渡辺 みえこ(わたなべ みえこ、1943年(昭和18年) -… 渡辺 みえこ(わたなべ みえこ、1943年(昭和18年) - )は、日本の詩人、画家、評論家。 東京深川区(現深川)生まれ。慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。武蔵野美術大学油絵専攻卒業。横浜国立大学大学院修士課程修了。1997年『女のいない死の楽園 供犠の身体 三島由紀夫』で第1回女性文化賞受賞。油絵では、1967年新世紀美術協会奨励賞。1980年新世紀美術協会文房堂賞。参加詩誌に「にゅくす」「言葉の会」「ぐるうぷ・ふみ」「舟」「青い花」。現在「歴程」「いのちの篭」同人。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本美術家連盟会員。 三島由紀夫の女性嫌悪、村上春樹の『ノルウェイの森』におけるレズビアンに対する差別的な描き方を批判した。
岩辺 泰吏(いわなべ たいじ、1943年 - )は、日本の教… 岩辺 泰吏(いわなべ たいじ、1943年 - )は、日本の教育者、教育評論家。 静岡県清水市(現・静岡市清水区)生まれ。1967年神戸大学教育学部卒業。東京都足立区立栗島小学校(14年間)、葛飾区立亀青小学校(10年間)、同区立飯塚小学校教諭(13年間)を務めたのち、2004年明治学院大学教授となり、2014年退職。読書のアニマシオン研究会代表。
幸津 國生(こうづ くにお、1943年- )は、哲学研究者、… 幸津 國生(こうづ くにお、1943年- )は、哲学研究者、評論家、日本女子大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部卒業,同大学院人文科学研究科博士課程単位取得、ドイツ・ボッフム大学ヘーゲル・アルヒーフ留学(Dr.phil.取得)。都留文科大学講師、助教授、日本女子大学教授、2011年定年退職、名誉教授。
平田 圭子(ひらた けいこ、1943年 - )は、教育評論家… 平田 圭子(ひらた けいこ、1943年 - )は、教育評論家。神奈川県生まれ。東京大学教養学部アメリカ科卒業。フリーランスのジャーナリスト。育児・保育・教育・母親問題をリポートしつづけてきた。
田中 三彦(たなか みつひこ、1943年 - )は、翻訳家、… 田中 三彦(たなか みつひこ、1943年 - )は、翻訳家、科学評論家。元原子炉製造技術者。 栃木県生まれ。1968年東京工業大学工学部生産機械工学科卒業。同年バブコック日立入社、福島第一原子力発電所4号機などの原子炉圧力容器の設計に関わる。1977年退社。サイエンスライターとして、翻訳・科学評論を執筆。「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」呼びかけ人。 2012年、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員
中村 好寿(なかむら よしひさ、1943年 - )は広島県出… 中村 好寿(なかむら よしひさ、1943年 - )は広島県出身の軍事評論家、陸上自衛官。政軍関係論、軍備管理論、RMA(軍事における革命)等に関し著作がある。 1965年防衛大学校本科第9期卒業後、陸上自衛隊入隊。職種は普通科(歩兵)。陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程、米国スタンフォード大学大学院及び同大学安全保障・軍備管理問題研究所等で学ぶ。 普通科連隊中隊長、防衛大学校陸上防衛学教室助教授(この間に、アメリカ海軍大学院客員教授、米国国防大学客員研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所客員研究員)、陸上自衛隊幹部学校戦略教官室教官、陸上自衛隊東北方面総監部幕僚、ジョージア工科大学客員教授、防衛研究所主任研究員を経て、2000年陸上自衛隊を退職(1等陸佐)、その後軍事アナリスト。
鈴木 斌(すずき あきら、1943年 - )は、文芸評論家。… 鈴木 斌(すずき あきら、1943年 - )は、文芸評論家。東京生まれ。法政大学文学部日本文学科卒。日本社会文学会会員。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
桑名 淳二(くわな じゅんじ、1943年- )は、編集者、出… 桑名 淳二(くわな じゅんじ、1943年- )は、編集者、出版評論家。 埼玉県生まれ。1968年横浜国立大学教育学部卒業、学習研究社に入社。1984年『3年の科学』編集長、1987年『4年の学習』編集長。1990年営業部門に移り、情報宣伝室長。1996年販売企画室長、1999年サポートセンターでデータベース担当。2002年退社。 日本出版学会会員、アメリカ出版研究会会員。
榎本 正男(えのもと まさお、1943年 - )は、北海道出… 榎本 正男(えのもと まさお、1943年 - )は、北海道出身の競馬評論家。 早稲田大学在学中から東京競馬場や中山競馬場に通い詰め、シンザンのレースも生で観戦。卒業後はダービーニュースを経て、1970年に創刊したばかりの夕刊フジへ入社。後に道新スポーツ東京支社へ移籍し、トラックマンとして活躍。競馬取材を続けるほか、スポーツ記者として野球・サッカー・柔道・剣道・相撲などの競技取材の経験も積んでいる。 夕刊フジ、道新スポーツ勤務中には、土曜競馬中継(テレビ東京)で通算18年にわたり解説を務めたほか、日曜競馬ニッポンやTVhサマー競馬にも出演。実況の矢野吉彦、司会の石森かずえと共に毎週のように番組終了後の“飲み会”を催していた。
白井 透(しらい とおる、1943年 - )は、日本の競馬評… 白井 透(しらい とおる、1943年 - )は、日本の競馬評論家、競走馬の血統研究家。サラブレッド血統センター創業者。 父・白井新平は、戦前からアナキズム系の活動家として知られるとともに、1938年に競馬週報社を設立し、今日の日本の競馬新聞で標準的なものとなっている馬柱などの表現を創出した人物であった。弟・白井民平は馬術選手として活躍した後、北海道日高町で牧場経営者となった。 このように競馬一家であった白井家に生まれた透は、早稲田大学政治経済学部卒業後、1967年にサラブレッド血統センターを設立し、1971年に『競馬四季報』(関東版)を創刊したのをはじめ、競馬・血統関係の出版事業に従事した。 1990年に、サラブレッドの血統を記録した基礎資料『Family Tables of Racehorses』の第III巻を出版し、JRA賞馬事文化賞を受賞した。
太田 昌国(おおた まさくに 1943年(昭和18年) - … 太田 昌国(おおた まさくに 1943年(昭和18年) - )は、日本の思想評論家、映画評論家、編集者、翻訳家。 東アジア反日武装戦線のメンバーの支援活動を行っている。 釧路市生まれ。1968年、東京外国語大学ロシア語科卒。 出版社からの就職が一旦内定したが取り消された。翻訳や校正、肉体労働のアルバイトをしながら、国立国会図書館などで研究活動をしていた。どちらかというと、ソ連を先頭とする世界共産主義運動に対する幻想は持たず、アナキズムの方向性を抱いていたと回顧している。 1960年代には、レボルト社からアジア、アフリカ、ラテンアメリカについての情報を扱った『世界革命運動情報』の編集、刊行に関わってきた。
岡庭 昇(おかにわ のぼる、1942年12月19日 - 20… 岡庭 昇(おかにわ のぼる、1942年12月19日 - 2021年7月14日)は、日本の文芸・メディア評論家。 三光汽船代表取締役を務めた岡庭博の長男として東京で生まれる。慶應義塾大学経済学部卒、TBS勤務ののち評論家。 はじめ文芸評論から始まり、左翼的、戦後文学擁護の立場をとり、「内向の世代」批判も行ったが、メディア論に移行し、創価学会支持の立場で論陣を張っている。 2021年7月14日、胆のうがんのため死去。78歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中村 哲郎(なかむら てつろう、1942年11月23日 - … 中村 哲郎(なかむら てつろう、1942年11月23日 - )は、歌舞伎を中心とした演劇研究者、評論家。 山梨県甲府市の温泉旅館で生まれ育った。山梨県立甲府第一高等学校卒、早稲田大学文学部に学び、郡司正勝に師事。国立劇場(1967年開場)に勤務したが数年で退職を経て、中学1年でやみつきになった歌舞伎を軸に半世紀を超えた観劇歴で、演劇研究・執筆活動を行う。 1983年『西洋人の歌舞伎発見』で芸術選奨文部大臣新人賞、2007年『歌舞伎の近代 作家と作品』で日本演劇学会河竹賞・AICT演劇評論賞、2012年『花とフォルムと 転換する時代の歌舞伎評論』で芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。2021年、『評話集 勘三郎の死 劇場群像と舞台回想』で第72回読売文学賞を受賞。
京須 偕充(きょうす ともみつ、1942年11月12日 - … 京須 偕充(きょうす ともみつ、1942年11月12日 - )は、落語の録音プロデューサー、落語評論家。日本文芸家協会会員。 東京神田区松住町生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。CBSソニー第1AV事業部制作三部課長、A&R第五部次長を経て、ソニー・ミュージックエンタテインメント・チーフプロデューサー。 ソニー・ミュージック(旧:CBS・ソニー)のプロデューサーとして、6代目三遊亭圓生の「圓生百席」や3代目古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけている。また、「朝日名人会」(有楽町朝日ホールで開催)、「朝日いつかは名人会」(浜離宮朝日ホールで開催)などの落語会をプロデュースしている(この落語会は録音することを前提としても開催)。
湯村 輝彦(ゆむら てるひこ、1942年11月1日 - )は… 湯村 輝彦(ゆむら てるひこ、1942年11月1日 - )は、イラストレーター、デザイナー、漫画家、音楽評論家。ヘタウマなイラストと、スウィート・ソウルなどのR&Bや、Gラップのフリークとしても知られる日本グラフィック界のベテランである。東京都新宿区角筈(現在の西新宿)生まれ。ペンネームはTerry Johnson(テリー・ジョンスン)、ゴンゾ。また、かつては、「FLAMINGO TERRY」、「FRAMINA TERRENO GONZO」、「TERRINO FLAMINI' GONZAREZ」、「紅鶴照万太」などのペンネームも用いていた。愛称は「キング・テリー」(略して、「キンテリ」とも)。
古川 嘉一郎(ふるかわ かいちろう、1942年〈昭和17年〉… 古川 嘉一郎(ふるかわ かいちろう、1942年〈昭和17年〉10月15日 - 2025年〈令和7年〉11月29日)は、日本のフリーライター、放送作家、演芸評論家。 大阪市出身。立命館大学文学部卒業。広告制作スタジオ勤務、コピーライターを経て、藤本義一に師事。テレビ・ラジオ番組の企画・構成に携わる。1985年「秋田實賞」受賞。手がけた番組には『9年9組つるべ学級』『浪速なんでも三枝と枝雀』『晴れ時々たかじん』『たかじんnoばぁ~』など。雑誌『上方芸能』編集委員、『上方漫才大賞』、『日本放送演芸大賞』の選考審査員、藤本が総長の心斎橋大学の講師なども務めた。 娘に古川真穂(元4D-JAM)がいる。 2025年11月29日死去。
芹沢 俊介(せりざわ しゅんすけ、1942年8月29日 - … 芹沢 俊介(せりざわ しゅんすけ、1942年8月29日 - 2023年3月22日)は、日本の文芸・教育・社会・宗教評論家。 植物学者・愛知教育大学名誉教授の芹沢俊介(スウェーデン語版)(1948年 - )は、同名異人。 東京府出身。東京都立千歳高等学校、上智大学経済学部卒業。吉本隆明と親交を深め、文学論などから、教育論、宗教論、家族論などに論陣を張る。 晩年は家族、養育に関する著作が中心である。グループホーム(養護施設)との関係から生まれた養育論を展開した。 ひきこもり、児童虐待、少年事件、宗教等においても幅広く発言している。 ひきこもりに関しては、マスメディアで騒がれはじめた21世紀初頭から、ひきこもることの必要性を訴え続けてきている。
安西 水丸(あんざい みずまる、本名:渡辺 昇(わたなべ の… 安西 水丸(あんざい みずまる、本名:渡辺 昇(わたなべ のぼる)、1942年7月22日 - 2014年3月19日)は、日本のイラストレーター、漫画家、エッセイスト、作家、絵本作家、風俗評論家。日本スノードーム協会会長。 東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区赤坂)生まれ。7人兄弟の末っ子で姉が5人いた。一番上の姉とは7つ離れている。生家は祖父の代から建築設計事務所を営んでいた。 1945年、重い喘息を患い、母の郷里である千葉県千倉町(現・南房総市)に移住。中学校卒業までを千倉で暮らす。その頃の体験や思い出は、初期の漫画作品、エッセイ、小説など多くの作品に登場している。「千倉」は彼にとって重要なキーワードとなっており、すべての心象のルーツであるように描かれている。
奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015… 奥成 達(おくなり たつ、1942年6月30日 - 2015年8月16日)は、日本の詩人、ジャズ評論家、著述家、漫画原作者、編集者、作詞家、トランペット奏者。 東京都品川区大井出身。東京都立城南高等学校卒業。雑誌記者、タウン誌編集長、青山学院大学文学部講師を歴任。 さまざまな種類の活動を通して、日本のサブカルチャー界に、広い人脈を築いた。タモリの「密室芸」の命名者である。 また、様々な別名を用いて執筆活動を行った。自身のペンネーム「異魔人」。また高橋肇との共同ペンネーム「影山勲」。弟の奥成繁(久保田呉春)との共同ペンネーム「山口泰」。妻はイラストレーターのながたはるみ。 2015年8月16日、腎盂癌のため死去した。
柘植 久慶(つげ ひさよし、1942年6月21日 - )は、… 柘植 久慶(つげ ひさよし、1942年6月21日 - )は、日本の作家・軍事評論家・コイン収集家。本名は平木啓一。 愛知県蒲郡市で出生。父は、東証1部上場の大手ミシンメーカーであったリッカーミシン(1984年に経営破綻)を創業して長く社長を務めた平木信二(1910年 - 1971年)。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。 海外旅行に行く日本人がまだ少なかった1961年、大学1年の夏期休暇にコンゴ動乱に参加した。 1962年、アルジェリア戦争にフランス外人部隊の格闘技教官(中尉待遇)として参加した。 1965年、慶應義塾大学を卒業し、父が社長在任中のリッカーミシンに入社。
川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本… 川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本の英文学者、スペイン史学者、評論家、翻訳家。社会学博士(一橋大学・論文博士・2003年)(学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」)。法政大学名誉教授。2022年瑞宝中綬章受章。 北海道生まれ。1966年北海道大学文学部卒業、1969年東京都立大学英文学専攻大学院修士課程修了、ロンドン大学・ケンブリッジ大学客員研究員を経て1977年より法政大学理工学部教授。2003年学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」で一橋大学より社会学博士の学位を取得。
郷原 宏(ごうはら ひろし、1942年5月3日 - )は、日… 郷原 宏(ごうはら ひろし、1942年5月3日 - )は、日本の詩人、文芸評論家、翻訳家。 島根県出雲市(平田市)出身。早稲田大学政治経済学部卒。読売新聞社に入社し、社会部記者、週刊読売編集部、出版局編集者を歴任。編集者時代は松本清張の担当を務めた。若くから詩作を始め、1974年『カナンまで』でH氏賞受賞。1983年、高村智恵子論『詩人の妻』でサントリー学芸賞受賞。 1985年からフリーライターとなる。その後、妻の山本楡美子(本名・郷原静江)とともに主としてミステリーの翻訳を始め、映画『わが愛の譜 滝廉太郎物語』の原作を書き下ろした。2006年『松本清張事典 決定版』で第59回日本推理作家協会賞評論部門受賞。
小室 豊允(こむろ とよちか、1942年4月27日 - 20… 小室 豊允(こむろ とよちか、1942年4月27日 - 2013年6月13日)は、日本の法学者・政治評論家・政治学者。姫路獨協大学名誉教授・社団法人国際経済労働研究所常任理事。神戸市出身。 兵庫県神戸市出身。1965年中央大学法学部卒業、1969年立命館大学大学院法学研究科修士課程修了。1974年大阪社会事業短期大学専任講師。1979年コーネル大学客員研究員、1981年大阪府立大学社会福祉学部助教授。1989年姫路獨協大学経営情報学部教授、同地域センター長。1997年同経営情報学部長、1998年同大学院経営情報研究科長。1999年同学長。2002年同名誉教授、大手前大学社会文化学部教授。2007年同退職。
松岡 和子(まつおか かずこ、1942年4月17日- )は、… 松岡 和子(まつおか かずこ、1942年4月17日- )は、日本の翻訳家、演劇評論家。東京医科歯科大学名誉教授。国際演劇評論家協会会員。 イギリス文学戯曲の他、小説や評論の翻訳を手がける。シェイクスピア全作の新訳に取り組んでおり、彩の国さいたま芸術劇場での彩の国シェイクスピア・シリーズ企画委員のひとり。2021年にシェイクスピアの戯曲の完訳を達成した。 第2回湯浅芳子賞、第58回日本翻訳文化賞、第75回毎日出版文化賞企画部門受賞。 テレビドラマや映画の英語翻訳家だった額田やえ子は義理の従姉にあたる。 満洲国新京生まれ。父親の前野茂は満洲国の高官(司法部と文教部の次長)だった。長春市から通化市に移って居住し、通化事件と思われる大量遺体遺棄の現場を目撃する。
松田 司郎(まつだ しろう、1942年3月13日 - )は、… 松田 司郎(まつだ しろう、1942年3月13日 - )は、児童文学作家・評論家。大阪国際大学名誉教授。 大阪出身。同志社大学文学部英文科卒業。その後、出版社に勤務し、退社後にフリーライターを経て、創作活動に専念。1981年に川村たかし、那須正幹ら児童文学者ともに児童文学創作集団「亜空間」を結成し、同タイトルである「亜空間」を季刊誌として創刊した。大阪国際大学人間科学部心理コミュニケーション学科教授を務めた。2006年『宮沢賢治 存在の解放(ビッグバン)へ』で日本児童文学学会賞特別賞受賞。実作のほか、宮沢賢治について多くの著書がある。
笹沢 信(ささざわ しん、1942年1月27日 - 2014… 笹沢 信(ささざわ しん、1942年1月27日 - 2014年4月6日)は、文芸評論家。 日本領だった朝鮮・京城生まれ。本名・斎藤暹。 第二次世界大戦後、山形県へ引き揚げ、中学から高校まで大分県臼杵に住む。 1966年山形大学文理学部卒。山形新聞社に入社、文化部記者。現役記者在勤中に1994年小説集『飛島へ』で山形市芸術文化協会賞受賞。 1998年新聞社を退社。出版社「一粒社」を創設。井上ひさしなどの作家伝記を執筆。 2013年『ひさし伝』で真壁仁・野の文化賞、山形市芸術文化協会特別賞受賞。 2014年4月6日、肺炎のため死去。
笠井 嗣夫(かさい つぎお、1942年 - )は、日本の詩人… 笠井 嗣夫(かさい つぎお、1942年 - )は、日本の詩人、文芸評論家。
坂口 拓史(さかぐち たくし、1942年 - )は、日本の警… 坂口 拓史(さかぐち たくし、1942年 - )は、日本の警備会社経営者、著作家、評論家。坂口れい子の長男。 台湾生まれ。熊本県八代市出身。九州学院高等学校卒、法政大学二部文学部中退、セコム(訓練担当)をへて日本平和警備保障社長、のち顧問。 裏社会についての著作多数。
川村 輝夫(かわむら てるお、1942年〈昭和17年〉- )… 川村 輝夫(かわむら てるお、1942年〈昭和17年〉- )は、音楽評論家。元・KBS京都ディレクター、テレビ制作局長、ラジオ制作局長。 関西フォークの黎明期の1960年代から1970年代、音楽番組を担当し高石ともや、ザ・フォーク・クルセイダーズらをバックアップしたことから映画『パッチギ!』で大友康平が演じる京都の放送局のディレクター役のモデルとされる。フォークソングはもちろん、カントリー・ミュージック、ブルーグラスやジャズ、クラシック、映画音楽、蓄音機などにも詳しい。 大阪府池田市生まれ、関西学院大学文学部美学科卒業。在学中グリークラブ指揮者として活躍する。3年連続日本一の後、招待演奏の指揮を務める。
末延 芳晴(すえのぶ よしはる、1942年 - )は、日本の… 末延 芳晴(すえのぶ よしはる、1942年 - )は、日本の評論家。東京出身。 東京大学文学部中国文学科卒業、同大学院修士課程中退。欧州を経て1973年から1998年までニューヨークで米国の現代音楽、美術についての批評を行う。帰国後、文芸評論に領域を広げる。2012年、『正岡子規、従軍す』で第24回和辻哲郎文化賞受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
三井 秀樹(みつい ひでき、1942年 - )は、日本の美学… 三井 秀樹(みつい ひでき、1942年 - )は、日本の美学者、造形評論家。専攻は構成学、メディアアート。現在、学術団体「形の文化会」会長。 出身校の東京教育大学では、高橋正人に師事した。
塩川 京子(しおかわ きょうこ、1942年ー )は、日本の美… 塩川 京子(しおかわ きょうこ、1942年ー )は、日本の美術史家・評論家。 中国・南京に生まれる。旧姓・馬場。1968年同志社大学大学院文化史学修士課程修了。同年京都市美術館に勤務。2000年退職。上村松園ら、関西の美人画家を中心に著書、編纂書を多く執筆した。
米沢 慧(よねざわ けい、1942年 - )は、日本の都市建… 米沢 慧(よねざわ けい、1942年 - )は、日本の都市建築論、家族論・医事などの評論家。 長寿社会のケア活動を模索する「ファミリー・トライアングルの会」世話人。「AKIHIKOゼミ」「ヨネザワ・ゼミ」主宰。 島根県奥出雲生まれ。早稲田大学教育学部卒。都市論、建築論、家族論からも近年は終末期医療、ホスピスなどについて発言している。
田岡 俊次(たおか しゅんじ、1941年12月16日 - )… 田岡 俊次(たおか しゅんじ、1941年12月16日 - )は、日本のジャーナリスト、軍事評論家。血液型はO型。京都府京都市左京区出身。
野本 三吉(のもと さんきち、1941年11月30日 - )… 野本 三吉(のもと さんきち、1941年11月30日 - )は、日本の教育学者、評論家、ノンフィクション作家、横浜市立大学名誉教授、前沖縄大学学長、同大名誉教授。東京都本所区(現墨田区)出身。本名加藤 彰彦(かとう あきひこ)。1964年横浜国立大学教育学部教育学科卒業。沖縄子ども研究会会員。 大学卒業後、横浜市内の小学校教員を経て、日本列島を4年余り放浪し共同体巡りをする。1972年から横浜市役所職員となり、寿生活館の相談員、児童相談所の児童福祉司(ソーシャルワーカー)を務める。横浜市役所を退職後、横浜市立大学文理学部助教授に就任。1991年に教授。1995年より同大国際文化学部教授。社会福祉論を担当した。
村上 護(むらかみ まもる、1941年11月28日 - 20… 村上 護(むらかみ まもる、1941年11月28日 - 2013年6月29日)は、日本の文芸評論家、俳人。
島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は… 島村 英紀(しまむら ひでき、1941年11月23日- )は、地震学者(地球物理学者、地球科学者)、日本文藝家協会会員、評論家、エッセイスト。父は島村喜久治。母は島村千枝子。大叔母は吉行あぐり(千枝子の母の妹)。 2004年以来、現在まで武蔵野学院大学特任教授。また、CCSS(制御震源地震学国際委員会=地球内部構造を研究するための人工地震の国際学会)の委員長を1983-1989年に務めた。なお、現在に至るまで、日本人としてはただ一人の委員長である[要出典]。 1960年代の大学院生当時、プレート・テクトニクスの黎明期でプレートが生まれるところ(海嶺)も、消えるところ(海溝)も海底にあることが分かり、プレートの動きをいちばん精密に現場で知ることが出来る海底地震計を開発することを、指導教官だった浅田敏らと開始した。
栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう、1941年〈昭和16年… 栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう、1941年〈昭和16年〉11月23日 - )は、日本の経済学者(経済人類学)・評論家・政治家・健康食品開発者。有明教育芸術短期大学学長、衆議院議員(2期)、経済企画政務次官、有限会社大学総合研究所理事長、朝日新聞書評委員 を歴任した。 東京都(出生当時は東京府)出身。父は元最高裁判事の栗本一夫(岐阜県出身)。母トシ子は元東京府会議長中野勇治郎(京都府出身)三女。 東京学芸大学附属世田谷小学校、同中学校、東京都立戸山高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。同大学大学院経済学研究科博士課程退学[要出典]。 天理大学専任講師、奈良県立短期大学(現:奈良県立大学)助教授、ノースウェスタン大学客員教授(1975年 - 1976年)を経て、明治大学教授在任中、ヴァンダービルト大学客員教授(1986年 - 1987年)も務める。
窪島 誠一郎(くぼしま せいいちろう、1941年11月20日… 窪島 誠一郎(くぼしま せいいちろう、1941年11月20日 - )は日本の著作家、美術評論家、美術館館主。父親は小説家の水上勉。
島田 耕(しまだ たがやす、1941年10月28日 - 20… 島田 耕(しまだ たがやす、1941年10月28日 - 2016年5月26日)は日本の音楽評論家。 執筆に関するテーマは多岐にわたるがメインとなるのはフォーク、カントリー、カントリー・ロック、ブルーグラス音楽。執筆以外に多数のレコードやCDなどの企画、監修、解説を行った。 1941年10月28日誕生。東京都品川区出身。 日本大学法学部卒業後、専門学校でグラフック・デザインを学ぶ。東京のデザイン事務所「新樹社」に入社し、数々のデザインを手掛ける。退社後、フリーランスの音楽執筆業に専念する。 高校時代より音楽同好会「サンデー・ウェスタン友の会」会誌、「C&W」誌などへの寄稿を始める。 1960年代初頭、高山宏之氏(カントリー・ブルーグラス音楽評論家)のアシスタントを経て、音楽雑誌「ミュージックライフ」にジョーンバエズに関する記事を掲載したのが音楽執筆の最初となった。
相羽 秋夫(あいば あきお、本名:澤田健一郎、1941年9月… 相羽 秋夫(あいば あきお、本名:澤田健一郎、1941年9月20日 - )は、日本の演芸評論家、放送作家、エッセイスト。大阪芸術大学芸術計画学科元教授・学科長。日本笑い学会副会長。 愛知県名古屋市出身。1966年同志社大学法学部を卒業後、松竹芸能に入社。寄席のスタッフ職員・構成作家として活動した。一時は、大村崑、正司敏江・玲児などのマネージャーを務めている。 1978年に松竹芸能から独立した後は、フリーランスの上方演芸研究家として多数の演芸評論・エッセイを執筆するかたわら、放送作家として『すてきな出逢い いい朝8時』(MBSテレビ)の構成を担当。「M-1グランプリ」では、第1回(2002年)から第6回(2007年)まで、大阪予選の審査員を務めていた。
立石 伯(たていし はく、1941年8月31日 - )は、文… 立石 伯(たていし はく、1941年8月31日 - )は、文芸評論家、法政大学名誉教授。本名・堀江拓充(ほりえ・たくみつ)。鳥取県生まれ。1966年法政大学卒。1977年同大学院博士課程中退。1978年本学文学部専任講師。助教授を経て1984年教授。2002~2008年学校法人法政大学常務理事。2012年3月退職。小田切秀雄の門下で、埴谷雄高を中心として現代作家を論じる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
柄谷 行人(からたに こうじん(ゆきと)、本名:柄谷 善男〈… 柄谷 行人(からたに こうじん(ゆきと)、本名:柄谷 善男〈からたに よしお〉、1941年〈昭和16年〉8月6日 - )は、日本の哲学者、文学者、文芸批評家。兵庫県尼崎市出身。戦後日本を代表する批評家である。 筆名は夏目漱石の小説『行人』にちなむとされているが、本人は「kojin」という語感と響きから偶然思いついたと語っている。「国家」「資本」「ネーション」とは区別されるものとして、近年は「アソシエーション」という言葉を強調している。 『意識と自然ー漱石試論』(1969年)で論壇に登場。言葉と人間との関係を追究し、近代を読み直す。著書に『意味という病』(1975年)、『坂口安吾と中上健次』(1996年)、『トランスクリティーク カントとマルクス』(2001年)、『哲学の起源』(2012年)、『帝国の構造』(2014年)、『世界史の構造』(2015年)など。
川西 政明(かわにし まさあき、1941年8月5日 - 20… 川西 政明(かわにし まさあき、1941年8月5日 - 2016年8月26日)は、日本の文芸評論家。日本文芸家協会、日中文化交流協会会員。 大阪府大阪市生まれ。広島県尾道市出身。 1965年、中央大学商学部卒業後、河出書房新社へ入社し、文芸編集者生活時代には『高橋和巳作品集』、『埴谷雄高作品集』などを編集、渡辺淳一の担当だった。 1972年に退社後、文芸評論活動に専念。戦後派文学や新日本文学会で活動した作家に関する論考が多い。 1997年『わが幻の国』で第25回平林たい子文学賞受賞。 2006年に『武田泰淳伝』で第17回伊藤整文学賞(評論部門)を受賞。
石川 顯(いしかわ あきら、1941年8月3日 - )は、日… 石川 顯(いしかわ あきら、1941年8月3日 - )は、日本のアナウンサー、スポーツ評論家。石川 顕とも表記。 神奈川県横須賀市出身。TBSアナウンサーを経て、フリーアナウンサーとなる。キックボクシング選手の沢村忠の決め技「真空とびひざげり」の命名者。 横須賀市立田浦小学校卒業。鎌倉学園高等学校卒業。元々は教員志望だったが、早稲田大学教育学部卒業後、1964年4月にTBSにアナウンサー第9期生として入社(同期には大沢悠里・小島康臣・平原晋太郎・桝井貞之・宇野淑子・高階玲子・二村義子・山田照子・吉野好子)。ラジオ編成局放送実施部(1964年5月)、報道局ニュース部(1965年6月)、ニュース取材部(1965年12月)、報道局運動部兼ニュース取材部(1966年7月)、報道局運動部兼アナウンサー研修室付(1967年11月)、ラジオ本部アナウンス室兼テレビ本部報道局運動部(1970年7月)、アナウンス室兼テレビ本部第二制作局スポーツ部(1979年12月)、アナウンスセンター兼スポーツ局(1991年5月)に配属される。
杉原 誠四郎(すぎはら せいしろう、1941年7月29日 -… 杉原 誠四郎(すぎはら せいしろう、1941年7月29日 - )は、日本の歴史教育学者・外交史研究家・歴史評論家。 「国際歴史論戦研究所」会長。新しい歴史教科書をつくる会前会長。全国教育問題協議会顧問。 広島県出身。1965年東京大学教育学部卒、1967年同大学院教育学研究科修士課程修了。城西大学助教授、教授、武蔵野女子大学教授、校名変更で武蔵野大学教授、帝京平成大学教授。 2011年9月から2015年10月まで新しい歴史教科書をつくる会の会長を務めた。現在は顧問。また、2019年11月より民間団体「国際歴史論戦研究所」の会長を務めている。 専門分野は教育基本法の研究。教育勅語の内容には教育基本法と対立するものはないと主張した。
酒井 忠康(さかい ただやす、1941年7月16日 - )は… 酒井 忠康(さかい ただやす、1941年7月16日 - )は、日本の美術評論家、世田谷美術館館長。多摩美術大学美術学部芸術学科客員教授。 1941年、北海道余市郡余市町生まれ。北海道余市高等学校を経て、慶應義塾大学に入学。1964年、慶應義塾大学文学部美学美術史科を卒業。 大学卒業と同時期に神奈川県立近代美術館学芸員になる。土方定一に師事し、学芸課長、副館長を経て、1992年より館長。2004年から2024年3月まで世田谷美術館館長。2003年の『海にかえる魚』では、小説に挑んだ。2006年から2021年まで美術館連絡協議会理事長。 近代美術の研究、現代美術の評論活動を行う。ベネチア・ビエンナーレ日本館コミッショナーを務めた。
難波 紘二(なんば こうじ、1941年6月17日 - )は、… 難波 紘二(なんば こうじ、1941年6月17日 - )は、日本の医師・医学者・評論家。広島大学名誉教授。
大笹 吉雄(おおざさ よしお、1941年5月8日 - )は、… 大笹 吉雄(おおざさ よしお、1941年5月8日 - )は、日本の演劇評論家。 大阪府に生まれる。早稲田大学第一文学部演劇科で郡司正勝に師事する。1964年に卒業後、歌舞伎雑誌『演劇界』を発行している演劇出版社に勤務するが、演劇批評をするため1975年に退社。6か月たって初めて原稿依頼があったという。37歳で最初の著書『正統なる頽廃』を刊行した。 1985年よりライフワーク『日本現代演劇史』の刊行を始め、同年に第1巻でサントリー学芸賞受賞した。以後も1991年に『花顔の人・花柳章太郎伝』で大佛次郎賞受賞。2008年『女優二代』で読売文学賞受賞。2010年『新日本現代演劇史』で河竹賞受賞。2014年『最後の岸田國士論』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
三上 治(みかみ おさむ、1941年4月9日 - )は、日本… 三上 治(みかみ おさむ、1941年4月9日 - )は、日本の編集者・文筆家・評論家、元政治運動家。 本名・味岡修。三重県出身。 三重県四日市市生まれ。三重県立四日市高等学校卒業。1960年、中央大学法学部政治学科に入学し、安保闘争に参加。1962年、再建された社会主義学生同盟の全国委員長になる。1966年、中央大学中退、第二次ブントに加わり、全共闘運動やベトナム反戦闘争にも加わる。1969年、ブント内部の党派闘争で統一派として赤軍派と対立する。 1969年4月28日の沖縄闘争で指名手配され、9月に逮捕。1970年、いったん保釈されるが、保釈取り消しで東京拘置所に入所。この間、神津陽と共に共産主義者同盟叛旗派をつくり、同派のリーダーとなる。