新井 千鶴(あらい ちづる、1993年〈平成5年〉11月1日… 新井 千鶴(あらい ちづる、1993年〈平成5年〉11月1日 - )は、埼玉県大里郡寄居町出身の日本の女子柔道家。階級は70kg級。身長172cm。握力は右40kg、左40kg。血液型はO型。段位は五段。組み手は左組み。得意技は内股、出足払。2021年開催の東京オリンピック 柔道 女子70kg級 金メダリスト。2012年から三井住友海上に所属している。 幼稚園の時は、サッカーに取り組んでいた。その一方で3歳年上の兄が周囲から柔道を勧められると、自分もやってみたいと言い出したことで近所にある男衾柔道クラブへ入門したが、年上の女子部員たちに囲まれたことを怖がってしまい、僅か一日で辞めてしまった。それでもクラブの指導者に再考を促されていたこともあって、小学校1年の時には勇気を出して再入門した。
稲森 奈見(いなもり なみ、1993年10月15日 - )は… 稲森 奈見(いなもり なみ、1993年10月15日 - )は、鹿児島県曽於市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は78kg超級。身長165cm。体重110kg。血液型はA型。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は大内刈。現在は三井住友海上女子柔道部に所属している。 柔道は父親の影響で5歳の時に末吉柔道スポーツ団で始めた。末吉中学校から鹿児島南高校に進むと、1年の時に金鷲旗で3位となった。3年の時には金鷲旗で3位、インターハイ78kg超級ではオール一本勝ちの優勝を果たした。全日本ジュニアでは2位となった。 2012年には三井住友海上所属となると、2013年の実業団体ではチームの優勝に大きく貢献した。
永瀬 貴規(ながせ たかのり、1993年10月14日 - )… 永瀬 貴規(ながせ たかのり、1993年10月14日 - )は、長崎県長崎市出身の日本の柔道家。階級は81kg級。身長182cm。組み手は右組み。段位は五段を取得。得意技は内股、足技。2021年開催の東京オリンピック柔道ならびに2024年開催のパリオリンピック柔道の男子81kg級金メダリスト(五輪同階級での史上初の連覇達成)。 柔道は6歳の時に、世界選手権の中量級で2位になった永瀬の大叔父にあたる平尾勝司が師範を務める養心会で兄とともに始めた。兄弟は他に姉がいる。小学校高学年になると修喩館にも通うようになった。長崎大学教育学部附属小学校5年の時には全国小学生学年別柔道大会の40kg級に出場するが、栃木県代表の髙藤直寿に敗れて5位だった。
レイズ カヨル(Kyle Roscoe Reyes 1993… レイズ カヨル(Kyle Roscoe Reyes 1993年10月10日 - )は、カナダのトロント出身で、日本在住の柔道家である。階級は100kg級。身長184cm。組み手は左組み。得意技は内股。父親はフィリピン人で母親はカナダ人。2023年現在、JRAに所属。 カナダで生まれるが、2歳の時に来日した。高崎市立金古南小学校を卒業後、柔道は群馬中央中学1年の時に友達の影響で始めた。結果が出ず柔道を辞めることを考えた時期もあったが、前橋育英高校に進むと順調に力をつけて、3年の時にはインターハイ100kg級で2位になった。2012年には日本大学に進学すると、カナダ選手権で優勝を飾った。2年の時には全日本学生柔道優勝大会で1年先輩の原沢久喜などとともに活躍して2位となった。
黒木 美晴(くろき みはる、1993年9月3日 - )は、宮… 黒木 美晴(くろき みはる、1993年9月3日 - )は、宮崎県出身の日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長158cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は弐段。得意技は大外刈、背負投。 柔道は8歳の時に国分西柔道クラブ高橋道場で始めた。五十市中学1年の時には全国中学校柔道大会の52kg級に出場するが、3回戦で敗れた。2年の時には階級を57kg級に上げるが2回戦で敗れると、3年の時には3回戦で敗れた。宮崎商業高校へ進むと、1年の時には全国高校選手権52kg級で決勝まで進むが、小松大谷高校1年の宮川拓美に内股で敗れて2位だった。2年の時には全日本ジュニアで3位に入った。ベルギー国際のジュニアの部では3位だったが、翌日のシニアの部では決勝で北京オリンピック48kg級銀メダリストで、階級を上げてきたキューバのヤネト・ベルモイを大外刈の有効で破って優勝した。
小林 悠輔(こばやし ゆうすけ、1993年8月12日 - )… 小林 悠輔(こばやし ゆうすけ、1993年8月12日 - )は、埼玉県上尾市出身の日本の柔道選手である。階級は90 kg級。身長175 cm。血液型はB型。組み手は左組み。段位は参段。得意技は大内刈。現在は渡邉電設に所属。兄は100kg級の小林大輔。 柔道は6歳の時に上尾警察署ひまわり柔道教室で始めた。埼玉栄中学3年の時に全国中学校柔道大会の90kg級に出場するも3回戦で敗れた。埼玉栄高校1年の時には高校選手権の90kg級で3位になった。2年の時には金鷲旗で3位だった。3年の時にはインターハイの個人戦と団体戦でともに3位となった。 2012年には筑波大学へ進学した。同期には後に81kg級で世界チャンピオンになる永瀬貴規がいた。
丸山 城志郎(まるやま じょうしろう、1993年8月11日 … 丸山 城志郎(まるやま じょうしろう、1993年8月11日 - )は、日本の柔道家。宮崎県宮崎市出身。階級は66kg級。身長167cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は内股、巴投、袖釣込腰。父親はバルセロナオリンピックの柔道65kg級で7位となった丸山顕志。兄は2011年の世界ジュニア81kg級チャンピオンの丸山剛毅。 5歳の時に父親の出身道場である静充館で柔道を始めた。その後、父親が開設した泰山学舎に所属になると、小学校5年の時に全国少年柔道大会の個人戦で3位、団体戦でも兄とともに活躍して3位になった。全国小学生学年別柔道大会には40kg級に出場するが、決勝で栃木県代表の髙藤直寿に上四方固で敗れた。
上田 轄麻(うえだ かつま、1993年7月21日 - )は、… 上田 轄麻(うえだ かつま、1993年7月21日 - )は、岐阜県出身の、日本の柔道選手。階級は100kg超級。身長185cm。体重135kg。組み手は左組み。血液型はB型。段位は参段。得意技は内股。 柔道は8歳の時に聖心館平野道場で始めた。小学校5年の時には新設された全国小学生学年別柔道大会40kg超級の初代チャンピオンとなった。6年の時には45kg超級に出場するもベスト16にとどまった。中学は愛知県にある強豪校として知られる大成中学へ進んだ。2年の時には近代柔道杯団体戦で優勝すると、3年の時には全国中学校柔道大会の団体戦でも優勝を飾った。しかし、マルちゃん杯では決勝で国士舘中学に敗れて2位に終わり、中学団体3冠はならなかった。
竪山 将(たてやま しょう、1993年7月12日 - )は、… 竪山 将(たてやま しょう、1993年7月12日 - )は、日本の柔道家。鹿児島県出身。階級は66kg級。身長160cm。得意技は背負投。血液型はO型。 柔道は5歳の時に隼人柔道スポーツ少年団で始めた。舞鶴中学3年の時に全国中学校柔道大会66kg級で3位となった。鹿児島情報高校3年の時に出場したインターハイでは3位にとどまったものの、全日本ジュニアでは優勝した。世界ジュニアでも優勝を果たした。2012年には鹿屋体育大学に入学すると、ロシアジュニア国際、ドイツジュニア国際、アジアジュニアで優勝を飾った。2013年には全日本ジュニアで2年ぶり2度目の優勝を飾ったが、世界ジュニア決勝では明治大学1年の橋口祐葵に敗れて2連覇はならなかった。
藤澤 征憲(ふじさわ せいけん、1993年7月10日 - )… 藤澤 征憲(ふじさわ せいけん、1993年7月10日 - )は、岡山県出身の、日本の柔道選手である。階級は55kg級と60kg級。身長163cm。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に養徳館道場で始めた。小学校5年と6年の時に全国小学生学年別柔道大会に出場するも、ともに予選リーグで敗れた。津山西中学3年の時には全国中学校柔道大会55kg級で3位となった。足立学園高校へ進むと、1年の時には世界カデで5試合の内4試合に一本勝ちして優勝を飾った。2年の時には全日本ジュニアで3位だったが、世界ジュニア代表に選出された。世界ジュニアでは決勝まで進むが、カザフスタンのエルドス・スメトフに袖釣込腰で敗れて2位に終わった。
郡司 拳佑(ぐんじ けんすけ、1993年7月2日 - )は、… 郡司 拳佑(ぐんじ けんすけ、1993年7月2日 - )は、日本出身の柔道家・指導者。学生時代にインターハイ準優勝や国民体育大会優勝などの実績を残し、後に旭化成柔道部に所属。現在はアメリカ・ニューヨークで活動している。 小学2年で柔道を始め、中学時代にはレスリングでも全国優勝を果たす。高校3年時にはインターハイで準優勝、国民体育大会(少年の部)で優勝した。 大学は慶應義塾大学に進学し、エースとして団体戦でも活躍した。卒業後は旭化成柔道部に所属し、全日本柔道選手権大会に出場、全日本実業団柔道選手権大会では準優勝を果たしている。 引退後はニューヨークを拠点に活動を開始。柔道クラブ「Kokushi Budo Institute」に所属しながら、プライベートレッスンやセミナーを行っている。
佐野 賀世子(さの かよこ、1993年6月25日 - )は、… 佐野 賀世子(さの かよこ、1993年6月25日 - )は、富山県高岡市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は63kg級。身長167cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は内股。趣味は音楽鑑賞と人間観察。 柔道は10歳の時に高岡西条スポーツ少年団で始めた。芳野中学に進むと、富山県からオリンピック選手を輩出する目的で設立された「さくら柔道塾」に入門して、そこで寮生活を送ることになった。1年の時には早くも全国中学校柔道大会の57kg級に出場すると、戸塚中学2年の武村綾華に大外刈で敗れるも3位となった。翌年には階級を63kg級に上げると、個人戦では準決勝で津島中学3年の木村輝美に横四方固で敗れて前年に続き3位となると、団体戦でも3位になった。
五十嵐 涼亮(いがらし りょうすけ、1993年6月9日 - … 五十嵐 涼亮(いがらし りょうすけ、1993年6月9日 - )は、栃木県出身の、日本の柔道家、総合格闘家。柔道時代の階級は90kg級。身長177cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は4歳の時に専心館芝崎道場で始めた。小学校5年の時には全国小学生学年別柔道大会45kg超級で5位になった。6年の時には決勝トーナメント1回戦で敗れた。国士舘中学へ進むと、2年の時には近代柔道杯で2位になった。3年の時は全国中学校柔道大会の団体戦で3位だったが、マルちゃん杯では優勝した。 国士舘高校1年の時に、それまで個人戦での実績はなかったものの、ジュニア合宿に参加するようになってから力を付けていったことが認められて世界カデ90kg級代表に選ばれた。
シャーフセイン・シャー(Shah Hussain Shah、… シャーフセイン・シャー(Shah Hussain Shah、1993年6月8日 -)はパキスタンの柔道選手。イギリス生まれ日本育ち。階級は100kg級。身長は193cm。得意技は内股。 父親のフセイン・シャーは貧民窟から成り上がり、ソウルオリンピックのボクシングミドル級にパキスタン代表で出場して同国初のメダルとなる銅メダルを獲得した。映画化もされたほどの「英雄」だったという。2歳の時にその父親とともに来日した。父親は角海老宝石ボクシングジムのトレーナーとして東洋太平洋ライト級王者の坂本博之などを指導した。一方、本人は幼稚園の時に空手と間違えて柔道を始めたという。安田学園高校時代は夏合宿がイスラム教徒の義務の1つであるラマダーン(断食)の時期であったために水も飲めずに苦労したことがあった。
髙藤 直寿(たかとう なおひさ、1993年〈平成5年〉5月3… 髙藤 直寿(たかとう なおひさ、1993年〈平成5年〉5月30日 - )は、日本の柔道家。栃木県下野市出身。組み手は左組み。得意技は小内刈、巴投げ、肩車。2021年開催の東京オリンピック柔道男子60kg級金メダリスト。 埼玉県蓮田市に生まれ、4歳から栃木県下野市で育つ。7歳の時に柔道を始めた。小学校3年からは66kg級世界チャンピオンの海老沼匡も在籍していた野木町柔道クラブの所属となった。小学校5年の時にはその年に新設された全国小学生学年別柔道大会40kg級の初代チャンピオンとなった。翌年はこの大会の45kg級で優勝して2連覇を達成した。東海大相模中学3年の時には全国中学校柔道大会で優勝した。東海大相模高校1年の時には16歳以下の世界一を決める大会である世界カデに出場して優勝した。
髙藤 直寿(たかとう なおひさ、1993年5月30日 - )… 髙藤 直寿(たかとう なおひさ、1993年5月30日 - )は、栃木県下野市出身の、日本の柔道選手である。階級は60kg級。身長160cm。血液型はAB型。組み手は左組み。段位は四段。得意技は小内刈、巴投げ、肩車。現在はパーク24に所属している。
髙市 賢悟(たかいち けんご、1993年(平成5年)4月6日… 髙市 賢悟(たかいち けんご、1993年(平成5年)4月6日 - )は、日本の柔道家。愛媛県出身。階級は66kg級。身長168cm。組み手は右組み。段位は三段。血液型はB型。得意技は背負投で変則的なやり方が多い。2025年(令和7年)現在は旭化成に所属。 柔道は4歳の時に父親の影響で、同郷の先輩である浅見八瑠奈や中矢力の出身道場でも知られる伊予柔道会で始めた。また、髙市の父親が動物園の飼育員だった関係から、ホッキョクグマの赤ちゃん「ピース」を国内初の人工飼育に成功させるため、自宅で24時間世話することになり、6歳の時から4ヶ月ほど一緒に遊んだり、布団に包まって寝るなどして過したこともあった。小学校5年の時には全国少年柔道大会に出場すると、決勝で46kgも重い長野竜希に2-1の僅差ながら勝利して優勝を飾った。
高市 賢悟(たかいち けんご、1993年4月6日 - )は、… 高市 賢悟(たかいち けんご、1993年4月6日 - )は、愛媛県出身の日本の柔道選手。階級は66kg級。身長168cm。組み手は右組み。段位は二段。得意技は背負投。現在は旭化成に所属。
石内 裕貴(いしうち ゆうき、1993年4月2日 - )は、… 石内 裕貴(いしうち ゆうき、1993年4月2日 - )は、福岡県出身の、日本の柔道選手。階級は100kg級。身長183 cm。組み手は右組み。血液型はA型。得意技は小内刈。 柔道は7歳の時に大刀洗豪武館で始めた。大刀洗中学から高水高校へ進むと、3年の時にはインターハイ100kg級で優勝した。全日本ジュニアでは3位だった。2012年に天理大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで3位、2年の時には優勝大会で3位、3年の時には優勝大会で3位、学生体重別では2位となった。2016年に旭化成の所属になった。2019年の実業個人選手権で優勝を飾ると、講道館杯では3位となった。2020年の全日本選手権では準決勝で会社の2年先輩である羽賀龍之介に腕挫十字固で敗れるも3位入賞を果たした。
辻出 優翔(つじで ゆうと、1993年3月27日 - )は、… 辻出 優翔(つじで ゆうと、1993年3月27日 - )は、日本のキックボクサー、柔道整復師。 京都府京都市出身。ホーストカップ初代日本ライト級(60kg)王者。国際チャクリキ協会認定・西日本フェザー級王者。DEEP☆KICK第2代60kg王者。ストライカー キック 新人王。京賀塾所属。 京賀塾の塾長である父親の影響で小学2年生からフルコンタクト空手を始め、高校入学後キックボクシングに転向した。
中野 亨道 (なかの こうどう、1993年3月8日 - )は… 中野 亨道 (なかの こうどう、1993年3月8日 - )は、日本出身のフィリピンの元男子柔道(81kg級)選手。2016年リオデジャネイロオリンピックフィリピン代表。岩手県九戸郡野田村出身。清和大学卒業。2023年現在、柔道フィリピン代表チーム監督。 日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた。出生時より日本とフィリピン両国の国籍を有する。 弟の中野修源・中野経清もフィリピン代表の柔道選手である。 9歳の時から地元の道場直心館で柔道を始めた。岩手県立久慈東高等学校2年時に母の故郷へ里帰りした際、フィリピン代表チームに誘われた。 2013年から2015年にかけて、世界柔道選手権大会などIJFワールド柔道ツアーに多数出場した。
遠藤 宏美(えんどう ひろみ、1993年2月22日 - )は… 遠藤 宏美(えんどう ひろみ、1993年2月22日 - )は、滋賀県大津市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は48kg級。身長159cm。血液型はB型。組み手は右組み。段位は参段。得意技は背負投。 柔道は4歳の時に大津柔道協会で始めた。小学校6年の時には全国小学生学年別柔道大会の45kg級で3位になった。比叡山中学3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級で優勝した。比叡山高校時代は1年の時に早くも全日本ジュニアで優勝を果たした。講道館杯でも3位になった。2年の時には全日本ジュニアで2連覇を達成して19歳以下の世界一を決める世界ジュニアに出場するが、決勝でブラジルのサラ・メネゼスに技ありで敗れて2位にとどまった。
鮫島 るい(さめじま るい、1992年11月20日 - )は… 鮫島 るい(さめじま るい、1992年11月20日 - )は、日本のAV女優、総合格闘家、柔道家。
井上 愛美(いのうえ まなみ、1992年9月13日 - )は… 井上 愛美(いのうえ まなみ、1992年9月13日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手である。階級は78kg超級。身長は169cm、体重は110kg。血液型はO型。組み手は右組み。段位は弐段。得意技は払腰。現在はJR九州に所属。 8歳の時に柔道を始めた。藍中学2年の時に全国中学校柔道大会団体戦で同級生の太田晴奈とともに優勝に貢献した。翌年の春には近代柔道杯でも優勝を遂げるが、全国中学校柔道大会の団体戦では決勝で敗れて連覇はならず、さらに個人戦では3位に終わった。新田高校2年の時にはインターハイ個人戦で2位となり、翌年の全国高校選手権では個人戦で優勝、団体戦で3位となった。高校3年の時には金鷲旗でチームを2位に押し上げる原動力となり、インターハイ個人戦ではオール一本勝ちで優勝を果たした。
渡邉 勇人(わたなべ はやと、1992年8月20日 - )は… 渡邉 勇人(わたなべ はやと、1992年8月20日 - )は、千葉県成田市出身の、日本の柔道選手である。階級は90kg級。身長183cm。段位は参段。組み手は左組み。得意技は足技、袖釣込腰。現在は了徳寺学園職員。 柔道は5歳の時に成田柔道教室、矢野道場田仲塾で始めた。富里中学3年の時に全国中学校柔道大会66kg級で3位に入った。東海大浦安高校に進むと、2年と3年の時にインターハイ81kg級で2位になった。東海大学に進学すると、1年の時に全日本ジュニアで3位になった。2年の時には優勝大会と体重別団体で優勝メンバーの一員となった。3年の時には優勝大会で優勝するが、体重別団体は2位だった。学生体重別では筑波大学2年の永瀬貴規に袈裟固で一本勝ちして優勝を飾った。
角田 夏実(つのだ なつみ、1992年〈平成4年〉8月6日 … 角田 夏実(つのだ なつみ、1992年〈平成4年〉8月6日 - )は、日本の女性柔道家。2024年パリ五輪48kg級金メダリスト。世界柔道選手権48kg級3連覇(2021年 - 2023年)。柔道グランドスラムで金メダルを通算6個獲得。2018年アジア大会52kg級および2022年アジア大会48kg級で金メダル。千葉県八千代市出身。東京学芸大学卒業。SBC湘南美容クリニック所属。 身長161cm。バスト93cm。リーチ166cm。握力は右32kg、左34kg。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は内股、巴投げ、寝技(とりわけ関節技)。 フリーアナウンサー兼気象予報士の角田智美は従姉妹にあたり、2024年10月10日放送の新潟ローカル情報番組『夕方ワイド新潟一番』(テレビ新潟)内で両角田の共演が実現した。
蓬田 智佳(よもぎた ともか、1992年7月14日 - )は… 蓬田 智佳(よもぎた ともか、1992年7月14日 - )は、栃木県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は48kg級。身長147cm。血液型はA型。段位は参段。組み手は左組み。得意技は背負投。現在はJR東日本に所属。 家族全員がインターハイに出場経験のある柔道一家だった。そのため、柔道は10歳の時に昭徳館で始めた。小学校6年生の時には全国小学生学年別柔道大会軽量級に出場するが、予選リーグで敗れた。白鷗大足利中学3年の時に全国中学校柔道大会44kg級で優勝を飾った。さらには、アジアジュニアの45kg級でも優勝を果たした。白鷗大足利高校2年の時にはインターハイ48kg級で5位となった。また、世界ジュニアには新設された44kg級に出場すると、優勝を飾った。
原沢 久喜(はらさわ ひさよし、1992年7月3日 - )は… 原沢 久喜(はらさわ ひさよし、1992年7月3日 - )は、日本の柔道家。山口県下関市出身。階級は100kg超級。身長191cm。体重122kg。組み手は右組み。得意技は内股、大内刈。弟に俳優の原沢侑高がいる。 柔道は6歳の時に大西道場で始めた。日新中学から早鞆高校へ進学した当初は66kg級の選手で、身長も177cmほどだった。しかしその後成長を続けると、3年の時には身長190cmを超えて、階級も100kg超級まで上がった。なお、体重も90kgくらいまでは自然に増えたが、そこから先はウェイトトレーニングやプロテインを大量に摂取して増やしていった。高校時代は柔道部員が8名しかおらず、決して強豪校とは言えない環境であったものの、広島県の崇徳高校や岡山県の作陽高校など強豪選手がひしめく中国大会を制覇すると、インターハイの100kg超級では準決勝で東海大相模高校3年の王子谷剛志に上四方固で敗れたものの3位となった。
西川 真帆(にしかわ まほ、1992年6月15日 - )は、… 西川 真帆(にしかわ まほ、1992年6月15日 - )は、和歌山県御坊市出身の、日本の柔道選手である。階級は63kg級。身長169cm。段位は弐段。組み手は右組み。得意技は大外刈。 柔道は5歳の時に日高柔道教室で始めた。御坊中学3年の時に全国中学校柔道大会57kg級に出場するが初戦で敗れた。紀央館高校2年の時に全国高校選手権の63kg級で5位になった。3年のインターハイでは初戦で高岡龍谷高校2年の佐野賀世子に内股で敗れた。2011年に龍谷大学へ進むと結果を出し始め、1年の時に学生体重別で3位となった。3年の時には優勝を果たした。4年の時には選抜体重別で3位になった。東アジア選手権では個人戦、団体戦ともに優勝を飾った。
太田 晴奈(おおた はるな、1992年6月12日 - )は、… 太田 晴奈(おおた はるな、1992年6月12日 - )は、大阪府吹田市出身の日本の柔道選手である。階級は63kg級。身長162cm。得意技は内股。組み手は右組み。段位は弐段。血液型はB型。現在は自衛隊体育学校所属の2等陸曹。 6歳の時に柔道を始めた。藍中学2年の時には同級生の井上愛美とともに全国中学校柔道大会団体戦の優勝に貢献した。3年の時は団体戦こそ2位だったものの個人戦では優勝を果たした。 淑徳高校2年の全国高等学校柔道選手権大会では団体戦では2位に終わるも個人戦で優勝を飾った。さらに3年の時には金鷲旗で優勝すると、インターハイでも個人戦と団体戦の2冠を達成した。淑徳大学に進学すると、1年の時には全日本ジュニアと学生体重別では決勝で敗れて2位だった。
王子谷 剛志(おうじたに たけし、1992年6月9日 - )… 王子谷 剛志(おうじたに たけし、1992年6月9日 - )は、日本の柔道家。大阪府泉佐野市出身。得意技は大外刈。血液型はO型。 幼少の頃は柔道好きの父親によく柔道の試合を見せられていた。そのなかでも井上康生の試合に魅了されたこともあって、7歳の時にやまびこ少年柔道クラブで柔道を始めた。小学生の時は父親に払腰と大外刈を仕込まれた。東海大相模中学時代は全国大会の個人戦、団体戦で何度か上位に入るが優勝までには至らなかった。なおこの時期は、監督の林田和孝の指示で払腰ではなく大外刈の方を重点的に強化することになった。東海大相模高校2年の時には1年先輩の羽賀龍之介や橋本壮市、藤井岳などとともに活躍して、団体戦の高校3冠(全国高校選手権、金鷲旗、インターハイ)に貢献した。
土井 健史(どい たけし、1992年5月26日 - )は、大… 土井 健史(どい たけし、1992年5月26日 - )は、大阪府出身の、日本の柔道選手である。階級は73kg級。身長169cm。組み手は左組み。得意技は背負投。
柳樂 祐里(なぎら ゆり、1992年5月11日 - )は、東… 柳樂 祐里(なぎら ゆり、1992年5月11日 - )は、東京都出身の、日本の柔道選手。階級は57kg級。身長165cm。血液型はAB型。組み手は左組み。得意技は大腰、舟久保固。 柔道は柔友館用賀柔道クラブで始めた。用賀中学から駒場高校を経て国士舘大学に進んだ。3年の時には初めての全国大会出場となった学生体重別の57kg級で決勝まで進むと、埼玉大学4年の金子瑛美を裏投げで破って優勝した。4年の時は5位にとどまった。2015年にはJR東日本の所属となると、2016年の実業団体ではチームメイトの渡辺華奈などとともに活躍して2位となった。2017年のアジアオープン・台北では初戦で自衛隊体育学校の金子に敗れるも、その後敗者復活戦を勝ちあがって3位になった。
金 琳煥(キム・イムファン、Kim Lim-Hwan、199… 金 琳煥(キム・イムファン、Kim Lim-Hwan、1992年5月6日 - )は、大韓民国の柔道選手。在日三世。階級は66kg級。 相原中学3年の時に全国中学校柔道大会団体戦でチームメイトの丸山剛毅などとともに活躍して3位になった。 新田高校3年の時にインターハイ73kg級で5位になった。 東海大学へ進学すると、3年の時に全国体育系学生柔道体重別選手権大会66kg級で優勝した。4年の時にはグランドスラム・バクーで3位に入った。 大学を卒業後は韓国馬事会の所属になると、2016年のグランプリ・サムスンでIJFワールド柔道ツアー初優勝を飾るも、この階級には世界チャンピオンのアン・バウルがいたためにリオデジャネイロオリンピックには出場できなかった。
丸山 剛毅(まるやま ごうき、1992年4月5日 - )は、… 丸山 剛毅(まるやま ごうき、1992年4月5日 - )は、宮崎県宮崎市出身の、日本の柔道選手である。階級は81kg級。身長173cm。得意技は内股。現在はパーク24所属。父親はバルセロナオリンピックの柔道65kg級で7位となった丸山顕志。1つ年下の弟である丸山城志郎は2019年に世界選手権66㎏級で優勝した。 5歳の時に柔道を始めた。小学校6年の時に全国少年柔道大会の個人戦で5位、団体戦でも弟とともに活躍して3位になった。全日本選抜少年柔道大会小学生の部では個人戦で優勝すると、団体戦でも弟とともに活躍して優勝を飾った。相原中学3年の時には全国中学校柔道大会の団体戦では3位だったものの個人戦90kg級では優勝を果たした。
佐藤 瑠香(さとう るいか、1992年3月27日 - )は、… 佐藤 瑠香(さとう るいか、1992年3月27日 - )は、福岡県中間市出身の日本人の女子柔道選手。階級は78kg級。身長170cm。血液型はA型。組み手は右組み。柔道弐段を取得。得意技は大内刈。コマツ女子柔道部に所属。弟に81kg級で活躍した佐藤正大がいる。 柔道は6歳の時に香月道場で始めた。中間南中学3年の時には全国中学校柔道大会70kg超級で優勝を果たした。八幡工業高校に進学すると、1年生にしてインターハイの78kg級を制した。2年の時はベスト8だったものの、3年では再び優勝した。 2010年になると高校を卒業してコマツ所属となった。社会人として最初の大会となった4月の体重別では、準決勝で佐藤より1つ年上のライバルである緒方亜香里を破ったものの、決勝で同じ会社の先輩である岡村智美に敗れて2位となり世界選手権代表には選出されなかった。
志々目 徹(ししめ とおる、1992年3月8日 - )は、日… 志々目 徹(ししめ とおる、1992年3月8日 - )は、日本の柔道家。宮崎県都城市出身。階級は60kg級。身長161cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は内股。兄は柔道家で元競艇選手の志々目裕樹。妹は2017年の世界選手権52kg級で優勝した志々目愛。 柔道は4歳の時に財部柔心館で始めた。毎日練習があり、家に帰っても父親との稽古を積む日々であった。庄内中学3年の時に全国中学校柔道大会55kg級で2位となった。宮崎日大高校3年の時にはインターハイで優勝した。その後、世界ジュニアに新設された55kg級に出場して初代チャンピオンとなった。日本体育大学体育学部武道学科に進学後、全日本ジュニアの60kg級では3位に留まるが世界ジュニア代表に選出されて、世界ジュニアでは昨年に続いての優勝を果たして2階級制覇を達成した。
烏帽子 美久(えぼし みく、1992年2月18日 - )は鹿… 烏帽子 美久(えぼし みく、1992年2月18日 - )は鹿児島県の種子島西之表市出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。身長は167cm。体重95kg。血液型はB型。組み手は左組み。得意技は内股。現在はJR東日本の所属。 柔道は6歳の時に黒潮柔友会で始めた。榕城中学2年の時に全国中学校柔道大会の70kg級で3位になった。3年の時には70kg超級に出場するが、決勝で中間南中学3年の佐藤瑠香に敗れて2位だった。 埼玉栄高校へ進むと、1年の時には金鷲旗で2位になると、インターハイ団体戦では決勝で小杉高校との代表戦となるが、田知本遥に大内刈で敗れた。2年の時には金鷲旗で同級生の前田奈恵子や馬場菜津美らとともに活躍して優勝した。
大野 将平(おおの しょうへい、1992年〈平成4年〉2月3… 大野 将平(おおの しょうへい、1992年〈平成4年〉2月3日 - )は、山口県山口市出身の日本の柔道家。階級は73kg級。身長170cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は五段。得意技は大外刈と内股。現在は旭化成に所属。 柔道は7歳の時に松美柔道スポーツ少年団で始めた。道場の2年先輩には後に無差別の世界チャンピオンとなる上川大樹がいた。山口市立良城小学校卒業後、2歳上の兄である哲也を追って上京すると、講道学舎の所属となった。指導者の持田治也によれば、入学当初の大野は同じ学年の選手8名のうち7番手に過ぎなかったものの、弦巻中学の2年生になる頃には一切妥協せず常に真剣勝負を挑んでくる大野の姿勢に躊躇して、上級生を含めた他の選手が大野と組み合うのを避ける傾向が出てくるなど、その存在感を示すようになってきたという。
安松 春香(やすまつ はるか、1991年12月22日 - )… 安松 春香(やすまつ はるか、1991年12月22日 - )は、大分県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70kg級。身長165cm。血液型はA型。組み手は左組み。段位は参段。得意技は内股。 柔道は11歳の時に国東少年柔道クラブで始めた。国東中学3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級決勝で久米田中学3年の小松柔に敗れて2位だった。国東高校へ進むと、階級を63kg級まで上げた。3年の時にはインターハイと全日本ジュニアの63kg級で3位となった。 2010年には環太平洋大学へ進んで古賀稔彦の指導を受けることになった。1年の時には全日本ジュニアの決勝で淑徳高校1年の田代未来に敗れて2位だったが、田代とともに世界ジュニア代表に選ばれた。
髙上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - … 髙上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - )は、日本の柔道家。福岡県豊前市出身。階級は66kg級。身長168cm。得意技は背負投。現在は旭化成に所属している。血液型はB型。 柔道は6歳の時に始めた。田原中学3年の時には全国中学校柔道大会の60kg級で優勝した。桐蔭学園高校2年の時には全日本ジュニアで3位となった。3年になると階級を66kg級に上げてインターハイでは2位となった。日本体育大学へ進学後、1年の時には講道館杯で3位となり、2年の時には優勝を果たした。その後出場したグランドスラム・東京では世界ランキング143位ながら、北京オリンピック60kg級で優勝した崔敏浩をはじめ、世界ランキング3位のアリム・ガダノフや元世界チャンピオンでランキング2位のハシュバータル・ツァガンバータル等を次々と破る快進撃を見せて、決勝でもランキング1位のムサ・モグシコフ相手に先に技ありを取られるも逆転の一本勝ちを果たしたことにより、世界ランキング上位3名を悉く破っての優勝を飾ることとなった。
高上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - … 高上 智史(たかじょう ともふみ、1991年12月7日 - )は、福岡県豊前市出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長168cm。得意技は背負投。現在は旭化成に所属している。
西山 雄希(にしやま ゆうき、1991年11月16日 - )… 西山 雄希(にしやま ゆうき、1991年11月16日 - )は、広島県東広島市出身の日本の柔道選手。階級は73kg級。身長170cm。得意技は小外刈。筑波大学卒。西山大希は兄にあたる。 柔道は6歳の時に始めた。全国中学校柔道大会で伊左次雄介に決勝で敗れ2位となった。桐蔭学園高等学校3年の時にはインターハイでも2位となった。その後、全日本ジュニアを制して、世界ジュニアでも優勝した。さらにシニアの大会である講道館杯でも3位となり、グランドスラム・東京では高校生ながら3位に入る健闘を見せた。2010年には、ワールドカップ・ウィーンでも3位になった。 2012年5月にはグランドスラム・モスクワに出場して、決勝で昨年の世界選手権で3位になったウズベキスタンのナフルズ・ユラコビロフを指導3で破りIJFグランプリシリーズで初優勝を飾った。
高橋 ルイ(たかはし るい、1991年11月7日 - )は、… 高橋 ルイ(たかはし るい、1991年11月7日 - )は、神奈川県出身の、日本の柔道選手。階級は78kg級。身長170cm。組み手は左組み。血液型はO型。得意技はアキレス腱固め。父親はガーナ出身。。
高橋 良介(たかはし りょうすけ、1991年10月28日 -… 高橋 良介(たかはし りょうすけ、1991年10月28日 -)は北海道出身の日本の柔道家。100 kg級の選手。身長は178 cm。組み手は左組み。得意技は大外刈。 柔道は10歳の時に柳柔会高畑道場で始めた。永山中学2年の時には全国中学校柔道大会の90kg級決勝で大成中学3年の菅原健志に敗れて2位だった。その後大成中学へ転向すると、近代柔道杯団体戦では優勝を飾った。3年の全国中学校柔道大会では個人戦決勝で三国中学3年の近藤拓也に敗れて再び2位にとどまったが、団体戦ではチームメイトの六郷雄平や稲木貴統、稲田基などとともに活躍して優勝した。全日本選抜少年柔道大会でも優勝に貢献して、チームは2年連続中学団体3冠(近代柔道杯、全国中学校柔道大会、全日本選抜少年柔道大会)を達成した。
谷本 和(たにもと のどか、1991年9月20日 - )は、… 谷本 和(たにもと のどか、1991年9月20日 - )は、福岡県出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長160cm。組み手は左組み。段位は弐段。得意技は大外刈。 柔道は8歳の時に始めた。山田中学から南筑高校へ進むと、3年の時にインターハイ52kg級で優勝を果たした。環太平洋大学に進学すると、1年の時には全日本ジュニア決勝で桐蔭学園高校1年の山本杏を指導2で破り優勝を飾った。しかし世界ジュニアでは3回戦でコソボのマイリンダ・ケルメンディに指導2で敗れた。その後の学生体重別団体ではチームの初優勝に貢献した。2年の時には学生体重別の準々決勝で金沢学院大学の橋本優貴を小内刈で破るなどして初優勝を飾ると、学生体重別団体でも2連覇を達成することになった。
清水 健登(しみず けんと、1991年9月15日 - )は、… 清水 健登(しみず けんと、1991年9月15日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長168cm。得意技は大腰。現在はパーク24に所属。 5歳の時に柔道を始めた。大社中学から京都共栄学園高校へ進むと、3年の時にインターハイで3位となった。2010年に山梨学院大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで優勝を果たして世界ジュニア代表に選出された。世界ジュニアでは決勝でカザフスタンの選手を旗判定(3-0)で破り優勝を成し遂げた。学生体重別では1年生ながら2位になった。2年の時には講道館杯で2位となった。3年の時には学生体重別とグランプリ・青島で3位になった。 (出典、JudoInside.com)
橋本 壮市(はしもと そういち、1991年8月24日 - )… 橋本 壮市(はしもと そういち、1991年8月24日 - )は、日本の柔道家。静岡県浜松市出身。階級は73kg級。身長170cm。段位は五段。パリオリンピック柔道男子73kg級銅メダリスト。得意技は「橋本スペシャル」と称される変形の袖釣込腰、一本背負投。現在はパーク24に所属。座右の銘は広壮豪宕。 柔道は6歳の時に地元浜松市の育誠館道場で始めた。 東海大相模中学2年の時に全国中学校柔道大会66kg級で3位になると、3年の時には73kg級で2位になった。 東海大相模高校3年になると、金鷲旗とインターハイでは同級生の羽賀龍之介や藤井岳、2年の王子谷剛志らとともに優勝に貢献して、1987年の世田谷学園高校以来、史上2校目の2年連続高校3冠を達成した。
前田 奈恵子(まえだ なえこ、1991年7月12日 -)は青… 前田 奈恵子(まえだ なえこ、1991年7月12日 -)は青森県出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長は165cm。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は11歳の時に五所川原柔道少年団で始めた。五所川原第一中学3年の時に全国中学校柔道大会の70kg級で3位になった。埼玉栄高校へ進むと、2年の時には金鷲旗で同級生の烏帽子美久や馬場菜津美らとともに活躍して優勝した。インターハイの団体戦では決勝で阿蘇高校に敗れて2位だった。高校選手権の団体戦には出場しなかったが、チームは優勝を飾った。3年の時には金鷲旗の決勝で佐藤瑠香率いる八幡工業高校を破って2連覇を達成した。インターハイ個人戦では5位にとどまったが、団体戦では烏帽子や菅原歩巴とともに決勝で淑徳高校を破って優勝して、高校女子柔道史上初となる団体3冠(高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。
馬場 菜津美(ばば なつみ、1991年7月1日 -)は、埼玉… 馬場 菜津美(ばば なつみ、1991年7月1日 -)は、埼玉県出身の日本の柔道家及びレスリング選手。柔道では70kg級、レスリングでは75kg級の選手。身長は177cm。組み手は左組み。得意技は大内刈。 柔道は5歳の時に熊谷柔道愛好会で始めた。深谷南中学から埼玉栄高校へ進むと、2年の時には金鷲旗で同級生の烏帽子美久や前田奈恵子らとともに活躍して優勝した。インターハイの団体戦では決勝で阿蘇高校に敗れて2位だった。高校選手権の団体戦では烏帽子らとともに活躍して優勝を飾った。3年の時には金鷲旗の決勝で佐藤瑠香率いる八幡工業高校を破って2連覇を達成した。インターハイ個人戦の63kg級で優勝を飾った。団体戦では決勝のメンバーからは外れたが、チームは決勝で淑徳高校を破って優勝して、高校女子柔道史上初となる団体3冠(高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を達成した。