菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物… 菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物理学の研究者である。工学博士(東京大学)。大阪大学名誉教授。専門は放射光、高エネルギー分光、光電子分光、ナノ磁性。35年間にわたり日独の国際共同研究を推進した。岡山県岡山市出身。
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菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物… 菅 滋正(すが しげまさ、1945年 - )は、日本の固体物理学の研究者である。工学博士(東京大学)。大阪大学名誉教授。専門は放射光、高エネルギー分光、光電子分光、ナノ磁性。35年間にわたり日独の国際共同研究を推進した。岡山県岡山市出身。
吉田 總一郎(Soichiro "Sol" Yoshida、… 吉田 總一郎(Soichiro "Sol" Yoshida、1945年 - 2026年2月24日)は、日本の実業家、経済学者、環境学研究者、ディーゼル燃料・ディーゼルエンジン研究者。長野県長野市生まれ。 現在、長野、東京をベースに、環境、CSR、代替エネルギー、動植物性脂肪酸(油脂)分野の研究及びビジネス・アプリケーション、コンサルティング、講演、執筆活動を国際的に展開している。
土方 苑子(ひじかた そのこ、1945年 - 2017年10… 土方 苑子(ひじかた そのこ、1945年 - 2017年10月29日)は、東京大学名誉教授・日本教育史研究者、父は元住友化学社長・元経団連副会長の土方武(1915年 - 2008年)、夫は一橋大学名誉教授・西洋経済史家の藤田幸一郎。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
渡辺 憲司(わたなべ けんじ、1944年12月15日 - )… 渡辺 憲司(わたなべ けんじ、1944年12月15日 - )は、日本の近世文学研究者。立教大学名誉教授。元立教新座中学校・高等学校校長、元自由学園最高学部学部長。専門は近世文学・大名文芸圏・遊里史など。前田愛に師事した。 北海道函館市生まれ。1963年、北海道函館中部高等学校卒業。1964年立教大学法学部に入学するも、1966年に同大学文学部日本文学科へ転籍。1968年、立教大学文学部日本文学科卒業。1971年立教大学大学院文学研究科日本文学専攻修士課程修了。1976年立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程単位取得退学。 横浜市立横浜商業高等学校定時制教諭(1970年4月 - 1972年3月)、武蔵高等学校教諭(1972年4月 - 1978年3月)を経て、1978年4月梅光女学院大学短期大学部専任講師。
下嶋 浩(しもじま ひろし、1944年(昭和19年)10月6… 下嶋 浩(しもじま ひろし、1944年(昭和19年)10月6日 - 1999年(平成11年)8月15日)は、機械工学、ロボット工学を専門とする日本の研究者、登山家。東京工業大学工学博士。ロボット国際標準規格に関するISO国際会議日本代表として活躍。ランニング登山の国際的第一人者としても有名で、「下嶋渓」の名で著書もある。東京工業大学教授在職中の1999年、マッターホルンの登山中に滑落事故で死去。 1944年生まれ、神奈川県出身。高校生の頃から登山を始め、カメラいじりも得意であった。東京工業大学工学部機械工学科を卒業。同期生に林巌、吉澤善男がいた。 東京工業大学大学院修士課程、博士課程を通じて、小川潔教授の元で研究を行う。
片平 洌彦(かたひら きよひこ、1944年9月17日 - 2… 片平 洌彦(かたひら きよひこ、1944年9月17日 - 2024年8月18日[要出典])は、日本神奈川県足柄上郡共和村生まれの研究者。保健学博士(東京大学)。 子供時代は病気がちだったが、勉学に勤しみ東京大学医学部に進学。当時は東大紛争の真っ只中。暴力の嵐の中にあって常に対話を重んじ平和的な姿勢を貫いた。体力に自信がないため医者の道ではなく人々の健康を守る保健学研究者の道を選んだという。 大学院時代から厚生省調査研究班の一員となりスモン病の被害者調査に参加し、その研究をまとめた論文で博士号を取得。この被害者の立場にたった調査・研究が原点となり、生涯をかけて薬害研究を行った。 東京医科歯科大学難治疾患研究所臨床薬理学研究室の佐久間昭教授のもとで助手、のちに助教授となった。
橋詰 静子(はしづめ しずこ、1944年9月 - 2024年… 橋詰 静子(はしづめ しずこ、1944年9月 - 2024年12月6日)は、日本近代文学研究者、目白大学社会学部社会情報学科名誉教授。 静岡県生まれ。早稲田大学卒、同大学院修士課程修了、日本女子大学大学院博士後期課程中退。早大非常勤講師、目白大学社会学部社会情報学科教授を歴任。 主として北村透谷を研究しているが、1976年、勝本清一郎編『透谷全集』に疑義を呈した論文が三好行雄の批判を受け、三好と谷沢永一の論争の発端となった。
岩崎 文人(いわさき ふみと、1944年8月3日 - )は、… 岩崎 文人(いわさき ふみと、1944年8月3日 - )は、日本近代文学研究者、広島大学名誉教授。 岡山県哲西町(現・新見市)生まれ。1967年広島大学教育学部中学校教育科卒、69年同大学院文学研究科国文科修士課程修了。広島大学教育学部助教授、1993年教授(学校教育学)。1998-2002年広島大学附属三原幼稚園・小学校・中学校長併任、2001年広島大学教育学研究科教授。2008年定年退官、名誉教授。
渡辺 和子(わたなべ かずこ、1944年(昭和19年)7月2… 渡辺 和子(わたなべ かずこ、1944年(昭和19年)7月29日 - 2000年(平成12年)12月25日)は、日本のアメリカ文学研究者、女性学研究者。フェミニスト。元京都産業大学教授。 1944年山口県生まれ。1967年に山口大学文理学部卒業。1969年に大阪大学大学院修士課程修了。その後、1973年から1976年迄ニューヨーク市立大学クイーンズ校に留学。この間、1967年10月に結婚、長女と長男をもうけたが、1982年11月に離婚。 研究対象として、主にアメリカの女性作家や作品中の女性像を挙げ、女性学の視点を用いた研究を発表。
赤木 攻(あかぎ おさむ、1944年(昭和19年)7月28日… 赤木 攻(あかぎ おさむ、1944年(昭和19年)7月28日 - )は、日本の東南アジア地域研究者。大阪外国語大学名誉教授、大阪外国語大学第9代学長、前大阪観光大学学長、元泉佐野市教育委員長。元アース製薬社外取締役、専門は、タイ政治・社会論。 1944年、岡山県阿哲郡草間村(現・新見市足見姫原)に生まれる。岡山県新見市立井倉中学校、岡山県立高梁高等学校を経て、1967年に大阪外国語大学外国語学部タイ語学科(現・大阪大学外国語学部)を卒業後、タイ王国立チュラーロンコーン大学文学部に留学した。 1969年から大阪外国語大学に助手として奉職する。1975年タイのチュラーロンコーン大学、タムマサート大学で客員講師を勤め、1985年には、在タイ日本国大使館の専門調査員となった。
徳田 武(とくだ たけし、1944年〈昭和19年〉7月24日… 徳田 武(とくだ たけし、1944年〈昭和19年〉7月24日 - )は、日本の日本文学研究者。専門は近世漢詩。文学博士(早稲田大学・論文博士・1988年)。明治大学名誉教授。 群馬県前橋市生まれ。父は高崎経済大学学長を務めた徳田進。実弟に中世国文学の徳田和夫学習院女子大学名誉教授。 1967年早稲田大学第一文学部卒、1974年同大学大学院博士課程単位取得退学、同年明治大学法学部講師、1983年同教授。和泉委員会委員長など歴任。1979年窪田空穂賞受賞、1980年「『三七全伝南柯夢』論」ほかで日本古典文学会賞受賞、1987年『日本近世小説と中国小説』で日本学士院賞受賞。1988年、同書で早稲田大学より文学博士の学位を取得。
佐々木 涼子(ささき りょうこ、1944年7月8日 - )は… 佐々木 涼子(ささき りょうこ、1944年7月8日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、舞踊評論家。 東京女子大学名誉教授。専門はマルセル・プルースト、舞踊論。 石川県金沢市生まれ。作家・杉森久英の長女。子ども時代にバレエを習い始め、のち日本舞踊を修める。1967年東京大学仏文科卒、1970年同大学院修士課程修了、博士課程中退。77年には東京女子大学助教授、のち教授。 2007年まで数年間、NHK経営委員を務めた(任期満了で退任)。 2024年4月、瑞宝小綬章を受章
矢野道雄(やの みちお、1944年6月 - )は、日本の数学… 矢野道雄(やの みちお、1944年6月 - )は、日本の数学者、インド数学・インド占星術研究者、京都産業大学名誉教授。 京都府福知山市生まれ。1967年京都大学文学部印度哲学科卒、1972年同大学院梵語梵文学博士課程中退(専攻はインド学および科学史)、薮内清等に師事。主として古代インドを軸に、科学史から天文学・数学・占星術の進展研究・原典訳を行っている。 1973年京都産業大教養部講師、1977年助教授、1979年同・国際言語科学研究所助教授、1984年に教授、のち所長(第9代)。2000年に同文化学部教授に異動、2010年4月定年退任し特任教授。2015年4月に退職し名誉教授。 1996年「クーシュヤールの占星術書写本の校訂研究」で文学博士(京大)。
宇野 茂彦(うの しげひこ、1944年〈昭和19年〉5月20… 宇野 茂彦(うの しげひこ、1944年〈昭和19年〉5月20日 - )は、日本の中国学者・中国哲学研究者。中央大学名誉教授。斯文会理事長。 1944年5月20日、東京都にて宇野精一の長男として生まれた。東京大学文学部Ⅰ類中国哲学専修で学び、1969年に卒業。同大学大学院人文科学研究科に進み、1974年に博士課程を満期退学。 その後は、愛知教育大学で教鞭を執った。青山学院大学を経て、1984年に名古屋大学文学部助教授となり、中国哲学研究室を担当した。1989年に教授昇格。1994年に中央大学文学部教授となり、哲学専修を主に受け持った。2005年から2009年には文学部長を務めた。また、2005年4月から10月には中央大学杉並高等学校校長も務めた。
村上 勝三(むらかみ かつぞ、1944年4月23日 - )は… 村上 勝三(むらかみ かつぞ、1944年4月23日 - )は、日本の哲学研究者、東洋大学元研究科教授。文学博士。 1971年東京大学文学部哲学科卒、1979年同大学院博士課程満期退学。1981年山口大学講師、1983年助教授、1993年東洋大学教授。1991年「デカルト形而上学の成立」で東大文学博士。 1998年から1999年フランスのマルクブロック大学交換研究員、2011年7月から2016年3月まで東洋大学国際哲学研究センター長に就任。2014年に同大教授を退職。2015年に同大学大学院特任教授に就き、教鞭を取った。
松谷 浩尚(まつたに ひろなお、1944年〈昭和19年〉4月… 松谷 浩尚(まつたに ひろなお、1944年〈昭和19年〉4月13日 - 2020年〈令和2年〉11月22日、享年76歳)は、日本の外交官、トルコ研究者(専攻:トルコ近現代史)。 1944年三重県に生まれる。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院修士課程(政治学)修了、イスタンブール大学 Ph.D.(政治学博士号)取得。 1969年外務省入省。外務省経済協力局技術協力課課長補佐、東京大学非常勤講師、イスタンブール領事、東京大学非常勤講師、在ジェッダ日本国総領事館首席領事、などを歴任。2006年から2008年までイスタンブール総領事を務める。 現代トルコやトルコ語、トルコ系言語、トルコ社会論に関する著書を刊行している。
八木 幸二(やぎ こうじ、1944年4月12日 - )は、日… 八木 幸二(やぎ こうじ、1944年4月12日 - )は、日本の建築家、教育者、研究者。東京工業大学名誉教授、京都女子大学名誉教授、工学博士。 愛知県一宮市生まれ。1969年, 東京工業大学工学部建築学科卒業。1969年から1970年まで, 東京工業大学清家清研究室で大阪万博スイス館現場担当。1970年同大学助手。1971年から1974年にかけて、シリアの都市計画援助OTCA派遣。シリアの農村計画に従事。1975年から1976年まで、オーストラリアのクインズランド大学研究員。風土建築を研究。1980年オクラホマ大学客員助教授。1987年マサチューセッツ工科大学客員研究員、1987年東京工業大学助教授、1995年東京工業大学教授、2010年3月東京工業大学を定年退職、2010年9月-11月上海同済大学客座教授。
塩尻 和子(しおじり かずこ、1944年4月 - )は、日本… 塩尻 和子(しおじり かずこ、1944年4月 - )は、日本のイスラーム研究者。筑波大学名誉教授。 岡山市生まれ。1967年大阪外国語大学アラビア語学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学(宗教学)、ハーヴァード大学準研究員、日本大学文理学部非常勤講師、1999年筑波大学助教授を経て教授。1998年「アブドゥル・ジャッバールの倫理思想」で東大博士(文学)。2008年定年退職し特任教授。2009年から2010年まで、筑波大学理事・副学長を務める。2011年より、東京国際大学国際交流研究所所長。夫は元駐リビア大使、元中東調査会副理事長塩尻宏。 全体として親イスラーム的な論調で発言することが多く、とりわけ9.11以降強くなったイスラーム教徒への偏見や差別に対して、イスラームに対する誤解があるとしてイスラームの平和性や寛容性を強く訴えている。
鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )… 鈴村 和成(すずむら かずなり、1944年3月22日 - )は、日本の文学研究者、フランス文学者、文芸評論家、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。紀行作家、写真家、詩人としても活躍。 愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部仏文科卒。1972年、倉橋健一、清水昶、藤井貞和、佐々木幹郎、米村敏人とともに、詩誌「白鯨」を創刊。1991年、アルチュール・ランボー没後100年に、写真家の大島洋とともにランボー紀行を行ない、イエメンのアデン、エジプトのカイロ、キプロスのラルナカ等を歴訪。翌年、四谷三丁目のギャラリー「モール」で写真展「ランボーのスティーマー・ポイント」を開催。同年、同題の本を集英社から刊行。同年、渋谷パルコで粟津則雄、渋沢孝輔、島田雅彦、瀬尾育生とともに、シンポジウム「ランボー101年」を開催。
加々美 光行(かがみ みつゆき、1944年3月19日 - 2… 加々美 光行(かがみ みつゆき、1944年3月19日 - 2022年4月22日)は、日本の現代政治思想の研究者。愛知大学名誉教授。同大国際中国学研究センターフェロー。日本貿易振興会アジア経済研究所名誉研究員。中国南開大学歴史学院客員教授。霞山会顧問。元日中社会学会理事、元中国研究所理事、元日本現代中国学会理事。中国芸術院中国文化研究所「世界漢学」編集委員、南京大学「中国研究」編集委員。国家論から説き起こした文化大革命研究や民族問題研究で知られる。 大阪府布施市(現・東大阪市)生まれ、東京都杉並区育ち。 アジア経済研究所に在職時代の1972年から80年まで哲学者の市井三郎と共同で山梨県大月市朝日小沢で畑を開墾し農耕に従事する。
【スムリティ(聖伝)】 上村 勝彦(かみむら かつひこ、19… 【スムリティ(聖伝)】 上村 勝彦(かみむら かつひこ、1944年3月5日 - 2003年1月24日)は、日本の古代インド文学研究者、東京大学東洋文化研究所教授を務めた。文学博士。 東京都台東区の浅草寺支院に生まれる。サンスクリット文学、インド哲学・思想を研究し、もっとも難解な言語と評されるインド古典語サンスクリット語(梵語)による文学作品を非常に分かり易く、親しみやすい日本語で考察した著作は、高い評価を受けている。初の『マハーバーラタ』(全11巻予定)の原典全訳を行っていたが、8巻目の中途で急逝し未完となった。2005年5月に遺稿となった最終第8巻(追悼あとがきは師原實による)が刊行された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
沢井 耐三(さわい たいぞう、正式な表記は澤井 耐三、194… 沢井 耐三(さわい たいぞう、正式な表記は澤井 耐三、1944年1月25日 - )は、日本の文学研究者・国文学者。愛知大学名誉教授。息子に漫画家の澤井啓夫がいる。 福井県大野市生まれ。1966年金沢大学法文学部卒業。1973年東京大学大学院人文科学研究科国文学専攻博士課程満期退学。78年日本古典文学会賞受賞。73年愛知大学文学部講師、助教授、教授。2014年定年、名誉教授。
真木 太一(まき たいち、1944年1月 - )は、日本の農… 真木 太一(まき たいち、1944年1月 - )は、日本の農業気象学・農業工学の研究者。学位は、農学博士(東京大学)。九州大学名誉教授。日本学術会議会員、日本農業工学会長、日本農業気象学会長、日本沙漠学会長などを歴任。専門は、農業気象学・農業環境工学・農業工学。 愛媛県立西条高等学校を経て東京農工大学農学部で学び1966年に卒業。1966年九州大学大学院農学研究科修士課程に進学し農業気象学を専攻・修了。1968〜1983年農林省(農林水産省)農業技術研究所、1969〜1971年南極地域越冬隊員、1983年農林水産省農業環境技術研究所、1985年四国農業試験場、1988年熱帯農業研究センター、1993年農業研究センター、1995年農業環境技術研究所を経て、1999年愛媛大学教授、2001年九州大学教授、2007年定年退職、九州大学名誉教授、2007年琉球大学教授、2009年筑波大学客員教授、2013年(独)国際農林水産業研究センター 特定研究主査として現在に至っている。
犬飼 公之(いぬかい きみゆき、1944年1月 - )は、日… 犬飼 公之(いぬかい きみゆき、1944年1月 - )は、日本の日本文学研究者。専門は古代文学。宮城学院女子大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。1964年二松學舍大学文学部卒業、1966年國學院大學大学院文学研究科修士課程修了、1972年國學院大學大学院文学研究科博士課程中退。1977年、宮城学院女子大学・女子短期大学講師、1978年同助教授、1985年同教授。1986年、「鏡の目覚書」などの業績により第三回上代文学会賞を受賞。琉球の組踊についても著書を出しており、2005年に第27回沖縄文化協会賞(仲原善忠賞)を受賞した。2011年宮城学院女子大学を定年退職、後、名誉教授。
佐藤 康邦(さとう やすくに、1944年1月 - 2018年… 佐藤 康邦(さとう やすくに、1944年1月 - 2018年7月)は、日本の哲学研究者、倫理学者。東京大学名誉教授。 東京都生まれ。東京都立新宿高等学校を経て1968年東京大学文学部倫理学科卒業、1973年同大学院博士課程単位取得退学、教養学部社会科学科助手、1977年東洋大学文学部専任講師、1980年助教授、1989年教授、1996年東京大学大学院人文社会系研究科教授、2006年定年退職、東京大学名誉教授、放送大学教授(2007-2014)、放送大学客員教授(2015-2017)。 1984年から1986年、西ドイツ・アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨学生としてエアランゲン・ニュルンベルク大学哲学科に在学。
尾形 明子(おがた あきこ、1944年 - )は、日本の文芸… 尾形 明子(おがた あきこ、1944年 - )は、日本の文芸評論家、日本近代文学の研究者。近代日本文学、特に自然主義文学と女性文学 - 「女人芸術」「輝ク」の研究が専門。 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。東京女学館短期大学、東京女学館大学教授を歴任。
谷悦子(たに えつこ、1944年 - )は、日本児童文学研究… 谷悦子(たに えつこ、1944年 - )は、日本児童文学研究者、梅花女子大学名誉教授。 徳島県生まれ。1967年大阪学芸大学教育学部国文科卒、1967年-72年大阪市立津守小学校教諭、1976年大阪学芸大学を改称した大阪教育大学大学院博士課程中退。1984年梅花女子大学講師、87年助教授、95年教授、文化表現学部教授、2008年名誉教授。1988年『まど・みちお詩と童謡』で日本児童文学学会賞奨励賞受賞。
髙橋 輝和(たかはし てるかず、1944年 - )は、日本の… 髙橋 輝和(たかはし てるかず、1944年 - )は、日本のドイツ・ゲルマン言語文化論研究者。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
百田 弥栄子(ももた やえこ、1944年 - )は、中国文化… 百田 弥栄子(ももた やえこ、1944年 - )は、中国文化研究者。慶應義塾大学文学部国文科卒。大学非常勤講師などをへて、中日文化研究所教授。アジア民族造形文化研究所教授。
村瀬 智(むらせ さとる、1944年 - )は、日本のベンガ… 村瀬 智(むらせ さとる、1944年 - )は、日本のベンガル研究者。30年以上研究しつづけてきたバウルに関しては2019年現時点で日本の第一人者と目される。 1944年、兵庫県芦屋市生まれ。甲南大学経済学部を卒業し、甲南大学文学部を卒業。イリノイ大学にて修士号、後に博士号を取得。シカゴ大学に本部を置くアメリカ・インド学研究所の在インド特別研究員、カルカッタ大学客員研究員を経て、2004年より大手前大学人文科学部教授となった。2005年、社会文化学部教授、2008年にはメディア芸術学部教授をつとめた。2015年に大手前大学を定年退職し、引き続き同大学非常勤講師を務めている。
谷出 千代子(たにで ちよこ、1944年 - )は、日本の国… 谷出 千代子(たにで ちよこ、1944年 - )は、日本の国文学者・児童文学研究者。仁愛大学および仁愛女子短期大学名誉教授。かこさとし ふるさと絵本館「砳」館長。 福井県生まれ。1967年駒澤大学文学部国文学科卒業。1969年同大学大学院人文科学研究科修士課程国文学専攻修了。 仁愛女子短期大学教授、仁愛大学子ども教育学科教授、福井大学講師を歴任。専門分野は、絵本・児童文学論、口演童話史、イソップ寓話の研究。 「母と子の読書研究会」を主宰しながら、「子どもの本を楽しむ会」で子供の本の分析研究を行う。福井県子どもの読書活動推進会議、福井県立図書館運営懇話会に参加。県内外の研究者と共同研究を行い、子供の読書環境整備に取り組む。
酒井 明(さかい あきら、1944年 - )は、日本の法務官… 酒井 明(さかい あきら、1944年 - )は、日本の法務官僚、入国審査官、危機管理研究者。東日本入国管理センター所長、法務省広島入国管理局長等を経て、千葉科学大学危機管理学部教授、日本危機管理学会特別顧問、東京福祉大学・大学院特任教授。ハーバード大学法学修士。 千葉県生まれ。1969年東京大学教育学部卒業。1973年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。指導教官は杉原泰雄。1978年、ハーバード大学ハーバード・ロー・スクール修士課程修了、LL.M.。法務省に入省し、東日本入国管理センター所長、高松入国管理局長、仙台入国管理局長、広島入国管理局長を経て、2005年、千葉科学大学危機管理学部危機管理システム学科教授に就任。
金井 淑子(かない よしこ、1944年 - )は、日本の女性… 金井 淑子(かない よしこ、1944年 - )は、日本の女性学研究者。専門は、倫理学とフェミニズム・ジェンダー研究。立正大学文学部哲学科教授を歴任。 東京教育大学大学院文学研究科修士課程修了。横浜国立大学教育人間科学部教授、同大学院環境情報学府教授、2010年定年退任、立正大学教授。2015年定年退任。
割田 剛雄(わりた たけお、1944年 - )は、栃木県出身… 割田 剛雄(わりた たけお、1944年 - )は、栃木県出身の日本の仏教研究者。書籍編集者。東京ライフデザインアカデミー主任講師。 1944年、栃木県に生まれる。 1967年、東洋大学文学部仏教学科卒業。 1972年、東洋大学大学院文学研究科仏教学専攻博士課程満期退学。 1973年 国書刊行会に入社。編集長に就任したのち専務取締役を歴任。1992年、国書刊行会を退職し、有限会社国書サービスを設立し、代表取締役に就任した。 国書刊行会時代から、以下のような出版文化関連の表彰を受けた書籍の編集を担当している(太字は国書刊行会発行書籍)。 2004年 東京ライフデザインアカデミー主任講師に就任。「日本の伝統文化」「日本人の信心=神さま、仏さま、ご先祖さま」「暮らしになじむ日本仏教」などをテーマに講義をおこなっている。
永淵 道彦(ながぶち みちひこ、1944年〈昭和19年〉 -… 永淵 道彦(ながぶち みちひこ、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の近代日本文学研究者、筑紫女学園大学名誉教授。 1968年(昭和43年)二松学舎大学文学部国文科卒、1970年(昭和45年)同大学院文学研究科修士課程修了。1979年(昭和54年)九州大谷短期大学専任講師、1982年(昭和57年)助教授、1989年(平成元年)九州女子大学文学部教授、1992年(平成4年)筑紫女学園短期大学国文科教授、2004年(平成16年)筑紫女学園大学短期大学部教授、2015年(平成27年)筑紫女学園大学名誉教授。 豊島与志雄を中心に研究。私設・福岡二日市文学館(2Fに豊島与志雄小説童話展示室、1Fセミナー室・易経、論語の講座)主宰。
永池 克明(ながいけ かつあき、1944年 - )は、日本の… 永池 克明(ながいけ かつあき、1944年 - )は、日本の経営者、研究者である。総合政策博士(2005年、中央大学にて取得)。 1944年の生まれ。長崎県島原市の出身である。1967年3月に山口大学経済学部経済学科を卒業。2005年に中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程を修了し、総合政策博士となる。1967年に東京芝浦電気株式会社(現・東芝)に入社。1976年ドイツ・キール大学世界経済研究所に留学する。以後、東芝アメリカ情報システム社(IEBS社)副社長、アジア総括事務所企画支援部長、相互企画部担当部長、参与(経営トップ特別補佐)を歴任する。2003年に九州大学大学院経営学研究院の教授に就任し、2005年同大学アジア総合政策センター教授を兼務する。
大里 浩秋(おおさと ひろあき、1944年 - )は、日本の… 大里 浩秋(おおさと ひろあき、1944年 - )は、日本の中国史研究者。神奈川大学外国語学部名誉教授。専門は中国近現代史、日中近現代関係史。 1944年、秋田県で生まれた。東京大学文学部中国文学科を卒業後、同大学大学院に進学し、修士課程を修了。在学中に中国・広州市の広州外国語学院(現・広東外語外貿大学)で2年半日本語教師をした。 1987年、神奈川大学外国語学部専任講師となった。1990年に助教授、1996年に教授昇格。2015年に神奈川大学を退職し、名誉教授となった。 学界では、二度(1992~1996年、2000~2002年)に渡って日本現代中国学会の理事を務めた。また、中国研究所の理事も務め、現在は同顧問。
東 晋次(ひがし しんじ、1944年 - 2021年10月2… 東 晋次(ひがし しんじ、1944年 - 2021年10月25日)は、日本の中国史研究者。愛媛大学教育学部助教授、三重大学教育学部教授を務めた。 三重県北牟婁郡紀伊長島町(現:紀北町)生まれ。1968年に名古屋大学文学部史学科を卒業。卒業論文のテーマは党錮事件であった。1974年、名古屋大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。 1976年、愛媛大学教育学部講師となり、1978年より1987年まで同大学教育学部助教授。1987年に三重大学教育学部助教授となり、1991年に同大学教育学部教授となった。 1993年に名古屋大学に学位請求論文「後漢時代の政治と社会」を提出し、1994年に博士(歴史学)の学位を取得した。
小坂 国継(こさか くにつぐ、1943年(昭和18年)12月… 小坂 国継(こさか くにつぐ、1943年(昭和18年)12月22日‐ )は、日本の哲学研究者、日本大学名誉教授。日本宗教学会理事、比較思想学会理事。専攻は宗教哲学、現代日本思想、比較思想。特に西田幾多郎研究。 1943年、中国河北省張家口で生まれた。早稲田大学文学部哲学科で学び、1966年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、1971年に博士課程を満期退学。 1979年、日本大学国際関係学部専任講師に就いた。1981年より助教授。1983年、同大学経済学部助教授に転じた。1986年に教授昇格。1997年に学位論文『西田哲学の研究』を早稲田大学に提出して文学博士の学位を取得。1999年より日本大学大学院総合社会情報研究科教授。
常石 敬一(つねいし けいいち、1943年10月26日 - … 常石 敬一(つねいし けいいち、1943年10月26日 - 2023年4月24日)は、日本の科学史・科学論研究者。 神奈川大学名誉教授。主な専門は科学史、科学社会学、STS(科学技術と社会)、生物化学兵器軍縮、731部隊の研究。 東京都出身。1966年に東京都立大学理学部物理学科を卒業、東京大学大学院工学系研究科を修了後、1973年に長崎大学講師となり、同大学教養部教授を経て、1989年より神奈川大学経営学部教授。2004年定年、名誉教授。 2023年4月24日、膵臓がんのため死去。79歳没。 松本サリン事件において、外因物質もそれを推測するための薬品などにについての情報もない段階であった、各社からの事件の初報である1994年6月28日夕刊で「有機リン系の農薬などの薬品が何らかの原因で池に流れ込むなどして、水や水中の藻、微生物などと反応し、神経ガス様のものが発生した可能性がある」とコメント。
田中 真人(たなか まさと、1943年10月16日 - 20… 田中 真人(たなか まさと、1943年10月16日 - 2007年4月4日)は、日本史研究者。日本近代史、日本近代思想史を専攻。とくに、近代日本における社会主義や日本共産党に関する研究で知られる。文学博士。愛知県名古屋市出身。 京都大学文学部卒。同志社大学人文科学研究所の教授を務めた。初期社会主義研究会会員。平和憲法の会・京都の呼びかけ賛同人。 在職中にクロウ・フカセ症候群という難病を発症、病と闘いながらの研究生活を自身のウェブページ上にて公開。2007年4月4日15時12分、多臓器不全のため、京都市左京区の京都大学医学部附属病院にて死去。63歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
小島 孝之(こじま たかゆき、1943年10月16日 - )… 小島 孝之(こじま たかゆき、1943年10月16日 - )は、中世日本文学研究者。文学博士(東京大学・論文博士・1999年)(学位論文『中世説話集の研究』)。東京大学名誉教授。 東京都立川市生まれ。1972年、東京大学文学部国語国文学専修卒業、1975年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1977年、同大学大学院博士課程中退。 1975年、武蔵高等学校教諭、1977年、実践女子大学専任講師、1980年、立教大学文学部助教授、1987年同大学教授を経て、1994年、東京大学文学部教授。1999年『中世説話集の研究』で文学博士(東京大学)の学位を取得。2006年、定年退職、名誉教授。同年4月、成城大学文芸学部教授。
前坂 俊之(まえさか としゆき、1943年10月2日-)は、… 前坂 俊之(まえさか としゆき、1943年10月2日-)は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家、歴史研究者。静岡県立大学名誉教授、立教大学社会学部講師。株式会社毎日新聞社情報調査部副部長、静岡県立大学国際関係学部教授などを歴任した。 慶應義塾大学経済学部に入学。1969年4月、毎日新聞社に入社。1993年4月に静岡県立大学国際関係学部教授に就任。1995年からは大学院国際関係学研究科教授兼務。2009年3月に定年退官。2009年、現在は首都圏を拠点に活動を行うジャーナリスト、ノンフィクション作家である。 1943年10月、岡山県岡山市生。1962年3月、岡山県立岡山操山高校卒、1963年4月、慶應義塾大学経済学部に入学 1969年(昭和44年)3月卒業後、毎日新聞社に入社。
深井 晃子(ふかい あきこ、1943年9月10日 - )は、… 深井 晃子(ふかい あきこ、1943年9月10日 - )は、日本の服装史研究者。京都服飾文化研究財団理事・名誉キュレーター。お茶の水女子大学名誉博士。神戸女子大学教授、静岡文化芸術大学教授を務めた。本名は、高橋晃子。岡山県高梁市出身。 1943年、岡山県上房郡高梁町(現:高梁市)生まれ。1962年(昭和37年)岡山県立高梁高等学校卒業後、お茶の水女子大学家政学部被服学科入学。1968年9月、同大学院家政学研究科修士課程西洋服飾史専攻修了、家政学修士。1969年、帝人に入社。 建築家と結婚して渡仏。パリ第4大学ソルボンヌ芸術考古学部で美学・美術史を聴講。1979年より京都服飾文化研究財団に勤務。京都国立近代美術館をはじめ国内外の美術館において、「モードのジャポニスム」「身体の夢」「Future Beauty: 日本ファッションの30年」展などのキュレーションにより、美術館でのファッション展という新たな形式を確立した。
佐川 眞人(さがわ まさと、1943年8月3日 - )は、日… 佐川 眞人(さがわ まさと、1943年8月3日 - )は、日本の研究者・実業家。ネオジム磁石の発明者として知られている。NDFEB株式会社代表取締役社長。インターメタリックス株式会社初代代表取締役社長。大同特殊鋼顧問。東北大学特別招聘プロフェッサー。大同大学特別客員教授。名城大学特任教授。眞は真の旧字であるため「佐川真人」と書かれることもある。 徳島県徳島市出身。 尼崎市立尼崎高等学校を経て、1966年神戸大学工学部電気工学科卒業、1968年神戸大学大学院修了、電気工学の分野で修士の学位、1972年東北大学大学院にて金属材料工学を研究し工学博士の学位を取得。博士論文が『金属表面皮膜のエピタクシャル歪に関する研究 』であるように、もともとは磁石を研究していたわけではなかったが、1972年富士通に入社し磁性材料の研究を命じられる。
岩本 憲児(いわもと けんじ、1943年7月25日- )は、… 岩本 憲児(いわもと けんじ、1943年7月25日- )は、日本の映画史研究者、早稲田大学名誉教授。専攻は映画史、映像論。 熊本県八代市生まれ。飯島正に師事。1971年早稲田大学大学院博士課程満期退学、文学部助手、1977年専任講師、1980年助教授、1985年教授、2002-2006年に日本映像学会会長、2006年退職、2008年日本大学芸術学部教授。2014年退職。
滝沢 誠(たきさわ まこと、1943年6月27日- )は、日… 滝沢 誠(たきさわ まこと、1943年6月27日- )は、日本の右翼思想家研究者。 新潟県長岡市生まれ。1966年成蹊大学政治経済学部卒。石上良平、玉島信義に師事。 田中角栄元総理の紹介で大手広告会社に入社し、在野の研究者となる。 1968年から1970年まで大阪勤務、京都大学人文科学研究所の山田慶児らの研究会に参加。市井三郎、橋川文三、村上一郎、丸山眞男の教えを受ける。 1992年に広告会社を退社し千葉県安房の山中にこもり、近代日本の右翼、特に大川周明、権藤成卿の研究に没頭する。
瀧田 佳子(たきた よしこ、1943年6月12日 - )は、… 瀧田 佳子(たきた よしこ、1943年6月12日 - )は、アメリカ文学・比較文学の研究者、東京大学・大学評価・学位授与機構名誉教授。 広島県生まれ。旧姓・中山。
舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は… 舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は、日本の電子工学研究者。フラッシュメモリの発明者として知られており、1980年代にNOR型フラッシュメモリおよびNAND型フラッシュメモリを開発した。1988年には、初期の非平面型3Dトランジスタ(英語版)である初のGate-all-around(英語版)(GAA)MOSFET(GAAFET(英語版))も発明している。 元東芝社員。東北大学名誉教授。現在は日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者(CTO)として、Surrounding Gate Transistor(SGT)の開発を行っている。紫綬褒章、文化功労者、瑞宝重光章。
阿部 昭(あべ あきら、1943年〈昭和18年〉5月1日 -… 阿部 昭(あべ あきら、1943年〈昭和18年〉5月1日 - 2021年〈令和3年〉11月16日)は、日本近世史の研究者。 1943年、栃木県足利市に生まれる。1966年に東京教育大学文学部史学科日本史学専攻を卒業後、黒磯高等学校や宇都宮女子高等学校で県立高等学校教諭を務める。栃木県立文書館(wikidata)の1986年設立に際しては、指導主事として尽力し、1987年4月に国士舘大学文学部国史学専攻助教授に就任した。 1992年4月に同学の教授に就任し、学部長(2000年4月 - 2004年4月)、2004年からは法人常任理事を歴任したが、2013年3月をもって法人理事および教授職から退いた。