下山田 禮子(しもやまだ れいこ、1947年 - )は日本の… 下山田 禮子(しもやまだ れいこ、1947年 - )は日本の俳人である。「海程」入会、金子兜太に師事し作句を始める。高崎経済大学卒業。現在「海程」「遊牧」同人、現代俳句協会会員、埼玉県現代俳句協会理事、「高崎兜太句会」代表兼連絡係を勤めている。
職業が俳人・歌人:1,326人
下山田 禮子(しもやまだ れいこ、1947年 - )は日本の… 下山田 禮子(しもやまだ れいこ、1947年 - )は日本の俳人である。「海程」入会、金子兜太に師事し作句を始める。高崎経済大学卒業。現在「海程」「遊牧」同人、現代俳句協会会員、埼玉県現代俳句協会理事、「高崎兜太句会」代表兼連絡係を勤めている。
千葉 皓史(ちば こうじ、1947年(昭和22年) - )は… 千葉 皓史(ちば こうじ、1947年(昭和22年) - )は、俳人、篆刻家、デザイナー。俳号は同じ字で読みは「こうし」。 東京都生まれ、早稲田大学卒業。卒業後は文具店に勤務。 1978年「泉」に入会、俳句を石田勝彦、綾部仁喜に師事。1985年泉賞受賞。1989年、大木あまり、長谷川櫂とともに「夏至」創刊に参加。1991年第一句集『郊外』により第15回俳人協会新人賞を受賞。2024年第二句集『家族』により第63回俳人協会賞を受賞。代表句に「裸子がわれの裸をよろこべり」など。「泉」「夏至」同人を経て現在は結社無所属。俳人協会会員。 また篆刻を菅原石廬に学び、日展篆刻部入選、読売書法展篆刻部秀逸などを受けている。
光栄 堯夫(みつはな たかお、1946年12月22日 - )… 光栄 堯夫(みつはな たかお、1946年12月22日 - )は歌人、文芸評論家。 茨城県生まれ。東洋大学文学部国文学科卒業、上智大学大学院文学研究科修士課程修了。 大学在学中より詩誌「L'ETRANGER」を編集。その後、歌誌「個性」の同人として、加藤克巳に師事。詩、短歌以外にも、評論、小説と広く文芸の領域に関わる。歌集『姿なき客人』(五月書房、2003年)は、デザイナー・田淵裕一とのコラボレーションによる展覧会「輪郭の幻影 光栄堯夫歌集「姿なき客人」から」へと発展する。 現在は短歌を中心に活動を行っているが、その作風は、モダニズム短歌の影響を受けながら、いわば現代の黙示録的状況を描く手段として活用するところに独自性がある。
荒木 正見(あらき まさみ、1946年11月23日 - )は… 荒木 正見(あらき まさみ、1946年11月23日 - )は、日本の哲学者・歌人・評論家。哲学・論理学・倫理学を軸として、心理学・医学・文学・スポーツ科学等との学際的研究、講義と著述、評論、実践指導。短歌、エセー等創作。尾道学の提唱者である。 福岡県生まれ。福岡県立小倉高等学校卒、1971年名古屋大学文学部哲学科卒業。1977年九州大学大学院文学研究科哲学・哲学史専攻科博士課程単位取得退学。1978年梅光女学院大学専任講師、84年助教授、1990年福岡女学院大学助教授、94年教授、2001年日本赤十字九州国際看護大学教授、福岡歯科大学教授、文京学院大学教授。文学博士(ph.d.)。名誉博士(フィリピン国立サマール大学)
坂口 弘(さかぐち ひろし、1946年11月12日 - )は… 坂口 弘(さかぐち ひろし、1946年11月12日 - )は、日本の新左翼活動家、元連合赤軍中央委員会書記長(連合赤軍のナンバー3)、歌人、テロリスト。確定死刑囚。 千葉県富津市出身。中学1年の時に父親を病気で亡くす。子供の頃は日本共産党の動向に関心を持ち、60年安保においては民主社会党を支持していた。 千葉県立木更津高等学校卒業後、1965年4月に東京水産大学水産学部増殖学科(現東京海洋大学海洋科学部)に入学、水泳部に所属する。同部に所属していた川島豪に近づくためだった。当時4年生で自治会で後援会費闘争を行っていた川島を慕うようになる。その後、日韓条約反対闘争に参加し初めての集会とデモを経験。
小島 健(こじま けん、1946年10月26日 - )は、俳… 小島 健(こじま けん、1946年10月26日 - )は、俳人。 新潟県生まれ。中央大学法学部卒業。10代の頃から俳句を始め、岸田稚魚に師事、俳誌「琅玕」(玕:王偏に干)に学ぶ。稚魚没後、角川春樹に師事、俳誌「河」(主宰:角川照子)に入会。角川春樹賞(1990年)、河新人賞(1991年)、河賞(1993年)を受賞。1995年、第一句集『爽』を上梓、翌年、句集『爽』により第19回俳人協会新人賞を受賞。 NHK学園専任講師、俳人協会常務理事を務める。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
三枝 浩樹(さいぐさ ひろき、1946年(昭和21年)10月… 三枝 浩樹(さいぐさ ひろき、1946年(昭和21年)10月17日 - )は、日本の歌人。本名は三枝 亨。 河野裕子(1946年 - 2010年)、永田和宏(1947年 - )、小池光(1947年 - )、道浦母都子(1947年 - )らと共に、団塊世代を代表する歌人の一人。 山梨県甲府市生まれ。甲斐市在住。父・清浩(本名:福武)は植松寿樹門下の歌人。五人兄弟の五男。歌人で文芸評論家の三枝昂之は四兄。高校時代、歌誌「沃野」にて植松寿樹に学ぶ。 1965年、法政大学文学部英文学科入学。1967年、法政短歌会を結成、同人誌「風車(ふうしゃ)」を創刊。「日常の視界のかなた何揺らぎつつあらんひと群れの樅そよげるを」。
須藤 徹(すどう とおる、1946年10月1日 - 2013… 須藤 徹(すどう とおる、1946年10月1日 - 2013年6月29日)は、日本の俳人、文芸評論家。多田裕計、小川双々子の門下生。俳句を中心とした文芸誌「ぶるうまりん」の代表(編集・発行人)を務めた。「豈」同人。 東京都杉並区生まれ。神奈川県立平塚江南高等学校卒業後、上智大学文学部ドイツ哲学科へ進学した。在学中同大学の文芸誌「紀尾井文学」の編集に従事、小説・評論等を発表。開高健選の「ソフィア祭賞」の「小説」部門に応募、最終4作に残った(入選作なし)。 「上智大学新聞」(1967年10月30日号)に掲載された、開高健の選評「精錬された一語一句」において、当該作品「出発できない朝」につき、懇切な批評を受ける。
時田 則雄(ときた のりお、1946年9月24日 - )は、… 時田 則雄(ときた のりお、1946年9月24日 - )は、日本の歌人。十勝で農業を営みながら、文芸活動を行っている。 北海道帯広市生まれ。北海道帯広農業高等学校在学中から短歌を詠み始める。帯広畜産大学別科草地畜産専攻修了。 1964年、短歌結社「辛夷社」に入会。1980年、角川短歌賞受賞を皮切りに、1982年現代歌人協会賞、1987年北海道新聞短歌賞、1999年短歌研究賞、2009年読売文学賞および芸術選奨文部科学大臣賞など、数多くの受賞歴を持つ。 1992年、大塚陽子の後を引き継ぎ、『辛夷』編集発行人を務めたが、2011年に退会。2015年、同人誌『劇場』を創刊。北海道新聞「日曜文芸」選者。
河野 裕子(かわの ゆうこ、1946年7月24日 - 201… 河野 裕子(かわの ゆうこ、1946年7月24日 - 2010年8月12日)は、日本の歌人。「塔」選者。夫は歌人の永田和宏。長男永田淳、長女永田紅も歌人。 宮柊二に師事。瑞々しい言葉で心情をのびやかに表現した。晩年は乳がんに苦しみ、生と死に対峙する歌を詠んだ。歌集に『ひるがほ』(1976年)、『桜森』(1981年)、『母系』(2008年)などがある。 熊本県上益城郡御船町に生まれ、滋賀県石部町(現湖南市)に育つ。京都女子高等学校を経て京都女子大学文学部国文科卒業。高校時代より作歌を始め、大学4回生(23歳)のときに角川短歌賞受賞。宮柊二に師事。みずみずしい青春の恋愛歌を収め、新鮮な言葉で女性の心をのびやかにうたった第1歌集『森のやうに獣のやうに』でデビュー。
長澤 ちづ(ながさわ ちづ、1946年7月15日 - )は、… 長澤 ちづ(ながさわ ちづ、1946年7月15日 - )は、歌人。長崎県佐世保市出身。歌誌「ぷりずむ」創刊、主宰。日本歌人クラブ、会誌「風」編集並びに広報担当、中国ブロック担当。NHK学園講師、朝日カルチャーセンター講師、曹洞歌壇選者。 佐世保港を見下ろす母の実家で生まれたが、暮らしたことはない。種々の理由で、熊本・東京(九段)・松本・天草・市川・東京(渋谷)・茅ヶ崎と転居しつつ育つ。東京都立新宿高等学校卒業後、国立図書館短期大学(現筑波大学図書館情報学群)を経て法政大学文学部卒業。20代は養父長澤規矩也に従い、漢和辞典(三省堂『明解漢和辞典』)および和刻本漢籍目録編纂の助手を務める。1976年氷原短歌会入会、石本隆一に師事。
鵜飼 康東(うかい やすはる、1946年6月20日 - )は… 鵜飼 康東(うかい やすはる、1946年6月20日 - )は、日本の経済学者、歌人。関西大学名誉教授。President, The Society of Socionetwork Strategies。現代歌人協会会員。日本文藝家協会会員。滋賀県出身。
須永 朝彦(すなが あさひこ、1946年(昭和21年)2月5… 須永 朝彦(すなが あさひこ、1946年(昭和21年)2月5日 -2021年(令和3年)5月15日 )は、歌人、小説家、評論家。幻想的な作風が特徴。栃木県足利市出身。 少年時代から和歌・短歌・俳句・詩などに親しみ、在原業平、和泉式部、式子内親王、藤原良経、藤原定家、與謝蕪村、与謝野鉄幹、與謝野晶子、北原白秋、木下杢太郎、日夏耿之介、安西冬衛などを愛誦。日本古典は『源氏物語』などの王朝物語や戦記から中世の短篇物語、江戸文芸全般に至るまで広く親しむ一方、能・浄瑠璃や歌舞伎など。近代文学は森鷗外・幸田露伴・泉鏡花・谷崎潤一郎・佐藤春夫・稲垣足穂・三島由紀夫など。外国文学はE.T.A.ホフマン、スタンダール、メリメ、トーマス・マンなどを愛読。
依田 仁美(よだ よしはる、1946年1月25日 - )は、… 依田 仁美(よだ よしはる、1946年1月25日 - )は、日本の歌人、詩人。現代短歌、評論、エッセイのほか、現代詩、視覚詩(Hyper-verbalism)、現代俳句を書く。 1946年1月25日、茨城県生まれ、東京都育ち、1968年東京大学卒業後、日立製作所勤務を経て現在はナレッジコーディネーター。 自身のウェブサイト「不羈」を運営すると共に、「現代短歌舟の会」代表を務める。「短歌人」同人、「短歌研究グループ金星」主将、また、旧VOU等に現代詩を発表、日本空手道制護会員、現代歌人協会員、日本短歌総研主幹。 いわゆる「男歌」を作る一方で「短歌を研究的に作る」ことを持論とする。評論として「心理工学」「現代短歌出門」「短歌五重塔論」(いずれも『依田仁美』の本)がある。
松平 修文(まつだいら しゅうぶん、1945年12月21日 … 松平 修文(まつだいら しゅうぶん、1945年12月21日 - 2017年11月23日)は、日本の画家、美術評論家、歌人。歌人の王紅花は妻。 北海道北見市に生まれた。本名読み・おさふみ。北海道札幌西高等学校時代の教諭に菱川善夫がいた。東京藝術大学美術学部卒業。その後、同大学院に学んだ。 美術史家としては、今村紫紅など近代の日本画家を研究した。1983年、青梅市立美術館の開設準備に携わり、副館長などを経て2009年の退職まで務めた。並行して、実作や評論を行った。 短歌を大野誠夫に学び、歌誌「作風」を編集。1984年、大野の死により「作風」を退会。その後は無所属だった。また、句集や詩集の著作もある。
戸恒 東人(とつね はるひと、1945年(昭和20年)12月… 戸恒 東人(とつね はるひと、1945年(昭和20年)12月20日 - )は、日本の官僚、俳人。俳誌「春月」(しゅんげつ)主宰。本名も同じ。元帝京大学教授(財政、税法、中小企業金融)。 茨城県生まれ。1970年頃より句作をはじめる。野澤節子、有馬朗人、土生重次に師事。1990年、「天為」創刊に参加(1992年同人、2016年退会)。1991年、個人俳誌「東風句報」創刊主宰。「扉」創刊に参加(1993年同人、1998年退会)。1996年、「東風句報」を「春月」に改題。1999年、俳誌「春月」創刊主宰。2012年、『誓子-わがこころの帆』で第14回加藤郁乎賞を受賞。2015年、公益社団法人俳人協会理事長。
光本 恵子(みつもと けいこ、1945年10月24日 -)は… 光本 恵子(みつもと けいこ、1945年10月24日 -)は鳥取県出身の歌人。 日本ペンクラブ会員、日本文芸家協会会員、現代歌人協会会員。「未来山脈」編集発行人。 本名・垣内恵子。1945年10月24日、鳥取県東伯郡琴浦町赤碕に光本行雄と豊子の次女として生まれる。
沖 ななも(おき ななも、1945年9月24日 - )は歌人… 沖 ななも(おき ななも、1945年9月24日 - )は歌人。歌誌「熾」代表。本名は中村眞理子。 茨城県古河市生まれ。埼玉県立浦和西高等学校卒業。 中学生のころから現代詩をつくり始め、1968年、若い人社文学会に参加。1974年、歌誌「個性」に入会(2004年終刊)。1994年1月、佐藤信弘と「詞法」を創刊、2004年4月、「熾」と改め、代表となる。2024年、「熾」が発足して20年になることを記念して、既刊10歌集を収めた『沖ななも選歌集』が刊行された。 2008年より、朝日新聞埼玉版および埼玉新聞の短歌欄選者。2009年より、埼玉文芸賞(さいたま文学館)および埼玉文学賞(埼玉新聞社)の選考委員。
加古 宗也(かこ そうや、1945年9月5日- )は、日本の… 加古 宗也(かこ そうや、1945年9月5日- )は、日本の俳人。本名・むねなり 愛知県西尾市生まれ。中央大学法学部卒。1970年村上鬼城の弟子の富田うしほ・潮児父子に師事。俳誌『若竹』主宰。2010年『花の雨』で日本詩歌句大賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
車谷 長吉(くるまたに ちょうきつ、1945年〈昭和20年〉… 車谷 長吉(くるまたに ちょうきつ、1945年〈昭和20年〉7月1日 - 2015年〈平成27年〉5月17日)は、日本の小説家、エッセイスト、俳人。本名は車谷 嘉彦。筆名の「長吉」は唐代の詩人李賀にちなむ。妻は詩人の高橋順子。兵庫県飾磨市(現・姫路市飾磨区)出身。 「反時代的毒虫」と自称して、放浪の経験や、挫折感や煩悩から逃れられない生の苦しみを主題とする私小説を書き、高い評価を得た。 代表作に『鹽壺の匙』(芸術選奨文部大臣新人賞、三島由紀夫賞)『漂流物』(平林たい子文学賞)『赤目四十八瀧心中未遂』(直木三十五賞)などがある。 1945年、小地主兼自作農兼呉服屋の長男として兵庫県飾磨市下野田221番地に生まれる。
日高 堯子(ひたか たかこ、1945年6月29日 - )は、… 日高 堯子(ひたか たかこ、1945年6月29日 - )は、日本の歌人。歌誌「かりん」編集委員。同人誌「鱧と水仙」同人。 千葉県夷隅郡中川村(現・いすみ市)に生まれる。1964年(昭和39年)、千葉県立千葉女子高等学校を卒業後、早稲田大学教育学部国語国文科に入学。1968年(昭和43年)に卒業。卒論は「堤中納言物語」に関する論文だった。 1970年(昭和45年)、日高昭二(神奈川大学教授、日本近代文学会代表理事)と結婚。1974年(昭和49年)から公立図書館に勤務し、そこで現代歌人の歌集に触れたことから、作歌活動を始める。 1979年(昭和54年)2月、歌誌「かりん」に参加し、馬場あき子に師事する。
桑原 文子(くわはら あやこ、1945年4月11日 - )は… 桑原 文子(くわはら あやこ、1945年4月11日 - )は、英米演劇研究者、東洋大学名誉教授、俳人。俳人としての名は坂本宮尾。 大連生れ。旧姓・坂本。1968年東京女子大学英文科卒、1971年東京都立大学大学院修士課程修了、ロンドン大学、ケンブリッジ大学で英米演劇を学ぶ。東洋大学教養部助教授、教授。2012年退職、名誉教授。 1966年東京女子大学白塔会で山口青邨の指導を受け俳句を始める。76年夏草新人賞。80年夏草同人。仕事や家庭の事情から作句を中断。90年「夏草」再入会。「天為」、「藍生」創刊とともに参加。93年藍生賞。2004年『杉田久女』で俳人協会評論賞。2015年桂信子賞受賞。 (記名のないものは坂本宮尾名義)
古谷 智子(ふるや ともこ、1944年12月18日- )は、… 古谷 智子(ふるや ともこ、1944年12月18日- )は、日本の歌人。 岡山県生まれ。青山学院大学卒。「歩道」同人の父の影響で歌に親しむ。1975年「中部短歌会」に入会し、79年、短歌に復帰したばかりの春日井建に師事する。80年東京に転居し、稲葉京子に師事。82年、「昭和19年会」に入会。83年合同歌集『モンキートレインに乗って』に参加。2022年、『ベイビーズ・ブレス』で第49回日本歌人クラブ賞受賞。「短歌」編集委員、選者。NHK学園専任講師。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
五所 美子(ごしょ よしこ、1944年10月1日 - )は、… 五所 美子(ごしょ よしこ、1944年10月1日 - )は、日本の歌人。 茨城県水戸市生まれ。生後まもなく、両親の郷里・大分県宇佐市に帰る。九州大学文学部卒業。卒論は「式亭三馬の言語描写についての一考察」。 1982年、石田比呂志に師事し、歌誌「牙」に入会、20年ほど在籍。2009年11月、個人誌「和布刈通信」を創刊。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小嵐 九八郎(こあらし くはちろう、1944年7月31日 -… 小嵐 九八郎(こあらし くはちろう、1944年7月31日 -)は、日本の小説家、歌人。 本名、工藤永人。 秋田県能代市出身。神奈川県立川崎高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中から新左翼運動に身を投じ、社青同解放派で活動し、通算5年の服役経験を持つ。歌人としての筆名は米山信介だったが、現在は小嵐九八郎に統一。「未来」短歌会にて岡井隆に師事。秋田方言を大胆に取り入れた軽快な作風を、小説においても短歌においても統一している。日本ペンクラブ会員。
大島 史洋(おおしま しよう、1944年7月24日 - )は… 大島 史洋(おおしま しよう、1944年7月24日 - )は、日本の歌人。本名読み、ふみひろ。岐阜県中津川市出身。歌誌「未来」選者・運営委員長。現代歌人協会理事長。歌人としての実作活動のみならず、「未来」誌の編集実務を取り仕切る編集者としても活躍。マガジンハウスで「鳩よ!」などの編集長を務めた大島一洋は兄。
小高 賢(こだか けん、1944年7月13日 - 2014年… 小高 賢(こだか けん、1944年7月13日 - 2014年2月10日)は、日本の編集者・歌人。本名・鷲尾賢也。 東京都本所区(現・墨田区)生まれ。兄の鷲尾悦也は第3代日本労働組合総連合会会長。東京都立両国高等学校、慶應義塾大学経済学部卒。キヤノンを経て講談社に入社し、編集者として勤務。週刊現代編集部、講談社現代新書編集長、学術局長、学芸局長、取締役、顧問などを歴任。「選書メチエ」シリーズや「現代思想の冒険者たち」シリーズを発足させた。 1972年、歌人馬場あき子に出会い作歌を始める。78年「かりん」創刊に参加。2000年『本所両国』で第5回若山牧水賞受賞。本名での出版時評なども行い、編集者仲間で行う「いける本大賞」の発起人の一人でもある。
行方 克巳 (なめかた かつみ、1944年6月2日 - )は… 行方 克巳 (なめかた かつみ、1944年6月2日 - )は、日本の俳人。千葉県出身。 1944年に八街町にて生まれる。1960年、母親の影響で短歌を作り始め、短歌・俳句の投稿を始める。1963年に千葉県立千葉高等学校を卒業、1968年に慶應義塾大学文学部国文科を卒業。大学では慶應義塾大学俳句研究会に所属し、清崎敏郎に師事。1968年より「若葉」に投句し、富安風生、清崎敏郎に学ぶ。1973年より慶應義塾中等部に勤務、30年以上にわたり教鞭を執る。「若葉」では艸魚賞、若葉賞を受賞。1987年、句集『知音』で第11回俳人協会新人賞を受賞。1996年、同門の西村和子と「知音」を創刊、共同で代表を務める。
澤 好摩(さわ こうま、本名:澤孝(さわ たかし)、1944… 澤 好摩(さわ こうま、本名:澤孝(さわ たかし)、1944年5月22日 - 2023年7月7日)は、俳人。 東京都城東区(現江東区)生まれ。1963年、東洋大学在学中に俳句研究会に参加。翌年に坪内稔典らと全国学生俳句連盟を結成。「いたどり」「青玄」「草苑」を経て1968年に坪内稔典、攝津幸彦らと同人誌「日時計」創刊(1974年終刊)。1971年、折笠美秋の誘いで「俳句評論」に参加し高柳重信に師事。また「俳句研究」編集に携わる。1973年、「俳句研究」第1回五十句競作にて佳作第一席。1978年、夏石番矢、林桂らと同人誌「未定」を創刊(1990年退会)。1991年「円錐」創刊、編集発行人を務める。
晋樹 隆彦(しんじゅ たかひこ、1944年〈昭和19年〉5月… 晋樹 隆彦(しんじゅ たかひこ、1944年〈昭和19年〉5月9日 - 2026年3月11日)は、日本の歌人、出版人、編集者。ながらみ書房社長。歌誌「心の花」選者。本名は及川勝利(おいかわ かつとし)、編集者としての名義は及川隆彦(おいかわ たかひこ)。 1944年(昭和19年)5月9日、千葉県匝瑳郡野栄町(現・匝瑳市)に生まれる。法政大学文学部日本文学科卒業。 「えろちか」編集長(駿河台書房)、「短歌現代」編集長(短歌新聞社)などを経て、1985年(昭和60年)にながらみ書房を設立し、1989年に月刊「短歌往来」を創刊。2013年(平成25年)10月に、歌集『浸蝕』で第18回若山牧水賞を受賞する。
坪内 稔典(つぼうち としのり、俳号ではねんてん、1944年… 坪内 稔典(つぼうち としのり、俳号ではねんてん、1944年4月22日 - )は、日本の俳人、国文学者。京都教育大学名誉教授。「船団の会」元代表。研究者としての専門は日本近代文学で、特に正岡子規に関する著作・論考が多い。 俳句の口誦性を重んじ、遊び心と軽妙なリズム感豊かな句を詠む。句集に『落花落日』(1984年)、『猫の木』(1987年)、『ヤツとオレ』(2015年)、評論に『俳句のユーモア』(1994年)など多数。 愛媛県西宇和郡町見村九町(現在の伊方町)に生まれる。愛媛県立川之石高等学校、立命館大学文学部日本文学科卒業。同大学院文学研究科修士課程修了。園田学園女子大学助教授、京都教育大学教授、京都教育大学教育学部附属桃山中学校校長、佛教大学教授などを歴任。
佐藤 靖彦(さとう やすひこ、1944年4月4日 - )は、… 佐藤 靖彦(さとう やすひこ、1944年4月4日 - )は、ロシア文学者、歌人、東海大学名誉教授。 東京都生まれ。早稲田大学文学部露文科卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。東海大学外国語教育センター助教授、教授、2000年定年、名誉教授。ロシア語、ロシア英雄叙事詩専攻。「新日本歌人」所属の歌人。
小谷 博泰(こたに ひろやす、1944年1月9日 - )は、… 小谷 博泰(こたに ひろやす、1944年1月9日 - )は、日本の国語学者、歌人、甲南大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。1966年甲南大学経済学部卒、74年同大学院文学研究科国文学科博士課程満期退学、同助手、76年講師。奈良教育大学講師、助教授、甲南大学文学部教授。2011年退任、名誉教授。上代日本語を専門とする。 短歌は安田章生に師事、結社「白珠」同人、「鱧と水仙」同人。 師・安田章生の、「一首のなかに文語と口語とを混用することも、美感を損しない限り許されるべきことであって、すべて窮屈に考える必要はない」という教えに従い、故郷の方言である播州弁を混交させた短歌を作る。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
三枝昻之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は、… 三枝昻之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は、日本の歌人・文芸評論家。歌誌「りとむ」主宰。日本歌人クラブ名誉会長。山梨県立文学館館長。宮中歌会始の選者でもある。(「たかゆき」は「昂之」ではなく「昻之」) 山梨県甲府市生まれ。父・清浩は窪田空穂門下の歌人。五人兄弟の四男。歌人の今野寿美は妻、同じく歌人の三枝浩樹は弟(五男)。歌人の萩原慎一郎に影響を与えた。 幼少期に脊椎カリエスにかかり、小学校には8年間通った。早稲田大学高等学院進学とともに甲府から上京。弟浩樹とともに歌誌「沃野」に入会し、植松寿樹に師事。早稲田大学入学と同時に早稲田大学短歌会に入会。上級生の佐佐木幸綱や福島泰樹と知り合う。
寺井 谷子(てらい たにこ、1944年1月2日 - )は、日… 寺井 谷子(てらい たにこ、1944年1月2日 - )は、日本の俳人。 父は外科医で俳人の横山白虹。祖父は評論家の横山健堂。 横山白虹・房子の四女として、福岡県小倉市(現・北九州市)に生まれる。兄は長崎大学学長を務めた高分子化学者の横山哲夫。明治大学文学部(演劇学専攻)を卒業。俳句は10歳からはじめ、1966年より父の俳誌「自鳴鐘」の編集に携わる。1984年より同誌編集人。副主宰を経て、2007年より「自鳴鐘」主宰。 1992年、第39回現代俳句協会賞、北九州市民文化賞を受賞。2016年、第7回桂信子賞受賞。2017年、第16回山本健吉文学賞受賞。2024年、第24回現代俳句大賞受賞。2002年よりNHK俳壇選者。
吉村 侑久代(よしむら いくよ、1944年 - )は、日本の… 吉村 侑久代(よしむら いくよ、1944年 - )は、日本の詩人、俳人。 1944年京都市に生まれる。海外の俳句普及の礎を築いた英国人、学習院大学教授のレジナルド・ブライス、および世界俳句の研究者、詩人、俳人。同志社大学卒業。愛知学院大学大学院で修士、博士課程修了。文学博士。 高校・大学時より詩作をはじめる。俳句結社「海原」同人、詩誌『饗宴』、詩誌JUNPA同人。英語俳句グループEvergreen(1988)を創設。第二回環太平洋ハイク大会The Second Haiku Pacific Rim(大垣2004)を企画。 大垣女子短期大学助教授、朝日大学教授、岐阜保健短期大学教授(1989 - 2014)を歴任。
有本 倶子(ありもと ともこ、1944年〈昭和19年〉 - … 有本 倶子(ありもと ともこ、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の伝記作家、評論家、歌人。 兵庫県養父郡関宮町(現養父市関宮)生まれ。同志社大学文学部卒。ケースワーカー、教師として勤めたのち、著作活動に入る。 歌人として木俣修に師事する。評伝『つひに北を指す針――前田純孝の世界』で注目される。 2000年「山田風太郎の会」を結成し副会長、2003年山田風太郎記念館を建設。同館の運営、風太郎顕彰活動に携わっている。有本は山田風太郎の義妹の同級生である。
石 寒太(いし かんた、1943年9月23日 - )は、日本… 石 寒太(いし かんた、1943年9月23日 - )は、日本の俳人。本名・石倉昌治。 静岡県田方郡生まれ。静岡県立韮山高等学校、國學院大學文学部卒業。1969年「寒雷」入会、加藤楸邨に師事。1989年、「言葉にも心にも片寄らず、炎のような情熱と人の環を大切にする」をモットーに「炎環」を創刊、主宰。毎日新聞社『俳句αあるふぁ』編集長、毎日文化センター講師、NHK俳句教室講師、朝日カルチャーセンター講師。日本文芸家協会、近世文学会、俳文学会、現代俳句協会会員。 句集に『あるき神』『炎環』『翔』『夢の浮橋』『石寒太句集』、評論に『山頭火』『宮沢賢治の俳句』『わがこころの加藤楸邨』『「歳時記」の真実』『おくのほそ道 謎解きの旅』など多数。
伊藤 一彦(いとう かずひこ、1943年9月12日 - )は… 伊藤 一彦(いとう かずひこ、1943年9月12日 - )は、日本の歌人。宮崎県立看護大学客員教授、宮崎県立図書館名誉館長。「心の花」所属。「現代短歌・南の会」代表。日本ペンクラブ会員。 宮崎県宮崎市生まれ、在住。宮崎県立宮崎大宮高等学校、早稲田大学第一文学部哲学科卒業。学生時代に同級の福島泰樹のすすめで短歌をはじめ、「早稲田大学短歌会」に入会。三枝昂之らと知り合う。 大学卒業後は帰郷し、教員のかたわら作歌活動を続ける。郷土の歌人若山牧水の研究者でもあり、若山牧水記念文学館長、「牧水研究会」会長を務める。同会が編集する『牧水研究』の第8号は2011年に第9回前川佐美雄賞を受賞した。宮崎県立図書館長、名誉館長。
復本 一郎(ふくもと いちろう、1943年9月5日 - )は… 復本 一郎(ふくもと いちろう、1943年9月5日 - )は、日本の国文学者・俳人。神奈川大学名誉教授。専門は、近世・近代の俳文学。俳号は復本鬼ヶ城(おにがじょう)。「阿」の会代表。 愛媛県宇和島市生まれ。神奈川県横浜市で育ち、横浜市立青木小学校、横浜市立栗田谷中学校、神奈川県立横浜翠嵐高等学校を卒業。1966年、早稲田大学第一文学部文学科国文学専修卒業。1972年、同大学院博士課程単位取得満期退学、福岡教育大学助手。1973年、講師、1974年、助教授。同年、書籍 (『芭蕉における「さび」の構造』)で窪田空穂賞(早稲田大学国文学会)受賞。1977年、静岡女子大学文学部助教授。1979年10月、静岡大学人文学部助教授、1988年、教授。
村上 喜代子(むらかみ きよこ、1943年7月12日 - )… 村上 喜代子(むらかみ きよこ、1943年7月12日 - )は、俳人。 山口県下関市内日町に生まれる。1966年、広島大学教育学部を卒業。1976年、「濱」に入会し大野林火に師事。1981年濱賞受賞、「濱」同人。1991年、第一句集『雪触れ触れ』により第15回俳人協会新人賞受賞。1994年、大串章の「百鳥」創刊編集同人。1997年、第3回百鳥鳳声賞受賞。2005年「いには」創刊・主宰。「百鳥」退会。俳人協会評議員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
熊谷 龍子 (くまがい りゅうこ、1943年7月7日 - … 熊谷 龍子 (くまがい りゅうこ、1943年7月7日 - )は、日本の歌人。宮城県生まれ。 気仙沼市出身。宮城県鼎が浦高等学校、宮城学院女子大学日本文学科卒業。歌人の熊谷武雄は祖父。気仙沼市在住。 1967年「詩歌」に参加し前田透に師事。「詩歌」廃刊後は「青天」を経て「礁」に参加。祖父・武雄が師事したのは透の父・前田夕暮であった。 国語教科書に「森は海の恋人」という植林活動を行う漁師・畠山重篤の話が載っており、そのタイトルの由来となったのは熊谷の歌である。「森は海を海は森を恋いながら悠久よりの愛紡ぎゆく」が生まれ、地元室根山の森に木を植える活動が始った、と畠山は語っている。1999年 現代歌人協会の選者をつとめる。
福島 泰樹(ふくしま やすき、1943年3月25日 - )は… 福島 泰樹(ふくしま やすき、1943年3月25日 - )は、日本の僧侶・歌人・朗読家・ナレーター。東京都台東区下谷の法華宗本門流法昌寺住職。早稲田大学短歌会、『心の花』、『反措定』同人を経て、現在「月光の会」主宰。「短歌絶叫コンサート」と称する感情を込めた力強い声色を多用する朗読パフォーマンスで知られる詩人でもある。早稲田大学理工学部非常勤講師、日本大学芸術学部非常勤講師を務めた。 東京都生まれ。早稲田大学文学部哲学科卒業。同大学在学中に早稲田大学短歌会に入会。三枝昂之や伊藤一彦と親交を持つ。また安保闘争をはじめとした学生運動にも関わる。 1969年、第一歌集『バリケード・一九六六年二月』を刊行。
佐藤 通雅(さとう みちまさ、1943年1月2日 - )は、… 佐藤 通雅(さとう みちまさ、1943年1月2日 - )は、日本の歌人、評論家。河北新報歌壇選者。 岩手県水沢市(現奥州市)出身、宮城県仙台市在住。岩手県立水沢高等学校、東北大学教育学部卒業。宮城県内の高等学校にて教員を務める。 歌誌『短歌人』を経て、1966年に文学思想個人編集誌『路上』を創刊。短歌、詩、評論、児童文学研究などの分野で編集。宮沢賢治論、北原白秋論が多い。2011年の第120号にて第1期を終刊、第2期へと移行した。 1965年、「青海」で第11回角川短歌賞候補。1971年『新美南吉童話論』で第4回日本児童文学者協会新人賞受賞。1986年『日本児童文学の成立・序説』で日本児童文学学会賞奨励賞。
鳴戸 奈菜(なると なな、1943年(昭和18年) - )は… 鳴戸 奈菜(なると なな、1943年(昭和18年) - )は、俳人、英米文学者。本名・神谷くに子。 朝鮮の京城府(現ソウル特別市)に生まれる。父鳴戸四風、祖父鳴戸馨舟も俳句を詠んだ。共立女子大学文芸学部文学専攻英文コース卒業、同大学院文芸学研究科英文学修士課程修了。文学修士。1976年、「琴座」(りらざ)に入会し永田耕衣に師事。1978年同誌同人(1997年に廃刊)。1979年、清水径子、中尾寿美子、江川一枝らと「らんの会」結成。1992年「豈」同人(2003年「豈の会」退会)。1997年第49回現代俳句協会賞受賞。1998年「らん」創刊、発行人。 代表句に「牡丹見てそれからゴリラ見て帰る」「形而上学二匹の蛇が錆はじむ」「桃の花死んでいることもう忘れ」など。
鈴木 太郎(すずき たろう、1942年12月22日 - )… 鈴木 太郎(すずき たろう、1942年12月22日 - )は俳人。俳誌「雲取」主宰。本名は宏。 福島県生まれ。東洋大学文学部国文学科卒業。 1966年、加藤楸邨に師事、俳誌「寒雷」に入会(1970年、退会)。1970年、森澄雄に師事、「杉」創刊に参加。翌年、第1回杉賞を受賞。1984年、同人誌「晨」創刊に参加(1997年、退会)。1990年、超結社の勉強会「塔の会」に入会(その後、幹事)。1997年、「雲取」を創刊し、主宰。
天児 直美(あまこ なおみ、1942年4月8日 - )は、日… 天児 直美(あまこ なおみ、1942年4月8日 - )は、日本の俳人、浄土真宗の僧侶。俳号は照月。 岡山県生まれ。弟は天児慧。国立音楽大学卒。俳号・照月。ピアノ専攻。大学三年の時に作家・江馬修のもとへ出入りするようになり、1972年、江馬は戦後夫婦同然であった豊田正子と別れ、江馬の没時まで生活を共にした。江馬没後、美作女子大学短期大学部教授として音楽と江馬研究をしていたが、定年後、岡山県勝田郡勝央町の正行寺住職となる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
角川 春樹(かどかわ はるき、1942年〈昭和17年〉1月8… 角川 春樹(かどかわ はるき、1942年〈昭和17年〉1月8日 - )は、日本の編集者、実業家、映画監督、俳人、宗教家。角川源義の長男で、株式会社角川春樹事務所代表取締役社長、宗教法人明日香宮宮司、俳句結社「河」主宰を務める。角川書店の二代目社長を務め、今日のKADOKAWA、角川映画の礎を築く。1993年に麻薬及び向精神薬取締法違反などの容疑で逮捕され、角川グループ各社の役職を辞任した。釈放後、新たに出版社の角川春樹事務所を設立した。モットーは『生涯不良。何か文句あるか』 富山県中新川郡水橋町に誕生し、東京都杉並区に育つ。父は角川書店創業者の角川源義、母は富美子(旧姓鈴木)。杉並区立杉並第五小学校、杉並区立天沼中学校を経て國學院大學久我山高等学校に入学。
安森 敏隆(やすもり としたか、1942年1月6日 - 20… 安森 敏隆(やすもり としたか、1942年1月6日 - 2018年1月9日)は、日本の歌人・日本近代文学研究者。専門は、近代・現代の詩歌文学。斎藤茂吉と塚本邦雄研究。同志社女子大学名誉教授。短歌結社誌「ポトナム」代表・「京都短歌」(朝日新聞京都版)選者・現代歌人集会理事。全国大学国語国文学会常任理事・キリスト教文学会関西支部理事を歴任。 広島県出身。学生時代、「立命短歌」「京都大学短歌会」に参加。「幻想派」を永田和宏・河野裕子等と、「枯野」を俳人の坪内稔典等と創刊。1981年、歌集「沈黙の塩」で第5回現代歌人集会賞受賞。2009年、歌集「百卒長」で第36回日本歌人クラブ賞受賞。近年は、介護する人・される人たちへの「介護百人一首」(NHK教育テレビ「福祉ネットワーク・介護の達人」)や「城崎百人一首」「城崎百人一句」(城崎温泉主催)や「SEITO百人一首」(同志社女子大学主催)を中心に「介護短歌」等を提唱した。
高野 公彦(たかの きみひこ、1941年12月10日 - )… 高野 公彦(たかの きみひこ、1941年12月10日 - )は、日本の歌人。歌誌「コスモス」編集人、選者。本名は、日賀志康彦。 「コスモス」に入会し、宮柊二に師事。厳選された端正な表現で人生の深奥をうたう。「桟橋」創刊。歌集に『汽水の光』(1976年)、『天泣』(1996年)、『水苑』(2000年)、『河骨川』(2012年)、『流木』(2014年)などがある。 愛媛県喜多郡長浜町(現・大洲市)出身。東京教育大学文学部国文科卒業。1964年、「コスモス」に入会し、宮柊二に師事する。河出書房新社の編集者を26年間務めた後、青山学院女子短期大学国文学科教授。日経歌壇選者(1993年~2004年)、朝日歌壇選者(2004年~)、新潟日報読者文芸選者 、南日本新聞南日歌壇選者。