斎藤 明日斗(さいとう あすと、1998年7月17日 - )… 斎藤 明日斗(さいとう あすと、1998年7月17日 - )は、日本の将棋棋士。宮田利男門下。棋士番号は311。神奈川県川崎市出身。 将棋を始めたきっかけは、5歳の時に、将棋盤と駒を買ってきた父から教えてもらったとのこと。その後、小学1年生から3年生までの間は習い事のひとつとして「子供将棋スクール」に通っていたが、小学3年生から「三軒茶屋将棋倶楽部」に通い始め、そこで将棋に打ち込むようになった。 奨励会を目指し始めたのは小学5年生の頃である。ある日、のちの師匠である宮田利男から「奨励会を目指してみないか」と声をかけられ、その条件として「将棋かサッカーか、どちらかを選ぶこと」を提示された。当時は将棋の他に、サッカーのクラブチームにも所属し本気で取り組んでいたが、三度の骨折もありレギュラー落ちの挫折を味わうとともに、将棋が強くなってきているという実感があったこともあり、両者を天秤にかけた結果、将棋を選ぶことにしたという。
藤井 奈々(ふじい なな、1998年3月31日 - )は、日… 藤井 奈々(ふじい なな、1998年3月31日 - )は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は63。京都府宇治市出身。伊藤博文七段門下。立命館宇治高等学校卒業。立命館大学文学部日本史研究学域中退。 小学3年の頃、知人の勧めで将棋を始める。 2011年7月、第3回中学生女子将棋名人戦・大阪大会に出場。本大会を目指し、後に女流棋士となる里見咲紀(里見が1学年上)、石本さくら(石本が1学年下)と対戦したが、里見と石本に敗れ、2勝2敗で本大会進出ならず。 2012年9月、関西研修会E2入会。 2014年7月の第50回全国高等学校将棋選手権大会女子個人で優勝し、2015年7月の第51回大会女子個人でも優勝して2連覇を果たした。
柵木 幹太(ませぎ かんた、1998年2月18日 - )は、… 柵木 幹太(ませぎ かんた、1998年2月18日 - )は、日本の将棋棋士である。愛知県西尾市出身。名古屋大学工学部卒業、名古屋大学大学院工学研究科中退。増田裕司七段門下。棋士番号は338。 2009年、奨励会に入会。三段リーグには第59回(2016年前期)から参加。同期に藤井聡太、西山朋佳がいる。 三段リーグでは初参加の第59回リーグで降段点(4勝14敗)を記録。続く第60回リーグでも7勝11敗と負け越すが降段点を回避し、3期目以降は悪くとも指し分け(9勝9敗)以上の成績を残していた。 三段リーグ11期目となる第69回リーグでは、12勝4敗で迎えた最終日の2局に2連勝すれば2位以上の可能性があったが、1勝後の最終局で岡部怜央に敗北した事で13勝5敗の3位・次点に終わった。
徳田 拳士(とくだ けんし、1997年12月9日 - )は将… 徳田 拳士(とくだ けんし、1997年12月9日 - )は将棋棋士。小林健二九段門下。棋士番号は332。山口県周南市出身。山口県立徳山高等学校卒業。同志社大学卒業。 将棋棋士・将棋女流棋士としては初の山口県出身者である。 5歳頃、父と祖父が将棋を指しているのを見た事で、将棋に興味を持った。その後、2006年度の全国小学生倉敷王将戦(低学年の部)にて全国大会初制覇。2009年度に第34回小学生将棋名人戦にて優勝し、中学1年で奨励会へ入ると、2018年4月に三段リーグ入りを果たした。 三段リーグでは参戦から7期目までは勝ち越しと負け越しが3回ずつ、指し分けが1回という状態だったが、8期目となった第70回(2021年下期)にて15勝3敗の成績を収め、2位でのプロ入りを決めた。
増田 康宏(ますだ やすひろ、1997年11月4日 - )は… 増田 康宏(ますだ やすひろ、1997年11月4日 - )は、将棋棋士。森下卓九段門下。棋士番号は297。東京都昭島市出身。 5歳の時に、母親に買ってもらったボードゲームセットに将棋が含まれていたことが、将棋を覚えたきっかけである。小学校に入る頃には両親では相手にならなくなり、羽生善治らを輩出した将棋道場「八王子将棋クラブ」に通った。道場にいった初日に初段に認定され、小学校2年のときは道場の四段になった。 2006年、小学校3年時に全国小学生倉敷王将戦低学年の部で準優勝。翌年、小学校4年時に全国小学生倉敷王将戦高学年の部で優勝を果たす。なお、プロになろうと思ったのは小学校3年生の頃。 2008年、小学校5年時の第33回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出も準決勝で黒田尭之に敗れる。
齊藤 裕也(さいとう ゆうや、1997年5月29日 - )は… 齊藤 裕也(さいとう ゆうや、1997年5月29日 - )は、将棋棋士。杉本昌隆八段門下。棋士番号は334。三重県桑名市出身。 両親に教わり将棋を始める。 奨励会三段リーグには第71回(2022年前期、4月-9月)に参加。奨励会の年齢制限26歳まで残り1年に迫る、遅い三段リーグ入りであったが、三段リーグ1期目でリーグ2位の成績(13勝5敗、順位39位)を挙げ、現行制度で史上7人目(第1回リーグの2人を除く)となる「三段リーグ1期抜け」で四段昇段・プロ入りを決めた。現行の制度において、最も低い順位(順位39位)からの四段昇段となる。 昇段規定は、将棋の段級 を参照。 竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。
脇田 菜々子(わきた ななこ、1997年3月7日 - )は、… 脇田 菜々子(わきた ななこ、1997年3月7日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は66。愛知県一宮市出身。中田章道七段門下。愛知県立一宮南高等学校、名城大学人間学部人間学科卒業。 小学校1年生のときに幼馴染に教わって将棋を覚えた。 2009年4月、中学1年生のときに東海研修会に入会(F2クラス)。 2013年、高校1年生のときに第21回高校将棋新人大会女子の部優勝。 2013年12月には東海研修会でC2クラスに昇級する。 勝てば当時の規定で女流棋士資格を得るC1クラス昇級の1局に敗れ、その後大学受験のために研修会を長期休会する。 2015年に名城大学へ進学した。同年、研修会を退会。
黒田 尭之(くろだ たかゆき、1996年9月26日 - )は… 黒田 尭之(くろだ たかゆき、1996年9月26日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。畠山鎮八段門下。棋士番号は318。愛媛県松山市出身。 6歳の時に父から教わったことをきっかけに将棋を始めた。松山市の将棋道場「松山将棋センター」に通い、イベントで松山に来た畠山鎮に弟子入り(兄弟子に斎藤慎太郎)。小学6年で奨励会に入会し、2008年の第33回小学生将棋名人戦で準優勝(準決勝では増田康宏に勝利)、第7回全国小学生倉敷王将戦で優勝。 2013年4月、三段リーグ入り。松山市の新田高等学校を卒業後、愛媛大学に進学したが、中退し将棋に専念した。第58回奨励会三段リーグでは、最終局を2連勝すれば結果的に昇段していたが、2局目で佐々木大地に敗れ、11勝7敗の7位に終わる(佐々木はこの勝利で3位となり、2回目の次点を獲得して、フリークラスでのプロ入りを果たしている)。
齊藤 優希(さいとう ゆうき、1996年5月18日 - )は… 齊藤 優希(さいとう ゆうき、1996年5月18日 - )は、日本の将棋棋士。北海道札幌市生まれ。深浦康市九段門下。棋士番号は345。
中澤 沙耶(なかざわ さや、1996年5月14日 - )は、… 中澤 沙耶(なかざわ さや、1996年5月14日 - )は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は53。杉本昌隆八段門下。愛知県一宮市出身。愛知県立丹羽高等学校卒業、名城大学都市情報学部卒業。 小学4年生のとき地元の児童館の将棋教室で将棋を始めた。尾張一宮将棋同好会に入会、その後2009年1月に東海研修会に入会。 2013年7月、高校2年生のときに研修会でC1クラスに昇級し、女流3級資格を得た。 中高時代の2011年-2014年の間に、「女流棋士昇段規定」の「女流1級」に相当する「女流棋戦本戦入り」を延べ4回達成した実績があり(別記「#アマチュア時代の戦績」参照)、この場合は女流2級に昇級となることから、中澤は女流3級の資格を得た時点で女流2級への昇級が可能な状況であった。
里見 咲紀(さとみ さき、1996年4月28日 - )は、日… 里見 咲紀(さとみ さき、1996年4月28日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。森雞二九段門下。女流棋士番号は56。島根県出雲市出身。つくば開成高等学校卒。女流棋士の里見香奈は実姉。
古森 悠太(こもり ゆうた、1995年8月20日 - )は、… 古森 悠太(こもり ゆうた、1995年8月20日 - )は、日本の将棋棋士。小林健二門下。棋士番号は312。大阪府高槻市出身。神戸大学経済学部卒業。 昇段規定は、将棋の段級 を参照。 竜王・名人(王位・棋聖・棋王・王将/六冠) 藤井聡太(永世竜王・永世王位・永世棋聖) 叡王・王座(二冠) 伊藤匠 十七世名人 谷川浩司 九段 羽生善治(永世竜王・十九世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将・永世棋聖) 九段 佐藤康光(永世棋聖) 九段 森内俊之(十八世名人) 九段 渡辺明(永世竜王・永世棋王) 七段 藤原直哉 ( 2026年4月22日引退 ) 八段 小倉久史 ( 2026年4月30日引退 ) 九段 脇謙二 ( 2026年5月1日引退 ) 八段 所司和晴 ( 2026年5月13日引退 ) 【2026年04月 四段昇段者】小窪碧、川村悠人、古井丈大(3名、第40期からの出場) 【2026年10月 四段昇段者】(2名、第40期からの出場) 2026年10月1日昇段者(2名):2027年04月1日昇段者(2-3名): (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。
西山 朋佳(にしやま ともか、1995年6月27日 - )は… 西山 朋佳(にしやま ともか、1995年6月27日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。伊藤博文七段門下。女流棋士番号は73。大阪府大阪狭山市出身。大阪学芸高等学校卒業、慶應義塾大学環境情報学部中退。西山静佳(囲碁棋士、関西棋院所属)は実姉。棋風は「豪腕」と呼ばれる。 父と姉(3学年上)の影響で将棋を始め、5歳の時から将棋教室に通った。子供の頃から、男性と将棋を指すことが多かったという。 10歳の時、後に師匠となる伊藤博文七段が、西山の自宅(大阪狭山市内)から程近い羽曳野市内に開設した将棋教室に入会した。 中学2年の時に研修会の入会試験を受け、8連勝と好成績を挙げたことで奨励会入りを意識した。
佐々木 大地(ささき だいち、1995年5月30日 - )は… 佐々木 大地(ささき だいち、1995年5月30日 - )は、将棋棋士。深浦康市九段門下。棋士番号は306。長崎県対馬市出身。 3歳のとき、父に教わったことをきっかけに将棋を始める。 2004年、対馬市立鶏鳴小学校3年の第3回全国小学生倉敷王将戦・低学年の部で優勝。 2007年、同小学6年の第32回小学生将棋名人戦で近藤誠也に敗れベスト4。同年12月、奨励会に入るために家族ともども神奈川県に転居する。 2008年9月、6級で奨励会入り。2011年8月に初段に昇段し、2013年5月に三段昇段。三段リーグには、2013年度後期の第54回から参加し、11勝7敗を上げる。2014年度前期の第55回は、最終日連勝で他力ながらも昇段の可能性があったが、1勝1敗に終わり、13勝5敗が6名となり順位差で増田康宏、黒沢怜生が昇段し次点に終わる。
出口 若武(でぐち わかむ、1995年4月28日 - )は、… 出口 若武(でぐち わかむ、1995年4月28日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は317。兵庫県明石市出身。 明石市立藤江小学校1年の時に学童保育で上級生から将棋を教わり、これをきっかけに将棋を始める。当時はサッカーの方が好きだったが、頼まれて出場した将棋大会で県大会まで勝ち進んだのを機に将棋に本腰を入れた。加古川将棋センターに通い、関西研修会を経て小学6年の時に関西奨励会に入会。文部科学大臣杯 小・中学校将棋団体戦で2006年、2007年の準優勝チームとしてそれぞれ参加している。2006年大会の兵庫県チームでは、のちに棋士となる冨田誠也と同じメンバーであった。
田中 沙紀(たなか さき、1994年11月18日 - )は、… 田中 沙紀(たなか さき、1994年11月18日 - )は、将棋の女流棋士。石川県金沢市出身。大野八一雄七段門下(女流3級時は木村義徳九段門下)。金沢星稜大学女子短期大学部卒業。 小学4年の時に、叔父の勧めで将棋を始めた。元奨励会三段のアマ棋士、鈴木英春の将棋教室に通い「英春流」を習得。 2012年、第5回女子アマ王位戦に出場し全国6位の成績を収める。 アマチュア時代は女流王座戦と相性が良く、第5期(2015年)、第7期、第8期でアマ西日本大会を勝ち抜き一次予選に出場。 マイナビ女子オープンは第11期(2017年)にチャレンジマッチを勝ち抜き一斉予選に出場。 2014年5月、関西研修会に入会。 入会から4年後の2018年5月、C1クラスに昇級し女流3級の資格を取得。
阿部 光瑠(あべ こうる、1994年10月25日 - )は、… 阿部 光瑠(あべ こうる、1994年10月25日 - )は、将棋棋士。中村修九段門下。棋士番号は283。青森県弘前市出身。 5歳のとき父から教わり将棋を始める。 11歳、小学6年生時の2006年9月、6級で奨励会入り。以来、快進撃を続け、中学2年生時の2009年1月に三段に到達。三段リーグを2期以内で抜ければ、現行三段リーグ制度のもとでは渡辺明に次ぐ2人目の中学校在学時でのプロ入り決定となるところであったが、3期目までは10勝8敗が最高で、昇段争いに加わることはなかった。 4期目の2010年度後期三段リーグは快調に白星を重ね、最終日を前に13勝3敗の単独トップに立つ。ところが2011年3月23日、東日本大震災の影響で延期された最終日に、連敗し13勝5敗となった。
渡辺 和史(わたなべ かずし、1994年10月6日 - )は… 渡辺 和史(わたなべ かずし、1994年10月6日 - )は、将棋棋士。豊川孝弘七段門下。棋士番号は319。東京都新宿区出身。東京都立白鷗高等学校・附属中学校、大正大学文学部歴史学科(日本史コース)卒業。 1999年(5歳頃)、父が突然仕事帰りに将棋の盤と駒を買ってきた事がきっかけに始める。 2006年、第31回小学生名人戦・第5回全国小学生倉敷王将戦 高学年の部東京都代表。 関東研修会を経て、2008年に関東奨励会入会。 奨励会三段リーグは、第54回(2013年度下期)より参加。初参加の成績は1勝17敗(全戦不戦敗を除くと当時の歴代最低成績)に終わるも、師匠の豊川孝弘から「まだ先がある。二段に落ちてもいいくらいの気持ちで」と励まされ、のびのびと指せるようになったという。
佐々木 勇気(ささき ゆうき、1994年8月5日 - )は、… 佐々木 勇気(ささき ゆうき、1994年8月5日 - )は、将棋棋士。石田和雄九段門下。棋士番号は280。スイス・ジュネーヴ生まれ、埼玉県三郷市出身。
山口 絵美菜(やまぐち えみな、1994年5月4日 - )は… 山口 絵美菜(やまぐち えみな、1994年5月4日 - )は、日本将棋連盟(関西本部)所属であった元女流棋士。所属時の女流棋士番号は55で、森信雄七段門下。宮崎県都城市出身。京都大学文学部(心理学専修)卒業。 小学5年のとき、弟が始めた影響を受けて将棋を始める。弟は、元・奨励会初段。 2010年、全国高等学校将棋選手権大会女子個人戦準優勝。同年、マイナビオープンに出場し、チャレンジマッチを勝ち抜いたが、予選1回戦で中井広恵に敗れた。 2013年7月に関西研修会へD2入会。2014年7月27日行われた7月第2例会で1勝し、通算9勝3敗でC1に昇級した。この結果「女流3級」となる権利を得た。2014年10月1日付で女流棋士3級となった。
長谷部 浩平(はせべ こうへい、1994年4月15日 - )… 長谷部 浩平(はせべ こうへい、1994年4月15日 - )は、将棋棋士。大平武洋門下。棋士番号は313。栃木県小山市出身。宇都宮大学教育学部を2018年に卒業。 栃木県出身の棋士は、永沢勝雄八段(1937年四段・1974年引退)に次いで2人目(戦後初)。長谷部が四段昇段を決めた2018年3月4日、地元紙の下野新聞は、81年ぶりとなる栃木県出身棋士の誕生を報じる電子号外を発行した。 順位戦には第77期(2018年度)から参加中。 NHK杯では第69回(2018年度)、第70回(2019年度)と2年度連続で予選突破したが、何れも本戦1回戦で敗退。 第60期王位戦は、初参加で予選を勝ち抜き挑戦者決定リーグに進出。
千田 翔太(ちだ しょうた、1994年4月10日 - )は、… 千田 翔太(ちだ しょうた、1994年4月10日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士である。森信雄七段門下。棋士番号は291。大阪府箕面市出身。大阪府立刀根山高等学校卒業。 5歳の時に近所の小学生に教わり、将棋を覚えた。 2006年9月に奨励会に入会。中学2年時に1級から初段に昇るのに1年を費やした以外は順調に昇級・昇段を続け、2010年3月、中学校卒業と同時期に三段昇段。三段リーグでは毎回コンスタントに勝ち越しを続け、6期目となる2012年度後期(第52回)では序盤から逃げ切り、最終局2局を残した時点で14勝2敗として1位の成績を確定させ、四段昇段を内定させた(最終成績は15勝3敗)。三段リーグ通算成績は69勝39敗・勝率.639。
谷合 廣紀(たにあい ひろき、1994年1月6日 - )は、… 谷合 廣紀(たにあい ひろき、1994年1月6日 - )は、日本の情報工学者、将棋棋士。東京都中央区出身。お茶の水女子大学附属小学校、獨協中学校・高等学校、東京大学工学部電気電子工学科卒業、同大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻博士課程に在籍(2025年現在は休学中)。将棋においては中座真門下。棋士番号は323。 アマ有段者の祖父に教わり6歳から将棋を始める。2006年に新進棋士奨励会に6級で入会。2011年9月に三段に昇段し、同年下期(第50回)より三段リーグに初参戦する。2016年下期(第60回)に3位(次点)があるものの、なかなか上位2名の昇段枠に入れず、都合8年半(17期)にわたり三段リーグに留まる。
高見 泰地(〈髙見 泰地〉たかみ たいち、1993年7月12… 高見 泰地(〈髙見 泰地〉たかみ たいち、1993年7月12日 - )は、将棋棋士。石田和雄九段門下。棋士番号は284。神奈川県横浜市出身。立教大学文学部史学科卒業。 幼稚園のときに父親に買ってもらったボードゲームセットに将棋が含まれていたことをきっかけに将棋を覚えた。 2005年4月、6級で奨励会に入会。以後順調に昇級・昇段を続け、2010年1月に三段に昇段し、2010年度前期(第47回)より三段リーグに参加。3期目となる2011年度前期(第49回)で、前半9局を8勝1敗でトップ独走の状態から逃げ切り、最終的に13勝5敗・1位の成績を修め、四段昇段(プロ入り)。また、奨励会三段として第1回加古川青流戦に参加し、2回戦で田中悠一、3回戦で西川和宏に勝利し、ベスト8に進出した。
小山 怜央(こやま れお、1993年7月2日 - )は、日本… 小山 怜央(こやま れお、1993年7月2日 - )は、日本の将棋棋士である。棋士番号は335。岩手県釜石市出身。北島忠雄七段門下。 2023年2月に棋士編入試験に合格し、2023年4月1日付で日本将棋連盟所属のプロ棋士となった。奨励会の経験なくプロ入りした戦後初の棋士である。 小学2年生(8歳)の時に将棋を指すようになった。2004年と2005年に倉敷王将戦高学年の部岩手県代表として出場した。2006年には全国中学生選抜将棋選手権大会で3位入賞した。2008年には中学生将棋名人戦で3位入賞した。奨励会を受験するも不合格となった。2011年には東日本大震災に被災し、自らも約半年間避難所生活を強いられた。
斎藤 慎太郎(さいとう しんたろう、1993年4月21日 -… 斎藤 慎太郎(さいとう しんたろう、1993年4月21日 - )は将棋棋士。畠山鎮八段門下。棋士番号は286。奈良県奈良市出身。大阪府立桃谷高等学校卒業。2018年に第66期王座戦において初タイトルを獲得した。 羽生善治に関する漫画(くもん出版)を読んだことで将棋及び職業としてのプロ棋士に興味を持ち始める。 2004年9月、6級で奨励会に入会。順調に昇級・昇段を続ける。2008年1月、14歳で三段に昇段。三段リーグでは毎回のように昇段争いに加わりながら終盤に崩れて脱落していたが、8期目となる2011年度後期(第50回)で15勝3敗・1位の成績を修め、畠山鎮門下初のプロ四段となった。三段リーグ通算成績は95勝49敗・勝率.660で、同じ14歳三段・18歳四段昇段・8期在籍の佐藤天彦(94勝50敗・勝率.653)を上回る勝率である。
池永 天志(いけなが たかし、1993年4月20日 - )は… 池永 天志(いけなが たかし、1993年4月20日 - )は、日本の将棋棋士。小林健二九段門下。棋士番号は314。大阪市出身。 大阪市立堀江小学校、上宮中学校、上宮高等学校出身。 小学生1年生のとき、父親が将棋の本を買ってきた事が、将棋を始めたきっかけ。 2005年、文部科学大臣杯第1回小・中学生将棋団体戦全国大会に大阪府代表Aチームの選手として参加し、予選敗退。 2006年、文部科学大臣杯第2回小・中学生将棋団体戦に大阪府Bチ ー ムの選手として参加し、予選敗退。 三段リーグには第47回(2010年上期)から参加。第48回と第51回では降段点が付いてしまい、第55回と第59回には「あと1勝で昇段」を経験するなど(最終的な順位はそれぞれ6位と4位)、厳しい状況が続いた。
香川 愛生(かがわ まなお、1993年4月16日 - )は、… 香川 愛生(かがわ まなお、1993年4月16日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士、元・奨励会員(2009年9月 - 2011年2月)。女流棋士番号は40。中村修九段門下。東京都狛江市出身。愛称は「番長」。立命館大学文学部卒業。
大橋 貴洸(おおはし たかひろ、1992年9月22日 - )… 大橋 貴洸(おおはし たかひろ、1992年9月22日 - )は、将棋棋士。所司和晴七段門下。棋士番号は308。関西本部所属。國學院高等学校卒業。 和歌山県新宮市で生まれ、幼稚園入園前に東京に転居した。小学4年生の時に父と共に将棋を覚える。八王子将棋クラブに通い、一年少々でアマ五段になり、研修会に入会。研修会在籍中はアマ大会で活躍した。 2006年4月、中2のときに研修会A2から奨励会6級に編入。編入後4年で三段となった。入会当初は関東奨励会所属であったが、三段リーグ4期目の2012年に関西奨励会に移籍。この移籍について「高校卒業以降、勝ったり負けたりが続き、成績が上向くきっかけを模索していた。その中で何か掴めればいいなと思った」「関西で活躍する若手棋士も多く、それを肌で感じてみたい気持ちがあった」と2018年のインタビューで明かしている。
里見 香奈(さとみ かな、1992年3月2日 - )は、日本… 里見 香奈(さとみ かな、1992年3月2日 - )は、日本将棋連盟(関西本部)所属の女流棋士。女流棋士番号は33。島根県出雲市出身。森雞二九段門下。島根県立大社高等学校卒。キャッチフレーズは「出雲のイナズマ」。
澤田 真吾(さわだ しんご、1991年11月21日 -) は… 澤田 真吾(さわだ しんご、1991年11月21日 -) は、将棋棋士。森信雄門下。棋士番号は274。三重県鈴鹿市出身。
山口 恵梨子(やまぐち えりこ、1991年10月12日 - … 山口 恵梨子(やまぐち えりこ、1991年10月12日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。堀口弘治七段門下。女流棋士番号は63のち39。鳥取県東伯郡三朝町出身。山脇学園高等学校卒、白百合女子大学卒。通称「攻める大和撫子」。
西田 拓也(にしだ たくや、1991年8月25日 - )は、… 西田 拓也(にしだ たくや、1991年8月25日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。森信雄七段門下。棋士番号は309。 5歳の時に父が買ってきた本を読んで将棋を始めた。 2003年、京都市立東和小学校6年時に第28回小学生将棋名人戦でベスト4(西日本大会で里見香奈に勝利し決勝大会に進出したが、準決勝で杉本和陽に敗退)。 中尾修指導棋士七段に教わり、中尾の弟弟子の森信雄門下となり2005年4月に関西奨励会入会。 三段リーグには2008年の第44回から参加。なかなか四段昇段を決められず、年齢制限が間近に迫る中、研究会への参加頻度を減らし一人での研究時間を増やしたことが転機となり、17期目の第60回では、三段リーグ史上初となる、開幕局から14連勝を記録し、2017年2月4日に行われた例会で2位以内を確定させ、最終日を待たずに四段昇段を決めた。
加藤 圭(かとう けい、1991年8月18日 - )は、日本… 加藤 圭(かとう けい、1991年8月18日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。女流棋士番号は64。茨城県日立市出身。加瀬純一七段門下。川村学園女子大学卒業(心理学専攻)、同学大学院心理学専攻修了。 小学4年生のとき(2001年度)、家にあった将棋入門書をたまたま読んで将棋を始め、将棋ゲームソフトやインターネットで将棋を指すことに熱中した。しかし、1年ほどで将棋ゲームソフトのレベルが四段に上がると熱が冷め、将棋から離れた。 臨床心理士の資格を取得してスクールカウンセラーの職に就くことを志望していた加藤は、川村学園女子大学(心理学専攻)を卒業し、2014年4月に同学大学院心理学専攻に進学した(臨床心理士試験は、大学院修了が受験要件)。
カロリーナ・フォルタン(Karolina Fortin、19… カロリーナ・フォルタン(Karolina Fortin、1991年6月17日 - )は、日本将棋連盟に所属する女流棋士。女流棋士番号は59。ポーランド・ワルシャワ出身。片上大輔七段門下。史上初の外国人女流棋士。2023年引退。山梨学院大学経営情報学部卒業、同大学院社会科学研究科修了。改姓前の活動名はカロリーナ・クリスティーナ・ステチェンスカ(またはカロリナ・スティチンスカ、Karolina Krystyna Styczyńska)。 2008年、自身が愛読していたポーランド語に翻訳された『NARUTO -ナルト-』の登場人物奈良シカマルが指していた「ジャパニーズ・チェス」と訳された将棋について、チェスとは違い相手の駒を取ると自分の駒にできるのはなぜかと不思議に思い、インターネットで調べたのがきっかけで将棋に興味をもった。
豊島 将之(とよしま まさゆき、1990年4月30日 - )… 豊島 将之(とよしま まさゆき、1990年4月30日 - ) は、将棋棋士。桐山清澄九段門下。棋士番号は264。 愛知県一宮市出身、兵庫県尼崎市在住。関西大学第一高等学校卒業、関西大学文学部中退。愛称は「とよぴー」。 史上最年少で奨励会に入会し、2007年に四段に昇段して平成生まれ初のプロ棋士となった。2018年に5回目のタイトル挑戦で初タイトルとなる棋聖を獲得、その後に王位、名人とタイトルを獲得し、2019年には竜王を獲得して史上4人目の竜王名人となった。 4歳の頃、羽生世代の棋士を追ったテレビ番組を見かけたことをきっかけに母に将棋を教わる。5歳で大阪府豊中市に転居後は、小学3年生でアマ6段となるまで(同年、史上最年少で奨励会入り)、関西将棋会館の道場で指導棋士・土井春左右から指導を受けた。
都成 竜馬(となり りゅうま、1990年1月17日 - )は… 都成 竜馬(となり りゅうま、1990年1月17日 - )は、将棋棋士。谷川浩司十七世名人門下。棋士番号は304。宮崎県宮崎市出身。 将棋教室を開くほどの将棋好きだったアマ初段の父が、将棋の駒にちなんで「竜馬」と命名した。父と兄が将棋を指す姿を見て、4歳頃に将棋を覚えた。 2000年、小学5年生時に出場した第25回小学生将棋名人戦で優勝。決勝戦の相手は1歳年上の中村太地だった。その後、長年弟子を取らない方針だった谷川浩司が一人だけ弟子を取るという話を耳にし、小さな頃から憧れていた谷川に弟子入りを志願する手紙を書いた。谷川は小学生名人戦のビデオをわざわざ取り寄せて見て、都成の将棋と縁深い名前や、誕生日が1月17日で谷川自らも被災した阪神・淡路大震災の日付と重なることなどに運命的なものを感じ、唯一の弟子として迎え入れたという。
大石 直嗣(おおいし ただし、1989年9月16日 - ) … 大石 直嗣(おおいし ただし、1989年9月16日 - ) は、将棋棋士。森信雄門下。棋士番号は275。大阪府八尾市出身。大阪府立夕陽丘高等学校卒。 小学1年から父に将棋を習い始める。小学5年生時代の最後(新6年生として)、2001年3月下旬に行われた小学生将棋名人戦西日本大会に大阪府代表として出場。同年9月、6級で奨励会に入会。 2009年4月1日、19歳で四段昇段(プロ入り)。 当初はアマチュアに2連敗したが、第51期王位戦(2010年度)予選で井上慶太、桐山清澄、山崎隆之(予選決勝、2009年12月11日)らに勝ち、プロ1年目で王位リーグに参加する活躍(リーグは松尾歩に勝利した1勝のみで陥落となってしまった。
阿部 健治郎(あべ けんじろう、1989年2月25日 - )… 阿部 健治郎(あべ けんじろう、1989年2月25日 - )は、将棋棋士。西村一義九段門下。棋士番号は277。山形県酒田市出身。血液型はB型。 5歳の頃、父親と兄が将棋を指しているところを見て、自然と覚える。小学1年の時から土岐田勝弘アマ八段(棋道師範)が地元で主宰する土岐田将棋道場に通う。 2001年、酒田市立第三中学1年生のときに第22回全国中学生選抜将棋選手権大会で準優勝。翌2002年に奨励会入会試験で合格し入会。三段昇段までは3年で駆け抜けたが、三段リーグでややもたつき四段昇段には8期(4年間)を要した。なお、酒田南高等学校を卒業後上京している。 2009年10月にプロ入り後は一転して快進撃を見せ、初参加の第23期(2010年度)竜王戦(竜王ランキング戦6組)では準優勝し、1期で5組昇級(プロ入りから最短タイ)を決める。
石田 直裕(いしだ なおひろ、1988年12月5日 - )は… 石田 直裕(いしだ なおひろ、1988年12月5日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。所司和晴七段門下。棋士番号は289。北海道名寄市出身。聖学院高等学校、中央大学理工学部数学科卒業。
糸谷 哲郎(いとだに てつろう、1988年10月5日 - )… 糸谷 哲郎(いとだに てつろう、1988年10月5日 - ) は、将棋棋士。森信雄七段門下。棋士番号は260。日本将棋連盟棋士会副会長(2019年6月7日 - )。日本将棋連盟常務理事(2025年6月6日 - )。 広島県広島市西区出身。広島学院中学校・高等学校を経て大阪大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士前期課程修了(修士(文学))。 関西所属であり、豊島将之、村田顕弘、稲葉陽とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人。 1998年(平成10年)、小学校4年で第23回小学生将棋名人戦に広島県代表で出場。西日本大会で佐藤天彦(5年、福岡県代表)らを破り、テレビ放送される全国準決勝進出まであと1勝としたが、船江恒平(5年、兵庫県代表)に敗れる。
星野 良生(ほしの よしたか、1988年8月10日 - )は… 星野 良生(ほしの よしたか、1988年8月10日 - )は、将棋棋士・プロe棋士。西村一義九段門下。棋士番号は295。埼玉県上尾市出身。 将棋を始めたきっかけは、5歳の時に買ったリバーシの裏に将棋盤があって興味を持ったことからであった。 2001年9月に、6級で奨励会に入会。半年後に成績不振で7級に降級するなど、入会当初はもたついたものの、19歳で三段に昇段し、2007年度前期(第41回)より三段リーグに参加。好不調の波が激しくなかなか自力昇段のチャンスを迎えられずにいたものの、2013年度後期(第54回)では序盤から好調を維持し、リーグ首位(順位2位で12勝4敗)で残り2局を連敗しない限り優勝という状況の下、1勝1敗として四段昇段を果たした。
稲葉 陽(いなば あきら、1988年8月8日 - ) は、西… 稲葉 陽(いなば あきら、1988年8月8日 - ) は、西宮市出身の将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は269。アマ強豪の稲葉聡は実兄。関西所属であり、糸谷哲郎、豊島将之、村田顕弘とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人。 プロフィール上の出身地は西宮市だが、幼少期に同じ兵庫の加古川市に引っ越しており、加古川市出身として扱われることも多い。2017年現在も加古川市在住で、加古川市からは加古川観光大使を委嘱されている。 三人兄弟の末っ子三男。幼稚園時代に父親の影響で将棋を覚えるが、父と兄(次兄の稲葉聡。長兄については後述。)が全く勝たせてくれないため、最初は逃げていたという。当時は運動好きで主にサッカーをやっていた。
中村 太地(なかむら たいち、1988年6月1日 - )は、… 中村 太地(なかむら たいち、1988年6月1日 - )は、将棋棋士。米長邦雄永世棋聖門下。棋士番号は261。東京都府中市出身。2025年度6月より日本将棋連盟非常勤理事。 2017年に第65期王座戦において初タイトルを獲得。師匠の米長邦雄の影響から将棋の普及活動にも力を入れており、テレビ番組への出演や自身のYouTubeチャンネル(2020年開設)での動画投稿などを行なっている。 早稲田大学系属早稲田実業学校中等部・高等部、早稲田大学政治経済学部卒業。 将棋との出会いは幼稚園(4歳)の頃。当時は父の仕事の都合により札幌市に住んでおり、冬季は積雪により外遊びが困難だったため、父に室内で遊べるボードゲームを複数種類教えてもらっていたが、その中に将棋があったという。
佐藤 天彦(さとう あまひこ、1988年1月16日 - )は… 佐藤 天彦(さとう あまひこ、1988年1月16日 - )は、将棋棋士。中田功八段門下。棋士番号は263。福岡県福岡市出身。 1998年、小学5年生の時に小学生将棋名人戦西大会で糸谷哲郎に敗れ、ベスト16。その年の9月に6級で関西奨励会入り。中学校卒業を機に上京し、千葉県の東京学館浦安高等学校を卒業。 2001年に初段、2002年からプロ入りに一歩手前の三段リーグに参加。三段リーグ時代に下記の2つのことで話題となった。 1つ目は、2004年に通算2度目の次点(3位)となり、フリークラスの棋士としてプロ入りできる権利を得たにもかかわらず、この権利を放棄したことである。10勝6敗からの2連勝で獲得した権利ということもあり思ってもみなかったことだったため、「これでプロになっていいのか」と迷った。
竹内 雄悟(たけうち ゆうご、1987年12月17日 - )… 竹内 雄悟(たけうち ゆうご、1987年12月17日 - )は、将棋棋士。森信雄七段門下。棋士番号は292。広島市出身・大阪市在住。奨励会二段時代までの名は大悟(だいご)。 幼少期に母方祖父に教わり、将棋を覚えた。本格的に将棋を始めたのは小学3年生のときで、その後は地元の広島将棋センターに通って腕を磨いた。広島観音高校在学中に、村山聖九段を偲んで広島で開催されている「怪童戦」を2連覇して注目を集める。 2004年9月、高校2年生の時に3級で奨励会に入会。同期入会者の中では2番目に年長であった。奨励会に入会したのは、将棋を全く知らない祖母から「そんなに将棋が好きだったらプロ目指してみないの?」と言われ、学校の勉強も好きではなかったことから「好きな将棋をして生きていけたら最高」と思ったのがきっかけ。
門倉 啓太(かどくら けいた、1987年6月3日 - )は、… 門倉 啓太(かどくら けいた、1987年6月3日 - )は、将棋棋士。石田和雄九段門下。棋士番号は282。東京都豊島区出身。成蹊大学経済学部卒業。既婚。 小学校3年生の時、知り合いのアマチュア強豪に教わり、将棋を始める。三段リーグには11期在籍。2010年度後期奨励会三段リーグ最終日は昇級争い上位の12勝4敗で迎えることとなったが、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)のため、対局日が同年3月12日から同年3月23日に延期された。そして当日は1敗後の最終局で勝利し、13勝5敗・1位で四段昇段(プロ入り)を決めた。プロ入り後、第62回NHK杯戦で予選を突破し、対局者として本戦出場を果たす。
中村 真梨花(なかむら まりか、1987年5月20日 - )… 中村 真梨花(なかむら まりか、1987年5月20日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。神奈川県藤沢市出身。佐伯昌優九段門下。女流棋士番号30。 神奈川県立湘南高等学校(通信制課程)卒。
及川 拓馬(おいかわ たくま、1987年5月6日 - ) は… 及川 拓馬(おいかわ たくま、1987年5月6日 - ) は、将棋棋士。伊藤果八段門下。棋士番号は268。妻は女流棋士の上田初美。 埼玉県北葛飾郡松伏町生まれ、所沢市育ち。東京電機大学高等学校卒。 昇段規定は、将棋の段級 を参照。
船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は… 船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は、将棋棋士。井上慶太九段門下。棋士番号は281。公認会計士。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒業。2025年4月1日より加古川市監査委員(任期4年)。 祖父に教えられて5歳で将棋と囲碁を始める。当時は「将棋が好きというよりも祖父が好きだった」という。小学2年時、同郷の井上慶太が師範を務める加古川将棋センターに入会し、将棋に打ち込む。 1998年、加古川市立東神吉南小学校5年(出場時は4年)のとき、第23回小学生将棋名人戦で準優勝。決勝で負けた相手は、1学年上の高崎一生である。この期の出場者には、他にも後にプロ棋士になった者が多く、船江も西日本大会で牧野光則、糸谷哲郎に勝っている。