三遊亭 萬次郎(さんゆうてい まんじろう、2002年1月21… 三遊亭 萬次郎(さんゆうてい まんじろう、2002年1月21日 - )は、五代目圓楽一門会に所属する落語家。兵庫県姫路市白浜町出身。出囃子は『勧進帳の臆病のいたり』。 中学2年の頃に「笑点」で落語に触れ、You tubeで六代目三遊亭円楽や六代目三遊亭圓生を見てとりこになった。兵庫県立網干高等学校の卒業を間近に控えた2020年1月1日に六代目円楽に入門、同年3月に楽屋入り。前座名「楽太」。円楽にとっては最後の直弟子となった。 2022年9月に師匠の円楽が死去したため、2023年1月、四代目三遊亭萬橘門下に移籍。 2023年2月8日、前座では異例となる企画提案を行った「円楽師匠の誕生日落語会~弟子と仲間に囲まれて一門の再出発~」(深川江戸資料館)が開催され、自らは開口一番として出演した。
笑福亭 喬路(しょうふくてい きょうじ、1997年6月26日… 笑福亭 喬路(しょうふくてい きょうじ、1997年6月26日 - )は、上方落語協会に所属する落語家。本名∶太白 章。所属プロダクションは松竹芸能。 兵庫県姫路市広畑区[要出典]出身。中学時代は野球少年だった。高校入学時に「このまま白球を追い続けていいのか」と思ったことからフォークソング部に入部する。[要出典]高校時代、学校にプロの噺家を招いての寄席で初めて落語に触れた。その時点で興味は沸かなかったが、関西学院大学進学後、サークルの勧誘で"ジャンケンサークル"と称した落語研究会に勧誘されて加入。櫻鶯亭 天蝶(おうおうてい てんちょう)の高座名を名乗った。落語研究会では会長を務め、第9回(2018年)学生落語王者決定戦てんしき杯で優勝[要出典]、第17回(2020年)全日本学生落語選手権・策伝大賞で決勝進出を果たした。
桂 天吾(かつら てんご、1996年7月7日 - )は、上方… 桂 天吾(かつら てんご、1996年7月7日 - )は、上方落語の落語家。米朝事務所所属。上方落語協会会員。本名は浮気 紳吾(うき しんご)。 兵庫県神戸市出身。中学時代は野球に打ち込んでいたが、高校生の時に学校で笑福亭福笑や2代目笑福亭三喬の公演を見る機会があり、それを契機に落語に興味を抱く。 関西学院大学進学後は学内の落語研究会に加入し、四笑亭 笑音(よんしょうてい わいん)の高座名を名乗った。落語研究会では会長を務め、第15回(2018年)全日本学生落語選手権・策伝大賞で決勝に進出したが大賞は逃した。中学高校の社会科教員志望だったものの、大学の単位不足で教員免許が難しくなる。高座を見て好意を持った2代目桂南天への弟子入りを志願し、反対する両親には「ダメでも教員にはなれる」と嘘をついて、大学卒業後の2019年5月1日に弟子入りした。
桂 二豆(かつら にまめ、1994年6月1日 - )は、兵庫… 桂 二豆(かつら にまめ、1994年6月1日 - )は、兵庫県芦屋市出身、京都府京都市在住の落語家。本名:古川 達己。米朝事務所所属。上方落語協会会員。 1994年(平成6年)6月1日、兵庫県芦屋市に生まれる。小学5年生の時に「笑点」の大喜利に興味を持ち、後の大師匠となる桂米朝の『桃太郎』を聞いたのがきっかけで落語に出会った。 2007年、関西学院中学部・高等部に入学。中学1年時、3年時には「私の夢は落語家になること」をテーマに弁論大会に出場し、「あほやねん!すきやねん!」に出演した際には、テレビカメラに向かって「将来、落語家になります」と宣言したこともあった。 2013年には関西学院大学文学部に進学。
林家 扇兵衛(はやしや せんべえ、1992年5月4日 - )… 林家 扇兵衛(はやしや せんべえ、1992年5月4日 - )は、落語協会に所属していた元落語家。出囃子は、東京ラプソディ。本名:石井 幸一郎。 1992年5月、東京都北区堀船生まれ、小学5年生の時、家庭の事情により母親の実家の兵庫県神戸市長田区へ転居。高校卒業まで過ごす。 2011年3月、神戸第一高等学校卒業後、林家木久扇に入門。高座名「扇兵衛」。9月、見習い期間を終えて前座修業を開始。 2015年11月に林家つる子、入船亭遊京、金原亭馬久と共に二ツ目に昇進。 2019年、上方の桂和歌ぽんと、東西噺家ユニット「腹鼓」を結成。大洗町を拠点に落語文化を広める「大洗でおおわらいする会」を設立し、代表に就任。
月亭 秀都(つきてい しゅうと、1990年6月1日 - )は… 月亭 秀都(つきてい しゅうと、1990年6月1日 - )は、兵庫県姫路市出身の落語家。本名は半澤 拓也。吉本興業所属。上方落語協会会員。 小、中学生は野球部に入り、東洋大姫路高等学校でも野球部に所属していた。秀都の芸名はシュートボールに由来し、「噺家ならひねりの利いたことを言えるように」「お客様の胸元をえぐることができるように」という思いが込められている。 高校3年生の秋頃、松本人志が落語のCDを聴いていると知り、落語を聴き始める。ラジオやCDで桂枝雀の噺を聴いて興味があり、「ゼロから始められることを何かしたい」という思いから、関西大学に進学後、落語研究会に入る。3回生の時に天満天神繁昌亭での独演会で聞いた月亭八天の落語にあこがれ、卒業後、上方落語の道へ進むことを決意。
桂 あおば(かつら あおば、1988年1月12日 - )は兵… 桂 あおば(かつら あおば、1988年1月12日 - )は兵庫県神戸市出身の落語家。血液型はO型。本名は古本迅(ふるもとしゅん)。 2015年2月まで米朝事務所に所属。2015年2月よりよしもとクリエイティブ・エージェンシー(現・吉本興業)に移籍したことを自身のtwitterおよびFacebookで発表。上方落語協会会員。 滝川第二高等学校を経て関西国際大学人間科学部卒業。桐生正幸のゼミで犯罪心理学を専攻した。 2010年9月に 2代目桂ざこばに入門。2011年1月に動楽亭で初舞台。
桂 咲之輔(かつら さきのすけ、1983年11月18日 - … 桂 咲之輔(かつら さきのすけ、1983年11月18日 - )は落語家。本名は岩宮 祐一 。兵庫県神戸市出身。 育英高等学校を経て2007年、立命館大学産業社会学部卒業。同年4月16日に桂春之輔(現・桂春団治 (4代目))に入門。松竹芸能所属。上方落語協会会員。 高座写真・プロフィール写真・スナップ写真などを撮影するカメラマンとしても活動している。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
笑福亭べ瓶(しょうふくてい べべ、1982年10月16日 -… 笑福亭べ瓶(しょうふくてい べべ、1982年10月16日 - )は、兵庫県西宮市山口地域出身の落語家(上方噺家)。本名∶島谷 幸治。アイランドプロモーション所属。 1982年生まれの、落語界五派の所属で一緒に落語会をしている「昭和57年会」(笑福亭べ瓶、三遊亭志う歌、三遊亭好の助、立川小春志、春風亭昇也)の一員。上方落語の出身で、2025年時点でも上方落語協会の会員であるが、2009年以降は東京を拠点としている。2025年4月より落語芸術協会に客員として加入した。 西宮市立山口中学校出身で、関西学院高等部時代は甲子園を目指す高校球児であった。関西学院大学在学中に落語家を志し、2002年5月1日、笑福亭鶴瓶に入門。
桂吉坊(かつら きちぼう、1981年8月27日 - )は、日… 桂吉坊(かつら きちぼう、1981年8月27日 - )は、日本の落語家。本名は津田恵(つだ めぐみ)。所属事務所は米朝事務所→オーレエンターテインメント→有限会社大有企画。上方落語協会会員。出囃子は「はっはくどき」。 兵庫県西宮市出身。大阪府立東住吉高等学校芸能文化科卒業後、1999年1月10日に桂吉朝に入門。同年3月「岡町落語ランド」にて初舞台。 2006年1月からは東西、一門、所属事務所の枠を超えた若手で旗揚げした『平成噺し座』に所属。2008年4月に“卒業”。上方落語界には真打制度がないものの、このグループは二つ目しか入れないことから、東京では真打として扱われることを意味している[要出典]。
笑福亭 呂好(しょうふくてい ろこう、1980年9月17日 … 笑福亭 呂好(しょうふくてい ろこう、1980年9月17日 - )は、兵庫県宝塚市出身の落語家。 本名は間 真次。出生名は阪上 真次。個人事務所はオフィスハザマ。 父は元宝塚市長の阪上善秀。5人兄弟(姉、兄、本人、弟、弟)。兄は劇団いちびり一家代表の阪上洋光。第4子の弟の桑原健三郎は宝塚市議会議員。 柳川高等学校卒業(サッカー留学)、佛教大学文学部仏教学科中退。 2007年、兵庫県議会議員選挙宝塚市選挙区に立候補し、落選。 2008年4月1日に笑福亭呂鶴に入門。上方落語協会会員。 既婚者。キャッチフレーズおよび高座での開口一番は「女風呂の呂に、好きと書いて呂好です。」と挨拶するのがお約束。
月亭 八斗(つきてい はっと)またはきり亭 たん方(きりてい… 月亭 八斗(つきてい はっと)またはきり亭 たん方(きりてい たんぽう、1980年8月9日 - )は、落語家。本名∶畠山 敬之。血液型はA型。身長は178cm。よしもと秋田県住みます芸人。出囃子は『クックロビン音頭』。 兵庫県芦屋市出身。芦屋市立朝日ヶ丘小学校、芦屋市立山手中学校卒業、兵庫県立芦屋南高等学校時代は水球部の主将で県4位(当時県には水球部が4校しかなかった)。18歳で就職し、10年間サラリーマン生活をするが2008年8月20日、月亭八方に入門。噺家への道を志したのは『ひどくひどく落ち込んだ時に、落語家と落語に出会い前向きに生きられるようになれ、自分もそんな存在になりたい』と思ったから。
桂 福丸(かつら ふくまる、1978年4月29日 - )は神… 桂 福丸(かつら ふくまる、1978年4月29日 - )は神戸市出身の落語家。本名は中野正夫(なかの まさお)。
笑福亭 呂竹(しょうふくてい ろちく、1977年7月1日 -… 笑福亭 呂竹(しょうふくてい ろちく、1977年7月1日 - )は、兵庫県尼崎市出身の落語家。 本名は上村 和弘(うえむら かずひろ)。 2002年4月1日に笑福亭呂鶴に入門。上方落語協会会員。 鳥取大学工学部卒業。 千葉ロッテマリーンズの大ファン。
3代目 笑福亭 三喬(しょうふくてい さんきょう、1974年… 3代目 笑福亭 三喬(しょうふくてい さんきょう、1974年〈昭和49年〉9月27日 - )は、兵庫県尼崎市出身の上方落語の落語家。本名は木谷 亮一。出囃子は「くいな」。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員。 大阪市立姫島小学校、高槻市立阿武野中学校、大阪府立阿武野高等学校を経て、大阪産業大学経済学部を卒業。大学在学中は、落語研究会に所属した。 1998年(平成10年)4月1日に、大阪産業大学の先輩笑福亭三喬(当時)の1番弟子として入門した。 2008年(平成20年)なにわ芸術祭新人賞を受賞した。 2020年(令和2年)時点では、天満天神繁昌亭昼席に出演できない「若手・中堅クラス」のため、毎週火曜日の午前に開かれる「繁昌亭・火曜の朝席」に出演していた。
立川 晴の輔(たてかわ はれのすけ、1972年〈昭和47年〉… 立川 晴の輔(たてかわ はれのすけ、1972年〈昭和47年〉11月21日 - )は、兵庫県神戸市生まれの落語家である。落語立川流・立川志の輔門下の真打である。出囃子は「ハレルヤ」(ヘンデルの「メサイア」より)。本名、檀上 晃一(だんじょう こういち)。 1972年(昭和47年)兵庫県神戸市生まれ。幼少期は神奈川県藤沢市で過ごし、高校時代は岡山県津山市で過ごす。岡山県作陽高等学校卒業。 東京農業大学農学部農業経済学科卒業。在学中に落語研究会に所属し、卒業後の1997年(平成9年)立川志の輔に一番弟子として入門。「立川志の吉」を拝名した。立川談志は大師匠にあたる。 2003年(平成15年)、立川談志による昇進試験に合格し二ツ目に昇進。
桂 まん我(かつら まんが、1971年12月2日 - )は、… 桂 まん我(かつら まんが、1971年12月2日 - )は、日本の落語家(上方噺家)。本名は永原 淳(ながはらじゅん)。所属事務所は米朝事務所。兵庫県神戸市出身。 金沢大学工学部在学中は落語研究会に所属。卒業後、1999年1月1日に4代目桂文我に入門。同年5月に初舞台。桂吉朝、桂米左が復活させた「錦影絵」を、桂吉坊とともに継承、普及活動に尽力している。「お笑いまん我道場」と題して、東京、名古屋、大阪、金沢で独演会を開催している。 風貌が歌舞伎役者の6代目中村勘九郎に似ている。 両親が鳥取県若桜町の出身という関係で、同県関西本部で実施している各種PRイベントにおいて積極的に協力しており、2012年には「とっとりふるさと大使」に任命された。
林家 染左(はやしや そめざ、1971年(昭和46年)10月… 林家 染左(はやしや そめざ、1971年(昭和46年)10月5日 - )は、兵庫県宝塚市出身の落語家。本名:中川 望。 兄は芸能史研究家の中川桂。 幼少の頃に父のレコードを聴いたのがきっかけで落語をはじめとした古典芸能に親しみ、兵庫県立宝塚東高等学校を経て大阪大学文学部史学科に入学。大学では落語研究会に所属する。卒業後、泉佐野市教育委員会学芸員となり、郷土資料館「歴史館いずみさの」の開館などに携わる。 阪神・淡路大震災から2か月後、生まれ育った宝塚の役に立ちたいと思いボランティアで落語を始め、避難所の図書館で古典落語「子ほめ」などを披露した。自身の実家も被災し、悔いの残らない生き方をしようと思い、翌1996年に役所を辞め4代目林家染丸に入門。
桂 阿か枝(かつら あかし、1971年6月2日 - )は、兵… 桂 阿か枝(かつら あかし、1971年6月2日 - )は、兵庫県明石市出身の落語家。本名は岸本 浩一。 明石市立人丸小学校、明石市立大蔵中学校、白陵高校、岡山大学農学部卒業後、1996年4月に桂文枝に入門。文枝の最後の弟子。高座名の由来は、明石市出身者であることから。師匠ゆずりの安定した語り口が身上。上方落語協会会員。今では地元明石市などで小学生たちに落語勉強会などを開催している。
笑福亭由瓶(しょうふくてい ゆうへい、1971年5月21日 … 笑福亭由瓶(しょうふくてい ゆうへい、1971年5月21日 - )は、日本の落語家(上方噺家)。所属事務所は松竹芸能。本名∶由良 宏人。血液型はO型。兵庫県丹波市生まれ。兵庫県立柏原高等学校卒業。 『鶴瓶上岡パペポTV』が好きで、食品の営業マンを辞めて1997年10月12日、笑福亭鶴瓶に入門。入門当時は12番弟子。その後瓶太とのり瓶の廃業と笑瓶の死去により2023年10月時点では9番弟子。タレント志望であった。 1998年8月30日、ホテル竹園で当時年2回行っていた鶴瓶一門会「竹園寄席」で初舞台、演目は「二人ぐせ」(鶴瓶の兄弟子である6代目松喬の音源で覚えて、後に鶴瓶が稽古をつけた)。一時期毎日放送の『ちちんぷいぷい』(テレビ)、『MBSヤングタウン日曜日』(ラジオ)のレギュラーだった。
笑福亭 瓶二(しょうふくてい へいじ、1969年12月11日… 笑福亭 瓶二(しょうふくてい へいじ、1969年12月11日 - )は、日本の落語家(上方噺家)。本名は後藤 純二(ごとう じゅんじ)。所属事務所は松竹芸能。血液型O型。 兵庫県多可郡出身。兵庫県立多可高等学校卒業。身長174cm。 高校卒業後、テキスタイルデザインの仕事に就いていたが、1990年8月1日、笑福亭鶴瓶に入門。1998年より活動の拠点を東京に移す。 妻は、師匠の落語会「鶴瓶噺」のサポートで知り合った元テレビ朝日社員で、現在は主婦業の傍ら構成作家やスクールJCA講師などでも活動する戒能真理(通称:カイマリ)。
桂 かい枝(かつら かいし、1969年5月7日 - )は、兵… 桂 かい枝(かつら かいし、1969年5月7日 - )は、兵庫県尼崎市出身の落語家。本名∶古瀬 浩雄。出囃子は「三枚弾き」。定紋は「結三柏」「三ツビリケン」。 文化庁文化交流使(平成19年度)。吉本興業所属。上方落語協会会員。香港理工大学特別講師。名古屋大学非常勤講師。大阪樟蔭女子大学客員教授。 報徳学園中学校から兵庫県立尼崎北高等学校に進学。高校在学時には水球でインターハイに出場した経験を持つ。じゅんいちダビッドソンは同じ高校の水球部の後輩。 高崎市立高崎経済大学在学中、偶然見た5代目桂文枝の高座に惚れ込み、弟子入りを決意。大学を卒業後の1994年6月に5代目文枝に入門した。素人時代に落語の経験が全くなかったため、芸名を拝名するまで9カ月もの期間を要した。
月亭 方正(つきてい ほうせい、1968年〈昭和43年〉2月… 月亭 方正(つきてい ほうせい、1968年〈昭和43年〉2月15日 - )は、日本の落語家、お笑いタレント。兵庫県西宮市出身。吉本興業大阪本部所属。NSC大阪校6期出身。本名および旧芸名は、山崎 邦正(やまさき ほうせい)。 2013年に芸名を高座名「月亭」に改名した。上方落語協会会員。出囃子は「ヤマザキ一番!」。長女、次女、末っ子の長男の3児の父。兵庫県立西宮南高等学校・立正大学心理学部卒業、同大学院心理学研究科修士課程中退。 1988年、軌保博光と「GSX(ガスペケ)」を結成しデビューする。 1989年、東京進出を機にコンビ名を「TEAM-0」へ改名。東京進出はダウンタウンよりも3か月早い。
明石家 のんき(あかしや のんき、1967年11月28日 -… 明石家 のんき(あかしや のんき、1967年11月28日 - )は、落語家、ロック歌手。本名∶明石 弘之。吉本興業所属。上方落語協会会員。 兵庫県西宮市出身。二代目笑福亭松之助の長男。弟はバレエダンサーのパーポ明石。 父・松之助の師匠である5代目笑福亭松鶴の本名・竹内梅之助に由来する「笑福亭 梅之助(しょうふくてい うめのすけ)」の高座名を、生まれる前に与えられた。 8歳となる年の1975年8月、実父・松之助に弟子入りし、同年に梅之助の名で初高座。この頃から日本舞踊、小唄、三味線などに精進し、これらでも舞台を踏んだ。仁川学院高等学校を卒業した。 1990年、笑福亭梅之助から「明石家 のんき」に改名。
月亭 遊方(つきてい ゆうほう、1964年9月4日 - 、本… 月亭 遊方(つきてい ゆうほう、1964年9月4日 - 、本名・斉野 雄介)は、兵庫県西宮市出身の落語家。出囃子は「岩見」。吉本興業所属。 自称「高座のロックン・ローラー」。ロック・マニアである。定紋は月紋(または結三柏)。 中学生の頃、最初に好きになったローリング・ストーンズのファンだった女の子に影響されてロックに興味を持ち、学生時代は音楽に没頭。その傍らABCラジオ『ABCヤングリクエスト』のリスナーでもあり、そこで笑福亭仁鶴、月亭八方の芸に触れる。明治大学商学部に入学後、落語研究会に入り、2年時にはプロになることを決意し退学、八方に弟子入り。八方宅の2階に間借りしつつ、1階のお好み焼き屋でバイトを始める。
桂 わかば(かつら わかば、1964年6月9日 - )は兵庫… 桂 わかば(かつら わかば、1964年6月9日 - )は兵庫県西宮市出身の落語家。本名∶有田 真次郎。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。 西宮市立西宮東高等学校を卒業後、関西学院大学に進学。大学卒業後、1989年1月1日に2代目桂ざこばに入門。入門時には「桂ざこね」という高座名で決まっていたが1月の新年の挨拶で大師匠の桂米朝宅を訪れた際に「わかばってどうや」と尋ねられその場で決まった。 同年5月、箕面メイプルホールでの「ざこばの会」で初舞台。1993年7月から、入門が同期(昭和63年)である笑福亭瓶太、笑福亭銀瓶、桂文華、桂宗助とともに、落語会「はやかぶの会」を開催。1999年に一時廃業するも、翌2000年に復帰。
露の吉次(つゆの きちじ、1964年1月15日 - )は、兵… 露の吉次(つゆの きちじ、1964年1月15日 - )は、兵庫県尼崎市出身の落語家、ラジオパーソナリティ。上方落語協会所属。本名、高橋 竜二(たかはし たつじ)。関西大学卒業。 1987年7月7日、2代目露の五郎(後の2代目露の五郎兵衛)に入門。1989年6月、五郎船船上寄席で初高座。 妻は演歌歌手の秋野こぎく ニックネームは、吉っちゃん・吉次師匠・ロンリー吉っちゃま。 趣味・特技は、草野球・南京玉すだれ。 好きな球団は、巨人大学時代は、日商簿記検定受験研究会所属。日商簿記検定3級取得。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
2代目 桂 八十八(かつら やそはち、1964年1月4日 -… 2代目 桂 八十八(かつら やそはち、1964年1月4日 - )は、日本の落語家(上方噺家)。本名∶谷本 隆。出囃子は『月の巻』。上方落語協会会員。所属は米朝事務所。 中学卒業後は、板前修業を積んだ(米朝事務所や上方落語協会のプロフィールには「元板前」とある)。板前修業中の10代に3代目桂米朝に弟子入りを志願するが、断られる。 24歳で再度志願し、1988年10月に入門する。米朝の最後の内弟子だった。高座名は『二番煎じ』の登場人物「宗助」から。翌1989年2月の京都東山安井金比羅会館での「桂米朝落語研究会」にて初舞台を踏んだ。1988年の同期入門の落語家で1993年から開いている「はやかぶの会」メンバーである。
てんご堂 我楽(てんごどう がらく、1963年6月5日 - … てんご堂 我楽(てんごどう がらく、1963年6月5日 - )は日本の落語家(上方噺家)、僧侶。兵庫県伊丹市出身。本名は久志 則行。元所属事務所は松竹芸能。血液型O型。 川西市、西宮市、京都市などを経て滋賀県日野町在住。 1988年2月7日、笑福亭鶴瓶に入門。 2016年3月、鶴瓶の門下から離れフリーとなり、「てんご堂雅落(てんごどう がらく)」に改名。時期は不明だが、現在は表記を改め「てんご堂我楽」を名乗る。 古典落語だけではなく、交通安全落語や無線落語(一般のアマチュア無線家が構成)など、新たな落語に挑戦している。本人もアマチュア無線家であり、“ハムの噺家”として知られる。趣味はウォーキング、引越し。
7代目 笑福亭 松喬(しょうふくてい しょきょう、1961年… 7代目 笑福亭 松喬(しょうふくてい しょきょう、1961年3月4日 - )は、日本の落語家。所属事務所は松竹芸能。本名は井田 達夫。血液型はA型。 兵庫県西宮市上ヶ原出身。西宮の病院で生まれる。小学校4年生まで尼崎市杭瀬で育つ。母方の祖父(警察官)は落語好きで『たらちね (落語)』を語っていたといい、母は文楽が好きだった。そんな縁で自身も幼少から落語に興味を持つ。初めて聴いた落語は中学2年の時に深夜ラジオから流れていた『初天神』(演者の記憶はないが3代目笑福亭仁鶴か4代目桂文團治)であった。 兵庫県立西宮高等学校在学中から落語家を目指したが親に反対され、高校の英語教員から「私の教え子に駆け出しの落語家さんがいるから苦労話を聞かせてもらおう」と紹介され、その落語家に学校まで来てもらい、差し向かいで話を聞いたことがある。
笑福亭 鶴笑(しょうふくてい かくしょう、1960年5月2日… 笑福亭 鶴笑(しょうふくてい かくしょう、1960年5月2日 - )は、兵庫県朝来郡山東町(現在の朝来市)出身の上方の落語家・上方噺家。所属事務所は吉本興業。本名・金田 久和。出囃子『ハリスの旋風』。 パペット落語の創始者。主なネタには「立体西遊記」「スーパー西遊記」「時ゴジラ」「あたま山」「義経千本桜」等がある。何本もテレビやラジオのレギュラーを持っていたが全て辞めて、世界で通用する芸を目指して海外に移住(シンガポールに4年、ロンドンに4年)。ロンドンに住んでいた頃、コベントガーデンで大道芸もしていた。世界48ヵ国、150都市以上で公演。言葉の壁を超えて、就学前の子どもたちからお年寄りまで爆笑させる唯一無二の落語家。
3代目 桂 文之助(かつら ぶんのすけ、1956年5月28日… 3代目 桂 文之助(かつら ぶんのすけ、1956年5月28日 - )は、上方落語の落語家、桂文之助の当代。本名∶片岡 尚人。所属事務所は米朝事務所で、上方落語協会会員。 兵庫県神戸市出身。小学校の頃から落語に興味持ち、中学卒業と同時に2代目桂枝雀の元に弟子入りを懇願するが高校卒業してからでも遅くないと断られる、兵庫県立兵庫高等学校に通いながらいろんな落語会に足を運び多くの噺家の知遇を得る。高校3年の夏休みに弟子入りが許され、卒業後、1975年3月に桂枝雀に正式に入門、雀松となる。高座名は『船弁慶』の「雀のお松」に由来し大師匠の3代目桂米朝が命名した。「雀の会」にて初舞台を踏む。[要出典] 2003年3月に気象予報士を取得、「落語もできる気象予報士」となる。
桂 米八(かつら よねはち、1956年2月4日 - 2015… 桂 米八(かつら よねはち、1956年2月4日 - 2015年1月20日)は、兵庫県姫路市白浜町出身の落語家、曲独楽師。本名∶山本 悦次。姫路工業高等学校卒業。出囃子は「八兵衛」。米朝一門ではあるが米朝事務所には所属していない。愛称は「八ちゃん」。 1974年3月に3代目桂米朝に入門。同期に落語家では桂小枝、桂千朝、桂吉朝などがおり、芸能界では、明石家さんまや島田紳助、オール阪神・巨人、関根勤などがいる。 1984年11月に芸の肥やしのために曲独楽の伏見紫水に入門。その後は落語活動よりも曲独楽の活動が中心になっていた。 近鉄文化サロン 阿倍野校にて第2・4木曜日曲独楽の講座を行っていた。 曲独楽の伏見紫水に入門するきっかけは、紫水らと談笑している際に紫水から「わしのうなったら(亡くなったら)、この芸も途絶える」とボソっと洩らしたのを周囲に伝えたところみんなに薦められ、米朝に相談し弟子入りにいたった。
6代目 笑福亭 松喬(しょうふくてい しょきょう、1951年… 6代目 笑福亭 松喬(しょうふくてい しょきょう、1951年2月10日 - 2013年7月30日)は、兵庫県小野市出身の落語家。本名∶高田 敏信。血液型はAB型。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員。出囃子は「高砂丹前」。 実家は理髪店。12歳で父親と死別する。父親からは神戸松竹座に何度も連れられた。父親不在のため高校進学を断念、神戸市内の理髪店で働いた。就職後も寄席通いを続けていた。そんなときに見た6代目笑福亭松鶴の「相撲場風景」に「これなら自分でも出来る」と考える。6代目松鶴のもとに自作の落語(自身が落語家に入門を申し込むストーリー)を送りつけ、その後6代目松鶴の自宅や道頓堀角座の楽屋を訪問して弟子入りを許される。
笑福亭 呂鶴(しょうふくてい ろかく、1950年6月22日 … 笑福亭 呂鶴(しょうふくてい ろかく、1950年6月22日 - )は、兵庫県宝塚市出身の落語家。本名∶松岡 孝。血液型はA型。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員。出囃子『小鍛冶』。 2021年現在、6代目笑福亭松鶴の4番弟子。プロ野球は読売ジャイアンツのファン。 1969年、6代目笑福亭松鶴に入門。 かつてラジオパーソナリティーとしても活躍した。ラジオ大阪の朝番組「水本貴士の大阪1310」でアッポコピーナッツというギャグを流行らせようとした。「平成15年度大阪文化祭奨励賞」受賞 。現在は天満天神繁昌亭や地域寄席を中心に活躍しているほか、ワッハ上方などで独演会を開いている。 この呂鶴以前に実際に呂鶴を名乗った人物がいる。
露の 慎悟(つゆの しんご、1949年1月21日 - 201… 露の 慎悟(つゆの しんご、1949年1月21日 - 2018年2月21日)は、兵庫県宝塚市出身の落語家。本名は紺井 重一。 吉本所属。師匠の五郎が吉本を抜けた後もしばらくは吉本だったが競艇の仕事をメインにするためフリーになる。繁昌亭が出来たころから再び落語を演じる機会が増え、他門の若手に稽古を付けたりもしていた。上方落語協会会員。 兵庫県立宝塚高等学校卒業で、桂小枝は後輩に当たる。1967年3月、2代目桂小春団治(後の2代目露の五郎兵衛)に入門、「桂団平」を名乗る。翌年、師匠が露の五郎を襲名したことにより「露の団平」と改名、さらに「露の新五」となり1983年に現在の芸名となる。 露の五郎兵衛門下の二番弟子だが、兄弟子が「立花家千橘」を名乗っており、「露の」の屋号を持つ噺家としては最古参である。
桂 文珍(かつら ぶんちん、1948年〈昭和23年〉12月1… 桂 文珍(かつら ぶんちん、1948年〈昭和23年〉12月10日 - )は、日本の落語家、タレント、司会者。出囃子は『圓馬囃子』。 兵庫県多紀郡篠山町(現:丹波篠山市)福井出身。血液型はA型。2人兄妹の長男(妹1人)。吉本興業所属。大芋小学校、東雲中学校(現:篠山東中学校)、篠山鳳鳴高校を経て、大阪産業大学卒。「桂珍幻彩」の名で高座に上がることもある。 香港を訪問した後、ラジオ番組などで「桂文珍」の漢字を広東語で読んだ「クワイマンツアン」と自己紹介していたこともある。 実家は農家。幼い頃はパイロットに憧れていたが、大学に入学してすぐに父が病気で倒れ、仕送りがストップし、ガソリンスタンドでの住み込みのアルバイトを余儀なくされる。
2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ と… 2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば。
3代目 桂 米朝(かつら べいちょう、1925年〈大正14年… 3代目 桂 米朝(かつら べいちょう、1925年〈大正14年〉11月6日 - 2015年〈平成27年〉3月19日)は、落語家。本名∶中川 清。出囃子∶『三下り鞨鼓』→『都囃子』。俳号は「八十八」。所属は米朝事務所。 現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興に大きく貢献した。その功績から、1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となった。位階は従三位。 旧関東州(満州)大連市生まれ、兵庫県姫路市出身。1979年(昭和54年)に帝塚山学院大学の非常勤講師を務めた。
桂 右團治(かつら うだんじ、10月24日生まれ)は、日本の… 桂 右團治(かつら うだんじ、10月24日生まれ)は、日本の落語家。公益社団法人落語芸術協会理事、同協会初の女性真打。血液型はA型。出囃子は「元禄花見踊り前弾き」。 兵庫県神戸市出身。東京都在住。早稲田大学法学部卒業。 神戸市立歌敷山中学校、兵庫県立星陵高等学校卒業。 早稲田大学在学時、司法試験の勉強中に気分転換のためにラジオで聴いたのをきっかけに落語に興味を持つようになり、在学中の1986年11月に10代目桂文治に弟子入りし、小文(こふみ)となる。入門時、覚悟を示すため髪を五分刈りにしたという。翌1987年2月に前座となり、1991年2月に二つ目に昇進。2000年5月に落語芸術協会初の女性真打となり、芸名を右團治に改める。
どくさいスイッチ企画(どくさいスイッチきかく)は、日本のピン… どくさいスイッチ企画(どくさいスイッチきかく)は、日本のピン芸人、アマチュア落語家、落語作家である青山 知弘(あおやま ともひろ、1987年9月8日 - )によるソロユニット。R-1グランプリ2024ファイナリスト。 ユニット名は1人コント時の名前であり、芸名としても使用している。活動によって名前を使い分けており、落語で活動する時は銀杏亭 魚折(いちょうてい うぉーりー)の高座名、大喜利プレイヤーとして活動する時はウォーリーの名前を用いている。ほか、ラジオネームはパイロットランプ、ショートショートを投稿していたカクヨムやショートショートガーデンでは佐賀砂 有信(さがすな ありのぶ)という名前になっており、DJ活動時にはDJ寝床(DJねどこ)を名乗ったことがある。