小林 雄剛(こばやし ゆうごう、1991年10月20日 - … 小林 雄剛(こばやし ゆうごう、1991年10月20日 - )は、群馬県出身のサッカー選手。ポジションはFW。 静岡学園高等学校出身。高校卒業後はサッカーから2年間離れたものの、ザスパ草津チャレンジャーズに加入し、サッカーを再開した。その後、HBO東京から東南アジアでプロとなった選手がいるとの情報を得て、同クラブに加入。 2014年夏にHBO東京からマニラ・オールジャパンに移籍。UEL FAカップでは9得点をあげて、同杯で得点ランキング2位、うち6点をドルフィン・ユナイテッドFCからあげた。UFLカップでも6得点をあげた。 2015年にタイ・ディヴィジョン1リーグのソンクラー・ユナイテッドFCに移籍。
小川 大貴(おがわ だいき、1991年10月16日 - )は… 小川 大貴(おがわ だいき、1991年10月16日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・松本山雅FC所属。ポジションはDF。 2014年にジュビロ磐田に入団。同年10月26日に行われたJ2第38節・京都サンガF.C.戦でJリーグデビュー。 2016年4月24日に行われたJ1 1stステージ第8節・サガン鳥栖戦でJ1初出場を果たしたが、同年6月に右膝前十字靭帯損傷、半月板損傷の負傷。トレーニング合流まで約6か月の診断を受け、シーズンを通した活躍は出来なかった。 2018年4月21日、J1第9節・ベガルタ仙台戦でJリーグ初得点となる強烈なミドルシュートを叩き込み、チームの勝利に貢献した。
安東 大介(あんどう だいすけ、1991年7月18日 - )… 安東 大介(あんどう だいすけ、1991年7月18日 - )は静岡県出身のサッカー選手。ポジションはFW。 2009年、藤枝明誠高校3年時に第20回全日本ユースサッカー選手権に出場し、第一試合の星稜高校戦でゴールを挙げた。同大会が藤枝明誠高校サッカー部の全国大会初出場であり、記念すべき初ゴールとなった。同年12月、高校サッカー選手権 静岡予選の決勝でU-18日本代表MF・風間宏希率いる清水商業高校を破り、高校サッカー選手権に初出場。同大会の二回戦で常連校の国見高校を破るなどしてベスト8に進出した。 藤枝明誠高校卒業後、愛知学院大学へ進学。2013年、同大学8年ぶりのインカレとなる第62回インカレに出場。
小野寺 建人(おのでら けんと、1991年7月6日 - )は… 小野寺 建人(おのでら けんと、1991年7月6日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 常葉学園橘高校を経て、浜松大学(現常葉大学)へ進学。3年時、東海学生サッカーリーグ戦1部でベストイレブンに選出された。 2014年より、大学で同期の徳武正之と共にツエーゲン金沢へ入団。 2015年はHonda FCに期限付き移籍。 2015年をもって現役を引退。
笹垣 拓也(ささがき たくや、1991年6月1日 - )は、… 笹垣 拓也(ささがき たくや、1991年6月1日 - )は、静岡県磐田市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。兄は元愛媛FCの笹垣亮介。 高校時代はスピードを活かしたドリブル突破を武器としているFWであったが、Jリーグ・ロアッソ熊本に加入すると同時に左サイドバックへとコンバートされた。 開幕戦でベンチ入りするなど期待値の高さはあったが、その後はベンチ入りの機会がなく、わずか1年でロアッソ熊本を退団し、大学へ進学した。 2014年8月15日、藤枝MYFCへの加入が発表された。 2016年2月、現役引退が発表された。
石田 みなみ(いしだ みなみ、1991年5月14日 - )は… 石田 みなみ(いしだ みなみ、1991年5月14日 - )は、静岡県御殿場市出身の元女子サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 兄の影響でサッカーを始め、常葉学園橘中学・高校で6年間を過ごす。中学時代はフォワードだったが代表ではディフェンダーに登録され、以降サイドのポジションでプレーするようになる。 早稲田大学に進学し、1年時のインカレでは決勝戦に出場し優勝を経験した。 2014年、Jリーグ・藤枝MYFCが設立したルクレMYFCに加入した。 2015年、ノジマステラ神奈川相模原に移籍。 2017年、クラブの副キャプテンに就任。 2023年6月6日、2022-23シーズンをもって引退することを発表した。
大石 健太(おおいし けんた、1991年5月12日 - )は… 大石 健太(おおいし けんた、1991年5月12日 - )は、静岡県磐田市出身のサッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー(GK)。 ジュビロ磐田の下部組織出身。駒澤大学の4年時、関東大学サッカーリーグ戦2部でベストイレブンに選出される活躍を見せ、チームの1部復帰に貢献した。 2014年より、藤枝MYFCへ入団。
竹内 涼(たけうち りょう、1991年3月8日 - )は、静… 竹内 涼(たけうち りょう、1991年3月8日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ファジアーノ岡山所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 中学時には全国中学校サッカー大会で優勝を経験した。浜松開誠館高等学校では清水に所属した元プロサッカー選手の青嶋文明の指導を受けた。高校時はU-17、18代表に選出されている。2009年に清水エスパルスに入団した。静岡県出身選手の高卒入団は2005年の平岡康裕以来である。 2011年10月8日の天皇杯2回戦・東海社会人リーグ1部に所属するFC岐阜SECOND戦にスタメンとして起用され公式戦に初出場し、1得点を記録した。10月15日の第29節ヴィッセル神戸戦でもスタメンとしてJリーグ初出場を果たした。
金札 杏(かねふだ あんず、1990年11月12日 - )は… 金札 杏(かねふだ あんず、1990年11月12日 - )は、静岡県浜松市出身の女子サッカー選手。ポジションはDF。日本女子サッカーリーグ・静岡SSUアスレジーナ所属。 中学生時代はHonda FCの女子部門であるホンダFCレディースに所属。中学2年時、静岡県女子ユースU-15選抜に選出された。AC長野パルセイロ・レディースでチームメイトであった池ヶ谷夏美とは同い年で、当時の静岡県選抜のチームメイトでもあった。 2005年のホンダFCレディース解散後は藤枝順心ジュニアユースを経て藤枝順心高等学校に進学し、同校のサッカー部に入部。2006年の第15回全日本高等学校女子サッカー選手権大会では優勝を果たす。
上田 祐輔(うえだ ゆうすけ、1990年10月20日 - )… 上田 祐輔(うえだ ゆうすけ、1990年10月20日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。カンボジア・リーグ・アルビレックス新潟プノンペン所属。ポジションは、フォワード。 吉備国際大学を経て、2013年より佐川印刷SCへ入団。シーズン終了後、1年で退団した。 2014年、アルビレックス新潟シンガポールへ移籍。同年5月、アルビレックス新潟プノンペンへ移籍。
石間 寛人(いしま ひろと、1990年10月3日 - )は、… 石間 寛人(いしま ひろと、1990年10月3日 - )は、静岡県袋井市出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。
前田 陽平(まえだ ようへい、1990年5月19日 - )は… 前田 陽平(まえだ ようへい、1990年5月19日 - )は、静岡県出身のサッカー選手で、ポジションはMF。
高橋 真登(たかはし まなと、1990年4月7日 - )は、… 高橋 真登(たかはし まなと、1990年4月7日 - )は、静岡県静岡市清水区出身の元サッカー選手。ポジションは、フォワード。 小学校2年生からサッカーを始め、清水FCに所属した。中学時代は、清水エスパルスジュニアユースに所属、清水東高校に進学し、父親でもある高橋良郎監督のもと、同校のサッカー部に所属。3年時には選手権県ベスト8。同期に栗山直樹が同校のキャプテンを務めていた。 明治学院大学を卒業後、練習生を経て2013年より藤枝MYFCへ入団。同年シーズン終了後、退団した。 2015年、トライアウトを経てSリーグのホウガン・ユナイテッドFCに入団した。同年シーズン途中にケガ、契約解除、退団した。
吉田 豊(よしだ ゆたか、1990年2月17日 - )は、静… 吉田 豊(よしだ ゆたか、1990年2月17日 - )は、静岡県富士宮市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・清水エスパルス所属。ポジションはディフェンダー(左右サイドバック)。 中学時代は富士宮市立富士根南中学校に通い、ジュニアユースのクラブチームであるリベルダージFCでプレー。進学した静岡学園高校では主に左ミッドフィールダーをポジションとしていた。2年時に高円宮杯ベスト16、高校サッカー選手権大会ベスト8、3年時に高円宮杯ベスト16を記録している。高校時代はU-17日本代表にも選出された。このチームでは左サイドバックとして起用され韓国で開催されたFIFA U-17ワールドカップ全3試合にフル出場した。
佐藤 将也(さとう まさや、1990年2月10日 - )は、… 佐藤 将也(さとう まさや、1990年2月10日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。ポジションはDFやMF。 小学校4年生でサッカーを始めた が、中学校時代まではサッカーでは全く無名であった。なお、兼部で所属していた陸上部では県大会まで進んでいる。浜名高校に進学後才能を開花させ、県選抜やU-18日本代表候補に選ばれるまでに成長した。 名古屋のほか4チームの練習に参加したが、「自分が成長できる場所」という理由で名古屋への入団を決意する。2008年1月13日、ユースから昇格した花井聖とともに入団会見を行った。 2008年5月31日のナビスコカップ京都サンガF.C.戦に、ボランチの先発で初出場。リーグ戦とカップ戦を合わせても、出場はこの1試合に留まった。
原田開(はらだ かい、1990年2月2日 - )は、静岡県出… 原田開(はらだ かい、1990年2月2日 - )は、静岡県出身のサッカー選手である。JFL・Honda FC所属。ポジションはMF。
石神 幸征(いしがみ こうせい、1990年1月11日 - )… 石神 幸征(いしがみ こうせい、1990年1月11日 - )は、日本のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー、ディフェンダー。 元日本代表の石神良訓を叔父に持ち、父親、兄もサッカー選手だった一家で生まれ育った。体が大きくなった中学の頃から守備的ポジションでプレーするようになる。藤枝東高校では2007年の全国高校選手権で準優勝し、大会優秀選手に選ばれた。 筑波大学を経て、2012年より水戸ホーリーホックに入団。2014年に右足首の多発性関節炎で手術し2015年に復帰したが、2016年シーズン限りで契約満了。 Jリーグ合同トライアウトに参加した後、ガイナーレ鳥取に加入。2017年シーズン限りで現役を引退。
村松 大輔(むらまつ たいすけ、1989年12月16日 - … 村松 大輔(むらまつ たいすけ、1989年12月16日 - )は、静岡県焼津市出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF。 第86回全国高校サッカー選手権大会で藤枝東高校の一員として準優勝に貢献し、大会優秀選手にも選ばれた。卒業後は日本フットボールリーグ所属のHonda FCに入団した。当時アマチュア体制であったHonda FC所属中、試合のない日は、午前中に本田技研工業浜松製作所に勤務(村松は自動車用部品のギア製造ラインを担当)し、午後からトレーニングという日々を送っていた。(なお、他のHonda FC所属選手も同様の生活を送っている。)その最中、U-19日本代表に選出され、FIFA U-20ワールドカップのアジア最終予選で全試合にレギュラーとして出場した。
前迫 雅人(まえさこ まさと、1989年11月23日 - )… 前迫 雅人(まえさこ まさと、1989年11月23日 - )は、静岡県出身のサッカー指導者。日本サッカー協会公認B級コーチライセンスを有する。 静岡県で生まれ育ち、静岡県立韮山高等学校サッカー部ではセンターバックとしてプレー。プロに憧れるも自身の選手としての実力を悟り、高校卒業後は普通に勉強し就職したいと立教大学へ進学する。しかしサッカーに関わりたい思いを断てず、同大学体育会サッカー部に学生コーチとして入部。そこで分析の重要性や将来性を知り、学生コーチ兼分析担当として指導者の道を歩み始める。大学サッカー部の活動と並行して日本サッカー協会の指導者養成講習会に補助学生として参加し、またアルバイトで大宮アルディージャサッカースクールにてアシスタントコーチを務め、指導・分析スキルを磨く。
山本 康裕(やまもと こうすけ、1989年10月29日 - … 山本 康裕(やまもと こうすけ、1989年10月29日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・松本山雅FC所属。ポジションはミッドフィールダー。 父親は野球をしていたが、Jリーグが開幕した頃だったことから身近だったサッカーを始める。中学時からジュビロ磐田の育成部門に所属し、高校2年生時でトップチームにデビュー。16歳と11ヶ月24日でのトップチーム出場は磐田史上最年少の出場記録であった(2023年4月に川合徳孟が更新)。プロ初出場の大分戦、2試合目となったFC東京戦はどちらも一人少ない状況での途中出場であったが、トップの選手たちに劣らない落ち着いたプレーを披露するなど、強心臓ぶりを遺憾なく発揮した。
大石 治寿(おおいし つぐとし、1989年9月25日 - )… 大石 治寿(おおいし つぐとし、1989年9月25日 - )は、神奈川県横浜市出身で秦野市育ちの元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 J3リーグ最多得点記録保持者(2025シーズン終了時点)。 2009年8月に神奈川大学を中退して、当時JFLに所属していたFC刈谷に加入した。FC刈谷が東海リーグに降格した後もチームに残留した。 2014年、FC刈谷元監督の加藤知弘がコーチを務める藤枝MYFCに入団。2014年3月30日のJ3リーグ第4節・AC長野パルセイロ戦で初先発すると、いきなり4得点を挙げハットトリックを達成。その後も得点を量産し、17得点で同年の得点ランキング2位となる。 2016年より栃木SCに完全移籍で加入。
押谷 祐樹(おしたに ゆうき、1989年9月23日 - )は… 押谷 祐樹(おしたに ゆうき、1989年9月23日 - )は、静岡県出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。 2008年に下部組織から磐田に入団後、2009年7月から2011年までFC岐阜に期限付き移籍をし、2012年に磐田に復帰。その後、2013年にファジアーノ岡山に期限付き移籍をし、2014年は、そのまま岡山に完全移籍することが決まった。 岡山でも岐阜時代に引き続いてストライカーとしての活躍を見せ、前述の完全移籍加入が決定した2014年シーズンには自身初となる2桁得点を達成した。 2016年12月、名古屋グランパスに完全移籍で加入。 2018年7月、徳島ヴォルティスに完全移籍。 2021年、藤枝MYFCへ完全移籍。
須和部 譲(すわべ ゆずる、1989年9月9日 - )は、静… 須和部 譲(すわべ ゆずる、1989年9月9日 - )は、静岡県出身のサッカー指導者。 2002年、その年にサッカー部が創部された浜松開誠館中学校・高等学校へ入学し、高校3年生まで6年間主将を務めた。中学校3年次には全国中学校サッカー大会で優勝した。高校卒業後、阪南大学に進学。大学2年生の時にオーバートレーニングから慢性疲労症候群になり、プレーすることができなくなった。 筑波大学大学院を経て、2015年よりセレッソ大阪の分析担当に就任。2017年からはアシスタントコーチとなった。
河井 陽介(かわい ようすけ、1989年8月4日 - )は、… 河井 陽介(かわい ようすけ、1989年8月4日 - )は、静岡県藤枝市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはMF。 妻は静岡朝日テレビ元アナウンサーの広瀬麻知子。 静岡県藤枝市出身。藤枝市立青島小学校1年の時に青島SSSでサッカーを始める。藤枝市立青島中学校時代は藤枝東FCに所属。高校は静岡の名門・静岡県立藤枝東高等学校に入学した。高校3年時に同期の村松大輔らとともに第86回全国高校サッカー選手権大会に出場、中心メンバーとして準優勝に貢献し、大会優秀選手にも選ばれた。しかし、決勝で大敗を喫した流通経済大学付属柏高等学校の大前元紀との差を痛感した河井は「プロなんて考えなかった。まずは慶應に進学して、将来何をやるか考えようと思った」と、慶應義塾大学法学部政治学科に指定校推薦で進学した。
川俣 慎一郎(かわまた しんいちろう、1989年7月23日 … 川俣 慎一郎(かわまた しんいちろう、1989年7月23日 - )は静岡県御殿場市出身の元サッカー選手である。ポジションはゴールキーパー。 2008年、鹿島アントラーズユースからトップチームに昇格するが、3年間公式戦でのベンチ入りを果たせなかった。2009年、U-20カタール国際親善大会のU-20日本代表に選出され、3位決定戦(対カタール戦)に先発出場。チームの3位入賞に貢献した。 2011年、出場機会を求めてベガルタ仙台へ期限付き移籍。7月17日の第5節・鹿島戦では古巣との試合で公式戦初ベンチ入りを果たす。しかし正GK林卓人、第2GK桜井繁の壁は厚く、この後は天皇杯2回戦・ソニー仙台FC戦でベンチ入りしたのみで、公式戦出場はならなかった。
藤牧 祥吾(ふじまき しょうご、1989年6月13日 - )… 藤牧 祥吾(ふじまき しょうご、1989年6月13日 - )は、三重県出身の元サッカー選手。ポジションはDF、FW。ヴィアティン三重退団を以って現役引退。引退後は地元企業に就職している。
松本 拓也(まつもと たくや、1989年2月6日 - )は、… 松本 拓也(まつもと たくや、1989年2月6日 - )は、静岡県沼津市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー。 2011年、特別指定選手としてプレーしていた湘南ベルマーレに加入するが、新加入のGK西部洋平の活躍もあり、トップチームでの出場機会はなかった。 同年7月、出場機会を求め川崎フロンターレへ期限付き移籍するも、同年限りで期限付き移籍期間満了となり川崎を退団。 2012年、湘南に復帰。この年は阿部伸行、金永基とのポジション争いの結果、ほとんどの試合でのベンチ入りもあったが、リーグ戦・天皇杯はそれぞれ1試合に留まった。 2013年からギラヴァンツ北九州に完全移籍。
薗田 淳(そのだ じゅん、1989年1月23日 - )は、日… 薗田 淳(そのだ じゅん、1989年1月23日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。 静岡県静岡市出身。小学校1年生次から、地元の麻機(あさはた)サッカースポーツ少年団でサッカーを始める。 常葉橘高校では主将を務め、国体選抜やU-17日本代表に選出された経歴を持つ。同級生は久野純弥など。高校卒業後、2007年に川崎フロンターレに入団した。 2007年5月23日、AFCチャンピオンズリーググループリーグ第6節、対バンコク・ユニバーシティFC戦で途中出場し公式戦デビュー。 AFC U-19選手権2008に出場するU-19日本代表に選出される。 2012年、FC町田ゼルビアへ期限付き移籍。
杉浦 恭平(すぎうら きょうへい、1989年〈平成元年〉1月… 杉浦 恭平(すぎうら きょうへい、1989年〈平成元年〉1月11日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ツエーゲン金沢所属。ポジションはフォワード。 静岡学園高等学校時代は國吉貴博と共にプレーし、静学の背番号10を背負って臨んだ第85回全国高等学校サッカー選手権大会では8強まで勝ち進んだ。2007年、川崎フロンターレに加入。2010年、愛媛FCに期限付き移籍し、チーム最多タイとなるリーグ戦35試合に出場した。2011年も移籍期間を延長して愛媛に在籍、10番を背負った。 2012年は川崎に復帰したが、出場は天皇杯1試合のみに終わった。同年1月11日に入籍。 2013年、ヴィッセル神戸に期限付き移籍した。
安間 ム月(あんま むつき、1989年1月10日 - )は、… 安間 ム月(あんま むつき、1989年1月10日 - )は、静岡県浜松市出身の元サッカー選手。
松永 祥兵(まつなが しょうへい、1989年1月7日 - )… 松永 祥兵(まつなが しょうへい、1989年1月7日 - )は、静岡県三島市出身の元プロサッカー選手。ポジションはFW、MF。 小学1年生の頃からサッカーを始め、加藤学園暁秀高校でエースストライカーとして活躍。しかし、チームとしての成績は県選手権ベスト8が最高で全国大会出場歴はなく、高校時代は選手としては無名の存在だった。 高校卒業後の2007年に国士舘大学に進学するも翌年の2008年1月に休学し、ドイツ・ツヴァイテリーガ(2部)・アレマニア・アーヘンの練習に参加。さらに同年3月にはドイツ・ブンデスリーガ(1部)の強豪、シャルケ04スカウトからオファーを受け、同Bチームの練習に参加。練習試合でゴールを上げるなど結果を出し、その実力を認められ2年契約を結ぶに至った。
山田 大記(やまだ ひろき、1988年12月27日 - )は… 山田 大記(やまだ ひろき、1988年12月27日 - )は、静岡県浜松市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。 現在はジュビロ磐田のCROを務める。 静岡県生まれであるが、4歳まで愛知県で過ごす。サッカーの道に進んだのも4歳の時に、ずっと外で遊んでいたのを見た親が幼稚園にあったサッカークラブに入るのを進めたのが、サッカーを始めた切っ掛けであると語っている。5歳のときに静岡に戻り、幼稚園でやっていたヤマ・スポーツクラブのサッカー教室に入る。その後ジュビロ磐田と出会い、ジュビロの下部組織であるジュビロSS浜松に所属、ジュニアユースまで所属し、高校は静岡の名門藤枝東高に進学。
松浦 拓弥(まつうら たくや、1988年12月21日 - )… 松浦 拓弥(まつうら たくや、1988年12月21日 - )は、静岡県浜松市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 少年時代からサッカーでは攻撃的なポジションを務めていた。本人によれば元はパスを得意とする選手だったが、たまたま試合でチャレンジしたドリブル突破がはまったことで足技を磨き、ドリブラーとしての才能を開花させる。また2005年のJFAプリンスリーグU-18東海では得点王になるなどの活躍を見せる。 2007年よりジュビロ磐田に入団。磐田では左右両アウトサイドを学び(ただし起用はもっぱら右)、守備面でも貢献できるようになったことから、2008年になるとポジション争いに割って入り、日本代表の駒野友一と怪我の太田吉彰が不在の間にトップチームでデビューを果たす。
吉崎 清生(よしざき すごう、1988年10月31日 - )… 吉崎 清生(よしざき すごう、1988年10月31日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。
望月 竜次(もちづき りゅうじ、1988年9月6日 - )は… 望月 竜次(もちづき りゅうじ、1988年9月6日 - )は、静岡県焼津市出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 富士常葉大学を経て、2011年より藤枝MYFCへ入団。 2016年シーズンを最後に現役を引退した。
長沢 駿(ながさわ しゅん、1988年8月25日 - )は、… 長沢 駿(ながさわ しゅん、1988年8月25日 - )は、静岡県静岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・京都サンガF.C.所属。ポジションはフォワード(センターフォワード)。 小学生の頃から長身フォワードとして頭角を現し選抜チーム清水FCのストライカーであった。地元の清水エスパルスジュニアユースに入団し、ジュニアユース時代にはフォワードではなくボランチとしてプレーした。ユースの2年時、Jユースサハラカップ2005で優勝し自身は得点王に輝いた。 2007年にトップ昇格するも2010年までの4年間はほとんど出場機会を得られなかった。2011年、ロアッソ熊本に期限付き移籍しリーグ戦8得点を記録。その後は2012年に京都サンガF.C.、2013年に松本山雅FCへ期限付き移籍し出場機会を積んだ。
久野 純弥(くの じゅんや、1988年8月16日 - )は、… 久野 純弥(くの じゅんや、1988年8月16日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。
佐野 克彦(さの かつひこ、1988年4月30日 - )は、… 佐野 克彦(さの かつひこ、1988年4月30日 - )は、日本の警察官、元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。静岡県焼津市出身。
内田 篤人(うちだ あつと、1988年3月27日 - )は、… 内田 篤人(うちだ あつと、1988年3月27日 - )は、静岡県田方郡函南町出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック)。元日本代表。 函南中学校時代は目立った活躍をしていなかったが、高校入学にあたり静岡県中部地区の強豪校を志望し、将来の大学進学も視野に入れ、進学校でもある清水東高等学校に入学。高校へは自宅から1時間半ほどかけて通学していたという。 高校の同級生には多々良敦斗、2学年上には菊岡拓朗や荒田智之がいる。卒業に際しては7-8クラブから興味を示され、2006年に鹿島アントラーズへ加入。 2006年から監督に就任したパウロ・アウトゥオリに高く評価され、Jリーグ開幕戦(対広島)でクラブ史上初となる高卒ルーキーでのスタメン出場を果たし、ドリブルから先制点となるPKを獲得。
石井 健太(いしい けんた、1987年12月8日 - )は、… 石井 健太(いしい けんた、1987年12月8日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー(GK)。 小学校3年生の頃からサッカーを始める。知り合いがアビスパ福岡の前身チームでGKを務めていたためGKを志した。東海大学附属翔洋高校から、東海大学を経て2010年ホンダロックSCへ加入。2012年シーズン終了後にホンダロックSCを退団。2013年シーズンよりカマタマーレ讃岐へ移籍した。讃岐ではJ2リーグ戦5試合に出場するなどした。 2016年シーズンをもって契約満了となり退団、テゲバジャーロ宮崎に移籍。背番号は61。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟した2021年シーズンからは、規定によりトップチーム登録の選手は1番から50番以内の背番号を着用することが義務付けられており、登録選手が51人を超えない限り、それ以上大きな番号を背負うことができず、このシーズンから32に変更。
杉本 真(すぎもと まこと、1987年10月27日 - )は… 杉本 真(すぎもと まこと、1987年10月27日 - )は、長野県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 拓殖大学時代は主将を務め、チームの中心選手として活躍。2009年の関東大学2部リーグではMFながら11得点を挙げ、チームの1部リーグ昇格に貢献した。大学卒業後、栃木SCに練習生として参加。そこでの活躍が認められ、正式に入団が決まった。ちなみに、拓殖大学時代のチームメイト・小野寺達也も同じく栃木に入団している 。 2019年1月、VONDS市原に移籍。 2021年を以て現役を引退。
内田 和志(うちだ かずし、1987年10月9日 - )は、… 内田 和志(うちだ かずし、1987年10月9日 - )は、静岡県静岡市出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。 拓殖大学を経て、2010年より藤枝MYFCへ入団。2015年シーズン限りで現役引退した。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
山本 真希(やまもと まさき、1987年8月24日 - )は… 山本 真希(やまもと まさき、1987年8月24日 - )は、静岡県島田市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。 ジュニアユースから清水エスパルスで育った選手。ユース在籍中の2005年に17歳7カ月13日 でトップデビューを果たした。この記録は、市川大祐の保持していた17歳9ヶ月を約2ヶ月塗り替える清水史上最年少出場記録で、J1全体でも歴代9位の記録であった(記録はいずれも当時)。 各年代の代表で10番を背負い続けており、2005 FIFAワールドユース選手権は飛び級ながら最終候補まで残った。エースとして期待された2007年のFIFA U-20ワールドカップでも2大会連続で最終候補まで残ったが、清水での出場機会が乏しく、ポジションが重なる梅崎司、田中亜土夢、柏木陽介らの台頭もあり、最終選考で外れた。
和田 新吾(わだ しんご、1987年8月7日 - )は、静岡… 和田 新吾(わだ しんご、1987年8月7日 - )は、静岡県浜松市出身の日本の元サッカー選手。ポジションはグランパス時代はMF。2007年シーズン後退団、その後静岡産業大学に進学した。現在は磐田東高校女子サッカー部を率いている
杉山 紫乃(すぎやま しの、1987年6月19日 - )は、… 杉山 紫乃(すぎやま しの、1987年6月19日 - )は、静岡県出身の元女子サッカー選手。 ポジションは、DF。
中村 祐輝(なかむら ゆうき、1987年6月4日 - )は、… 中村 祐輝(なかむら ゆうき、1987年6月4日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロサッカー選手、実業家。 中学2年生時に清水エスパルスのジュニアユースに入団する(同級生には山本真希)も、ユースには昇格できずに静岡県立藤枝東高等学校に進学。2年時には全国高等学校サッカー選手権大会にも出場。赤星貴文は1年先輩にあたる。 卒業後は国士舘大学に進学。在学中にはアルゼンチンに留学し、同校卒業後にルーマニア2部リーグのCFRクライオバに入団。 2012年にはチェコ・ガンブリヌス・リガのFKヴィクトリア・ジジュコフに移籍。 保有権が同チームに残されたまま、スロバキア・2.リーガ(2部)のMSKリマフスカ・ソバタにレンタル移籍するも、サポーターからの人種差別の被害に合うトラブルに見舞われ、9月に帰国した。
杉山 力裕(すぎやま りきひろ、1987年5月1日 - )は… 杉山 力裕(すぎやま りきひろ、1987年5月1日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。 静岡に生まれ、両親の名前から1文字ずつ取って命名された。3歳の時に父親が亡くなり、以後は母親に育てられた。小学生時代は麻機サッカースポーツ少年団に所属していた。この頃の憧れの選手は地元清水エスパルス所属のシジマール・アントニオ・マルチンスで、自宅にポスターを貼っていた他、髪型までまねたと語っている。キューズフットボールクラブを経て2003年に静岡学園高等学校に入学、3年時には主将も務めた。 2005年に川崎フロンターレへ入団。入団から数年は控えとしての日々が続いていたが、2009年9月3日にナビスコカップ準決勝の横浜F・マリノス戦で正GKの川島永嗣が日本代表の遠征で不在だったこともあり公式戦デビューを果たした。
先崎 勝也(せんざき かつや、1987年4月9日 - )は、… 先崎 勝也(せんざき かつや、1987年4月9日 - )は、神奈川県出身の元サッカー選手。ポジションは、MF、DF。
東間 勇気(とうま ゆうき、1987年3月29日 - )は、… 東間 勇気(とうま ゆうき、1987年3月29日 - )は、静岡県浜松市出身のサッカー選手。
守谷 洋祐 (もりや ようすけ、1987年2月2日 - … 守谷 洋祐 (もりや ようすけ、1987年2月2日 - )は、静岡県島田市出身のサッカー選手。静岡県社会人サッカーチーム、チャッキリーズ所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。