新多 了(にった りょう、1975年 - )は、日本の応用言… 新多 了(にった りょう、1975年 - )は、日本の応用言語学者、外国語教育研究者。立教大学外国語教育研究センター教授。 京都市生まれ。上智大学文学部文学科卒業。京セラ株式会社半導体部品事業部本社海外営業部に勤めたのち、英国ウォーリック大学大学院応用言語学研究所において修士号(MA in English Language Studies and Methods, with Distinction)および博士号(PhD in Applied Linguistic)取得。名古屋学院大学外国語学部教授等を経て現職。 第二言語習得の持つ多様性や複雑性を研究する方法として、さまざまなエピステモロジーを通して研究を行う必要性を強調している。
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堤 良一(つつみ りょういち、1972年 - )は、日本の日… 堤 良一(つつみ りょういち、1972年 - )は、日本の日本語学者。岡山大学大学院社会文化科学研究科准教授。 京都府京都市生まれ。大津市育ち。1996年大阪外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科卒業、2003年大阪外国語大学大学院言語社会研究科博士後期課程修了。博士(言語文化学、大阪外国語大学)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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山下 太郎(やました たろう、1961年12月18日 - )… 山下 太郎(やました たろう、1961年12月18日 - )は、西洋古典学者、ラテン語学者。主要な研究対象はウェルギリウス。現北白川幼稚園園長、私塾「山の学校」代表。 京都市生まれ。京都府立鴨沂高等学校を経て、1985年京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科修士課程修了、1990年京都大学大学院文学研究科博士課程退学。京都大学助手、京都工芸繊維大学講師・助教授を務めた後、学校法人北白川学園理事長及び北白川幼稚園園長に就任。
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高田 博行(たかだ ひろゆき、1955年 - )は、日本のド… 高田 博行(たかだ ひろゆき、1955年 - )は、日本のドイツ語学者。学習院大学文学部教授。 京都市生まれ。1977年大阪外国語大学ドイツ語学科卒、79年同大学院修士課程修了、大阪外国語大助手、83年講師、88年助教授、98年教授、1999年関西大学文学部教授、2004年学習院大学文学部教授。 1988年ドイツ語ドイツ文学振興会奨励賞受賞、2011年日本独文学会賞受賞。2015年新書大賞ベストテン。2017年日本翻訳出版文化賞。Germanistik (De Gruyter) 国際編集顧問。Journal of Historical Sociolinguistics (Berlin: De Gruyter Brill) 編集委員。
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木村 英樹(きむら ひでき、1953年 - )は、日本の中国… 木村 英樹(きむら ひでき、1953年 - )は、日本の中国語学者。東京大学名誉教授。 1953年、京都府京都市生まれ。1976年に大阪外国語大学中国語学科を卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程に進学し、1978年に修了。その後は北京語言学院、北京大学に留学した。1982年、東京大学大学院博士課程を単位取得退学。 その後は金沢大学文学部助教授に就いた。1986年に神戸大学教養部助教授となり、1992年より国際文化学部助教授。1996年東京大学総合文化研究科助教授を経て、1999年より同人文社会系研究科教授に昇進。2012年に学位論文『中国語文法の意味とかたち 「虚」的意味の形態化と構造化に関する研究』を東京大学に提出して文学博士号を取得。
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瀬戸 賢一(せと けんいち、1951年4月20日 - )は、… 瀬戸 賢一(せと けんいち、1951年4月20日 - )は、日本の言語学者・英語学者、大阪市立大学名誉教授、佛教大学文学部英米学科教授。 京都市生まれ。大阪市立大学文学研究科後期博士課程単位取得。1999年「空間のメタファー研究」で大阪市大文学博士。大阪経済大学講師、1987年大阪市立大学文学部助教授、文学研究科教授。2016年定年退任、名誉教授、佛教大学文学部英米学科教授。専門は英語学・レトリック。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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油谷 幸利(ゆたに ゆきとし、1949年11月28日 - )… 油谷 幸利(ゆたに ゆきとし、1949年11月28日 - )は、日本の朝鮮語学者。同志社大学言語文化教育センター教授。文学修士。 京都府京都市出身。京都大学文学研究科修了。天理大学外国語学部助教授、富山大学人文学部助教授、愛知教育大学教育学部教授などを歴任した後、1997年に現職である同志社大学言語文化教育研究センターに教授として就任。研究分野は朝鮮語および朝鮮語情報処理。 NHKラジオ・ハングル講座講師や大学入試センター韓国語部会部会長なども務める。 2004年に大韓民国文化観光部からハングル発展有功者褒章を受賞するなど、日本における朝鮮語学の権威の一人と言える。
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西山 正容(にしやま まさやす、1942年6月4日 - )は… 西山 正容(にしやま まさやす、1942年6月4日 - )は、英語学者、英文学者。シェイクスピア文学等が専門。博士(文学)。皇學館大学名誉教授。
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江口 一久(えぐち かずひさ、1942年1月15日 - 20… 江口 一久(えぐち かずひさ、1942年1月15日 - 2008年6月13日)は、日本の民族学者・言語学者。専攻は言語民族学。国立民族学博物館名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。 京都府京都市出身。1965年京都大学文学部言語学科卒業。 1967年京都大学大学院文学研究科修士課程修了。1971年京都大学大学院文学研究科博士課程中退。1974年より国立民族学博物館に勤務し始める。同助手、同助教授、同教授を務め、西アフリカ(主にカメルーン)やフルベ族を中心に研究活動を進めるかたわら、江口自らが村長務める「地球おはなし村」という朗読・音楽活動も行った。2005年3月末をもって国立民族学博物館を定年退職し、同名誉教授。
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内記良一(ないき りょういち、1933年-1994年7月7日… 内記良一(ないき りょういち、1933年-1994年7月7日)は、日本のアラビア語学者。 京都市出身。大阪外国語大学アラビア語学科卒業。京都大学大学院文学研究科言語学専攻修士課程修了。東京外国語大学アラビア語学科助教授、教授を務めた。在職中に死去。
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玉村 文郎(たまむら ふみお、1931年(昭和6年)1月 -… 玉村 文郎(たまむら ふみお、1931年(昭和6年)1月 - )は、日本の言語学者・日本語学者。同志社大学名誉教授。 京都府京都市生まれ。1951年大阪外事専門学校フランス科卒業、1953年大阪外国語大学フランス語科卒業、1957年京都大学大学院言語学専攻修了。1955年京都府立高等学校教諭、1968年大阪外国語大学講師、71年同助教授、1974年同志社大学文学部助教授、82年同教授。この間、京都大学、大阪大学・同大学院、京都府立大学、龍谷大学、仏教大学、国立国語研究所等に出講。2001年定年、同志社大学名誉教授。2002年「日本語語彙の研究」で龍谷大学博士(文学)。 日本語教育学会理事・編集委員長・副会長、新村出記念財団代表理事、京都国際文化協会理事などを歴任した。
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渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 201… 渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 2019年12月6日)は、日本の国語学者・国文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 京都市生まれ。1948年、京都大学文学部卒業。1962年、「国語構文論」で文学博士(京都大学)。大阪女子大学助教授、京都大学教養部助教授、教授、1985年退官、名誉教授、上智大学教授、1997年退任。1991年6月から3年間、国語学会代表理事を務めた。 2019年12月6日20時56分、肺炎のため、神奈川県藤沢市の病院で死去。93歳没。
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堀井 令以知(ほりい れいいち、1925年11月5日 - 2… 堀井 令以知(ほりい れいいち、1925年11月5日 - 2013年3月10日)は、日本の日本語学者・言語学者。関西外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。父は兄の印刷所に勤め、1936年に独立して堀井欧文印刷所を経営していた。京言葉を中心に、語源の研究や言語比較など幅広く研究活動をおこなった。ドラマなどでの京言葉指導、御所言葉指導も数多く手がける。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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寿岳 章子(じゅがく あきこ、1924年1月2日 - 200… 寿岳 章子(じゅがく あきこ、1924年1月2日 - 2005年7月13日)は、日本の国語学者・エッセイスト・社会活動家。 寿岳文章・寿岳しづ夫妻の長女として京都府に生まれる。弟は天文学者の寿岳潤。 旧制京都府立第一高等女学校、旧制京都府立女子専門学校を経て、1946年(昭和21年)に東北帝国大学法文学部を卒業、京都大学大学院へ進学。京都府立大学助教授、教授として同大学に36年間勤務。 墓所は南禅寺慈氏院。 寿岳の研究業績としては、室町時代の口語資料である抄物の研究が挙げられる。寿岳は抄物の語句や文章形態や文法構造について、抄物を語った人物の声として捉えようとした。あくまでも生きた人間の言葉に目を向け、抄物それ自体の言葉に深く切り込んで、その性格を解明して資料性を保証したのである。
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竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 19… 竹岡 正夫(たけおか まさお、1919年9月20日 - 1985年12月10日)は、日本の国文学者・国語学者。香川大学名誉教授。 京都府亀岡市出身。京都府師範学校、東京高等師範学校卒、1945年9月東京文理科大学国文科卒。1967年「富士谷成章の学説についての研究」で東京教育大学文学博士。 京都府第三中学校教諭、京都府立亀岡高等学校教諭、香川大学学芸学部助教授、1969年教育学部教授、1982年定年退官、名誉教授、大谷女子大学教授。子に考古学者の竹岡俊樹がいる。
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阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1… 阪倉 篤義(さかくら あつよし、1917年5月23日 - 1994年10月22日)は、日本の国文学者・国語学者。文学博士(京都大学・論文博士・1962年)。京都大学名誉教授。 京都府京都市出身。父は漢学者の阪倉篤太郎。 1941年京都帝国大学文学部国文科卒業。1943年入隊、長沙市にて終戦を迎える。1946年6月に復員、11月に中村憲吉の三女始子と結婚。 1949年京都大学教養部助教授、1962年「語構成の研究」で京大より文学博士の学位を取得。1963年教授、1981年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授。 1991年秋、勲三等旭日中綬章受章。 1994年脳動脈瘤破裂、心機能低下により京都市西京区の病院で死去。
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真下 三郎(ましも さぶろう、1907年1月15日 - 20… 真下 三郎(ましも さぶろう、1907年1月15日 - 2007年3月7日)は、日本の国語学者、広島大学名誉教授。専攻は近世文学・国語学。女性語について研究した。 京都府京都市出身。1933年、東京帝国大学国語国文学科卒。広島文理科大学助教授、広島大学教授。1971年、定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授。 2007年3月7日、慢性腎不全のため死去。100歳没。 真下は多彩な文献から多くの用例を収集し、そこから言語体系を抽出するよりも、個々の用例そのものを検討した。言語体系の抽出が現代言語学の要件だとすれば、一見すると真下は古いタイプの国語学者のように思えるが、そもそも真下が研究活動に従事していた当時は、ソシュールを批判した時枝誠記の言語過程説が強い影響力を持っていた時期でもあることから、真下が体系の抽出ではなく個々の用例に目を向けたのは、差異や体系に言語の本質を求めるソシュールへの批判が込められていたとされる。
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新村 猛(しんむら たけし、1905年(明治38年)8月2日… 新村 猛(しんむら たけし、1905年(明治38年)8月2日 - 1992年(平成4年)10月31日)は、日本のフランス文学者・言語学者・国語辞書編纂者。名古屋大学名誉教授。元橘女子大学学長。 新村出の次男。息子新村徹は中国文学者(妻は中井正一の三女)。他に学術編集者の新村恭がいる。 東京府で生まれた。京都第一中学校、第三高等学校を経て、京都帝国大学文学部史学科に入学。すぐに仏文科へ転攻し卒業する。 1935年2月、中井正一や真下信一や武谷三男たちと共に同人誌『世界文化』を創刊、また週刊紙『土曜日』の常連執筆者として反ファシズム運動に関わった。このため、同志社大学予科教授であった1937年11月に真下信一らとともに治安維持法違反で逮捕され、2年間の獄中生活を送る。
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上野 直蔵(うえの なおぞう、1900年12月7日 - 19… 上野 直蔵(うえの なおぞう、1900年12月7日 - 1984年10月2日)は、日本の英文学者・英語学者。同志社大学名誉教授。専門は中世英文学・米文学。 京都府京都市生まれ。1927年、同志社大学文学部英文学科卒。1934年から1936年まで、シカゴ大学に留学。1936年、同志社大学文学部講師、のち1938年に助教授、1941年に教授。1949年から1950年まで文学部長。1952年、チョーサーに関する論文で同志社大学より文学博士の学位を取得。1954年から1956年まで再び文学部長。1960年から1965年まで学長。1968年から1970年までアメリカ学会会長。1970年、定年退職、名誉教授となる。
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岡田 希雄(おかだ きゆう、1898年(明治31年)3月15… 岡田 希雄(おかだ きゆう、1898年(明治31年)3月15日 - 1943年(昭和18年)1月31日)は、日本の国語学者、国文学者、辞書学者。 京都府葛野郡七条村(現在の京都市下京区)に農家の服部家の次男として生まれる。名は市治郎。3歳で父の浅吉を亡くし、5歳で母のヤヱを亡くした後、乙訓郡久世村(現在の京都市南区)にある曹洞宗の鷲尾寺の住職である岡田希僊に引き取られる。1904年(明治37年)に養子として入籍し、1910年(明治43年)に得度を受けて「希雄」と名前を改め、翌1911年(明治44年)3月に僧籍に登録された。 1915年(大正4年)に京都府立京都第二中学校を卒業後、第三高等学校に入学する。
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橋本 進吉(はしもと しんきち、1882年12月24日 - … 橋本 進吉(はしもと しんきち、1882年12月24日 - 1945年1月30日)は、日本の言語学者・国語学者。 1882年、福井県敦賀市に医師の長男として生まれる。京都府第一中学校(現洛北高校)、第三高等学校(現・京都大学)を経て、1906年に東京帝国大学文科大学言語学科を卒業(銀時計受領)。卒業論文は「係り結びの起源」。 文部省国語調査委員会補助委員、東京帝国大学文科大学国語学教室助手を経て、1927年、同大学国語国文学第一講座助教授に就任。1934年、東京帝国大学より文学博士の学位を取得。1929年には教授に昇任した。1942年、日本文学報国会国文学部会長。1944年、国語学会会長。 1945年、病没。
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