牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、… 牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、日本の中国文学者・中国語学者。早稲田大学名誉教授。大阪市生まれ。大阪外国語大学卒、東京都立大学大学院修士課程修了、早稲田大学語学教育研究所教授、2008年定年、早稲田大学名誉教授。1990年代にNHKラジオ中国語講座の講師を担当。
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牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、… 牧田 英二(まきた えいじ、1937年1月24日 - )は、日本の中国文学者・中国語学者。早稲田大学名誉教授。大阪市生まれ。大阪外国語大学卒、東京都立大学大学院修士課程修了、早稲田大学語学教育研究所教授、2008年定年、早稲田大学名誉教授。1990年代にNHKラジオ中国語講座の講師を担当。
杉本 達夫(すぎもと たつお、1937年(昭和12年)1月1… 杉本 達夫(すぎもと たつお、1937年(昭和12年)1月17日 - )は、日本の中国文学者、早稲田大学名誉教授。老舎を中心に、近現代中国文学を翻訳紹介した。 1937年、京都府与謝郡生まれ。1959年、大阪外国語大学中国語科を卒業。卒業後は東京都立大学大学院人文科学研究科に進む。1962年、東京都立大学大学院博士課程を中退し、同助手に採用された。1971年、早稲田大学文学部専任講師となった。1975年に助教授、1980年に教授。1992年から1994年には、第二文学部長をつとめた。2006年に早稲田大学を退職、名誉教授となった。
高島 俊男(たかしま としお、1937年〈昭和12年〉1月1… 高島 俊男(たかしま としお、1937年〈昭和12年〉1月16日 - 2021年〈令和3年〉4月5日)は、日本の中国文学者、エッセイスト。兵庫県相生市出身。 東京大学経済学部を卒業後、銀行に5年勤めたが、大学院人文科学研究科中国文学科に入り、前野直彬らの指導の下で学んだ。文革後の中国文学、唐詩、「水滸伝」などの研究が中心。 岡山大学助教授を務めていたが、1989年に辞職。以降は在野の研究者だが、1994年-1997年には愛知大学で非常勤講師として中国近現代文学を講義している。 1991年、『水滸伝』を論じた『水滸伝と日本人 江戸から昭和まで』で第5回大衆文学研究賞受賞。1995年、『本が好き、悪口言うのはもっと好き』で第11回講談社エッセイ賞。
中村 健二(なかむら けんじ、1937年1月8日 - )は、… 中村 健二(なかむら けんじ、1937年1月8日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 朝鮮京城府生まれ。岐阜市立高校卒、1961年東大文学部英文科卒、同修士課程修了。大阪大学教養部助教授、1972年東大教養学部助教授、1982年教授、1997年定年退官、名誉教授、東洋大学教授。2007年退職。
倉持 晴美(くらもち はるみ、1937年1月7日 - )は、… 倉持 晴美(くらもち はるみ、1937年1月7日 - )は、日本の英文学者、共立女子大学名誉教授。 東京教育大学英文科卒、1967年東京都立大学大学院人文科学研究科英文学専攻博士課程を満期退学。東京成徳短期大学講師、助教授、教授、1990年共立女子大学教授。2007年定年、名誉教授。18 - 19世紀の英国小説、特に女性作家が専門。夫は英文学者の倉持三郎。
渡邊 洋(わたなべ ひろし、1937年1月2日- )は、日本… 渡邊 洋(わたなべ ひろし、1937年1月2日- )は、日本のフランス文学者・比較文学者。富山大学名誉教授。 仙台市生まれ。1965年東北大学文学部仏文科卒。67年同大学院修士課程修了、東北大学文学部助手、1968年岩手大学教養部講師、71年助教授、77年人文社会科学部教授、1987年富山大学人文学部教授。2001年定年退官、名誉教授。
柿沼 孝子(かきぬま たかこ、1937年 - )は日本の文学… 柿沼 孝子(かきぬま たかこ、1937年 - )は日本の文学者。立正大学名誉教授。専門は米文学、意味論。 東京女子大学英米文学科を卒業後、法政大学大学院英文学専攻修士課程を修了する。後に立正大学経済学部教授となる。専門の米文学ではマーク・トウェインを主に研究した。2007年に立正大学を定年退任し名誉教授となる。
村上 春樹(むらかみ はるき、1937年 - )は、日本の国… 村上 春樹(むらかみ はるき、1937年 - )は、日本の国文学者。『将門記』の研究で知られる。 早稲田大学教育学部国語国文学科国語学専攻卒業。横浜市立戸塚高等学校国語科教諭、横浜市立桜丘高等学校副校長を経て定年退職。横浜市立図書館嘱託となり、任期終了後は各地の文化講座などで講師を務める。元千葉県立関宿城博物館客員研究員。東洋史家宮澤正順とは、戸塚高校在職時の同僚。神奈川県在住。 『ノルウェイの森』などで知られる作家の村上春樹とは同姓同名で出身大学も同じであることから、混同されることがある。
上村 和也(かみむら かずや、1937年(昭和12年)-)は… 上村 和也(かみむら かずや、1937年(昭和12年)-)は、日本の比較文学者・英文学者。外国人による日本文化論を研究・翻訳。鹿児島大学名誉教授、湘潭大学名誉教授、佐賀大学元教授。 鹿児島県出身(生まれは満洲国の奉天)。言語学者上村孝二鹿児島大学名誉教授の長男。父・孝二の鹿児島県師範学校赴任にともない4歳で鹿児島市へ移る。鹿児島県立甲南高等学校、九州大学卒業。1961年(昭和36年)九州大学大学院文学研究科修士課程修了。鹿児島県立短期大学助教授を経て、鹿児島大学教授となり1996年(平成8年)度まで比較文学と英文学を教えた。鹿児島大学退官後は佐賀大学文化教育学部教授も務めた。 訳書にパーシヴァル・ローエル『神々への道』(平岡厚と共訳)、サー・フィリップ・シドニー『アストロフェルとステラ 付 サーティン・ソネッツ』(大塚定徳ほか共訳)があるほか、クルト・ジンガー(英語版)の翻訳も学術誌で発表。
伊藤光彦(いとう てるひこ、1937年 - )は、日本のドイ… 伊藤光彦(いとう てるひこ、1937年 - )は、日本のドイツ文学者。元毎日新聞社ヨーロッパ総局長、和光大学名誉教授。 長野県生まれ。京都大学文学部独文科卒。毎日新聞社ドイツ特派員、欧州総局長。 1982年『ドイツとの対話』で日本エッセイストクラブ賞受賞。 1992年福井県立大学教授、2000年和光大学表現学部教授。2008年退職。
藤澤 全(ふじさわ まとし、1937年 - )は、日本の国文… 藤澤 全(ふじさわ まとし、1937年 - )は、日本の国文学者。博士(国際関係)。専門は日本近現代文学・比較文学。 北海道生まれ。都留短期大学(現都留文科大学)卒業後、小学校教員を務める。1962年日本大学通信教育部文理学部国文専攻卒業、ミシガン大学留学をへて日大文理学部助教授、1985年日本大学短期大学部教授、1997年日本大学国際関係学部教授、2000年同国際関係研究科教授、2007年1月日本大学を定年退職。 2001年11月、博士論文『井上靖の創作活動における西洋受容の諸相』によって日本大学より博士(国際関係)を授与される。
吉田 幸子(よしだ さちこ、1937年- )は、英文学者、奈… 吉田 幸子(よしだ さちこ、1937年- )は、英文学者、奈良女子大学名誉教授。 1961年奈良女子大学文学部英文科卒、1966年京都大学大学院文学研究科修士課程修了。武庫川女子大学講師、助教授、奈良女子大学文学部講師、助教授、教授、2000年定年退官、名誉教授、平安女学院大学教授、2004年広島女学院大学文学部特任教授。
野坂幸弘(のさか ゆきひろ、1937年 - )は、日本の文学… 野坂幸弘(のさか ゆきひろ、1937年 - )は、日本の文学者。岩手大学名誉教授。北海道小樽市生まれ。 日本の近代・現代文学で、特に伊藤整の文学論についてを研究 『北海学園大学人文論集第38巻』(北海学園大学人文学会、2008年)
篠原 義近(しのはら よしちか、1937年 - )は、日本の… 篠原 義近(しのはら よしちか、1937年 - )は、日本のフランス文学者。神戸市生まれ。1961年、早稲田大学フランス文学科卒。読売新聞社勤務。
松代 洋一(まつしろ よういち、1937年 - )は、日本の… 松代 洋一(まつしろ よういち、1937年 - )は、日本のドイツ文学者、翻訳家。帝京大学名誉教授。 ドイツ文学研究者として、児童文学の翻訳のほか、ユング心理学関係の本の翻訳を手掛けた。 1937年生まれ。早稲田大学文学部独文科を卒業。卒業後は、中央公論社に入社。帝京大学教授。2008年に帝京大学を定年退任し、名誉教授となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
市川 宏(いちかわ ひろし、1937年〈昭和12年〉 - 2… 市川 宏(いちかわ ひろし、1937年〈昭和12年〉 - 2014年〈平成26年〉6月12日)は、日本の中国文学者、法政大学名誉教授。 群馬県桐生市生まれ。1960年東京都立大学人文学部卒業。同大学院修士課程修了、法政大学第一教養部助教授、教授、2003年定年、名誉教授。古代から現代までの中国文学を翻訳紹介した。 2014年6月12日午前4時21分、尿管癌のため埼玉県新座市の自宅で76歳で死去した。
粕谷 宏紀(かすや ひろき、1936年12月30日 - 20… 粕谷 宏紀(かすや ひろき、1936年12月30日 - 2011年8月19日)は、日本の近世国文学者。専門は狂歌。 東京生まれ。1960年日本大学文理学部国文科卒、1963年同大学院文学研究科修士課程修了。日大教育制度研究所研究員、1970年高知大学教育学部助教授、教授、1983年日本大学文理学部教授。1986年『石川雅望研究』で角川源義賞、1989年同書で日大文学博士。2007年定年退職。 日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員(ジュリア・カールスン・ローゼンブラットほか『シャーロック・ホームズとお食事を』、野呂有子と監修・監訳、東京堂出版 2006)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
山口 知三(やまぐち ともぞう、1936年12月17日- 2… 山口 知三(やまぐち ともぞう、1936年12月17日- 2021年12月7日)は、ドイツ文学者、京都大学文学部名誉教授。 鹿児島に生まれる。京都大学文学部独文科卒、同志社大学助教授、1979年京都大学文学部独文科助教授、1990年主任教授、2000年定年退官。 1989年共著『ナチス通りの出版社』で日本出版学会賞。1994年「ドイツを追われた人びと 反ナチス亡命者の系譜」で文学博士。 トーマス・マンを研究、翻訳していたが、のち現代ドイツ史に移行。最後の著書『三つの国の物語 トーマス・マンと日本人』においては、「一九二〇年代から三〇年代にかけての日本におけるトーマス・マン受容を手がかりにして、日本のドイツ文学研究にたいするきびしい批判が展開された」。
脇 功(わき いさお、1936年12月11日 - 2017年… 脇 功(わき いさお、1936年12月11日 - 2017年12月18日)は、イタリア文学者、プール学院大学名誉教授。 愛媛県出身。1964年京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1968年から1970年までイタリア政府給費留学生としてローマ大学文学部に留学。1980年代半ばよりプール学院大学教授、退任し名誉教授。 2001年に、ルドヴィーコ・アリオスト『狂えるオルランド』により、第38回日本翻訳文化賞と第11回ピーコ・デッラ・ミランドラ賞を受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
木下 豊房(きのした とよふさ、1936年12月10日 - … 木下 豊房(きのした とよふさ、1936年12月10日 - 2025年2月26日)は、日本のロシア文学者、比較文学者。千葉大学名誉教授。ドストエーフスキイの会前代表。国際ドストエフスキー学会(IDS)元副会長。 長崎市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程(露文専攻)修了。千葉大学教養部教授、文学部教授を経て2002年定年退官、名誉教授。ドストエフスキー、および日本におけるドストエフスキー受容に関して研究。2000年8月、千葉大学国際ドストエフスキー研究集会「ドストエフスキーの眼で見た21世紀人類の将来」を主宰。 亀山郁夫の新訳『カラマーゾフの兄弟』について誤訳が多いことの指摘の他に、亀山著のドストエフスキー論に見られる作家像の恣意的な解釈、歪曲について批判している。
喜多尾 道冬(きたお みちふゆ、1936年12月1日 - )… 喜多尾 道冬(きたお みちふゆ、1936年12月1日 - )は、日本のドイツ文学者、音楽評論家。中央大学名誉教授。 和歌山県出身。1955年、静岡県立静岡高等学校卒業。静岡大学文理学部独文科卒業。1962年、東京大学大学院修士課程修了。静岡大学講師、助教授、東京教育大学助教授、中央大学経済学部助教授、教授。2007年、定年退職。中央大学名誉教授。1990年ごろから『レコード芸術』などに音楽評論を執筆。クラシック音楽関係の翻訳多数。
高橋 治男(たかはし はるお、1936年11月25日 - )… 高橋 治男(たかはし はるお、1936年11月25日 - )はフランス文学者。中央大学名誉教授。 1936年、千葉県四街道市で生まれた。千葉県女子師範学校附属幼稚園卒園後、戦争の影響で千葉市立富士見小学校、四街道町立富士見小学校、千葉大学教育学部附属第二小学校と小学校を転々とした。千葉大学教育学部附属第二中学校を卒業し、千葉県立千葉第一高等学校に進んだ。中学時代に三銃士などのアレクサンドル・デュマの小説に夢中になり、高校時代には「天井桟敷の人々」などフランス映画から多大の影響を受けた。高校卒業後は学習院大学文学部仏文学科へ進学。大学院は東京都立大学大学院仏語仏文学専攻に進み、修士課程を修了。 1969年4月、中央大学法学部専任講師となった。
有村 隆広(ありむら たかひろ、1936年10月27日 - … 有村 隆広(ありむら たかひろ、1936年10月27日 - )は、ドイツ文学者、翻訳家。九州大学名誉教授である。 1936年、鹿児島県で生まれた。九州大学文学部独文科で学び、1961年に卒業。同大学大学院に進み、1964年に修士課程を修了。 その後、山口大学助手に採用された。1966年に同大学教養部講師となり、学部再編に伴い1967年より文理学部講師。1969年、九州大学教養部助教授に転じた。1986年に同大教授昇格。1988年からは同大言語文化部教授。2000年に九州大学を退官し、名誉教授となった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
興膳 宏(こうぜん ひろし、1936年10月25日 - )は… 興膳 宏(こうぜん ひろし、1936年10月25日 - )は、日本の中国文学者。京都大学名誉教授、日本学士院会員。
照屋 佳男(てるや よしお、1936年(昭和11年)10月2… 照屋 佳男(てるや よしお、1936年(昭和11年)10月22日 - )は、日本の英文学者。早稲田大学名誉教授。沖縄県中頭郡北谷村(現北谷町)生まれ。1956年普天間高等学校卒業。1962年早稲田大学第一文学部英文学専修卒業。1967年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学、早稲田高等学院教諭。1973年早稲田大学社会科学部専任講師、1975年同助教授、1980年同教授。2007年に定年退職、名誉教授。
宮下 啓三(みやした けいぞう、1936年9月20日 - 2… 宮下 啓三(みやした けいぞう、1936年9月20日 - 2012年5月6日)は、日本の文学者(ドイツ文学者)、慶應義塾大学名誉教授。 東京府出身。父は宮下正美。兄の宮下展夫は演劇評論家で『朝日ジャーナル』編集長。 幼稚舎から慶應義塾普通部を中退し湘南学園中学校に転校、同高等学校から慶應義塾高校編入を経て1959年慶應義塾大学独文科卒、1965年同大学院博士課程単位取得満期退学。1977年「18世紀ドイツ戯曲史とブランクヴァース」で慶應義塾大学より文学博士を賜る。 後に慶應義塾大学文学部助教授、教授を歴任し、2001年定年退任、2007年まで帝京大学教授。1978年日本観光文化奨励賞受賞。 専門はドイツ演劇、スイス文化史。
遠藤 宏(えんどう ひろし、1936年8月31日 - )は、… 遠藤 宏(えんどう ひろし、1936年8月31日 - )は、日本の国文学者。成蹊大学名誉教授。東京女子大学短期大学部助教授、成蹊大学文学部助教授・教授を歴任。2019年瑞宝中綬章受章。東京都生まれ。 上代文学、特に万葉集が専門。また、近世国学者安藤野雁に関する研究も行っている。
長友 千代治(ながとも ちよじ、1936年8月25日 - )… 長友 千代治(ながとも ちよじ、1936年8月25日 - )は、日本の国文学者・書誌学者。文学博士(大阪市立大学・論文博士・1989年)(学位論文「近世貸本屋の研究」)。元佛教大学文学部人文学科教授。専門は日本近世文学、特に貸本屋に関する研究。 宮崎県宮崎市生まれ。1960年に佐賀大学文理学部国文学専攻を卒業。1970年に大阪市立大学大学院文学研究科国語国文学博士課程満期退学。 1963年5月から1970年10月まで大阪府立図書館司書。1970年11月から1977年3月まで愛知県立大学兼愛知県立女子短期大学専任講師。1977年4月から1984年3月まで同大学助教授。1984年4月から1990年3月まで同大学教授。
北澤 滋久(きたざわ しげひさ、1936年8月7日 - 20… 北澤 滋久(きたざわ しげひさ、1936年8月7日 - 2014年6月3日 )は、日本の英文学者。獨協大学名誉教授。 東京都出身。1959年、早稲田大学第一文学部英文科卒業。1961年同大学院文学研究科英文学修士課程修了。1967年より2007年まで獨協大学に勤務。 <漂白の意識の表白:あるジェイムズ・ジョイス論・イギリス紀行:やぶにらみ異文化論・小論集:ポオと定家とワイルドと・ポオのこと、ロレンスのこと・ふたつの太陽・てんとうむしの神話等。> <ジャコモ・ジョイス:自虐的愛の悦楽> この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長尾 高明(ながお たかあき、1936年8月6日 - 200… 長尾 高明(ながお たかあき、1936年8月6日 - 2008年2月26日)は、日本の国文学者・国語教育学者。 東京出身。東京教育大学文学部卒業。宇都宮大学教育学部助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授、文教大学教授。
天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 -… 天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 - )は、日本の詩人、仏文学者、児童文学作家、翻訳家。宮沢賢治研究者。東京大学文学部仏文科卒業。明治学院大学文学部フランス文学科名誉教授。
伊藤 宏見(いとう ひろみ、1936年7月31日 - 201… 伊藤 宏見(いとう ひろみ、1936年7月31日 - 2019年2月9日)は、日本の英文学者、詩人、歌人、劇作家、比較文化学者、東洋大学名誉教授。 横浜市生れ。1963年早稲田大学第一文学部英文学科卒業、65年同大学院修士課程修了。東京農業大学講師、助教授、東洋大学教授、2007年定年退任、名誉教授。日本歌人クラブ中央幹事。良寛会会長。沙羅短歌会主宰会長。W・B・イェイツ研究が専門。
三浦 敏明(みうら としあき、1936年7月28日 - 20… 三浦 敏明(みうら としあき、1936年7月28日 - 2019年2月13日)は、日本の英文学者・英語学者・歌人。東洋大学名誉教授。 父の任地東京府(現・稲城市)生まれ。徳島県阿波市出身。1961年東洋大学文学部英米文学科卒業。67年同大学院文学研究科博士課程修了。東洋大学工学部助教授、教授、文学部教授。2007年定年退任、名誉教授。R・L・スティーヴンスンの研究、日本文体論学会、日本英語学会、国際異文化学会。湖笛会会員。
武久 堅(たけひさ つよし、1936年(昭和11年)7月27… 武久 堅(たけひさ つよし、1936年(昭和11年)7月27日 - )は、国文学者、関西学院大学名誉教授。 1936年、兵庫県武庫郡(現・芦屋市)で生まれた。1944年に強制疎開で奈良県へ転居。奈良県立五條高等学校を卒業し、関西学院大学文学部日本文学科に進学した。1960年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、1965年に博士課程を満期退学。 1962年、関西学院大学助手に採用された。1967年、広島女学院大学専任講師に就いた。1972年に助教授、1981年に教授昇格。1986年、関西学院大学文学部日本文学科教授に転じた。1990年、学位論文『平家物語成立過程考』を関西学院大学に提出して文学博士号を取得。
藤田 栄一(藤田 榮一、ふじた えいいち、1936年7月18… 藤田 栄一(藤田 榮一、ふじた えいいち、1936年7月18日 - )は、日本の英文学者、ビジネス英語教育者。 大阪府大阪市出身。1959年大阪府立大学経済学部卒、藤田鉄工所入社。1963年早川電機工業(シャープ)貿易部入社、大阪市立大学文学部英文科卒。1965年神戸大学大学院修士課程修了。1969年関西外国語大学専任講師となる。1972年助教授。1990年神戸女学院大学短期大学教授、神戸学院大学教授。専攻分野、英米文学(特にヘンリー・ジェイムズ)、英米文化、国際ビジネス、国際交渉・説得、国際普及学。
広田 正敏(ひろた まさとし、1936年7月12日 - 20… 広田 正敏(ひろた まさとし、1936年7月12日 - 2016年3月12日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 兵庫県生まれ。1959年京都大学文学部仏文科卒。1963年同大学院博士課程中退。鹿児島大学教養部助教授。1969年9月京都産業大学助教授。1982年静岡大学人文学部助教授、教授、神戸大学国際文化学部教授。2000年定年退官、名誉教授。 叙正五位、瑞宝小綬章追贈。
小町谷 照彦(こまちや てるひこ、1936年6月22日 - … 小町谷 照彦(こまちや てるひこ、1936年6月22日 - 2014年10月31日)は、日本の国文学者。東京学芸大学名誉教授。中古文学、特に和歌を専攻。叙従四位、瑞宝中綬章受章。 長野県駒ヶ根市生まれ。東京大学文学部国文学科卒業、同大学院博士課程単位取得退学。東京都立高等学校教諭を経て、成城大学短期大学助教授、東京学芸大学教授、2000年定年退官。東京経済大学教授。2014年、胃癌で死去。叙従四位、瑞宝中綬章受章。 妻・新子(1936-)は、瀧井孝作の娘で版画家、著書に『一生の春 父・瀧井孝作』(蝸牛社 1990)などがある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
青木 日出夫(あおき ひでお、1936年6月10日 - 20… 青木 日出夫(あおき ひでお、1936年6月10日 - 2006年8月3日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、風俗史研究家。 京都府生まれ。早稲田大学大学院英米文学研究科修了。学生時代から神田神保町でペーパーバックを買いあさり、勇名を馳せた。同じように神田神保町でペーパーバックを買いあさった仲間に早稲田大学の同級生でもある小鷹信光がおり、1962年からはその小鷹や片岡義男とともに雑誌『マンハント』でペーパーバックを紹介する「ポケットの中の本棚」を担当した。また、常盤新平と知り合い、ハヤカワミステリやハヤカワノヴェルズへの企画を担当した。なお、小鷹によれば、リチャード・スタークの悪党パーカー・シリーズは「私が当時の仲間(片岡義男、青木日出夫)たちと一緒に売り込んだ」ものという。
戸張 規子(とばり のりこ、1936年6月7日 - 2020… 戸張 規子(とばり のりこ、1936年6月7日 - 2020年4月3日)は、日本のフランス文学者。慶應義塾大学理工学部教授を経て、慶應義塾大学名誉教授。専門はジャン・ラシーヌ、フランス古典劇。夫は戸張智雄。 東京都出身。1959年、学習院大学文学部フランス文学科卒業、1961年同大学院人文学研究科フランス文学専攻修士課程修了。1969年仏蘭西政府派遣スタジエール、1973年フランス政府派遣プロヴァンス大学派遣。1969年、共立女子大学文芸学部専任講師、1973年、同大学助教授。1979年、パリ第3大学言語音声学研究所。1982年、慶應義塾大学理工学部助教授、1988年、同大学教授。2002年、定年退職、名誉教授。
市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 20… 市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 2019年1月6日)は、フランス文学者、日欧交渉史研究者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程修了。1966-1970年フランスのモンペリエ大学に留学。早稲田大学文学部教授。2002年に定年後は、学習院女子大学非常勤講師。慶應義塾大学特別招聘教授、マドリッド・アウトノマ大学客員教授を歴任。2016年春、瑞宝中綬章受勲。2019年1月6日、肺炎のため死去。82歳没。叙従五位。 百科全書・18世紀啓蒙思想を中心とするフランス思想・文学および比較文化専攻。
別府 恵子(べっぷ けいこ、1936年6月3日 - )は、日… 別府 恵子(べっぷ けいこ、1936年6月3日 - )は、日本のアメリカ文学者、神戸女学院大学・松山東雲女子大学名誉教授。 大阪府豊中市生まれ。神戸女学院高等部卒、神戸女学院大学文学部英文学科卒業、ミシガン大学大学院で文学修士、教育学博士号取得。1970年神戸女学院大学英文学科専任講師。留学のため3年ほど休職。1974年助教授、1982年教授、1999年定年退任、名誉教授、松山東雲女子大学学長。2007年退任、名誉教授。2015年春、瑞宝中綬章受勲。
菅谷 規矩雄(すがや きくお、1936年5月9日 - 198… 菅谷 規矩雄(すがや きくお、1936年5月9日 - 1989年12月30日)は、日本の詩人、ドイツ文学者。 東京府出身。1959年東京教育大学独文科卒、東京大学独文科に学士入学し、62年卒業、64年同大学院修士課程修了、神戸大学助手、66年10月名古屋大学講師。天沢退二郎らと詩誌『暴走』、『凶区』に拠り、詩や評論を発表。69年10月東京都立大学 (1949-2011)助教授となるが大学紛争で71年6月懲戒免職。日本語のリズム、韻律について理論的に考察した『詩的リズム』など、詩論において大きな功績を残した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
所 京子(ところ きょうこ、1936年5月6日 - )は、日… 所 京子(ところ きょうこ、1936年5月6日 - )は、日本の国文学者、岐阜聖徳学園大学名誉教授。 福島県生まれ。旧姓・菊池。夫は所功。1960年京都女子大学文学部東洋史学科(日本史専攻)卒業。1968年同大学院文学研究科修士課程修了。1980年聖徳学園女子短期大学専任講師(国文学)。1984年助教授。1989年教授。1996年聖徳学園岐阜教育大学(現・岐阜聖徳学園大学)外国語学部日本語学科教授。2002年退任、名誉教授となる。 1992年「斎王和歌文学の史的研究」で博士(文学)(愛知学院大学)。
蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年〈昭和11年)4月2… 蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年〈昭和11年)4月29日 - )は、日本の文芸評論家・映画評論家・フランス文学者・小説家。 専門はフローベール研究だが、ロラン・バルトやミシェル・フーコーなどフランス現代思想が1970年代から日本へ紹介される際に中心的役割を果たす1人となったほか、近現代文学・映画評論の分野でも数多くの批評を手がけている。 1980年代以降は各国の映画製作者とも幅広く交流し、小津安二郎など日本映画の世界的再評価に大きく貢献した。東京大学教養学部教授(表象文化論)、第26代東京大学総長(1997年-2001年)を歴任。東京大学名誉教授。 蓮實は、雪舟などの研究で知られた日本美術史家・蓮實重康の息子として、1936年に東京で生まれた。
海老根 宏(えびね ひろし、1936年4月19日 - 202… 海老根 宏(えびね ひろし、1936年4月19日 - 2025年8月7日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 19世紀英国小説を専門とし、トマス・ハーディなどを研究、またノースロップ・フライの理論の紹介にも努めた。 都立日比谷高校卒業、1959年東京大学教養学部教養学科イギリス分科卒業。1962年、東京大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程修了、大阪大学教養部講師、1967年助教授、1966年シカゴ大学修士課程修了、1969年東京大学教養学部助教授、1979年東京大学文学部助教授、1988年教授、1996年定年退官、東洋大学教授。1992年から1996年まで日本英文学会会長。ほかに、日本ブロンテ協会会長、日本ジョージ・エリオット協会会長などを歴任。
河村 錠一郎(かわむら じょういちろう、1936年〈昭和11… 河村 錠一郎(かわむら じょういちろう、1936年〈昭和11年〉4月19日 - 2025年〈令和7年〉9月19日)は、日本の美術評論家、英文学者、比較芸術学者、翻訳家。一橋大学名誉教授。専門はイギリス美術史、特にラファエル前派。 東京市浅草区生まれ。1960年(昭和35年)東京大学文学部英文科卒、1965年(昭和40年)同大学院博士課程中退、一橋大学経済学部講師。1969年(昭和44年)助教授、のち教授。1996年(平成8年)言語社会研究科教授、2000年(平成12年)定年退官、名誉教授。帝京大学教授。のち客員教授。2015年(平成27年)11月の秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章する。 門下に加藤光也(元旧・東京都立大学教授)。
古屋 健三(ふるや けんぞう、1936年4月8日 - )は、… 古屋 健三(ふるや けんぞう、1936年4月8日 - )は、日本のフランス文学者、文芸評論家、作家、慶應義塾大学名誉教授。 東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。フランス・グルノーブル大学に留学、博士号取得。慶大文学部助教授を経て教授、2002年に定年退職し名誉教授。 文芸評論家としても、主として内向の世代の作家を論じ、「三田文学」編集長も務めた。60歳になるまで著書を出さない方針だったが、それ以後は旺盛な執筆活動に入り、小説も著した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
井出 弘之(いで ひろゆき、1936年〈昭和11年〉3月27… 井出 弘之(いで ひろゆき、1936年〈昭和11年〉3月27日 - 2015年〈平成27年〉11月24日)は岡山県出身の英文学者、東京都立大学名誉教授。 岡山県勝山町(現・真庭市)生まれ、小倉で少年期を過ごす。1948年に自作の詩が川端康成の選で『赤とんぼ』に掲載される。東京大学文学部英文科卒、1963年同大学大学院博士課程中退、金沢大学教養部助手、講師、1968年明治大学助教授、東京都立大学人文学部助教授、同教授。1999年定年退職、名誉教授、中央大学人文科学研究所客員研究員。イギリス近代文学および現代文学を専門としており、ウィリアム・ゴールディングやトマス・ハーディなどを訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山本 和義(やまもと かずよし、1936年3月22日 - 2… 山本 和義(やまもと かずよし、1936年3月22日 - 2023年4月21日)は、日本の漢文学者。南山大学名誉教授。 1936年、岐阜県大垣市で生まれた。京都大学文学部中国文学科で学び、同大学大学院に進んだ。博士課程を単位取得後満期退学した。 1974年に南山大学文学部助教授に就いた。1980年に教授昇格。学内では、1988年から1994年まで図書館長、1996年から2000年まで文学部学部長を務めた。2001年に南山大学を定年退任し、名誉教授となった。 2023年4月21日に死去。87歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
花本 金吾(はなもと きんご、1936年3月21日 - )は… 花本 金吾(はなもと きんご、1936年3月21日 - )は、日本のアメリカ文学者。早稲田大学名誉教授。 島根県生まれ。島根県立浜田高等学校卒、早稲田大学文学部英文科卒、1965年同大学院文学研究科博士課程満期退学、立正女子大学短期大学部専任講師、1969年助教授、1974年早大法学部助教授、教授。2005年定年、名誉教授。2015年11月瑞宝中綬章受章。