矢野 裕(やの ゆたか、1946年〈昭和21年〉11月1日 … 矢野 裕(やの ゆたか、1946年〈昭和21年〉11月1日 - )は、日本の政治家。東京都狛江市長(4期)、狛江市議会議員(6期)を歴任した。 東京都世田谷区生まれ。東京都立千歳高等学校卒業。大学受験を控えた19歳の頃、社会の不平等はなぜ生まれるのか思索し、現実的な社会変革、科学的な見方の必要性を感じ、日本民主青年同盟や日本共産党の考えに共鳴する。早稲田大学法学部入学後、日本民主青年同盟に加入。1年生の時に法学部自治会役員、2年生の時には早稲田大学生協役員になり、学生運動に参加する。1968年、大学3年生の時に日本共産党に入党した。 1970年、判例時報社に入社し、編集部員を務める。1972年には同社労働組合を結成、初代委員長に就任。
木津 雅晟(きづ まさあき、1946年(昭和21年)7月13… 木津 雅晟(きづ まさあき、1946年(昭和21年)7月13日 - )は、日本の政治家、僧侶。埼玉県三郷市長(5期)。元三郷市議会議員(3期)。父親は元三郷市長の木津三郎。 埼玉県北葛飾郡早稲田村(現・三郷市半田)生まれ。父親は元三郷市長の木津三郎。足立学園高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、大正大学文学部社会学科卒業。同年4月、三郷町役場に採用される。 1995年(平成7年)12月、三郷市半田にある萬音寺(真言宗豊山派)の住職となる。1996年(平成8年)9月、三郷市役所を退職。 1997年(平成9年)の三郷市議会議員選挙に立候補し初当選。市議を計3期務めた。 2006年(平成18年)10月の三郷市長選挙に立候補し、現職の美田長彦市長らを破り初当選を果たした。
水野 誠一(みずの せいいち、1946年7月8日 - )は日… 水野 誠一(みずの せいいち、1946年7月8日 - )は日本の実業家、政治家。株式会社インスティテュート・オブ・マーケティング・アーキテクチュア代表取締役。株式会社西武百貨店社長、参議院議員(1期)、新党さきがけ政策調査会長(第4代)等を務めた。
林 文子(はやし ふみこ、1946年〈昭和21年〉5月5日 … 林 文子(はやし ふみこ、1946年〈昭和21年〉5月5日 - )は、日本の実業家、政治家。神奈川県横浜市長(3期)、BMW東京社長、ダイエー会長兼CEO、東京日産自動車販売社長などを歴任。 東京都生まれ。父親は築地市場の仲買人。母親の生家は千葉県東葛飾郡浦安町(現:浦安市)で漁業を営んでいた。その縁で知り合った父母は駆け落ちして結婚し、世田谷区にある父親の実家で暮らし始める。父親は林が小学校5年生のときに、林の伯母らとの軋轢から家を出てしまう。母親と林は、世田谷区深沢にある6畳1間のアパートに引っ越し、母親は電機工場で働くことで林を養った。 1965年3月、東京都立青山高等学校卒業。同年、東洋レーヨン(現・東レ)、松下電器産業(現・パナソニック)等に勤務。
小川 友一(おがわ ゆういち、1946年2月27日 - )は… 小川 友一(おがわ ゆういち、1946年2月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。東京都日野市出身。
望月 秀次郎(もちづき ひでじろう、1945年12月6日 -… 望月 秀次郎(もちづき ひでじろう、1945年12月6日 - )は、日本の政治家。山梨県の元富沢町長および元南部町長である。 1945年、山梨県富河村(その後富沢町を経て現在の南部町)に生まれる。都立荻窪高等学校、成城大学を卒業したのち民間企業、富河郵便局長を経て1993年に富沢町長に就任。町の財政が苦しい中役場新築や旧役場を図書館にするなど工夫を凝らした町政を3期にわたり行なっていた。旧南部町との合併協議会では副会長を務め、2003年に合併した直後は町長職務執行者に就任する。その後旧南部町長であった小沢介三が初代町長に就任すると町助役を4年間勤めた。 2007年、小沢町長の引退により町長選挙に立候補。
中島 博範(なかじま ひろのり、1945年〈昭和20年〉11… 中島 博範(なかじま ひろのり、1945年〈昭和20年〉11月23日 - )は、日本の政治家。安中市長(3期)、群馬県議会議員(1期)、安中市議会議員(2期)を務めた。 群馬県碓氷郡原市町(現・安中市)に生まれる。父・丑五郎は木材製造業から建設業を興した人物で、原市町議会議員、安中市議会議員、同議長などを務めた。 1964年日本大学第一高等学校卒業。1967年日本大学経済学部中退。1968年に関東建設工業株式会社に入社。1981年安中青年会議所副理事長。 1983年に安中市議会議員に当選し、2期務める。1991年の群馬県議会議員選挙に安中市選挙区から立候補し当選、1期務める。県議当選後に自由民主党に所属。
西川 京子(にしかわ きょうこ、1945年10月2日 - )… 西川 京子(にしかわ きょうこ、1945年10月2日 - )は、日本の引退した政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(4期)。
清水 庄平(しみず しょうへい、1945年8月8日 - )は… 清水 庄平(しみず しょうへい、1945年8月8日 - )は、日本の政治家。東京都立川市長(3期)。
馬場 弘融(ばば ひろみち、1944年(昭和19年)12月1… 馬場 弘融(ばば ひろみち、1944年(昭和19年)12月17日 - )は、日本の政治家。東京都日野市長(4期)、東京都市長会会長、日野市議会議員(2期)を務めた。 東京都出身。東京都立立川高等学校ではバスケットボール部所属で、中井洽が先輩にいた。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、日野市消防団に入団し、1993年まで所属した。日野市商工会理事、日野青年会議所理事長を経て、日野市議会議員に当選。市議を2期務めた後、1997年から2013年まで市長。2012年からは東京都市長会会長も務めた。2015年春の叙勲で旭日小綬章受章。2018年から立川高校の同窓会である一般社団法人紫芳会の理事長。 趣味は読書(歴史小説)、ギター演奏、オペラ・ミュージカル鑑賞、ソフトボール。
朝木 明代(あさき あきよ、1944年(昭和19年)9月4日… 朝木 明代(あさき あきよ、1944年(昭和19年)9月4日 - 1995年(平成7年)9月2日、満50歳没)は、日本の政治家。東村山市市議会議員を3期務めた。所属は「草の根市民クラブ」。
金子 原二郎(かねこ げんじろう、1944年〈昭和19年〉5… 金子 原二郎(かねこ げんじろう、1944年〈昭和19年〉5月8日 - )は、日本の政治家。 農林水産大臣(第65・66代)、建設政務次官(第2次海部内閣)、参議院議員(2期)、参議院政治倫理審査会会長、同予算委員長、同資源エネルギーに関する調査会長、同情報監視審査会会長、同決算委員長、長崎県知事(公選第14・15・16代)、衆議院議員(5期)、衆議院法務委員長、同石炭対策特別委員長、長崎県議会議員(3期)等を歴任。 父は、農林水産大臣(第6代)や科学技術庁長官(第33代)を務めた衆議院議員の金子岩三。 長崎県北松浦郡生月町(現在の平戸市)生まれ。生月町立山田小学校(現在の平戸市立山田小学校)、長崎市立桜馬場中学校、暁星高等学校を経て、1968年、慶應義塾大学文学部を卒業し日本水産株式会社に入社。
星野 信夫(ほしの のぶお、1944年(昭和19年)2月28… 星野 信夫(ほしの のぶお、1944年(昭和19年)2月28日 - )は、日本の政治家。元東京都国分寺市長(3期)。 東京都国分寺市出身。国分寺市立第一小学校、国分寺市立第二中学校、東京都立立川高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 大学卒業と同時に、国分寺市内に学習塾「薬師塾」を開設。国分寺青年会議所の創設に参画したほか、国分寺の名にふさわしい文化都市を築く会初代会長、東京都生活会議連絡協議会副会長、国分寺まつり実行委員会副会長などを歴任。 2001年6月に行われた国分寺市長選挙で、現職の山崎真秀を破り初当選。市長を3期12年務めた。2013年7月任期満了に伴い退任。退任後は国分寺市観光協会会長を務める。
中川 秀直(なかがわ ひでなお、1944年〈昭和19年〉2月… 中川 秀直(なかがわ ひでなお、1944年〈昭和19年〉2月2日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(10期)。旧姓佐藤(さとう)。元衆議院議員中川俊思の女婿。元衆議院議員中川俊直は次男。 自由民主党商工部会長、内閣総理大臣補佐(村山内閣)、科学技術庁長官(第54代)、内閣官房長官(第66代)、自由民主党幹事長(第39代)、自由民主党政務調査会長(第47代)を歴任した。 1944年2月2日、東京都出身。実父の佐藤胖(一級建築士、旧財閥系に統合された建設会社の常務)は静岡県小山町出身。1962年、東京都立井草高等学校卒業。1966年、慶應義塾大学法学部卒業。同年日本経済新聞社入社し、政治部記者となった。
小林 興起(こばやし こうき、1944年1月1日 – )は、… 小林 興起(こばやし こうき、1944年1月1日 – )は、日本の政治家。元衆議院議員。
鮫島 宗明(さめじま むねあき、1943年12月9日 - 2… 鮫島 宗明(さめじま むねあき、1943年12月9日 - 2024年8月18日)は、日本の政治家、農学博士。元衆議院議員(3期)。帝京平成大学教授。 戦前に拓務大臣や逓信大臣、鉄道大臣を歴任した永井柳太郎は祖父。三木内閣で文部大臣を務めた教育社会学者の永井道雄はおじにあたる。 明治時代に活躍した元菊間藩士で日本基督教会の牧師三浦徹は曽祖父にあたる。 静岡県田方郡伊豆長岡町(現伊豆の国市)に生まれた。 武蔵高等学校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院農学研究科博士課程修了。1975年、農林水産省に入省し、農水省国際農業研究所に配属される。1988年、農水省生物資源研究所研究室長。 1993年、第40回衆議院議員総選挙に日本新党公認で旧東京5区(定数3)から立候補し、新党ブームに乗って同区トップで当選した。
稲葉 大和(いなば やまと、1943年11月12日 - )は… 稲葉 大和(いなば やまと、1943年11月12日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)。 東京都神田区(現在の千代田区)生まれ。駒場東邦高校を経て、1966年、中央大学法学部を卒業し、父・稲葉修衆院議員秘書となる。その後、木部佳昭建設大臣秘書を経て、1990年に旧新潟2区から父の地盤を継いで第39回衆議院議員総選挙に立候補するも落選。 渡辺美智雄の秘書を務めた後、1993年に再び第40回衆議院議員総選挙に立候補して初当選(当選同期に安倍晋三・野田佳彦・高市早苗・岸田文雄・塩崎恭久・石井啓一・茂木敏充・田中眞紀子・熊代昭彦・横内正明・野田聖子・浜田靖一・山岡賢次など)。渡辺派に属す。以後、連続5期当選。
山﨑 孝明(やまざき たかあき、1943年〈昭和18年〉10… 山﨑 孝明(やまざき たかあき、1943年〈昭和18年〉10月13日 - 2023年〈令和5年〉4月12日)は、日本の政治家。東京都江東区長(4期)、東京都議会議員(5期)、江東区議会議員(2期)、特別区長会会長を務めた。 東京都江東区南砂出身。江東区立砂町小学校入学、江東区立第四砂町小学校、江東区立第三砂町中学校、東京都立両国高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。 東京都議会議員選挙に25歳、29歳で立候補するがともに落選。日本そば店「やま孝」の経営、木場の銘木店勤務、トラック運転手、石井桂衆議院議員の秘書など様々な職業に就く。 1983年(昭和58年)、江東区議会議員に初当選。1987年(昭和62年)に再選。
北川 穰一(きたがわ じょういち、1943年(昭和18年)8… 北川 穰一(きたがわ じょういち、1943年(昭和18年)8月1日 - )は、日本の政治家。元東京都昭島市長(5期)。東京都昭島市出身。元昭島市議会議員(5期)。 東京都昭島市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。昭島市議会議員(5期)、昭島市議会副議長などを経て、1996年昭島市長に就任。2016年任期満了に伴い退任。昭島市長を5期20年務めた。 2017年秋の叙勲で旭日中綬章を受章。
山岡 賢次(やまおか けんじ、1943年〈昭和18年〉4月2… 山岡 賢次(やまおか けんじ、1943年〈昭和18年〉4月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(5期)、参議院議員(2期)、法務政務次官(竹下内閣)、大蔵政務次官(第2次海部内閣)、国家公安委員会委員長(第84代)・内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)・拉致問題担当大臣(野田内閣)、衆議院農林水産委員長、自由党国会対策委員長(第4代)、民主党副代表、民主党国会対策委員長(第13代)、国民の生活が第一代表代行などを歴任。1987年までは「藤野賢二」の名前で政治活動を行っていた。 城北高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、安田生命の人事課、アメリカ留学を経て1983年(昭和58年)の第13回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で当選し政界入りした。
秋葉 忠利(あきば ただとし、1942年〈昭和17年〉11月… 秋葉 忠利(あきば ただとし、1942年〈昭和17年〉11月3日 - )は、日本の政治家、数学者。第33-35代広島市長(3期)、衆議院議員(3期)、社会民主党国会対策委員長(第2代)、同政策審議会長(第3代)を歴任。 日本社会党(後に社会民主党)に所属し、1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙に大原亨の後継者として出馬し、初当選。以後当選3回。1期目の当選後、筒井信隆らと共に「ニューウェーブの会」を設立し、対案を出す党に社会党を生まれ変わらせることを目指した。 1999年(平成11年)に衆議院議員を辞職し、広島市長選挙に立候補。市民の党の応援を受け、自民党が推薦する元厚生官僚(広島市助役)の大田晋や広島市議会議長経験者など新人5人と激戦の末、初当選する。
糸山 英太郎(いとやま えいたろう、1942年〈昭和17年〉… 糸山 英太郎(いとやま えいたろう、1942年〈昭和17年〉6月4日 - )は、日本の政治家、実業家。参議院議員(1期)、衆議院議員(3期)。 東京生まれ。ゴルフ場経営で財を築いた実業家で新日本観光興業(現:新日本観光株式会社)の創立者である佐々木真太郎(1969年には所得日本一となった)と妾との間に出来た子。佐々木は二人の正妻との間には5人の子を儲け、娘婿に井口三郎(井口良二三男)がいる。幼少時は虚弱児で、4歳の時には疫痢で死線をさまよった。 東京府豊島師範学校附属幼稚園を経て、5歳のとき療養で藤沢市に転居。男の子についていけないことを危惧した母の判断により、私立の女子校である聖園女学院附属小学校(2004年に廃校)に入れられたが、女の子ばかりの学校に適応できず、4か月で私立湘南学園小学校に転校。
山東 昭子(さんとう あきこ、1942年5月11日 - )は… 山東 昭子(さんとう あきこ、1942年5月11日 - )は、日本の政治家。元女優・テレビタレント。自由民主党所属の参議院議員。
池坊 保子(いけのぼう やすこ、1942年〈昭和17年〉4月… 池坊 保子(いけのぼう やすこ、1942年〈昭和17年〉4月18日 - )は、日本の政治家。特定非営利活動法人萌木理事長。学校法人いわき明星大学理事。特定非営利活動法人日本伝統文化協会名誉顧問。横綱審議委員会委員。第125代天皇明仁の再従妹に当たる。夫は華道家の池坊専永。 衆議院議員(5期)、文部科学大臣政務官、衆議院文部科学委員長、文部科学副大臣、公明党女性委員会副委員長、衆議院青少年問題に関する特別委員長、財団法人日本漢字能力検定協会理事長、公益財団法人日本相撲協会評議員会議長などを歴任した。 1942年4月18日、旧羽林家の梅溪家に属する子爵として貴族院議員に選出されていた梅溪通虎の三女として、東京府(のちの東京都)に生まれる。
白石 正輝(しらいし まさてる、1941年〈昭和16年〉10… 白石 正輝(しらいし まさてる、1941年〈昭和16年〉10月15日 - )は、日本の政治家。足立区議会議員(12期、自由民主党所属)。足立区議会自由民主党相談役。 東京都足立区出身。東京都立江北高等学校、中央大学法学部卒。1971年、29歳の時に足立区議会議員選挙に初当選。足立区議会自由民主党幹事長、政調会長、総務、文教、厚生の各委員長、区議会議長などを歴任する。このほか学習塾や玩具店を経営、病院事務長を務める。1979年と1980年の足立区長選挙に立候補したが、いずれも落選した。1983年の区議選は不出馬。1987年の区議選で復帰。以来2023年まで連続10回当選。2020年9月時点で通算で議員を11期目を務めており、これは東京23区の区議会議員で最多期である。
野田 毅(のだ たけし、1941年〈昭和16年〉10月3日 … 野田 毅(のだ たけし、1941年〈昭和16年〉10月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党熊本県支部連合会特別顧問。 自治大臣(第52代)、国家公安委員会委員長(第62代)、経済企画庁長官(第45代)、建設大臣(第53代)、通商産業政務次官(鈴木善幸内閣)、経済企画政務次官(第1次大平内閣)、衆議院商工委員長、衆議院議員(16期)、自由民主党税制調査会長、同衆議院議員総会長、同国民運動本部長、同商工部会長、保守党党首(第2代)、同幹事長(初代)、自由党幹事長(初代)、新進党政策審議会長(初代)などを歴任。 東京府東京市(現在の東京都)杉並区生まれ。実父は日本大学教授の小立稔であり、筆跡学の創始者ルートヴィヒ・クラーゲスを初めて日本に紹介した哲学者として知られる。
石川 雅己(いしかわ まさみ、1941年〈昭和16年〉2月2… 石川 雅己(いしかわ まさみ、1941年〈昭和16年〉2月22日 - )は、日本の政治家。前東京都千代田区長(5期)。元東京都職員。 東京都文京区小石川生まれ。東京都立北園高等学校、東京都立大学法経学部卒業。 1963年、東京都庁入庁。1975年12月から1980年7月まで千代田区役所企画課長。1995年6月より東京都港湾局長、1996年7月より東京都福祉局長。1999年5月に東京都庁を退職し、同年6月から2000年12月までは首都高速道路公団理事を務めた。 2001年(平成13年)千代田区長選挙に無所属で出馬し、以後4回連続当選。2013年2月の千代田区長選では、それまでの区長選では石川を支援してきた自由民主党・公明党が、石川の下で副区長を務めた大山恭司を擁立。
澤 光代(さわ みつよ、1941年2月11日 - )は、日本… 澤 光代(さわ みつよ、1941年2月11日 - )は、日本の政治家。元神奈川県逗子市長(1期)。 現在の東京都新宿区出身。1963年、聖心女子大学文学部英文学科卒。貿易会社に勤務し、その後、結婚し、逗子市に住む。1982年、在日米軍施設である池子弾薬庫跡地への住宅建設計画が公表され、2年後の1984年、計画受け入れを表明した逗子市長三島虎好に対するリコール運動に参加、市民団体の運営委員長となった。その後、逗子市議会議員となる。 1992年、逗子市長富野暉一郎が10月の市長選挙に不出馬を表明、池子弾薬庫跡地への米軍住宅建設反対派から逗子市議だった澤が推される形で立候補し、当選し、芦屋市長北村春江に次ぐ全国で二人目の女性市長となった。
笹山 登生(ささやま たつお、1941年〈昭和16年〉2月8… 笹山 登生(ささやま たつお、1941年〈昭和16年〉2月8日 - )は、日本の政治家。 農林水産政務次官(竹下改造内閣)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、同労働委員長、衆議院議員(5期)などを歴任。 埼玉県浦和市常磐町生まれ。1964年に慶應義塾大学経済学部を卒業すると農林中央金庫へ就職。1977年に退職し、衆議院議員秘書を務めた後、父・笹山茂太郎の地盤を継いで、1979年の第35回衆議院議員総選挙に秋田2区より自由民主党公認で出馬するも落選。それからは衆議院議員伊東正義の秘書を務める。翌1980年の第36回衆議院議員総選挙で初当選し、自民党内では宏池会(鈴木派、後に宮沢派)に所属。
川口 順子(かわぐち よりこ、1941年〈昭和16年〉1月1… 川口 順子(かわぐち よりこ、1941年〈昭和16年〉1月14日 - )は、日本の政治家、通産官僚。明治大学研究・知財戦略機構特任教授・豊田通商株式会社取締役・武蔵野大学客員教授/国際総合研究所フェロー などを務めている。 外務大臣(第128・129代)、環境大臣(初代・第2代)、環境庁長官(第39代)、参議院議員を歴任。 夫は元福岡通産局長の川口融(1963年入省、同期に牧野力らがいる)。 東京都生まれ。1960年、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を卒業。高校の同期には、畔柳信雄(元三菱UFJフィナンシャル・グループ社長)、島村英紀(元国立極地研究所所長)、星出豊(昭和音楽大学教授)、松本元(脳科学者)、横田洋三(国連大学学長特別顧問)、広瀬久美子(元日本放送協会アナウンサー)、藤田宙靖(元最高裁判事)などがいる。
島崎 晃(しまざき あきら、1941年 - )は、イギリスの… 島崎 晃(しまざき あきら、1941年 - )は、イギリスの政治家。ニックネームはJack Bara Caws。西ウェールズの町カーディガンで、2012年から2017年まで町議会議員を務めた。 2017年時点で、日本人として唯一、イギリスの町議会議員を務めていたことで知られる。なお、国籍は2000年以降イギリスである。 1941年、栃木県那須郡佐久山町(現大田原市)に生まれる。実家は造り酒屋であった。大田原市立佐久山小学校、大田原市立佐久山中学校、学習院高等科を経て、学習院大学文学部哲学科でイギリス哲学を専攻する。大学時代は小松茂夫に師事し、大学卒業後、1967年にイングランド南東部コルチェスターに語学留学する。
吉川 春子(よしかわ はるこ、1940年11月26日 - )… 吉川 春子(よしかわ はるこ、1940年11月26日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の元参議院議員(4期)。 2007年2月21日、マイク・ホンダがアメリカ合衆国下院121号決議を成立させる動きに連動し、米議会の公聴会で慰安婦を名乗り証言した李容洙を招いて開催した集会に参加。円より子は「現在、『促進法案(戦時性的強制被害者問題解決促進法案)』が(審議されず)吊るしっぱなしになっている。法案を通過させ被害者の名誉を回復したい。そのために通常国会で審議されるよう努力していく」と述べた。岡崎トミ子は『(被害者の証言は)日本の国会がすべきこと。米国で先に実現し恥ずかしく思う。日本がアジアで尊敬される国になるには戦争加害責任をきちんととって周辺の国々と友好を深めていかなければならない』と述べた。
矢田 美英(やだ よしひで、1940年〈昭和15年〉6月2日… 矢田 美英(やだ よしひで、1940年〈昭和15年〉6月2日 ‐ 2024年〈令和6年〉10月5日)は、日本の政治家。位階勲等は従四位旭日中綬章。元東京都中央区長(8期)。 東京都中央区新富町出身。 中央区立京橋小学校(現在の中央区立京橋築地小学校)、中央区立明正中学校(中央区立第二中学校を経て、中央区立銀座中学校)、東京都立江北高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。大学卒業後はアメリカ合衆国に留学し、ミズーリ州立大学ジャーナリズム学科を卒業する。 帰国後は共同通信社に入社。国際局海外部の報道記者を務める。 1987年(昭和62年)4月、中央区長選に立候補し初当選。その後、連続8期務めた。2001年(平成13年)に特別区長会会長。
中山 恭子(なかやま きょうこ、1940年〈昭和15年〉1月… 中山 恭子(なかやま きょうこ、1940年〈昭和15年〉1月26日 ‐ )は、日本の政治家、大蔵・財務官僚。靖国神社崇敬奉賛会会長。 内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(福田康夫改造内閣)、拉致問題担当大臣(福田康夫改造内閣)、公文書管理担当大臣(福田康夫改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(拉致問題担当)(第1次安倍内閣・第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣・麻生内閣)、参議院議員(2期)、日本のこころ代表、日本のこころを大切にする党代表、次世代の党代表、日本維新の会政策調査会拉致問題対策委員長 、たちあがれ日本参議院幹事長代理などを歴任。この他、内閣官房参与、在ウズベキスタン特命全権大使、国際交流基金常務理事、大蔵省大臣官房参事官兼審議官、大蔵省四国財務局長などを務めた。
戸塚 進也(とつか しんや、1940年(昭和15年)1月2日… 戸塚 進也(とつか しんや、1940年(昭和15年)1月2日 - )は、日本の政治家。財団法人日韓文化交流基金理事。社団法人静岡県茶業会議所理事。 衆議院議員(3期)、参議院議員(2期)、掛川市長(初代)、静岡県議会議員(1期)、(旧)掛川市議会議員(1期)を歴任。 静岡県静岡市両替町に生まれる。徳島県をはじめとする各県の知事、衆議院議員を務めた戸塚九一郎は叔父。 玉川学園の小学部から高等部まで籍を置き続け、高等部を卒業して1年後の1959年4月に通商産業省職員となって軽工業局に勤務。通産省を2年で退官して株式会社平喜百貨店(現・株式会社平喜)に転職し、会社員をしながら1963年3月に日本大学法学部第二部法律学科を卒業。
保坂 三蔵(ほさか さんぞう、1939年5月15日 - )は… 保坂 三蔵(ほさか さんぞう、1939年5月15日 - )は、日本の政治家。
内田 茂(うちだ しげる、1939年〈昭和14年〉3月15日… 内田 茂(うちだ しげる、1939年〈昭和14年〉3月15日 - 2022年〈令和4年〉12月21日)は、日本の政治家。 東京都議会議員(7期)、東京都議会議長、千代田区議会議員(4期)、千代田区議会議長、自由民主党東京都連幹事長、同東京都連最高顧問などを歴任した。娘婿は千代田区議会議員の内田直之。 東京都千代田区神田淡路町に生まれた。4人兄弟の長男である。親の職業は、野菜の行商と鮮魚売り、額縁職人と諸説ある。千代田区立一橋中学校(現:千代田区立神田一橋中学校)卒業。 1956年、東京都立九段高等学校中退。中退した理由は「先生をぶん殴ったため」とも言われる。高校中退後は、テキヤに出入りしたり、電気店で働いたり、喫茶店の店番をしたり、雀荘を経営したり、元外務大臣の鳩山威一郎(鳩山由紀夫・鳩山邦夫の父)の下足番になったりした。
浜田 博(はまだ ひろし、1939年(昭和14年)2月5日 … 浜田 博(はまだ ひろし、1939年(昭和14年)2月5日 - )は、日本の政治家。立憲民主党大分県連顧問。2003年4月より2015年4月まで別府市長を務めた。
櫻田 昭正(さくらだ あきまさ、1939年 - )は、日本の… 櫻田 昭正(さくらだ あきまさ、1939年 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。東京都三宅村長。 東京都三宅村出身。日本大学文理学部卒業。 公立中学校教諭、都教育庁三宅出張所嘱託員を経て、2006年7月から2012年2月まで約6年半、村教育長を務めた。 2012年(平成24年)村長選で現職の平野村長を破り当選 ※当日有権者数:当日有権者数人 最終投票率:最終投票率%(前回比:前回比pts) 2025年(令和7年)春の叙勲で旭日双光章を受章した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
愛知 和男(あいち かずお、1937年〈昭和12年〉7月20… 愛知 和男(あいち かずお、1937年〈昭和12年〉7月20日 - 2024年〈令和6年〉5月3日)は、日本の政治家。旧姓は中田。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 衆議院議員(9期)、防衛庁長官(第54代)、環境庁長官(第25代)、新進党政策審議会長(第2代)等を歴任した。 富山県知事を務めた中田幸吉はおじ。義父・愛知揆一は、自民党衆議院議員で大蔵大臣や外務大臣、内閣官房長官などを歴任した。次男・愛知治郎は元・参議院議員。 東京府(現東京都)出身。東京都立日比谷高等学校卒業を経て、1961年、東京大学法学部を卒業し、日本鋼管(現・JFEスチール、JFEエンジニアリング)に入社。1968年から1972年までニューヨーク事務所に駐在。
小沢 遼子(小澤遼子、おざわ りょうこ、1937年〈昭和12… 小沢 遼子(小澤遼子、おざわ りょうこ、1937年〈昭和12年〉5月4日 - )は、日本の政治家、評論家。 地方議員時代には浦和市議会議員を3期、埼玉県議会議員を1期務めた。 東京都出身。埼玉県立浦和第一女子高等学校、療養生活を経た後に法政大学社会学部心理学科卒。学生時代は学生運動に明け暮れていた。後の平凡パンチのインタビュー[要文献特定詳細情報]で法政大学に入学した理由を「病み上がりだったので入学しやすく、卒業しやすいところを選んだ。」と語っている。卒業後、広告代理店、出版社勤務を経て、1967年、当時継続していたベトナム戦争に異議を唱えるため、ベトナムに平和を! 埼玉市民連合結成、自ら代表としてベトナム反戦運動を展開。
森田 次夫(もりた つぐお、1937年4月11日 - 202… 森田 次夫(もりた つぐお、1937年4月11日 - 2020年4月2日)は、日本の政治家、元参議院議員(1期)。 東京都出身。1956年東京都立第四商業高等学校卒。1957年日本遺族会に入り、同事務局長を経て、1994年専務理事になる。1998年の第18回参議院議員通常選挙で自民党から比例区に立候補して当選。2000年日本遺族会副会長に就任。2002年の第1次小泉第1次改造内閣で厚生労働政務官に就任。2004年の第20回参議院議員通常選挙に立候補せず政界から引退。2006年に靖国神社総代に就任。 2012年から日本遺族会の会長代行を務めた。 2020年4月2日、膵臓がんのため、東京都内で死去。
久野 統一郎(くの とういちろう、1937年4月2日 - 2… 久野 統一郎(くの とういちろう、1937年4月2日 - 2020年1月8日)は、日本の政治家。位階は従四位。旭日重光章受章。 衆議院議員(3期)、国土政務次官、自治政務次官、自由民主党副幹事長。父は郵政大臣、衆議院議員を務めた久野忠治。 愛知県知多市に生まれる。東海中学校・高等学校から早稲田高等学院に転校。早稲田大学理工学部土木工学科卒業。 大学卒業後は日本鋪道(現NIPPO)、日本道路公団などに勤務し、高速道路などの道路工事の現場責任者として活躍する。竹下登の中部地区担当の私設秘書を務めた。 1990年2月18日に行われた第39回衆議院議員総選挙に、政界引退を表明した父忠冶の後継者として、自民党公認で旧愛知2区から立候補。
河野 洋平(こうの ようへい、1937年〈昭和12年〉1月1… 河野 洋平(こうの ようへい、1937年〈昭和12年〉1月15日 - )は、日本の政治家。 衆議院議長(第71・72代)、副総理(村山内閣・村山改造内閣)、外務大臣(第118・123-125代)、内閣官房長官(第55代)、科学技術庁長官(第39代)、原子力委員会委員長(第39代)、衆議院議員(14期)、自由民主党総裁(第16代)、新自由クラブ代表(初代・第3代)を歴任。 2003年(平成15年)から2009年(平成21年)まで日本憲政史上最長(当時)の期間にわたって衆議院議長を務めた。 自由民主党では初となる、総裁に就任したものの内閣総理大臣(首相)を経験できなかった人物である。結党から2026年(令和8年)4月8日(水)現在にいたるまでこの事例となった人物は河野と谷垣禎一の2名のみである。
大久保 直彦(おおくぼ なおひこ、1936年(昭和11年)4… 大久保 直彦(おおくぼ なおひこ、1936年(昭和11年)4月10日 - 2014年(平成26年)5月25日)は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、公明党国会対策委員長、公明党書記長、参議院議員(1期)、公明党参議院議員団長、公明副代表などを歴任。 1936年4月10日、現在の東京都千代田区に生まれる。國學院大學久我山高等学校を経て、1959年(昭和34年)早稲田大学政治経済学部を卒業後、証券会社勤務を経て聖教新聞社に入社。民主音楽協会常務理事を歴任し、公明党員となる。 1969年(昭和44年)12月27日、第32回衆議院議員総選挙に旧東京4区から立候補して初当選した。以降、衆議院議員に連続7選。
山花 貞夫(やまはな さだお、1936年〈昭和11年〉2月2… 山花 貞夫(やまはな さだお、1936年〈昭和11年〉2月26日 - 1999年〈平成11年〉7月14日)は、日本の政治家、弁護士。 政治改革担当大臣(細川内閣)、衆議院懲罰委員長、衆議院議員(8期)、民主党選挙対策委員長(初代)、日本社会党委員長(第12代)、日本社会党書記長(第12代)などを歴任。 父は日本社会党副委員長、衆議院議員、参議院議員などを務めた山花秀雄。長男は衆議院議員を務めた山花郁夫。 東京都出身。早稲田中学校・高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。22歳で司法試験に合格し、司法修習第13期を修了。司法修習の同期には堀田力、横山昭二、一井淳治らがいる。1961年に弁護士登録し、日本労働組合総評議会(総評)弁護団に加わっていた。
中原 爽(なかはら そう、1936年(昭和11年)1月26日… 中原 爽(なかはら そう、1936年(昭和11年)1月26日 - 2022年(令和4年)9月21日)は、日本の政治家、医師、歯科医師。 参議院議員(2期)、日本歯科医師会会長を務めた。 東京都出身。獨協高等学校卒業、日本歯科大学卒業、同大学院修了し、1964年歯学博士。論文の題は「オリゴジナミー作用に対する感受性菌に就いての研究」。日本大学医学部卒業し、医師になる。 日本歯科大学の理事長や学長、日本歯科医師会会長を経て1995年、第17回参議院議員通常選挙において自由民主党の比例区候補として出馬し初当選。派閥は平成研究会に所属した。 2000年7月、第2次森内閣で総理府政務次官を務める。 2001年、第19回参議院議員通常選挙で再選。
清水 嘉与子(しみず かよこ、1935年〈昭和10年〉11月… 清水 嘉与子(しみず かよこ、1935年〈昭和10年〉11月9日 - )は、日本の政治家、看護師。環境庁長官(第37・38代)、参議院議員(3期)などを歴任した。 東京都立北園高等学校、東京大学医学部衛生看護学科卒業。看護婦として、関東逓信病院看護部看護婦長、東京大学医学部教官、厚生省医務局看護課長などを務めた。 1989年の第15回参議院議員通常選挙に自民党公認、日本看護協会・日本看護連盟の推薦(石本茂の後継)を受けて参議院比例区から出馬し、初当選。連続当選3回。党内では清和会に所属。労働政務次官・参議院文教委員長などを経て、1999年小渕改造内閣に環境庁長官として初入閣。翌年発足した第1次森内閣でも再任された。
笹川 堯(ささがわ たかし、新字体:笹川 尭、1935年〈昭… 笹川 堯(ささがわ たかし、新字体:笹川 尭、1935年〈昭和10年〉10月5日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、国務大臣(総合科学技術会議担当)、科学技術政策担当大臣、衆議院議院運営委員長(第68代)、自由民主党総務会長(第47代)、自由民主党群馬県連会長などを歴任した。現在は、求人代行、アウトソーシング会社の株式会社Hitotechnologyの名誉会長に就任。 父は元衆議院議員で日本船舶振興会創設者の笹川良一。弟は日本財団会長の笹川陽平。三男に衆議院議員の笹川博義。 東京都文京区生まれ。明治大学付属中野高等学校卒業。明治大学法学部に進学するも1956年に中退。1954年より全国モーターボート競走会に勤務。
細渕 一男(ほそぶち かずお、1935年(昭和10年)8月1… 細渕 一男(ほそぶち かずお、1935年(昭和10年)8月16日 - 2024年(令和6年)11月15日)は、日本の政治家。元東京都東村山市長(3期)。 東京府北多摩郡東村山村(のち東村山町、現・東村山市)生まれ。東京都立小金井高等学校卒。会社社長、市商工会長、青年会議所副理事長、ロータリークラブ会長(1989年〈平成元年〉~1990年〈平成2年〉)、市総合計画審議会委員を経て、1995年〈平成7年〉の市長選挙に立候補し、初当選する。1999年〈平成11年〉に再選、2003年〈平成15年〉に三選した。2006年〈平成18年〉5月から2007年〈平成19年〉4月まで東京都市長会会長。市長は3期務め、2007年〈平成19年〉に退任した。