小野 理子(おの みちこ、1933年9月18日 - 2009… 小野 理子(おの みちこ、1933年9月18日 - 2009年1月17日)は、日本のロシア文学者。神戸大学名誉教授。 大阪市出身。1956年京都大学文学部中国語学中国文学科を卒業、その後渡欧。プラハ大学助手やモスクワ大学東洋語学院専任講師として日本語科教師を務め、1962年からモスクワ大学文学部大学院で20世紀ソビエト・ロシア文学を専攻、1964年博士課程を修了し帰国、日ソ協会ロシア語講師を務める。1969年から神戸大学教養部に勤め、講師、助教授を経て同部教授、のち1992年10月から改組により国際文化学部教授、1997年定年退官、名誉教授。 日本ロシア文学会会員。日本ユーラシア協会理事。 2009年1月17日、舌がんのため京都府長岡京市の病院において死去。
小松原 千里(こまつばら ちさと、1933年9月17日 - … 小松原 千里(こまつばら ちさと、1933年9月17日 - )は、日本のドイツ文学者・歌人。神戸大学名誉教授。 兵庫県武庫郡(現:西宮市)生まれ。大阪外国語大学ドイツ語科卒、1959年大阪大学大学院独文科修士課程修了。大阪工業大学助教授、神戸大学教養部助教授、神戸大学国際文化学部教授、97年名誉教授。
谷口 巌(たにぐち いわお、1933年9月15日 – 201… 谷口 巌(たにぐち いわお、1933年9月15日 – 2015年8月28日)は、日本の国文学者。南京事件研究家。愛知教育大学名誉教授。 愛知県東春日井郡旭町(現・尾張旭市)生まれ。旧制愛知一中(現・愛知県立旭丘高等学校)を経て、新制の愛知県立瀬戸高等学校卒業後、1958年東京大学文学部フランス文学科卒業。1960年同大学院文学研究科前期博士課程修了(国文学)専攻。同年、函館ラ・サール高等学校教諭、1966年北海道教育大学講師、1970年愛知教育大学助教授、1975年同大学教授、1997年より現職。晩年、愛知県瀬戸市苗場町で暮らした。2015年8月28日、呼吸不全のため81歳で死去。
小堀 桂一郎(こぼり けいいちろう、1933年9月13日 -… 小堀 桂一郎(こぼり けいいちろう、1933年9月13日 - )は、日本のドイツ文学者、比較文学者。東京大学名誉教授、明星大学名誉教授。専攻はドイツ文学、比較文学、比較文化、日本思想史。日本会議副会長。 1933年、洋画家・小堀稜威雄の息子として東京で生まれた。静岡県立沼津中学校から静岡県立沼津東高等学校に進み、1953年に卒業。東京大学文学部ドイツ文学科に進学し、1958年に卒業。同大学大学院比較文学比較文化専修に進み、1961年に修士課程を修了。 日本ゲーテ賞を受賞し、1961年から1963年にかけて旧西ドイツのフランクフルト大学文学部及びミュンヘン大学に留学。 帰国後は1963年に慶應義塾大学助手に採用された。
岩倉 具忠(いわくら ともただ、1933年(昭和8年)9月1… 岩倉 具忠(いわくら ともただ、1933年(昭和8年)9月10日 - 2016年(平成28年)2月13日)は、日本のイタリア語学者・イタリア文学者。専門は、イタリア語史・ダンテ研究・比較文化史。京都大学名誉教授。文学博士(京都大学、1988年(昭和63年))。岩倉家の第19代当主にあたる。 岩倉具視の5代目の子孫。公爵岩倉具栄の長男。母は伯爵藤堂高紹の長女。歌手の加山雄三とははとこに当たる。 東京府生まれ。1946年(昭和21年)、学習院初等科卒業。1949年(昭和24年)、学習院中等科卒業。1952年(昭和27年)、学習院高等科卒業。1953年(昭和28年)、学習院大学経済学部入学。1955年(昭和30年)、京都大学文学部に編入学。
子安 美知子(こやす みちこ、1933年9月5日 - 201… 子安 美知子(こやす みちこ、1933年9月5日 - 2017年7月2日)は、日本のドイツ文学者、ドイツ語翻訳者。早稲田大学名誉教授。正五位。 ドイツの神秘家・教育者ルドルフ・シュタイナーの思想である人智学(アントロポゾフィー)と教育実践であるシュタイナー教育(ヴァルドルフ教育)を日本に紹介した。2004年3月まで早稲田大学語学教育研究所教授。 朝鮮・京城生まれ。父は経済学者の森谷克己。敗戦で引き揚げ、父の郷里である岡山県上房郡上水田村に落ち着く。その後、朝鮮から引き揚げた大学教員たちが学校を作るというので、愛知県豊橋市に転居。父は愛知大学に勤務。子安は豊橋市立高等女学校で学び、その後愛知県立豊橋時習館高等学校で学ぶ。
新田 義之(にった よしゆき、1933年8月7日 -2023… 新田 義之(にった よしゆき、1933年8月7日 -2023年10月21日)は、日本の比較文学者、東京大学名誉教授。 石川県生まれ。哲学研究者新田義弘の弟。1958年東大教養学科ドイツ分科卒、1959-1962年西ドイツ・ハンブルク大学に留学。1964年同大学院比較文学比較文化修士課程修了、東大教養学部助教授、1985年教授、1994年定年退官、山陽学園大学教授、2000年ノートルダム清心女子大学教授。1994年「リヒアルト・ヴィルヘルムと中国」で学術博士(東大)。 木下杢太郎、リヒャルト・ヴィルヘルム、またルドルフ・シュタイナーなどを研究、翻訳した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
桑原 博史(くわばら ひろし、1933年〈昭和8年〉7月1日… 桑原 博史(くわばら ひろし、1933年〈昭和8年〉7月1日 - )は、日本の国文学者、筑波大学名誉教授。 1956年東京教育大学卒業、1958年同大学院修士課程修了。 東洋大学助教授、東京教育大学助教授、筑波大学助教授、同言語文芸系教授、1997年定年。中古・中世物語文学を専攻したほか、『徒然草』についても研究、また高校生用参考書も執筆した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
入谷 仙介(いりたに せんすけ、1933年6月29日 - 2… 入谷 仙介(いりたに せんすけ、1933年6月29日 - 2003年6月1日)は、日本の中国文学者。島根大学名誉教授。元全国難聴者連絡協議会会長。専門は、中国文学・日本漢文学。 兵庫県出身。京都大学文学部卒業。京都大学大学院博士課程修了。富士川英郎らとともに、汲古書院「詩集日本漢詩」の編集委員も務めた。2003年、肺癌のため死去、享年71(満69歳)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
沢崎 浩平(さわさき こうへい、1933年6月28日 - 1… 沢崎 浩平(さわさき こうへい、1933年6月28日 - 1988年1月8日)は、フランス文学者。ロラン・バルトの翻訳で知られる。 1933年、東京都生まれ。1957年、東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院に進み、同大学博士課程を1966年に修了。卒業後は母校の東京都立大学仏文科助教授となり、後に教授。 1988年1月2日、同日未明に死去したロシア文学者であった夫人の沢崎洋子の葬儀の打ち合わせ中に倒れ、そのまま死去。享年54歳。前年11月に助教授の足立和浩が46歳で急死した直後のことで、相次ぐ俊秀の死に都立大仏文科は衝撃に襲われた。 仏文科助手を務めていた内田樹は沢崎について、「温厚な方であったが、同時にたいへん篤学の人でもあった」と評している。
久保田 淳(くぼた じゅん、1933年6月13日 - )は、… 久保田 淳(くぼた じゅん、1933年6月13日 - )は、国文学者、東京大学文学部名誉教授。東京生まれ。中世文学研究・和歌史研究。
川本 静子(かわもと しずこ、1933年6月13日 - 20… 川本 静子(かわもと しずこ、1933年6月13日 - 2010年4月16日)は、日本の英文学者、翻訳家。津田塾大学名誉教授。 東京府生まれ。1955年津田塾大学学芸学部英文学科卒業、1957年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1962年から1年間ハーバード大学大学院に留学、のち津田塾大学助教授、教授、2004年定年退任し名誉教授。 専門は19〜20世紀のイギリス文学で、特にジェイン・オースティン、ジョージ・エリオット、ヴァージニア・ウルフなど女性作家とその時代を多く著し翻訳した。
佐藤牧夫(さとう まきお、1933年6月12日 - )は、日… 佐藤牧夫(さとう まきお、1933年6月12日 - )は、日本のドイツ文学者、東北大学名誉教授。中世ドイツ叙事詩が専門。 岩手県生まれ。東京都立大学 (1949-2011)大学院独文科博士課程満期退学。山形大学講師、助教授、東北大学教養部助教授、文学部独文科教授。97年定年退官、名誉教授、奥羽大学教授。2004年退職。2013年瑞宝中綬章受勲。
塚本 康彦(つかもと やすひこ、1933年6月9日 -202… 塚本 康彦(つかもと やすひこ、1933年6月9日 -2022年1月13日 )は、日本の国文学者、中央大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学国文科卒、同大学院をへて、中央大学文学部助教授、教授、2003年3月定年退任。雑誌『古典と現代』(古典と現代の会)主宰・編集発行人(1号~70号) 塚本康彦は「国文学者」であるが、この四文字からあえて「国」を削除してもよい。なぜなら、塚本は狭義の「研究者」に留まらない「文学者」であり、独自の文体にこだわった「文章家」でもあったからである。塚本の文章表現に対する熱意と執着は尋常でなく、生涯において遭遇した「琴線を切実にふるわせる」文章を丹念に集めていた。塚本は「この拔書作業を不断に践行」し、「その種の帳面は十八を数え、わが貴重な財産」(『ロマン的発想』)であると述べている。
篠沢 秀夫(しのざわ ひでお、1933年6月6日 - )は、… 篠沢 秀夫(しのざわ ひでお、1933年6月6日 - )は、東京都大田区出身のフランス文学者、学習院大学名誉教授。モーリス・ブランショの翻訳者、研究者としても知られる。
傳田 章(でんだ あきら、1933年5月20日 - 没年不明… 傳田 章(でんだ あきら、1933年5月20日 - 没年不明[要出典])は、日本の中国文学者・中国語学者。東京大学名誉教授。放送大学名誉教授 長野県に生まれる。長野県長野北高等学校を経て、1956年、東京大学文学部中国文学科を卒業した。引き続き大学院に進み、1958年に修士課程を修了した。 1974年、東京大学教養学部助教授(中国語)となり、1985年に教授に昇格した。1994年に定年退官して、名誉教授となる。 放送大学教授も務めた。
大村 益夫(おおむら ますお、1933年5月20日 - 20… 大村 益夫(おおむら ますお、1933年5月20日 - 2023年1月15日)は、中国・朝鮮文学者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。父は童謡詩人の大村主計。1957年早稲田大学政治経済学部卒、1962年東京都立大学 (1949-2011)大学院中国文学専攻博士課程中退。1964年早稲田大学専任講師、1972年早大語学教育研究所助教授、教授。2002年定年、名誉教授。 2013年4月瑞宝中綬章受章。 2023年1月15日、悪性リンパ腫により死去。89歳没。
久米 あつみ(くめ あつみ、1933年4月22日 - 202… 久米 あつみ(くめ あつみ、1933年4月22日 - 2026年6月1日)は、日本のフランス文学者、キリスト教神学者。東京女子大学名誉教授。ジャン・カルヴァン研究者。 長崎県佐世保市に牧師・小塩力の娘として生まれる。兄は独文学者・小塩節。夫は哲学者・久米博。青山学院高等部卒。1957年東京大学仏文科卒、1959年同大学院仏文学専攻修士課程修了。1966年から1967年にストラスブール大学神学部大学院に学ぶ。東京女子大学助教授、教授、帝京大学教授、2004年定年退任。
井村 順一(いむら じゅんいち、1933年4月21日 - 2… 井村 順一(いむら じゅんいち、1933年4月21日 - 2021年9月23日)は、フランス文学者、東京大学・獨協大学名誉教授。専攻は、17・18世紀フランス語・フランス文学。児童文学にも深い関心を持つ。 東京都に生まれる。東京都在住。日比谷高校卒、1956年東京大学文学部仏文科卒。1959年同大学院修士課程修了。1962-1964年パリ大学。1966年東京大学教養学部助教授、1988年教授。1994年定年退官、名誉教授、獨協大学教授、2004年退職。
安西 徹雄(あんざい てつお、1933年4月20日 - 20… 安西 徹雄(あんざい てつお、1933年4月20日 - 2008年5月29日)は、日本の英文学者、演出家。上智大学名誉教授。専門はイギリス文学、特にウィリアム・シェイクスピア。日本のシェイクスピア研究の第一人者である。大学での研究教育の他、自身の著書多数あり、演劇集団「円」では演出家・翻訳家として活動した。 1933年、愛媛県松山市生まれ。愛媛県立松山東高等学校時代の友人に伊丹十三がいる。1958年愛媛大学文理学部を卒業。上智大学大学院文学研究科に進み、1965年に博士課程を中退して、上智大学の講師となる。1970年より助教授、1978年より教授。2003年に定年退任し、同校名誉教授となった。 1975年、芥川比呂志らと演劇集団 円の創立に参加、訳・演出によるシェイクスピア作品を多数上演し、近年ようやく安西訳によるシェイクスピア作品の刊行が始まった。
中山 恒夫(なかやま つねお、1933年4月15日 - 没年… 中山 恒夫(なかやま つねお、1933年4月15日 - 没年不明)は、日本の古典古代文学者。古代ラテン文学を専攻。 長野県松本市生まれ。1956年東京大学教養学部教養学科卒。1958年同文学部言語学科卒業。1965年同大学院西洋古典学専攻博士課程満期退学、順天堂大学助教授、1970年教授。1975年「ホラティウスと民衆」で文学博士。1978年大阪大学言語文化部教授。1990年筑波大学教授。1997年定年退官、共立女子大学教授。2004年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
宮田 満雄(みやた みつお、1933年4月14日 - 202… 宮田 満雄(みやた みつお、1933年4月14日 - 2025年1月12日)は、日本のアメリカ文学者。関西学院大学名誉教授。関西学院大学社会学部教授、関西学院大学院長、聖和大学学長を歴任した。 1952年3月に関西学院高等部を卒業、1956年3月に関西学院大学文学部英文科を卒業し、同年4月から関西学院高等部教諭に就いた。 1960年7月から1962年3月まで、ペンシルバニア大学大学院に留学し、帰国後の1966年4月、甲南女子大学文学部専任講師(英語・米文学)に就任。1968年4月、関西学院大学社会学部専任講師、1970年4月同学部助教授、1976年4月同学部教授にそれぞれ就任する。 1989年4月から1998年3月まで、公募制復活後初の学校法人関西学院院長を務める。
種村 季弘(たねむら すえひろ、1933年(昭和8年)3月2… 種村 季弘(たねむら すえひろ、1933年(昭和8年)3月21日 - 2004年(平成16年)8月29日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、評論家、エッセイスト。 1969年(昭和44年)の著書『ナンセンス詩人の肖像』では、ルイス・キャロル、エドワード・リア、モルゲンシュテルン、ハンス・アルプらの生涯と作品を紹介。ザッヘル=マゾッホなど多くのドイツ語圏の作家を翻訳、紹介した。澁澤龍彦や唐十郎らと共に1960年代 - 1970年代の、アングラ文化を代表する存在となる。 古今東西の異端的・暗黒的な文化や芸術に関する広汎な知識で知られ、クライストやホフマン、マゾッホなど独文学の翻訳の他、内外の幻想小説や美術、映画、演劇、舞踏に関する多彩な評論を展開し、錬金術や魔術、神秘学研究でも知られる。
大井 邦雄(おおい くにお、1933年3月19日 - 202… 大井 邦雄(おおい くにお、1933年3月19日 - 2020年1月20日)は、日本の英文学者、早稲田大学名誉教授。位階は正五位。 新潟県長岡市生まれ。1954年新潟県立長岡高等学校卒、1959年早大文学部英文科卒、1964年同大学院博士課程満期退学。早稲田大学文学部助教授を経て教授。2003年定年、名誉教授。2014年、瑞宝中綬章受章。正五位。 シェイクスピア、エリザベス朝演劇が専門。 2020年1月20日死去。86歳没。没後に正五位に追叙された。
岩崎 春雄(いわさき はるお、1933年3月7日 - )は、… 岩崎 春雄(いわさき はるお、1933年3月7日 - )は、日本の中世英文学者、慶應義塾大学名誉教授。 東京出身。東京大学文学部言語学科卒、慶應義塾大学大学院博士課程満期退学、同文学部助教授、教授、97年定年、名誉教授、杏林大学外国語学部教授。
中野 美代子(なかの みよこ、1933年3月4日 - )は、… 中野 美代子(なかの みよこ、1933年3月4日 - )は、日本の中国文学者、作家。北海道大学文学部、言語文化部教授を経て、北海道大学名誉教授。『西遊記』などの中国文学、中国文化をテーマにした論考・エッセイ、中国やアジア諸地域を舞台にした小説作品を多数発表。 北海道札幌市生まれ。北海道庁立札幌高等女学校(現北海道札幌北高等学校)、北海道札幌西高等学校を経て、1956年北海道大学文学部中国文学科卒業、同助手。 1961年に「世界ノンフィクション全集」監修者の吉川幸次郎に指名されて、耶律楚材「西遊録」を翻訳。また吉川には広く教えを受けた。65年オーストラリア国立大学高等学術研究所助手、67年退職、68年、香港、台湾で資料収集をへて帰国、71年北海道大学文学部助教授、81年教授、83年同言語文化部教授。
下村 昇(しもむら のぼる、1933年3月1日- )は、日本… 下村 昇(しもむら のぼる、1933年3月1日- )は、日本の国語教育者、児童文学者。 東京出身。東京学芸大学卒。東京都内の小学校教師となり、都の教科能力調査委員、板橋区立 北野小学校(1974年頃←この時俺の担任教師で 漢字辞書は、すでに発刊されていました) 志村小学校教諭をへて、現代子どもと教育研究所所長。多数の子供向け国語本のほか、児童文学も執筆する。
富田 仁(とみた ひとし、1933年3月1日 - 2009年… 富田 仁(とみた ひとし、1933年3月1日 - 2009年3月13日)は、日本の比較文学者。 東京生まれ。1960年早稲田大学第一文学部仏文科卒業、1962年同大学院修士課程修了、助手、1965年博士課程修了。1974年立正女子大学助教授、校名が文教大学と変わり、1978年教授、1984年日本大学法学部教授。 1984年、『フランス語事始』で高橋邦太郎賞、1998年、『岩倉使節団のパリ』で日仏文化賞受賞。 日本比較文学会理事を務め、日仏文化交流史において文学から食事まで数多くの著作、また比較文学の文献学にも多数の業績著書がある。
鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - … 鈴江 璋子(すずえ あきこ、1933年(昭和8年)3月 - )は、日本の英文学者、実践女子大学名誉教授。 大阪市東淀川区生まれ。京都府立鴨沂高等学校卒業。1955年京都大学文学部英文科卒業。1962年同大学院博士課程満期退学。1965年龍谷大学文学部助教授、68年実践女子大学文学部助教授、75年教授、2004年定年、名誉教授、創価大学客員教授。2006-2010年日本ギャスケル協会会長。
櫻井 満(さくらい みつる、1933年(昭和8年)2月25日… 櫻井 満(さくらい みつる、1933年(昭和8年)2月25日 - 1995年(平成7年)2月3日)は、日本の国文学者、民俗学者。文学博士(國學院大学・論文博士・1973年)。元國學院大学教授。 東京生まれ。國學院大學文学部文学科卒、同助教授、教授。1973年「万葉集東歌研究」で、國學院大学より文学博士の学位を取得。折口信夫、高崎正秀に師事し、『万葉集』の民俗学的研究をおこなった。息子が3人いる。櫻井彦は二男。 1995年2月3日、神経膠芽腫のため逝去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
宮崎 莊平(宮崎荘平、みやざき そうへい、1933年2月18… 宮崎 莊平(宮崎荘平、みやざき そうへい、1933年2月18日 - 2024年3月26日)は、日本の国文学者。新潟大学名誉教授。 長野県生まれ。國學院大學文学部卒、東京都立大学大学院博士課程満期退学。95年「女房日記の研究」で東京都立大学より文学博士。藤女子大学助教授、教授、新潟大学教授、97年定年退官、名誉教授、國學院大學教授。2004年退職。 2024年3月26日午後1時18分、特発性血小板減少性紫斑病のため千葉県松戸市の高齢者施設で死去。91歳没。
伊藤 礼(いとう れい、1933年〈昭和8年〉2月14日 -… 伊藤 礼(いとう れい、1933年〈昭和8年〉2月14日 - 2023年〈令和5年〉9月22日)は、日本の英文学者、エッセイスト、翻訳家。元日本大学芸術学部教授。 中国生まれ。一橋大学経済学部卒業。父は伊藤整、兄は伊藤滋。 大学在学中に体調を崩し、1955年(昭和30年)7月から3年間、富士見高原療養所に入院。アメリカ合衆国のロードアイランド大学(en:University of Rhode Island)で政治学を学んだのち、帰国し広告代理店に勤務。退職後、日本大学で教えるようになり、2002年(平成14年)まで日本大学芸術学部教授を務めた。 2023年(令和5年)9月22日、病気のため東京都三鷹市の病院で死去。
香西 洋樹(こうさい ひろき、1933年2月8日 - 202… 香西 洋樹(こうさい ひろき、1933年2月8日 - 2026年3月26日)は、日本の天文学者。専門は、彗星・小惑星の研究。多数の小惑星を発見した。「光害」を提唱した第一人者。 岡山県倉敷市出身。金光学園高等学校卒業、慶應義塾大学文学部中退。出身は文科系だが、アマチュア天文家ではなく国立天文台光学赤外線天文学研究系助教授を務めたプロの研究者であり、その点において香西は日本の天文学界でも異色の存在であるといえる。国立天文台退官後に、鳥取市さじアストロパーク・佐治天文台長に就任した。全国星空継続観察技術検討委員会委員を務め、皆既日食観測の海外ツアーを多数主催したことでも知られている。アマチュアとの交流にも積極的である。
谷口 茂(たにぐち しげる、1933年2月1日 - 2019… 谷口 茂(たにぐち しげる、1933年2月1日 - 2019年)は、日本のドイツ文学者、宗教学者、小説家。明治学院大学名誉教授。 鹿児島県大崎町生まれ。鹿児島県立志布志高等学校を経て、1959年東京大学文学部ドイツ文学科卒業。1964年同大学院宗教学科博士課程満期退学。大学院ではマルティン・ルターの宗教改革について研究した。 明治学院大学一般教育部講師、助教授を経て教授となる。2001年に定年退任し、名誉教授。 大学在学中から文学サークルで活動し、1959年には季刊誌「雙面神」の同人となって長編「彼岸花」の連載や椎名麟三論の発表をおこなっていた。1961年「めじろ塚」で芥川賞候補となり、1968年に作品集『若き医師の告白』を刊行。
原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1… 原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。1955年大阪外国語大学卒業、1958年大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了。立命館高等学校教諭、1964年帝塚山大学講師、大阪外国語大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、関西福祉科学大学教授。 2019年、瑞宝中綬章受章。 ジュリアン・グリーンや、マルセル・プルーストの同性愛を研究。父と娘の近親相姦について虐待的なものも多く存在するとした上でそれだけではないと指摘する。 2020年に老衰のため死去。生没同日である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
福田 昇八(ふくだ しょうはち、1933年1月29日 - )… 福田 昇八(ふくだ しょうはち、1933年1月29日 - )は、日本の文学者(イギリス文学)、翻訳家。勲等は瑞宝中綬章。学位は文学修士(東京大学・1959年)。熊本大学名誉教授、初代日本スペンサー協会会長。 熊本大学文学部教授、九州ルーテル学院大学人文学部教授などを歴任した。 熊本県出身の英文学研究者、英詩翻訳者である。熊本大学文学部や九州ルーテル学院大学人文学部にて教鞭を執った。エドマンド・スペンサーの詩の翻訳、研究を手掛けており、長編叙事詩『妖精の女王』や散文や韻文の翻訳に取り組むとともに、スペンサー詩の数秘構造や『妖精の女王』登場人物の研究などを発表している。また、熊本県における英語教育の改善を訴え、熊本県英語教育振興会を組織し、アメリカ人講師による教員の特訓や、各校へのアメリカ人講師の訪問といったプロジェクトを展開した。
薗田 宗人(そのだ むねと、1933年〈昭和8年〉1月27日… 薗田 宗人(そのだ むねと、1933年〈昭和8年〉1月27日 - 2004年〈平成16年〉6月8日)は、日本の哲学者・ドイツ文学者。大阪市立大学名誉教授。 1933年、和歌山県和歌山市で薗田香勲の子として生まれた。京都大学文学部独文科で学び、1955年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、1957年に修士課程を修了。 修了後は、和歌山大学助教授に就いた。後に大阪市立大学教授に転じた。1993年に大阪市立大学を定年退官し、名誉教授となった。1997年、学位論文『ニーチェと言語:詩と思索のあいだ』を大阪市立大学に提出して文学博士号を取得。デュッセルドルフ・日本文化センター所長を務めた。 石田慶和の後を継いで、第2代相愛大学・同短期大学学長に就任。
田口 義弘(たぐち よしひろ、1933年1月22日 - 20… 田口 義弘(たぐち よしひろ、1933年1月22日 - 2002年6月1日)は、日本のドイツ文学者、詩人、翻訳家。京都大学名誉教授。 リルケ、ブーバーなどを専門とした。 平壌に生まれる。1956年、京都大学文学部卒業。京都大学教養部助教授、教授、1997年定年退官、名誉教授、近畿福祉大学教授。 2000年、詩集『遠日点』で日本詩人クラブ賞受賞。 2002年6月1日、心不全のため死去。
笹本 孝(ささもと たかし、1933年1月19日 - )は、… 笹本 孝(ささもと たかし、1933年1月19日 - )は、日本のフランス文学者、翻訳家。 東京生まれ。1963年、早稲田大学仏文科卒。1967年、同大大学院博士課程単位取得満期。パリ第3大学へ留学。跡見学園女子大学講師、助教授、教授、2002年定年退任。フランス現代詩が専門。
近藤 耕人(こんどう こうじん、1933年1月16日 - )… 近藤 耕人(こんどう こうじん、1933年1月16日 - )は、日本の英文学者、写真評論家、明治大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部英文科卒。1962年戯曲「風」で文芸賞佳作入選。明治大学教授を経て名誉教授。多摩芸術学園、多摩美術大学などで英語、文学、映像論等を教える。 甥はクリエイティブプロデューサーの近藤ヒデノリ(1971 - )。
大槻 修(大槻 脩、おおつき おさむ、1933年1月12日 … 大槻 修(大槻 脩、おおつき おさむ、1933年1月12日 -2025年8月6日 )は、日本の国文学者、甲南女子大学名誉教授。 京都府生まれ。1955年大阪大学文学部国文科卒、1970年同大学院博士課程満期退学、甲南女子大学助教授、教授。2003年定年となり、名誉教授。中古・中世の物語文学が専門。国文学者・大槻節子は最初の妻、田淵福子(1960-)が現在の妻・大槻福子。
加藤 民男(かとう たみお、1933年1月11日 - 201… 加藤 民男(かとう たみお、1933年1月11日 - 2012年4月4日)は、日本のフランス文学者。 神奈川県出身。1957年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業、1962年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学後、早稲田大学文学部専任講師、助教授、1972年教授。1986年から1988年まで早稲田大学第二文学部長を務め、2003年定年退任、名誉教授の称号を得る。 専門は、スタンダール研究。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月… 岩山 太次郎(いわやま たじろう、1933年(昭和8年)1月10日 - )は、日本のアメリカ文学者、同志社大学名誉教授。元学長。 京都府出身。同志社中学校、高校卒、1955年同志社大学文学部英文科卒、58年同大学院修士課程修了、助手。 1960年代初頭にケニオン大学とアイオワ州立大学に留学。 1962年アイオワ大学英文科Master of Fine Arts(修士)修了、63年同志社大学文学部専任講師、65年助教授、71年文学部教授、86年文学部長、92年学長。2003年退任、名誉教授。 専門は19世紀アメリカ・リアリズム文学論、モダニズム以降のアメリカ詩、ユダヤ系作家の小説群。 修士論文の対象としてヘンリー・ジェイムズを選択。
川端 善明(かわばた よしあき、1933年〈昭和8年〉1月5… 川端 善明(かわばた よしあき、1933年〈昭和8年〉1月5日 - )は、日本の国語学者・国文学者。学位は、文学博士(九州大学・論文博士・1989年)。京都大学名誉教授。 京都府生まれ。1955年(昭和30年)京都大学文学部国語国文学科卒業、1961年(昭和36年)同大学院博士課程単位取得満期退学。 同退学後、大阪女子大学助手、講師、助教授、1974年(昭和49年)京都大学教養部助教授、教授、1996年(平成8年)定年退官、名誉教授、大谷女子大学教授、2001年(平成13年)京都女子大学教授。2005年(平成17年)退職。1989年(平成元年)「活用の研究」で九州大学より文学博士の学位を取得。 妻は佐野えんねの長女の川端春枝、長女は児童文学研究者の川端有子、長男は日本史学者の川端新。
小佐井 伸二(こさい しんじ、1933年1月5日 - 200… 小佐井 伸二(こさい しんじ、1933年1月5日 - 2009年2月23日)は、日本の作家、フランス文学者、翻訳家。 東京出身。京都大学文学部仏文科卒、同大学院博士課程中退。 1961年「沈める寺」を『新潮』に発表して作家デビュー。その翌年の1962年「雪の上の足跡」で芥川賞候補。京都大学文学部助手、青山学院大学文学部助教授、教授。フランス文学のほか美術研究を翻訳、また『文藝』などに小説を書いた。2000年に青山学院大を定年退職し、名誉教授となる。大学の教え子だった声優の鈴木弘子と結婚していたことがある。 2009年食道癌の為、神奈川県川崎市の私邸にて逝去。76歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
中村志郎(なかむら しろう、1933年 - )は、日本の英文… 中村志郎(なかむら しろう、1933年 - )は、日本の英文学者。金沢大学名誉教授。 石川県生まれ。石川県立金沢商業高等学校卒、1956年金沢大学法文学部英文科英米文学専攻卒、同大学院修了。石川工業高等専門学校助教授、金沢大学教養部助教授をへて、教授。99年定年退官、名誉教授。トマス・ハーディを専門とした。
ムルハーン千栄子(Mulhern ちえこ、1933年 - )… ムルハーン千栄子(Mulhern ちえこ、1933年 - )は、日本生まれで長く米国で教えた日本文学・比較文学者。 旧姓・入江。千栄子・入江・ムルハーンを名乗ることもある。大阪出身。長府高等女学校から豊浦東高等学校(現・田部高等学校)卒業。同校弁論部では赤江瀑と一緒だった。青山学院大学英文科を休学し、1959年米国に渡りニューヨーク市立大学英文科卒、73年「幸田露伴」でコロンビア大学博士。コロンビア大学講師、プリンストン大学日本語学科主任をへてイリノイ大学準教授、教授、94年帰国し福岡女学院大学教授、2004年退職。現代日本文学の翻訳・普及事業選定委員(2005年度)。室津紫乃の筆名で小説を書いたこともある。
和田 武司(わだ たけし、1933年 - )は、日本の中国文… 和田 武司(わだ たけし、1933年 - )は、日本の中国文学者、拓殖大学名誉教授。 1933年、東京都で生まれた。東京都立大学 (1949-2011)人文学部で学び、卒業。 北京の人民中国雑誌社勤務を経て、拓殖大学外国語学部教授に就いた。2004年に拓殖大学を定年退職し、名誉教授となった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
堀田 郷弘(ほった さとひろ、1933年 - 2016年)は… 堀田 郷弘(ほった さとひろ、1933年 - 2016年)は、日本のフランス文学者・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 名古屋市生まれ。南山大学卒。片岡美智に師事。1962年早稲田大学大学院博士課程満期退学。城西大学経済学部助教授、早稲田大学人間科学部教授。2004年定年退任。 アンドレ・マルローを研究した。
赤川裕(あかがわ ゆたか、1933年― )は、英文学者、英語… 赤川裕(あかがわ ゆたか、1933年― )は、英文学者、英語教師、明治学院大学名誉教授。英国ケンブリッジ大学客員教員、社会学博士。1959年明治学院大学大学院博士課程満期退学、60年同助手、講師、助教授、教授、2002年定年、関東短期大学教授、04年退職。ミルトン、英国庭園史などが専門。1970年代~1990年前後、NHKテレビの英語講座の講師を務めた。