上田 文雄(うえだ ふみお、1948年6月11日 - 202… 上田 文雄(うえだ ふみお、1948年6月11日 - 2025年9月18日)は、日本の政治家、弁護士。北海道札幌市長(第9代・3期)、札幌弁護士会副会長を務めた。 北海道中川郡幕別町生まれ。父は保守系の幕別町議会議員であった。幕別町立幕別中学校、北海道帯広三条高等学校、中央大学法学部卒業。 1975年、26歳で司法試験に合格し、司法修習第30期を修了。1978年。、弁護士登録し、道央法律事務所に所属する(当時の同僚に後の北海道知事・衆議院議長となる横路孝弘がいる。1983年北海道知事選挙では横路の勝手連に参加した)。「全国中学校一斉学力調査」を阻止しようとした反対派が公務執行妨害罪などに問われた旭川学力テスト事件の弁護も担当した。
藤倉 英幸(ふじくら ひでゆき、1948年6月5日 -)はイ… 藤倉 英幸(ふじくら ひでゆき、1948年6月5日 -)はイラストレーター、貼り絵作家。 北海道岩内郡岩内町で生まれる。北海道岩内高等学校在学中に、美術部に入部。その際、グラフィックデザインに興味を抱く。高校卒業後は、製菓会社に勤務の傍ら、独学でグラフィックデザインやイラストレーションを修得。製菓会社退職後は、印刷会社、広告代理店に転職し、イラストレーターとして活躍。 1974年、「イラスト&デザイン工房フジクラ」を札幌に設立し、アート、デザインに関して幅広く創作活動を行う。1970年代後半からは切り絵の手法を用いてイラストや作品を多く制作するようになる。80年代後半に入ると、切り絵から、洋紙を用いた貼り絵によっても北海道の風景を描く作風となる。
大道寺 将司(だいどうじ まさし、1948年〈昭和23年〉6… 大道寺 将司(だいどうじ まさし、1948年〈昭和23年〉6月5日 - 2017年〈平成29年〉5月24日)は、日本の政治活動家、東アジア反日武装戦線“狼”部隊のメンバー。同部隊のリーダー格だった。 北海道釧路市出身。小学生時代より、新聞を丹念に読んではスクラップ帳を作る公務員の父親や、北海道議会議員だった継母の義理の兄、そしてその息子で高校生ながらに60年安保反対運動の先頭に立っていた太田昌国らの影響から、政治への関心を持つようになる。中学校入学後は学区の中にアイヌ居住区が含まれていたため、多くのアイヌの同級生たちと交流する中で、その厳しい暮らしぶりや中学3年時でのアイヌに対する就職差別を目の当たりにし、問題意識を抱くようになった。
朝登 俊光(あさのぼり としみつ、1948年6月3日 - )… 朝登 俊光(あさのぼり としみつ、1948年6月3日 - )は、北海道夕張市出身で朝日山部屋に所属した大相撲力士。本名は霜降 利昭(しもふり としあき)。現役時代の体格は身長176cm、体重156kg。最高位は東前頭2枚目(1970年1月場所)。得意手は突き、押し。 中学3年生の時上京して、元前頭2枚目・二瀬山が率いる朝日山部屋に入門。1963年(昭和38年)7月場所で初土俵を踏んだ。 序ノ口に付いた時より「朝登」を名乗り、引退までの15年間で一度も改名する事は無かった。 以来、突き押しを武器に順調に番付を上げ、1967年(昭和42年)9月場所で十両に昇進。そして、1969年(昭和44年)3月場所で新入幕を果たした。
田中英樹(たなか ひでき、1948年〈昭和23年〉6月1日 … 田中英樹(たなか ひでき、1948年〈昭和23年〉6月1日 - )は、日本の社会福祉学。精神保健福祉士。東京通信大学人間福祉学部教授。 北海道網走市生まれ。北海道網走向陽高等学校、日本社会事業大学社会福祉学部卒、同大学院社会福祉学研究科博士後期課程満期退学。2000年「日本における精神障害者に対する地域生活支援システム 精神医学ソーシャルワーカーの視点から」で同大学博士(社会福祉学)。精神保健福祉相談員、医療社会事業員として27年間勤務後、佐賀大学文化教育学部助教授、長崎ウエスレヤン大学教授、早稲田大学人間科学学術院教授を経て、東京通信大学人間福祉学部教授。NPO法人「日本地域福祉研究所」副理事長。
福居 良(ふくい りょう、1948年6月1日 - 2016年… 福居 良(ふくい りょう、1948年6月1日 - 2016年3月15日)は、日本のジャズピアノ奏者、アコーディオン奏者。 美しい旋律のオリジナル曲と、力強くスウィング感あふれるビバップ・スタイルの演奏で多くのファンを魅了してきた。1995年、札幌市にライブハウス「スローボート」を開店しそこを拠点に全国で活動。2012年にはジャズ・ピアニストとして初めて札幌文化奨励賞を受賞した。バリー・ハリスを師と仰ぎ長年にわたって交流を重ねた。 1948年、北海道沙流郡平取町に生まれる。18歳でアコーディオン、22歳でピアノを始める。 幼少期、民謡演奏家で全盲の多才な旅芸人であった父親の福居天童及び母親と共に旅一座としての経験を積んだ。
佐々木 利和(ささき としかず、1948年(昭和23年)5月… 佐々木 利和(ささき としかず、1948年(昭和23年)5月29日 - )は、日本の文化人類学者、北海道大学特任教授、東京国立博物館名誉館員。 北海道足寄郡陸別町生まれ。1967年北海道稚内高等学校卒業、札幌管区気象台稚内地方気象台技術課勤務。68年退職。1976年國學院大學文学部文学科日本文学専攻二部卒業。1979年法政大学大学院人文科学研究科日本史学専攻修士課程修了。2000年「アイヌ絵誌の研究」で早稲田大学より博士(文学)の学位を取得。1982年東京国立博物館資料部資料第三研究室長、学芸部考古課主任研究官、資料部資料第二研究室長、学芸部資料課民族資料室長、2004年文化庁文化財部美術学芸課主任文化財調査官(歴史資料部門)、2006年国立民族学博物館先端人類科学研究部教授、2010年北海道大学アイヌ・先住民研究センター教授。
三嶋 典東(みしま てんとう、 1948年5月22日 - 2… 三嶋 典東(みしま てんとう、 1948年5月22日 - 2012年12月1日)は、日本のイラストレーター、ブックデザイナー、グラフィックアーティスト。本名 渡邉典治 ( わたなべ のりはる )。
田尻 稲雄(たじり いなお、1948年5月20日 - )は、… 田尻 稲雄(たじり いなお、1948年5月20日 - )は、日本の実業家。メディカルシステムネットワーク創業者・代表取締役社長。北海道バーバリアンズ設立者。北海道ラグビーフットボール協会会長。 北海道小樽市出身。北海道小樽潮陵高等学校を経て、小樽商科大学卒業。1974年一の山形薬業入社。1981年メディカル山形薬品入社。1989年メディカル山形薬品代表取締役社長。1991年親会社・秋山愛生舘の取締役に就任。 1999年秋野治郎、沖中恭幸とメディカルシステムネットワークを設立し、代表取締役社長に就任。医薬品ネットワークの整備等を進め、2010年には東京証券取引所一部上場を実現。また、高校の友人5人と社会人ラグビークラブの北海道バーバリアンズを設立し、北海道ラグビーフットボール協会理事長を経て、2019年北海道ラグビーフットボール協会会長。
あさひ のぼる(1948年5月14日 - )は、日本の漫談家… あさひ のぼる(1948年5月14日 - )は、日本の漫談家。北海道旭川市出身。元東京演芸協会理事。ギターによる漫談で知られる。 この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。
細川 不凍(ほそかわ ふとう、1948年5月13日 - )… 細川 不凍(ほそかわ ふとう、1948年5月13日 - )は、日本の川柳作家。 北海道石狩郡当別町生まれ。 1964年、札幌市立陵北中学校を卒業して、北海道札幌南高等学校へ進学。翌年、海での飛び込み事故で、第七頸椎を脱臼骨折、手足が不自由になる。担任の勧めで川柳を始める。1967年、同校通信教育部(現北海道有朋高等学校)に編入、1970年、卒業。同年、18歳から23歳までの作品をまとめ、第一句集『青い実』を刊行。 1974年、「川柳道産子」創刊に参加。1983年、第1回川柳Z賞を受賞。1987年、第二句集『雪の褥』を刊行、川柳Z賞の選者となる。1993年、「現代川柳新思潮」創刊に参加。2005年、『セレクション柳人 細川不凍集』を刊行。
神田 たけ志(かんだ たけし、1948年5月12日 - )は… 神田 たけ志(かんだ たけし、1948年5月12日 - )は、日本の漫画家。北海道根室市出身。 1948年5月12日、根室市に生まれる。 さいとう・たかをのアシスタント勤務となり、『ゴルゴ13』の作画スタッフに参加する。 1970年、『復活は血のメロディー』でデビュー。同年、小池一夫原作の『御用牙』がヒットする。同年ごろに、小池一夫らとともに『スタジオ・シップ』を起こす。吉川英治の『宮本武蔵』の劇画化や、伝説の麻雀の裏プロ桜井章一の半生の劇画化の『ショーイチ』シリーズが有名である。ジャンルは、時代劇モノ、極道関連、麻雀関連となる。
島田 俊平(しまだ しゅんぺい、1948年〈昭和23年〉5月… 島田 俊平(しまだ しゅんぺい、1948年〈昭和23年〉5月6日 - 2022年〈令和4年〉10月13日)は、日本の実業家。北洋銀行常務取締役を経て、石屋製菓およびその子会社として道内事業のみを買収して新たに設立されたサザエ食品の社長を務めた。 北海道夕張市出身。1973年慶應義塾大学卒業後、北海道拓殖銀行に入行。主に融資部門を担い、西新宿支店長、帯広支店長等を歴任。同行が経営破綻し北洋銀行に営業譲渡された際には、北海道拓殖銀行帯広支店の所在地に新設された北洋銀行帯広中央支店長を務めた。2001年取締役に選任。2004年には常務に昇格し、融資部管掌の筆頭常務として地崎工業などの経営再建に携わった。
金田 たつえ(かねだ たつえ、本名:梶原 たつえ、1948年… 金田 たつえ(かねだ たつえ、本名:梶原 たつえ、1948年(昭和23年)4月12日 - )は、日本の演歌歌手。北海道砂川市出身。 1961年、日本民謡協会全国大会で「江差追分」を歌い優勝。1965年(昭和40年)上京、同年17歳で所属事務所の社長と結婚。1969年、「江州音頭」「河内音頭」を発売し、民謡歌手としてデビュー。 1973年に「花街の母」で演歌に転向。発売当初は大阪地区限定の自主発売という厳しい条件付だったにもかかわらず、歌詞が自身の人生と似ているところがあるということから「何年かかっても、この曲は必ず世に出したい」と決心する。そして、地道な努力が実を結び、発売から6年目に全国的な大ヒット曲となり、15年間で250万枚以上を売り上げた。
阿部 孝夫 (あべ たかお、英: Takao Abe、194… 阿部 孝夫 (あべ たかお、英: Takao Abe、1948年4月10日 – 2007年4月11日) は、北海道旭川市出身の元モーターサイクル・ロードレーサー、オートバイ開発テストライダー。1972年の全日本ロードレース選手権・エキスパートジュニア250ccチャンピオン。 故郷の旭川では自転車が好きな少年で、毎日近所の川の堤防を自転車で走り、中学時代は自転車で雪道を牛乳配達するアルバイトをしていた。このころにオートバイに通ずる2輪車の爽快感を知る。この早い時期の原体験がロードレースをやるうえでも基礎として役に立ったと述べている。中学生の時にテレビのドキュメント番組でマン島TTレースや、スズキワークスの世界グランプリ挑戦の番組を見て、自分もレースを走るライダーになりたいと憧れを持った。
安田 裕美(やすだ ひろみ、男性、1948年4月7日 - 2… 安田 裕美(やすだ ひろみ、男性、1948年4月7日 - 2020年7月6日)は、日本の作曲家・編曲家・ギタリスト。北海道小樽市出身。実妻はシンガーソングライターの山崎ハコ(大分県日田市出身)。 小樽桜陽高等学校卒業、獨協大学外国語学部ドイツ語学科中退。六文銭、フライング・キティ・バンドのメンバーとして活動。その後、サポート・ギタリストをする傍ら、作曲・編曲活動も行う。井上陽水のデビュー当時を支えたバック・ギタリストとして有名。 2020年7月6日14時33分(JST)、かねてから患っていた大腸がんのため死去。72歳没。訃報は山崎の所属レコード会社であるテイチクエンタテインメントから発表された。
上野 正三(うえの まさみ、1948年〈昭和23年〉3月21… 上野 正三(うえの まさみ、1948年〈昭和23年〉3月21日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道北広島市長(6期)。 北海道恵庭市出身。1970年、北海学園大学経済学部卒業後、北海道広島町役場入庁。北広島市都市計画部参事、同建設部長や、同総務部長等を歴任。2004年、同助役就任。同年に北広島市役所を退職、2005年、同市長選挙に出馬し他の新人候補者2人をおさえて初当選。以後、無投票による連続当選を経て、16年ぶりとなる2021年の選挙戦にて5回目の当選を果たす。2025年の選挙で6回目の当選。 この他、北広島歩くスキー協会理事、北海道尚志学園高等学校PTA会長なども務めた。 「自然と創造の調和した豊かな都市」をまちづくりの理念として掲げ、市内にある特別天然記念物「野幌原始林」をはじめとする豊かな自然や、国道、道道、高速道路、JR千歳線などの交通網等を活かして、さまざまな都市活動、経済活動、市民活動が安全かつ機能的に行われるよう、充実した都市整備を進めるとともに、人々が集い交流する拠点や個性ある地域市街地の整備などに重点を置いている。
大和 和紀(やまと わき、1948年3月13日 - )は、日… 大和 和紀(やまと わき、1948年3月13日 - )は、日本の女性漫画家。北海道札幌市出身、血液型はO型。北星学園女子中学校・高等学校を経て、北星学園女子短期大学(現:北星学園大学短期大学部)卒業。代表作に『はいからさんが通る』、『ヨコハマ物語』、『N.Y.小町』、『あさきゆめみし』など。 旧姓は一ノ関で、一ノ関 和紀名義による作品もある。ペンネームは、実母の旧姓「大和」と本名「和紀」を組み合わせたもの。幼少の頃から和紀を「かずのり」と読まれることも多く、男性によく間違われたために女子校に進学した。高校生の時に漫画を描き始める。この時期、別の高校の同学年だった山岸凉子と知り合っていて、二人で手塚治虫にネームを見てもらっている。
南部 静子(なんぶ しずこ、1948年3月13日 - )は、… 南部 静子(なんぶ しずこ、1948年3月13日 - )は、日本の学校経営者。料理研究家。「南部・ユンクィアン・しず子」とも表記される。専門は、調理学。学校法人光塩学園4代理事長。 北海道網走市出身。藤女子高等学校卒業。1970年和光大学文学部芸術学科卒業。パリ大学ソルボンヌ校に留学。1973年光塩学園調理師専門学校専任講師(調理学・調理理論担当)。同校副校長などを経て、1994年光塩学園調理師専門学校2代校長。1998年学校法人光塩学園理事長代行。1998年同4代理事長に就任。光塩学園女子短期大学副学長に就任(2019年まで)。 夫は、フランス人料理家で、光塩学園調理師専門学校3代校長のジャック・ユンクィアン。
加藤 喜代美(かとう きよみ、男性、1948年3月8日 - … 加藤 喜代美(かとう きよみ、男性、1948年3月8日 - )は、アマチュアレスリング選手。1972年ミュンヘンオリンピックレスリングフリースタイル・52キロ級(旧フライ級)金メダリスト。北海道旭川市出身。最終学歴は専修大学卒業。4年次に専修大学レスリング部主将。3学年下の1年次に長州力がいた。身長150cm代と小柄だったため、飛び上がってまで長州らを引っぱたいて折檻することもあった(長州談)という。そこから長州ら専修大学レスリング部は4年連続大学日本一になっている。これまでに10人の五輪オリンピアンを輩出。 北海道旭川商業高等学校から専修大学を経て、三信電気に入社。全日本選手権で1968~71年と4連覇を達成したが、1971年の世界選手権では6位。
薩 めぐみ(さつめぐみ、1948年2月14日-2010年10… 薩 めぐみ(さつめぐみ、1948年2月14日-2010年10月18日)は、日本のシャンソン歌手。北海道札幌市出身。40年来パリに住み、フランスで活動していた。
西岡りき(にしおか りき、1948年2月6日 - )は北海道… 西岡りき(にしおか りき、1948年2月6日 - )は北海道根室市出身のイラストレーター。本名は西岡利基。明治大学中退。
鶴丸 俊明(つるまる としあき、1948年2月 - )は、日… 鶴丸 俊明(つるまる としあき、1948年2月 - )は、日本の考古学者。文化人類学者。札幌学院大学元学長。北海道網走郡美幌町生まれ。 明治大学文学部史学地理学科卒業。1972年3月同大学院文学研究科史学専攻考古学専修修士課程修了。1979年3月筑波大学大学院歴史人類学研究科文化人類学専攻博士課程単位取得満期退学。その後、日本女子大学文学部・駒澤大学文学部・東海大学文学部・明治大学文学部・東京学芸大学教育学部の非常勤講師を歴任。1986年4月札幌学院大学人文学部助教授に就任。1999年4月同人文学部人間科学科長(~2001年3月)。2003年4月同広報入試部長(~2007年3月)。2010年10月モンゴル国科学アカデミー考古学研究所より名誉博士の称号を受ける。
鈴木 宗男(すずき むねお、1948年〈昭和23年〉1月31… 鈴木 宗男(すずき むねお、1948年〈昭和23年〉1月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)。地域政党新党大地代表。 北海道開発庁長官(第66代)、沖縄開発庁長官(第35代)、沖縄担当大臣(第2次橋本改造内閣)、内閣官房副長官(小渕内閣・小渕第1次改造内閣)、防衛政務次官(宇野内閣・第1次海部内閣・宮澤改造内閣)、外務政務次官(第2次海部改造内閣)、参議院懲罰委員長、同沖縄及び北方問題に関する特別委員長、衆議院外務委員長、同議院運営委員長、同沖縄及び北方問題に関する特別委員長、衆議院議員(8期)、日本維新の会国会議員団副代表、同北海道総支部代表、自由民主党総務局長、同副幹事長、同国防部会長などを歴任。
毛利 衛(もうり まもる、1948年〈昭和23年〉1月29日… 毛利 衛(もうり まもる、1948年〈昭和23年〉1月29日 - )は、日本の元宇宙飛行士、科学者。科学者としての専門は真空表面科学、核融合炉壁材料、宇宙実験。化学者でもある。 北海道出身。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙環境利用システム本部有人宇宙活動推進室長、京都大学大学院特任教授、東京工業大学大学院総合理工学研究科連携教授、公益財団法人日本宇宙少年団団長。 アラバマ大学ハンツビル校客員教授、筑波大学客員教授、日本科学未来館館長なども歴任した。 《この節の主な出典:》 北海道余市郡余市町に生まれる。幼い頃はカマキリと水泳が大の苦手で、風呂で溺れそうになった経験を持つ。 1961年、13歳の時にソビエト連邦のボストーク1号が人類初の有人宇宙飛行に成功した際、飛行士のユーリイ・ガガーリンが発した「地球は青かった」という言葉に、宇宙に対する憧れを抱く。
鉢呂 吉雄(はちろ よしお、1948年〈昭和23年〉1月25… 鉢呂 吉雄(はちろ よしお、1948年〈昭和23年〉1月25日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)、衆議院議員(7期)、経済産業大臣(15代)、民主党国会対策委員長(第9・15代)、大蔵政務次官(第1次橋本内閣)、参議院国家基本政策委員長、衆議院法務委員長、衆議院厚生労働委員長、衆議院農林水産委員長、衆議院石炭対策特別委員長などを歴任。 北海道樺戸郡新十津川町出身。新十津川町立上徳富小学校、新十津川町立上徳富中学校、北海道滝川高等学校卒業。1971年、北海道大学農学部農学科を卒業し、今金町農業協同組合に勤務。 1990年2月第39回衆議院議員総選挙に無所属で立候補(旧北海道3区)し初当選。
都澤 凡夫(みやこざわ ただお、1948年1月23日 - 2… 都澤 凡夫(みやこざわ ただお、1948年1月23日 - 2015年1月10日)は、日本のバレーボール指導者、筑波大学名誉教授、元バレーボール選手。 北海道留萌市生まれ。ヤクルトスワローズの若松勉元監督と留萌中学野球部の同級生である。中学時代は野球部の中心選手として注目されていたがバレーボールは素人だった。 留萌高校で、長身に目を付けられバレー部に強引に入れさせられる。全国大会への出場経験はない。 東京教育大学(現・筑波大学)の新入生の中で一番へたくそ(本人談)だが基礎体力はあったので猛練習をして中心選手として活躍した。 富士フイルムに入団後すぐにレギュラーの座を勝ち取り、全日本候補にもなった。
ふくしま 政美(ふくしま まさみ、1948年1月22日 - … ふくしま 政美(ふくしま まさみ、1948年1月22日 - )は、日本の漫画家。男性。北海道大成町(現在のせたな町)出身。本名:福島政美血液型はO型。 肉体美を強調した画風を得意とした劇画家であり、『女犯坊』や『聖マッスル』にてその名を知られる。サブカルチャー誌「QuickJapan」にて再評価を受け、太田出版から上記の作品と『超劇画 聖徳太子』が復刻されヒットした。現在もコンスタントに新作を発表しており、電子書籍にも意欲旺盛である。 実相寺昭雄をして、「おぞましい」と評された凄まじい描き込みと筋肉描写はその後の格闘漫画に少なからぬ影響を与えたものとして評価される。 北海道大成町(現在のせたな町)に4人兄弟の長男として生まれる。
木村 和範(きむら かずのり、1948年1月12日 - )は… 木村 和範(きむら かずのり、1948年1月12日 - )は、日本の経済学者・統計学者。経済学博士(九州大学)。北海学園大学名誉教授。 北海道茅部郡森町出身。1966年(昭和41年)、函館ラ・サール高等学校卒業。1970年(昭和45年)、北海道大学経済学部卒業。1975年(昭和50年)、北海道大学大学院経済学研究科経済政策専攻単位取得満期退学(指導教授:内海庫一郎)。 1975年、北海学園大学経済学部専任講師、1976年(昭和51年)、同経済学部助教授、1986年(昭和61年)、同経済学部教授・同大学院経済研究科教授。1989年(平成元年)、西ドイツ・ミュンヘン大学国民経済学部客員教授(1990年まで)。
河原 多恵子(かわはら たえこ、1948年〈昭和23年〉1月… 河原 多恵子(かわはら たえこ、1948年〈昭和23年〉1月2日 - )は、北海道放送の元アナウンサーで、現在はフリーアナウンサー。 北海道岩見沢市出身、血液型A型。北海道札幌北高等学校、北海道女子短期大学(現・北翔大学短期大学部)体育科卒業。1968年10月に北海道放送入社。愛称は「おたえさん」(HBCホームページより)。 2012年2月にフリーアナウンサーとなる。フリーになった後も、HBCラジオで活躍中。 フリーアナウンサーとして活動する傍ら、朗読会や言葉のワークショップを企画、開催。表現スペース「言葉のアトリエ・Kukka」を主宰。講演会も行っている。 色々な物を人からもらうことが多かったということで、地酒に、山のような量のどら焼きやあんパン、一頭分の牛までもらったことがあったという。
今井 浩三(いまい こうぞう、1948年1月1日 - )は、… 今井 浩三(いまい こうぞう、1948年1月1日 - )は、日本の医学者・内科医。札幌医科大学名誉教授、元・同大学長。元・北海道公立大学法人札幌医科大学理事長。研究対象は癌(がん)、癌の分子診断や新しい治療が専門。日本学術会議会員(20,21期)、2009年、春の園遊会に招待。2010年、東京大学教授(東京大学医科学研究所附属病院第19代病院長)。2013年、紫綬褒章受章。2014年、東京大学特任教授(東京大学医科学研究所医療イノベーション推進室長)、神奈川県立がんセンター臨床研究所長。2016年、東京大学客員教授、東京大学医科学研究所 学術研究基盤支援室長。2019年、日本医療研究開発機構 (AMED) プログラムオフィサー, 2022年、同プログラムスーパーバイザー。
落 希一郎(おち きいちろう、1948年1月1日 - )は、… 落 希一郎(おち きいちろう、1948年1月1日 - )は、日本のワイン醸造家・篤農家。北海道余市郡余市町の株式会社OcciGabi Winery(オチガビワイナリー)専務取締役。農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)の全国第1号投資会社。 1948年、鹿児島県、現在の薩摩川内市出身。1965年、岩見沢東高校を卒業。1970年、東京外国語大学外国語学部英米科を中退。1976年、LVWO Weinsberg(西ドイツ国立ワイン学校)を卒業。叔父(嶌村彰禧)が経営する「北海道ワイン」でワイナリー事業に従事。1988年、長野(サンクゼール)にてワイン事業に従事。1992年「カーブドッチ」欧州ぶどう栽培研究所を設立(代表取締役)、2011年には国から北海道初の「ワイン特区」に認定された余市町で、2012年「Occigabi Winery」オチガビワイナリーを設立(専務取締役)。
斎藤 元秀(さいとう もとひで、1948年 - )は、日本の… 斎藤 元秀(さいとう もとひで、1948年 - )は、日本の国際政治学者。専門は、ロシア外交・国際関係論、特に日露関係・中露関係・米露関係などに精通。 北海道函館市出身。慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程・博士課程修了。フルブライト奨学金全額給費生としてコロンビア大学大学院政治学部博士課程に留学し、1986年Ph.D.(国際関係論)取得。杏林大学総合政策学部教授、北海道大学スラブ研究センター客員教授、慶應義塾大学非常勤講師など歴任。コロンビア大学東アジア研究所Honorary Fellow。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
貝ノ瀨 滋(かいのせ しげる、1948年 - )は、日本の教… 貝ノ瀨 滋(かいのせ しげる、1948年 - )は、日本の教育者である。三鷹市教育委員会教育委員長、教育再生実行会議委員を歴任し、現在、東京都教育会会長、連合教育会副会長を務める。専門は学校経営、コミュニティ・スクール論。 北海道三笠市出身、東京育ち。中央大学経済学部卒、電気通信大学大学院博士後期課程中退。東京都公立小学校教諭、東久留米市教育委員会指導主事等を経て、1998年から三鷹市立第四小学校校長。その後、三鷹市教育長、同教育委員長(現在退任)。 中央教育審議会委員や国の教育再生実行会議委員になる。また、全国コミュニティ・スクール連絡協議会会長なども(現在、顧問)。文部科学省参与を経て、視学委員を務める。
飯田 隆(いいだ たかし、1948年 - )は、日本の言語哲… 飯田 隆(いいだ たかし、1948年 - )は、日本の言語哲学者、分析哲学者。慶應義塾大学名誉教授。日本哲学会会長、日本科学哲学会理事、科学基礎論学会理事長などを歴任。北海道札幌市出身。主著に『言語哲学大全』シリーズがある。 1948年、北海道札幌市生まれ。1972年、東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学専攻卒。1974年、同大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。1974年4月、同大学院博士課程進学。1974年9月、ミシガン大学大学院哲学専攻入学。1978年1月、同大学博士候補資格(Ph.D. Candidacy)取得。1978年3月、東京大学大学院人文科学研究科(哲学専攻)博士課程退学。
菊地 均(きくち ひとし、1948年 - )は、日本の商学者… 菊地 均(きくち ひとし、1948年 - )は、日本の商学者。北海商科大学名誉教授。北海道函館市出身。 函館大学商学部商学科卒業。日本大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。1979年北海学園北見大学商学部商学科講師。北海学園北見大学商学部商学科助教授。北海学園北見大学商学部商学科教授を経て、2006年北海商科大学商学部教授。2019年同定年退職。同名誉教授。 この他、レスブリッジ大学交換教授、1994年から2000年まで北海学園北見大学開発政策研究所主任研究員、2013年より北海商科大学開発政策研究所研究員も務めた。 商業政策科学が専門。ミュルダールの社会科学方法論、オホーツク管内における大型店出店の影響力、観光マーケティング論の構築などを研究。
西塔正一(さいとう まさいち、1948年 - )は、日本の教… 西塔正一(さいとう まさいち、1948年 - )は、日本の教育者・社会福祉学者。学校経営者。専門は社会福祉学。 北海道小樽市出身。1971年(昭和46年)北星学園大学文学部社会福祉学科卒業。1972年(昭和47年)北海道釧路保育専門学校(現・くしろせんもん学校)専任講師。1976年(昭和51年)釧路短期大学附属幼稚園教諭・保母養成所専任講師。1980年(昭和55年)釧路短期大学幼児教育学科専任講師。1986年(昭和61年)同助教授。1995年(平成7年)同教授。1996年(平成8年)同学科長。 2003年(平成15年)釧路短期大学学長。2009年(平成21年)学校法人緑ケ岡学園理事長(2015年5月まで)。
桜井 修次(さくらい しゅうじ、1948年- )は、日本の工… 桜井 修次(さくらい しゅうじ、1948年- )は、日本の工学者。学位は、博士(工学)(北海道大学)。北海学園大学名誉教授。「櫻井修次」とも表記される。 北海道函館市出身。1976年北海学園大学工学部卒業。1978年北海道大学大学院工学研究科修士課程修了。1978年北海道美唄工業高等学校建築科教諭。1982年北海学園大学工学部講師。1983年北海学園大学工学部助教授。1988年北海学園大学工学部教授(構造力学)。1991年北海学園大学大学院工学研究科教授。2017年北海学園大学定年退職。同名誉教授。同大学院工学研究科非常勤講師。 専門は、建築構造学。特に、建築物設計用雪荷重の評価法、骨組み構造物の信頼性解析の研究。
工藤 慶一(くどう けいいち、1948年(昭和23年) ‐)… 工藤 慶一(くどう けいいち、1948年(昭和23年) ‐)は、日本の教育者、社会運動家、フリーランスの学者。 1948年、旭川市出身。国立北海道大学(理学部)の学生時代、教育制度への疑問やベトナム戦争反対を訴え学生運動に身を投じ、3年生の時、大学を中退した。印刷会社のアルバイトを経て、ガソリンスタンドを展開する石油販売会社の総務部に所属し、資金繰りや決算などを担当する。90年には、市民有志で、「札幌遠友塾 自主夜間中学」を発足させ、1996年から2010年まで代表を務めた。 2023年現在、「北海道に夜間中学をつくる会」で共同代表を務めている。 「2010年5月 工藤慶一さん〜札幌遠友塾自主夜間中学代表 ‐ お独り様会」に掲載の記事が、工藤慶一という人物を端的に物語っている。
矢吹 徹雄(やぶき てつお、1948年 - )は、日本の弁護… 矢吹 徹雄(やぶき てつお、1948年 - )は、日本の弁護士。北海学園大学教授。矢吹法律事務所所属。北海道札幌市生まれ。札幌弁護士会所属。 1967年北海道札幌南高等学校卒業。1971年司法試験に合格後、1972年北海道大学法学部卒業。1974年弁護士登録。1976年北海道大学大学院法学研究科修士課程修了。1987年北海道弁護士連合会副会長。1988年札幌市中高層建築物等紛争調整委員。1989年北星学園大学経済学部教授(民法など担当)を経て、2005年北海学園大学大学院法務研究科教授(倒産法など担当)。2013年北海学園大学大学院法務研究科長。2018年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章。2024年大学院法務研究科廃止により北海学園大学退任、北海学園大学名誉教授、大学院法学研究科法務特任教授。
福本 勝清(ふくもと かつきよ、1948年 - )は、日本の… 福本 勝清(ふくもと かつきよ、1948年 - )は、日本の中国史学者、明治大学名誉教授。中国現代史が専門。 北海道滝川市生まれ。1978年明治大学第二部文学部史学地理学科東洋史専攻卒業。1981-1984年北京大学歴史系留学。明治大学商学部助教授、教授。2019年3月明治大学退職、4月同名誉教授。
西田 香代子(にしだ かよこ、1948年〈昭和23年〉 - … 西田 香代子(にしだ かよこ、1948年〈昭和23年〉 - )は、日本の刺繡作家。結婚をきっかけにアイヌ文化と出逢ったことで、アイヌのフチ(高齢女性)たちからアイヌ文様や刺繍を学び、北海道釧路市で夫の店を手伝う一方で、アイヌ刺繡の制作や保存に努め、アイヌ文化の普及と振興に貢献している。 北海道端野町(現・北見市)で誕生する。就職で阿寒に移住し、阿寒で民芸店の息子と結婚、阿寒のコタン(アイヌの集落)へ移住する。 義母の養母がアイヌであり、23歳のときに義母からの依頼で刺繡を始め、マタンプシ(鉢巻き)を縫う。その後、小鳥サワや、アイヌコタンの近所に住むフチたちからも、アイヌ文様の刺繡や着物の縫い方を本格的に刺繡を学び、アイヌ文化研究者の藤村久和からアイヌの知識や刺繡のデザインを学び、刺繡作家としての活動を開始する。
佐々木 伸(ささき しん、1948年 - )は、日本のジャー… 佐々木 伸(ささき しん、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、星槎大学大学院教授、共同通信社客員論説委員。 1948年、北海道茅部郡森町出身。函館ラ・サール高等学校、早稲田大学商学部を卒業後の1972年4月、共同通信社に入社。外信部畑でバグダッド、テヘラン移動特派員を5年、ワシントン特派員を5年、ベイルート支局長、カイロ支局長を経て外信部副部長を歴任。 2003年6月19日付で、ニュースセンター長、2004年9月1日付で編集局長。しかし、編集局長時代、2004年11月、イラク日本人人質事件の誤報問題での業務、監督責任にて編集局長の任を更迭され、総務総本部付。 2005年4月1日付で総務局長、総務局長時代は共同通信会館専務も兼任。
奥田 仁(おくだ ひろし、1948年 - )は、日本の経済学… 奥田 仁(おくだ ひろし、1948年 - )は、日本の経済学者・元地方公務員。農学博士(北海道大学)。専門は、地域経済学・ヨーロッパの地域経済と北海道の比較研究。
佐藤 博史(さとう ひろし、1948年 - )は、日本の弁護… 佐藤 博史(さとう ひろし、1948年 - )は、日本の弁護士。千葉工業大学理事。島根県出雲市出身。広島修道高等学校~東京大学法学部卒(1971年)。刑事弁護の第一人者といわれる弁護士。
横山 むつみ(よこやま むつみ、旧姓:知里〈ちり〉、1948… 横山 むつみ(よこやま むつみ、旧姓:知里〈ちり〉、1948年〈昭和23年〉 - 2016年〈平成28年〉9月21日)は、日本のアイヌ文化伝承者。「知里幸恵 銀のしずく記念館」初代館長。北海道幌別郡幌別村(現在の登別市)出生、同道檜山郡江差町育ち。國學院大學文学部第二部出身。夫は漫画家の横山孝雄。長女は「知里幸恵 銀のしずく記念館」3代目(現在の)館長の木原仁美。伯母は『アイヌ神謡集』著者の知里幸恵(父・知里高央の姉)。 アイヌ文化活動や著作業においては、アイヌ語に由来する結婚前の旧姓「知里 むつみ(ちり むつみ)」の名で活動した。 1948年(昭和23年)、北海道幌別郡幌別村(現在の登別市)で誕生。
坂本 雄三(さかもと ゆうぞう、1948年 - 2026年1… 坂本 雄三(さかもと ゆうぞう、1948年 - 2026年1月16日) は、日本の工学者。建築環境工学専攻。東京大学名誉教授。元独立行政法人建築研究所理事長。元公益社団法人空気調和・衛生工学会会長。 北海道札幌市出身。1971年北海道大学理学部地球物理学科卒業。1978年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了、工学博士。同年建設省建築研究所研究員。1990年名古屋大学工学部建築学科助教授。1994年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教授。1997年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。2001年日本ツーバイフォー建築協会坪井賞受賞。2005年空気調和・衛生工学会学会賞技術賞建築設備部門。
鈴木 伸夫(すずき のぶお、1948年 - 2017年2月1… 鈴木 伸夫(すずき のぶお、1948年 - 2017年2月16日)は、青森放送(RAB)の元アナウンサー。愛称は「伸さん」。 北海道札幌市生まれで、小樽市(幼稚園時代)、愛知県豊橋市(小学校時代)、名古屋市(中学・高校時代)、宮城県仙台市(大学時代)に住む転勤族だった。 東北学院大学法学部卒業後、1970年にRABへ入社。放送部アナウンサー、1993年より東京支社、後に放送部長を歴任。本社に戻った後、一時アナウンサーに復帰した。 映画愛に満ち溢れた人柄で、青森県を舞台とした映画『八甲田山』を、当時担当していた青森放送のラジオ番組『ナイト・ブリッジ・フォー・ユー / シネマテーク005』にて、映画本編の音声を使用して、自身のプロデュースとディレクションによりサウンドドラマ化。
加藤 千恵(かとう ちえ、1948年 - 2022年4月23… 加藤 千恵(かとう ちえ、1948年 - 2022年4月23日)は、洋菓子研究家。 北海道旭川市生まれ。青山学院女子短期大学卒業。 日本航空国際線フライトアテンダントとして各国を訪れる中で洋菓子や食器に魅せられる。日本航空退社後に本格的に製菓の勉強を始める。パリのル・コルドン・ブルー、エコール・ド・リッツエスコフィエ、ドイツのボルフェンビッテル国立製菓学校(ドイツ語版)などに学び、自由が丘の自宅でお菓子教室を主宰。また週末自宅を開放してのティールーム「フレッシュ・クリーム」の主宰でもある。 2022年4月の死去後、加藤が運営していた洋菓子教室を通じて、加藤が菓子作りを通して集めて使ってきた製菓道具や雑貨などのガレージセールが行われた。
麻田 信二(あさだ しんじ、1947年12月23日 - )は… 麻田 信二(あさだ しんじ、1947年12月23日 - )は、日本の学校経営者、学校法人酪農学園理事長。北海道副知事などを歴任した元地方官僚。 北海道網走市出身。北海道網走南ヶ丘高等学校、北海道大学農学部農芸化学科卒業。上京して製薬会社に勤務した後、1974年に北海道庁に入庁。酪農畜産課長、農政課長を経て、1999年に農政部次長、2002年に農政部長となり、2004年から2006年まで副知事を務めた。副知事退任後は、長沼町で果樹園経営にあたる。 生活協同組合関係の役職も長く務めており、北海道生活協同組合連合会会長、2008年生活協同組合コープさっぽろ理事常任議長、後に同会長(2018年離任)などを歴任している。