片岡 鉄兵(かたおか てっぺい、1894年(明治27年)2月… 片岡 鉄兵(かたおか てっぺい、1894年(明治27年)2月2日 - 1944年(昭和19年)12月25日)は、日本の大正・昭和前期における小説家。「鉄平」と表記されることもある。 岡山県苫田郡芳野村(現・鏡野町)に生まれる。 津山中学の同級生に矢野峰人、中山巍らがいる。中学校卒業後、第六高等学校受験に失敗、自殺を企てた。上京し、慶應義塾大学仏文科に進学したが、出席日数が不足したため中退、一時帰郷。様々な職を転々としながら小説を書き始め、各雑誌・出版社に投稿を行う。1921年『舌』などを書いて文壇に出る。山陽新報、大阪朝日新聞社、大阪時事新報の記者を務める。 1924年(大正13年)、横光利一や川端康成らと文学雑誌「文芸時代」を創刊し、創作活動のみならず評論活動や翻訳活動にも手を付けた。
土師 清二(はじ せいじ、1893年〈明治26年〉9月14日… 土師 清二(はじ せいじ、1893年〈明治26年〉9月14日 - 1977年〈昭和52年〉2月4日)は、日本の小説家。本名・赤松静太(あかまつ せいた)。代表作は『砂絵呪縛(すなえしばり)』。 岡山県邑久郡国府村(現在の瀬戸内市)生まれ。独学ののち職業を転々とし、大阪朝日新聞社に勤務。1922年『旬刊朝日』(のちの『週刊朝日』)創刊を提案し、編集に当たるが、1923年「水野十郎左衛門」を連載、以後時代小説作家として活躍、長谷川伸の新鷹会に協力し新進作家の育成に当たった。 1938年(昭和13年)9月、作家によるペン部隊が結成されて大陸に渡り始めると、土師も海軍に従軍願いを提出。同年10月までに他の大衆作家や映画監督とともに従軍が認められた。
妹尾 韶夫(せのお あきお、1892年3月4日 ‐ 1962… 妹尾 韶夫(せのお あきお、1892年3月4日 ‐ 1962年4月19日)は、日本の翻訳家・探偵小説作家。創作では妹尾アキ夫名義での活動が多い。 岡山県津山市生まれ。早稲田大学英文科卒業後、1922年(大正11年)頃から雑誌『新青年』等で英米中心の探偵小説の翻訳を手がける。ステイシー・オーモニア(英語版)、L.J.ビーストン、R.A.フリーマン、ハリス・バーランド、ブリットン・オースティン、アガサ・クリスティーの短編が特に多かった。1925年(大正14年)以降はアキ夫名義で創作も手がけ、30作から40作ほどの短編を発表している。 また、『新青年』で月評を担当していた胡鉄梅、『宝石』で月評を担当していた小原俊一は、共に妹尾の変名だといわれている。
岩崎 栄(いわさき さかえ、1891年6月29日 - 197… 岩崎 栄(いわさき さかえ、1891年6月29日 - 1973年3月5日)は、日本の作家。 岡山県児島郡琴浦町(現・倉敷市)に農家の次男として生まれる。岡山商業学校(現岡山県立岡山東商業高等学校)卒。 郷里の商工学校で教えたりしたが上京し、早稲田大学予科および明治大学中退。帰郷し、岡山新聞、大阪時事新報支局の記者をしたのち1920年大阪毎日新聞に入社、1928年東京日日新聞社会部に転じ、社会部副部長を務め1939年に退社。 1934年8月、佐山栄太郎の筆名で『改造』に発表した「天保忠臣蔵」が1935年片岡千恵蔵によって映画化された。 はじめ政治家伝などを書き、戦後はエロティック歴史小説を書いた。
額田 六福(ぬかだ ろっぷく、明治23年(1890年)10月… 額田 六福(ぬかだ ろっぷく、明治23年(1890年)10月2日 - 昭和23年(1948年)12月21日)は、日本の劇作家・大衆小説作家。岡本綺堂の高弟。翻訳家、額田やえ子の父。 岡山県勝南郡勝田村(現在の勝田郡勝央町)に生まれた。本来の名前はむつとみ。5男2女の末子であった。勝間田尋常小学校のとき父を亡くしたが、家は豊かであった。勝南高等小学校を経て、明治37年(1904年)、津山中学へ進んだが、校則に触れ、京都市の立命館中学へ転じた。 明治41年(1908年)17歳のとき、結核性関節炎になり、翌年右腕切断の手術を受けた。脊髄カリエスも病んだ。 明治44年の「演藝画報」誌の懸賞に、勝間田町から『踏絵』を応募して落選したが、その選者岡本綺堂に、入門を願って快諾を得、原稿を送り添削を受け推敲を重ねるという、通信指導を受けた。
正宗 白鳥(まさむね はくちょう、1879年(明治12年)3… 正宗 白鳥(まさむね はくちょう、1879年(明治12年)3月3日 - 1962年(昭和37年)10月28日)は、明治から昭和にかけて活躍した日本の小説家、劇作家、文学評論家。本名は正宗 忠夫(まさむね ただお)。別号は剣菱、影法師。岡山県生まれ。東京専門学校文学科卒。虚無的人生観を客観的に描く自然主義の代表作家として出発。批評精神に満ちた冷徹な境地を拓いた。評論にも優れている。戯曲も知られる。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 旧家の長男として生まれる。虚弱で、幼時からの生への不安が、後のニヒリズムの気質を育てたという。読売新聞社で文芸時評を書いたのち、『塵埃』(1907年)で自然主義文学の代表的作家に。
松崎 天民(まつざき てんみん、1878年5月18日 - 1… 松崎 天民(まつざき てんみん、1878年5月18日 - 1934年7月22日)は、日本の作家、新聞記者。 都市風俗、特にアンダーグランドの探訪を得意とし、『淪落の女』『銀座』などを著した。神戸事件の滝善三郎は祖母の弟。 岡山県真庭市(真庭郡落合町)生まれ。名は市郎。15歳で母親を亡くす。 学歴は小学校4年修業であるが、生来、文才があり、1900年、大阪新報をふりだしに、大阪朝日新聞、上京して国民新聞、東京朝日新聞、毎夕新聞、都新聞、二六新聞、中央新聞などで27年間の新聞記者生活をすごした。一方、35歳(1912年)のとき、浅草区千束町の私娼窟(いわゆる十二階下)をテーマにした『淪落の女』を著し、その叙情的名文で読者を酔わせた。
近松 秋江(ちかまつ しゅうこう、1876年〈明治9年〉5月… 近松 秋江(ちかまつ しゅうこう、1876年〈明治9年〉5月4日 - 1944年〈昭和19年〉4月23日)は、日本の小説家、評論家。岡山県生まれ。本名は徳田丑太郎。17歳のとき、浩司と改名。 露骨な愛欲生活の描写によって、代表的な私小説作家の一人とされる。 1876年(明治9年)、岡山県和気郡藤野村田ヶ原(現和気町藤野)に農家の四男として生まれる。少年時代は『雪中梅』(末広鉄腸)や『経国美談』(矢野龍渓)などの政治小説を好んだ。家は代々農業を営んでおり、1892年(明治25年)、岡山県尋常中学校(後の岡山一中、現在の岡山県立岡山朝日高等学校)に入学するが翌年退学。1894年、父に書置一通を残し上京。
江見 水蔭(えみ すいいん、明治2年8月12日(1869年9… 江見 水蔭(えみ すいいん、明治2年8月12日(1869年9月17日) - 昭和9年(1934年)11月3日)は、岡山市生まれの小説家、翻訳家、編集者、冒険家。本名:忠功(ただかつ)。 文学作品を皮切りに、通俗小説、推理小説、冒険小説、探検記など多岐に渡る分野に作品を残し、硯友社、博文館など数々の出版社で雑誌の編集発行に関わった。代表作に小説『女房殺し』、『地底探検記』、随筆『自己中心明治文壇史』、翻案戯曲『正劇 室鷲郎』など。 江見忠功は岡山の一番町一番屋敷に生れた。父の鋭馬は水蔭が幼少の頃死去。1881年、叔父の水原久雄の勧めで軍人を志して上京したが、次第に文学に惹かれるようになり、15歳のときに軍人を諦める。
稲本 陽州(いなもと ようしゅう、本名:稲本治太郎、1864… 稲本 陽州(いなもと ようしゅう、本名:稲本治太郎、1864年(元治元年)6月25日 - 1947年(昭和23年)9月20日)は、教育者であり詩文作家である。特に漢文詩の世界では、関西に稲本陽洲ありと評判であった。現在の岡山県井原市出身。 1864年(元治元年)備中国後月郡山野上村(現在の岡山県井原市)の稲本重五郎の長男として生れる。幼い頃から岡山県議会議員の三村政太郎に漢学を学ぶ。地元の精徳尋常小学校を卒業し、教師証明書を受け15歳で精徳小学校の助教となった。1882年(明治15年)、19歳で岡山県小田郡星田小学校長となる。1886年(明治19年)には、日本の詩文作家における青年大家に挙げられ、全国でも名が知られていた。
張 文環(ちょう ぶんかん)は台湾の小説家、文芸誌編集者。岡… 張 文環(ちょう ぶんかん)は台湾の小説家、文芸誌編集者。岡山中学校、東洋大学文学部卒。日本統治時代の台湾を代表する小説家である。 張文環の作品は台湾風土の取材に基づくリアリズムに依拠した重厚な作風が特徴である。代表作の『夜猿』は皇民奉公会の台湾文学賞を受賞している。また小説『閹鶏』は舞台脚本に改作され広く親しまれた。 黄得時(中国語版)、中山侑(中国語版)らと文芸誌『台湾文学(中国語版)』を創刊した。精力的な文筆活動は戦時下の台湾文壇に大きな影響を与えていたが、戦後は逼塞した政治環境により執筆活動を放棄している。 1975年、日本語で書かれた自伝的小説「地に這うもの」が東京・現代文化社にて出版。
森永 あい(もりなが あい)は、日本の漫画家、元同人作家。岡… 森永 あい(もりなが あい)は、日本の漫画家、元同人作家。岡山県出身。血液型はO型。
あさの あつこ は、日本の小説家、児童文学作家。小説『バッテ… あさの あつこ は、日本の小説家、児童文学作家。小説『バッテリー』 はのべ1000万部を超えるベストセラーを記録したほか、野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞などを受賞。日本児童文学者協会会員。
楠 かつのり(くすのき かつのり)は、音声詩人、映像作家。「… 楠 かつのり(くすのき かつのり)は、音声詩人、映像作家。「詩のボクシング」の日本朗読ボクシング協会代表。ロボット&人工知能アート研究所所長。大学名誉教授。 1997年に自分のことばを声にして伝え合う競技「詩のボクシング」を始める。一般参加によるトーナメントの「詩のボクシング」大会は、これまでに43都道府県で行われ、2001年からは毎年全国大会も開催されている。中でも「詩のボクシング」については、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアで紹介されている。また、コミュニケーション能力が高まるとされ、全国各地の小・中・高校の教育の場にも取り入れられている[要出典]。 1980年代に家庭用ビデオカメラを使った映像表現で注目を浴び、それ以降映像表現におけるさまざまな試みを重ねている。