定であったが、宮本の病気欠場により不戦勝となった。
松田 直樹(まつだ なおき、1976年6月29日 - )は、… 松田 直樹(まつだ なおき、1976年6月29日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県小田原市出身。第55代日本フェザー級王者。第40代OPBF東洋太平洋フェザー級王者。コーエイ工業小田原ボクシングジム所属選手としてプロデビュー、2007年3月より帝拳ボクシングジム所属。 地元のコーエイ工業小田原ジムに入門し、湯河原高等学校3年在学中の17歳でプロデビュー。1994年4月8日、ライトフライ級で入谷俊を4R判定で下しデビュー戦を飾る。続く2試合も白星を重ね、3連勝となった。同年11月4日、東日本ライトフライ級新人王準決勝で今井甲治に敗れ、初黒星を喫した。決勝戦では同門コーエイ工業小田原の篠崎宏樹が勝利、東日本新人王となった。
國重 隆(くにしげ たかし、1976年4月22日 - )は、… 國重 隆(くにしげ たかし、1976年4月22日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府大阪市生野区出身。ワタナベボクシングジム所属。関西創価学園、創価大学卒業。実兄は衆議院議員の國重徹。 大学入学後にボクシングを始め、卒業後に大阪帝拳ジムでプロとなる。 2000年5月17日、村田匡教戦でプロデビューし、判定で勝利した。 2001年4月28日、後の世界王者・高山勝成に負傷判定で初敗北を喫した。 2002年12月22日、牧山勝海を下し全日本ライトフライ級新人王を獲得した。 2008年2月11日、嘉陽宗嗣が持つ日本ライトフライ級王座に挑戦するが、負傷判定で引き分けとなり王座獲得はならなかった。 2008年5月16日、タレントの林家まる子(夫婦漫才コンビ林家ライス・カレー子の娘)との婚約を発表した。
鈴木悟(すずき さとる、1976年3月3日 - )は、東京都… 鈴木悟(すずき さとる、1976年3月3日 - )は、東京都八王子市出身の日本の元プロボクサー、キックボクサー、シュートボクサー、俳優、プロレスラー。 プロボクシング、シュートボクシング、プロレスでそれぞれ王座を獲得し、史上初の異種格闘技三冠王とされている。 2013年1月には、東京都港区西麻布にパーソナルトレーニングジム「private lesson studio TAKE IT EASY」をオープンし、代表を務めている。 入場曲は、小柳ゆきの「愛情」。ボクサー時代は、サビ部分に合わせてリングインを行っていた。 K-1デビュー戦の際、名前コール時にグローブにキスしてテレビカメラに向かってウィンクするというパフォーマンスを見せた。
丸元 大成(まるもと たいせい、1976年2月21日 - )… 丸元 大成(まるもと たいせい、1976年2月21日 - )は、日本の元プロボクサー。兵庫県三田市出身。現在は大成ボクシングジムの会長とプロモーターを務め、日本・アジア・世界タイトルマッチをプロモートする。 1999年5月18日、大阪府立体育会館でプロデビュー戦に3RKO勝ちを収めた。 1999年9月17日、現役京都大学医学部生ボクサーとして話題の川島実に3RKOで敗れ初黒星となった。 2000年9月7日、2連勝で西日本ウェルター級新人王決定戦を川島実と行い2RKOで敗退。 2001年12月15日、野中悠樹・鈴木哲也らに6連勝で西軍代表として全日本ウェルター級新人王を後楽園ホールで東日本代表音田隆夫と行うも2RKO負けで獲得ならず。
トモコSP(トモコ スペシャル、1976年2月16日 - )… トモコSP(トモコ スペシャル、1976年2月16日 - )は、WSRフェアテックスジム所属の日本の女子ムエタイ選手、プロキックボクサー。千葉県流山市出身。 WSRフェアテックスジムに入門後、2007年4月8日にプロのムエタイ選手としてデビュー。M-1ムエタイチャレンジやJ-GIRLSに出場し、活躍。2012年8月26日、『J-KICK 2012 ~NEXT J-GENERATION~4th』のJ-GIRLSフライ級王座決定戦にてサンチェス弥生を判定で破り、新王者となった。
風神ライカ(ふうじんライカ、1976年1月24日 - )は、… 風神ライカ(ふうじんライカ、1976年1月24日 - )は、日本の女性プロボクサー、総合格闘家。RIGHT THING ACADEMY所属。 ボクサー時代はIFBA世界スーパーライト級王座、WIBA世界ライト級王座、WIBA世界フェザー級王座を獲得し、世界王座三階級制覇を達成。日本での女子プロボクシングの礎を築き、女子の試合を日本ボクシングコミッション(JBC)に公認させた。2010年にはOPBF東洋太平洋女子ライト級王座を獲得。2013年にプロボクサーを引退し、2014年に総合格闘家に転向。総合格闘技では主にライカ名義で出場。 1999年から2009年まで山木ジムに所属し、JBC公認後は竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジムに移籍。
横山 啓介(よこやま けいすけ、1976年1月19日 - )… 横山 啓介(よこやま けいすけ、1976年1月19日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都東久留米市出身。第11代日本ミニマム級王者、第27代日本ライトフライ級王者。 1993年にプロデビュー。元世界王者・沼田義明が運営する「沼田ボクシングジム」在籍時に日本ミニマム級王座を獲得。 のちに、ジムを移籍して日本ライトフライ級王座を獲得。日本王座2階級制覇。 2005年に現役を引退した。
鈴木 秀明(すずき ひであき、1976年1月1日 - )は、… 鈴木 秀明(すずき ひであき、1976年1月1日 - )は、日本の男性キックボクサー。愛知県瀬戸市出身、東京都在住。身長169cm。元全日本キックボクシング連盟フェザー級王座、元ニュージャパンキックボクシング連盟フェザー級、元IWMジュニアライト級王者。2000年12月引退。 得意技はローキック。勇気あるファイトでファンの心を掴んだ。全日本キック、ニュージャパンキックで王者となっただけではなく、ムエタイ戦士との名勝負と歴史的勝利を幾多にも重ねたため、ムエタイキラーとして名を馳せた。対ムエタイの主な戦績としては、切り裂き魔の異名を持つカチャスックに日本人として初勝利を挙げ、ラジャのランカーであるターチャナに2RTKO勝ちの快挙、タイの国民的英雄のルンピニー・スタジアムのジュニアフェザー級王者のアタチャイとは激闘の末、惜しくも判定負けしたものの、ムエタイ3冠王ソッドに3RKO勝ち。