佐原 菜々花(さはら ななか、2009年12月23日 - )… 佐原 菜々花(さはら ななか、2009年12月23日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 2024年、女子U17世界選手権の日本代表選手に選出され、試合に出場。決勝で中国に敗れ2位。 2025年10月31日、岡山シーガルズに加入。大阪国際高等学校1年生であり、SVリーグ最年少選手となる。 2025年11月2日、2025-26シーズンの大阪マーヴェラス戦に出場し、15歳10ヶ月でSVリーグ初出場。
濱田 真友(はまだ まゆ、2003年5月8日 - )は、日本… 濱田 真友(はまだ まゆ、2003年5月8日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 兵庫県宝塚市出身。女子日本代表の試合をテレビで観てやりたいと思い、小学1年生からバレーボールを始める。 大阪国際滝井高等学校を経て、2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する岡山シーガルズの内定選手となった。 2022年、高校卒業後に、岡山シーガルズに入団した。入団1シーズン目となる2022/23シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
川釣 奈津(かわつり なつ、2001年7月16日 - )は、… 川釣 奈津(かわつり なつ、2001年7月16日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 父が高校のバレーボール部監督をしており、高校生の試合をよく見に行っていたことと、先に始めていた姉の影響でバレーボールを始める。 2017年4月、県内の強豪校である兵庫県立氷上高等学校に進学し、2020年1月に開催された春高バレーに出場している。 園田学園女子大学(現・園田学園大学)在学中の2024年1月、アランマーレ山形への入団内定が発表され、卒業後の同年4月にプレステージ・インターナショナルに入社。10月12日に行われた2024-25シーズンチーム開幕戦であるデンソーエアリービーズ戦に出場し、SVリーグデビューを果たした。
岩本 大吾(いわもと だいご、2001年2月10日 - )は… 岩本 大吾(いわもと だいご、2001年2月10日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 兵庫県尼崎市出身。両親の影響で12歳からバレーボールを始めた。 2016年、尼崎市立尼崎高等学校に進学。高校時代は3年とも全日本高等学校選手権大会(春高バレー)に出場。3年時、ユース日本代表に選出され、アジアユース選手権(U-18)に出場し、チームの優勝に貢献した。また、高校でも全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で優勝を果たし、自身もベスト6を受賞した。2019年の第71回春高バレーでは準決勝に進出した。 2019年、早稲田大学に進学。同年、ユース日本代表としてU19世界選手権に出場。全日本大学選手権大会(全日本インカレ)では、1年時から3連覇を果たし、3年時の第74回大会では最優秀選手賞も受賞した。
足立 溜奈(あだち るな、2000年11月3日 - )は、日… 足立 溜奈(あだち るな、2000年11月3日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 小学1年生の頃、地元の少女バレーボールクラブでコーチを務める父の影響でバレーボールを始める。 中学校でもバレーボールを続け、地元の丹有地区から選抜された選手が集まる練習会で、県内の強豪校である氷上高校女子バレーボール部の川釣修嗣監督から勧誘され入部を決断。2016年4月、兵庫県立氷上高等学校に進学する。高校ではレギュラーを獲得し全国高等学校総合体育大会(インターハイ)にも出場した。同校の1学年下の後輩にはアランマーレ山形の川釣奈津がいる。 氷上高校卒業後、東京女子体育大学に進学。1年時からレギュラーの座をつかみ、東日本バレーボール大学選手権大会(東日本インカレ)の準優勝などに貢献。
野津 亜珠佳(のづ あすか、2000年5月23日 - )は、… 野津 亜珠佳(のづ あすか、2000年5月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 兵庫県たつの市出身。 2016年、兵庫県立龍野高等学校に進学。全国高校大会の出場経験はなく、2019年、一般入試で筑波大学に進学した。4年になった2022年、第70回黒鷲旗全日本選抜大会で活躍し、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する日立Astemoリヴァーレとヴィクトリーナ姫路から勝利を挙げてのベスト8進出に貢献した。2022/23シーズン、ヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、大学卒業後に、ヴィクトリーナ姫路に入団した。
長瀬 そら(ながせ そら、1999年8月18日 - )は、日… 長瀬 そら(ながせ そら、1999年8月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 兵庫県猪名川町出身。小学3年生のとき、通っていた小学校にクラブチームがあったため自身もバレーボールを始めた。 2017/18シーズン、岡山シーガルズの内定選手となる。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場しVリーグデビューを果たした。2018年、高校卒業後に、岡山シーガルズに入団した。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(交流戦・プレーオフを含む)。
難波 尭弘(なんば たかひろ、1998年5月1日 - )は、… 難波 尭弘(なんば たかひろ、1998年5月1日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 兵庫県姫路市生まれ。三重県四日市市出身。中学校までは硬式野球をしていた。高校1年生のとき、部活の監督に誘われたのがきっかけでバレーボールを始める。 四日市工業高等学校、天理大学を経て、2020年10月、V.LEAGUE DIVISION1(V1)に所属する東レアローズの内定選手になったと発表され、2021年、大学を卒業してから東レに入団した。 2021-22シーズン、入団1年目のルーキーにして、V1リーグにて、2022年1月24日のVC長野トライデンツ戦で初めてスタメン出場を果たし、8得点を挙げてストレート勝ちに貢献した。
森 愛樹(もり あいき、1998年4月19日 - )は、日本… 森 愛樹(もり あいき、1998年4月19日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 兵庫県揖保郡出身。小学1年生からバレーボールを始める。 市立尼崎高等学校を経て、近畿大学に進学。 2017/18シーズン、V・チャレンジリーグII(当時のVリーグ3部リーグ)に所属する近畿クラブスフィーダにインターンとして入団。同シーズン、V・チャレンジリーグIIの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。2018/19シーズンもインターンとして近畿クラブスフィーダでプレーした。 2021年、V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)に所属する兵庫デルフィーノに入団した。 2021-22シーズン、V2男子にてサーブレシーブ賞を受賞した。
小山 貴稀(こやま たかき、1997年11月23日 - )は… 小山 貴稀(こやま たかき、1997年11月23日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 兵庫県豊岡市出身。中学1年生の時に、顧問に誘われてバレーボールを始める。 2013年、尼崎市立尼崎高等学校に進学。2014年、U18日本代表としてアジアユース選手権に出場し、チームの準優勝に貢献。2015年、U19日本代表として、世界ユース選手権に出場。 2016年、大阪産業大学に進学。同年、U20日本代表としてアジアジュニア選手権に出場。2017年、U21日本代表として世界ジュニア選手権に出場。 2020年、ウルフドッグス名古屋に入団。 2025年3月、2024-25シーズン限りでの現役引退が発表された。
福井 愛加(ふくい まなか、1997年11月17日 - )は… 福井 愛加(ふくい まなか、1997年11月17日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県洲本市出身。一人っ子。TVで日本代表の試合を観戦したことをきっかけにバレーボールを始めた。 2020年、ヴィクトリーナ姫路へ入団。 2021-22シーズンをもって現役を引退した。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(交流戦・プレーオフを含む)。
堀込 奈央(ほりごめ なお、1996年6月26日 - )は、… 堀込 奈央(ほりごめ なお、1996年6月26日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県伊丹市出身。小学2年生のとき、アテネオリンピックをテレビで観戦したことをきっかけにバレーボールを始めた。 金蘭会高等学校3年生時にはキャプテンとして同学の春高バレー2015出場と優勝に貢献した。 2015年4月、龍谷大学に進学。 2015年8月にトルコで開催される第2回世界U-23女子選手権大会の日本代表メンバーに選出される。最終順位を4位で終えた。 大学卒業後にバレーを続けるつもりはなく、3年時はオーストラリアでの語学留学でバレーを離れていたが、龍谷大学監督の江藤直美からヴィクトリーナ姫路のトライアウトを紹介され受けることとした。
丸元 美緒(まるもと みお、1995年9月7日 - )は、日… 丸元 美緒(まるもと みお、1995年9月7日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県三田市出身。三田市立藍中学校を卒業後、バレーボールの強豪校である兵庫県立氷上高等学校に進学。1年次からレギュラーとして活躍し、2012年の春高バレーでは準優勝に貢献した。2014年2月、Vプレミアリーグのデンソーエアリービーズの内定選手となり、同年12月の東レ戦でVリーグデビューした。 2018年5月の黒鷲旗大会をもって現役引退。 Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。
大元 朱菜(おおもと しゅな、1995年5月2日 - )は、… 大元 朱菜(おおもと しゅな、1995年5月2日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 兵庫県神戸市出身。一人っ子。小学生のとき、友達に誘われてバレーボールを始めた。 2017年12月1日、ヴィクトリーナ姫路への入団内定が発表された。同期入団は菅原未来、中本葉月、溝口由利香。 2019年4月20日、浦安市運動公園総合体育館で行われた2018-19 V.LEAGUEオールスターゲームに「V2オールスター Teamブイリー(西軍)」として出場した。 2021年6月20日、加古川市立総合体育館で行われた第76回国民体育大会兵庫県予選兼第75回兵庫県民体育大会にヴィクトリーナ姫路の育成チームであるマックスバリュ・ヴィクトリーナの助っ人として出場。
久原 翼(ひさはら つばさ、1995年3月18日 - )は、… 久原 翼(ひさはら つばさ、1995年3月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 兵庫県尼崎市出身。兄2人がバレーボールをしていて父親が指導者だった影響で小学生でバレーボールを始める。当時所属したのは父親がコーチをしていた常光寺バレーボールスポーツ少年団。2番目の兄は元JTサンダーズ広島の久原大輝。 南武庫之荘中学校時代は、全国大会に出場し個人としても記録を残した兄と比べられることが多く、バレーボールが好きではなかった。 市立尼崎高等学校に進学すると身体の成長でプレーの幅が広がり、代表のアンダーカテゴリーに選ばれ徐々に自信を着ける。 全日本高等学校選手権大会(春高バレー)や 全国高等学校総合体育大会(インターハイ)にも度々出場した。
久原 大輝(ひさはら だいき、1991年12月26日 - )… 久原 大輝(ひさはら だいき、1991年12月26日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 兵庫県尼崎市出身。父と兄の影響を受けて小学1年生の頃からバレーボールを始める。 尼崎市立尼崎高等学校を経て筑波大学に進学。大学時代はV・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部リーグ)に所属するつくばユナイテッドSun GAIAでもプレー。2013年、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するJTサンダーズ(現・JTサンダーズ広島)の内定選手となった。内定選手として2013/14 V・プレミアリーグに出場した。 2014年、大学卒業後に、JTサンダーズに入団した。 2021年、2020-21シーズン終了をもって現役引退。
馬場 ゆりか(ばんば ゆりか、1991年9月16日 - )は… 馬場 ゆりか(ばんば ゆりか、1991年9月16日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 兵庫県加古川市出身。2人姉妹の次女。バレーボールを始めたきっかけは、小学5年生のときに練習を見学したチームが強かったため。 2014年、大野石油広島オイラーズに入団。 2016年、仙台ベルフィーユに移籍入団。 2017年6月、所属していた仙台ベルフィーユが運営会社の経営難・事業停止等の理由により廃部・解散。 2017年9月7日、KUROBEアクアフェアリーズ公式サイトにて、同チームへの移籍入団が発表された。銀盤酒造株式会社所属。 2018年2月25日、Vリーグ機構により個人賞が発表され、サーブレシーブ賞を受賞。
横江 千秋(よこえ ちあき、女性、1989年6月26日 - … 横江 千秋(よこえ ちあき、女性、1989年6月26日 - )は、日本のバレーボール選手。VチャレンジリーグのJTマーヴェラス所属。
阿部 領太(あべ りょうた、1989年4月3日 - )は、日… 阿部 領太(あべ りょうた、1989年4月3日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 兵庫県南あわじ市出身。中学1年生のとき、楽しそうだと関心を持ちバレーボールを始める。 尼崎市立尼崎高等学校、東亜大学を経て、2011/12シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属する大分三好ヴァイセアドラーの内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場しVリーグデビューも果たした。 2012年、大学卒業後に、大分三好ヴァイセアドラーに入団した。 2023年、2022-23 V.LEAGUE DIVISION1 MENをもって現役を引退した。大分三好では選手兼応援団長として活動していた。
山田 友香(やまだ ひろか、1989年3月20日 - )は、… 山田 友香(やまだ ひろか、1989年3月20日 - )は、日本の女子バレーボール選手。ニックネームはヒロ。VチャレンジリーグのBefcoビービースターズ所属。
雨堤 みなみ(あまづつみ みなみ、1988年9月8日 - )… 雨堤 みなみ(あまづつみ みなみ、1988年9月8日 - )は、日本の女子バレーボール選手。Vチャレンジリーグ・仙台ベルフィーユ所属。
仁里 奈那美(にり ななみ、1986年1月7日 - )は、日… 仁里 奈那美(にり ななみ、1986年1月7日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県三原郡三原町(現・南あわじ市)出身。姉の影響で小学3年よりバレーボールを始める。 三原高校卒業後、三洋電機洲本を経て2006年秋に四国Eighty 8 Queenに加入。2007年、エイティエイツのチャレンジリーグ昇格に貢献した。 2011年4月、四国Eighty 8 Queenを退団。ボクシング転向を決意し、高松市の梅下ボクシングジムに入門。同ジムで開かれた8月の強化合宿にも練習生として参加。2012年2月の全日本選手権を目指していたが、怪我のため断念し、5月の全日本実業団選手権でデビュー予定も流れボクシングは断念。
坂下 麻衣子(さかした まいこ、1985年2月25日 - )… 坂下 麻衣子(さかした まいこ、1985年2月25日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 兵庫県西宮市出身。小学校3年生よりバレーボールを始める。夙川学院高校時代は、インターハイ・国体に出場。武庫川女子大学では、最高到達点302cmの高さから繰り出されるパワフルなスパイクでエースとして、関西大学女子1部リーグ戦優勝に貢献した。2005年ユニバーシアード日本代表。 2007年、JTマーヴェラスへ初の地元出身選手として入部。同年ユニバーシアード日本代表に再び選出。同年10月、ワールドカップ出場候補選手に選出されたが、最終メンバーに残れず出場することはできなかった。 2007-08プレミアリーグ開幕戦でリーグデビュー。
神田 聖馬(かんだ せいま、1984年9月21日 - )は、… 神田 聖馬(かんだ せいま、1984年9月21日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 兵庫県明石市出身。上宮太子高校時代には全日本高校選抜、日本体育大学時代には全日本B代表に選出されている。 2007年大学を卒業後、大分三好ヴァイセアドラーに入団。2008年チャレンジ!おおいた国体ではエースとして成年男子6人制初優勝に貢献した。 2010年7月、JTサンダーズへ移籍。同年度のV・サマーリーグ優勝に貢献、自身もMVPに選ばれた。2014年に引退し、JTでの社業に専念する。
馬場 大拓(ばば だいたく、1983年6月30日 - )は、… 馬場 大拓(ばば だいたく、1983年6月30日 - )は、日本のバレーボール指導者。 兵庫県美方郡新温泉町出身。 兵庫県立浜坂高等学校から日本体育大学に進学し、1年生の6月から女子バレーボール部のコーチを務める。大学卒業後は日本体育大学大学院に進学。 神戸学院大学女子バレーボール部やベトナムのクラブチームのコーチを経て、2015年にJTマーヴェラスのコーチに就任。 2018年からは中田久美が監督を務める日本女子代表のコーチとなった。 2020年9月、埼玉上尾メディックスのコーチに就任。2024年5月の第72回黒鷲旗をもって退団。 2024年6月、PFUブルーキャッツ石川かほくの監督に就任した。
今田 祐介(いまだ ゆうすけ、1981年2月20日 - )は… 今田 祐介(いまだ ゆうすけ、1981年2月20日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 兵庫県相生市出身。母親の影響で青葉台小学4年(相生JVC)よりバレーボールを始める。天理大学を経て、2003年にVリーグの東レアローズに入団。2007年全日本代表に選出され、同年ワールドリーグに出場した。 2013年4月、黒鷲旗大会をもって引退し、社業に専念することが発表された。
三枝 大地(さえぐさ だいち、1980年3月7日 - )は、… 三枝 大地(さえぐさ だいち、1980年3月7日 - )は、日本のバレーボール指導者である。 兵庫県加西市出身。加西市立北条中学校でバレーボールを始める。 兵庫県立北条高等学校卒業後、一浪を経て一般入試で東海大学体育学部体育学科に進学。バレーボール部は推薦入学者のみ入部可能であったが、監督に頼み込んで入部を認められた。大学3年生でマネージャーに転向。 2003年に大学を卒業。運送会社に就職したが、入社年の夏に青年海外協力隊のバックアップとして2週間ニジェールでバレーボールの指導を行う。 2005年に退職し、青年海外協力隊隊員としてチリのバルディビアに赴任。アウストラル大学(スペイン語版)の監督として指導しながら、クラブチームを結成し選手として全国大会で優勝を経験。
今井 啓介(いまい けいすけ、1980年2月5日 - )は、… 今井 啓介(いまい けいすけ、1980年2月5日 - )は、日本の元インドアバレーボール選手、元ビーチバレーボール選手。現在はバレーボール、ビーチバレーの指導者、大学講師、Vリーグ解説員(DAZN、GAORA)である。 兵庫県西宮市出身。西宮市立学文中学校、洛南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 中央大学を卒業後、パナソニックパンサーズに入団。 2004年、インドア日本代表に初選出。北京オリンピックを目指すも、2006年足首故障による手術のため戦線を離脱。1年に及ぶリハビリ後、ポジションをコンバート。ミドルブロッカーとオポジットの2つのポジションを担い、2008年にはVリーグ優勝、黒鷲旗優勝、全日本選手権準優勝に貢献し日本一を経験する。
前田 悟(まえだ さとる、1977年8月9日 - )は、日本… 前田 悟(まえだ さとる、1977年8月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 兵庫県尼崎市出身。尼崎市立大島小学校5年次からバレーボールを始める。尼崎市立大庄北中学校卒業後、履正社高等学校へ入学する。1996年、近畿大学へ進学。1998年3年次には全日本男子学生選抜に選ばれている。 2000年、NTT西日本レグルスに入団。2001年には全日本に選出され東アジア競技大会大阪大会に出場し優勝する。 2002年、レグルスが休部したことに伴い、日本たばこ産業(JT)へ入社、JTサンダーズに入部した。レギュラーセッターとして活躍、2004年および2005年には全日本メンバーに選手登録され、2004年ワールドリーグに出場している。
三浦 聖子(みうら せいこ、1976年5月24日 - )は、… 三浦 聖子(みうら せいこ、1976年5月24日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。兵庫県姫路市出身。 デンソーのサイドアタッカー(主にライトポジション)として長く活躍した。 1995年に日本電装に入社、翌年の実業団リーグ(現・チャレンジリーグ)で新人賞を受賞。1998年のVリーグオールスターではファン投票で出場選手として選出される(故障の治療を理由に辞退)。バーバラ・イエリッチのワンマンチームとなっていた90年代後半のデンソーにおいて、櫻井由香と共にレシーブの要として貢献。スパイクやサーブでも活躍を見せた。 後年は若手選手の台頭により控えに回ったが、レシーバーとして出場する機会も多く、欠かせない存在であった。
藤本 幹朗(ふじもと みきお、1974年10月4日 - )は… 藤本 幹朗(ふじもと みきお、1974年10月4日 - )は、日本のバレーボール指導者。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立神戸高塚高、東北福祉大学を経る。 三洋電機レッドソアの監督を務め、2006/07V・チャレンジリーグ優勝に導く。2008年に退任。同年、上尾メディックスのコーチに就任。2012年6月に同チームから柏エンゼルクロスに移籍し、監督に就任。 2013年7月、コーチとしてV・プレミアリーグのトヨタ車体クインシーズに移籍。2016年に退団。 2018年、9人制のパイオニアレッドソニックスで監督を務めた。 2020年からは、同じく9人制のデンソーテンレッドフェニックスのコーチを務め、2023年に監督に就任した。
足立 留美(あだち るみ、1974年4月25日 - )は、日… 足立 留美(あだち るみ、1974年4月25日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県加古川市出身。小学校4年生より地域スポーツクラブでバレーボールを始める。氷上高校時代は春高バレー(ベスト6賞)、インターハイ優勝(優秀選手)を経験した。 1993年、イトーヨーカドーに入社。第5回Vリーグよりレギュラー獲得、ヨーカドー最後の主将を務めた。2001年イトーヨーカドー廃部に伴い、武富士バンブーへ移籍。小柄を生かした速いスパイクとサーブに加え、巧みなテクニックを武器に主力選手として活躍。 2007年4月、Vリーグ出場試合がNECレッドロケッツの大貫美奈子と共に女子選手歴代1位の275試合(当時)となり、リーグ40回大会を記念し創設された『Vリーグ特別表彰制度』で長期活躍選手として特別表彰された。
小泉 栄子(こいずみ えいこ、現姓:山田、1973年9月1日… 小泉 栄子(こいずみ えいこ、現姓:山田、1973年9月1日 - )は、日本のプロビーチバレー選手(元インドアバレーボール選手)。 岡山県生まれ、兵庫県明石市出身。中学校1年生からバレーボールを始め、県代表として全国大会に出場。氷上高校時代、主将として1991年春高バレー優勝を経験した。 1992年、イトーヨーカドーに入団。1997年、1998年Vリーグオールスター戦に出場した。 1999年、東北パイオニアに移籍。斎藤真由美、内田役子らと共にVリーグ昇格の原動力となった。 2002年にインドアから引退。地元に戻り、OLやスポーツインストラクターなどを経て、2005年からビーチバレーを始める。以来田中姿子とペアを組み、国内外を転戦中。
苗村 郁代(なむら いくよ、現姓:立石、1969年5月13日… 苗村 郁代(なむら いくよ、現姓:立石、1969年5月13日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。1992年、全日本に選出されバルセロナオリンピックに出場した。 兵庫県龍野市(現・たつの市)出身。実姉の影響で小学3年からバレーボールを始める。兵庫県立氷上高等学校在学中に、ジュニア代表としてアジアジュニア選手権大会や世界ジュニア選手権大会に出場した。 1988年、日本リーグのイトーヨーカドー(当時)に入部。1992年に全日本に選出され、バルセロナオリンピックに出場した。
石掛 美知代(いしかけ みちよ、1966年3月17日 - )… 石掛 美知代(いしかけ みちよ、1966年3月17日 - )は、日本の元バレーボール選手。全日本代表として1991年にワールドカップ、1992年にバルセロナオリンピックに出場した。 兵庫県姫路市出身。兵庫県立氷上農業高等学校を経て1983年にイトーヨーカドーに入社。1991年ワールドカップバレーボール、1992年バルセロナオリンピックに出場した。
樫野 幸子(かしの さちこ、現姓:西岡、1965年11月24… 樫野 幸子(かしの さちこ、現姓:西岡、1965年11月24日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県三原郡西淡町伊加利(現・南あわじ市伊加利)出身。志知高校を経て、1984年に日本リーグのユニチカ(当時)に入部。 ユニチカのエースとして長年活躍し、1989年に全日本に選出され、1989年ワールドカップバレーボールに出場した。1990年に現役引退。 現在は南あわじ市職員として勤務するかたわら、元全日本選手として、スポーツイベントなどに出ている。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。
楊 成太(よう せいた、양 성태、ヤン・ソンテ、1965年2… 楊 成太(よう せいた、양 성태、ヤン・ソンテ、1965年2月24日 - )は、兵庫県出身の元バレーボール選手、バレーボール指導者である。 兵庫県尼崎市出身。神戸朝鮮高級学校を経て東海大学に進学。昭和61年度秋季リーグ戦やインカレで優勝。 卒業後の1987年に日本電気に入社。1989年からは主将を務め、チームを支えた。1991年度の第25回日本リーグではチームの初優勝に大きく貢献し、最高殊勲選手賞に輝いた。また、1996年度の第3回Vリーグではベスト6に選ばれた。 ビーチバレージャパンでは日本電気(同期入社)の金子敏和と組み、第5回準優勝、第7, 9回優勝。 2000年現役引退。コーチに転じる。
松下 晃子(まつした あきこ、1963年7月22日 - )は… 松下 晃子(まつした あきこ、1963年7月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立夢野台高等学校を経て、1982年、日本リーグのユニチカ(当時)に入部。 1986年から4年間、チームの主将を務めた。1989年、全日本に選出され、同年のワールドカップに出場。1990年、第23回日本リーグではチーム準優勝に大きく貢献し、自らも敢闘賞、ベスト6に輝いた。 1990年に現役を引退し、カリフォルニア大学へ留学。1997年から2000年まで、デンソーのトレーナーを務めた。
増成 一志(ますなり かずし、1962年9月22日 - )は… 増成 一志(ますなり かずし、1962年9月22日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 兵庫県姫路市出身。実兄の影響で中学1年よりバレーボールを始める。 高校卒業後、象印を皮切りに数々のチームを渡り歩き、2003年に現役を引退する。 2005年に旭化成スパーキッズで現役復帰。2006年、旭化成の休部に伴い大分三好ヴァイセアドラーに移籍、監督も務めた。2009年に再び兼任監督就任し、2009-10シーズン終了後に現役引退。プレミアリーグ最年長選手として47歳までプレーした。2010年に総監督に就任し、2010-11シーズン終了後、2011年4月にチームを退団した。 2011-12シーズン前に豊田合成トレフェルサのセッターコーチに就任。
田中 幹保(たなか みきやす、1955年3月18日 - )は… 田中 幹保(たなか みきやす、1955年3月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手(元全日本代表)・指導者。元バレーボール全日本男子代表監督。 兵庫県飾磨郡夢前町(現姫路市)出身。兵庫県立姫路東高校から1973年新日鐵に入社。強烈なスパイクを武器に1年目からレギュラーとして活躍。同年の都市対抗全日本選手権大会(現・黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会)ではチームのベスト4進出の原動力となる。 同年、18歳で全日本代表に初選出され、以後オリンピックに2回(モントリオール・ロサンゼルス)、ワールドカップには2回出場。1977年ワールドカップ東京大会では銀メダルを獲得した。 ロサンゼルスでは、下村英士とともにドーピング疑惑で失格となり話題となった。
小田 勝美(おだ かつみ、1952年5月6日 - )は、日本… 小田 勝美(おだ かつみ、1952年5月6日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 株式会社ブレイザーズスポーツクラブ常務取締役、堺ブレイザーズ(V・プレミアリーグ所属男子バレーボール部)部長、Vリーグ機構理事、公益財団法人日本バレーボール協会強化事業本部副本部長を歴任。 兵庫県春日町(現・丹波市)出身。 大路中学卒業後、国鉄に勤務する叔父の世話で関西鉄道学園に入学。農林業を営む小田の父は卒業後に息子を国鉄に入れ、将来は地元の駅長にしたいという希望を持っていた。ところが、鉄道学園の近くの松下電器の練習を見学したことをきっかけに、小田はバレーボールに興味を持つようになる。そこで、ファンである新日鉄堺の中村祐造宛に、自分は192cmの身長がありバレーボールをやりたいという内容の手紙を送った。
中村 祐造(なかむら ゆうぞう、1942年4月24日 - 2… 中村 祐造(なかむら ゆうぞう、1942年4月24日 - 2010年7月20日)は、日本の元男子バレーボール選手、元バレーボール日本男子代表監督。現役時代は、渾身のドライブサーブと熱血プレーでチームを引っ張った。 1942年4月24日、兵庫県姫路市出身。 兵庫県立姫路工業大学附属高等学校(現・兵庫県立姫路工業高等学校)から八幡製鐵に入社。同社所属のバレーボール選手としてプレーした。 オリンピックには第18回東京大会、第20回ミュンヘン大会の2回出場。特にミュンヘン大会では日本代表主将としてチームを支え、準決勝のブルガリア戦に途中出場してセットカウント0-2と追い込まれた状況から逆転勝ちを呼び込む立役者のひとりとなるなど、日本の金メダル獲得に力を尽くした。
安井 由香子 は、日本の元女子バレーボール選手である。
藤原 亜紀 は、日本の元女子バレーボール選手。
眞鍋 政義 は、日本の元男子バレーボール選手(元全日本代表選… 眞鍋 政義 は、日本の元男子バレーボール選手(元全日本代表選手)、元日本女子代表監督。NPO法人日本バレーボール・オリンピアンの会理事。
井上 香織 は、日本の元女子バレーボール選手。マネジメント契… 井上 香織 は、日本の元女子バレーボール選手。マネジメント契約先は株式会社アーキテクト。
水田 祐未 は、日本の元女子バレーボール選手。