堺 晃一(さかい こういち、1986年3月11日 - )は日… 堺 晃一(さかい こういち、1986年3月11日 - )は日本の元陸上競技選手、専門は長距離走。兵庫県加古川市出身。兵庫県立飾磨工業高等学校、駒澤大学卒業。富士通陸上競技部に所属した。 大学2年時の第82回箱根駅伝では8区を担当し区間2位の快走。4位からトップに順位を押し上げた。3年時の第83回箱根駅伝では9区区間4位の走りでチームのシード権獲得に貢献。4年時の第84回箱根駅伝では再び9区を担当。トップと15秒差の2位でタスキを受けるとハイペースで突っ込み、2.6kmで先頭の早稲田大学を捉えると8.4kmで単独先頭に立ち、鶴見中継所では1分21秒の差をつける快走で逆転優勝の立役者となった。 卒業後は富士通に入社。
北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵… 北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵庫県高砂市出身の元陸上競技選手(長距離種目)、現在は指導者。兵庫県立西脇工業高等学校・日本体育大学卒業。日清食品グループを経て、2015年4月からはサンベルクスに所属。2019年から日立女子陸上競技部で監督を務める。 同学年の松岡佑起・伊達秀晃・上野裕一郎とともに「四天王」と呼ばれていた。また、兵庫県出身の1学年下に竹澤健介や木原真佐人(いずれも報徳学園高卒)といった顔ぶれがそろっていた。2年先輩の熊本剛とは小学校から大学まで同じであった。2002年国民体育大会5000mでは13分45秒86を残し、土橋啓太が先着したため記録保持者とはならなかったが当時の高校新記録を出した。
北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵… 北村 聡(きたむら さとる、1986年2月4日 - )は、兵庫県高砂市出身の元陸上競技選手(長距離種目)、現在は指導者。日清食品グループを経て、2015年4月からはサンベルクスに所属。2019年から日立女子陸上競技部で監督を務める。 加古川市高砂市組合立宝殿中学校から兵庫県立西脇工業高等学校を経て日本体育大学卒業。同学年の松岡佑起・伊達秀晃・上野裕一郎とともに「四天王」と呼ばれていた。また、兵庫県出身の1学年下に竹澤健介や木原真佐人(いずれも報徳学園高卒)といった顔ぶれがそろっていた。2年先輩の熊本剛とは小学校から大学まですべて同じ学校に通っている。2002年国民体育大会5000mでは13分45秒86を残し、土橋啓太が先着したため記録保持者とはならなかったが当時の高校新記録を出した。
野上 恵子(のがみ けいこ、1985年12月6日 - )は、… 野上 恵子(のがみ けいこ、1985年12月6日 - )は、日本女子の陸上競技選手。専門種目は長距離走・マラソン。2018年アジア競技大会マラソン銀メダリスト。 兵庫県小野市出身。小野市立市場小学校、小野市立小野南中学校卒業。2001年4月、全国高等学校駅伝競走大会女子の部・兵庫県の強豪校である須磨学園高等学校(兵庫県神戸市須磨区)に入学。全国高等学校駅伝競走大会では、3年連続して補欠登録に留まり一度も出走は出来なかったが、高校3年生時の第15回全国高校女子駅伝(2003年)は、当高校で全国高校駅伝女子の部・優勝を達成している。 高校卒業後の2004年4月、サニックスに入社、女子陸上競技部に入部。
山田 壮太郎(やまだ そうたろう、1985年8月7日 - )… 山田 壮太郎(やまだ そうたろう、1985年8月7日 - )は、日本の陸上競技選手、男子砲丸投元日本記録保持者。 兵庫県出身。中学から陸上競技を始め、砲丸投の世界に入った。柏原高等学校では砲丸投と合わせてやり投に取り組んだ。結果は予選敗退であったが、3年時に2種目でインターハイ出場を果たしている。法政大学入学後は砲丸投に専念、着実に力をつけて2008年9月の第77回日本学生陸上競技対校選手権大会で優勝を果たした。山田は大学時代に、短距離走の選手が行なうハードル練習を取り入れて投擲に必要な股関節周りの強化を図った。合わせて腹筋・背筋の強化を行なうなど、バランスを重視した強化を行ない記録を伸ばしている。
熊本 剛(くまもと たけし、1984年1月6日 - )は、兵… 熊本 剛(くまもと たけし、1984年1月6日 - )は、兵庫県高砂市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。兵庫県立西脇工業高等学校、日本体育大学卒業。大学卒業後はトヨタ自動車陸上長距離部に所属。現在は現役を退き、同部のコーチを務める。 駅伝の強豪校である兵庫県立西脇工業高等学校を経て日本体育大学に進学。なお、サンベルクスに所属していた北村聡と小学校から大学まですべて同じ学校に通っている。大学時代は箱根駅伝に4年連続出場。4年間すべて異なる区間を走り、その全てで区間順位一桁の走りをしている。(1年-7区4位/2年-4区4位/3年-2区6位/4年-10区4位) 大学卒業後、トヨタ自動車に入社。2011年元日のニューイヤー駅伝では最終区間7区を担当。
森本 友(もりもと とも、1983年12月27日 - )は女… 森本 友(もりもと とも、1983年12月27日 - )は女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。兵庫県宍粟市(旧宍粟郡山崎町)出身。身長164cm、体重53kg。 山崎東中学校、就実高等学校を経て、岡山県の天満屋に入社。ちなみに就実高校は、五輪2大会連続メダリストの有森裕子の母校でもあり、森本が尊敬するマラソンランナーにも有森の名を挙げていた。 入社した天満屋女子陸上部で元所属の先輩選手では、アテネ五輪7位入賞の坂本直子と、シドニー五輪7位入賞の山口衛里などがいた。 2006年1月28日施行の大阪国際女子マラソンにて初マラソンを走り5位となると、5月7日(現地時間)施行のウィーンマラソンにて海外初挑戦。
藤井 周一(ふじいしゅういち、1982年2月14日 - )は… 藤井 周一(ふじいしゅういち、1982年2月14日 - )は、兵庫県西宮市出身の元陸上競技選手・指導者。専門は長距離種目。兵庫県立西脇工業高等学校、日本大学出身。日清食品グループに所属した。現在は宮崎日本大学高校の男子駅伝部監督を務める。 西脇工業高校時代は全国高校駅伝で活躍。1年時は5区で、2年時は4区で区間賞を獲得。3年時はエースの集う1区で区間3位。3年時のインターハイでは5000mで2位(日本人1位)に輝く。 高校卒業後は日本大学へ進学。1年時の第12回出雲駅伝では1区区間10位と振るわなかったものの、第32回全日本大学駅伝ではアンカー8区区間6位の走りを見せた。第77回箱根駅伝では華の2区に起用されるが区間10位と振るわず5位から10位に順位を下げる結果に終わった。
堀江 知佳(ほりえ ちか、1981年2月15日 - )は、兵… 堀江 知佳(ほりえ ちか、1981年2月15日 - )は、兵庫県加古川市出身の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。 須磨女子高等学校(現・須磨学園高等学校)卒業後、1999年4月に積水化学工業に入社、小出義雄の指導を受ける。その後、小出と他の部員らと共にアルゼ(佐倉アスリートクラブ)、2009年11月1日に「ユニバーサルエンターテインメント」にチーム名変更)へ移籍した。161 cm、45Kg。 須磨女子高校の3年生時、1998年の全国高校総体では3000m女子の部で優勝。 積水化学へ入社した翌2000年4月、19歳で出場した長野オリンピック記念長野マラソンで初マラソンに挑戦、2時間29分台で4位に入る。
清水 将也(しみず まさや、1980年11月12日 - )は… 清水 将也(しみず まさや、1980年11月12日 - )は、兵庫県豊岡市出身の陸上競技(長距離・マラソン)選手・指導者。西脇工業高校・日本大学出身。旭化成陸上部を経て、旭化成延岡陸上部所属。双子の弟である清水智也もマラソン・長距離の元選手。 弟の影響で小学5年生のときに陸上を始めた。高校は兄弟揃って県内の名門西脇工業高校に進み、ともに全国高校駅伝に出場し、大会2連覇に貢献。将也は2年連続区間賞を獲得している。日大進学後も兄弟揃って4年連続で箱根駅伝に出場した。 大学卒業後は旭化成に入社。一方、弟は佐川急便に入社し社会人で初めて兄弟別のチームとなった。 2005年のびわ湖毎日マラソンで初マラソンも14位と惨敗。
神屋 伸行(かみや のぶゆき、1979年12月6日 - )は… 神屋 伸行(かみや のぶゆき、1979年12月6日 - )は、日本の元陸上競技選手。指導者、ランニングアドバイザー。兵庫県出身。 加古川市出身。西脇工業高校、2002年駒澤大学文学部歴史学科東洋史専攻卒業。日清食品等の実業団を経て、2006年より指導者に転身し、武蔵野学院大学監督、東京経済大学駅伝監督を歴任した。2019年より相生学院高等学校駅伝部の監督を務める。ランニングクラブKRC主宰。また、スポーツナビでの解説やtwitter、noteなどでの幅広い活動を行う。 KRC(KAMIYAランニングクラブ)代表 2014- フリーコーチ:各種教室、講習会、イベント
山村 貴彦(やまむら たかひこ、1979年8月13日)は、日… 山村 貴彦(やまむら たかひこ、1979年8月13日)は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。2000年シドニーオリンピック日本代表。兵庫県出身。西宮市立苦楽園中学校、清風高等学校、日本大学経済学部卒業。 1994年、全日中の4×200mリレーで優勝を果たした。大会前に軽い肉離れを起こしたため、直前のランキングでは9位だった200mにもエントリーしていたが、リレーに専念するため棄権した。 1997年、インターハイで200m、400m、4×400mリレーの3冠に輝き、高校生ながら日本選手権400mを制し注目される。高校生が日本選手権の400mを制したのは39年ぶりだった。 2000年、シドニーオリンピックに出場。
藤本 俊之(ふじもと としゆき、1979年6月25日 - )… 藤本 俊之(ふじもと としゆき、1979年6月25日 - )は、日本の陸上競技選手。兵庫県出身。兵庫県立社高等学校、東海大学卒業。元富士通陸上競技部所属。元・400mリレー日本学生記録保持者(東海大学チーム)。世界陸上選手権エドモントン大会男子400mリレー日本代表。 高校時代からインターハイなどで活躍していたが、東海大進学後に高野進の指導を受け日本のトップ選手へと成長した。2001年、エドモントン世界陸上選手権に日本代表として出場。400mリレーでは3走を務め、決勝進出を果たしたが、隣のレーンの選手と接触して減速。メダル獲得を逃した。個人種目では200mに出場し準決勝で敗退した。 2002年、東海大を卒業し富士通に就職。
高橋 謙介(たかはし けんすけ、1978年5月30日 - )… 高橋 謙介(たかはし けんすけ、1978年5月30日 - )は、兵庫県出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。報徳学園高校、順天堂大学出身。トヨタ自動車に所属した。 報徳学園高校時代は全国高校駅伝に2回出場。1年時の第45回大会では4区区間2位でチームの3位入賞に貢献。3年時の第47回大会で1区区間4位(日本人3位)と流れを作り、チームを優勝に導く。 順天堂大学進学後はエースとして頭角を現し、箱根駅伝では1年9区―2年9区―3年2区―4年9区と4年連続出場。2年時の第75回大会では自ら区間新記録(1時間09分17秒)の快走で駒澤大学を逆転し総合優勝。3年時の第76回大会ではライバル駒澤大学のエースで同郷の1年後輩にあたる神屋伸行と23kmに渡る激しい競り合い(ともに1時間08分51秒で区間2位)を演じ、チームは総合2位。
家谷 和男(いえたに かずお、1977年8月25日 - )は… 家谷 和男(いえたに かずお、1977年8月25日 - )は、兵庫県たつの市出身の陸上競技選手・指導者。専門は長距離種目。 姫路商業高校卒業後、1996年に山陽特殊製鋼に入社。 2001年の全日本実業団ハーフマラソン大会で2位入賞。同年の東アジア競技大会では日本代表としてハーフマラソンに出場、優勝を飾る。 2005年の世界ハーフマラソン選手権では、日本代表としてトップの8位入賞。日本の団体3位に貢献した。同年のアジア陸上競技選手権では10000mに出場し5位に入賞している。 ニューイヤー駅伝では、2002年と2005年に当時の最長区間であった2区で区間3位と好走した。 2014年をもって現役を引退。
福本 幸(ふくもと みゆき、1977年1月4日 - )は、日… 福本 幸(ふくもと みゆき、1977年1月4日 - )は、日本の陸上競技選手。旧姓は青山。専門は走高跳である。大阪府出身。夙川学院高等学校、甲南大学卒業、中京女子大学大学院修了。世界陸上選手権大阪大会およびモスクワ大会女子走高跳日本代表。甲南学園AC所属。
小島 忠幸(おじま ただゆき、1976年11月22日 - )… 小島 忠幸(おじま ただゆき、1976年11月22日 - )は、旭化成陸上部所属の元陸上競技選手、現指導者。兵庫県丹波篠山市出身。篠山中学校・西脇工業高校卒。1999年にセビリアで開催された世界陸上競技選手権大会のマラソン日本代表。1学年上の兄・小島宗幸も旭化成に所属していた。
石本 文人(いしもと ふみひと、1976年8月22日 - )… 石本 文人(いしもと ふみひと、1976年8月22日 - )は、日本の元お笑い芸人、元陸上競技選手で、現在はランニングイベントを主催する「TeamZero」代表。 兵庫県神戸市出身。元吉本興業所属。神戸市立横尾中学校、兵庫県立西脇工業高等学校を経て中央大学卒業。陸上競技の指導者として活動している。 現在は、ランニングイベントを主催する「TeamZero」代表として、たまねぎリレーマラソンを全国で開催している。 2006年の吉本新喜劇『第2個目金の卵オーディション』にて、森田まりこらとともに合格。1年で笑いの殿堂・なんばグランド花月の舞台に立つ。2008年に退団。 同期の小島忠幸(のち西脇工業)らとともに中学時代から全国トップレベルの中・長距離ランナーとして活躍。
大坪 隆誠(おおつぼ たかのぶ、1976年6月15日 - )… 大坪 隆誠(おおつぼ たかのぶ、1976年6月15日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・駅伝競走など。
小島 宗幸(おじま むねゆき、1975年9月25日 - )は… 小島 宗幸(おじま むねゆき、1975年9月25日 - )は、旭化成陸上部所属の元陸上競技選手。兵庫県丹波篠山市出身。篠山中学校・西脇工業高校卒。1998年・1999年と二年連続でマラソン日本選手権を獲得した。ともに旭化成に所属していた世界陸上セビリアマラソン日本代表の小島忠幸は1学年下の弟。
奥谷 亘(おくたに わたる、1975年1月9日 - )は、陸… 奥谷 亘(おくたに わたる、1975年1月9日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)元選手で、現在はSUBARU陸上部監督(指導者)。兵庫県加古郡播磨町出身。身長181cm、体重61kg。2005世界陸上選手権ヘルシンキ大会男子マラソン日本代表、2007世界陸上選手権大阪大会男子マラソン日本代表(病気の為辞退)。 父の勧めにより小学校から走り始め、1990年、西脇工業高校に進学。高校3年時にインターハイの3000mSCで8位に入賞。その年、それまで補欠メンバーで出場ならなかった全国高校駅伝に個人として初出場し準エース区間の3区を走った。3区をダニエル・ジェンガ(仙台育英1年)の記録した24:15に次ぐ区間2位24:20をマークし6人抜きをし、2区石本文人(1年)、4区小島宗幸(2年)、5区小島忠幸(1年)を配するチームは、由良育英(総合2位)、榎木和貴(3年)擁する小林高校(総合3位)やジョン・マイタイ)1年やダニエル・ジェンガら留学生ランナーを擁する仙台育英(総合4位)に走り勝ち優勝した。
岡本 治子(おかもと はるこ 1974年8月19日 - )は… 岡本 治子(おかもと はるこ 1974年8月19日 - )は、兵庫県神戸市出身の元陸上競技選手、現指導者。
小島 初佳(こじま もとか、1974年7月4日 - )は、日… 小島 初佳(こじま もとか、1974年7月4日 - )は、日本の元陸上競技選手で、100m(11秒45)、200m(23秒46)両種目の元日本記録保持者である。旧姓新井。 兵庫県神戸市出身。神戸市立塩屋中学校、兵庫県立舞子高等学校を経て甲南大学卒業後、ピップフジモト(現 ピップ)に入社。以後、日本の女子短距離界をリードするひとりとして活躍した。 1998年、日本選手権で100m、200mの2冠を達成。7月には当時北田敏恵が保持していた200mの日本記録(23秒73)を更新する23秒67を記録した。更に12月には23秒54まで記録を伸ばした。翌1999年4月には、100mで北田の11秒48を破る11秒45をマーク。
山口 衛里(やまぐち えり、現姓・岡井(おかい)。1973年… 山口 衛里(やまぐち えり、現姓・岡井(おかい)。1973年1月14日 - )は、兵庫県加東市(滝野地区)出身の女子陸上競技長距離走・マラソン元選手、陸上競技指導者。選手として1990年代中盤から2000年代前半にかけて活躍、2000年シドニーオリンピック女子マラソン日本代表・7位入賞。 現役引退後は、2011年3月末日まで岡山県岡山市の天満屋女子陸上競技部でコーチ業を務めていた。2015年度より岡山市内の環太平洋大学(IPU)・陸上競技部コーチ、同女子駅伝部監督に就任。2020年4月1日より天満屋女子陸上競技部ヘッドコーチに就任。ほか岡山県の桃太郎夢クラブ理事・コーチングスタッフ、スポーツ解説者などでも活動中。
朝原 宣治(あさはら のぶはる、1972年6月21日 - )… 朝原 宣治(あさはら のぶはる、1972年6月21日 - )は、兵庫県神戸市北区出身の陸上競技元選手で、専門種目は短距離走・走幅跳。2008年北京オリンピック・陸上男子4x100mリレーの銀メダリストである。現在は陸上競技指導者・スポーツ解説者等で活動中。 100メートル競走においては、日本人として初めて10秒1台及び10秒0台を記録し、日本記録を3回更新した。 妻は同志社大学時代の同窓生かつアーティスティックスイミング元選手で、1992年バルセロナオリンピックソロ・デュエット各種目の銅メダリスト・奥野史子。長女・長男・次女の3人の子供がいる。 神戸市立小部東小学校、神戸市立小部中学校、兵庫県立夢野台高等学校、同志社大学商学部卒業後、大阪ガス入社。
山本 佳子(やまもと よしこ、1970年6月6日 - )は、… 山本 佳子(やまもと よしこ、1970年6月6日 - )は、日本の元女子陸上競技・マラソン選手。元日本女子マラソン最高記録保持者。本名、本田 佳子(ほんだ よしこ)。兵庫県神戸市出身。夫は、元マラソン選手で現・センコー株式会社・女子陸上競技部の監督本田大造で、現在2児の母。 中学生から本格的に陸上競技を始める。当時、父親から毎日10kmのロードワークを課せられており、滝川第二高校進学後は学校と自宅の間の約16 - 17kmをほぼ毎日走って帰宅していた(夏休みには練習に登校する際も走っていた)。 高校3年生の1988年、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会の近畿予選に3000mで出場するも敗退し、ショックから胃潰瘍を発症、その治療薬の副作用で今度は貧血にかかり、秋の京都国体でも予選落ちしてしまう。
山内 健次(やまうち けんじ、1964年8月10日 - )は… 山内 健次(やまうち けんじ、1964年8月10日 - )は、兵庫県神戸市東灘区生まれの日本の男子陸上競技選手。100m(手動計時)、200m、4×100mリレー、4×200mリレー、4×400mリレー種目の元日本記録保持者。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。2016年3月まで佐野短期大学総合キャリア教育学科教授、2016年4月より東京福祉大学短期大学部こども学科教授。
永尾 嘉章(ながお よしふみ、1963年2月9日 - )は、… 永尾 嘉章(ながお よしふみ、1963年2月9日 - )は、兵庫県三木市出身の日本の車いす陸上競技選手 (T54) 。神戸市在住。ANAORI Athlete Club(アナオリアスリートクラブ)に所属。 短距離選手としてパラリンピック7大会出場を果たした、車いす陸上界のパイオニア。2012年まで自己記録の更新をし続けるなど、メディアからは『超人』『ラストサムライ』などと言われている。アテネパラリンピック選手団主将を務め、400×4mで自身初、リレー初の銅メダルを獲得。パラリンピック車いす陸上選手最多出場選手で、T54クラスという層の厚いクラスで、すべての大会において決勝進出を果たしている。 5歳でポリオ(小児麻痺)を発症、兵庫県内の養護学校高等部在籍中に車いす陸上を始めた。
渋谷 俊浩(しぶたに としひろ、1962年8月30日 - )… 渋谷 俊浩(しぶたに としひろ、1962年8月30日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走、マラソン)。兵庫県加古川市出身。
池田富雄(いけだとみお、1962年1月 - )は、日本のボデ… 池田富雄(いけだとみお、1962年1月 - )は、日本のボディービルダー、砲丸投選手。 兵庫県神戸市生まれ、兵庫育英高校出身。高校卒業後、日本国有鉄道(現JR)に就職。国鉄時代は朝霧駅、西明石駅勤務を経て、1984年に鉄道公安官となる。国鉄民営化とともに、1987年兵庫県庁に入庁。1990年にボディビルコンテストデビューした。 近年では、40歳から45歳までの間に全日本マスターズ陸上5回の優勝を飾った。40歳のとき自己ベストでもある年齢別日本記録(14m25)を樹立。その他、M40歳クラス(40歳以上44歳以下)では全日本、近畿、兵庫県マスターズの大会記録保持者となる。M45歳(45歳以上49歳以下)クラスでは、2007年度全日本マスターズで記録(優勝)した13m69が2007年度マスターズ世界年間ランキングで19位にランクされる。
尾縣 貢(おがた みつぎ、1959年6月29日 - )は、日… 尾縣 貢(おがた みつぎ、1959年6月29日 - )は、日本の陸上競技解説者・陸上競技選手・体育学者。元十種競技日本王者。博士(体育科学)(筑波大学)。日本陸上競技連盟会長。筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。 兵庫県加東郡滝野町(現在の加東市)出身。兵庫県立小野高等学校、筑波大学卒業。 小野高校時代、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会の110mHに出場。全国制覇を成し遂げた。筑波大学時代は、十種競技の日本のトップ選手として名をはせた。小野高時代の1977年にアメリカ・ロサンゼルスで開催された日米ジュニア陸上大会で記録した110mHの14.1秒と、筑波大時代の1982年に筑波大で開催された混成記録会での十種競技7255点は、2021年現在も兵庫県民男子最高記録の地位を維持し続けている。
浅井 浄(あさい きよし、1940年2月6日 - )は、兵庫… 浅井 浄(あさい きよし、1940年2月6日 - )は、兵庫県出身の日本の元陸上競技選手。専門は短距離走。陸上競技引退後にプロ野球阪急ブレーブスでマネージャーやトレーニングコーチを務めた。 父は軍医で、終戦時には父が赴任していたベトナムにおり、フランス語の方が堪能だったという。日本への帰国まで長引いたため小学校には2年遅れて入り、日本語の拙さを周囲に揶揄されて母が通訳のために来たこともあった。明石市立衣川中学校から兵庫県立明石高等学校の時期に、短距離走で好成績を上げるようになる。兵庫県立明石高等学校から関西学院大学に進む。大学では小学生の時とは逆にフランス語の単位に苦しんだという。 在学中、関西学生対校選手権(関西インカレ)では1960年から1963年まで100メートル (m)で4連覇を達成。
小桜 京子(こざくら きょうこ、1933年〈昭和8年〉5月2… 小桜 京子(こざくら きょうこ、1933年〈昭和8年〉5月27日 - 2023年〈令和5年〉6月15日)は、日本の女優、喜劇役者。 前夫は引田天功、娘は声優の引田有美、叔父は柳家金語楼。 兵庫県明石市出身。新宿区立牛込第一中学校卒業。 3歳の時に柳家金語楼にあずけられ金語楼劇団の子役として舞台デビュー。14歳で修業のため3年間付き人をつとめる。1953年、NHKテレビ開局と共にテレビ番組に出演し、1956年に『金語楼劇場・おトラさん』のお豆さん役がヒットする。 以後、快活な喜劇役者として、映画『おトラさんシリーズ』『駅前シリーズ』『恋人と呼んでみたい』などに出演する。舞台やドラマにも出演し、フジテレビのバラエティ番組『ライオンのいただきます』では準レギュラーを務めた。
木村 一夫(きむら かずお、1909年6月28日 - 198… 木村 一夫(きむら かずお、1909年6月28日 - 1987年11月4日)は、日本の陸上競技(走高跳)の選手。 1920年代後半から1930年代にかけて活躍し、日本陸上競技選手権大会優勝5回、1929年から1933年にかけて日本記録保持者。1928年アムステルダムオリンピックと1932年ロサンゼルスオリンピックに出場した。 兵庫県加古郡加古川町(現在の加古川市)出身。関西学院中学部に進み、1927年の第8回極東選手権大会(上海)の走高跳で2位。1926年・1927年の日本陸上競技選手権大会で優勝。 早稲田大学に進学。1928年の日本陸上競技選手権大会で優勝(以後、1929年・1931年と早稲田大学所属で優勝)。
三木 義雄(みき よしお、1904年または1905年6月6日… 三木 義雄(みき よしお、1904年または1905年6月6日 - 没年不明)は、日本の陸上競技選手。1920年代にハードル競走で活躍して日本記録を更新、1928年アムステルダムオリンピックに出場した。 兵庫県揖保郡揖西村構(現在のたつの市揖西町構)に生まれる。旧制龍野中学校(現在の兵庫県立龍野高等学校)に入学し、1923年の日本陸上競技選手権大会では走高跳に1メートル (m)65の記録で優勝する。この年の第6回極東選手権競技大会予選では走高跳で4位となり、代表選手に選出された。しかし「大会参加選手」に名前が載っているものの、大会本番での記録は残っておらず、実際に出場したかどうかは不明である。 慶應義塾大学に進学し、1925年には明治神宮競技大会の200mハードル種目で24秒6の記録を出した(当時の日本記録・世界記録という)。
加賀 一郎(かが いちろう、1898年(明治31年) - 1… 加賀 一郎(かが いちろう、1898年(明治31年) - 1946年(昭和21年)11月5日)は、日本の陸上競技選手(短距離走)、陸上競技指導者。 父は衆議院議員も務めた加賀卯之吉で、松竹常務を務めた加賀二郎は実弟、女優の加賀まりこは姪(弟の娘)にあたる。 加賀卯之吉の長男として生まれる。生母は大阪府人・山田ひさよで(庶子にあたる)、大阪府で生まれたとされる。 兵庫県立伊丹中学校の創立30周年記念誌(1932年)には「本校運動部の生める選手」とある。1923年の雑誌の読者質問欄への回答にも出身中学は「伊丹中」と記載されている。公式記録に残っていない旧制伊丹中学校野球部の選手を取り上げた神戸新聞の記事では、加賀は野球部での先輩だったと記された。
田中 希実 は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走、長距離走… 田中 希実 は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走、長距離走。女子1000m、女子1500m、女子2000m、女子3000m、女子5000mの日本記録保持者。U20世界選手権3000メートル競走金メダリスト。2020年東京オリンピック1500m、5000m各代表。兵庫県小野市出身。2026年4月から豊田自動織機TC所属。
加納 由理 は、日本の女子陸上競技選手、指導者。
小谷 浩(こたに ひろし)は、日本のアシックスランニングクラ… 小谷 浩(こたに ひろし)は、日本のアシックスランニングクラブコーチ、陸上競技指導者。兵庫県朝来市出身。 アシックスランニングクラブでのイベントをはじめ、外部企業向けイベント、東京マラソンペースセッター、メディア出演、タレント・モデルのパーソナルコーチ、伴走などで活躍。大小合わせ通算2000回以上のイベントを行っており。2024年のランニングイベント回数は160回以上。国内外でのレース経験も豊富。 「自分の成長を実感できるスポーツ」であるランニングの魅力や楽しさを伝えている。 朝来市立和田山中学校で陸上を始める。その後兵庫県立西脇工業高等学校陸上部、名古屋商科大学陸上部を経て、2011年よりアシックスランニングクラブコーチとして活動開始。