本間 香(ほんま きょう、2006年9月12日 ‐ )は、山… 本間 香(ほんま きょう、2006年9月12日 ‐ )は、山形県天童市出身の女子陸上競技(長距離走)選手。天童市立第一中学校、山形中央高校卒、現在は城西大学に所属。 天童一中時代は、中学3年時に2021年7月の山形県中学校総合体育大会の女子2・3年1500mにおいて3位(4:48.37)、2021年11月の山形県長距離記録会では女子3000mで10:08.82と、県内では強豪であったものの、全国クラスの選手ではなかった。 山形中央高校時代は、高校2年時は山形県高校総体女子1500mで4分25秒28で2位。高校3年時は、インターハイ女子1500mは予選で4分23秒55の組5位で予選落ち。第43回全国都道府県対抗女子駅伝の第1区(6km)を走り区間32位(20分11秒)。
四釜 峻佑 (しかま しゅんすけ、2001年1月7日 - )… 四釜 峻佑 (しかま しゅんすけ、2001年1月7日 - ) は、山形県長井市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。山形中央高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科卒業。ロジスティード陸上競技部所属。 陸上競技を始めたのは、兄と姉の影響で小2からマラソン大会に出始めて、小5で初優勝して楽しかったから。 長井市立長井南中学校、山形中央高から順天堂大学に進み、大学3年時に関東インカレ1部ハーフマラソン日本人トップ(4位)および第98回箱根駅伝5区区間5位、大学4年時に全日本大学駅伝8区区間3位、第99回箱根駅伝5区区間2位(区間新)など主にロードで活躍した。順大の1学年先輩には、東京世界陸上マラソン11位の近藤亮太(三菱重工長崎)がいて、四釜の2年時には寮で同部屋だった。
細谷 翔馬(ほそや しょうま、2000年2月13日 - )は… 細谷 翔馬(ほそや しょうま、2000年2月13日 - )は、日本の陸上競技選手。山形県寒河江市出身。帝京大学医療技術部スポーツ医療学科卒業。ロジスティード陸上部所属。 寒河江市立陵東中学校、東北高等学校、帝京大学出身。 1、2年時は大きな活躍はなかったが、3年時には3000m障害で、地元・山形県開催のインターハイに出場している (予選敗退)。 1、2年時は三大駅伝の出場は出来なかったが、3年時の2020年11月1日に行われた第52回全日本大学駅伝で三大駅伝デビューを飾る。8区を区間9位で走り、総合7位でシード権を獲得した。翌年1月に開催された第97回箱根駅伝では5区で区間賞を獲得し、8位から4位まで順位を上げた。
阿部 有香里(あべ ゆかり、1989年8月21日 -)は、陸… 阿部 有香里(あべ ゆかり、1989年8月21日 -)は、陸上競技選手。長距離走。飛鳥中学校在校中の2005年には全国都道府県対抗女子駅伝で区間賞を獲得した。日本陸上選手権クロスカントリー競走の初代優勝者、アジアクロスカントリー選手権団体金メダリスト。
高橋 由衣(たかはし ゆい、1988年12月5日‐)は、山形… 高橋 由衣(たかはし ゆい、1988年12月5日‐)は、山形県酒田市(旧平田町)出身の女子陸上競技(長距離走)選手。元資生堂所属。 小学生時代から各種陸上競技大会に出場。酒田市立飛鳥中学校入学時から本格的に陸上競技に取り組み、中学3年時には全日本中学校陸上競技選手権大会やジュニアオリンピックなどで上位の成績を収め、2004年全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では第3区で同学年の小林祐梨子を抑え、区間賞および区間新記録を樹立した。なお、この記録は2013年に髙松望ムセンビが更新するまで9年間区間記録として保持された。その後、山形県立酒田東高等学校へ進学したものの、高校1年時秋以降はケガなどにより成績が振るわず、メインを400m走に転向。
安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 -… 安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離走。 山形県山形市出身の陸上競技選手。専門種目は短距離走。山形市立第三中学校入学時から本格的に陸上競技を行う。山形県立上山明新館高等学校3年生時のインターハイ200m走にて全国大会初優勝し、同年の国民体育大会少年A競技400m走でも優勝した。アジア・ジュニア選手権にも400m走に出場し、銅メダルを獲得している。その後、筑波大学に進学。2008年大学2年時には北京五輪代表となり、4×400mリレーに出場した。2009年大学3年時には関東インカレにて、100m走、200m走、4×400mRにてスプリント種目3冠を達成した。
梁瀬峰史(やなせ たかふみ、1987年12月23日 - )は… 梁瀬峰史(やなせ たかふみ、1987年12月23日 - )は、山形県真室川町出身の元陸上競技選手(長距離種目)、弁護士。 子供の頃に地元山形であった法律問題をきっかけに弁護士を目指すようになった。中学から陸上を始めた。 2003年、駅伝の強豪校である仙台育英学園高等学校に入学、才能を開花し1年生から全国高等学校駅伝競走大会(通称都大路)を駆け、チームは優勝。2年時には、5000mで学年別としては歴代上位である14.12.08秒を記録し、都大路では区間賞を獲得、チームの総合記録樹立と優勝に貢献した。3年時も、5000mにおいてインターハイ日本人トップの4位、10000mでは世代2番目の29.18.66秒を記録するものの、3度目の都大路では3区区間27位と不本意な結果に沈んだ。
阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は… 阿宗 高広(あそう たかひろ、1985年12月7日 - )は、山形県上山市出身の元陸上競技選手。 山形県立山形中央高等学校から国士舘大学に進学。箱根駅伝では第82回(2006年)に初出場するが、1区区間20位(1時間05分54秒)と振るわなかった。しかし第83回(2007年)は8区区間8位(1時間07分41秒)、第84回(2008年)では4区を走り、20位スタートで1人も走者を抜かないまま区間賞を獲得(55分24秒)。 実業団の愛三工業では主将としてチームを引っ張り、ニューイヤー駅伝やハーフマラソンなどで活躍した。2016年3月に引退している。
熊坂 香織(くまさか かおり、1980年6月23日 ‐ )は… 熊坂 香織(くまさか かおり、1980年6月23日 ‐ )は、山形県山形市出身の元女子陸上競技(長距離走)選手。山形市立第十中学校、山形城北高校卒、第一生命陸上競技部を経て、スポーツ山形21に所属した。 山形第十中1年生時から陸上競技を始めた。 山形城北女子高校時代は国民体育大会や日本ジュニ ア陸上競技選手権大会、全国高校女子駅伝競走大会などに出場。高校1年時に出場した国民体育大会では少年女子B800mで準優勝を果たした。 高校卒業後、第 47 回全日本実業団対抗陸上競技選手権大会ジュニア3000m 、東北総合体育大会陸上競技大会5000mで優勝するなど活躍した。 2005年(平成17年)は飛躍の年となり、1月開催の第23回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では第2区で12分27秒の区間賞および区間新記録を更新、6月3日開催の 第89回日本陸上競技選手権大会の女子1500mで4分21秒04の第7位、。
佐藤 由美(さとう ゆみ、1976年(昭和51年)12月22… 佐藤 由美(さとう ゆみ、1976年(昭和51年)12月22日 - )は、山形県鶴岡市出身の、元陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン・駅伝)女子選手。現役時代は資生堂ランニングクラブ所属で、2009年3月まで同クラブのキャプテンを務めていた(2009年4月より藤永佳子と交替)。
奥山 義行(おくやま よしゆき、1970年5月3日 - )は… 奥山 義行(おくやま よしゆき、1970年5月3日 - )は、日本の元陸上競技選手、元ロードレーサー、スポーツインストラクター。1991年世界陸上の元200m走日本代表。TBS『SASUKE』の有力選手でもある。身長168cm、体重58kg。山形県出身。日本大学文理学部体育学科卒業。 幼少期から野球・サッカー・水泳・スキー・相撲など多彩なスポーツを経験。日本大学山形高等学校に進学後、短距離の選手として本格的に陸上を始め、'89年の日本陸上競技選手権大会では200m優勝、100m2位の成績を残す。世界陸上の代表選考を兼ねた'91年の日本選手権で優勝し、世界陸上200m日本代表となる。 日本大学を卒業し、陸上競技引退後はバイクのロードレーサーに転身。
柴田 タカ(しばた たか、1916年10月10日 - 199… 柴田 タカ(しばた たか、1916年10月10日 - 1991年)は、日本の短距離走選手。1932年ロサンゼルスオリンピックで女子100メートル競走に出場した。 山形県山形市において、菓子店の長女として生まれる。山形高等女学校(現在の山形県立山形西高等学校)在校中、1932年ロサンゼルスオリンピックで女子100メートル競走に出場した。山形県初の女子オリンピック選手である。オリンピックでは予選で落選しており、公式記録上は「記録なし」とされている。 同大会には渡辺すみ子(1916年11月28日生まれ)が満15歳で女子100m走に出場している。オリンピックに出場した日本の陸上選手としては渡辺が最年少記録(2022年現在も維持)とされ、柴田はこれに次いで年少の選手とされる。
茂木 善作(もぎ ぜんさく、1893年(明治26年)12月1… 茂木 善作(もぎ ぜんさく、1893年(明治26年)12月10日 - 1974年(昭和49年)12月24日)は、日本の陸上競技選手、スポーツ指導者、教員。山形県飽海郡本楯村(現・酒田市)の出身で、山形県初のオリンピック選手である。また、第1回箱根駅伝で最終10区を走り、11分52秒差を覆して東京高等師範学校(現・筑波大学)を優勝に導いた。 1893年(明治26年)12月10日、山形県飽海郡本楯村大字豊原(現・酒田市豊原)に生まれる。茂木家は農家で、善作は三男であった。当時はまだ、農家の三男が普通に学校に通える時代ではなく、晩年の茂木は両親や兄弟にいつも感謝していた。1913年(大正2年)に山形県師範学校(山形師範、現・山形大学地域教育文化学部)を卒業する。
井村 久美子 は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。既婚者… 井村 久美子 は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。既婚者。血液型はB型。