内山 晃(うちやま あきら、1954年(昭和29年)3月3日… 内山 晃(うちやま あきら、1954年(昭和29年)3月3日 - )は、日本の政治家、社会保険労務士。 衆議院議員(3期)、総務大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、新党きづな代表などを歴任した。 千葉県柏市生まれ(現住所は流山市西初石)。流山市八木北小学校、流山市立常盤松中学校、専修大学松戸高等学校、専修大学商学部卒業。 1987年内山労務管理事務所所長に就任。1991年流山青年会議所理事長に就任。1995年には年金ライフ社を設立した。 2000年6月25日の第42回衆議院議員総選挙に立候補したが落選。2003年11月9日の第43回衆議院議員総選挙では、自由民主党の松本和巳を破り初当選した。
金坂 克子(かねさか かつこ、現姓:田中、1954年3月1日… 金坂 克子(かねさか かつこ、現姓:田中、1954年3月1日 - )は、日本の元バレーボール選手。1976年モントリオールオリンピックバレーボール女子金メダリスト。 千葉県大網白里市出身。習志野高校を経て、1972年に日本リーグの日立武蔵(当時)に入団。 日立武蔵では垂直跳び68cmのジャンプ力を活かしセンターとしてプレーしていたが1974年のメキシコで行われた世界選手権の直前に怪我をした松田紀子に代わって正セッターとして金メダルを獲得、松田復帰後は控えセッター、1974年に全日本メンバーに選出され、世界選手権やモントリオールオリンピックにおいて金メダルを獲得した。日本リーグでも1977年にレシーブ賞、ベスト6賞を獲得。
松崎 康弘(まつざき やすひろ、1954年1月20日 - )… 松崎 康弘(まつざき やすひろ、1954年1月20日 - )は、千葉県千葉市出身の元サッカー審判員。現日本サッカー協会常務理事。
細矢 雅弘(ほそや まさひろ、1954年-)は、日本の技術者… 細矢 雅弘(ほそや まさひろ、1954年-)は、日本の技術者。東芝研究開発センターの主席技監。2007年に「一成分非磁性現像による電子写真技術の開発」により、紫綬褒章を受章した。この技術は現在のレーザープリンターに広く活用されている。
日暮 雅通(ひぐらし まさみち、1954年 - )は、日本の… 日暮 雅通(ひぐらし まさみち、1954年 - )は、日本の翻訳家。翻訳学校ユニカレッジ講師。筆名に「日暮まさみち」。日本推理作家協会会員、日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員。 千葉県千葉市出身。小学生の頃からホームズ物語のとりこになる。青山学院大学理工学部物理学科卒業。同大学の推理小説研究会に所属。 在学中にミステリーの翻訳をはじめ、著作権代理店、出版社など十年間の会社勤務の後に翻訳家として独立。ミステリー、SF、コンピュータ書など、幅広い分野の訳書がある。 2023年、『シャーロック・ホームズ・バイブル 永遠の名探偵をめぐる170年の物語』で第76回日本推理作家協会賞評論・研究部門を受賞。
小高 文夫(こだか ふみお、1954年 - 2009年)は、… 小高 文夫(こだか ふみお、1954年 - 2009年)は、日本のテレビカメラマンである。 千葉県夷隅郡大多喜町生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業後、NHKに入局。放送技術局 コンテンツ技術センター エグゼクティブカメラマン。名古屋放送局、仙台放送局、NTSなどを経て番組制作を行う。フィルム時代からドキュメンタリーを中心にNHKスペシャル、ドキュメンタリードラマなどを担当。
吉田 和明(よしだかずあき、1954年 - 2019年1月2… 吉田 和明(よしだかずあき、1954年 - 2019年1月23日)は、日本の評論家。千葉県館山市出身。法政大学経済学部経済学科卒業、東京工業大学社会理工学研究科博士課程満期退学。 太宰治、三島由紀夫、吉本隆明といった近現代文学者の研究が主なテーマ。『フォー・ビギナーズ・シリーズ』や『あしたのジョー論』などのほか、社会、思想、時事、近現代史などでも執筆活動を行う。 専門学校講師やセミナー講師、総合評論誌「テーゼ」主幹を務める。1986年より、日本ジャーナリスト専門学校講師。
上田 栄治(うえだ えいじ、1953年12月22日 - )は… 上田 栄治(うえだ えいじ、1953年12月22日 - )は、千葉県館山市出身の元サッカー選手(FW)、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。現在は日本サッカー協会特任理事、女子委員長を務めている。 薬園台高校から1972年に青山学院大学へ進学し、4年次の1975年には日本学生選抜に選出されて、ソウルで行われた日韓定期戦に出場。卒業後の1976年にフジタ工業へ入部するが、卒業前にも日本学生選抜メンバーとして世界大学サッカー大会(ウルグアイ)に出場。入部後はFWとしてプレーし、JSL通算88試合20得点を記録するなど、3度のJSL1部優勝(1977年, 1979年, 1981年)と2度の天皇杯制覇(1977年, 1979年)に貢献。
結城 しのぶ(ゆうき しのぶ、1953年11月25日 - )… 結城 しのぶ(ゆうき しのぶ、1953年11月25日 - )は、日本の女優。血液型はA型。本名:宇佐見喜代子。 千葉県松戸市出身。和洋女子大学中退。藤竜也事務所、オフィスAT、青年座映画放送(2004年4月1日 - 2006年1月31日)、アンテーヌに所属していた。 身長158cm。B80cm、W58cm、H86cm(1975年9月)。 幼少時より女優に憧れ、1972年に和洋女子大学に入学するが、文学座養成所を受験して合格したことにより、大学1年時に中退する。文学座に2か月通ったが、新劇が肌に合わずに辞め、東宝現代劇の第17期生となる。 1973年、『湯葉』 (芸術座) で初舞台を踏んで浜木綿子の娘役を演じ、1974年1月には『喜和』で若尾文子の娘役を演じ、大きな期待を寄せられるが、いろいろ悩んだ末に舞台を続ける自信をなくし、劇団を辞める。
坂本 光一(さかもと こういち、1953年10月5日 -)は… 坂本 光一(さかもと こういち、1953年10月5日 -)は、日本の小説家。本名は太田俊明。日本推理作家協会会員。 千葉県松戸市生まれ。県立東葛飾高校を経て東京大学農学部卒業。在学中は同大学野球部に所属、ショートとして東京六大学野球で活躍。卒業後は三菱商事に勤務。1988年、高校野球をテーマとしたミステリ『白色の残像』で、初応募にして第34回江戸川乱歩賞を受賞した。 三菱商事ではユーラシア大陸16,000kmを横断するパリ-モスクワ-北京ラリーの社内プロジェクトに関わり、1992年の開催にこぎつけた。計画実現までの様々な苦労を、本名名義の著書『幻のラリー 復活への1000日』に記している。 その後小説執筆を中断していたが、2013年に東京メトロポリタンテレビジョンを定年退職したのを機に再開し、2016年に『姥捨て山繁盛記』で第8回日経小説大賞を受賞。
富田 茂之(とみた しげゆき、1953年10月1日 - )は… 富田 茂之(とみた しげゆき、1953年10月1日 - )は、日本の政治家、弁護士。なのはな法律事務所所長。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(8期)法務大臣政務官、法務副大臣、財務副大臣、衆議院経済産業委員長、公明党政務調査副会長などを歴任した。 父は、1963年から1983年まで公明政治連盟銚子市議会議員を務めた富田文治。高校・大学時代の友人に、北海道大学公共政策大学院長・教授の石井吉春がいる。 2008年2月28日の衆議院予算委員会において、身内である公明党の代表として国土交通大臣冬柴鐵三への代表質問に立つ。当時、冬柴は道路特定財源や官僚の天下りについて容認する発言を繰り返したため、党の内外を問わず批判が集中し、野党議員の追及を受けるまでに至っていた。
森 静雄(もり しずお、1953年8月25日 - )は、日本… 森 静雄(もり しずお、1953年8月25日 - )は、日本のプロゴルファー。第10代日本プロゴルフ協会会長。 1953年8月25日、千葉県出身。習志野市立習志野高等学校卒業後、1980年にプロテストに合格。 プロ入り後は主に海外ツアーを中心に各国を転戦し、海外出場試合数は200試合を数える。特にオーストラリアツアーに初参加した日本人選手として知られる。 2000年に日本プロゴルフ協会理事に就任、2006年~2008年には副会長を務めている。海外ツアー転戦の経験が豊富なことからアメリカ合衆国やオーストラリアのゴルフ界とも関係が深く、アメリカ合衆国オレゴン州の日米ゴルフ親善特使に任命されている。 茨城県坂東市にコースが所在する坂東ゴルフクラブの代表取締役社長。
山川 健一(やまかわ けんいち、1953年7月19日 - )… 山川 健一(やまかわ けんいち、1953年7月19日 - )は、日本の作家・ロック評論家・ロックミュージシャン、東北芸術工科大学教授。千葉県千葉市出身。本名・同じ。千葉県立千葉高等学校、早稲田大学商学部卒業。日本文芸家協会会員、日本冒険作家クラブ・元会員。
渡辺 裕(わたなべ ひろし、1953年7月16日 - )は、… 渡辺 裕(わたなべ ひろし、1953年7月16日 - )は、日本の音楽美学者、東京大学人文社会系研究科(文化資源学)教授。
三ツ木 清隆(みつぎ きよたか、1953年5月30日 - )… 三ツ木 清隆(みつぎ きよたか、1953年5月30日 - )は、日本の俳優、歌手、タレント。本名同じ。千葉県市川市出身。和光学園高等学校卒業。たむらプロを経て、ケイ・エム・ティー所属。身長176cm。血液型O型。 千葉県市川市に中華料理店を営む両親の一人息子として生まれ、3歳時に東京へ移る。同級生の女子と話もできないほど人見知りがひどかったため、それを直したいと考え、小学生の頃に自ら児童劇団に応募して入団。1966年、中学1年生の時に劇団日本児童に入る。 1967年に『光速エスパー』の主役・東ヒカル役に1,200人の中から選ばれデビュー。撮影スタジオは自宅の近所であったため、自転車で通っていた。
伊藤 悟(いとう さとる、1953年4月27日 - 、男性)… 伊藤 悟(いとう さとる、1953年4月27日 - 、男性)は、日本の評論家、マルチアクティヴィスト、高等学校教師、予備校講師、ラジオパーソナリティ、著作家。自称、他称「ワニ(さん)」。
麒麟児 和春(きりんじ かずはる、1953年3月9日 - 2… 麒麟児 和春(きりんじ かずはる、1953年3月9日 - 2021年3月1日)は、千葉県柏市出身(出生時は東葛飾郡柏町)で二所ノ関部屋に所属した大相撲力士。本名は垂澤 和春(たるさわ かずはる)。最高位は東関脇。現役時代の体格は182cm、146kg。得意技は突っ張り、押し、左四つ、寄り。引退後は年寄・北陣として後進を指導し、停年まで協会に属していた。 12代式守錦太夫は甥。 父は国鉄の駅長を務めていたので夜勤が多く、病気がちな母を助けるために姉と二人でよく家事を手伝っていたという。小学2年生から柔道を行っていたが、柏市立柏第二中学校入学時に90キロに達した体格を生かして柔道の大会で活躍したため、相撲を志すようになったという。
橋本 きみ子(はしもと きみこ、1953年2月17日 - )… 橋本 きみ子(はしもと きみこ、1953年2月17日 - )は、千葉県千葉市出身の元女子バスケットボール選手である。現姓・長井。ポジションはガード・フォワード。コートネームは「ボク」。 千葉市立新宿中学校3年で県大会3位の成績を残し、千葉商業では同好会を部に昇格させ、3年でインターハイ出場を果たした。 卒業後、第一勧業銀行に入社。日本リーグ(現Wリーグ)では第8回から3年連続でベスト5に選ばれ、主将も務めた。 全日本の一員として1974年アジア大会金メダル、1975年世界選手権準優勝メンバーとなった。翌年のモントリオール五輪でもメンバーに選ばれたが、膝の故障のため5試合で出場29分に留まった。 1977年の引退後はNHK解説者を務める。
鈴木 美重子(すずき みえこ、1953年2月8日 - )は、… 鈴木 美重子(すずき みえこ、1953年2月8日 - )は、東京都新宿区出身の日本の女子プロゴルファー。日本女子プロゴルフ協会 (JLPGA) 副会長、専務理事を歴任。 精華学園高等学校出身。18歳でゴルフを始める。 1974年にプロテストに合格し、翌1975年入会。同年は日本女子オープンゴルフ選手権競技の14位タイが最高で賞金ランキング20位。ツアー競技以外ではミズノプロ新人、全日本ミックスダブルス優勝。1976年、大雪山女子オープンで2位タイ。日本女子オープンで3位タイ。賞金ランク12位。 1977年、ミヤギテレビ杯女子オープンゴルフトーナメントの5位タイが最高。賞金ランク22位。 1978年、日本女子オープンの3位タイが最高。
長谷川 幸洋(はせがわ ゆきひろ、1953年(昭和28年)1… 長谷川 幸洋(はせがわ ゆきひろ、1953年(昭和28年)1月18日- )は、日本の新聞記者、ジャーナリスト。東京・中日新聞論説委員。
松村 一男(まつむら かずお、1953年 - )は、日本の神… 松村 一男(まつむら かずお、1953年 - )は、日本の神話学者、和光大学名誉教授。専攻は神話学、宗教史学。 千葉県市川市生まれ。東京都立日比谷高校3年次にAFS交換留学生(第18期)として米国カリフォルニア州に留学、ミラレステ高校を卒業。帰国後、日比谷高校卒業。1976年一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科宗教学宗教史学専攻修士課程修了。同博士課程進学後にフルブライト奨学生としてカリフォルニア大学ロサンゼルス校に留学、インド=ヨーロッパ学博士課程修了(Ph.D.)。帰国後、東大大学院博士課程に復学し1986年に単位取得満期退学。 天理大学附属おやさと研究所助教授、人間学部宗教学科助教授、教授を経て1999年、和光大学人文学部芸術学科教授。
花澤 明(はなざわ あきら、1953年 - )は、日本の空手… 花澤 明(はなざわ あきら、1953年 - )は、日本の空手家。男性。千葉県出身。国際総武館空手道連盟総武館館長、MA日本キックボクシング連盟花澤ジム会長・同連盟副理事長。 千葉県袖ケ浦市出身。木更津中央高校で柔道部に所属しながら、松濤館流空手道の道場にも通った。柔道で関東大会まで進んだことから、1971年に城西大学に推薦入学したが、空手道部副主将の吉岡幸男が花澤を柔道部から引き抜いたため、空手道部に移籍。主将には三浦美幸、OBには設立者の添野義二、二期生に高木薫がおり、4年生の三浦・吉岡が三期生、花澤は六期生にあたる。同部は当時としては珍しい極真会館傘下の空手道部で、在学中は三浦・吉岡に指導を受けたほか、空手道部が夏合宿を毎年四国で実施していたことから、芦原英幸にも教わった。
佐藤 龍一(さとう りゅういち、1952年10月16日 - … 佐藤 龍一(さとう りゅういち、1952年10月16日 - )は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター、作詞家、作曲家、ギタリスト。 千葉県船橋市出身。千葉県立船橋高等学校卒業、法政大学中退。 「おうちドラゴン」2020年3月26日〜7月4日(101日間)。「おうちドラゴンリターンズ」2020年12月23日〜2021年3月21日(89日間)「シン・おうちドラゴン」2021年5月29日より6月25日(28日間)
上村 昇(かみむら のぼる、1952年10月8日 - )は、… 上村 昇(かみむら のぼる、1952年10月8日 - )は、日本のチェリスト。 千葉県市川市出身。父の手ほどきを受け、7歳でチェロを始めるも、2年で挫折。大学進学の際、小学校の時からのめり込んでいたビートルズに憧れ、彼らのようにはなれなくてもジャズギタリストくらいなら、と音楽の基礎を学ぶためチェロで京都市立芸術大学を受験。10年のブランクがあったが、現役で進学した。入学を許可してくれた大学には今でも感謝しているという。 京都市立芸術大学で父の東京音楽学校時代の先輩であり、巖本真理弦楽四重奏団のチェリストであった黒沼俊夫に師事。大学1年生のころ聴いたベートーヴェンの交響曲第9番の第3楽章を聴いて、音楽を一生続けていくことを決意したという。
佐久間英利(さくま ひでとし、1952年(昭和27年)10月… 佐久間英利(さくま ひでとし、1952年(昭和27年)10月1日 - )は、日本の銀行家。千葉銀行代表取締役会長。千葉商工会議所会頭。 千葉県木更津市出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、千葉銀行に入行。竹山正頭取体制下においては、東京都東部や茨城県南部などへの営業拡大を担った。 2009年、頭取に昇格。副頭取制を廃止し同期入行である3人を取締役・専務執行役員に就かせ営業、企画管理、審査の各ユニット統括長に任命するなど経営体制の見直しを図り、武蔵野銀行と連携協定を結び、営業やコスト削減で協力を深めた。また、2012年と2017年に全国地方銀行協会の会長を務めた。 2018年から千葉商工会議所会頭を務める。
星野 道夫(ほしの みちお、1952年9月27日 - 199… 星野 道夫(ほしの みちお、1952年9月27日 - 1996年8月8日)は、写真家、探検家、詩人。千葉県市川市出身。
ムーディー長妻(ムーディー ながつま、1952年9月21日 … ムーディー長妻(ムーディー ながつま、1952年9月21日 - )は、演歌歌手であり経営者。動物愛好家としても知られる。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
おおくぼ 良太(おおくぼ りょうた、1952年9月10日 -… おおくぼ 良太(おおくぼ りょうた、1952年9月10日 - )は、日本のシンガーソングライター、コメディアン。本名、大久保 芳正。所属していた事務所は「ゆうせん企画」。 千葉県八日市場市(現・匝瑳市)出身。父は千葉県内の中学校の校長で本人曰く「厳しい家庭に育った」とのこと。千葉県敬愛高等学校(現:横芝敬愛高等学校)機械科卒業。ジャニーズのタレントのカッコ良さに憧れ、高校卒業後にダンサーになりたくて芸能界を目指す。21歳の時に本場のダンスを習得するためにアメリカへ渡って1年間ウェイターや皿洗いなどのアルバイトをしながらダンスやエンターテインメントの勉強をし、タップダンスの修業を積んで帰国。 帰国後はダンサーや振り付けの仕事などをしていた一方で、1976年にコントも行うフォークグループ「チャチャーズ」を結成。
渡辺 進(わたなべ すすむ、1952年8月25日 - )は、… 渡辺 進(わたなべ すすむ、1952年8月25日 - )は、千葉県銚子市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)、コーチ。 銚子商業では1970年、四番打者、遊撃手として夏の甲子園予選東関東大会に進出。準決勝で鉾田一高の、後にプロで同僚となる梶間健一を打ち崩し、決勝ではエース鵜沢達雄を擁する成東高に9回サヨナラ勝ち。夏の甲子園に出場し、高知商を破って2回戦に進出するが、この大会に準優勝したPL学園の新美敏に完封負け。 1971年のドラフト4位でヤクルトアトムズに入団。 1976年には開幕から遊撃手として起用され、69試合に先発出場。その後も水谷新太郎、永尾泰憲とレギュラーを争う。 1978年の阪急ブレーブスとの日本シリーズは2試合に出場した。
MoJo(モジョ、1952年8月24日 - )は、日本の歌手… MoJo(モジョ、1952年8月24日 - )は、日本の歌手、作曲家。千葉県市川市出身。 本名は富田 伊知郎()。歌手としての別名義にとみた いちろうがある。 「とみた いちろう」名義でフォークシンガーとしてデビュー。のちに作曲家・スタジオミュージシャンとしても活動し、CMソングなどの作曲・歌唱を手がける一方、「MoJo」の名義でアニメソング歌手としても活動している。 国府台高校時代はフォークソングクラブにて部長を務める。この時期、同じく近隣の高校でフォークソングクラブの部長を務めていた佐藤龍一と出会う。 1971年、佐藤龍一とともに吉田拓郎のコンサートに前座で出演したことをきっかけに、佐藤とブルースバンド「宴(うたげ)」を結成。
照川 由美子(てるかわ ゆみこ、1952年8月23日 - )… 照川 由美子(てるかわ ゆみこ、1952年8月23日 - )は、日本の政治家、教諭。千葉県勝浦市長(1期)。元勝浦市議会議員(2期)。 千葉県勝浦市生まれ。千葉敬愛短期大学卒業。公立小学校の教員を経て、2009年4月から2012年3月までいすみ市立古沢小学校長を務めた。2015年4月26日の勝浦市議会議員選挙に立候補して、16人中1位で初当選した。勝浦市では1958年の市制移行後、初めて誕生した女性議員2名のうちの1人になった。2019年4月21日の勝浦市議会議員選挙に立候補して、15人中1位で2選を果たした。 2022年7月29日、勝浦市長選挙への立候補を表明した。同年8月1日付で、勝浦市議を辞職した。
豊田 俊郎(とよだ としろう、1952年〈昭和27年〉8月2… 豊田 俊郎(とよだ としろう、1952年〈昭和27年〉8月21日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、参議院政治改革に関する特別委員長。国土交通副大臣、財政金融委員会委員長、自民党政務調査会副会長、内閣府大臣政務官、千葉県八千代市長(第11 - 13代)、千葉県議会議員(1期)を歴任した。 千葉県千葉郡睦村(現・八千代市)出身。1971年、印旛高校卒業。1972年、中央工学校卒業。 1999年、千葉県議会議員に八千代市選挙区から無所属で立候補し初当選。 2003年、八千代市長選挙に立候補し初当選。2006年、2選。2010年、3選。 2013年3月14日、自由民主党が第23回参議院議員通常選挙の千葉県選挙区で豊田を公認すると発表。
菅生 隆之(すごう たかゆき、1952年8月1日 - )は、… 菅生 隆之(すごう たかゆき、1952年8月1日 - )は、日本の男性俳優、声優。文学座所属。千葉県出身。
本田 みちこ(ほんだ みちこ、1952年7月24日 - )は… 本田 みちこ(ほんだ みちこ、1952年7月24日 - )は、日本の女優。1970年代に東宝系の映画に出演した。 東京都江戸川区出身。 和洋女子大学附属国府台女子高等学校在学中に、電車の中でスカウトされ、庄司薫原作の東宝映画『白鳥の歌なんか聞えない』の主人公の恋人役の公募に応募し、2500名の中から選ばれて映画デビューした。 映画の公開前から、アシスタントなどとしてテレビにも露出し、テレビ・ドラマ『新・だいこんの花』にも出演した。 1973年、エランドール賞新人賞を受賞した。
髙浦 美佐緒(たかうら みさお、1952年7月20日 - )… 髙浦 美佐緒(たかうら みさお、1952年7月20日 - )は、千葉県木更津市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ。 本名同じ。1984年までの登録名は「高浦 美佐緒」、1985年から1992年の登録名は「高浦 己佐緒」、2010年から2014年の登録名は「髙浦 己佐緒」(いずれも、読みは同じ)。選手時代の愛称は「タカ」。 本名および2010年以降の登録名に使われる「高」の字は、異字体の「髙」(はしごだか)であるが、「高」に差し替えられることもある。 千葉商業では3年次の1970年に春の選抜で甲子園初出場を果たし、2年生エースの永島時郎(日本通運)とバッテリーを組んで準々決勝に進出するが、広陵高の佐伯和司に0-1で完封負けを喫した。
鵜沢 達雄(うざわ たつお、1952年7月13日 - )は、… 鵜沢 達雄(うざわ たつお、1952年7月13日 - )は、千葉県東金市出身の元プロ野球選手(投手)である。大洋ホエールズ・横浜大洋ホエールズ、西武ライオンズに所属した。 成東高では2年生からエースとして活躍。1969年には夏の甲子園県予選準決勝に進出するが、千葉商に敗退。1970年夏は市原高戦でノーヒットノーランを達成、東関東大会決勝まで勝ち進むが、渡辺進遊撃手のいた銚子商に1-2xで9回サヨナラ負け、甲子園には出場できなかった。 同年ドラフト4位で大洋に入団。速球派右腕と期待され、2年目の1972年に5勝をあげるが、その後は伸び悩む。1978年オフに基満男との交換トレードで、根本隆と共に西武に移籍した。
佐野 利男(さの としお、1952年〈昭和27年〉6月9日 … 佐野 利男(さの としお、1952年〈昭和27年〉6月9日 - )は、日本の外交官。 千葉県銚子市出身。1977年東京大学法学部第二類卒業、同年外務省入省。 ・英語研修(米国スワースモア大学)、中近東第一課、通産省資源エネルギー庁石油部計画課、 ・国際エネルギー機関(OECD/IEA 緊急時問題常設委員会)出向、「原油市場レポート」作成を担当 ・1987年経済協力局政策課補佐、1988年経済協力局無償資金協力課首席事務官、1990年在インドネシア日本大使館一等書記官、 ・1993年国際連合日本政府代表部参事官、1996年経済局国際エネルギー課長、1998年総合外交政策局軍備管理軍縮課長、 ・1998年大阪大学大学院公共政策研究科客員教授(2000年まで)、 ・2001年軍縮会議日本政府代表部公使、 ・在サウジアラビア日本国大使館公使、 ・2006年外務省大臣官房総括審議官、 ・2008年外務省総合外交政策局軍縮不拡散・科学部長・大使、 ・2010年駐デンマーク特命全権大使、 ・2013年軍縮会議日本政府代表部特命全権大使、 ・2017年内閣府原子力委員会委員長代理、 ・2023年12月 依願退職 ・放射線影響研究所評議員 ・日本・デンマーク協会会長 ・社会福祉法人サンビジョン国際担当理事 ・全国障がい者生活向上支援機構顧問 ・千葉科学大学危機管理学部講師 主に機能局を歩み、エネルギー問題の他、軍備管理軍縮課長や軍縮不拡散・科学部長、軍縮会議公使、同特命全権大使を務めるなど、軍縮問題に取り組む。
猪口 邦子(いのぐち くにこ、1952年〈昭和27年〉5月3… 猪口 邦子(いのぐち くにこ、1952年〈昭和27年〉5月3日 - )は、日本の政治家、国際政治学者。自由民主党所属の参議院議員(3期)。上智大学名誉教授、日本学術会議委員、地域経済総合研究所評議員。専門は国際関係論、安全保障論。 軍縮会議日本政府代表部特命全権大使、衆議院議員(1期)、内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画担当)、日本大学国際関係学部教授 等を歴任した。 1972年にNHK「青年の主張」全国最優秀賞(文部大臣賞)受賞。第7回(1989年度)読売新聞吉野作造賞受賞。2003年エイボン女性年度賞受賞。 千葉県市川市生まれ。旧姓は横田。父・偉一は一橋大学卒業後、東京海上火災保険(現:東京海上日動火災)に勤務し、1960年年代にサンパウロ支店長を務め、その後日本損害保険代理業協会(日本代協)専務理事を務めた。
灰野 敬二(はいの けいじ、1952年〈昭和27年〉5月3日… 灰野 敬二(はいの けいじ、1952年〈昭和27年〉5月3日 - )は、日本のミュージシャン。千葉県市川市生まれ、埼玉県川越市育ち。 17歳で高校を中退後、1970年代より音楽活動を開始している。日本国内におけるアヴァンギャルドなミュージックシーンにおいては最古参の人物であり、ボックスセット『魂の純愛』や『ロスト・アラーフ』『天乃川』といった作品でうかがえるアプローチを十代の頃から深め続けている。リリースしたレコードやCDはほとんどがインディペンデント流通で、100を超える厖大な点数のため全体像を把握するのは困難。 ソニック・ユースのサーストン・ムーアをはじめとして、世界的にも数多くの信奉者を生んでいる。
前川 善裕(まえかわ よしひろ、1952年4月29日 〜 )… 前川 善裕(まえかわ よしひろ、1952年4月29日 〜 )は、昭和期の社会人野球選手(外野手)である。 千葉県出身。東葛飾高では投手として活躍。1968年秋季関東大会県予選では安房農に延長12回敗退するが、参考記録ながら23奪三振を達成。これは現在でも千葉県高校野球連盟記録となっている。1年生ながら同年12月には千葉県高校選抜チームのフィリピン遠征に参加。東葛飾高は進学校で強豪とは言えず、前川のワンマンチームという色彩が強かった。1970年夏の甲子園県予選では準々決勝まで進出するも、一宮商に0-5で敗退。その実績もあり、前川は知人の紹介で早稲田大学のセレクションを受験し合格。 早稲田大学第二文学部に進学はしたものの、甲子園に出場したメンバーばかりに圧倒され、入学するとすぐに外野手に転向することを決意。
田中 豊彦(たなか とよひこ、1952年(昭和27年)4月2… 田中 豊彦(たなか とよひこ、1952年(昭和27年)4月27日 - )は、日本の政治家。千葉県茂原市長(4期)、千葉県議会議員(2期)を務めた。 千葉県茂原市出身。1971年(昭和46年)3月、千葉県立長生高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、早稲田大学商学部卒業。祖父の田中豊(元衆議院議員)が創業した鋼材卸販売会社「千葉興業」や食料品店「ゆたかストアー」の社長を務める。 2003年(平成15年)の千葉県議会議員選挙で初当選。2007年(平成19年)に再選。県議時代は自由民主党に所属した。 2008年(平成20年)4月27日に行われた茂原市長選挙に自民党・公明党・民主党・連合千葉の推薦を受けて出馬。
西郷 辰弘(さいごう たつひろ、1952年4月13日 - )… 西郷 辰弘(さいごう たつひろ、1952年4月13日 - )は、日本の実業家。株式会社薬王堂ホールディングス創業者・代表取締役社長。 千葉県富津市生まれ。明治大学商学部在学中から起業を志し、卒業後1976年に日立クレジット(のちの日立キャピタル)入社。1977年小田島入社。薬剤師の妻の故郷である岩手県に帰郷したのを機に、1978年都南村に都南プラザドラッグを開業。1981年薬王堂設立、同社代表取締役に就任。1991年株式会社に改組し、同社代表取締役社長に就任。東日本大震災で大きな被害を受けるも、復興を進め、震災の3年後には東京証券取引所第一部への上場を果たした。2019年薬王堂ホールディングスに改組し、代表取締役社長に就任。
越川 芳明(こしかわ よしあき、1952年4月10日 - )… 越川 芳明(こしかわ よしあき、1952年4月10日 - )は、日本のアメリカ文学研究者、翻訳家、映画評論家。 明治大学副学長(2016-2020年)、明治大学文学部教授 (1993-2023年)、明治大学名誉教授(2023年)、千葉県銚子市出身。 幼少時は、音楽家の父の影響で書道やピアノなどのお稽古ごとに励む一方、小学校では早くも筆と鍵盤に別れをつげ、野球部に所属して泥にまみれる。その頃、地元のスポーツ好きの少年たちがあこがれる銚子商業の斉藤一之監督の指導を仰ぎ、プロ野球選手になることを夢見る。 その夢は、6年のときに転校した興野小学校で同学年の渡辺進(斎藤監督のもとで甲子園に行き、ヤクルトスワローズに入団)の段違いの打撃とプレーを目のあたりにして、早くも断念。
亀田 郁夫(かめだ いくお、1952年(昭和27年)2月16… 亀田 郁夫(かめだ いくお、1952年(昭和27年)2月16日 - )は、日本の政治家。元千葉県鴨川市長(1期)、元千葉県議会議員(3期)、元鴨川市議会議員(1期)。 千葉県鴨川市出身。芝高等学校卒業後、1976年(昭和51年)3月、立正大学経営学部卒業。同年4月、朝日生命保険に就職。1981年(昭和56年)9月、同社を退社。同年10月、医療法人鉄蕉会亀田総合病院に転職。 1985年(昭和60年)9月、株式会社ケイテイエスを設立。2004年(平成16年)2月、同社の代表取締役と亀田総合病院の理事を退任。同年3月、鴨川市議会議員選挙に初当選(一般選挙か補欠選挙か不明)。2006年(平成18年)5月31日、任期満了により市議を退任。
石田 三示(いしだ みつじ、1952年1月27日 - )は、… 石田 三示(いしだ みつじ、1952年1月27日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、新党きづな副代表などを歴任した。 千葉県鴨川市出身。千葉県立長狭高等学校卒業。 家業の農業に従事し、千葉県NPO活動推進委員、長狭中学校PTA会長、鴨川農協理事などを歴任。NPO法人大山千枚田保存会・理事長、農事組合法人鴨川自然王国・代表理事などを務める。 2007年の千葉県議会議員選挙に民主党公認で鴨川市選挙区より出馬するも落選。2009年、第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で出馬し比例南関東ブロック37位で当選。2011年2月17日民主党政権交代に責任を持つ会に入会。 2011年12月28日、野田内閣の消費増税路線に反発し、内山晃らとともに離党届を提出(民主党は2012年2月7日の常任幹事会で離党届を受理せず除籍処分とすることを決定した)。
椎名 一保(しいな かずやす、1952年(昭和27年)1月1… 椎名 一保(しいな かずやす、1952年(昭和27年)1月15日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員。千葉県銚子市出身。
西川 登(にしかわ のぼる、1952年 - )は、日本の会計… 西川 登(にしかわ のぼる、1952年 - )は、日本の会計学者・歴史学者。神奈川大学名誉教授。江戸時代の商家の会計帳簿研究の専門家で、日本会計研究学会賞太田賞および日本会計史学会賞受賞。 千葉県市川市出身。1971年千葉県立千葉高等学校卒業。1975年京都大学経済学部経営学科卒業。1977年一橋大学大学院商学研究科経営学および会計学専攻修士課程修了。1982年一橋大学大学院商学研究科経営学および会計学専攻博士課程単位取得満期退学。指導教官米川伸一。 佐賀大学経済学部講師、佐賀大学経済学部助教授、神奈川大学経済学部助教授を経て、1990年から神奈川大学経済学部教授。1993年論文「江戸時代の三井家における会計組織の研究」で京都大学より博士(経済学)の学位を取得。
田中 清隆(たなか きよたか、1951年12月16日 - )… 田中 清隆(たなか きよたか、1951年12月16日 - )は、千葉県銚子市出身の元騎手・元調教師。 調教師としての主な管理馬にシンコウウインディ、グルメフロンティア、レディパステル、ホエールキャプチャなどがいる。 舅は元騎手・調教師の今津福松。 銚子商業卒業後は銚子信用金庫に入社したが、小柄かつ敏捷であったことから、競馬好きの上司に騎手になることを勧められた。数々の厩舎へ入門願いの電話を掛けた末、中山・野平省三厩舎に入門を認められ、1971年から1974年まで候補生として4年間を過ごす。 1975年に騎手免許を取得し、師匠の野平省が前年に死去していたため、跡を継いでいた野平祐二厩舎からデビュー。
山口 和彦(やまぐち かずひこ、1951年12月15日 - … 山口 和彦(やまぐち かずひこ、1951年12月15日 - 2011年6月12日)は、日本の政治家。千葉県勝浦市長(1期)。 現在の千葉県勝浦市出身。玉川大学文学部卒。35年間の中学校の教員や校長生活を経て、2011年2月の勝浦市長選挙に無所属で立候補し、元市議ら3人を破って初当選する。 市長就任直前の3月11日に東日本大震災が発生したが、勝浦市の被害は殆どなかったという。市長就任後のインタビューで観光客を呼び起こすための駐車場不足の解消や、保育所の土日開所、医療費無料化の中学3年生までの延長などに意欲を見せた。 しかし、4月中旬から咳が止まらないことなどから5月7日に入院し、9日から公務から離れ、市は病状は重症肺炎だと発表した。
伊藤 邦雄(いとう くにお、1951年12月13日 - )は… 伊藤 邦雄(いとう くにお、1951年12月13日 - )は、日本の会計学者。学位は商学博士(一橋大学・論文博士・1996年)。一橋大学名誉教授。 一橋大学大学院商学研究科教授、中央大学専門職大学院戦略経営研究科特任教授、国立大学法人一橋大学理事、日本ベンチャー学会会長、日本インベスター・リレーションズ学会会長、一橋大学副学長、原子力損害賠償・廃炉等支援機構運営委員長、日本会計研究学会会長などを歴任。 経済産業省・東京証券取引所「DX銘柄」評価委員会委員長 経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システム研究会」委員、内閣府「未来投資会議・構造改革徹底推進会合」委員、東京証券取引所「企業価値向上表彰制度委員会」委員長、経済産業省・東京証券取引所「攻めのIT経営銘柄」選定委員長、日本取締役協会「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」選考委員、経済産業省「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」座長、TCFD(気候変動財務情報開示)コンソーシアム会長などを務める。