濱田 浩一郎(はまだ こういちろう、1983年4月8日–)は… 濱田 浩一郎(はまだ こういちろう、1983年4月8日–)は、日本の歴史学者、作家、評論家。専門は日本中世史。 大阪府生まれ、兵庫県相生市出身。2002年に兵庫県立相生高等学校卒業すると皇學館大学文学部国史学科に入学し、歴史学者の恵良宏に指導を受ける。2006年に同学部を卒え、同学大学院の文学研究科博士前期課程に進む。同研究科では歴史学者の上横手雅敬に師事し国史学を専攻、博士前期課程を修める。同科博士後期過程は2011年に単位取得を満了して退学する。 2010年に大学院の籍を保ちながら姫路獨協大学播磨学研究所に研究員として赴く(2012年に非常勤講師)。兵庫県立大学内播磨学研究所の研究員を務め、姫路日ノ本短期大学では非常勤の講師として教壇に立ち、また客員研究員に招かれた大阪観光大学の観光学研究所で研鑽を積む。
天野 忠幸(あまの ただゆき、1976年(昭和51年) - … 天野 忠幸(あまの ただゆき、1976年(昭和51年) - )は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。戦国時代の権力、宗教、地域社会、三好氏、松永氏を研究課題とする。天理大学教授。 1976年、兵庫県で生まれた。1995年3月、兵庫県立兵庫高等学校を卒業し、大阪市立大学文学部史学地理学科に進学した。1999年3月に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、2007年3月に博士後期課程を修了。 大阪市立大学都市文化研究センター研究員、関西大学非常勤講師、柏原市教育委員会生涯学習部文化財課非常勤嘱託職員、奈良県立医科大学非常勤講師、大阪市立大学文学部非常勤講師などを経て、2016年に天理大学准教授に就いた。
遠藤 慶太(えんどう けいた、1974年 - )は、日本の歴… 遠藤 慶太(えんどう けいた、1974年 - )は、日本の歴史学者、皇學館大学文学部国史学科教授。専門は日本古代史。 兵庫県明石市生まれ。1997年(平成9年)皇學館大学文学部国史学科卒業。2004年大阪市立大学大学院文学研究科博士後期課程修了、「平安勅撰史書研究 古代史書の本文と枠組み」で文学博士。2004年(平成16年)皇學館大学史料編纂所助手。2007年講師。2010年准教授。2013年同大学研究開発推進センター准教授。2017年同大学文学部国史学科准教授。2018年(平成30年)に皇學館教授(古代史担当教授)。
河江 肖剰(かわえ ゆきのり、1972年9月26日 - )は… 河江 肖剰(かわえ ゆきのり、1972年9月26日 - )は、日本のエジプト考古学者、博士(歴史学)。名古屋大学デジタル人文社会科学研究推進センター研究プロジェクト部門教授。米国ナショナル ジオグラフィック協会のエマージング・エクスプローラー。米国古代エジプト調査協会のメンバー。専門は、エジプト学、ピラミッド研究、3D計測、住居考古学。 兵庫県宝塚市出身。1992年から2008年までエジプトのカイロ在住。1992年、同国のランド・オペレーターであるバヒ・トラベル・エージェンシーでガイド/通訳として働く。2003年、カイロ・アメリカン大学(American University in Cairo)人文社会科学エジプト学卒業。
斉藤 利彦(さいとう としひこ、1971年 - )は、日本の… 斉藤 利彦(さいとう としひこ、1971年 - )は、日本の歴史学者。佛教大学歴史学部歴史文化学科教授。専門分野は日本文化史・日本芸能史。
一坂 太郎(いちさか たろう、1966年11月3日- )は、… 一坂 太郎(いちさか たろう、1966年11月3日- )は、日本の歴史学者。元東行記念館副館長・学芸員。主に長州・周防維新史を中心に研究執筆している。 兵庫県芦屋市出身。大正大学文学部史学科卒業。1995年山口県ふるさとづくり功労賞受賞。日本文芸家協会員、国際日本文化研究センター共同研究員(平成30年度)、萩博物館特別学芸員、防府天満宮歴史館顧問、至誠館大学特任教授(2007年4月~2019年3月)、春風文庫主宰などを歴任した。
山道 佳子(やまみち よしこ、1962年 - )は、日本の歴… 山道 佳子(やまみち よしこ、1962年 - )は、日本の歴史学者。専門はカタルーニャ近現代史。慶應義塾大学文学部教授。元スペイン史学会代表。 兵庫県神戸市生まれ。1984年上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。1987年上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻修士課程修了、国際学修士。1992年上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得退学。2000年静岡大学情報学部助教授。2005年慶應義塾大学文学部助教授。2009年同教授。2010年東京大学非常勤講師。2016年スペイン史学会代表。専門はカタルーニャ近現代史。
市澤 哲(いちざわ てつ、1960年 - )は、日本の歴史学… 市澤 哲(いちざわ てつ、1960年 - )は、日本の歴史学者。神戸大学教授。専攻は日本中世史。 兵庫県尼崎市出身。1991年、神戸大学大学院文化学研究科単位取得、満期退学。1994年神戸大学博士(文学)。上越教育大学学校教育学部助手、樟蔭女子短期大学講師、同助教授を経て、1998年神戸大学文学部助教授。2009年同大学院人文学研究科教授。 鎌倉時代から室町時代初期の政治史を専攻している。中世公家政権の構造的特質とその展開、建武の新政から室町幕府成立期にかけての公武関係の特質と天皇の政治的地位、地域社会から南北朝内乱の意味を問うことを中心に研究を進めている。
陳 來幸(ちん らいこう、1956年 - )は、日本の歴史学… 陳 來幸(ちん らいこう、1956年 - )は、日本の歴史学者。博士(文学)(神戸大学・論文博士・2003年)(学位論文「中国近代における商会の研究」)。兵庫県立大学名誉教授。ノートルダム清心女子大学教授。 作家・陳舜臣の姪(四弟・陳仰臣の娘)にあたる。 1972年に神戸中華同文学校を卒業。 その後、兵庫県立神戸高等学校[要出典]、大阪外国語大学外国学部英語学科(1979年3月卒業)を経て、神戸大学大学院文学研究科に進む。2003年、「中国近代における商会の研究」で、神戸大学より 博士(文学)の学位を取得(学位番号:乙第2665号)。 1990年富山国際大学人文学部講師、1994年神戸商科大学商経学部助教授、2001年同教授に就任。
林 博史(はやし ひろふみ、1955年(昭和30年)4月6日… 林 博史(はやし ひろふみ、1955年(昭和30年)4月6日 - )は、日本の歴史学者。関東学院大学経済学部名誉教授。日本の戦争責任資料センター研究事務局長。専攻は日本近現代史。BC級戦犯裁判・日本の慰安婦問題・沖縄戦の研究などを行う。 兵庫県神戸市生まれ。1979年東京大学文学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程を経て、1985年同博士課程修了、学位論文「近代日本国家の労働者統合 : 内務省社会局労働政策の研究」で社会学博士 の学位を取得。 大学院では藤原彰に師事した。1985年より関東学院大学経済学部専任講師、同助教授を経て、1999年より教授。2002年『沖縄戦と民衆』で伊波普猷賞を受賞。
吉田 敏弘(よしだ としひろ、1955年3月5日 - )は、… 吉田 敏弘(よしだ としひろ、1955年3月5日 - )は、日本の地理学者(人文地理学)・歴史学者。専門は、人文地理学・歴史地理学・地図史・日本中世史。村落史研究・地図学研究・人文地理学研究に精通。文学修士(京都大学)。國學院大學文学部名誉教授。兵庫県出身。 1955年、神戸市生まれ。兵庫県立神戸高等学校より京都大学文学部史学科(地理学教室)に進学して師事する水津一朗、藤岡謙二郎に出会い人文地理学、歴史地理学を研究。京都大学大学院文学研究科(地理学専攻)修士課程修了、京都大学大学院文学研究科(地理学専攻)博士課程単位取得退学。 京都大学文学部助手、大阪学院大学教養部助教授、國學院大学文学部助教授を経て、國學院大学文学部教授。
三浦 陽一(みうら よういち、1955年 - )は、日本の歴… 三浦 陽一(みうら よういち、1955年 - )は、日本の歴史学者。専門は現代日本政治外交史。中部大学人文学部名誉教授。 中部大学国際人間学研究所長、延世大学校国際学部客員教授等を歴任。 兵庫県たつの市出身。兵庫県立姫路西高等学校卒業、東京大学文学部国史学科卒業、ウィスコンシン大学歴史学部大学院修士課程修了、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。藤原彰らの指導を受けた。岐阜大学留学生センター助教授を経て、中部大学人文学部歴史地理学科教授、中部大学国際人間学研究所長。2025年名誉教授。
元木 泰雄(もとき やすお、1954年12月7日 - 202… 元木 泰雄(もとき やすお、1954年12月7日 - 2024年4月9日)は、日本の歴史学者。学位は、博士(文学)(論文博士・1995年)(学位論文「院政期政治史研究」)。京都大学名誉教授。兵庫県西宮市出身。 専門は日本中世史。特に、院政期から鎌倉時代にかけての中世前期の政治史。教養部時代に上横手雅敬の『吾妻鏡』の講読に出席したことがきっかけで、中世前期政治史を専攻するようになった。指導教官は上横手雅敬・大山喬平。
小路田 泰直(こじた やすなお、1954年 - )は、日本の… 小路田 泰直(こじた やすなお、1954年 - )は、日本の歴史学者、奈良女子大学教授。日本近代史専攻。 神戸市生まれ。1977年京都大学文学部卒業。81年立命館大学大学院文学研究科博士課程中退。橘女子大学助教授を経て、奈良女子大学教授。 邪馬台国畿内説にたち、魏使の行路を、北九州(不弥国)⇒出雲(投馬国)⇒〈由良川をさかのぼり分水界から加古川をくだって瀬戸内海に入るルート〉⇒大和盆地、としている(下記著書による)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
武光 誠(たけみつ まこと、1950年4月10日 - )は、… 武光 誠(たけみつ まこと、1950年4月10日 - )は、日本の歴史学者。明治学院大学名誉教授。学位は、博士(文学)(東京大学・論文博士・2008年)(学位論文「古代太政官制の研究」)。 山口県生まれ。1963年神戸市立御影小学校卒業。1966年関西学院中学部卒業。1969年兵庫県立神戸高等学校卒業。1974年東京大学文学部卒業。同大学院国史学専攻に学び、1980年同博士課程単位取得退学。 1980年から明治学院大学一般教育部専任講師として勤務。1983年助教授。2002年明治学院大学教養教育センター教授。2008年、学位論文「古代太政官制の研究」で東京大学より博士(文学)の学位を取得した。2019年明治学院大学定年退職。
笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )… 笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )は、日本の歴史学者。国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は日本近世史・武家社会論。博士(文学)(京都大学、1994年)(学位論文「近世武家社会の政治構造」)。 兵庫県神戸市出身。甲陽学院高等学校卒業、1973年京都大学文学部史学科卒業、1978年同大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位取得退学、国文学研究資料館史料館助手。1988年『主君「押込」の構造』でサントリー学芸賞を受賞、1989年国際日本文化研究センター助教授、1996年教授。2015年定年退官、名誉教授。帝塚山大学教授、2016年退職。2018年4月大阪学院大学法学部教授、2021年3月退職。
東野 治之(とうの はるゆき、1946年12月20日 - )… 東野 治之(とうの はるゆき、1946年12月20日 - )は、日本の歴史学者。専攻は日本古代史、文化財史料学。大阪大学名誉教授。奈良大学名誉教授。教授。東京国立博物館客員研究員。日本学士院会員。博士(文学)(東京大学)。紫綬褒章受章。 1946年、兵庫県西宮市で生まれた。甲陽学院中学校・高等学校を卒業(46回卒業生)。甲陽学院中学時代からすでに漢文に親しみ、白文で読むことができたという。大阪市立大学文学部に進学し、1969年に卒業。同大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1971年に修士課程を修了した。 1970年から奈良文化財研究所文部技官として勤務。その後、奈良大学助教授に転じた。1982年、大阪大学教養部助教授に就任。
松田 武(まつだ たけし、1945年7月25日 - )は、日… 松田 武(まつだ たけし、1945年7月25日 - )は、日本の歴史学者。専門は、アメリカ外交史。大阪大学名誉教授 。 兵庫県姫路市生まれ。大阪外国語大学およびウィスコンシン大学マディソン校卒業。京都大学大学院文学研究科修士課程を経て、ウィスコンシン大学マディソン校で博士号取得。大阪外国語大学外国語学部教授、大阪大学大学院国際公共政策研究科教授(2007年10月~)を経て、京都外国語大学・京都外国語短期大学 学長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
五百籏頭 眞(いおきべ まこと、1943年〈昭和18年〉12… 五百籏頭 眞(いおきべ まこと、1943年〈昭和18年〉12月16日 - 2024年〈令和6年〉3月6日)は、日本の政治学者、歴史学者(日本政治外交史)。国際問題評論家。位階は従三位、勲章は瑞宝大綬章。 公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長、前兵庫県公立大学法人理事長、神戸大学名誉教授、防衛大学校名誉教授、熊本県立大学特別栄誉教授、文化功労者。 広島大学政経学部助教授、広島大学法学部助教授、神戸大学法学部教授、防衛大学校長(第8代)、公立大学法人熊本県立大学理事長(第2代)、兵庫県公立大学法人理事長(第3代)などを歴任した。 1943年、兵庫県西宮市の苦楽園口駅の近くで神戸大学教授・五百籏頭眞治郎の5男(8人兄弟の6番目)として生まれた。
五百籏頭 真(いおきべ まこと、1943年(昭和18年)12… 五百籏頭 真(いおきべ まこと、1943年(昭和18年)12月16日 - )は、日本の政治学者・歴史学者、熊本県立大学理事長、神戸大学名誉教授。五百旗頭、眞とも表記される。専門は日本政治外交史、政策過程論、日米関係論。神戸大学大学院教授、防衛省防衛大学校長、日本政治学会理事長、日本学術会議会員を歴任。文化功労者。サントリー学芸賞、吉田茂賞、吉野作造賞などを受賞。
川道麟太郎(かわみち りんたろう、1942年- )は、日本の… 川道麟太郎(かわみち りんたろう、1942年- )は、日本の建築学者、歴史学者。 神戸市生まれ。1966年京都工芸繊維大学卒、大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。1980年「高密度生活空間における集団密度の影響に関する研究」で工学博士。関西大学工学部助教授、教授を務める。2006年依願退職。建築論・建築計画学専攻。退職後は西郷隆盛について調べ著作をなしている。
田端 泰子(たばた やすこ、1941年12月20日 - )は… 田端 泰子(たばた やすこ、1941年12月20日 - )は、日本の歴史学者。文学博士(京都大学・論文博士・1989年)(学位論文「中世村落の構造と領主制」)。京都橘大学名誉教授、同学長。専門は日本中世史(中世後期の村落構造)・女性史。 兵庫県神戸市生まれ。1964年京都大学文学部卒業、同大学院博士課程中退、橘女子大学助教授、1980年教授、校名変更で1988年京都橘女子大学教授、1989年「中世村落の構造と領主制」で文学博士(京都大学)の学位を取得。2004年より学長、2005年校名変更で京都橘大学学長。2010年退任、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
上村 忠男(うえむら ただお、1941年12月7日- )は、… 上村 忠男(うえむら ただお、1941年12月7日- )は、日本の歴史学者。東京外国語大学名誉教授。ルネサンス、近世哲学期から20世紀イタリア現代思想までのイタリア思想史の原典訳・研究を多く刊行している。 1941年、兵庫県尼崎市生まれ。東京大学教養学部国際関係論分科を卒業し、同大学院社会学研究科修士課程を修了。 東京外国語大学外国語学部助教授となり、後に教授昇進。大学では、イタリア語学科、総合文化講座を担当した。2003年より大学院地域文化研究科教授。2005年に東京外国語大学を定年退職し、名誉教授となった。 2018年に第三回須賀敦子翻訳賞を受賞した。
小山 靖憲 (こやま やすのり、1941年1月1日 - 20… 小山 靖憲 (こやま やすのり、1941年1月1日 - 2005年5月14日)は、日本の歴史学者。専攻は日本中世史。和歌山大学名誉教授。兵庫県出身。 1964年、東京教育大学文学部史学科を卒業。1971年、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 和歌山大学のちに帝塚山大学の教授として大学および大学院の指導にあたるほか、立命館大学(12ヵ年)、高野山大学(4ヵ年)、関西大学(3ヵ年)、大阪教育大学(2ヵ年)、大阪大学(2ヵ年)、大阪市立大学、新潟大学、岡山大学、関西学院大学、大阪樟蔭女子大学、堺女子短期大学、奈良女子大学、國學院大學(各1ヵ年)などに出講し、後進の研究者の多くに影響を与えた。 荘園絵図研究、熊野古道研究の第一人者として知られ、晩年は「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録に尽力した。
姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は… 姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は、日本の歴史学者。専門は中国現代史、中国共産党史。中央大学経済学部名誉教授。筆名=武内 香里(タケウチ カオリ)。アジア政経学会、日本平和学会会員。「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」会員。映像民俗学者の姫田忠義は兄。 兵庫県神戸市出身。東京教育大学文学部東洋史学科卒。東京教育大学大学院東洋史学専攻博士課程修了。1967年、日本国際問題研究所所員。1972年、香港総領事館特別研究員(~1973年10月)。1975年、中央大学助教授。1977年、同教授。1993年、同学生部長(~1995年)。2008年、同退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
脇田 晴子(わきた はるこ、1934年3月9日 - 2016… 脇田 晴子(わきた はるこ、1934年3月9日 - 2016年9月27日 )は、日本の歴史学者。滋賀県立大学名誉教授。文学博士(京都大学、1969年)(学位論文「中世商工業座の構造」)。兵庫県西宮市生まれ。父は俳人の麻野恵三(微笑子)、夫は歴史学者の脇田修。子は経済学者の脇田成。
河音 能平(かわね よしやす、 1933年3月25日 - 2… 河音 能平(かわね よしやす、 1933年3月25日 - 2003年11月22日)は、日本の歴史学者。大阪市立大学文学部名誉教授。専門は日本中世史。 兵庫県神戸市生まれ。甲南高等学校卒業。1957年京都大学文学部卒業。京都大学大学院文学研究科修士課程修了、1962年同博士課程単位取得退学。八代学院大学助教授を経て、1971年大阪市立大学文学部助教授就任。後、大阪市立大学文学部教授。1996年名誉教授。専門は日本中世で、ドイツ学者との交流や宗教史(天神信仰)の研究が有名。母方の祖父が子爵の石井行昌。 学生時代の同級生大山喬平(京都大学名誉教授)、大学院進学後は脇田晴子(滋賀県立大学名誉教授、文化勲章受章者)も同期になる。
石田 善人(いしだ よしひと、1926年5月25日 - 19… 石田 善人(いしだ よしひと、1926年5月25日 - 1996年12月4日)は、日本の歴史学者。岡山大学名誉教授。専門は日本中世史。 神戸市生まれ。県立明石中学校(現:兵庫県立明石高等学校)、東京高等師範学校、1952年京都大学文学部卒業。卒業論文は、「畿内の一向一揆に関する一考察」。 1961年神戸大学教育学部講師、1962年同助教授を経て、1970年に岡山大学教養部教授。1992年に定年退官し、神戸女子大学教授。1992年、岡山大学名誉教授。1993年、文化庁地域文化功労者表彰。1996年、兵庫県文化賞受賞。逝去にあたり、正四位・勲三等旭日中綬章を贈られた。 日本中世における惣村の研究を大きく進めた。
河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 20… 河上 民雄(かわかみ たみお、1925年7月12日 - 2012年9月22日)は、日本の政治家、歴史学者。衆議院議員(7期)、日本社会党国際局長・東海大学政治経済学部教授を歴任。聖学院大学大学院客員教授、東海大学名誉教授。アメリカ史を専攻。 兵庫県神戸市出身。関西学院教授・河上丈太郎の長男として生まれる。父・丈太郎は、1928年の総選挙で日本初の無産政党出身の代議士となり、戦後は右派社会党委員長・日本社会党委員長を歴任した。 旧制静岡高等学校(現在の静岡大学)を経て、1948年に東京大学文学部西洋史学科を卒業。大学卒業後、高等学校教師となったが、病気のために辞職を余儀なくされた。その後は病気療養を続けながら、翻訳業に従事したり、父・丈太郎の政治秘書・ゴーストライターを務めた。
直木 孝次郎(なおき こうじろう、1919年1月30日 - … 直木 孝次郎(なおき こうじろう、1919年1月30日 - 2019年2月2日)は、日本の歴史学者。大阪市立大学名誉教授。学位は、文学博士(京都大学・論文博士・1969年)。日本古代史研究を代表する研究者。 1919年、兵庫県神戸市で生まれた。1936年、兵庫県立第一神戸中学校を卒業。1938年、第一高等学校文科乙類へ入学。1941年に第一高等学校を卒業し、 京都帝国大学文学部史学科に進んだ。太平洋戦争の時局悪化に伴い、1943年に京都帝国大学文学部国史学科を卒業。卒業後は、海軍土浦海軍航空隊に入隊した。 1945年、終戦により復員。最終的な階級は海軍中尉であった。翌1946年、京都帝国大学特別研究生として研究の道に戻った。
海老沢 有道(えびさわ ありみち、1910年(明治43年)1… 海老沢 有道(えびさわ ありみち、1910年(明治43年)11月20日 - 1992年(平成4年)1月3日)は、日本の歴史学者。専門は、キリスト教・キリシタン史。文学博士(東京大学)。元立教大学文学部史学科教授。窪田幸夫の別名もある。 兵庫県尼崎市生まれ。1934年(昭和9年)立教大学文学部史学科卒業。卒業論文は、「京都南蛮寺建立考」。同志社高等女学部で教員を務める。1943年(昭和18年)応召入隊し、1946年(昭和21年)に復員する。 1949年(昭和24年)聖心女子大学教授、1960年(昭和35年)立教大学文学部史学科教授、立教大学ラテンアメリカ研究所・所長。キリシタン音楽史の研究を始めた、同僚の皆川達夫の指導も行った。
奥野 高廣(おくの たかひろ、1904年8月21日 - 20… 奥野 高廣(おくの たかひろ、1904年8月21日 - 2000年5月5日)は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所助教授。学位は、文学博士。現在[いつ?]でも織田信長研究の権威と評されている。 兵庫県洲本市生まれ。1928年(昭和3年)に國學院大學を卒業後、東京帝国大学史料編纂掛に勤務、『大日本史料』第2・9・10編や『史料綜覧』の編修に携わる。1941年(昭和16年)に東京帝国大学史料編纂官補、1954年(昭和29年)に東京大学史料編纂所助教授に就任。引き続き『大日本史料』第10・11・12編の編修にあたった。この間、1945年(昭和20年)6月12日には、『皇室御経済史の研究』が評価されて帝国学士院より恩賜賞を受賞。
浅井 虎夫(あさい とらお、1877年〈明治10年〉8月23… 浅井 虎夫(あさい とらお、1877年〈明治10年〉8月23日 - 1928年〈昭和3年〉12月1日)は、日本の歴史学者。専門は中国法制史、日中関係史。 1877年(明治10年)、兵庫県神戸に生まれた。1896年、兵庫県尋常中学校を卒業し、熊本の第五高等学校に入学。1899年、東京帝国大学文科大学漢学科史部に入学。大学では東洋史の市村瓚次郎、国史の星野恒、経済史の内田銀蔵、法制史の宮崎道三郎らから学び、1902年(明治35年)に卒業。同大学大学院に進学した。 1905年、台湾総督府に設置された臨時台湾旧慣調査会の嘱託となり、『清国行政法』の編纂に従事。1915年(大正4年)、『清国行政法』完成と同時に調査会を辞職し、帰郷した。
辻 善之助(つじ ぜんのすけ、 1877年(明治10年)4月… 辻 善之助(つじ ぜんのすけ、 1877年(明治10年)4月15日 - 1955年(昭和30年)10月13日)は、戦前の日本の歴史学者。東京帝国大学(現・東京大学)名誉教授。文学博士。専門は日本仏教史。仏教史研究から日本人の精神と日本文化の形成を探求し実証主義的研究を貫き、日本史学の発展に寄与し、実証的な日本仏教史を確立。 1877年(明治10年)4月、兵庫県姫路元塩町(現在の兵庫県姫路市元塩町)に生まれる。父は善次郎。母はつね。神童の誉たかく、小学校・中学校と抜群の成績であった。1893年(明治26年)に姫路中学校(現兵庫県立姫路西高等学校)より京都の第三高等中学校予科3年に編入。翌1894年(明治27年)に学制改革で第三高等学校に改組の上、予科が廃止されると、他の高校に転属を余儀なくされたが、第一高等学校に転校することができた。