松村 拓希(まつむら ひろき、1980年12月12日 - )… 松村 拓希(まつむら ひろき、1980年12月12日 - )は、茨城県守谷市出身の陸上競技選手・指導者。専門は中距離・長距離走。 土浦日本大学高等学校、駒澤大学卒業。実業団時代は日清食品グループに所属した。 実業団引退後の2011年、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に進学。大学院修了後は2年間コーチを務める。 2015年、東京国際大学駅伝部コーチに就任。2023年よりヘッドコーチを務める。
尾田 賢典(おだ よしのり、1980年12月5日 - )は、… 尾田 賢典(おだ よしのり、1980年12月5日 - )は、熊本県山鹿市出身の陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。2011年世界陸上大邱大会男子マラソン日本代表。大牟田高等学校、関東学院大学卒業。現役時代はトヨタ自動車陸上長距離部に所属した。東洋大学→日産自動車陸上競技部→西鉄駅伝部に在籍していた尾田寛幸は弟である。 大牟田高校では2年次まで主力選手ではなかったが、3年生になると頭角を現し第49回全国高校駅伝では6区で区間賞を獲得した。 関東学院大学では1年次からチームのエースとして活躍。箱根駅伝は3回出場し、1年次の第76回大会では華の2区を務めるも区間最下位。3年次の第78回大会では1区に起用されリードを奪うことが求められるも、終盤まで大集団のまま牽制が続き区間5位に終わる。
清水 将也(しみず まさや、1980年11月12日 - )は… 清水 将也(しみず まさや、1980年11月12日 - )は、兵庫県豊岡市出身の陸上競技(長距離・マラソン)選手・指導者。西脇工業高校・日本大学出身。旭化成陸上部を経て、旭化成延岡陸上部所属。双子の弟である清水智也もマラソン・長距離の元選手。 弟の影響で小学5年生のときに陸上を始めた。高校は兄弟揃って県内の名門西脇工業高校に進み、ともに全国高校駅伝に出場し、大会2連覇に貢献。将也は2年連続区間賞を獲得している。日大進学後も兄弟揃って4年連続で箱根駅伝に出場した。 大学卒業後は旭化成に入社。一方、弟は佐川急便に入社し社会人で初めて兄弟別のチームとなった。 2005年のびわ湖毎日マラソンで初マラソンも14位と惨敗。
八幡 賢司(やはた けんじ、1980年11月4日 - )は、… 八幡 賢司(やはた けんじ、1980年11月4日 - )は、愛媛県出身の元陸上競技選手。専門は110mハードルで、自己ベストは日本歴代10位タイの13秒58。2007年大阪世界選手権の日本代表。 愛媛県出身。北区立滝野川紅葉中学校、修徳高等学校、順天堂大学、順天堂大学大学院卒業。モンテローザ所属。 陸上は中学から始める。 修徳高等学校時代には1998年インターハイで優勝して全国タイトルを獲得した。 1999年順天堂大学に進学。大学時代(大学院を含む)は全国タイトルを獲得できなかったが、日本インカレで2位になるなど活躍。大学4年時に自己ベストが13秒台に突入した。 2005年モンテローザに入社。1年目には自己ベストを13秒85に塗り替えた。
井上真悟(いのうえ しんご、1980年(昭和55年)9月27… 井上真悟(いのうえ しんご、1980年(昭和55年)9月27日- )は、東京都八王子市出身の日本の陸上競技・ウルトラマラソン選手。 2010年、IAU24時間走世界選手権(フランス・ブリーブ)に日本代表として出場し、大会新記録・ロードアジア新記録となる273.708kmを走り、20代初のワールドチャンピオンとなる。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
澤野 大地(さわの だいち、1980年9月16日 - )は、… 澤野 大地(さわの だいち、1980年9月16日 - )は、大阪府大阪市西淀川区出身の日本の元男子陸上競技選手。種目は棒高跳。棒高跳の日本記録保持者であり(5m83cm)、自己最高記録は5m83cm(2005年)、室内で5m70cm(2004年)。血液型AB型。富士通所属。マネジメントはRIGHTS。 小学5年生の時に、父の転勤により現在の千葉県印西市に転居する。木下小学校、印西中学校を卒業。その後、成田高等学校、日本大学、ニシ・スポーツ、千葉陸協を経て現在は富士通陸上競技部所属。通称「エアー大地」。 初めは長距離を行っていたが、中学の監督の勧めで中学1年生から棒高跳を始める。 高校時代には1997年(高2)・1998年(高3)インターハイで連覇を達成。
島村 清孝(しまむら きよたか、1980年8月26日 - )… 島村 清孝(しまむら きよたか、1980年8月26日 - )は、埼玉県出身の陸上競技選手。長距離種目・マラソンが専門。花咲徳栄高等学校、駒澤大学卒業。 駒澤大学時代は箱根駅伝出場を果たすなど中心選手として活躍。第79回大会では極度の緊張から体調不良を起すも強行出場し9区を走り、逆転優勝に貢献。後にインタビューで「監督車から(大八木弘明助監督の)声が聞こえたとき、反射的に身体が動いた」と語っている。 大学卒業後エスビー食品に入社。 ちなみに花咲徳栄高等学校、駒澤大学時代とも主将をしている。 エスビー食品入社1年後に坂斉亨と高校時代以来の同じチームになる。
佐藤 真太郎(さとう しんたろう、1980年8月20日 - … 佐藤 真太郎(さとう しんたろう、1980年8月20日 - )は、日本のオリンピック選手、ボブスレー選手、陸上競技選手。埼玉県鶴ヶ島市出身。早稲田大学人間科学部卒業、筑波大学大学院修了。 ソチオリンピックボブスレー競技日本代表。陸上競技の成績は埼玉国体100m優勝、日本選手権リレー4×100mリレー優勝2回。 当初は長距離の選手で、鶴ヶ島市立藤中学校1年の時に駅伝の県大会で10位に入る。2年時からロングスプリンターになり、全日中400mで準決勝進出、ジュニアオリンピックC400mで2位という成績を残し、3年時には全日中400mを制覇して全国タイトルを獲得した。 松山高校に進学し、1年時に国体少年B400mで6位、3年の時にインターハイ400mで準決勝進出、国体少年A400mで4位、日本ジュニア選手権400mで7位という成績を残した。
飛松誠(とびまつ まこと、1980年8月18日 - )は、佐… 飛松誠(とびまつ まこと、1980年8月18日 - )は、佐賀県鳥栖市出身の男子陸上競技選手(長距離種目)。身長165cm、体重58kg。 背中を丸め、肩をいからせたように走るフォームが特徴の陸上競技(長距離)選手。その力強く独特な走りから、ベストタイムや実績にも勝る人気を得ている。 故郷の鳥栖市神辺町は相撲が盛んな地域でもあり、小学生時代にわんぱく相撲全国大会への出場経験がある。また鳥栖市立田代中学校時代も、陸上部所属でありながら全国中学相撲選手権大会団体戦の出場経験を持つ。 鳥栖工業高等学校に進学後、国体3000m障害で2位に入賞するなど頭角を現す。 帝京大学に進学後、箱根駅伝にも4年間出場し、1年時の第76回箱根駅伝では5区山上りで区間6位(1時間13分37秒)とまずまずの走りを見せてチームも往路3位、総合4位となった。
清水 由香(しみず ゆか、1980年8月12日 - )は、千… 清水 由香(しみず ゆか、1980年8月12日 - )は、千葉県出身の元女子サッカー選手、陸上競技選手。 陸上競技選手として中学、高校、実業団で活躍した後にサッカーへ転向した異色の経歴を持つ。陸上競技では1999年から2002年まで三井住友海上火災保険女子陸上競技部、サッカーでは2003年から2012年まで日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)のジェフユナイテッド市原・千葉レディースに所属。千葉では2007年から引退までキャプテンを務めた。サッカーにおける登録ポジションはFW。 小さいころからサッカーは好きだったが、陸上で頭角を現し、中学時代では全国大会の800メートルで優勝した。高校は県内でも強豪の市立船橋高校に進学。
内藤 真人(ないとう まさと、1980年7月31日)は、日本… 内藤 真人(ないとう まさと、1980年7月31日)は、日本の陸上競技選手で、110メートルハードルを専門とする。 愛知県豊田市出身。中京大学附属中京高等学校、法政大学を経て、ミズノに入社、2001年に学生記録を3度も更新し、その年の10月には13秒50の日本記録(当時)までも記録した。2003年には2度目の日本記録更新(13秒47)した。 また2001年、2003年、2005年、2007年の世界陸上で4度準決勝進出。2004年アテネオリンピック2008年北京オリンピック日本代表。2012年に競技生活を引退した。2015年より城西大学附属城西中学・高等学校において山村貴彦らと共に陸上競技部の指導にあたっている。
宮本 裕大(みやもと ゆうだい、1980年7月22日 - )… 宮本 裕大(みやもと ゆうだい、1980年7月22日 - )は、日本の陸上競技選手。青森県つがる市出身。Japan Ultra Multieventsの代表。国内で初となるウルトラ混成陸上競技である二十種競技、十四種競技の大会を開催した。 青森県立木造高等学校在学時代は走り高跳び選手として、1998年のかながわ・ゆめ国体に出場し、6位の成績を残す。その後は国際武道大学体育学部に進学するが成績は振るわず、卒業後は社会人として日本国内初となる二十種競技、十四種競技の大会を企画・開催する。自身の運営するホームページで出場者やスポンサーを募り、地元の青森で開催して多くのメディアに取り上げられる。2006年より国際武道大学の陸上競技部のコーチとなり、2006年、2008年、2014年と二十種競技の大会を開催した。
河北 尚広(かわきた なおひろ、1980年7月10日 - )… 河北 尚広(かわきた なおひろ、1980年7月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は400mハードル。自己ベストは2009年10月の新潟国体で記録した49秒04。 香川県高松市出身。高松市立龍雲中学校の時に陸上競技を始める。香川県立香川中央高等学校、筑波大学卒。RATTLE、石丸製麺に所属した後、2012年4月より香川県教職員。 2005年、日本陸上競技選手権大会400mハードルで3位入賞。翌2006年も連続で3位。 2006年9月、スーパー陸上400mハードルで2位入賞(日本人1位)。10月、九州石油ドームで行われた全日本実業団陸上で初優勝。12月9日、ドーハアジア大会の400mハードル予選を1位で突破すると、翌10日に行われた決勝では3位となり、銅メダルを獲得した。
熊坂 香織(くまさか かおり、1980年6月23日 ‐ )は… 熊坂 香織(くまさか かおり、1980年6月23日 ‐ )は、山形県山形市出身の元女子陸上競技(長距離走)選手。山形市立第十中学校、山形城北高校卒、第一生命陸上競技部を経て、スポーツ山形21に所属した。 山形第十中1年生時から陸上競技を始めた。 山形城北女子高校時代は国民体育大会や日本ジュニ ア陸上競技選手権大会、全国高校女子駅伝競走大会などに出場。高校1年時に出場した国民体育大会では少年女子B800mで準優勝を果たした。 高校卒業後、第 47 回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会ジュニア3000m 、東北総合体育大会陸上競技大会5000mで優勝するなど活躍した。 2005年(平成17年)は飛躍の年となり、1月開催の第23回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では第2区で12分27秒の区間賞および区間新記録を更新、6月3日開催の 第89回日本陸上競技選手権大会の女子1500mで4分21秒04の第7位、。
末續 慎吾(すえつぐ しんご、1980年〈昭和55年〉6月2… 末續 慎吾(すえつぐ しんご、1980年〈昭和55年〉6月2日 - )は、日本の陸上選手。熊本県熊本市出身。北京オリンピック男子4×100mリレー銀メダリスト。 東海大学で高野進の指導を受ける。高野が日本人の体格に合わせて構築した走法を完成させ、世界陸上2003年パリ大会の200mで3位となった。日本人でこの種目のメダル獲得は初めて。また、2006年のアジア大会の200mで2連覇するなどし、全盛期にはパトリック・ジョンソンとともに、「現役世界最速の非ネグロイド」とも言われた。 400mは練習の一環として取り組むが、学生時代には関東学生陸上競技対校選手権大会の4×400mリレー決勝で、東海大学のアンカーとして走り、44秒7のラップタイムで走った。
森 千夏(もり ちなつ、1980年5月20日 - 2006年… 森 千夏(もり ちなつ、1980年5月20日 - 2006年8月9日)は、日本の陸上競技選手。女子砲丸投日本記録保持者。2000年に初めて日本新記録を樹立して以降、日本記録を9回更新し、世界と大きくかけ離れていた砲丸投を世界レベルに押し上げ、1964年東京オリンピック以来40年ぶりにオリンピックに出場するなど、砲丸投のレベルアップに大きく貢献した。 東京都江戸川区出身。江戸川区立清新第二中学校時代から砲丸投を始め、中学時代は全国3位になる。1996年に東京高等学校に入学し、小林隆雄の指導を受け、才能を開花させた。1998年、丸亀インターハイ女子砲丸投で優勝。 1999年に国士舘大学体育学部に入学し、青山利春の指導を受け、アジアジュニア選手権で3位に入り銅メダルを獲得する。
堀越 勝太郎(ほりこし かつたろう、1980年5月15日 -… 堀越 勝太郎(ほりこし かつたろう、1980年5月15日 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県出身。前橋育英高等学校から亜細亜大学に進学。 2003年、第79回箱根駅伝で6区に出走した際には、1時間03分36秒のタイムで区間20位(最下位)に終わった。 2004年、第80回箱根駅伝で9区に出走。1時間09分45秒の好タイムをマークし区間賞を獲得。チームの3位入賞に貢献した。 卒業後は小森コーポレーションに入社。第46回東日本実業団対抗駅伝競走大会2部・クラブチームの部に茨城陸上競技協会チームで出場し、優勝を果たした。
川崎 真裕美(かわさき まゆみ、1980年5月10日 - )… 川崎 真裕美(かわさき まゆみ、1980年5月10日 - )は、日本の競歩選手。現姓は喜多。 茨城県笠間市出身。茨城県筑西市協和地区にある海老沢製作所に1999年から2008年11月まで所属、2008年12月から2013年1月まで富士通に所属した。日本代表としてオリンピックはアテネ以降の3大会、世界選手権はヘルシンキ以降の4大会に連続出場を果たした。2009年にはアジア選手権20km競歩で優勝、日本選手権20km競歩は2004年第87回大会以降5回優勝を飾った。10km競歩・20km競歩・5000m競歩・10000m競歩など各種目で日本新記録を樹立した。
鈴木 徹(すずき とおる、1980年5月4日 - )は、片下… 鈴木 徹(すずき とおる、1980年5月4日 - )は、片下腿義足の陸上競技選手。山梨県出身、SMBC日興証券所属、 IPC 陸上競技クラス T44 、身長 178cm 、体重 64kg。 日本初の義足の走り高跳び代表選手として、2000年、シドニーパラリンピックに出場して以後5大会連続入賞。2017年、世界パラ陸上競技選手権大会で銅メダルを獲得。クラス T44 (旧 F44 )のアジア記録、日本記録を樹立、世界で2人目となる2m00を跳んだ。 山梨市立山梨北中学校→駿台甲府高等学校→筑波大学。 駿台甲府高校時代、ハンドボールで国体3位という成績を残したが卒業前に自らが起こした自動車事故で右足を失う。
向井 裕紀弘(むかい ゆきひろ、1980年4月24日 - )… 向井 裕紀弘(むかい ゆきひろ、1980年4月24日 - )は、日本の陸上競技選手。元競輪選手。 専門は400m。実業団在籍中に2004年アテネオリンピック日本代表。陸上競技を引退後は競輪選手としてプロスポーツに転身、2019年に競輪を引退し、現在は高校で教鞭を取る傍ら陸上競技部の指導を行っている。 愛媛県今治市立南中学校に入学し本格的に陸上競技を始め、全国中学陸上競技大会に出場。 愛媛県立新居浜東高等学校へ進学してから3年間インターハイ及び国体出場。ジュニアオリンピック2位、ジュニア選手権4位。 高校卒業後、日本大学経済学部に進学、2年生時に関東インカレへ4×400mリレー種目に2走で出場し優勝。
高橋 正仁(たかはし まさひと、1980年3月6日 - )は… 高橋 正仁(たかはし まさひと、1980年3月6日 - )は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。秋田県大仙市出身。秋田工業高等学校、駒澤大学法学部卒業。コニカミノルタ所属を経て、2019年4月より秋田工業高等学校陸上部の監督を務める。 駒澤大学陸上競技部出身者の一人。大学在学中は東京箱根間往復大学駅伝競走に、2年時の2000年第76回大会から4年時の2002年第78回大会までの3大会連続出場を果たした。第76回大会では10区を走って駒澤大学箱根駅伝初優勝のゴールテープを切った。記録も1時間10分26秒の区間新記録(区間順位1位)を樹立した。第77回大会は9区を走って順天堂大学の高橋謙介を逆転し駒澤大学を首位に立たせた。
野口 英盛(のぐち ひでもり、1980年2月22日 - )は… 野口 英盛(のぐち ひでもり、1980年2月22日 - )は、日本の陸上競技選手、指導者。専門は長距離走。大阪府出身。[兵庫]清和台中学卒業。清風高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。その後富士通を経て、競技生活引退後、積水化学女子陸上部監督。 1998年、順天堂大学に進学した。同学年の岩水嘉孝、坂井隆則、奥田真一郎、入船満(カネボウに所属する入船敏の実弟)と共に順大クインテットと呼ばれた[誰によって?]。1年時は故障に悩まされたが、2年時の関東インカレハーフマラソンでは1時間6分12秒を記録して5位に入賞、日本インカレでも4位に入賞した。初の大学駅伝となった第11回出雲駅伝4区(5.6 km)では区間賞を獲得し、順天堂大学の初優勝に貢献した。
松宮 隆行(まつみや たかゆき、1980年2月21日 - )… 松宮 隆行(まつみや たかゆき、1980年2月21日 - )は日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。コニカミノルタ陸上競技部⇒愛知製鋼陸上競技部所属。秋田県鹿角市出身、秋田県立花輪高等学校卒業。2008年北京オリンピック男子長距離トラック日本代表。男子5000mの元日本記録保持者。30km競走の前世界記録保持者である。
松宮 祐行(まつみや ゆうこう、1980年2月21日 - )… 松宮 祐行(まつみや ゆうこう、1980年2月21日 - )は、日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。コニカミノルタ陸上競技部⇒日立物流陸上部⇒セキノ興産陸上部所属。秋田県鹿角市出身、秋田県立花輪高等学校卒業。
前田 和之(まえだ かずゆき、1980年2月10日- )は、… 前田 和之(まえだ かずゆき、1980年2月10日- )は、日本の陸上競技選手。長崎県西彼杵郡時津町出身。長崎県立諫早高等学校・亜細亜大学卒業。コニカミノルタ所属。 小学2年生頃兄の後を追って時津東小学校区の時津東陸上クラブに入部し陸上を始めた。中学時代第2回全国中学校駅伝大会において1区2位の成績を残した。高校時代の1997年にはインターハイ5000mで8位入賞を果たした。 諫早高校卒業後は亜細亜大学に進学し岡田正裕監督の指導を受ける。2002年4年時の箱根駅伝では2区(23.2km)を神屋伸行、オンベチェ・モカンバ、徳本一善らと走り、1時間08分37秒で区間3位の成績を残した。 亜細亜大学卒業後は、コニカミノルタに入社し酒井勝充監督の指導を受ける。
佐藤 光浩(さとう みつひろ、1980年1月8日 - )は、… 佐藤 光浩(さとう みつひろ、1980年1月8日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は400m。2001年東アジア大会金メダリスト。2003年パリ世界選手権、2004年アテネオリンピック、2005年ヘルシンキ世界選手権日本代表。富士通所属。福島県会津若松市出身。日本大学東北高等学校、仙台大学体育学部卒業。仙台大学大学院修了。2009年、全日本実業団選手権を最後に引退。
錦織育子(にしこおり いくこ、1980年1月5日 - )は、… 錦織育子(にしこおり いくこ、1980年1月5日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は棒高跳。屋外元日本記録保持者、室内日本記録保持者である。2005年アジア選手権・東アジア競技大会日本代表。2006年ドーハアジア競技大会日本代表。島根県出雲市出身。出雲市陸協所属。
松田 亮(まつだ りょう、1979年12月26日 - )は、… 松田 亮(まつだ りょう、1979年12月26日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。2001年世界陸上選手権、2003年世界陸上選手権、アテネオリンピック日本代表。広島経済大学所属。広島県広島市出身。広島市立沼田高等学校、広島経済大学卒業、広島経済大学大学院修了。 2001年世界陸上選手権で400mリレーに出場。5位入賞を果たす。 2003年世界陸上選手権で400mリレーに出場。7位入賞を果たす。 2004年、アテネオリンピックで200mに出場。直前に脚を故障した影響で予選落ちした。400mリレーのメンバーからも漏れた。 中国放送の「寺内優のおはようラジオ」に出演した経験がある。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。
村上 幸史(むらかみ ゆきふみ、1979年12月23日 - … 村上 幸史(むらかみ ゆきふみ、1979年12月23日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はやり投。アテネオリンピック・北京オリンピック日本代表。2009年ベルリン世界陸上競技選手権大会銅メダリスト。愛媛県の離島である越智郡生名村(現・同郡上島町)出身。日本大学卒業、スズキ浜松アスリートクラブ所属。日本大学文理学部体育学科助教。身長186cm。体重100kg。血液型AB型。
神屋 伸行(かみや のぶゆき、1979年12月6日 - )は… 神屋 伸行(かみや のぶゆき、1979年12月6日 - )は、日本の元陸上競技選手。指導者、ランニングアドバイザー。兵庫県出身。 加古川市出身。西脇工業高校、2002年駒澤大学文学部歴史学科東洋史専攻卒業。日清食品等の実業団を経て、2006年より指導者に転身し、武蔵野学院大学監督、東京経済大学駅伝監督を歴任した。2019年より相生学院高等学校駅伝部の監督を務める。ランニングクラブKRC主宰。また、スポーツナビでの解説やtwitter、noteなどでの幅広い活動を行う。 KRC(KAMIYAランニングクラブ)代表 2014- フリーコーチ:各種教室、講習会、イベント
秋葉 啓太(あきば けいた、1979年11月27日 - )は… 秋葉 啓太(あきば けいた、1979年11月27日 - )は、日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。神奈川県海老名市出身。小森コーポレーション所属。
那須川 瑞穂(なすかわ みずほ、1979年11月22日 - … 那須川 瑞穂(なすかわ みずほ、1979年11月22日 - )は、日本の陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン)元選手。岩手県水沢市(現・奥州市)出身。現役中はユニバーサルエンターテインメント(佐倉アスリートクラブ)に所属。岩手県立花巻南高等学校卒業後、積水化学にて小出義雄の指導を受け、その後小出と共にアルゼ(2009年11月1日に「ユニバーサルエンターテインメント」にチーム名変更)へ移籍した。 2002年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは1500mで、2位ながら4分16秒24の自己ベスト記録をマーク。それから1年後、2003年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは、同じく1500mで4分22秒74のゴールタイムで初優勝。
揖斐 祐治(いび ゆうじ、1979年11月5日 - )は、日… 揖斐 祐治(いび ゆうじ、1979年11月5日 - )は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。岐阜県可児市出身。可児市立中部中学校、土岐商業高等学校、駒澤大学卒業。エスビー食品所属を経て、現在は岐阜協立大学経済学部専任講師及び同校駅伝部監督を務める。 可児市立中部中学校入学時に陸上部に入部し、陸上競技を始めた。地元の可児駅伝に中学校代表として3年連続出場した。 土岐商業高校時代から一気に頭角を現す。チームが初出場となった第47回全国高校駅伝では2年生ながら最長区間である花の1区を務め、ジュリアス・ギタヒに次ぐ区間2位となり、日本人1位の好走。翌1997年も第48回全国高校駅伝に出場し、2年連続の1区を務め、ジェームス・ワイナイナに次ぐ区間2位となり、日本人1位の好走で、2回目の出場で総合3位に貢献した。
石川 末廣(いしかわ すえひろ、1979年9月27日 - )… 石川 末廣(いしかわ すえひろ、1979年9月27日 - )は、三重県鈴鹿市出身の日本の陸上競技・元選手、現コーチ(指導者)。専門は長距離走・マラソン。2016年リオデジャネイロオリンピック・男子マラソン日本代表。 鈴鹿市立合川小学校→鈴鹿市立天栄中学校→三重県立稲生高等学校を経て東洋大学経済学部経済学科へ進学。 東洋大学では陸上競技部長距離部門へ入部。大学時代は1年次、2年次に東京箱根間往復大学駅伝競走(第75回及び第76回)に出場しており、1年ではエース区間となる2区を走ったものの区間14位に終わる。この時は復路の走者が健闘し、10区で逆転し2年ぶりのシード権を獲得している。2年では1区から大幅に遅れ自身も復路のエース区間である9区を走ったものの、終盤に脱水症状を起こし、区間最下位(15位)に終わる。
小島 茂之(こじま しげゆき、1979年9月25日 - )は… 小島 茂之(こじま しげゆき、1979年9月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は短距離走。2000年シドニーオリンピック男子400mリレーのファイナリスト。 大会欄の日本国旗は日本代表として出場した大会・レースを意味する。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
山村 貴彦(やまむら たかひこ、1979年8月13日)は、日… 山村 貴彦(やまむら たかひこ、1979年8月13日)は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。2000年シドニーオリンピック日本代表。兵庫県出身。西宮市立苦楽園中学校、清風高等学校、日本大学経済学部卒業。 1994年、全日中の4×200mリレーで優勝を果たした。大会前に軽い肉離れを起こしたため、直前のランキングでは9位だった200mにもエントリーしていたが、リレーに専念するため棄権した。 1997年、インターハイで200m、400m、4×400mリレーの3冠に輝き、高校生ながら日本選手権400mを制し注目される。高校生が日本選手権の400mを制したのは39年ぶりだった。 2000年、シドニーオリンピックに出場。
市岡 寿実(いちおか すみ、1979年7月25日 - )は、… 市岡 寿実(いちおか すみ、1979年7月25日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は砲丸投。日本ジュニア記録、日本高校記録保持者。三重県出身。三重県立津商業高等学校、国士舘大学体育学部卒業。 1997年8月3日、15m53の日本高校新記録を樹立した。1998年12月15日、15m75の日本Jr記録を樹立した。2003年、アジア陸上競技選手権日本代表に選出された。 森千夏は大学の後輩。元プロボクサーの山口直子は高校・大学の1年先輩。 砲丸投の選手には珍しい競技用サングラス愛好家でもある[独自研究?]。
福長正彦(ふくなが まさひこ、1979年7月25日- )は、… 福長正彦(ふくなが まさひこ、1979年7月25日- )は、鳥取県鳥取市出身の陸上競技選手。
寺野 伸一(てらの しんいち、1979年7月10日 - )は… 寺野 伸一(てらの しんいち、1979年7月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は走幅跳。身長176cm、体重65kg。 大阪狭山市立狭山中学校、清風高等学校、日本大学文理学部を卒業し、現在は奥アンツーカに所属している。三人兄弟の長男であり、父親は大阪の私立高校の英語教師。2004年アテネオリンピック出場。 中学・高校・大学・そして日本選手権と国内のタイトルを全て獲得している。
大島 健太(おおしま けんた、1979年6月29日 - )は… 大島 健太(おおしま けんた、1979年6月29日 - )は、高知県出身の元陸上選手、現指導者。専門は長距離走、マラソン。 1998年に高知市立高知商業高等学校卒業後、くろしお通信に入社。その後、日清食品グループ(2006年~)、NTN(2012年~)、PUMA RC(2013年~)、エディオン (2014年7月~)を経て、現在はユニクロ女子陸上競技部でコーチを務める。配偶者はシドニーオリンピック、アテネオリンピック女子長距離走日本代表の大島めぐみ。 高校卒業後、地元高知県の企業「くろしお通信」に入社。大東文化大学時代に箱根駅伝で活躍した松浦忠明監督の指導の下、同い年のチームメイト・大森輝和とともに実力を付けた。
藤本 俊之(ふじもと としゆき、1979年6月25日 - )… 藤本 俊之(ふじもと としゆき、1979年6月25日 - )は、日本の陸上競技選手。兵庫県出身。兵庫県立社高等学校、東海大学卒業。元富士通陸上競技部所属。元・400mリレー日本学生記録保持者(東海大学チーム)。世界陸上選手権エドモントン大会男子400mリレー日本代表。 高校時代からインターハイなどで活躍していたが、東海大進学後に高野進の指導を受け日本のトップ選手へと成長した。2001年、エドモントン世界陸上選手権に日本代表として出場。400mリレーでは3走を務め、決勝進出を果たしたが、隣のレーンの選手と接触して減速。メダル獲得を逃した。個人種目では200mに出場し準決勝で敗退した。 2002年、東海大を卒業し富士通に就職。
徳本一善(とくもと かずよし、1979年6月22日 - )は… 徳本一善(とくもと かずよし、1979年6月22日 - )は、広島県広島市佐伯区(出生当時は佐伯郡五日市町)美鈴が丘生まれの陸上競技選手。駿河台大学コーチ、駅伝監督を歴任し、現在は芝浦工業大学駅伝部監督。ニックネームは「徳さん」。血液型:O型。 父親が陸上競技好きで、父親との親交を深めるために陸上部入部を決意。小学校のマラソン大会で1位になったことも陸上部入部の要因となった。しかし、当時は走ることは余り好きではなく、『SLAM DUNK』の影響からバスケットボール部への入部と迷う場面もあった。 美鈴が丘中1年時は100m、走り幅跳びを専門種目としていた。中学1年の秋に1500mに出場し、2年時から本格的に長距離に転向。
岩水 嘉孝(いわみず よしたか、1979年6月20日 - )… 岩水 嘉孝(いわみず よしたか、1979年6月20日 - )は、日本の元陸上競技選手・現指導者。愛知県豊橋市出身、174 cm・53 kg。 3000m障害男子の元日本記録保持者。2003年世界陸上パリ大会男子3000m障害で決勝11位。2002年釜山アジア大会男子3000m障害で準優勝・銀メダル獲得。2004年アテネオリンピック・2008年北京オリンピック代表。 豊橋市立青陵中学校・豊川高等学校・順天堂大学・トヨタ自動車・富士通・資生堂ランニングクラブのアシスタントコーチ、ヘッドコーチを経て、監督に就任。 愛知・豊川高校時代にインターハイの3000m障害に優勝した。 順天堂大学在学中は全日本インカレで同種目優勝、箱根駅伝でも優勝メンバーに名を連ねる。
鈴木 智実(すずき ともみ、1979年6月5日 - )は、日… 鈴木 智実(すずき ともみ、1979年6月5日 - )は、日本の女子陸上競技選手。専門は短距離走で、200mの自己ベストは元ジュニア日本記録・元日本高校記録の23秒76。1997年にインターハイ200mで3連覇を達成し、高校生ながら同年の日本選手権200mを制した選手である。 B型。岡崎市立竜南中学校、名古屋経済大学市邨中学校・高等学校卒業。 1996年、インターハイ愛知県予選の200mで追い風参考記録ながら日本記録(当時23秒73)を上回る23秒71(+2.1)をマークすると、その2週間後には日本選手権200mに初出場を果たし2位に入った。迎えたインターハイでは開会式で左目をコンタクトレンズによって痛め、出場予定だった100mと400mを棄権したが、200mと4×100mリレーで2大会連続2冠を達成した。
金子宣隆(かねこ のぶたか、1979年5月12日 - )は北… 金子宣隆(かねこ のぶたか、1979年5月12日 - )は北海道小樽市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。大東文化大学卒業、富士通、佐川急便で実業団を経て引退後、2008年よりTOTOでコーチをしている。 小樽市立北山中学校を経て、 ※6区: 20.7 km
千葉 佳裕(ちば よしひろ、1979年4月29日 - )は、… 千葉 佳裕(ちば よしひろ、1979年4月29日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門はハードル走で、400mハードルの自己ベストは日本歴代8位の48秒65、300mハードルでは35秒54のアジア最高記録保持者。現在は城西大学経営情報学部の助教授で、同大学陸上部の監督を務める。妻は400mハードル日本記録保持者の久保倉里美。 埼玉栄高校時代にインターハイの400mハードルで準決勝まで進出。 順天堂大学の4年時に、関東インカレの400mハードルで日本歴代5位(当時)の記録となる48秒65をマーク。 大学卒業後は富士通に入社。 2006年、大阪グランプリの400mハードルでセカンドベスト及び5年ぶりの48秒台となる48秒83をマーク。
北島 吉章(きたじま よしあき、1979年4月28日 - )… 北島 吉章(きたじま よしあき、1979年4月28日 - )は、日本の元陸上競技選手。静岡県静岡市出身。帝京大学文学部史学科卒業。 高校は常葉学園橘高等学校(現:常葉大学附属橘高等学校)出身。 1年時の1月に開催された第75回箱根駅伝では7区を走ったが区間最下位に終わり、帝京大も2年連続で最下位でのフィニッシュとなった。 2年時の10月に行われた第76回箱根駅伝予選会では法政大・坪田智夫を抑えて日本人2位の個人4位でフィニッシュ(帝京大・中崎幸伸が日本人1位)。このレースで1時間を切った日本人選手は5人だったが、その内3人が帝京大の選手という圧倒的な強さを見せて初の首位通過を果たした。 1月の第76回箱根駅伝では3区を任される。
渋井 陽子(しぶい ようこ、1979年3月14日 - )は、… 渋井 陽子(しぶい ようこ、1979年3月14日 - )は、日本の陸上競技選手。主な競技種目はマラソン、長距離トラック・10000m、駅伝など。2002年から18年にわたって10000mの日本記録を保持し、女子マラソンでも日本歴代4位の記録を持つ。2008年北京オリンピック女子長距離走(10000m)代表、2001年世界陸上エドモントン大会女子マラソン4位入賞。血液型はO型。 栃木県黒磯市(現・那須塩原市)出身。黒磯市立共英小学校、同厚崎中学校卒業。小学校の時から運動が好きでマラソン大会などもトップだった。中学時代は陸上部所属。 1994年、厚崎中学校卒業後、栃木県立那須拓陽高等学校に進学。高校総体栃木県大会で大会新をマーク、国体や全国高校駅伝でも活躍する。
中野 真実(なかの まみ、1979年3月12日 - )は、日… 中野 真実(なかの まみ、1979年3月12日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は棒高跳。 香川県出身。観音寺市立観音寺中学校、香川県立観音寺第一高等学校を経て、東京学芸大学卒業。 観音寺中学時代には100メートルハードルで全国大会で優勝する。観音寺第一高校に進学後も、100メートルハードルで高校総体2位、国体優勝の実績を残した。その一方で、2年の冬に棒高跳を始めると、翌年の4月に3m42の日本記録を樹立する。その後も日本記録を更新し、東京学芸大学に進学した後の1997年(平成9年)4月には3m80まで伸ばした。 その後、怪我に苦しんだ時期もあったが、2000年(平成12年)5月には4m00を記録した。
永田 宏一郎(ながた こういちろう、1978年12月19日 … 永田 宏一郎(ながた こういちろう、1978年12月19日 - )は、日本の元陸上競技選手・現指導者。専門は長距離走。鹿児島県出身。鹿児島県立錦江湾高等学校、鹿屋体育大学卒業。旭化成、鹿屋体育大学大学院、F・R・Aを経て小森コーポレーションに所属した。身長175cm、体重57kg。世界陸上選手権エドモントン大会男子10000m日本代表。 錦江湾高校時代はインターハイ決勝への出場経験はなかったが、鹿屋体育大学に入学以降頭角を現し、1997年・1998年には出雲駅伝で2年連続1区区間賞を獲得するなど全国大会で活躍した。1999年、スペインのパルマ・デ・マヨルカで開催されたユニバーシアード男子5000mに出場し、自己ベスト更新となる13分42秒08を記録し6位入賞を果たした。