重岡 仁(しげおか ひとし、1979年3月 - )は、日本の… 重岡 仁(しげおか ひとし、1979年3月 - )は、日本の経済学者。東京大学公共政策大学院教授。専門は応用ミクロ経済学(特に医療経済学、労働経済学、行動経済学)。 因果推論に基づく実証分析を専門とし、日本の医療制度や東日本大震災などのデータを用いた研究で知られる。2024年に「医療経済学における実証研究および幅広い分野における貢献」により日本経済学会から石川賞を授与。 大阪府堺市出身。中学時代に父親の研究休暇に伴いアメリカ合衆国アリゾナ州に滞在した経験を持つ。 2001年に東京大学工学部を卒業、2003年に同大学大学院工学系研究科修士課程を修了(化学システム工学専攻)。当初は環境技術の途上国移転などを志していたが、国際機関職員などのキャリアパスを模索する中で海外留学を決意し、コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)へ進学。
藤山 英樹(ふじやま ひでき、1971年 - )は、日本の経… 藤山 英樹(ふじやま ひでき、1971年 - )は、日本の経済学者。獨協大学経済学部教授。研究分野はミクロ経済学、ゲーム理論。近年はそれらを実証方向に拡張・発展させている。博士(経済学)。学位論文は「大企業と小企業の複占競争およびネットワークの生成に関する情報財の経済分析」(2003年)。 情報財や協力行動についての理論・実証分析を中心に多数。
梶谷 懐(かじたに かい、1970年4月22日 - )は、日… 梶谷 懐(かじたに かい、1970年4月22日 - )は、日本の経済学者(現代中国経済論)。学位は博士(経済学)(神戸大学・2001年)。神戸大学大学院経済学研究科教授。 神戸学院大学経済学部助教授、神戸学院大学経済学部准教授、神戸大学大学院経済学研究科准教授などを歴任した。 1970年4月22日、大阪府にて生まれた。1989年、大阪府立阿武野高等学校を卒業した。神戸大学に進学し、経済学部にて学んだ。1994年、神戸大学を卒業した。同大学の大学院に進学し、経済学研究科にて学んだ。1996年、神戸大学の大学院における修士課程を修了した。1996年から1998年にかけて、中国人民大学に留学し、財政金融学院にて学んだ。
松下 秀介(まつした しゅうすけ、1967年 - ) は、日… 松下 秀介(まつした しゅうすけ、1967年 - ) は、日本の農業経営学者、農業経済学者。京都大学大学院農学研究科生物資源経済学専攻教授、農業情報学会副会長、日本農業経営学会副会長。 大阪府生まれ。大阪府立三国丘高等学校を経て、1991年筑波大学第二学群農林学類卒業、農林水産省入省、中国農業試験場研究員。 1999年農林漁業金融公庫融資第一部調査役。2001年農業・生物系特定産業技術研究機構中央農業総合研究センター主任研究官。2002年岡山大学博士(農学)。 2006年筑波大学大学院生命環境科学研究科国際地縁技術開発科学専攻助教授。2007年筑波大学大学院生命環境科学研究科国際地縁技術開発科学専攻准教授。
宮尾 龍蔵(みやお りゅうぞう、1964年7月3日 -)は、… 宮尾 龍蔵(みやお りゅうぞう、1964年7月3日 -)は、日本の経済学者。 東京大学大学院経済学研究科教授・神戸大学大学院経済学研究科教授・甲南大学経済学部教授を歴任。元日本銀行政策委員会審議委員。専攻は金融・マクロ実証分析。 2010年3月26日、日本銀行政策委員会審議委員に就任。 2013年4月4日、金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」の導入に賛成した。 2014年10月31日、金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」の拡大に賛成した。 2015年3月25日、任期満了により日本銀行政策委員会審議委員を退任。
戸崎 肇(とざき はじめ、1963年10月30日 - )は日… 戸崎 肇(とざき はじめ、1963年10月30日 - )は日本の経済学者。桜美林大学教授。専門は交通政策、観光政策。 航空産業を中心に、財政・産業構造の側面から規制緩和が進展した交通政策全般において政策批判を展開しつつ、幅広く発言。労働運動との連携の中で、市場経済の修正を目指す独自の見方を展開している。大型自動車第二種免許所持。 大阪府出身。1986年3月に京都大学経済学部卒業後、同年4月に日本航空株式会社に入社。在職中の1990年に日本経済研究センターへ出向すると共に、当時未だ珍しかった社会人大学院生として就業しつつ京都大学大学院経済学研究科博士前期課程に入学。グラスゴー大学経営学部大学院への留学を経て、1994年に日本航空を退職。
安冨 歩(やすとみ あゆみ、1963年(昭和38年)3月22… 安冨 歩(やすとみ あゆみ、1963年(昭和38年)3月22日 - )は、日本の経済学者。博士(経済学)(京都大学・論文博士・1997年)。東京大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ、堺市育ち。大阪府立三国丘高等学校卒業。1986年、京都大学経済学部卒業。大学時代は本山美彦ゼミに在籍した。住友銀行勤務。1991年、京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。 満州国の経済史を専門として金融を通じた側面 について研究し、その成果が日経・経済図書文化賞を受賞するなど、元来は経済史の専門家である。深尾葉子大阪大学准教授との共同研究も多く、中国語にも堪能である。 歴史家としての顔をもつと同時に、著書である『貨幣の複雑性』のように複雑系シミュレーションを経済活動に応用した研究も同時に行い、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学時代には森嶋通夫にも師事し、ノイマン経済成長モデルについての研究を生態系や複雑系科学への応用も試み、理論経済学者としての成果も多数有する。
御崎 加代子(みさき かよこ、1962年9月14日[要出典]… 御崎 加代子(みさき かよこ、1962年9月14日[要出典] - )は、日本の経済学者。滋賀大学経済学部教授、経済経営研究所所長、国際ワルラス学会会長。 1962年生まれ。大阪市出身。1981年大阪府立大手前高等学校卒業。1987年に滋賀大学経済学部を卒業。同年一橋大学大学院経済学研究科に進学し、1989年修士課程修了、1992年博士課程単位取得満期退学。指導教官は高須賀義博と津田内匠。一橋大学助手、山形大学人文学部講師、助教授を経て、1996年に滋賀大学経済学部助教授。この年より日本評論社発行「経済セミナー」にレオン・ワルラスの経済思想に関する論文を連載し、1998年に『ワルラスの経済思想』として出版。
岡室 博之(おかむろ ひろゆき、1962年 - )は、日本の… 岡室 博之(おかむろ ひろゆき、1962年 - )は、日本の経済学者。専門は、産業組織論。経済学博士。一橋大学大学院経済学研究科教授。大阪府出身。第9回企業家研究フォーラム賞受賞。
小佐野 広(おさの ひろし、1955年8月30日 - )は、… 小佐野 広(おさの ひろし、1955年8月30日 - )は、日本の経済学者。2020年4月より甲南大学経済学部経済学科特任教授。京都大学名誉教授。専門はコーポレート・ファイナンス。 大阪府出身。大阪府立北野高等学校卒、1978年京都大学経済学部卒、1982年大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程中退、1991年「契約経済における賃金・雇用変動」で阪大経済学博士。1982年滋賀大学経済学部助手、1984年講師、1986年助教授、1990年大阪大学教養部助教授、1994年同国際公共政策研究科助教授、1996年京都大学経済研究所助教授、1997年教授となる。2020年4月より甲南大学経済学部経済学科特任教授。
清滝 信宏(きよたき のぶひろ、1955年(昭和30年)6月… 清滝 信宏(きよたき のぶひろ、1955年(昭和30年)6月24日 - )は、日本の経済学者。プリンストン大学教授。専門はマクロ経済学。大阪府出身。父は元池田銀行頭取の清滝一也。 ニューケインジアンであり、マクロ経済学のミクロ的基礎付け(英語版)を行っている。経済に対する小さなショックが生産性低下の循環を引き起こすメカニズムを示した清滝・ムーアモデルを構築したことで知られており、トムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞するなど、ノーベル経済学賞の有力な候補の一人として注目されている。 港区立青山小学校、東京教育大学附属中学校・高等学校卒業。東京大学文科三類から同大学経済学部へ進学し宇沢弘文ゼミに所属。
村田 治(むらた おさむ、1955年5月24日 - )は、日… 村田 治(むらた おさむ、1955年5月24日 - )は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学、景気循環論。あしなが育英会会長、関西学院大学経済学部教授。2014年4月から、同大学学長兼学校法人関西学院副理事長。大学基準協会副会長、日本私立大学連盟副会長、文部科学省中央教育審議会委員等も歴任。 1955年5月24日、東京都生まれ。大阪府立生野高等学校26期生。関西学院大学を卒業し、1985年より同大学で助手・専任講師・助教授を務めたのち、1996年に教授就任。教務部長(2000年4月 - 2008年3月)、経済学部長(2009年4月 - 2012年3月)、高等教育推進センター長(2012年4月 - 2014年3月)を歴任。
伊藤 忠通(いとう ただみち、1953年〈昭和28年〉 - … 伊藤 忠通(いとう ただみち、1953年〈昭和28年〉 - )は、日本の経済学者、奈良県立大学の学長・副理事長。ラーニング・コモンズを深化させた少人数対話型「学習コモンズ制」導入や公立大学法人化などの改革を指揮した。専門は地方財政論。 大阪府東大阪市出身。大阪府立清水谷高等学校卒業、1977年(昭和52年)3月関西学院大学経済学部卒業。1982年関西大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学修士(博士後期課程単位取得)。 沖縄国際大学専任講師を経て、1989年(平成元年)助教授。1990年奈良県立商科大学(現・奈良県立大学)助教授に。教授を経て2010年(平成22年)奈良県立大学の学長に就任。2015年副理事長に(学長と兼務のまま)就任した。
渡邊 頼純(わたなべ よりずみ、1953年 - )は、日本の… 渡邊 頼純(わたなべ よりずみ、1953年 - )は、日本の国際政治経済学者。慶應義塾大学名誉教授。関西国際大学国際コミュニケーション学部教授。藤女子大学学長。専門は、国際政治経済学(国際貿易をめぐる政治経済学)・国際通商法(GATT・WTO法)・欧州統合論(EUの諸問題)。大阪市生まれ。 『解説 FTA・EPA交渉』(監修・共編著、日本経済評論社、2007年)
野崎 久和(のざき ひさかず、1952年 - )は、日本の経… 野崎 久和(のざき ひさかず、1952年 - )は、日本の経済学者。 大阪府大阪市出身。1970年大阪府立桜塚高等学校卒業。1975年京都大学法学部卒業、丸紅入社。1979年イギリス、ワーリック大学大学院国際学修士課程修了、1980年イギリス、ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士課程修了。1987年アメリカ合衆国、ブルッキングス研究所客員研究員。丸紅の調査部、国際業務部、プロジェクト金融部、丸紅米国会社ワシントンD.C.出張所などを渡り歩き、丸紅経済研究所主席研究員を経て、2003年丸紅退社。同年、北海学園大学経済学部助教授。2005年同経済学部教授・同大学院経済学研究科教授に就任。2005年カナダ、レスブリッジ大学交換教授。
山田 良治(やまだ よしはる、1951年 - )は、日本の農… 山田 良治(やまだ よしはる、1951年 - )は、日本の農業経済学者、和歌山大学特任教授。 大阪府大阪市出身。大阪府立天王寺高等学校卒業、1974年京都大学農学部林学科卒業、1980年同大学院農学研究科林学専攻博士課程満期退学、1987年「戦後山村経済の変貌過程に関する研究」で京大農学博士、1993年「戦後日本の地価形成 理論と分析」で京大経済学博士。1980年和歌山大学経済学部助手、1981年講師、1983年助教授、1992年教授、2003年経済学部長、2008年観光学部教授、2011年観光学部長を経て、2017年定年、特任教授。
筒井 義郎(つつい よしろう、1950年3月8日- )は、日… 筒井 義郎(つつい よしろう、1950年3月8日- )は、日本の経済学者。専攻は、金融論・行動経済学。大阪大学名誉教授。甲南大学特任教授。 東京都生まれ。大阪教育大学附属高校天王寺校舎卒業、1974年東京教育大学理学部卒業。 神奈川県立高校理科教諭、1975年大阪府立高校教諭、1980年退職。 1979年大阪市立大学経済学部卒、1982年大阪大学大学院経済学研究科博士課程中退、同助手。 1983年名古屋市立大学経済学部助手、1984年講師、1987年助教授、米国エール大学客員研究員、1991年大阪大学経済学部助教授、93年教授、98年株価算定委員会委員、2004年大阪大学社会経済研究所教授、附属行動経済学研究センター長。
上垣 彰(うえがき あきら、1950年(昭和25年) - )… 上垣 彰(うえがき あきら、1950年(昭和25年) - )は、日本の経済学者。西南学院大学経済学部国際経済学科教授。元比較経済体制学会代表幹事。 大阪市生まれ。1974年東京大学経済学部経済学科卒業。1977年東京大学大学院経済学研究科応用経済学専攻修了、経済学修士。1982年在ルーマニア日本国大使館専門調査員。1992年から西南学院大学経済学部国際経済学科教授。1994年博士(経済学)(東京大学)の学位を取得。 2017年比較体制学会代表幹事。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
井口 富夫(いぐち とみお、1949年9月 - )は、日本の… 井口 富夫(いぐち とみお、1949年9月 - )は、日本の経済学者。専門は産業組織論、保険論、地域経済論。龍谷大学経済学部現代経済学科教授。 大阪市生まれ。1977年3月、神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(神戸大学)。翌月から龍谷大学経済学部に勤務、現在に至る。1983年4月から翌年9月にかけ、カリフォルニア大学サンタバーバラ校経済学部経済研究員を、2005年10月から2007年9月にかけ、東京海上研究所客員研究員をそれぞれ務めた。日本保険学会、日本経済政策学会会員。京都商工会議所地域活性化特別委員。
宮本 光晴(みやもと みつはる、1948年7月28日 - )… 宮本 光晴(みやもと みつはる、1948年7月28日 - )は、日本の経済学者。 専修大学経済学部名誉教授。専門は企業組織論。 大阪府大阪市出身。西部邁に師事した。1973年横浜国立大学経済学部卒業。1979年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 1996年専修大学より博士(経済学)の学位を授与される。博士論文は「人と組織の社会経済学」。 『表現者』において、「現代ビジネス文明批判」を連載している。
吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、… 吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、日本の経済学者、元財務官僚。京都産業大学教授。 専門は、数理経済学、公共経済学、財政学、非線形経済学、日本経済論、日本財政論、複雑系経済学、進化経済学、ベンチャー経済論、IT経済論、憲法学、陽明学、哲学など、幅広い分野を研究している。小泉内閣時には竹中平蔵の盟友として活躍した。京都大学経営管理大学院(ビジネススクール)の設立に寄与し、初代院長を務めた。大阪府池田市出身。 啓蒙活動も積極的に行い、非常に多くの著書を出版している。保守的な思想で知られ、新しい歴史教科書をつくる会の賛同者の一人でもある。現在の日本社会を"精神なき社会"として批判し、1996年からは全人格的教育の場として、『伝習録』の読解などを行う陽明学の私塾「桜下塾」を主催する。
角田 修一(かくた しゅういち、1948年 - 2019年4… 角田 修一(かくた しゅういち、1948年 - 2019年4月17日 )は、日本の経済学者、立命館大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。1970年同志社大学経済学部卒、1975年京都大学大学院経済学研究科満期退学、1993年「生活様式の経済学」で経済学博士。1976年立命館大学経済学部助教授、教授。2018年定年、名誉教授となる。
上井 喜彦(かみい よしひこ、1947年9月25日 - )は… 上井 喜彦(かみい よしひこ、1947年9月25日 - )は、日本の経済学者。埼玉大学第11代学長(2008年-2014年)。埼玉大学名誉教授。 大阪府八尾市出身。生駒山地の麓で生まれた。祖先は庄屋の家系であったが、農地改革によって土地をすべて失った。南高安町立南高安小学校(現八尾市立南高安小学校)に入学した。中学校進学の際は、大阪市に越境入学し、大阪市立高津中学校に入学した。その後奈良女子大学文学部附属高等学校に進学した。当時の男子入試定員は20名だったという。高校では中塚明や鈴木良などに学んだ。数学や物理が好きであった彼は東京大学理科I類を目指していたが、カール・マルクスの資本論を鈴木良に薦められ、東京大学文科II類に文転した。
辰巳憲一(たつみ けんいち、1947年- )は、日本の経済学… 辰巳憲一(たつみ けんいち、1947年- )は、日本の経済学者、学習院大学名誉教授。 大阪市生まれ。1969年大阪大学経済学部卒業、1975年米国ペンシルベニア大学大学院修了。1976年東京経済大学講師,79年助教授,1983年教授,1990年学習院大学経済学部教授に転じる。2017年定年、名誉教授。
八代 尚宏(やしろ なおひろ、1946年2月22日 - )は… 八代 尚宏(やしろ なおひろ、1946年2月22日 - )は、日本の経済学者。国際基督教大学教養学部社会科学科教授を経て昭和女子大学特命教授。専門は労働経済学、法と経済学、経済政策。内閣府経済財政諮問会議委員、内閣府規制改革会議委員、内閣府規制改革推進会議委員を経る。 同志社高等学校を経て、国際基督教大学教養学部理学科に入学。翌年、社会科学科に編入し、山本草二(国際法)・中内恒夫(経済学)の下で指導を受ける。ICU卒業後は東京大学経済学部に学士入学し、小宮隆太郎(国際貿易)のゼミで学ぶ。東大卒業後、経済企画庁に入庁。在職中の1981年にメリーランド大学大学院(アメリカ合衆国)にて経済学博士の学位を取得。
松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )… 松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )は、日本の経済学者、官僚。政策研究大学院大学名誉教授。専門はマクロ経済学、財政学。主計局調査課長、主計局主計官、横浜税関長、大臣官房審議官等を歴任した。 大阪市生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、1969年東京大学経済学部経済学科卒業、1970年同学部経営学科卒業。同年、大蔵省入省(証券局総務課)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
港 徹雄(みなと てつお、1945年〈昭和20年〉9月 - … 港 徹雄(みなと てつお、1945年〈昭和20年〉9月 - )は、日本の経済学者。青山学院大学名誉教授。専門は産業組織論。 青山学院大学名誉教授、日本中小企業学会会長(2001-2004年)、日本ベンチャー学会理事(1997-2010年)、アジア経済研究所専門員(1984-1988年)、公正取引委員会・企業取引研究会会員(1996-1998年)、米国イエール(Yale)大学Visiteing Fellow (1988-1989年)⑶。 大阪市出身、大阪府立東淀川高等学校卒業。1968年(昭和43年)大阪教育大学社会科学科卒業。1968年大阪府立大学(現在の大阪公立大学)大学院経済学研究科入学。1973年同研究科博士課程退学。
武井昭(たけい あきら、1942年 - )は、日本の経済学者… 武井昭(たけい あきら、1942年 - )は、日本の経済学者。高崎経済大学名誉教授・特任教授。社会経済学専攻。大阪府大阪市出身。 1961年、大阪府立三国丘高等学校卒業。1966年、高崎経済大学経済学部経済学科卒業。1967年、早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。難波田春夫に師事した[要出典]。 1969年、高崎経済大学経済学部助手、文部省在外研究員(ドイツ、ボン大学)。1972年、同専任講師、1975年、同助教授、1984年、同教授。1996年、同大学附属産業研究所長(~1998)、2002年、同大学附属産業研究所長(~2004)、2007年、同大学学生部長代行。2008年退職、名誉教授、特任教授。
酒井 泰弘(さかい やすひろ、1940年12月19日 - )… 酒井 泰弘(さかい やすひろ、1940年12月19日 - )は、日本の経済学者。筑波大学名誉教授、滋賀大学名誉教授。経済学博士(ロチェスター大学)。 大阪府大阪市出身。大阪府立住吉高等学校を経て、1963年神戸大学経済学部卒業。1965年神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。1970年にロチェスター大学大学院経済学研究科修士課程を修了し、ピッツバーグ大学経済学部の助教授となる。1972年ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了。広島大学政経学部助教授、筑波大学社会科学系教授等を経て、2002年より滋賀大学経済学部教授。退官後も同大学や龍谷大学で教鞭を執る。専門は理論経済学、経済政策、リスク研究。
久我 清(くが きよし、1940年〈昭和15年〉 - 202… 久我 清(くが きよし、1940年〈昭和15年〉 - 2025年〈令和7年〉6月1日)は、日本の経済学者。専門は一般均衡理論。大阪大学名誉教授。 大阪市出身。数理経済学の大家である森嶋通夫の弟子。森嶋が大阪大学社会経済研究所(社研)の内紛で去った後も社研に残り、研究活動を続けた。阪大社研をその草創期より眺め、かつ、支えてきた。まさに「阪大社研の生き字引」とでも言うべき存在である。 森嶋と同様、一般均衡理論や経済成長理論の分野での業績が多い。
下平尾勲(しもひらお いさお、1938年3月10日 - 20… 下平尾勲(しもひらお いさお、1938年3月10日 - 2007年8月9日)は、日本の経営学・経済学者。 大阪府池田市生まれ。1963年大阪市立大学経済学部卒、1968年同大学院経済学研究博士課程単位取得。2000年「信用制度の経済学」で商学博士(大阪市立大学)。佐賀大学助教授、福島大学経済学部助教授、教授、2003年定年退官し、名誉教授となり、福島学院大学学長を務めた。地域経済が専門。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
金田 弘光(かねだ ひろみつ、1934年 - )は、経済学者… 金田 弘光(かねだ ひろみつ、1934年 - )は、経済学者。カリフォルニア大学デービス校名誉教授。大阪市生まれ。 1934年に大阪市に生まれる。同志社大学、アーモスト大学を卒業後、スタンフォード大学に進学し1963年に博士号を取得。同年にカリフォルニア大学デービス校に助教授として着任し、1968年に准教授(準教授)に、1973年に教授に昇任する。1994年に同校を定年退職となり、名誉教授となる。その間、イェール大学、パキスタン開発経済研究所、オーストラリア国立大学RSPS経済学部、アジア経済研究所、世界銀行で在外研究等を行う。1996年から同志社大学大学院アメリカ研究科教授を務めた。開発経済学が専門で、発展途上国の農業開発と経済発展の分野で貢献した。
池上 惇(いけがみ じゅん、1933年〈昭和8年〉8月20日… 池上 惇(いけがみ じゅん、1933年〈昭和8年〉8月20日 - )は、日本の経済学者。専門は、財政学・文化経済学。学位は、博士(経済学)(京都大学・1997年)(学位論文『現代経済学と公共性策』)。京都大学名誉教授、福井県立大学名誉教授。大阪府大阪市出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
新開 陽一(しんかい よういち、1931年10月3日 - )… 新開 陽一(しんかい よういち、1931年10月3日 - )は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。専門はマクロ経済学と国際経済学。経済学博士(大阪大学、1960年)。大阪府堺市出身。
大野 喜久之輔(おおの きくのすけ、1930年〈昭和5年〉1… 大野 喜久之輔(おおの きくのすけ、1930年〈昭和5年〉12月16日 - 2023年〈令和5年〉10月)は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授、広島市立大学名誉教授、第18期日本学術会議会員。元ロシア・東欧学会副代表理事。大阪市東成区生まれ。
磯村 隆文(いそむら たかふみ、1930年(昭和5年)12月… 磯村 隆文(いそむら たかふみ、1930年(昭和5年)12月8日 - 2007年(平成19年)11月26日)は、日本の政治家、経済学者。大阪市長(第16代)、大阪市助役、大阪市立大学名誉教授。経済学博士(大阪市立大学)。大阪市出身。 大阪市立大学では経済学部長等の要職を務めたが、1990年に西尾正也大阪市長(当時)に請われ、大阪市助役に就任。行政マンに転身した。 1995年に西尾市長の後継として、共産党以外のいわゆる「オール与党」の推薦で大阪市長選に立候補して初当選。観光やスポーツ振興による都市活性化をめざす「国際集客都市」を公約し、西尾市長時代に浮上した大阪オリンピック構想をその目玉とした。 公約に基づき、任期中には多くの集客施設を開業させ、負の遺産となった(2023年9月時点でなにわの海の時空館のみ売却出来ておらず、「大阪市最後の負の遺産」として残存)。
瀬尾 芙巳子(せお ふみこ、1929年8月5日-2022年)… 瀬尾 芙巳子(せお ふみこ、1929年8月5日-2022年)は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。専門は意志決定論(意思決定論ではない)、経営環境分析論。経済学博士(東京大学・1967年)。大阪市出身。
安岡 重明(やすおか しげあき、1928年7月5日 - 20… 安岡 重明(やすおか しげあき、1928年7月5日 - 2017年6月12日)は、日本の経済学者・経営学者・歴史学者。同志社大学名誉教授。専門は、日本経済史・経営史。学位は、経済学博士(大阪大学・1959年)。近世経済史研究を皮切りに、主に近現代経済史・経営史特に三井財閥に関する研究で知られる。 大阪府大阪市出身。1953年大阪大学経済学部卒業。1959年同大学院博士課程修了、経済学博士の学位を授与される。同年同志社大学助手。1967年同大学教授。1980年同大学商学部長。1986年同大学教務部長を経て1999年同大学名誉教授。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
坂本 二郎(さかもと じろう、1928年2月11日 - 19… 坂本 二郎(さかもと じろう、1928年2月11日 - 1985年4月17日)は、日本の経済学者。 大阪市生まれ。一橋大学卒業、1962年同助教授、1969年教授、中央教育審議会臨時委員となったが、批判を集め、1970年大学を退官しNHK解説委員に転じた。1984年国際商科大学教授。高度経済成長期に未来学者として活躍し、「二十一世紀論」を提言した。日本未来学会理事。ゼミナールの指導学生に寺西重郎など。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
藤田 整(ふじた せい、1928年 - 2018年)は、日本… 藤田 整(ふじた せい、1928年 - 2018年)は、日本の経済学者。専門は社会主義経済、ソビエト経済。大阪市立大学名誉教授、大阪経済法科大学名誉教授。 大阪市立大学経済学部長、大阪経済法科大学学長、比較経済体制学会代表幹事等を歴任した。 京都府生まれ。父は経済学者の藤田敬三(大阪市立大学名誉教授、大阪経済大学第3代学長)。大阪府立北野高等学校定時制を経て、1955年一橋大学経済学部卒業。1961年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。指導教官野々村一雄。1965年『社会主義経済と価値法則』で一橋大学社会学博士。審査員野々村一雄、高島善哉、岡稔。 1963年大阪市立大学経済学部講師。1966年助教授。
尾崎 巌(おざき いわお、1927年5月18日 - 2008… 尾崎 巌(おざき いわお、1927年5月18日 - 2008年5月11日)は、日本の経済学者。慶応義塾大学経済学部名誉教授。専門は計量経済学。環太平洋産業連関分析学会の初代会長(1998-1999年)を務めた。 慶応義塾大学経済学部副手・助手・助教授を経て、1968年慶応義塾大学経済学部教授,1965年-1966年にロックフェラー財団訪問研究員としてハーバード大学に滞在,慶応義塾大学産業研究所所長(1981-1987年)、日本経済データ開発センター研究所所長兼任(1970年-1972年)、早稲田大学大学院経済学研究科講師兼任(1972年-1989年)、京都大学経済研究所講師兼任(1980年-81年)、慶應義塾大学名誉教授(1992年-)。
小野 一一郎(おの かずいちろう、1925年10月10日 -… 小野 一一郎(おの かずいちろう、1925年10月10日 - 1996年12月7日)は、経済学者。京都大学名誉教授。 大阪市出身。1949年京都帝国大学経済学部卒、大阪市立大学経済研究所に入所。1951年京都大学助手、1956年助教授、1970年教授。1989年定年退官、名誉教授、阪南大学教授。
山崎 隆三(やまざき りゅうぞう、1920年4月16日 - … 山崎 隆三(やまざき りゅうぞう、1920年4月16日 - 2011年3月10日)は、日本の農業経済学者。経済学博士(大阪市立大学・論文博士・1962年)。大阪市立大学名誉教授。孫はフリーアナウンサーの伊東紗冶子。 大阪市出身。1942年大阪商科大学卒。兵役ののち、大阪商大事件で拘束。1946年大阪商大助手。1949年大阪市立大学経済学部助教授。1962年教授。同年「地主制成立期の農業構造」で大阪市立大学より経済学博士の学位を取得。1982年定年退官、名誉教授。名城大学商学部教授。1993年退職、名誉教授。
安井 琢磨(やすい たくま、1909年4月1日 - 1995… 安井 琢磨(やすい たくま、1909年4月1日 - 1995年12月17日)は、日本の経済学者、大阪大学名誉教授、東北大学名誉教授。経済学博士(1953年)。大阪府大阪市生まれ。
上林 貞治郎(かんばやし ていじろう、1908年(明治41年… 上林 貞治郎(かんばやし ていじろう、1908年(明治41年)12月16日 - 2001年(平成13年)4月14日)は、日本の経済学者。半世紀を超える大学での教育活動や多くの著書を通じ、一貫して科学的社会主義の立場を貫徹し、学生や労働者に大きな影響を与えた。経済学博士。 1908年、大阪府堺市熊野の由緒ある商家に父・栄吉と母・コウの長男として生まれる。 堺市立熊野小学校、大阪市立第一商業学校(のちの天王寺商業)、大阪高等商業学校(のちの大阪商科大学高商部)を経て、1932年、大阪商科大学第一期生として、首席で同大学を卒業。 1932年、大阪商科大学大学院に入学。1933年に同大学副手となり、助手、講師嘱託を経て、 1939年に高商部教授、 1941年に助教授へと昇進した。
田中 祐之(たなか すけゆき、1907年4月3日 - 198… 田中 祐之(たなか すけゆき、1907年4月3日 - 1986年10月29日)は、日本の経済学者。元東京経済大学学長事務取扱。 大阪府出身。成器商業学校(現大阪学芸高等学校)を経て、1929年神戸高等商業学校(現神戸大学)卒業。1932年東京商科大学(現一橋大学)学部卒業。東京経済大学経済学部長などを務め、1951年から東京経済大学学長事務取扱。1953年退任。1979年勲三等瑞宝章受章。1986年叙正五位。
磯部 喜一(いそべ きいち、1902年10月18日 - 19… 磯部 喜一(いそべ きいち、1902年10月18日 - 1987年8月15日)は、日本の経済学者・経営学者。専門は、工業経済学、中小企業論。東京工業大学・武蔵大学名誉教授。 大阪府大阪市生まれ。1926年京都帝国大学経済学部卒。1949年「日本漆器工業論」で、京都大学より経済学博士の学位を取得。1928年関西大学専任講師、助教授、教授、1944年東京工業大学生産工学部助教授、教授、1963年定年退官、名誉教授、広島大学工学部教授・武蔵大学教授。1972年武蔵大学名誉教授。日本工業経営学会会長。
福田 敬太郎(ふくだ けいたろう、1896年9月24日 - … 福田 敬太郎(ふくだ けいたろう、1896年9月24日 - 1980年1月15日)は、日本の商学者・経済学者。学位は、商学博士。神戸大学名誉教授。第3代神戸大学学長(在任:1959年12月16日 - 1963年12月15日)。名古屋学院大学初代学長。独自の観点で商学を体系化した「福田商学」で知られる。弟子は荒川祐吉。 1896年、大阪府大阪市東区で生まれた。大阪府立茨木中学校(現大阪府立茨木高等学校)、神戸高等商業学校(のちの神戸大学、1918年卒)、東京高等商業学校(のちの旧制東京商科大学、現一橋大学)専攻部に進学し、1920年に卒業。同期に平井泰太郎神戸大学名誉教授がいる。 神戸高等商業学校では田崎慎治ゼミナールに所属し、卒業論文のテーマは「海上保険における再保険の研究」であった。
五百籏頭 眞治郎(いおきべ しんじろう、1894年(明治27… 五百籏頭 眞治郎(いおきべ しんじろう、1894年(明治27年) - 1958年(昭和33年)10月1日)は日本の経済学者。専門は経済政策、経済思想史、イタリア経済学。神戸大学名誉教授、経済学博士。敬虔なクリスチャンであり、キリスト教所有権思想の研究などを行った。イタリア政府より聖マウリッツィオ・ラザロ勲章コンメンダトーレ章を、ローマ教皇庁より大聖グレゴリウス勲章コンメンダトーレ章をそれぞれ受章。
永雄 策郎(ながお さくろう、1884年(明治17年)1月2… 永雄 策郎(ながお さくろう、1884年(明治17年)1月28日 - 1960年(昭和35年)2月10日)は、日本の経済学者。東亜経済調査局主事、拓殖大学教授、近畿大学教授、富士短期大学大世学院教授。専門は植民政策学。東京帝国大学経済学博士。 主に大正期から戦後復興期にかけて活動を展開した。京都府竹野郡の名士の家に生まれ、第五高等学校を経て東京帝国大学法科大学を卒業。出版社への短期間の勤務を挟み、大学時代の縁で満鉄の東亜経済調査局に入ると、後に主事となりこれを運営する側に立った。この際、高校時代から関わりのあった大川周明を採用させたことが、結果として歴史的に重要な意義を持つ。 それからは審査役の身分で大連の満鉄本社へ渡り、当地の教育機関において植民政策の講師を務める。