大野 道夫(おおの みちお、1956年1月4日 - )は、日… 大野 道夫(おおの みちお、1956年1月4日 - )は、日本の歌人・社会学者。竹柏会「心の花」編集委員。大正大学心理社会学部人間科学科教授。曾祖父は佐佐木信綱。佐佐木幸綱は母の従兄弟にあたる。 神奈川県立湘南高等学校、東京大学文学部国史学科卒業。同大学院教育学研究科教育社会学専攻博士課程満期退学。 東大俳句会OBで、俳誌「天為」に所属して俳人としても活動する。1989年、「思想兵・岡井隆の軌跡―短歌と時代・社会との接点の問題」で第7回現代短歌評論賞受賞。1990年、谷岡亜紀、加藤孝男、大辻隆弘らと同人誌『ノベンタ』を創刊。2006年、東京大学本郷短歌会を創立。 歌人としての活動のほか、歌壇を社会学の見地から分析した本も上梓している。
河野 美砂子(こうの みさこ、1956年 - )は、日本のピ… 河野 美砂子(こうの みさこ、1956年 - )は、日本のピアニスト、歌人。 1956年、京都府京都市に生まれる。5歳からピアノを始める。京都市立堀川高等学校音楽科を経て京都市立芸術大学音楽学部卒業後、ロサンゼルスやウィーンに留学。井上直幸、ピヒト=アクセンフェルトらに師事する。1988年、淡路島国際室内楽コンクール優秀賞を受賞。1992年「塔」入会。1995年から京都市立芸術大学音楽学部のピアノの非常勤講師を務める。1995年、「夢と数」で第41回角川短歌賞受賞。2004年、歌集『無言歌』により、第5回現代短歌新人賞。2016年、歌集『ゼクエンツ』により、第12回葛原妙子賞。
佐怒賀 正美(さぬか まさみ、1956年(昭和31年)- )… 佐怒賀 正美(さぬか まさみ、1956年(昭和31年)- )は、俳人。俳句結社「秋」主宰。妻は、歌人橋本喜典の長女。 茨城県古河市に生まれる。茨城県立古河第三高等学校を経て、東京大学文学部仏文科卒業。小学館辞典編集部に勤務し、2014年4月早期退職。 中学時代に第4回俳句研究賞受賞者である牧辰夫により俳句を知り、大学時代は東大学生俳句会、東大本郷句会に参加、山口青邨、小佐田哲男、有馬朗人の指導を受ける。1978年、石原八束主宰の「秋」に入会、師事。1990年、有馬朗人主宰の「天為」創刊に参加。二代目「秋」主宰、文挾夫佐恵にも学ぶ。「秋」副主宰を経て2006年主宰。第74回現代俳句協会賞受賞。小学館の同僚である村井康司らとともに同人誌「恒信風」にも参加。
井辻 朱美(いつじ あけみ、1955年12月12日 - )は… 井辻 朱美(いつじ あけみ、1955年12月12日 - )は、日本の翻訳家、ファンタジー小説家、歌人。白百合女子大学文学部児童文化学科教授。 東京大学理学部生物学科卒・同大学院人文系研究科比較文学比較文化専攻修了。 J・R・R・トールキンなどの正当ファンタジーの愛好家として出発し、英米のファンタジー小説を多く翻訳する。また自身も、ロード・ダンセイニなどの英米ファンタジーの世界観の影響を受けたファンタジー小説を多数著している。作風は軽やかで明るいものが多い。ファンタジー評論家の石堂藍は、言葉への深いこだわりを持ち、徹底して空想的な世界を描く作家と評し、山尾悠子と好一対のファンタジストと述べている。
中津 昌子(なかつ まさこ、1955年9月 - )は、歌人。… 中津 昌子(なかつ まさこ、1955年9月 - )は、歌人。京都府出身。東京女子大学卒業。1987年「歌林の会」入会。馬場あき子に師事。1991年、「風を残せり」30首で第6回短歌現代新人賞。1994年、『風を残せり』で第20回現代歌人集会賞。アメリカ・メリーランド州在住などを経て、京都市在住。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
都築 直子(つづき なおこ、1955年8月12日 - )は日… 都築 直子(つづき なおこ、1955年8月12日 - )は日本の歌人、小説家、スカイダイビング・インストラクター。 東京都生まれ。上智大学外国語学部仏語学科を卒業してスカイダイビング・インストラクターになり、その後、小説家、歌人という順に転身した異色の経歴を持つ。 短歌に関心を持ったきっかけは穂村弘が新聞に連載したエッセイ。中部短歌会にて春日井建に師事。春日井建没後、前川佐美雄が創刊した「日本歌人」に拠る。ただし、作風としては高野公彦及び小池光の影響が強い。 1989年、「エル・キャプ」 により第53回小説現代新人賞を受賞。2006年、日本歌人新人賞を受賞。2007年、歌集『青層圏』により第13回日本歌人クラブ新人賞及び第51回現代歌人協会賞を受賞。
夏石 番矢(なついし ばんや、1955年7月3日 - )は、… 夏石 番矢(なついし ばんや、1955年7月3日 - )は、日本の俳人。明治大学法学部教授(専攻は比較文学)。本名:乾 昌幸。 妻は俳人の鎌倉佐弓。同じく俳人の乾佐伎は娘。兵庫県相生市生まれ。埼玉県富士見市在住。 20代より「俳句研究」「俳句評論」「未定」などで俳句・俳論を発表。代表句として「未来より滝を吹き割る風来たる」「神々のあくびが桜を枯らすのか」など。多数の著書があり、句集では1冊ごとに新しいスタイルを試みる前衛俳人である。 1998年、国際俳句雑誌「吟遊」を創刊しその発行者・編集者・代表を務める。既成俳壇、とくに角川俳壇をさまざまな理由から拒否し、季語以外に活路を見出すキーワードの提唱やコスモロジー的俳句観、多言語俳句朗読、楽器演奏とのコラボレーションによる俳句朗読の実践など、国際的視野に立った活動を展開。
渡辺 松男(わたなべ まつお、1955年5月13日 - )は… 渡辺 松男(わたなべ まつお、1955年5月13日 - )は、日本の歌人。短歌結社「かりん」所属。 群馬県伊勢崎市生まれ。群馬県立前橋高等学校、東京大学文学部卒業。公務員のかたわら1990年に短歌結社「歌林の会」に入会し、馬場あき子・岩田正に師事する。1999年から2010年まで、上毛新聞歌壇選者を務める。同じく1999年より5年間、群馬県立土屋文明記念文学館に勤務した。2010年より筋萎縮性側索硬化症(ALS)で闘病している。 口語やオノマトペを自在に使ったやわらかな文体で、人間が生き物一般と等価に立つような、独特の自然観の短歌を詠む。
山尾 悠子(やまお ゆうこ、1955年3月25日 -)は、日… 山尾 悠子(やまお ゆうこ、1955年3月25日 -)は、日本の小説家、幻想文学作家、歌人。日本文藝家協会会員。岡山県岡山市出身。 澁澤龍彦経由でシュールレアリスム系の芸術に強い影響を受けている。クールかつ詩的な文体で幻想的な別世界を創造し、惜しげもなくそれを崩壊させるというパターンを繰り返し、カタストロフに満ちた残酷で美しい作品を執筆した。寡作で知られ、1985年以降作品の発表が一時途絶したが、1999年に執筆を再開している。 幼少期にC・S・ルイスの子ども向けファンタジー『ナルニア国物語』シリーズ最終巻『さいごの戦い』を読み、「敵も味方ももろともに暗い世界へと崩壊していくイメージ」に大きな衝撃を受ける(山尾は『ナルニア国物語』は別だが、ファンタジー読者ではないと述べている)。
尾崎 まゆみ(尾﨑 まゆみ、おさき まゆみ、1955年1月1… 尾崎 まゆみ(尾﨑 まゆみ、おさき まゆみ、1955年1月17日 - )は、愛媛県今治市生まれの歌人。兵庫県神戸市在住。 愛媛県立今治西高等学校、早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業。1991年、「微熱海域」で第34回短歌研究新人賞受賞。塚本邦雄が創刊した歌誌『玲瓏』の編集委員で選者を務める。2011年から神戸新聞文芸短歌選者、2015年から伊丹公論「伊丹歌壇」選者。
青山 みゆき(あおやま みゆき、1954年12月1日 - )… 青山 みゆき(あおやま みゆき、1954年12月1日 - )は、日本の詩人、歌人、評論家、翻訳家、アメリカ文学者。元聖徳大学准教授。 栃木県足利市生まれ。栃木県立足利女子高等学校卒業。アメリカペンシルベニア州立インディアナ大学大学院文学修士課程修了。アメリカ文学とイギリス文学を中心に学ぶ。アメリカに学部生として滞在中に、創作の授業で英語詩を書きはじめる。 1981年に帰国後、新川和江と吉原幸子が発行編集人である「現代詩ラ・メール」に参加。「ラ・メール」にフェミニズムやジェンダー論の視点から女性詩人論を書いていたが、新川や吉原をはじめ、高橋順子、鈴木ユリイカ、國峰照子、小池昌代、中本道代などに接し、多大な影響を受けて本格的に日本語で詩作をはじめる。
中川 佐和子(なかがわ さわこ、1954年11月5日 - )… 中川 佐和子(なかがわ さわこ、1954年11月5日 - )は、日本の歌人。兵庫県西宮市出身。神奈川県横浜市在住。「未来」選者・編集委員、横浜歌人会会員、神奈川県歌人会会員。 兵庫県西宮市に生まれ、芦屋市で育つ。芦屋市立精道小学校卒業後、甲南中学校時代に父の転勤により東京都世田谷区に転居。祖母と叔母が「女人短歌」の会員であったことから、その機関誌を読んで短歌を知る。 早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。20代半ばの頃に国文社現代歌人文庫の河野愛子歌集と出会って作歌を始め、1984年に「未来」に入会、河野愛子に師事。河野没後は大島史洋選歌欄に投歌。天安門事件を題材とした歌で、1989年度朝日歌壇賞受賞。
栗木 京子(くりき きょうこ、本名:中原 京子(旧姓・山本)… 栗木 京子(くりき きょうこ、本名:中原 京子(旧姓・山本)、1954年10月23日 - )は、日本の歌人。栗木は母方の姓。 愛知県名古屋市出身。京都大学在学中に「コスモス」に入会し、また京都大学短歌会の顧問であった高安国世の指導を受けた。1981年に「塔」入会、現選者。長く岐阜市に暮らし、30代には岡井隆(おかいたかし)らと中部地方の歌人集団「中の会」に参加。「読売新聞歌壇」選者。現代歌人協会第7代理事長。 初期は代表歌「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」に象徴されるような、清新な青春歌を持ち味とした。結婚後は教養ある主婦が身辺をつぶさに歌う日常詠へと作風が変化した。アメリカ同時多発テロ事件の影響を受け、第5歌集『夏のうしろ』からは事件や時事問題を題材とした作品が増えた。
内藤 明(ないとう あきら、1954年8月10日 - )は、… 内藤 明(ないとう あきら、1954年8月10日 - )は、日本の国文学者・万葉学者・歌人。早稲田大学社会科学総合学術院名誉教授。歌誌「音」編集発行人。 宮中「歌会始の儀」選者。 専門は、万葉集を中心とした日本古代の詩歌の研究。加えて、古代から近代・現代に至る和歌・短歌などの日本文学を通して、日本文化の変遷、伝統と革新、現代文化のあり様を広く考察する。 歌人としても活動し、正統的な格調を備えた作品を中心に、「食」を題材とした作品なども少なくない。 第三歌集『斧の勾玉』は、芸術選奨新人賞、寺山修司短歌賞を受賞した。「上代文学会」常任理事、現代歌人協会賞選考委員、歌壇賞選考委員などを歴任。宮中歌会始の選者を務める。
松平 盟子(まつだいら めいこ、1954年7月24日 - )… 松平 盟子(まつだいら めいこ、1954年7月24日 - )は、日本の歌人。愛知県岡崎市生まれ。 南山大学文学部国語国文学科卒業。国語教師を経て、コスモス短歌会に入会する。1977年、作品「帆を張る父のやうに」50首で第23回角川短歌賞を受賞。1990年、『プラチナ・ブルース』で河野愛子賞を受賞。 歌誌『プチ☆モンド』を主宰する。読売新聞地方版「よみうり文芸」選者。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
長谷川 櫂(はせがわ かい、1954年2月20日 - )は、… 長谷川 櫂(はせがわ かい、1954年2月20日 - )は、日本の俳人。熊本県生まれ。 朝日俳壇選者、ネット歳時記「きごさい」代表、俳句結社「古志」前主宰、東海大学文芸創作学科特任教授、神奈川近代文学館副館長。「蛇笏賞」(角川文化振興財団)、「奥の細道文学賞」「ドナルド・キーン大賞」(草加市)選考委員。 新聞社に勤務するかたわら俳人としても活動し、第一句集『古志』(1985年)で注目される。伝統を重んじる俳風。句集に『天球』(1992年)、『虚空』(2002年)、評論に『古池に蛙は飛びこんだか』(2005年)などがある。 中学時代から俳句をはじめ、のちに平井照敏(加藤楸邨門下、「槙」主宰)、飴山實(安東次男に兄事、主宰誌なし)に学ぶ。
賀耒 宏和(かく ひろかず、1954年 - )は、造園家で俳… 賀耒 宏和(かく ひろかず、1954年 - )は、造園家で俳人、株式会社グリーンダイナミクス代表取締役。元 建設省都市局(現 国土交通省都市局)公園緑地課 課長補佐。国立大学法人千葉大学大学院園芸学研究科客員教授。俳号は邊庭。特定非営利活動法人社叢学会理事、独立行政法人法人日本園芸福祉普及協会理事ほか。 千葉県流山市の一茶双樹記念館の指定管理者となったことを契機に俳句を始め、同館の俳句教室を母体として誕生した五つの句会の一つである流山双樹句会の会長就任。また、大谷弘至主宰の俳句結社「古志」会員。さらに全国の延喜式内社等の古社を中心に約6000社もの鎮守の杜を回り、社寺に関する論考も多数である。 2004年国際園芸博覧会(浜名湖花博)では総合プロデューサーを務める他、2010年の平城遷都1300年事業でランドスケーププロデューサーを務めた。
間村 俊一(まむら しゅんいち、1954年 - )は、日本の… 間村 俊一(まむら しゅんいち、1954年 - )は、日本の装丁家、俳人である。 1954年、兵庫県に生まれる。同志社大学文学部英文科を卒業。在学中は塚本靑史らと同人誌『ゐまあごを』にて活動した。1982年頃から装丁家として活動を始める。1998年、画集『ジョバンニ』が洋々社より刊行される。 福島泰樹の歌誌『月光』の会員であるとともにブックデザインも担当。歌集、句集などの文芸書の装幀を多く手がける。代表的な装幀に『新校本 宮沢賢治全集』(筑摩書房)、『新編 中原中也全集』(角川書店)、『江戸川乱歩全集』(光文社文庫)、『ちくま新書』、『塚本邦雄全集』(ゆまに書房)など。 2015年、句集『拔辨天』で第8回日本一行詩大賞受賞。
永田 満徳(ながた みつのり、1954年 - )は、日本の俳… 永田 満徳(ながた みつのり、1954年 - )は、日本の俳人。 熊本県人吉市出身。1987年、熊本大学教授・首藤基澄の勧めで俳句結社「未来図」年入会し、中村草田男門下の鍵和田秞子主宰に師事。同年、「火神」創刊に参加、首藤基澄主宰に師事。後に編集長を経て三代目主宰に就任。「火神」は写生を基本とし、自然・人生・社会の実相にアプローチする俳句を目指し、熊本という地方から日本の文化活動の発展に寄与する視点で発行されている。1995年、「未来図」新人賞を受賞し、翌年同人となる。2019年、「未来図」終刊、「秋麗」入会、同年同人。2003年より俳人協会熊本県支部事務局次長(2010年まで)、2015年、俳人協会熊本支部事務局長( - 2018まで)を務め、2019年に県支部長となり、熊本県俳句大会の運営や結社間の交流吟行句会の開催など、支部活動の活性化に尽力。
山本 一歩(やまもと いっぽ、1953年11月28日 - … 山本 一歩(やまもと いっぽ、1953年11月28日 - )は俳人。俳誌「谺」主宰、横浜俳話会顧問。 岩手県稗貫郡大迫町(現在の花巻市)生まれ。小林康治に師事。1980年、「林」創刊に参加。1993年、「谺」創刊。1996年、作品「指」50句により角川俳句賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
対馬 康子(つしま やすこ、1953年10月22日 - )は… 対馬 康子(つしま やすこ、1953年10月22日 - )は、日本の俳人。 香川県高松市に生まれる。小学校高学年より詩に興味を持ちはじめ、香川県立高松高等学校時代は文芸部に所属。1972年日本女子大学文学部国文学科に入学、文芸部に入部し同人誌に詩や短文を執筆。東大学生俳句会と文芸部との合同ハイキングで西村我尼吾と出会い俳句を作り始める。 1973年、国文学科教授中島斌雄が主宰する「麦」入会。同時に東大学生俳句会に学外参加し、東大ホトトギス会にて山口青邨の選を受ける。1976年「麦」同人。大学卒業後、日本女子大学学生課に勤務。1978年我尼吾と結婚。1981年より我尼吾のイェール大学留学に伴いコネティカット州ニューヘブンに1983年まで住む。
文屋 順(ぶんや じゅん、1953年10月1日 - )は、日… 文屋 順(ぶんや じゅん、1953年10月1日 - )は、日本の俳人である。2014年銀化に入会、中原道夫に師事して作句を始める。 宮城県黒川郡出身、仙台市在住。高崎経済大学卒業[俳人協会会員 俳句結社「銀化」同人。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
櫟原 聰(いちはら さとし、1953年6月1日 - )は、日… 櫟原 聰(いちはら さとし、1953年6月1日 - )は、日本の歌人。東大寺学園中学校・高等学校前教頭。奈良県大和郡山市出身。奈良市在住。「ヤママユ」「木霊」「京大短歌」所属。「ヤママユ」編集委員。前登志夫に師事。日本ペンクラブ・現代歌人協会・現代歌人集会理事。萬葉学会・上代文学会・萬葉語学文学研究会・古代談話会・歌謡研究会所属。 NARA 奈良県立大学学術叢書
井上 弘美(いのうえ ひろみ、1953年5月26日 - )は… 井上 弘美(いのうえ ひろみ、1953年5月26日 - )は、俳人。 京都府生まれ。1984年関戸靖子に師事。1988年「泉」入会、綾部仁喜に師事。1991年「泉」新人賞、1994年「泉」賞受賞。2004年より早稲田大学大学院教育学研究科修士課程において近世俳文学を研究。2012年「汀」創刊主宰。俳人協会幹事、日本文藝家協会会員、俳文学会会員。武蔵野大学客員教授。朝日新聞京都俳壇選者。『読む力』で第35回俳人協会評論賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
三村 純也(みむら じゅんや、1953年5月4日 - )は、… 三村 純也(みむら じゅんや、1953年5月4日 - )は、俳人。大阪芸術大学教授。本名は昌義(まさよし)で、研究者としての名義は本名を使う。 大阪府大阪市に生まれる。戦国武将三村親成の子孫。慶應義塾大学文学部国文学科を卒業後、同大学院文学研究科に進み、国文学専攻博士課程を修了した。 芸能、中世文学、民俗学、近代俳句史などを専攻する。神戸山手大学現代社会学部教授を経て、2008年4月より大阪芸術大学教授となる。 一方、中学時代より句作をはじめ、1972年に『ホトトギス』系の『山茶花』に入会して、下村非文に師事し、清崎敏郎、稲畑汀子の指導を受ける。1997年より『山茶花』主宰を継承した。2002年に句集『常行』で第26回俳人協会新人賞を受賞した。
柳 宣宏(やなぎ のぶひろ、1953年4月23日 - 202… 柳 宣宏(やなぎ のぶひろ、1953年4月23日 - 2024年5月8日)は、日本の歌人、高等学校教員(国語科)。 神奈川県・横須賀市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。 大学4年のときに論文主査として窪田章一郎に出会い、卒業後は章一郎主宰の「まひる野」に入会して短歌を始める(現在、同誌編集委員)。1990年、谷岡亜紀、大野道夫、大辻隆弘らと同人誌「ノベンタ」を創刊。長年にわたって座禅に取り組んでおり、ですます調などを用いた平俗な口語体で、自己との葛藤をモチーフとした歌を作る。2010年、歌集『施無畏』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 湘南白百合学園中学・高等学校教頭を経て、函嶺白百合学園中学校・高等学校教頭補佐。
寒川 猫持(さむかわ ねこもち、1953年(昭和28年)4月… 寒川 猫持(さむかわ ねこもち、1953年(昭和28年)4月11日 - 2023年(令和5年)5月10日)は、日本の歌人、随筆家、眼科医。 1953年、内科医院を営む両親の下、大阪市に生まれる。病弱で小学生の頃は欠席が多かった。高校を中途退学後ドイツに留学。帰国後、大学入学資格検定に合格し金沢医科大学に入学し医師免許取得。大阪市などで眼科医院を開業していた。 2023年5月10日、自宅療養中に死去した事が Facebook「猫持のデタラメ倶楽部」内にて発表された。
林 桂(はやし けい、1953年4月8日 - )は、日本の俳… 林 桂(はやし けい、1953年4月8日 - )は、日本の俳人。本名・政美。 群馬県利根郡新治村(現みなかみ町)生まれ。群馬県立沼田高等学校を経て新潟大学法文学部卒。1983年から10年間群馬県立桐生高等学校にて、文芸部、俳句クラブの顧問を務め、教え子に、山口晃(画家・評論)、青木陽介、青木重治、木村徹、山田耕司、今泉康弘がいる。 中学時代より作句、高校時代、鈴木石夫指導の「歯車」、加藤楸邨主宰の「寒雷」に入会。高柳重信選の『俳句研究』50句競作に登場し注目される。1978年、澤好摩、夏石番矢らと「未定」創刊。1998年、「吟遊」創刊に参加。2001年、伊藤信吉、中島敏之、水野眞由美、佐藤清美らと「鬣TATEGAMI」創刊、代表同人となる。
井口 時男(いぐち ときお、1953年2月3日 - )は、日… 井口 時男(いぐち ときお、1953年2月3日 - )は、日本の文芸評論家、俳人。 新潟県南魚沼市出身。長岡工業高等専門学校三年修了退学後、東北大学文学部卒業。1983年、中上健次論「物語の身体」で群像新人文学賞評論部門受賞。1987年7月、最初の著作『物語論/破局論』を論創社から上梓。1990年、永山則夫の日本文芸家協会入会拒否事件で、柄谷行人らに続いて協会を退会。12月、東京工業大学助教授、のち教授。1991年、湾岸戦争への自衛隊派遣に抗議し、柄谷行人、中上健次、津島佑子、田中康夫らとともに『湾岸戦争に反対する文学者声明』を発表する。1994年、評論集『悪文の初志』で平林たい子文学賞受賞。1997年、『柳田國男と近代文学』で伊藤整文学賞受賞。
鎌倉 佐弓(かまくら さゆみ、1953年1月24日 - )は… 鎌倉 佐弓(かまくら さゆみ、1953年1月24日 - )は、日本の俳人。本名、乾佐弓。高知県生まれ、埼玉県富士見市在住。 埼玉県立浦和第一女子高等学校卒。埼玉大学教育学部卒。元埼玉県の公立小学校教諭。夫は俳人の夏石番矢。姉は歌人の鎌倉千和。主な作品に「サイネリア待つといふこときらきらす」「ポストまで歩けば二分走れば春」「背のびして木漏れ陽を着る君は五月」。みずみずしく若々しい俳句を持ち味とする。中学や高校の国語教科書や教材に俳句が掲載されている。一女(俳人の乾佐伎)の母。 能村登四郎に師事。元「沖」同人。1998年から季刊国際俳誌「吟遊」を夏石番矢と共に発行し、その編集に当たる。世界俳句協会に会計として働き、「朝日新聞」さいたま版俳句選者。
高柳蕗子(たかやなぎ ふきこ、1953年 - )は、歌人。 … 高柳蕗子(たかやなぎ ふきこ、1953年 - )は、歌人。 前衛俳句の旗手であった俳人・高柳重信と、重信最初の妻山本篤子との長女として、埼玉県戸田市に生まれる。明治大学文学部卒。歌誌『かばん』同人。性教育評論家の高柳美知子は叔母。 言葉遊び・イメージの連鎖・奇想・物と観念の出会いなどといった要素を組み合わせた、奇抜な物語的短歌を特色とする。また短歌評論においては自ら制作した近現代短歌のデータベースを使用する。
藤田 三保子(ふじた みほこ、1952年〈昭和27年〉10月… 藤田 三保子(ふじた みほこ、1952年〈昭和27年〉10月31日 - )は、日本の女優、シャンソン歌手、油絵画家、俳人。山口県宇部市出身、ないし山口県大島郡出身。旧芸名及び旧姓は藤田 美保子。 山口県立防府高等学校卒業。身長167cm、B85cm、W63cm、H92cm(1974年1月)。 母親は元新派女優・藤田美代子。父親は美保子が2歳のとき生き別れ。兄がいるが早めに独立し家を出たままで、長く母娘二人で暮らす。学生時代は、陸上競技に水泳、ソフトボールなどのスポーツで体を鍛えた。母の影響で子どもの頃から女優を志した。 高校卒業後、1971年3月8日、大島から俳優を目指して上京する。 歌手・井沢八郎の内弟子などを経て、1973年に文学座付属研究所夜間部に入学する。
見目 誠(けんもく まこと、1952年〈昭和27年〉8月27… 見目 誠(けんもく まこと、1952年〈昭和27年〉8月27日 - 2013年〈平成25年〉7月14日)は、日本の翻訳家、俳人、詩歌研究家。埼玉県生まれ。1976年学習院大学文学部卒。同大学院仏文科博士課程単位取得退学。その後高校教諭をしながら、文筆・翻訳活動を行った。日本フランス語フランス文学会、日本翻訳家協会、俳人協会、国際俳句交流協会会員。「馬酔木」、「関西文学」同人。 東京都立九段高等学校、学習院大学を経て、学習院大学大学院でフランス文学を専攻する。高校時代より中原中也、ボードレール、ランボーなどを愛読した。 大学時代には松尾芭蕉に傾倒する。大学院生時代に尾崎放哉の詩に出会う。 大学院退学後、教職に就く傍ら当時海外で知られていなかった日本文学の仏訳に取り組む。
星野 高士(ほしの たかし、1952年8月17日 - )は、… 星野 高士(ほしの たかし、1952年8月17日 - )は、日本の俳人。星野椿の息子、星野立子の孫で高浜虚子、星野天知の曾孫にあたる。娘は星野愛。 神奈川県鎌倉市生まれ。祖母の立子に師事し10代より句作を行う。関東学院大学中退。1984年より「玉藻」副主宰兼編集長。「玉藻」発行1,000号を機に2014年6月28日、星野椿より主宰継承。2015年、2023年、句集『残響』/『渾沌』にて第49回/第57回蛇笏賞最終候補。2023年、句集『渾沌』により第38回詩歌文学館賞受賞。2023年、句集『渾沌』により第22回俳句四季大賞受賞。2023年、文化庁長官表彰。 「ホトトギス」同人。鎌倉虚子立子記念館館長。
片山 由美子(かたやま ゆみこ、1952年7月17日 - )… 片山 由美子(かたやま ゆみこ、1952年7月17日 - )は、千葉県生まれの俳人。本姓・野口。 千葉県に生まれる。上野学園大学ピアノ科卒業。ピアノ教師を経て句作を始め、1979年鷹羽狩行に師事した。1990年「一夜」で第5回俳句研究賞、1994年「現代俳句との対話」で第8回俳人協会評論新人賞、2006年「俳句を読むということ」で第21回俳人協会評論賞、2013年「香雨」で第52回俳人協会賞を受賞した。俳誌「狩」同人、副主宰を経て同誌終刊に伴い、2019年に俳誌「香雨」を創刊、主宰。俳人協会理事。青山学院女子短期大学国文科非常勤講師。NHK文化センター講師。蛇笏賞選考委員。2025年から第九代俳人協会会長となる。
正木 ゆう子(まさき ゆうこ、1952年6月22日 - )は… 正木 ゆう子(まさき ゆうこ、1952年6月22日 - )は、日本の俳人。本姓・笠原。 熊本県熊本市生まれ。熊本県立熊本高等学校、お茶の水女子大学卒業。大学時代の1973年、兄正木浩一に誘われて「沖」入会、能村登四郎に師事。また福永耕二、坂巻純子に親しむ。大学卒業後は広告会社に務め、1977年結婚。1986年、第一句集『水晶体』を私家版で刊行。 1991年、兄浩一が癌により死去、翌年に一周忌を機に遺句集『正木浩一句集』を編集刊行。1994年、第二句集『悠 HARUKA』刊行。1996年、澁谷道に誘われ俳句と連句の同人誌「紫薇」参加。2000年俳論集『起きて、立って、服を着ること』で第14回俳人協会評論賞受賞。
石井 辰彦(いしい たつひこ、1952年6月7日 - )は、… 石井 辰彦(いしい たつひこ、1952年6月7日 - )は、日本の歌人。本名同じ。いずれの結社にも属さないTanka poet。作品に古今東西の芸術作品を引用、暗示するとともに句読点や記号類を多用、また、文語と口語を混淆させ視覚的な配列をも重視する連作構造を採る特異な作風に特徴がある。アクロスティック、ダブル・アクロスティック、隠し題等の遊び心に満ちた作品も多い。 神奈川県横浜市生まれ、同市育ち。1968年(昭和43年)神奈川県立希望ヶ丘高等学校に入学。二浪の後、1973年(昭和48年)早稲田大学商学部に入学した。入学直前に三一書房が募集した現代短歌大系新人賞に「七竈」50首で応募、同賞を受賞した。
今野 寿美(こんの すみ、1952年5月10日 - )は、日… 今野 寿美(こんの すみ、1952年5月10日 - )は、日本の歌人。夫は同じく歌人の三枝昻之。りとむ短歌会編集人。宮中歌会始選者。神奈川歌壇選者。 東京都生まれ。本姓・三枝。東京都立九段高等学校、横浜市立大学文理学部卒。1976年「まひる野」入会。1978年、「かりん」創刊に参加。馬場あき子に師事。1992年より編集人としてりとむ短歌会に参加。2015年に宮中歌会始選者となった。萩原慎一郎の短歌の才能を見出し、自身が編集人を務めるりとむ短歌会に勧誘したことでも知られる。
西村 我尼吾(にしむら がにあ、1952年4月16日)は、日… 西村 我尼吾(にしむら がにあ、1952年4月16日)は、日本の俳人。本名・西村英俊。1952年大阪府生まれ。灘高校、東京大学法学部卒。通商産業省に入省。山口青邨に師事。東大学生俳句会「原生林」編集長。東大ホトトギス会幹事。1978年対馬康子と結婚。1981年より2年間米国イェール大学大学院に留学、修士。
西村 英俊(にしむら ひでとし、1952年4月16日 - )… 西村 英俊(にしむら ひでとし、1952年4月16日 - )は、日本の元通産・経産官僚、俳人。東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)最高顧問。武蔵野大学国際総合研究所特任教授。武蔵野大学国際総合研究所所長。DongA大学客員教授上級顧問。俳号は我尼吾。妻は俳人の対馬康子。 大阪府出身。追手門学院小学校、大阪市立新北野中学校、灘高等学校卒業。 1976年、東京大学法学部卒業、通商産業省入省。 1981年7月、米国イェール大学大学院修了(MA)。 その後、海外貿易開発協会アジア太平洋代表、通商政策局南東アジア大洋州課長、愛媛県理事(副知事)、中小企業庁経営支援部長、日中経済協会専務理事、日中東北開発協会理事長等を務める。
仙波 龍英(せんば りゅうえい、1952年3月30日 - 2… 仙波 龍英(せんば りゅうえい、1952年3月30日 - 2000年4月10日)は歌人。本名、仙波 龍太。 東京都大田区生まれ。早稲田大学法学部卒業。大学在学中、早稲田大学短歌会、ワセダミステリクラブの仲間だった藤原龍一郎の薦めで、1975年頃に短歌結社「短歌人」に入会。学生時代は「氷神琴支郎」と名乗っており、藤原は卒業までそれが本名だと思い続けていたという。「短歌人」では高瀬一誌の薫陶を受け、若手の注目株とみなされていた。 大学卒業後グンゼ産業に入社するが、大阪転勤の辞令が出たのを機に1979年に退社。フリーライターとして生計を立て始める。1985年、第一歌集『わたしは可愛い三月兎』を上梓。この歌集は吾妻ひでおが表紙を手がけており、流行語や時事的な事件、サブカル用語などが頻出しそれらに丁寧に注釈がつけてあるという斬新なものだった。
檜山哲彦(ひやま てつひこ、1952年3月25日 - )は、… 檜山哲彦(ひやま てつひこ、1952年3月25日 - )は、日本のドイツ文学者、俳人、東京藝術大学教授。
藤原 龍一郎(ふじわら りゅういちろう、1952年1月18日… 藤原 龍一郎(ふじわら りゅういちろう、1952年1月18日 - )は、歌人、俳人。福岡県出身。歌誌「短歌人」元編集人。「駄句駄句会」同人、俳号は「媚庵(びあん)」。日本歌人クラブ名誉会長。石岡市図書館文化アドバイザー。 福岡県生まれで、3歳のとき東京に移住。大阪府立池田高等学校を卒業。浪人中の1970年に中井英夫の『黒衣の短歌史』を読み、塚本邦雄、春日井建、寺山修司などの前衛短歌に衝撃を受ける。慶應義塾大学に入学するが、寺山と早稲田大学短歌会に憧れて再受験し、早稲田大学第一文学部文芸科を卒業。学生時代は早稲田大学短歌会およびワセダミステリクラブに所属し、仙波龍英や康珍化、北村薫、高千穂遙らと交友を持った。
今井 恵子(いまい けいこ、1952年1月1日 - )は、日… 今井 恵子(いまい けいこ、1952年1月1日 - )は、日本の歌人。 東京生。1975年、早稲田大学国語国文学専攻科修了。早稲田大学教育学部在学中の1973年「まひる野」に入会、窪田章一郎、武川忠一の指導を受ける。1977年、角川短歌賞次席(筆名・木村恵子)。1982年「音」創刊に参加(2002年退会)。2003年に高橋みずほ・吉野裕之と短歌ユニット[BLEND]を結成し冊子[BLEND]を刊行(2006年解散)。2006年「まひる野」再入会、2014年より編集委員および選歌委員。この間にフェリス女学院大学非常勤講師(1996~2021年)、日本歌人クラブ中央幹事(2017~2022年)などのほか、早稲田大学非常勤講師、短歌教室の講師などを務める。
小倉 蒼蛙(おぐら そうあ、1951年〈昭和26年〉10月2… 小倉 蒼蛙(おぐら そうあ、1951年〈昭和26年〉10月29日 - )は、日本の俳優、俳人、歌手、元子役である。旧芸名は小倉 一郎。作詞・作曲時のペンネーム、秋山 啓之介。 東京新宿で生まれ、すぐに両親の故郷の鹿児島県へ移住し(甑島列島の下甑村、現在の薩摩川内市の一部)、小学1年の夏から再び東京中野区で、小学校3年生から板橋区長後町で育つ。日本大学豊山高等学校中退。大判社所属。 2023年、がん克服を機に生まれ変わったという気持ちから、芸名を小倉一郎から俳号と同じ小倉蒼蛙に改名した。 中村錦之助や大川橋蔵に憧れ、小学校3年から、東映のエキストラになり、1960年に9歳で子役として活動を開始し、1962年の美空ひばり主演『べらんめえ芸者と大阪娘』、1964年『飢餓海峡』(内田吐夢監督)などに出演。
中原 道夫(なかはら みちお、1951年4月28日 - )は… 中原 道夫(なかはら みちお、1951年4月28日 - )は、日本の俳人。卓抜な機知を駆使し21世紀の風狂の俳諧師と呼ばれる。代表句に「白魚のさかなたること略しけり」「飛込の途中たましひ遅れけり」「瀧壺に瀧活けてある眺めかな」など。 新潟県西蒲原郡岩室村(現・新潟市西蒲区)出身。1974年に多摩美術大学卒業、博報堂に入社。アートディレクターとして勤務。1980年ごろより社内の俳句同好会で、俳句を始める。翌年「馬酔木」編集長だった福永耕二の指導を受ける。福永耕二没後、1982年に能村登四郎(「沖」主宰)に師事。1984年、第12回沖新人賞受賞、「沖」同人。1986年、第1回俳句研究賞で、上田五千石、藤田湘子の推挙を得たことにより俳壇の注目を浴びる。
永井 陽子(ながい ようこ、1951年4月11日 - 200… 永井 陽子(ながい ようこ、1951年4月11日 - 2000年1月26日)は日本の歌人。歌集に『樟の木のうた』、『ふしぎな楽器』、『モーツァルトの電話帳』、『小さなヴァイオリンが欲しくて』など。 愛知県瀬戸市城屋敷町に生まれ、1967年に愛知県立瀬戸高等学校入学。その頃より古典に強く心を惹かれ、作歌を開始。当時の学習雑誌の詩や歌の欄へ投稿。1969年には短歌結社「短歌人」へ入会して現代短歌を作り続ける。 1970年に愛知県立女子短期大学(現・愛知県立大学)国文科入学。学内文芸同好会誌「轍」に参加。1971年、『太陽の朝餉』で角川短歌賞候補。1972年1月、短歌人新人賞受賞。同年3月短大卒業後、1974年4月より愛知県立芸術大学音楽学部勤務。
岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、… 岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、食文化研究者、児童文学作家、歌人。塔短歌会所属。 米沢興譲館高等学校を受験、入学するが、父の転勤により東京に移り、一年の二学期より都立雪谷高校へ編入学。1974年、日本女子大学文学部史学科卒業。 横浜市役所に10年間勤務後、夫の渡米に伴いアメリカのノースカロライナ大学で学ぶ。 1983年、塔短歌会入会。 帰国後は児童文学の翻訳に携わり、児童文学を中心に好きな本を翻訳。1989年に初の訳書『はだしのバレリーナ』(ポプラ社)を刊行。 1993年、翻訳作品『魔女図鑑』(マルカム・バード著)が、剣淵町絵本の館が主催する第3回剣淵絵本の里大賞を受賞。
こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人… こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人、陶芸家。 愛知県幡豆郡幡豆町(現在の西尾市)に生まれる。海に面した町で実家からは兎島が見えた。保育園に上がるころ父が万屋「越野商店」を開店。また、父は魚藍という俳号を持つ俳人でもあった。1988年、父の影響もあって俳句をはじめ、1989年、「海程」に入会、金子兜太に師事。1993年、海程新人賞受賞、「海程」同人。1994年、片岡秀樹らと超結社「豆の木」を結成、のちに代表を務める。1995年、豆の木賞、1998年、第16回現代俳句協会新人賞、2004年、現代俳句協会年度作品賞受賞。2009年、第一句集『コイツァンの猫』出版。 現代俳句協会会員。
西王 燦(にしおう さん、1950年12月29日 - 202… 西王 燦(にしおう さん、1950年12月29日 - 2023年3月18日)は、歌人。短歌結社誌『短歌人』の元編集委員。 妻の武下奈々子も歌人で、1983年に短歌研究新人賞を受賞している。また、実娘は枡野浩一「かんたん短歌の作り方」の常連投稿者であった。 (この、実娘が「かんたん短歌の作り方」の常連投稿者であったということには、西王燦も武下奈々子も疑義を唱えている。) 福井県南条郡生まれ。立命館大学文学部日本文学科卒業。 「幻想派」「立命短歌」などによる塚本邦雄歌集『感幻樂』合同批評会のテープ起しをする。この頃、深作光貞と知り合う。 藤原龍一郎(月彦)や小池光の「十弦」の影響で、短歌結社誌「短歌人」に入会する。