村田 怜音(むらた れおん、2001年8月4日 - )は、三… 村田 怜音(むらた れおん、2001年8月4日 - )は、三重県松阪市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 松阪市立徳和小学校3年時に地元の軟式チームである揥水野球少年団で野球を始め、松阪市立久保中学校では軟式野球部に所属。身長は中3の時点で190cmを超えていた。岡林勇希は小中学校の同級生。 三重県立相可高等学校では入学直後の打撃練習の際に右第一肋骨を骨折し、9か月間離脱。回復した2年時は4番を務めたが、得意の打撃は振わなかった。しかし猛練習の結果、1番打者となった3年春に打撃が一気に開花し、夏までに20本塁打を量産した。3年夏の三重県大会は3回戦で敗退し、甲子園出場は果たせなかった。
岩井 俊介(いわい しゅんすけ、2001年7月30日 - )… 岩井 俊介(いわい しゅんすけ、2001年7月30日 - )は、愛知県高浜市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 高浜市立港小学校時代にラビットボーイズで野球を始め、高浜市立南中学校時代は硬式野球の愛知刈谷ボーイズでプレーした。 京都翔英高校では1年秋に背番号15で近畿大会に出場し、大阪桐蔭との1回戦に登板した。ただ、高校3年間は控え投手であり、3年夏は背番号11で公式戦未登板のまま、チームは京都大会3回戦で福知山成美に敗れた。 名城大学へ進学すると、同大コーチの山内壮馬の指導もあり、最速156km/hを計測するまでに成長。1年秋からリーグ戦に登板し、2年春は最多勝・ベストナイン・最優秀選手賞を獲得。
伊藤 大将(いとう だいすけ、2001年7月27日 - )は… 伊藤 大将(いとう だいすけ、2001年7月27日 - )は、 大阪府寝屋川市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 軟式野球の社会人チームで監督兼投手としてプレーしていた父親の影響から、寝屋川市立成美小学校2年生から硬式野球を始め、寝屋川市立第九中学校では「寝屋川中央リトルシニア」に所属する。 高校は青森県八戸市の八戸学院光星高等学校に進学し、1年生の秋からベンチ入りメンバーとなる。2年生の夏から同級生の武岡龍世とともに、第100回全国高等学校野球選手権記念大会、第91回選抜高等学校野球大会、第101回全国高等学校野球選手権大会と3季連続の甲子園出場を果たし、2年生の春の選抜から二塁手のスターティングメンバーとして出場する。
木下 元秀(きのした もとひで、2001年7月25日 - )… 木下 元秀(きのした もとひで、2001年7月25日 - )は、大阪府堺市出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 堺市立三国丘中学校時代は硬式野球のクラブチームであるサウスウインドヤングに所属し、その後敦賀気比高等学校に進学。2年夏の甲子園でエースとして出場し、1回戦で木更津総合を相手に先発登板したが、6失点し初戦敗退した。その後肘を痛めて外野手に転向し、3年夏は4番打者として再び甲子園に出場しベスト16に進出。自身は3試合で打率.583を記録した。高校通算で38本の本塁打を放った。 2019年9月にプロ志望届を提出。その後、10月17日に行われたドラフト会議にて、広島東洋カープから育成選手ドラフト2位指名を受け、11月14日に支度金290万円、年俸240万円で仮契約した。
菊田 拡和(きくた ひろかず、2001年7月23日 - )は… 菊田 拡和(きくた ひろかず、2001年7月23日 - )は、茨城県土浦市出身の元プロ野球選手。右投右打。 土浦市立真鍋小学校1年時に牛久リトルで野球を始め、U-12日本代表に投手で選出されW杯に出場。土浦市立土浦第二中学校では取手ファイトクラブに所属し全国大会に出場。 常総学院高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年夏の県大会は3番打者を務め準優勝。常総のバレンティンの異名で注目されるも、3年夏は県大会ベスト8で敗退し甲子園出場はなかった。高校通算本塁打は58本。 2019年10月17日に行われた2019年のプロ野球ドラフト会議において読売ジャイアンツから3巡目で指名され、契約金5000万円、年俸600万円で入団した(金額は推定)。
武内 夏暉(たけうち なつき、2001年7月21日 - )は… 武内 夏暉(たけうち なつき、2001年7月21日 - )は、福岡県北九州市八幡西区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 北九州市立折尾東小学校で3年生の時に東筑ファイターズで野球を始める。当時のチームメイトには武藤敦貴がいた。折尾愛真中学校では軟式野球部に所属していた。 福岡県立八幡南高等学校に進学し、1年秋から一塁手でベンチ入り。2年春から投手に転向し、同年秋からエースを務めた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は福岡大会3回戦で敗退した。 高校卒業後は國學院大學に進学。2年秋に出場した明治神宮野球大会にて、九州産業大学との2回戦で公式戦初先発登板すると、8回二死までパーフェクトに抑える好投で無四球完封勝利を記録し、注目を集めた。
井上 広輝(いのうえ ひろき、2001年7月17日 - )は… 井上 広輝(いのうえ ひろき、2001年7月17日 - )は、神奈川県厚木市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 小学生の時に「恩名ソフト」でソフトボールを始めた。厚木市立南毛利中学校入学後に「海老名南リトルシニア」で野球を始め、中学3年時には日台国際野球大会の南関東選抜に選ばれた。 日本大学第三高等学校では2年時に甲子園春夏連続出場。春の第90回記念選抜高等学校野球大会では、1回戦の由利工業高校戦では、救援投手として6回を投げて勝利投手となったが、2回戦の三重高校戦は、先発し6回3失点で敗戦投手となった。夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では2試合に登板。ベスト4に進出するが、吉田輝星を擁する金足農業高校に1-2で敗れた。
福田 真啓(ふくだ まさひろ、2001年7月11日 - )は… 福田 真啓(ふくだ まさひろ、2001年7月11日 - )は、広島県福山市出身の日本の元プロ野球選手(投手)。 高校時代は広島県福山市の英数学館高校でプレー。元広島東洋カープ投手で同校野球部の非常勤コーチでもある北別府学の指導により成長し、150 km/hに迫る速球と切れ味のあるスライダーを武器にした。 高校卒業後は東海大学にスポーツAO入試で合格し、進学し、首都大学野球に加盟する硬式野球部でプレー。しかし、一時チームが活動休止に陥り、野球をプレーする環境を求めて大学中退を決断する。 大学中退後、2021年1月26日に四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスへの入団が発表された。 2022年5月31日の対福岡ソフトバンクホークス三軍戦で、徳島球団は継投によるノーヒットノーランを達成したが、福田はその試合で6回表に3番手で登板し、1イニングを無失点で抑えている。
落合 秀市(おちあい しゅういち、2001年7月10日 - … 落合 秀市(おちあい しゅういち、2001年7月10日 - )は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 和歌山市立紀之川中学校時代は「和歌山ビクトリーズ」に所属。和歌山県立和歌山東高校進学後は2年夏に背番号11でベンチ入りし、同秋から背番号1を背負いエースとなる。3年夏は和歌山大会3回戦で敗退し、甲子園大会への出場はなかったものの、日米のプロ野球スカウトが注目する選手であった。プロ志望届を提出するが、NPBドラフト会議では指名漏れとなった。 一時は野球を辞め、一般企業に就職するとしたが周囲の引き止めなどもあり、関西独立リーグの兵庫ブルーサンダーズにてプレーを継続することとなった。
水上 桂(みずかみ けい、2001年7月5日 - )は、兵庫… 水上 桂(みずかみ けい、2001年7月5日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 幼稚園から兄の影響で野球を始め、小学校時代は複数のポジションをこなしていた。中学校時代は三田ヤングに所属し、2年までは遊撃手を務めていたが、3年になると捕手に定着する。 高校は明石市立明石商業高等学校に進学して1年春からベンチ入りを果たし、1年の秋には三塁手にコンバートされる。2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では初戦の八戸学院光星戦に「2番・一塁手」として先発出場し、4打数1安打2犠打を記録したがチームは敗退した。2年秋からは捕手に戻って秋季近畿大会で準優勝し、3年春の第91回選抜高等学校野球大会ではベスト4に進出。
東妻 純平(あづま じゅんぺい、2001年7月3日 - )は… 東妻 純平(あづま じゅんぺい、2001年7月3日 - )は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手(捕手、外野手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 兄は千葉ロッテマリーンズ所属の東妻勇輔。 小学校1年の時から野球を始め、紀伊中学校時代は紀州ボーイズに所属。智弁和歌山では遊撃手から捕手に転向。1年夏からベンチ入りし甲子園には5期連続出場。1学年上に林晃汰、同学年に黒川史陽がいる。2年の時に元プロ野球選手で捕手の中谷仁が監督となり、同じ捕手の中谷から捕手に関する指導を受けた。高校通算34本塁打。 2019年10月17日に行われたドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズから4位指名を受け、契約金4180万円、年俸615万円で入団した(金額は推定)。
赤塚 健利(あかつか けんと、2001年7月1日 - )は、… 赤塚 健利(あかつか けんと、2001年7月1日 - )は、静岡県磐田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 磐田市立福田小学校で1年生の時に福田本町スポーツ少年団で野球を始める。磐田市立福田中学校在学時は硬式野球のクラブチームである掛川シニアでプレーしていた。 中京学院大学附属中京高等学校(現:中京高等学校)に進学し、1年秋からベンチ入り。3年夏は背番号18の控え投手として第101回全国高等学校野球選手権大会に出場し、6試合に救援登板してベスト4進出に貢献。変化球はほとんど投げず、最速148km/hの動く速球で押し切った。同学年に藤田健斗、1学年下に元謙太がいた。プロ志望届を提出したが、2019年のドラフト会議での指名はなかった。
江川 侑斗(えがわ ゆうと、2001年6月29日 - )は、… 江川 侑斗(えがわ ゆうと、2001年6月29日 - )は、大分県大分市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小島よしおに憧れ、大分市立松岡小学校在学時に松岡少年野球クラブで野球を始める。大分中学校では大分明野シニアに所属し、MCYSA全米選手権大会日本代表にも選ばれた。 大分高校進学後、2年春からベンチ入り。2年夏の大分県大会は左翼手で先発出場するも初戦で敗れた。2年秋から捕手として活躍。第91回選抜高等学校野球大会では、初戦の松山聖陵高校戦で好リードを見せ、同校初の甲子園勝利に貢献。続く2回戦の水上桂擁する明石商高校戦では1安打放ったが、敗れた。3年夏の大分県大会では初戦の杵築高校に敗れた。
篠原 玲央(しのはら れお、2001年6月23日 - )は、… 篠原 玲央(しのはら れお、2001年6月23日 - )は、東京都西多摩郡瑞穂町出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 中学時代は瑞穂リトルシニアに所属していた。3年時にリトルシニア全国選抜野球大会に出場した。 高校は本庄第一高等学校に進学する。2年時より主に中堅手として試合に出場し活躍するが、3年間で甲子園出場はなかった。 大学は共栄大学国際経営学部に進学する。東京新大学野球連盟の硬式野球部では、3年時の春季リーグでデビューを果たすと、打率.415を記録し、首位打者とベストナインを獲得した。その後、腰を故障し、調子を崩すが、4年時には主に1番で活躍し、秋季リーグでは2度目のベストナインを獲得した。
石川 昂弥(いしかわ たかや、2001年6月22日 - )は… 石川 昂弥(いしかわ たかや、2001年6月22日 - )は、愛知県半田市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 半田市立有脇小学校・半田市立亀崎中学校出身で、小学2年生の時に「ツースリー大府」で野球を始め、小学6年生の時には中日ドラゴンズJr.に選抜された。また、亀崎中時代は「知多ボーイズ」に所属し、3年生の時には「NOMOジャパン」(総監督:野茂英雄)に選出されロサンゼルスへ遠征した。 愛知県名古屋市の私立東邦高校へ入学。1年生春からベンチ入りし、2年生春の第90回記念選抜高等学校野球大会で、「4番・三塁手」として先発出場したが、1回戦(花巻東高校戦)で敗退した。2年生夏に行われた県の地区大会では6試合で打率.737を記録。
石黒 佑弥(いしぐろ ゆうや、2001年6月20日 - )は… 石黒 佑弥(いしぐろ ゆうや、2001年6月20日 - )は、愛知県江南市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。 江南市立藤里小学校1年生の時から藤里スポーツ少年団で投手としてプレーを始め、江南市立宮田中学校では捕手兼投手としてプレーした。 星城高等学校では1年目から背番号16番を背負って登板を果たし、3年の夏には石川昂弥を擁し春のセンバツを制した東邦高等学校戦に先発登板し8回3失点、打者としては石川から3点本塁打を放つ活躍でコールド勝ちを収めた。この試合を当時JR西日本の総監督を務めていた後藤寿彦が観戦しており、オファーを受けた石黒は卒業後同社に入社することとなった。ドラフト解禁年となった2022年は5球団から調査書が届くも指名漏れ。
武藤 敦貴(むとう あつき、2001年6月15日 - )は、… 武藤 敦貴(むとう あつき、2001年6月15日 - )は、福岡県北九州市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 小学校4年生の時に野球を始め、地元の少年野球チーム・東筑ファイターズでプレーし、チームメイトには武内夏暉がいた。中学時代は若松ダイナマイトクラブでプレーした。 都城東高等学校では2年生まで投手を務めたが、3年生時には外野手(中堅手)も兼任した。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において、東北楽天ゴールデンイーグルスから4位指名を受け、11月5日に契約金3000万円、年俸560万円で仮契約した。背番号は71。 2020年はイースタン・リーグ3試合に出場し、5打数2安打の成績だった。
シンクレア ジョセフ 孝ノ助(シンクレア ジョセフ こうのす… シンクレア ジョセフ 孝ノ助(シンクレア ジョセフ こうのすけ、2001年6月12日 - )は、埼玉県吉川市生まれ、カナダ出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。埼玉西武ライオンズ所属。 登録名はシンクレア。 日本人の母とカナダ人の父を持ち、母の故郷・埼玉県吉川市で生まれたが、生後6か月で父の母国・カナダへ戻った。MLB中継を見て、イチローや松坂大輔といった日本人選手も活躍していることを母から教えられ、これを機にソフトボールに触れる。小学校2年生のときに1年間だけ日本で生活し、その際に少年軟式野球チーム「吉川ストーム」で本格的に野球を始め、再びカナダへ戻ってからはリトルリーグでプレー。2014年のリトルリーグ世界選手権ではカナダ代表に選出されていた。
西舘 昂汰(にしだて こうた、2001年6月9日 - )は、… 西舘 昂汰(にしだて こうた、2001年6月9日 - )は、福岡県筑紫野市吉木出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 吉木小学校、筑紫野中学校を経て進学した筑陽学園高等学校では3年春の第91回選抜高等学校野球大会、夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に出場した。選抜大会ではリリーフで2試合に登板した。選手権大会では初戦の作新学院戦で先発登板したが延長戦で敗れた。高校では進藤勇也と同学年。 高校卒業後は専修大学へ進学。野球部では1・2年次までは成績を残せなかったが、3年次に臨時コーチとして指導に当たっていた同校OBの崔一彦の教えを受けて才能が開花、3年秋のリーグ戦で最優秀投手に選出された。
伊禮 海斗(いれい かいと、2001年6月8日 - )は、神… 伊禮 海斗(いれい かいと、2001年6月8日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 小学校1年の時に白真少年野球部で野球を始める。中学時代には町田リトルシニアに在籍した。 高校は桐蔭学園高等学校に進学し高校2年時の第49回明治神宮野球大会では1回戦で先発するも、進藤勇也や西舘昂汰を擁す筑陽学園に打ち込まれ3回で4失点を喫し敗れる。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では1回戦の啓新高等学校戦で9回途中4失点を喫し敗北する。同級生に森敬斗がいた。 大学は桐蔭横浜大学に進学し2年時の第70回全日本大学野球選手権記念大会に登板するが国際武道大学に敗れる。
石塚 綜一郎(いしづか そういちろう、2001年6月7日 -… 石塚 綜一郎(いしづか そういちろう、2001年6月7日 - )は、秋田県秋田市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 秋田市立岩見三内小学校3年生から軟式野球を始め、秋田市立岩見三内中学校では硬式野球クラブ「秋田南リトルシニア」に所属する。 岩手県北上市の岩手県立黒沢尻工業高等学校に進学。1年生の春から三塁手として出場し、2年生の秋にはチームの正捕手となる。甲子園には出場経験は無いが、3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権岩手大会において同校36年ぶりのベスト4に進出する。準決勝の対花巻東高等学校戦において、先発投手として登板し、3番打者として1打点を挙げるも5対11で敗退した。
中島 大輔(なかしま だいすけ、2001年6月4日 - )は… 中島 大輔(なかしま だいすけ、2001年6月4日 - )は、和歌山県日高郡川辺町(現:日高川町)出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 日本プロ野球における、連続試合三塁打数日本記録(4試合)保持者。 和歌山県川辺町(現:日高川町)出身。川辺西小学校および早蘇中学校時代は和歌山御坊ボーイズに在籍していた。 龍谷大学付属平安高等学校では入学後すぐに左膝を手術、同年秋には左足首を痛め、2年春から通常の練習ができるようになった。同年秋からベンチ入りして1番打者を務める。3年春の第91回選抜高等学校野球大会に出場し、ベスト8に進出した。同年夏は京都大会準決勝で立命館宇治に敗れた。
武岡 龍世(たけおか りゅうせい、2001年5月28日 - … 武岡 龍世(たけおか りゅうせい、2001年5月28日 - )は、徳島県吉野川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 実兄の武岡大聖は元プロ野球選手で、四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスに所属していた。 小学校2年から鴨島バッファローズで軟式野球を始め、投手や遊撃手としてプレーし、6年には硬式野球チームの徳島ホークスに所属。鴨島第一中学校1年の時にはカル・リプケンワールドシリーズのメンバーに選出され、準優勝を遂げる。 中学校卒業後は八戸学院光星高等学校へ進学。高校では1年春より遊撃手のレギュラーを獲得し、2年秋からは主将を務める。2年夏からは3季連続甲子園出場を果たし、第101回全国高等学校野球選手権大会の智弁学園戦で甲子園では自身初となる本塁打を放った。
堀田 賢慎(ほった けんしん、2001年5月21日 - )は… 堀田 賢慎(ほった けんしん、2001年5月21日 - )は、岩手県花巻市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 小学校1年の頃から野球を始める。小学校時代のポジションは遊撃手、二塁手、捕手(小学校6年次)を守っていた。中学校は花巻リトルシニアに所属し、2年秋ごろに投手になる。高校は青森山田高校に進学し、投手に専念するが、甲子園出場ならず。同学年に本田真凜がいる。 2019年のドラフト会議で奥川恭伸・宮川哲の抽選を外した読売ジャイアンツから1位指名を受け、契約金8000万円、年俸800万円で入団に合意(金額は推定)。背番号は32。担当スカウトは柏田貴史。 2020年、1月の新人合同自主トレ期間中に右肘に違和感を訴え、病院で右肘の軽度の炎症と診断された。
韮澤 雄也(にらさわ ゆうや、2001年5月20日 - )は… 韮澤 雄也(にらさわ ゆうや、2001年5月20日 - )は、新潟県魚沼市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 小学1年から新潟南リトルで野球を始め、魚沼市立堀之内中学校時代は新潟シニアに所属し、2年時には日本選手権、3年時にはジャイアンツ杯に出場した。 花咲徳栄高等学校では1年春からベンチ入りし、夏の全国高等学校野球選手権大会では控え選手ながら埼玉県勢初の全国制覇を経験。1年秋から3番・遊撃手のレギュラーを掴み、2年夏の全国高等学校野球選手権大会では、2回戦で横浜高校に敗れたが、及川雅貴から適時打を放つなど2試合で5打数2安打。3年夏の全国高等学校野球選手権大会は初戦敗退に終わるが、3年連続で夏の甲子園に出場した。
石上 泰輝(いしかみ たいき、2001年5月18日 - )は… 石上 泰輝(いしかみ たいき、2001年5月18日 - )は、徳島県鳴門市出身のプロ野球選手(内野手)。横浜DeNAベイスターズ所属。 鳴門市明神小学校で2年生の時に明神ブレーブスで野球を始める。鳴門市第一中学校では軟式野球部に所属し、3年時は主将を務めて全国中学校軟式野球大会に出場した。 徳島県立徳島商業高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年秋から二塁手のレギュラーを務めた。この時点では高校卒業後に野球を引退して就職する意向だったが、その後出場した秋季四国大会にて、英明との初戦で4安打を記録して勝利に貢献。大舞台で結果を残し、「関東の大学でプレーしたい」という意欲が芽生えた。3年夏は徳島大会準決勝で鳴門に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。
大橋 武尊(おおはし たける、2001年5月16日 - )は… 大橋 武尊(おおはし たける、2001年5月16日 - )は、東京都港区出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。 会社経営者の父とキャビンアテンダントの母を持ち、当時東京都港区南麻布にあった愛育病院で生まれた。3歳まで六本木の高層マンションに暮らし、その後は高輪、中央区の勝どきで育った。 中央区立豊海小学校1年生の時に月島ライオンズで野球を始める。中央区立銀座中学校では野球部に所属せず、個人トレーナーを付けて練習していた。 その後、日本の高校ではなくアメリカ合衆国のIMGアカデミーに進学。幼少期にアメリカ合衆国ロサンゼルスに行ってメジャーリーグベースボール(MLB)の試合を観戦したときに自分もアメリカでプレーしたいと思ったのがきっかけだった。
井上 温大(いのうえ はると、2001年5月13日 - )は… 井上 温大(いのうえ はると、2001年5月13日 - )は、群馬県前橋市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 前橋市立岩神小学校1年生時に岩神リトルファイターズで野球を始め、前橋市立大胡小学校3年生時にはリトル大胡スターズに所属。前橋市立大胡中学校では軟式野球部に所属していた。 前橋商業高校進学後、1年秋からベンチ入りし、主力投手として活躍。3年春の群馬県大会準々決勝で健大高崎高校相手に5回無失点の好投を見せ、注目を集めた。3年夏は背番号1を背負って、同校9年ぶりの群馬県大会決勝進出に貢献。決勝戦では前橋育英高校に8回途中3失点の粘投も敗れ、甲子園には届かなかった。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから4位で指名され、契約金4000万円、年俸540万円(金額は推定)という条件で入団した。
小林 珠維(こばやし じゅい、2001年5月7日 - )は、… 小林 珠維(こばやし じゅい、2001年5月7日 - )は、北海道帯広市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。KBOフューチャースリーグ参加球団の蔚山ホエールズ所属。 浦河堺町小学校1年の時から野球を始め、冬場はスピードスケートの練習をして、足腰を強化していた。中学校時代は新琴似リトルシニアに所属し、中学卒業後は東海大札幌高に進学する。高校時代は甲子園出場経験はなし。高校では投手と内野手(主に一塁手)を兼任していた。 2019年10月17日に行われたドラフト会議では、福岡ソフトバンクホークスから内野手として4位指名を受け、11月16日に札幌市内にて入団交渉を行い、契約金4000万円、年俸460万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日に福岡市内のホテルで入団発表会見が行われた。
西田 陸浮(にしだ りくう、2001年5月6日 - )は、大… 西田 陸浮(にしだ りくう、2001年5月6日 - )は、大阪府枚方市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。MLBのシカゴ・ホワイトソックス傘下所属。 小学2年生から枚方リトルリーグに入って野球を始め、その後一度は競技から離れるも、5年生から軟式野球のトルネードBBCに所属した。楠葉西中時代の当初は軟式野球部に入部したが、3年生の時から野球に本腰を入れ、北大阪ボーイズでプレーした。 東北高等学校では3年夏の宮城県大会で決勝まで勝ち進んだが、仙台育英に敗れ甲子園大会出場を逃した。3人いる副主将の1人で、中軸を任されていた。 高校卒業後は野球のためではなく社長になるための勉強がしたいという理由で渡米し、マウントフッド・コミュニティ・カレッジへ留学した。
山瀬 慎之助(やませ しんのすけ、2001年5月4日 - )… 山瀬 慎之助(やませ しんのすけ、2001年5月4日 - )は、石川県かほく市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 読売ジャイアンツで強打の捕手として長らく活躍した阿部慎之助にちなんで、出生時に「慎之助」と命名された。かほく市立宇ノ気小学校2年時に「宇ノ気ブルーサンダー」で軟式野球を始めると、4年時からかほく市立宇ノ気中学校・星稜高校時代を通じて、チームメイトの奥川恭伸とバッテリーを組んでいた。中学生時代には、奥川と共に全国中学校軟式野球大会の優勝を経験している。 星稜高校への進学を機に硬式野球部へ入部すると、1年時の秋から正捕手としてチームの石川県大会優勝と北信越大会準優勝に貢献。
川﨑 俊哲(かわさき としあき、2001年5月2日 - )は… 川﨑 俊哲(かわさき としあき、2001年5月2日 - )は、石川県輪島市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。阪神タイガース所属。 輪島市立大屋小学校1年から大屋クラブで野球を始め、輪島市立輪島中学校では軟式野球部に所属。 石川県立輪島高等学校では内野手と投手を兼任し、3年夏の県大会では主将としてチームのベスト8進出に貢献した。 高校卒業後はNPB入りを目指し、地元の石川ミリオンスターズ(当時はルートインBCリーグ、2022年は日本海オセアンリーグ、2023年から日本海リーグ所属)に入団。主に遊撃手としてプレーした。4年目までは調査書が届かない状況が続くも、5年目に阪神タイガースから派遣されてきた岡崎太一監督の指導を受け成績を向上させた。
勝連 大稀(かつれん はるき、2001年4月30日 - )は… 勝連 大稀(かつれん はるき、2001年4月30日 - )は、 沖縄県宜野湾市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。プロでは育成選手であった。現在はクラブチーム・Again Baseball Club所属。 興南高等学校時代は、2年生時の2018年、第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場し、8打数5安打の記録を残した。 2019年10月17日、プロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスより、育成ドラフト4巡目で指名された。ドラフト指名後の会見では、チームメイトでオリックス・バファローズから支配下枠1巡目で指名された宮城大弥と(プロ野球で)対戦して打ちたいと抱負を述べた。10月31日、支度金300万円、年俸360万円(いずれも推定)で契約に合意した。
三浦 克也(みうら かつなり、2001年4月28日 - )は… 三浦 克也(みうら かつなり、2001年4月28日 - )は、富山県富山市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 高岡向陵高等学校では2番手投手で、3年間で甲子園大会出場はなかった。 高校卒業後は東京国際大学へ進学。3年春のリーグ戦で初ベンチ入りし、4年春のリーグ戦では8試合に登板し、12回2/3を無失点だった。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから育成1位指名を受けた。11月14日に支度金290万円、年俸400万円で仮契約した。背番号は012。 2024年は二軍での登板はなかった。オフに台湾で実施されたアジアウインターベースボールリーグに派遣された。
廣澤 優(ひろさわ ゆう、2001年4月27日 - )は、東… 廣澤 優(ひろさわ ゆう、2001年4月27日 - )は、東京都世田谷区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 日本大学第三高等学校では2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に控え投手として出場。龍谷大平安との3回戦で大会初登板初先発し、5回2失点の好投で勝利に貢献した。また、この試合で当時の自己最速を更新する148km/hを計測している。金足農業との準決勝でも先発して4回途中1失点だったが、試合は敗れた。3年夏は西東京大会準々決勝で桜美林に敗れた。同学年に井上広輝がいた。 高校卒業後はJFE東日本へ入社。4年間在籍して最速を158 km/hまで伸ばしたものの、都市対抗野球大会、日本選手権大会では一度もベンチ入りすることができなかった。
東海林 碧波(しょうじ あおば、2001年4月27日 - )… 東海林 碧波(しょうじ あおば、2001年4月27日 - )は、千葉県船橋市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学生時代に前原エイトマンで野球を始めた。中学では千葉北リトルシニアに所属し、関東シニア5支部の代表選手として第13回日台国際野球大会に参加した。 高校は早稲田実業に入学し、3年生よりベンチ入りするが、同年に甲子園出場はできなかった。1学年上に野村大樹、2学年上に清宮幸太郎がいた。 大学は内部進学で早稲田大学のスポーツ科学部に進学した。しかし、大学2年時に腰の怪我で約1年間離脱し、4年の春には汗が出なくなる難病の特発性後天性全身性無汗症(英語版)を発症し、4年間で公式戦への出場はなかった。
上野 響平(うえの きょうへい、2001年4月26日 - )… 上野 響平(うえの きょうへい、2001年4月26日 - )は、大阪府貝塚市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 貝塚市立西小学校1年の時に貝塚スポーツ少年団西地区で野球をはじめ、4年からは遊撃手を務めていたが、肩の強さを見込まれ捕手も兼任していた。貝塚市立第一中学校時代は貝塚シニアに所属。 京都国際高校では入学直後にレギュラーを獲得。2年秋からは主将を務め、3年春は京都府大会を制した。3年夏の京都府予選は「1番・遊撃手」でチームを引っ張り決勝に進出したが、決勝で立命館宇治にサヨナラ負けを喫した。甲子園出場経験はない。超高校級の守備力と評価され、「牛若丸」と呼ばれた。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において北海道日本ハムファイターズから3位指名を受け、11月13日に契約金3500万円、年俸530万円(推定)で仮契約を結んだ。
浅田 将汰(あさだ そうた、2001年4月23日 - )は、… 浅田 将汰(あさだ そうた、2001年4月23日 - )は、福岡県飯塚市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 飯塚市立庄内小学校2年の時に庄内ジャガーズで野球を始め、投手として6年時に県大会に優勝。また飯塚市立庄内中学校在学時は飯塚ボーイズに在籍し、3年時に九州大会に優勝している。また九州代表として世界大会も経験。 高校は熊本県の有明高等学校に進学。1年夏からベンチ入りし、1年秋からエースとなる。3年春の熊本大会では3回戦の熊本北戦で19奪三振を記録し注目を集めた。3年夏の熊本県大会は準決勝で熊本工に0-2で敗戦。甲子園には出場できなかったが、U-18ワールドカップに日本代表として出場し、南アフリカ戦、オーストラリア戦に登板した。
及川 雅貴(およかわ まさき、2001年4月18日 - )は… 及川 雅貴(およかわ まさき、2001年4月18日 - )は、千葉県八日市場市(現:匝瑳市)出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 NPBにおける18試合連続ホールド記録保持者。 匝瑳市立須賀小学校3年時に「須賀スポーツ少年団」に入団し野球を始め、6年時に千葉ロッテマリーンズジュニアに選出された。匝瑳市立八日市場第二中学時代は「匝瑳リトルシニア」に所属。3年時にはU-15日本代表入りし大会最優秀防御率を受賞した他、最速140km/h超の「スーパー中学生」として注目された。 横浜高校進学後は、1年春からベンチ入りし2年秋からエース。1年夏、2年夏、3年春と3度の甲子園大会出場を果たし、奥川恭伸(星稜)、佐々木朗希(大船渡)、西純矢(創志学園)とともに「高校BIG4」と呼ばれた一方で、制球難に悩まされた影響で地方大会を含め出場各大会で芳しい結果を残すことができず、一時は背番号10の剥奪も経験。
黒川 史陽(くろかわ ふみや、2001年4月17日 - )は… 黒川 史陽(くろかわ ふみや、2001年4月17日 - )は、奈良県北葛城郡河合町出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 河合第一小学校1年生の時に野球を始め、河合一中では泉州阪堺ボーイズに所属。中3時には「NOMOジャパン」に選出され主将を務めた。そのときのメンバーには西純矢、石川昂弥らがいる。 智弁和歌山高等学校では1年春からベンチ入りし、5期連続甲子園出場を果たす。2年春の甲子園ではチームを甲子園準優勝に導く。2年の夏の甲子園は近江高校に敗れ初戦敗退。3年春の甲子園では中森俊介、水上桂、来田涼斗を擁する明石商に敗れベスト8。3年の夏の甲子園では14回タイブレークの末に奥川恭伸、山瀬慎之助、内山壮真を擁する星稜に敗れ3回戦敗退。
安竹 俊喜(やすたけ としき、2001年4月17日 - )は… 安竹 俊喜(やすたけ としき、2001年4月17日 - )は、静岡県焼津市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 小学3年から地元焼津市の大富少年野球クラブで捕手として野球を始める。焼津市立大富中学校では軟式野球部に所属した。 高校は「甲子園に行きたい」という理由で、甲子園常連校かつ県内屈指の進学校でもある静岡県立静岡高等学校に、猛勉強の末に一般入試で入学。硬式野球部に所属した。2年春にチームが出場を果たした甲子園選抜大会ではベンチ外、3年夏の甲子園全国大会ではブルペン捕手としてチームを支えた。高校3年間で公式戦出場は1試合のみであった。 大学は出場機会を求め、国立静岡大学を受験。
玉村 昇悟(たまむら しょうご、2001年4月16日 - )… 玉村 昇悟(たまむら しょうご、2001年4月16日 - )は、福井県丹生郡越前町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 3歳上の兄がプレーしていた影響で越前町立宮崎小学校4年から「宮崎ファイヤーズ」で野球を始め、越前町立宮崎中学校では軟式野球部に所属。右利きであるが、グラブを購入する時に「左の方が投げやすかった」という理由で左利き用のグラブを購入し左投げとなった。 中学時代から注目され県内の私立強豪校からも誘いを受けたが地元の福井県立丹生高等学校に進学し、1年春の県大会からベンチ入り。3年夏には敦賀気比・山田修義が保持していた49奪三振を超える大会新記録の52奪三振(5試合)を記録し「越前のドクターK」の異名を取り、無名の公立校だった同校を初の福井県大会準優勝に導いた。
奥川 恭伸(おくがわ やすのぶ、2001年4月16日 - )… 奥川 恭伸(おくがわ やすのぶ、2001年4月16日 - )は、石川県かほく市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校2年生の時に、宇ノ気ブルーサンダーで野球を始めた。チームメイトの山瀬慎之助と高校までバッテリーを組む。かほく市立宇ノ気中学校では軟式野球部に所属し、3年夏の全国中学校軟式野球大会では投手として全国制覇に貢献した。その後星稜高等学校に進み、1年の春からベンチ入りを果たす。その後、2年春の選抜から4期連続で甲子園の出場を果たした。特に3年の夏の甲子園では準優勝投手となった。2018年の明治神宮大会でも準優勝投手になっている。同学年に山瀬慎之助、1学年下に内山壮真がいる。
佐藤 一磨(さとう かずま、2001年4月16日 - )は、… 佐藤 一磨(さとう かずま、2001年4月16日 - )は、神奈川県藤沢市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。オリックス・バファローズ所属。 藤沢市立大道小学校1年の時に藤沢少年野球クラブに入団し野球を始める。藤沢市立村岡中学校時代は大和リトルシニアでプレー。 横浜隼人高等学校では2年秋からエース。3年春の県大会では綾瀬西戦で5回完全試合を達成。3年夏の県大会は3回戦で延長の末日大藤沢に敗退し、甲子園出場を逃した。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において、オリックス・バファローズから育成ドラフト1巡目で指名を受け、11月11日に支度金330万円、年俸240万円(推定)で仮契約した。
廣瀨 隆太(ひろせ りゅうた、2001年4月7日 - )は、… 廣瀨 隆太(ひろせ りゅうた、2001年4月7日 - )は、東京都東久留米市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 慶應義塾幼稚舎1年生の時から野球を始める。慶應義塾普通部在学時は硬式野球のクラブチームである世田谷西リトルシニアに所属していた。 慶應義塾高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春の第90回記念選抜高等学校野球大会では、彦根東との初戦で9回に代打で出場するも凡退し、チームはそのまま敗れた。同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では4番を務めたが、2試合で1安打に留まった。3年夏は神奈川大会4回戦で東海大相模にコールド負けを喫した。高校通算41本塁打。
荒木 翔太(あらき しょうた、2001年4月5日 - )は、… 荒木 翔太(あらき しょうた、2001年4月5日 - )は、熊本県玉東町出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手だった。 小学生から「玉東町少年野球クラブ」で軟式野球を始め、玉東町立玉東中学校では「熊本北リトルシニア」に所属した。 高校は熊本市の熊本市立千原台高等学校に進学。甲子園出場の経験は無いが、2年生の夏から二塁手のスターティングメンバーとして出場した。3年生の夏の第101回全国高等学校野球選手権熊本大会では、4番・三塁手として出場し、2安打1打点の活躍をしたが、ルーテル学院高校に初戦敗退した。 2019年10月17日に行われたドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成ドラフト6位指名を受け、11月1日、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月5日、福岡市内のホテルで入団発表会見が行われた。
伊藤 海斗(いとう かいと、2001年4月2日 - )は、山… 伊藤 海斗(いとう かいと、2001年4月2日 - )は、山形県飽海郡遊佐町出身の元プロ野球選手(外野手)。左投左打。 遊佐町立遊佐中学校時代は軟式野球部に所属。3年夏は山形県大会に優勝。 酒田南高校では1年夏からベンチ入りも、甲子園出場はなかった。高校通算36本塁打。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議において読売ジャイアンツからドラフト6巡目で指名され、11月14日に契約金3000万円、年俸540万円で仮契約した。背番号は97。担当スカウトは柏田貴史。 2020年は、イースタン・リーグ38試合に出場し、打率.234、0本塁打、5打点の成績だった。オフに、現状維持の推定年俸540万円で契約を更改した。
市川 悠太(いちかわ ゆうた、2001年3月29日 - )は… 市川 悠太(いちかわ ゆうた、2001年3月29日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 高知市立潮江中学校から明徳義塾高等学校に進学。2年生の春夏、3年生春と3季連続で甲子園に出場。2年生秋には秋季四国大会、第48回明治神宮野球大会でエースとして全試合完投して両大会で優勝した。 2018年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから3位で指名を受け、契約金5000万円、年俸580万円という条件で入団した。 2019年は二軍で登板を重ね、18試合に登板し1勝0敗、防御率2.79の成績を残したが、翌年も一軍登板の機会はなく、初登板は2022年7月1日の横浜DeNAベイスターズ戦で、1回1失点(一塁手の野選による失点)だった。
土生 翔太(はぶ しょうた、2001年3月10日 - )は、… 土生 翔太(はぶ しょうた、2001年3月10日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれる。横浜市立鳥が丘小学校3年生の時に坂本レッドジャガーズで野球を始め、横浜市立領家中学校在学時は硬式野球のクラブチームである横浜泉中央ボーイズでプレーしていた。 横浜高等学校在学時、チームは3年連続で夏の全国高等学校野球選手権大会に出場したが、自身はいずれの年もベンチ外だった。3年夏の神奈川大会の前に行われたベンチ外の選手による引退試合に登板し、144km/hを計測した。2学年上に藤平尚真・石川達也、1学年上に増田珠・福永奨、同学年に万波中正、1学年下に及川雅貴、2学年下に松本隆之介・木下幹也・度会隆輝・津田啓史・庄子雄大がいた。
川上 理偉(かわかみ りい、2001年3月10日 - )は、… 川上 理偉(かわかみ りい、2001年3月10日 - )は、大分県大分市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 大分市立滝尾小学校を経て、中高一貫校の大分中学校・高等学校、専門学校である宮崎福祉医療カレッジへ進学。卒業を前に社会人で野球を続けるか検討していた際、九州アジアリーグが設立され地元の球団である大分B-リングスへ入団した。 2021年は、47試合に出場して打率.213、1本塁打、16打点の成績を残した。 2022年は、73試合に出場して打率.224、4本塁打、29打点だった。 2023年は、78試合に出場して打率.285、4本塁打、54打点とキャリアハイの数字を残し、打点王のタイトルを獲得した。