原 卓也(はら たくや、1930年 <昭和5年> 7月3日 … 原 卓也(はら たくや、1930年 <昭和5年> 7月3日 - 2004年 <平成16年> 10月26日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。位階は従三位。瑞宝中綬章。 1930年、東京に生まれ。東京都立北園高等学校を経て、1953年東京外国語大学ロシヤ語卒業。卒業後は文筆活動に入る。1966年、母校である東京外国語大学助教授に着任。1973年に教授昇進。1989年から1995年まで東京外国語大学学長を務めた。学界では、1993年より日本ロシア文学会会長を務めた。2004年死去。死没日付をもって従三位に叙され、瑞宝中綬章を追贈された。
柳井 滋(やない しげし、1930年6月22日 - 2008… 柳井 滋(やない しげし、1930年6月22日 - 2008年3月27日)は、国文学者。成蹊大学名誉教授。中古文学、特に源氏物語が専門。東京生まれ。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
塚崎 幹夫(つかざき みきお、1930年6月1日 - )は、… 塚崎 幹夫(つかざき みきお、1930年6月1日 - )は、フランス文学者、評論家、富山大学名誉教授。 神戸市生まれ。1953年京都大学仏文科卒、同大学院を経て富山大学教養部助教授、教授。ロジェ・カイヨワの翻訳のほか、多彩な著書で知られる。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
橋口 稔(はしぐち みのる、1930年5月30日 -2020… 橋口 稔(はしぐち みのる、1930年5月30日 -2020年9月18日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て、同名誉教授。 1930年、神奈川県で生まれた。東京大学教養学部英文科で学び、1953年に卒業。 卒業後は、東京大学教養学部助手に採用された。その後、専任講師、助教授、教授に昇格。1991年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は鶴見大学教授を務め、2001年に退職。 2020年に死去。墓は多磨霊園にある。 専門は英文学で、20世紀の英国文学を専門とした。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
堀 源一郎(ほり げんいちろう、1930年5月19日 - 2… 堀 源一郎(ほり げんいちろう、1930年5月19日 - 2023年3月14日)は日本の天文学者。専門は天体力学。東京大学名誉教授。 東京府北豊島郡日暮里町(現・東京都荒川区西日暮里)出身。荒川区立真土小学校(現・荒川区立ひぐらし小学校)から東京市立第二中学校(現・東京都立上野高等学校)に進み、その後第一高等学校を経て学制改革で東京大学を再受験し、東大理科に入学した。 萩原雄祐の弟子で、専門は師の萩原と同じく天体力学。天体力学の中でも、惑星、衛星、人工衛星の長年運動理論の世界的権威であり、特に1966年に発表した正準変数による一般摂動理論は、2020年7月現在で実に390篇の他の論文に引用されている。
桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12… 桑原 幹夫(くわばら みきお、1930年〈昭和5年〉5月12日 - )は、日本の小説家、詩人、国文学者。 群馬県沼田市生まれ。兄は彫刻家の桑原巨守。群馬県立沼田高等学校を経て、早稲田大学第一文学部国文科を卒業。同大学院日本文学修士課程修了。1967年、『雨舌』で文學界新人賞を受賞。同年、『死の翼の下に』で第58回芥川賞候補となる。作家・野間宏に私淑し、表現主義的手法の作風で幻視・幻想の世界を描いたことに特色がある。その後は帝京大学教授を務めた。
川崎 浹(かわさき とおる、1930年5月5日 - )は、日… 川崎 浹(かわさき とおる、1930年5月5日 - )は、日本のロシア文学者、著述家。早稲田大学名誉教授。 福岡県に生まれる。1948年福岡県中学修猷館、1954年早稲田大学第一文学部露文学科卒業、1964年同大学大学院文学研究科露文学専攻博士課程単位取得満期退学。同年同大学教育学部非常勤講師となり、1965年同大学第一、第二文学部、法学部非常勤講師、1967年同大学教育学部専任講師、1970年同大学教育学部助教授。1971年9月から1973年3月にかけてパリ大学・早稲田大学交換制度による在外研究の後、1974年早稲田大学大学院文学部露文学専攻を兼担。1975年同大学教育学部教授に就任。1984年9月から1985年7月にかけてモスクワ大学・早稲田大学交換制度による在外研究を行う。
井村 哲夫(いむら てつお、1930年5月2日- )は、日本… 井村 哲夫(いむら てつお、1930年5月2日- )は、日本の国文学者、京都府立大学・京都外国語大学名誉教授。 大阪府生まれ。大阪大学文学部卒業。1963年関西大学大学院博士課程単位取得修了。園田学園女子大学助教授、教授、京都府立大学教授、同名誉教授・京都外国語大学教授をへて、同名誉教授。文学博士。『万葉集』が専門。『万葉集全注 巻第5』では万葉歌を五七五七七の短歌体で現代語訳する試みに取り組んだ。
小澤 俊夫(おざわ としお、1930年4月16日 - )は、… 小澤 俊夫(おざわ としお、1930年4月16日 - )は、日本のドイツ文学者、昔話研究者。筑波大学名誉教授。有限会社小澤昔ばなし研究所・社長。 弟は世界的な指揮者小澤征爾で、息子は歌手の小沢健二。 日本から中国に宣撫官として赴任した父に母も帯同し、満洲で生まれた。小さい頃に火傷を負い、それが原因でいじめを受ける。 ドイツのメルヒェンと呼ばれる口承伝承による昔話の研究が特に専門で、文学研究から民俗学にまたがる分野で幅広い研究を行っている。1998年、川崎市の自宅に「小澤昔ばなし研究所」を設立、昔話、メルヒェンの選集を多数出版している。 「子どもの本・九条の会」代表団員を務め、「たま九条の会」の呼びかけ人でもある。
後藤 信幸(ごとう のぶゆき、1930年4月7日 - 201… 後藤 信幸(ごとう のぶゆき、1930年4月7日 - 2017年8月)は、日本のフランス・ドイツ文学者、詩人、翻訳家。亜細亜大学教養部助教授、教授。 大分県竹田市(当時の住所は、大分県直入郡竹田町古町575番地)に生れる。 1936年熊本県玉名郡弥富村の尋常小学校、1942年竹田中学校、1944年学徒勤労動員(北九州の軍需工場)を経て、1947年広島高等師範学校文科に入学。10代後半はロシア文学、ドイツ文学に親しみ、18歳ころより短歌を創作、手書き歌集『昼の夢』(200首)を宮柊二に送る。19歳頃より詩作。1960年、慶應義塾大学の通信教育で学ぶ。1965年慶應義塾大学文学部仏文科卒、学部論文は「シュペルヴィエルにおける詩的体験 - 記憶と忘却 -」。
伊藤 正義(いとう まさよし、1930年4月4日 - 200… 伊藤 正義(いとう まさよし、1930年4月4日 - 2009年12月2日)は、日本の国文学者、能楽研究者、神戸女子大学名誉教授。 関西大学文学部教授・大阪市立大学文学部教授などを歴任。
多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003… 多田 智満子(ただ ちまこ、1930年4月1日 - 2003年1月23日)は、日本の詩人・随筆家・翻訳家・フランス文学者。福岡県福岡市の博多(現・博多区)出身。本名、加藤智満子。 銀行員だった父の転勤に伴い、幼少期を京都、東京などで過ごす。小学校5、6年で『プルタルコス英雄伝』や『平家物語』を愛読し、15歳で滋賀県愛知川沿いに戦争疎開した際にプラトン、エピクテトス、セネカなどを携えるなど、少女時代から異才を放っていた。また、謡曲や歌舞伎にも親しんだ。桜蔭高等女学校を卒業後、東京女子大学外国語科で学び、矢川澄子と親交を結ぶ。卒業後に慶應義塾大学文学部英文科に編入学するも、結核に罹り半年間休学。病床での思索が自らの文学的出発点となった。
小久保 崇明(こくぼ たかあき、1930年4月 - )は、日… 小久保 崇明(こくぼ たかあき、1930年4月 - )は、日本の国文学者・国語学者。学位は、博士(文学)(日本大学・論文博士・1995年)(学位論文『「大鏡」の語彙・語法の研究』)。日本大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1950年東京第一師範学校予科修了。1953年東京学芸大学中等教育学科国語専攻卒業。1958年日本大学大学院文学研究科国文学専攻修了。都留文科大学文学部講師、助教授、教授、日大文理学部教授、法学部教授、2000年定年、名誉教授。2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。 1995年、学位論文『「大鏡」の語彙・語法の研究』で、日本大学より博士(文学)の学位を取得。
坂本 鉄男(さかもと てつお、1930年3月31日 - 20… 坂本 鉄男(さかもと てつお、1930年3月31日 - 2022年4月28日)は、日本のイタリア文学者、コラムニスト。元ナポリ東洋大学教授。 神奈川県小田原市生まれ。東京外国語大学イタリア語科卒。東京音楽大学講師、東京外国語大学助教授。 1971年、ナポリ東洋大学の教授に就任。 1970年代半ばからサンケイ新聞の嘱託でイタリアとバチカン市国に関するコラムを2020年12月の引退まで執筆を続けた。 1979年、産経新聞連載の『イタリア通信』でイタリア文化会館のマルコ・ポーロ賞を受賞。 1983年、イタリア共和国功労勲章コンメンダトーレ章授与。 2000年、勲三等瑞宝章を受章。 2002年、ナポリ東洋大学教授を退官。
岡田春馬(おかだ はるま、1930年3月27日-2007年(… 岡田春馬(おかだ はるま、1930年3月27日-2007年(?))は、日本の英米文学者、帝京大学名誉教授。 岐阜県出身。明治学院大学文学部英文科卒、1957年東京教育大学大学院修士課程修了。岩手大学助教授、大妻女子大学文学部教授、帝京大学文学部教授。帝京大学短期大学国際コミュニケーション学科科長を兼ねる。2005年定年退官、帝京大学名誉教授。専門分野は、現代英米短編小説と劇。
尾崎 賢治(おざき けんじ、1930年3月26日 - 198… 尾崎 賢治(おざき けんじ、1930年3月26日 - 1984年8月12日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。本名は尾崎鑒治。 愛知県刈谷市生まれ。1955年上智大学大学院独文科修士課程修了、上智大学文学部助教授、教授。54歳で死去した。専門はドイツ近代演劇だが、ドイツの児童文学、山岳書などを多く翻訳した。
浅野 晃(あさの あきら、1930年3月20日 - )は、日… 浅野 晃(あさの あきら、1930年3月20日 - )は、日本文学者、共立女子大学名誉教授。近世散文、特に井原西鶴を専門とした。 仙台市生まれ。1953年東北大学文学部国文学科卒業、1958年京都大学大学院文学研究科仏文科博士課程満期退学。立正大学文学部講師、助教授、共立女子大学助教授、教授、2000年定年退任、名誉教授。
和田 旦(わだ あきら、1930年3月19日 - 2020年… 和田 旦(わだ あきら、1930年3月19日 - 2020年7月6日)は、英文学者、音楽評論家、慶應義塾大学名誉教授。文芸誌『同時代』同人。 福岡県生まれ。1958年慶應義塾大学大学院修士課程修了(英文学専攻)。慶應義塾大学教養部助教授、教授、95年定年、名誉教授、埼玉短期大学教授・学長。文芸誌『同時代』同人。2020年、7月6日死去。叙従四位。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は… 高見 英一(たかみ えいいち、1930年3月18日 - )は、日本のスペイン文学者、翻訳家。法政大学名誉教授。 大阪市生まれ。1954年東京外国語大学スペイン語科卒。1957年同志社大学講師、1963年法政大学教養部講師、助教授、第一教養部教授。2001年定年退任、名誉教授。
松原 秀一(まつばら ひでいち、1930年(昭和5年)3月7… 松原 秀一(まつばら ひでいち、1930年(昭和5年)3月7日 - 2014年(平成26年)6月5日)は、日本のフランス文学者。慶應義塾大学名誉教授。 1930年、外交官・言語学者の松原秀治の長男としてフランスのグルノーブルに生まれる。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾大学経済学部予科を経て、慶應義塾大学経済学部に進学。1952年に卒業。同大学大学院に進み、1954年に仏文学修士号を取得。 慶應義塾大学文学部教授をつとめた。1993年に慶應義塾大学を定年退職し、名誉教授となった。フランス国立ポワティエ大学名誉博士。高等実習学院(第四部)客員教授も勤めた。 学界では、国際アーサー王学会会員、国際七賢人協会会員、日仏会館常務理事を長く務めた。
滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 199… 滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 1996年11月11日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。東京大学名誉教授。 東京出身。父は実業家の瀧田英二、母は元女優の花柳はるみ。第八高等学校、東京大学文学部仏文科卒、同大学院に学び、1957年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1990年、定年退官、名誉教授。現代フランス文学を中心に多くの翻訳をした。妹は瀧田あゆち。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岩元 巌(いわもと いわお、1930年2月16日 - )は、… 岩元 巌(いわもと いわお、1930年2月16日 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。筑波大学、麗澤大学名誉教授。 大分県生まれ。1953年東京教育大学卒業。中央大学、東京学芸大学を経て筑波大学教授、1990年退官し麗澤大学教授、2003年退職。 バーナード・マラマッド、セオドア・ドライザーなどアメリカ小説を広く研究し、ジョン・アップダイク、ケン・キージーなどの翻訳で知られる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
檜山 久雄(ひやま ひさお、1930年2月13日 - )は、… 檜山 久雄(ひやま ひさお、1930年2月13日 - )は、日本の中国文学者、文芸評論家。 東京生まれ。旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部中国文学科を卒業した。東大在学中より『新日本文学』の編集に携わり、同誌を中心に文芸評論を執筆、大岡昇平が大衆文学を批判した際に反論した。のち広島大学教授、青陵女子短期大学教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 201… 三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 2018年12月15日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元明治大学教授。 愛知県名古屋市生まれ。1953年東京大学文学部仏文科卒。國學院大學講師などを経て、1966年に明治大学講師となり、1973年以降助教授、のち教授を2001年まで務めた。 モーリス・ブランショ『死の宣告』、ナタリー・サロート『見知らぬ男の肖像』、マルグリット・デュラス『ジブラルタルの水夫』といった前衛フランス文学のほか、ジョルジュ・シムノン、ジュール・ヴェルヌ、ジェラール・ド・ヴィリエなどの娯楽小説も多く訳した。1963年『内面の都市』で文藝賞佳作となったこともある。日本近代文学などの文芸批評もある。
秋山 正幸(あきやま まさゆき、1930年2月5日- )は、… 秋山 正幸(あきやま まさゆき、1930年2月5日- )は、日本の英文学・比較文学者、日本大学名誉教授。 栃木県出身。1946年栃木県立石橋中学校卒業。1952年日本大学文学部英文学科卒業。1964-1965年ミシガン州立大学およびオレゴン大学大学院に留学。日本大学文理学部助教授、文理学部教授、国際関係学部教授、大学院国際関係研究科教授、国際関係学部長、大学院国際関係研究科長、日本大学副総長を経て、2001年定年退任、日本大学名誉教授、日本大学陸上競技部前部長。1999年「ヘンリー・ジェイムズの国際小説研究 -異文化の遭遇と相剋」で博士(国際関係)。2009年春、瑞宝中綬章受勲。
野沢 協(野澤 協、のざわ きょう、1930年(昭和5年)2… 野沢 協(野澤 協、のざわ きょう、1930年(昭和5年)2月1日 - 2015年(平成27年)11月18日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。17・18世紀フランス思想史を専攻。 1930年、神奈川県鎌倉市生まれ。旧制浦和高等学校で学び、高等学校時代からの友人に出口裕弘、澁澤龍彦がいる。1953年、東京大学文学部仏文科を卒業。 1962年、(旧)東京都立大学人文学部仏文科助手に就いた。後に助教授、教授に昇進。1990年から2001年まで、駒澤大学外国語部教授をつとめた。2015年に死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
饗庭 孝男(あえば たかお、1930年〈昭和5年〉1月27日… 饗庭 孝男(あえば たかお、1930年〈昭和5年〉1月27日 - 2017年〈平成29年〉2月21日)は、日本の文芸評論家、フランス文学者。青山学院大学名誉教授。 西欧の文化や風土と、その精神や思想を、時に日本と対比しつつ考察論述した。 代表作に『石と光の思想』(1971年)、『幻想の都市』(1992年)、『知の歴史学』(1997年)など。 フランス文学を専門とし、日本や西欧の文化、思想を広く研究。近代日本文学の存在意義を問うた著作も多い。 滋賀県大津市生まれ。父は滋賀県視学。名古屋市在住を経て、湖北の故地饗庭村に移り、1949年(昭和24年)滋賀県立高島高等学校卒業、1953年(昭和28年)、南山大学人文学部卒業、南山大学文学部助手。
鼓 直(つづみ ただし、1930年1月26日 - 2019年… 鼓 直(つづみ ただし、1930年1月26日 - 2019年4月2日)は、日本の文学者・翻訳家。専門はラテンアメリカ文学。法政大学名誉教授。 朝鮮半島の馬山生まれ。少年時代をそこで過ごす。東京外事専門学校イスパニヤ語学科(現・東京外国語大学スペイン語科)で会田由に師事。1951年に卒業後、大阪のメーカーに会社員として7年間勤務。龍谷大学講師、神戸市外国語大学助教授、神奈川大学助教授を経て、1974年法政大学教授。2000年退職。2009年秋、瑞宝中綬章受章。2019年4月2日死去。 スペイン語専攻だが、ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの長篇小説『緑の法王』の翻訳を皮切りに早くからラテンアメリカの新しい文学の翻訳に携わり、1970年代のラテンアメリカ小説ブームを支えた一人で、ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』など、著名な作品を訳し、ラテンアメリカ文学翻訳の第一人者だった。
清水 孝純(しみず たかよし、1930年1月23日 - 20… 清水 孝純(しみず たかよし、1930年1月23日 - 2024年4月3日)は、日本の比較文学者。九州大学、福岡大学名誉教授。 東京・深川生まれ。1949年旧制第一高等学校理科乙類卒業ののち、東京教育大学文学部へ進学して1957年国語学国文学科卒業、1958年仏語学仏文学科中退、1960年東京大学大学院人文科学研究科(比較文学比較文化専攻)修士課程修了、1965年同博士課程単位取得満期退学、同年4月から1969年3月まで日本大学専任講師、1969年4月九州大学教養部助教授、1976年9月同教授。1982年『ドストエフスキー・ノート』で第1回池田健太郎賞受賞。1992年3月定年退官ののち、福岡大学教授。
菅野 昭正(かんの あきまさ、1930年1月7日 - )は、… 菅野 昭正(かんの あきまさ、1930年1月7日 - )は、日本の文芸評論家・フランス文学者。東京大学名誉教授・日本芸術院会員。
秋吉 久紀夫(あきよし くきお、1930年1月7日 - )は… 秋吉 久紀夫(あきよし くきお、1930年1月7日 - )は、日本の詩人・中国文学者。九州大学名誉教授。 福岡県北九州市生まれ。本名・勝廣。九州大学文学部卒。1977年「近代中国における文学運動の展開」で九大文学博士。近畿大学第二教養部(福岡)助教授、福岡女子大学教授、九大文学部教授。1993年定年退官、名誉教授。1993年翻訳特別功労賞(日本翻訳家協会)。1998年福岡県詩人会特別賞。2001年第一回詩界賞(日本詩人クラブ)。2011年福岡県詩人会先達詩人顕彰。
森川 俊夫(もりかわ としお、1930年1月7日 - 201… 森川 俊夫(もりかわ としお、1930年1月7日 - 2018年10月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。一橋大学名誉教授。トーマス・マンの作品を多く翻訳した。 東京生まれ。水戸高等学校卒、1953年東京大学文学部独文科卒業、熊本大学法文学部助手。1954年東大文学部助手。1957年電気通信大学専任講師。1961年一橋大学専任講師。西ドイツ・チュービンゲン大学に二年留学。1963年助教授。1971年教授。1992年定年退官、名誉教授、東京国際大学教授。2011年、瑞宝中綬章受章。 2018年10月30日、食道がんのため死去、88歳。叙正四位。
船戸 英夫(ふなと ひでお、1930年1月7日 - 1994… 船戸 英夫(ふなと ひでお、1930年1月7日 - 1994年4月27日)は、日本の英文学者。 埼玉県川越市生まれ。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。立教大学助教授、教授を務めた。1994年4月27日、在職中に肝不全のため死去。
河野 一郎(こうの いちろう、1930年1月6日 - 202… 河野 一郎(こうの いちろう、1930年1月6日 - 2023年1月6日)は、日本の英文学者、比較文学者、翻訳家。東京外国語大学およびフェリス女学院大学名誉教授。専門は、19・20世紀イギリス小説、児童文学。20代から多くの英米文学を訳し、翻訳学校教師も務めた。 兵庫県芦屋市出身(大阪府出身とも)。1947年(昭和22年)東京高等師範学校附属中学校、1951年(昭和26年)東京外事専門学校卒業。1954年(昭和29年)東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業 。 1958年に一橋大学講師。1961年に東京外国語大学講師。1964年にカリフォルニア大学客員教授。1970年に東京外国語大学教授を経てフェリス女学院大学教授。
石塚 睦(いしつか むつみ、1930年1月5日 -2018年… 石塚 睦(いしつか むつみ、1930年1月5日 -2018年6月9日 )は在ペルーの天文学者。国立リマ工科大学名誉教授(2000年)、国立イカ大学名誉教授(2008年)。 1951年、ペルーのサンマルコス大学天文学教授ラファエル・ダビラからの同大学創立400周年記念天文台建設計画への参加の呼び掛けに応える形で、上田穣(京都大学宇宙物理学教室教授)の発案により太陽のコロナ観測で大気の澄んだアンデス山脈ティクリオ山への観測所設置が計画され、全国からの募金250万円に上田の退職金200万円が充てられることとなった。この観測に必要なコロナグラフを設置するため、当時京都大学の大学院生として生駒山太陽観測所で観測に従事していた石塚に依頼が来て、1957年に渡航することとなった。
岡 照雄(おか てるお、1930年1月2日 - 2024年6… 岡 照雄(おか てるお、1930年1月2日 - 2024年6月26日)は、日本の英文学者。京都大学名誉教授、福岡女子大学名誉教授。専門は18世紀イギリス文学。 福岡市生まれ。福岡県立修猷館高等学校を経て、1953年京都大学文学部卒業。大阪市立大学講師、助教授、京大教養部助教授、文学部助教授、1979年教授、1990年学部長、1993年定年退官、名誉教授、県立福岡女子大学学長、名誉教授。2008年、瑞宝中綬章受章。2024年6月26日死去。叙正四位。
家郷 隆文(かごう たかふみ、1930年 - )は、北海道岩… 家郷 隆文(かごう たかふみ、1930年 - )は、北海道岩見沢市生まれの国文学者。龍谷大学名誉教授。浄土真宗本願寺派僧侶。 1930年(昭和5年)、岩見沢市上幌向、浄土真宗本願寺派隆王寺に生まれる。岩見沢中学校(現・北海道岩見沢東高等学校)を経て、1953年北海道大学文学部国文科卒、1956年同大学院文学研究科国文学専攻修了。藤女子大学文学部教授を経て、龍谷大学文学部教授。1998年龍谷大学定年退職、同名誉教授。 専攻は日本中世文学史、百人一首などの和歌に関する研究で、宗教学的視点からアプローチした中世文学論を展開している。 歌手の中島みゆきは藤女子大学在学中に家郷ゼミに所属しており、卒業論文指導を受けた。
蜂谷 昭雄(はちや あきお、1930年 - 1986年)は、… 蜂谷 昭雄(はちや あきお、1930年 - 1986年)は、日本の英文学者、翻訳家。 京都大学英文科卒、同大学院、大阪府立大学、大阪女子大学から、京大教養部助教授、教授。1983年、甲南女子大学教授。在職中に56歳で死去。 日本イギリス児童文学会創設メンバー。
守屋 陽一(もりや よういち、1930年 - 1999年)は… 守屋 陽一(もりや よういち、1930年 - 1999年)は、日本の翻訳家、英米文学者、株式評論家。 東京生まれ。慶應義塾大学英文科卒業。オスカー・ワイルド、ロバート・ルイス・スティーヴンソン、サマセット・モーム、F・スコット・フィッツジェラルドなどを翻訳していたが、50歳を過ぎてから株式投資の入門書を多く書き、一方ライマン・フランク・ボームの「オズの魔法使い」シリーズを訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
荒木 昭太郎(あらき しょうたろう、1930年 - )は、日… 荒木 昭太郎(あらき しょうたろう、1930年 - )は、日本のフランス文学者。東京大学名誉教授。20世紀日本におけるモンテーニュ研究の第一人者。クラシック音楽にも造詣が深くフレデリック・ショパンに関する著訳書がある。 横浜市に生まれる。1948年第一高等学校に入学、1953年東京大学文学部フランス文学科で渡辺一夫に師事、卒業後は1958年まで同大学院人文科学研究科仏語仏文学専門課程に在学。 1958年より東京藝術大学音楽学部で非常勤講師(1994年まで)。1960年から1962年までフランス政府留学生としてパリ大学に、1972年から1974年まで文部省在外研究員としてパリに滞在。1963年から1991年まで東京大学教養学部助教授を経て教授。
早乙女 忠(さおとめ ただし、1930年 - )は東京都出身… 早乙女 忠(さおとめ ただし、1930年 - )は東京都出身の英文学者。中央大学名誉教授。専門はイギリス文学。 1958年に旧・東京都立大学大学院人文科学研究科(英文学専攻)博士課程を修了する。都立高校教諭を経て、中央大学文学部教授となる。イギリス文学を主に研究し、著作・翻訳等で多数の成果を発表した。
近藤 恒一(こんどう つねいち、1930年 - )は、日本の… 近藤 恒一(こんどう つねいち、1930年 - )は、日本のイタリア文学者。東京学芸大学名誉教授。ルネサンス思想史・文芸史を専攻。 1930年、高知県生まれ。広島大学文学部に入学し、清水純一の下で学んだ。1958年、広島大学大学院文学研究科(西洋哲学専攻)博士課程を単位修得退学。1961年から1967年まで、ボローニャ大学に研究留学し、ボローニャ大学講師。 1968年より大分大学講師、後に助教授。1974年、東京学芸大学助教授となった。1979~80年にフィレンツェで留学研究。1994年に東京学芸大学を定年退職し、名誉教授となった。 1987年、マルコ・ポーロ賞を受賞した著作『ペトラルカ研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。
肥田 晧三(ひだ こうぞう、1930年(昭和5年) - )は… 肥田 晧三(ひだ こうぞう、1930年(昭和5年) - )は、日本の書誌学者、日本文学者。
土屋 淳(つちや あつし、 1930年 - 2011年)は、… 土屋 淳(つちや あつし、 1930年 - 2011年)は、日本の天文学者。 神奈川県出身、1930年生まれ。1945年旧制鎌倉中学校(現鎌倉学園中学校・高等学校)卒業。1953年東京大学理学部天文学科卒業。専門は電波天文学と測地学。学生時代から東京天文台(現在の国立天文台)の10m太陽電波望遠鏡の建設などにかかわり、その後東京天文台に就職、電波天文学の研究でオハイオ州立大学に留学した。学位論文は1977年「位置天文学の新技術の測地的利用の可能性」、東京大学理学博士。電波を利用する測地学の研究に初期の時代から携わり、GPS(全地球測位システム)に関する著書・論文も多い。また、人工衛星・月のレーザー測距や光干渉計の実験にも従事した。
春田 宣(はるた あきら、1930年 - 1999年4月6日… 春田 宣(はるた あきら、1930年 - 1999年4月6日)は、国文学者。
大河内 了義(おおこうち りょうぎ、1930年 - 2016… 大河内 了義(おおこうち りょうぎ、1930年 - 2016年5月6日)は、日本のドイツ文学者、比較思想学者、神戸大学名誉教授。 現在の愛知県西尾市生まれ。1953年大谷大学独文科卒。1956年京都大学大学院文学研究科独文専攻修士課程修了。1957年、愛知大学講師。1959年から1961年まで西独ハイデルベルク大学留学。1962年、神戸大学教養部助教授。1969年から1972年までハイデルベルク大学。1975年から1976年までレーゲンスブルク大学で、それぞれ客員研究員。1993年、定年退官、名誉教授。大谷大学教授。1995年、大谷大文学博士。2016年5月6日、死去。満85歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
塚本 利明(つかもと としあき、1930年 - 2023年7… 塚本 利明(つかもと としあき、1930年 - 2023年7月2日)は、日本の英文学・比較文学者、専修大学名誉教授。 東京府生まれ。1954年に東京大学文学部英文科卒業。1963年東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京都立商科短期大学講師、同助教授、同教授等を経て、1974年4月に専修大学文学部助教授となる(翌年に教授へ昇任)。英国における夏目漱石の研究を行ったほか、哲学や心理学領域の翻訳も手がけた。また専修大学の在職中は文学部の英米文学科の学科長、そして文学部長にも就任、2001年3月の定年退職後、専修大学名誉教授となる。
中野里 皓史(なかのり こうし、1930年 - 1986年1… 中野里 皓史(なかのり こうし、1930年 - 1986年12月18日)は、日本の英文学者。元東京大学文学部英文科教授。シェイクスピア学者。 東京の老舗寿司店「築地玉寿司」(1924年創業)の長男として生まれる。東京大学英文科卒、同大学院修了、文学部助手、1965年より東京大学教養学部専任講師、1967年助教授、1979年教授、1982年文学部教授となる。在職中に急逝。
松原 正 (まつばら ただし、1929年12月22日 - 2… 松原 正 (まつばら ただし、1929年12月22日 - 2016年6月8日) は、日本の英文学者、評論家、劇作家、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 自らも保守派でありながら、革新派は元より西部邁や西尾幹二ら保守派に分類される論客への厳しい批判で知られる。 東京都生まれ。1952年、早稲田大学第一文学部英文科卒業。学生時代より福田恆存に師事し、正字体、歴史的仮名遣で文章を書く。 早い時期から文藝評論家を目指し、高田保を通して福田の知遇を得た。のち英米演劇を専門にして翻訳のみならず幾つかの戯曲を発表、早稲田大学で教鞭をとることになる(文学部非常勤講師→社会科学部助教授→文学部教授)。 かつて『中央公論』などにも文章を発表、産経新聞にも寄稿したことがあるが、1980年代以降は主に『月曜評論』などのミニコミ誌に執筆していた(2004年8月号で同誌が廃刊)。
井手 至(いで いたる、1929年12月10日 - 2017… 井手 至(いで いたる、1929年12月10日 - 2017年4月22日[要出典])は、日本の国語学者・国文学者。大阪市立大学名誉教授。専門は『万葉集』。 愛媛県出身。1952年京都大学文学部国文科卒、同大学院修士課程修了。大阪市立大学助教授、教授、1975年「萬葉集用語・用字の研究」で大阪市立大学より文学博士の学位を取得。1991年定年退官、名誉教授、京都女子大学教授。2000年退職。