笠井 季璃(かさい りり、2005年4月22日 - )は、日… 笠井 季璃(かさい りり、2005年4月22日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 2005年4月22日、北海道野付郡別海町に生まれる。幼少時より体を動かすことが好きで、小学校3年生の時両親の勧めによりバレーボールをはじめる(別海中央コロンブス所属)。 2018年4月、別海町立別海中央中学校入学。1年生の時チームは北海道中体連バレーボール大会3位、2年生の時12人の北海道選抜メンバーの一人に選ばれ、12月に大阪市で開催されたJOCジュニアオリンピックカップ第33回全国都道府県対抗中学バレーボール大会に出場。なお、2年生が北海道の選抜選手に選ばれるのは異例である。 2021年4月、旭川実業高等学校入学。
工藤 真帆(くどう まほ、2004年8月5日 - )は、日本… 工藤 真帆(くどう まほ、2004年8月5日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 北海道登別市出身。母の影響で小学4年生からバレーボールを始めた。小学生のときはセッターを務め、中学時代はアタッカーを務めた。 2020年、札幌山の手高等学校に進学。高校では再びセッターを務めた時期もあったが、2年時にレシーブ力を買われてリベロに転向した。2022年、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)での活躍がプレステージ・インターナショナルアランマーレ(アランマーレ山形)の監督である北原勉の目に留まり、2022-23シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 WOMEN(V2女子)に所属する同チームの内定選手となった。
正木 七海(まさき ななみ、2003年7月2日 - )は、日… 正木 七海(まさき ななみ、2003年7月2日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 北海道岩見沢市出身。旭川実業高等学校時代には春高バレーに出場。 2021年12月、V.LEAGUE DIVISION2所属の群馬銀行グリーンウイングス(現・群馬グリーンウイングス)の内定選手となった。 2024年10月14日の2024-25シーズンチーム開幕戦・Astemoリヴァーレ茨城戦に出場しSVリーグデビューを果たした。 2025年4月、2024-25シーズン限りでの退団が発表された。5月9日に引退選手として公示。
田中 麻帆(たなか まほ、2002年10月4日 - )は、日… 田中 麻帆(たなか まほ、2002年10月4日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 北海道出身。札幌山の手高等学校時代は全日本高等学校選手権大会(春高バレー)に出場。 2021年、神戸親和女子大学(2023年より神戸親和大学)に進学。大学時代はオポジットのポイントゲッターとして全日本大学選手権(全日本インカレ)ベスト4に貢献した。 2024年12月、アランマーレ山形への入団内定が発表された。 2025年3月8日、2024-25シーズン第18節の埼玉上尾メディックス戦に内定選手としてSVリーグ初出場。
舟根 綾菜(ふなね あやな、2002年5月15日 - )は、… 舟根 綾菜(ふなね あやな、2002年5月15日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 北海道旭川市出身。両親、先生、友人に勧められて小学2年生からバレーボールを始める。旭川市立永山南中学校にてバレーボールを継続。中学3年生のときには、JOCジュニアオリンピックカップ 第31回全国都道府県対抗中学バレーボール大会に出場し、優秀選手賞を獲得した。 下北沢成徳高等学校を経て、2020/21シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するトヨタ車体クインシーズの内定選手となった。 2021年、高校卒業後に、トヨタ車体クインシーズに入団した。入団1シーズン目となる2021/22シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
米村 恒輝(よねむら こうき、2000年2月22日 - )は… 米村 恒輝(よねむら こうき、2000年2月22日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 北海道富良野市出身。幼馴染に新設されたバレーボール部に誘われて中学1年生からバレーボールを始める。 東海大学付属札幌高等学校、東海大学湘南キャンパスを経て、2021-22シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)に所属するサフィルヴァ北海道(現・北海道イエロースターズ)の内定選手となった。内定選手としてV2男子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年、大学卒業後に、サフィルヴァ北海道に入団した。 2023年、サフィルヴァ北海道のチーム名が北海道イエロースターズの変更となり、2023-24シーズンも同チームと契約を結んだ。
塩出 仁美(しおで ひとみ、1999年9月15日 - )は、… 塩出 仁美(しおで ひとみ、1999年9月15日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 北海道江別市出身。両親の影響で小学2年生からバレーボールを始める。 札幌山の手高等学校を経て、2018年、日本体育大学に進学。同年、若いメンバーで構成されたアジアカップの日本代表メンバーに選出され、同大会に出場。多くの試合に出場し銀メダル獲得に貢献した。2021年、大学4年時の全日本インカレで準優勝を果たし、自身も敢闘賞を受賞した。 2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するJTマーヴェラス(現・大阪マーヴェラス)の内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、JTマーヴェラスに入団した。
道下 ひなの(みちした ひなの、1997年12月23日 - … 道下 ひなの(みちした ひなの、1997年12月23日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 北海道帯広市出身。小学2年生のとき友人の影響でバレーボールを始めた。 2013年、札幌山の手高等学校に進学。2015年1月、第67回全日本高等学校選手権大会(春の高校バレー2015)に出場。第1回戦の島根県立安来高等学校戦にストレートで勝利を収めるも、第2回戦で京都橘高等学校にストレートで敗戦。2回戦敗退に終わった。 2015年度の高校3年生時、舞洲アリーナで行われた全国高等学校総合体育大会(インターハイ)に出場。決勝トーナメント2回戦で第2シードの大阪国際滝井高等学校を破り勝ち上がったものの、準々決勝で山口県代表の誠英高等学校に敗れベスト8に終わった。
島原 玖南(しまはら くみな、1997年11月22日 - )… 島原 玖南(しまはら くみな、1997年11月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 北海道北見市出身。少年団体験の紙を見たのをきっかけに小学3年生からバレーボールを始める。 札幌山の手高等学校、嘉悦大学を経て、2019/20シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 WOMEN(V2女子)に所属するブレス浜松の内定選手となった。内定選手としてV2女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2020年、大学卒業後に、ブレス浜松に入団した。 2022年、ブレス浜松を退団し、V1女子に所属するPFUブルーキャッツに移籍した。 2023年1月7日、V1女子のNECレッドロケッツ戦に出場し、V1デビューを果たした。
舛田 紗淑(ますだ さよ、1997年10月7日 - )は、日… 舛田 紗淑(ますだ さよ、1997年10月7日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 北海道室蘭市出身。小学3年生のときに友人に誘われたことをきっかけにバレーボールをはじめた。 札幌山の手高等学校を経て、2016年、仙台ベルフィーユに入団するも、翌年に同チームが経営難により廃部。 2017年9月7日、KUROBEアクアフェアリーズへの移籍入団が発表された。第一建設株式会社に所属。 2021年6月1日、キャプテンに就任した。 2021年7月16日、背番号が9から1に変更された 2021年6月27日、黒部市総合体育センターで行われた2021 V・サマーリーグ東部大会で敢闘賞を獲得。KUROBEアクアフェアリーズの準優勝に貢献した。
外崎 航平(とのざき こうへい、1997年6月28日 - )… 外崎 航平(とのざき こうへい、1997年6月28日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 北海道旭川市出身。姉2人の影響で小学2年生からバレーボールを始める。 東海大学付属第四高等学校(現・東海大学付属札幌高等学校)、東海大学を経て、2019-20シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)に所属するヴィアティン三重の内定選手となった。 2020年、大学卒業後に、ヴィアティン三重に入団した。入団1シーズン目となる2020-21シーズンにV2男子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年、地元のチームであるヴォレアス北海道よりオファーがあり、同年7月に開催された第72回中部日本6人制バレーボール総合男女決勝大会終了後、同チームに移籍した。
廣瀬 七海(ひろせ ななみ、1997年5月12日 - )は、… 廣瀬 七海(ひろせ ななみ、1997年5月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 北海道雨竜郡沼田町出身。高身長であったため、教師に勧められて小学3年次よりバレーボールを始める。高校は北海道の強豪校である旭川実業高等学校に進学する。同校在学中の2015年9月にプエルトリコで開催された世界ジュニア選手権のメンバーに選出されている。またこの頃にNECレッドロケッツの北海道合宿に参加しており、「このチームに入りたい」との思いを強くもったという。 2016年1月に、NECレッドロケッツは廣瀬の入団内定を発表した。 同年7月に金沢市のいしかわ総合スポーツセンターで開催された2016V・サマーリーグ女子大会において、フレッシュスター賞を受賞し、東京オリンピックを目指す日本バレーボール協会の強化選手であるTeam COREのメンバーに選出された。
戸田 拓也(とだ たくや、1996年10月25日 - )は、… 戸田 拓也(とだ たくや、1996年10月25日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 北海道札幌市出身。兄の影響で小学4年生からバレーボールを始める。 東海大学付属札幌高等学校、東海大学札幌キャンパスを経て、2018-19シーズン、V.LEAGUE DIVISION3 MEN(V3男子)に所属するヴォレアス北海道の内定選手となった。内定選手としてV3男子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2019年、大学卒業後に、ヴォレアス北海道に入団した。同年、チームはV2昇格となり、2019-20シーズン、V2男子の試合に出場し、V2デビューを果たした。チームは2023年にV1昇格を果たした。
柳町 逸太(やなぎまち はやた、1996年6月17日 - )… 柳町 逸太(やなぎまち はやた、1996年6月17日 - )は、日本の男子プロバレーボール選手である。 北海道岩見沢市出身。9歳のときに兄弟の影響でバレーボールを始める。 東海大学付属札幌高等学校から東海大学札幌キャンパスに進学。2017年にはヴォレアス北海道の前身のアイ・ディー・エフの選手として第7回全国6人制リーグ総合優勝大会に出場した。 2018年、V.LEAGUE DIVISION1(V1)に所属するFC東京の内定選手となった。 2019年、大学卒業後に、FC東京に入団。入団1シーズン目となる2019-20シーズン、V1リーグ戦デビューを果たした。 2022年6月、FC東京のチーム譲渡により誕生したプロクラブ・東京グレートベアーズに全体移籍。
奥山 優奈(おくやま ゆうな、1995年9月26日 - )は… 奥山 優奈(おくやま ゆうな、1995年9月26日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 北海道名寄市出身。2人姉弟の長女。小学2年生のとき、母がママさんバレーをしていた影響で自身もバレーボールを始めた。 2011年、旭川実業高等学校へ進学。3年次には主将を務め、春高バレー、皇后杯バレーボール選手権などに出場した。 2014年2月3日、NECレッドロケッツ公式サイトにて入団内定が発表。同年4月に正式入団。 2015年10月18日、トヨタ車体戦に途中出場しVリーグデビュー。 2020年、2019-20シーズン終了をもって現役引退した。引退後はNECレッドロケッツのサブマネージャーに就任した。
山本 智大(やまもと ともひろ、1994年11月5日 - )… 山本 智大(やまもと ともひろ、1994年11月5日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 北海道江別市出身。兄の影響で小学1年生のときにバレーボールを始める。 父親が中学校教員兼バレー部顧問。北海道恵庭市立恵庭中学校を卒業して、とわの森三愛高校、日本体育大学を経て、2016年12月にFC東京の内定選手となる。 2017年8月、第29回ユニバーシアード競技大会にユニバ日本代表として出場し、銅メダル獲得に貢献。 2017-18シーズン、FC東京では、仕事との両立に苦闘し、思うように試合に出場できなかった。 2018年、1シーズン限りでFC東京を退団し、堺ブレイザーズに移籍した。 2018-19シーズン、堺ではレギュラーに定着し、V・レギュラーラウンドで全セットに出場した。
田城 貴之(たしろ たかゆき、1992年3月24日 - )は… 田城 貴之(たしろ たかゆき、1992年3月24日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道岩見沢市出身。学校に野球部がなかったのをきっかけにバレーボールを始める。 とわの森三愛高等学校から一般入試で筑波大学に進学。筑波大学時代はつくばユナイテッドSun GAIAにもインターンで所属し、大学リーグだけでなくV・チャレンジリーグ(当時の2部リーグ)にも出場した。 2014年初めにV・プレミアリーグ所属のパナソニックパンサーズの内定選手となった。 パナソニックではなかなか出場機会に恵まれず、2017年、V・チャレンジリーグII(当時の3部リーグ)所属で地元・北海道のチームでもあるヴォレアス北海道に移籍。
出耒田 敬(できた たかし、1991年8月13日 - )は、… 出耒田 敬(できた たかし、1991年8月13日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道出身。兄の影響で中学1年次よりバレーボールを始める。札幌市立星置中学校、札幌第一高等学校卒業。筑波大学体育専門学群在学中は、インターンシップとしてVチャレンジリーグのつくばユナイテッドSun GAIAに所属した。 ユース、ジュニア世代の日本代表に入り、2011年頃から日本代表登録メンバーとなった。 2013年11月、堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)の内定選手となった。2014年入団。 2014年6月、東京オリンピックの強化指定選手である「Team CORE」のメンバーに選出された。 2021年、堺のキャプテンに就任した。
渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、1988年4月11日 - … 渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、1988年4月11日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 北海道江別市出身。幼なじみに無理やり連れていかれたのがきっかけで小学3年生からバレーボールを始める。 埼玉県立深谷高等学校、順天堂大学を経て、2010/11シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属する東レアローズの内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2011年、大学卒業後に、東レアローズに入団した。 2015年より2シーズン、東レの主将を務めた。 2016年、日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。 2019年、東レアローズを退団することになり、海外移籍を決断。
古田 史郎(ふるた しろう、1988年1月29日 - )は、… 古田 史郎(ふるた しろう、1988年1月29日 - )は、日本の元男子インドアバレーボール選手、現ビーチバレーボール選手。 北海道函館市出身。函館大学付属有斗高校卒業後、法政大学在学中に全日本入りして2009年ワールドグランドチャンピオンズカップに出場するとリリーフサーバーとして登場して勝利に貢献して銅メダルを獲得した。 2010年、東レアローズに入団した。 2012年9月30日をもって東レアローズからの退団を発表した。 2013年、ジェイテクトSTINGSに入団することが発表された。 2017年5月31日をもってジェイテクトSTINGSからの退団を発表した。 同年、ヴォレアス北海道に入団することが発表された。
外山 裕樹(そとやま ゆうき、1987年7月5日-)は日本の… 外山 裕樹(そとやま ゆうき、1987年7月5日-)は日本の男子元バレーボール選手である。
加藤 伊織(かとう いおり、1987年4月28日 - )は、… 加藤 伊織(かとう いおり、1987年4月28日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道札幌市出身。北海道札幌北陵高等学校を卒業後、東海大学へ進学。大学在学中の2009年に豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)の内定選手になった。2010年に入団。 2017/18シーズンから地元北海道に新設されたヴォレアス北海道に移籍した。 2022年、2021-22シーズン終了をもって現役引退した。引退後はヴォレアスのスタッフとして活動する。 2024年、前任の降旗雄平から引き継ぎチームのゼネラルマネージャーに就任した。
塚崎 祐平(つかざき ゆうへい、1986年7月11日 - )… 塚崎 祐平(つかざき ゆうへい、1986年7月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道恵庭市出身。東海大学付属第四高等学校時代、2004年高校3年時に春高バレーでベスト4入り。同年に全日本ジュニアに選ばれている。 高校を卒業後、2005年に東海大学へ進学する。同期生に清水邦広。1年時から試合に出て、全日本インカレでは2005年から3年連続で決勝進出し2006年には優勝に輝く。2008年4年時には清水が全日本選出のため不在の中、チームリーダーとして活躍した。 2009年2月からJTサンダーズに加入した。同期入団に國近公太。2010年には全日本登録メンバーに選ばれた。 2018/19シーズンをもってJTを退団。
二木 健太(にき けんた、1984年8月11日 - )は、日… 二木 健太(にき けんた、1984年8月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道上川郡美瑛町出身。北海道旭川東高等学校に入学し、中学で行っていたバドミントンを辞めバレーを始める。始めたきっかけは、彼の両親と高校の部活の顧問が仲良しであったためである。 高校3年生の時には、春高バレー北北海道大会ベスト4に進出。全日本ジュニアにも招集されている。身長200cmから繰り出されるブロックと高いクイックが持ち味である。2007年ユニバーシアードに出場した。 早稲田大学を経てVプレミアリーグのサントリーサンバーズに入団した。2013年に引退した。
五十嵐 元(いがらし げん、1982年12月12日 - )は… 五十嵐 元(いがらし げん、1982年12月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者、体育学者。 北海道苫小牧市出身。東海大四高校を卒業後、順天堂大学へ進学。大学卒業後の2005年に豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)へ入団した。 2009年に豊田合成を退団し、大分三好ヴァイセアドラーへ移籍した。2012年5月の黒鷲旗大会をもって勇退。同年10月、つくばユナイテッドSun GAIAに移籍。 つくばでの選手生活を送りながら、2014年からは筑波大学大学院人間総合科学研究科に在籍。同時期に在籍していた人物に吉井理人がいる。 2015/16シーズン終了後、現役を引退した。
加賀 龍哉(かが たつや、1982年8月19日 - )は、日… 加賀 龍哉(かが たつや、1982年8月19日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。VプレミアリーグのFC東京に所属していた。 北海道余市郡余市町出身。小学校時代、余市沢町小学校野球少年団のエースとして活躍し、全道大会に出場。中学校時代も野球部に所属しエースだった。中学3年で加賀のセンスを見抜いた野球部主将の薦めにより急遽バレー部へ入部、北海道選抜に選ばれた。 その後、東海大四高校を経て、早稲田大学を卒業後の2005年にFC東京へ入団。2007-2008年VチャレンジリーグのFC東京の優勝に貢献し、ブロック賞を初受賞した。 2010年、全日本代表登録メンバーに初選出された。2013/14シーズンをもって退部。
中西 了将(なかにし りょうすけ、1982年5月7日 - )… 中西 了将(なかにし りょうすけ、1982年5月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 北海道帯広市出身。東海大四高校を卒業後、法政大学へ進学。2004年の第16回アジア太平洋カップ登録メンバーに選出され、優勝を経験した。 大学卒業後の2005年4月にNECブルーロケッツに入団。練習中に半月板損傷のアクシデントに見舞われ、入団1年目は膝の手術によりVリーグ出場を果たせなかった。 2009年5月、NECの無期限活動停止による廃部に伴い、現役引退し社業に専念。Vリーグでは在籍4年で通算4セットの出場に留まった。 社業の営業職で多忙な日々を過ごし、同年10月に当時V・チャレンジリーグの東京ヴェルディに選手登録したが、試合出場がないまま2011年に登録抹消となった。
加藤 理絵(かとう りえ、1980年8月8日 - )は、日本… 加藤 理絵(かとう りえ、1980年8月8日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 北海道深川市出身。小学校3年生よりバレーボールを始める。妹背牛商業高校を経て、1999年、Vリーグのパイオニアレッドウィングスに入団。チームは2003/04、2005/06シーズンに優勝。 2007年、ドイツのシュヴェリーンSCに移籍し、ドイツ・ブンデスリーガでプレーする初めての日本人選手となった。 2008年、スイスのプロクラブVCカンティ・シャフハウゼン(ドイツ語版)へ移籍。 2009年、他国のクラブへ移籍予定だったが、代理人トラブルに遭い破談となる。他クラブからのオファーを全て断っていた事もあり、所属チームを持たないまま日本で自主トレを続ける事を余儀なくされた。
門間 希(もんま のぞみ、1977年11月9日 - )は、日… 門間 希(もんま のぞみ、1977年11月9日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 北海道札幌郡広島町(現・北広島市)出身。先生の強い勧めで、中学校1年生からバレーボールを始める。 旭川実業高等学校在学時にはインターハイや春高バレーなどを経験。 1995年東洋紡オーキスに入団し、3年間在籍した。 2008年、地域リーグに降格していた栗山米菓ビービースターズ(現Befco)に入団した。チームは2009年6月にVチャレンジリーグに再昇格し、主将を務める。 2011年3月、2010-11 チャレンジリーグにおいてブロック賞を獲得した。 2012年、Befco休部に伴い引退。
山下 洋子(やました ひろこ、1977年3月22日 - )は… 山下 洋子(やました ひろこ、1977年3月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 北海道千歳市出身。家族は両親と姉、妹の5人家族。 旭川実業高等学校を経て、1995年に東洋紡オーキスに入団。1998年に現役を引退した。
清水 綾(しみず あや、1977年3月1日 - )は、元バレ… 清水 綾(しみず あや、1977年3月1日 - )は、元バレーボール選手。 北海道上川郡下川町出身。家族は、両親と妹の4人家族。 旭川実業高等学校在学時には、ライトアタッカーとして、インターハイや春高バレーなど全国大会に出場。 1995年に東洋紡オーキスに入団。 下川町から初となる実業団選手として活躍。 1996年に現役を引退。
佐々木 みき(ささき みき、1976年12月15日 - )は… 佐々木 みき(ささき みき、1976年12月15日 - )は、元女子バレーボール選手。元・北海道大谷室蘭高等学校女子バレーボール部監督。株式会社エール所属。 北海道室蘭市出身。中学校1年生よりバレーボールを始め、1990年さわやか杯で全国強化選手、翌年の同大会でオリンピック有望選手に選ばれる。登別大谷高校では春高バレー、インターハイに出場し、1993年世界ユース選手権準優勝、1994年アジアジュニア選手権準優勝を経験した。 1995年、ダイエーオレンジアタッカーズ入団。1997年第4回Vリーグの優勝に貢献、その後オレンジアタッカーズを経て1999年、東洋紡オーキスに移籍。2000年第7回Vリーグ優勝・ベスト6に輝いた。
山田 晃豊(やまだ あきのり、1976年2月20日 - )は… 山田 晃豊(やまだ あきのり、1976年2月20日 - )は、バレーボール指導者。北海道江別市出身。2018年までV・プレミアリーグのNECレッドロケッツ監督を務めた。 東海大四高校、東海大学を経る。全日本インカレにて優勝1回経験している。 1998年にNECレッドロケッツのコーチに就任。2001年に全日本女子のコーチに就任。2003年にNECのコーチに復帰する。2004年に、日本オリンピック委員会のスポーツ指導者海外研修員として、イタリアのナショナルチームやセリエAを中心に視察、コーチングの研修。1年後もNECのコーチを継続し、2008年5月に吉川正博の退任を受け、監督に昇格。 2018年6月、NECは山田の監督勇退を発表した。
明井 寿枝(みょうい すみえ、1973年1月17日 - )は… 明井 寿枝(みょうい すみえ、1973年1月17日 - )は、日本のバレーボール審判員である。北海道バレーボール協会所属。 国際バレーボール連盟(FIVB)公認の国際審判員であり、FIVBレフェリー(カテゴリーA)に登録されている。 中学校時代にバレーボールを始める。当時のポジションはセッター。 北海道室蘭清水丘高等学校時代に体育教師を志し、日本女子体育大学に進学。大学1年生時は6人制チームの選手として所属し、2年生からマネージャーに転向。 大学卒業後、1年間私立高校で講師を務める。翌年は採用試験対策に専念し、97年から高校の保健体育教諭を務める。 北海道内の高等学校で教員を務めながら、2001年に日本バレーボール協会のA級審判員資格を取得したのち、2007年に国際審判員の資格を取得した。
末国 愛里(すえくに あいり、1972年12月27日 - )… 末国 愛里(すえくに あいり、1972年12月27日 - )は、日本の元バレーボール選手、指導者。元バレーボール日本女子代表。 現在は株式会社「Will-Coach Labo」代表を務める。 北海道釧路市生まれ、広島県福山市育ち。 1991年世界ジュニア選手権に出場し、3位を経験。1995年、バレーボール日本女子代表としてワールドカップに出場した。心臓疾患で1996年に現役引退後は社業の傍らNHK-BSで解説者を務めた。現在はコーチング会社「Will-Coach Labo」代表を務める。
印東 玄弥(いんどう はるや、1971年8月22日 - )は… 印東 玄弥(いんどう はるや、1971年8月22日 - )は、日本のバレーボール指導者である。 北海道出身。恵庭南高校から日本体育大学に進学し、バレーボール指導者を目指した。1980年代に世界を席巻した中国代表の強さを研究するため、1993年に北京体育大学に留学した。 大学卒業後の1995年5月にダイエーオレンジアタッカーズのコーチに就任し、名将アリー・セリンジャーの元で学んだ。第4回Vリーグにおいてダイエーオレンジアタッカーズ3年ぶり2回目の優勝に貢献する。 1998年に日立佐和へ移籍後、同チームはVリーグ昇格、第53回国民体育大会(かながわ・ゆめ国体)で準優勝、 V・サマーリーグ初優勝などの強化に貢献する。
松川 一代(まつかわ かずよ、1970年1月7日 - )は、… 松川 一代(まつかわ かずよ、1970年1月7日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 北海道芦別市出身。ワールドカップのテレビ中継で影響を受けて、中学1年よりバレーボールを始める。 旭川実業高等学校を卒業後、1988年ダイエーバレーボール部に入部。1990年、全日本メンバーに選出され、世界選手権を経験。1994年のアジア大会にも出場し活躍した。1998年、現役引退。
成田 貴志(なりた たかし、1969年10月6日 - )は、… 成田 貴志(なりた たかし、1969年10月6日 - )は、日本の元男子バレーボール選手(全日本代表)。身長185cm、体重75kg。北海道登別市出身。ポジションはセッター。 現在、熊本県・鎮西高校女子バレー部の監督を務めている。また、2020年よりアルテミス北海道のGMを務める。
南 由紀夫(みなみ ゆきお、1969年4月3日 - )は、日… 南 由紀夫(みなみ ゆきお、1969年4月3日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、現指導者。 北海道出身。東海大四高校時代、成田貴志・清水克彦らと共に春の高校バレーで2年連続決勝進出、1987年の第18回大会では同校史上初めての優勝を果たす。 1992年、富士フイルムに入社。身長は190センチに満たずセンタープレーヤーとしては小柄であったが、サウスポーから繰り出される速攻を武器に活躍。高校時代から一緒にプレーしてきたセッター・成田貴志との多彩なコンビネーションも、外国人選手を採用せずに戦う富士フイルムにとって大きな武器となった。2001年、現役を引退し、社業に専念。引退後は社業の傍らでバレーボール教室等の普及活動にも努めている。
金子 志保(かねこ しほ、1966年12月2日 - )は、日… 金子 志保(かねこ しほ、1966年12月2日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 北海道室蘭市出身。旭川実業高校を経て、1985年に日本リーグのイトーヨーカドー(当時)に入部。 1990年、全日本メンバーに選出され、世界選手権に出場した。
山田 修司(やまだ しゅうじ、1956年6月2日 - )は、… 山田 修司(やまだ しゅうじ、1956年6月2日 - )は、日本のバレーボール選手・監督。元全日本。 北海道札幌市出身。東海大四高では3年時にインターハイと国体で優勝。 1975年に富士フイルムに加入し、入団1年目からレギュラーに抜擢された。1984~88年の富士フイルムの日本リーグ5連覇には、選手・主将として大きく貢献、杉本公雄・ 御嶽和也・蘇武幸志・三橋栄三郎らとともに黄金時代を築き上げた。 1979年以来全日本メンバーとしても活躍し、1981年のワールドカップでは敢闘賞を受賞。1984年のロサンゼルスオリンピックでも、主将としてチームを牽引した。 1987年に現役を引退。その後1992年に富士フイルムの監督に就任し、同年の日本リーグで優勝。
松田 紀子(まつだ のりこ、1952年3月5日 - )は、日… 松田 紀子(まつだ のりこ、1952年3月5日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。モントリオール五輪金メダリスト。 北海道釧路市出身。釧路商業高校を卒業後、日立武蔵に入社。入社当初は目立たない存在で、レギュラーの練習をコートの外で見つめボール拾いをする日々が1年半ほど続いた。『ボール拾いをするために日立に入社したのではありません』と監督の山田重雄に不満をぶつけるとセッター転向を命ぜられ、その後全日本に選出された。 1976年モントリオール五輪に出場し金メダルを獲得。1978年引退して出身地の釧路に戻るが、1983年にダイエーバレー部が創部すると選手に復帰し、3年間で1部リーグ昇格を果たした。
都澤 凡夫(みやこざわ ただお、1948年1月23日 - 2… 都澤 凡夫(みやこざわ ただお、1948年1月23日 - 2015年1月10日)は、日本のバレーボール指導者、筑波大学名誉教授、元バレーボール選手。 北海道留萌市生まれ。ヤクルトスワローズの若松勉元監督と留萌中学野球部の同級生である。中学時代は野球部の中心選手として注目されていたがバレーボールは素人だった。 留萌高校で、長身に目を付けられバレー部に強引に入れさせられる。全国大会への出場経験はない。 東京教育大学(現・筑波大学)の新入生の中で一番へたくそ(本人談)だが基礎体力はあったので猛練習をして中心選手として活躍した。 富士フイルムに入団後すぐにレギュラーの座を勝ち取り、全日本候補にもなった。
森田 淳悟(もりた じゅんご、1947年8月9日 - )は、… 森田 淳悟(もりた じゅんご、1947年8月9日 - )は、日本の元バレーボール選手、元全日本代表・指導者。日本大学鶴ヶ丘高等学校、日本体育大学卒業。 現在は日本体育大学体育学科教授、NPO法人日本オリンピアンズ協会理事。前・公益財団法人日本バレーボール協会強化事業本部本部長。 北海道北見市出身。中学時代は野球部で、2年の時に陸上部を作ってハイジャンプもしていた。日本大学鶴ヶ丘高等学校入学後に長身を見込まれてバレーボールをはじめる。恩師の原田先生の出身校でもある日本体育大学へ進学。入学した1966年に世界選手権で全日本デビュー。ミスターバレーボールと云われている。1968年メキシコ五輪で銀メダルを獲得。
庄司 夕起 は、日本の元女子バレーボール選手。
小山 綾菜 は、日本の女子バレーボール選手。
橘井 友香 は、日本の女子バレーボール選手。
成田 郁久美 は、日本の元女子バレーボール選手、バレーボール… 成田 郁久美 は、日本の元女子バレーボール選手、バレーボール指導者。旧姓大懸(おおがけ)。
渡邊 絢子 は、日本の元女子バレーボール選手。