古川 あおい(ふるかわ あおい、1991年〈平成3年〉6月2… 古川 あおい(ふるかわ あおい、1991年〈平成3年〉6月27日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚、議員秘書。チームみらい所属の衆議院議員(1期)。チームみらい政務調査会長。 佐賀県出身。父は衆議院議員・元佐賀県知事の古川康。東京大学法学部卒業、同公共政策大学院修了。 厚生労働省で介護保険制度改正や新型コロナ対応、医療系ベンチャー支援に従事。 カルフォルニア大学バークレー情報大学院に留学。データサイエンスを専攻し、情報マネジメント学修士号を取得。米国シリコンバレーのIT企業でエンジニアとして勤務。 2025年、第27回参議院議員通常選挙でチームみらい公認候補として福岡県選挙区から立候補し、落選。
簑原 悠太朗(みのはら ゆうたろう、1990年(平成2年)5… 簑原 悠太朗(みのはら ゆうたろう、1990年(平成2年)5月1日 - )は、日本の政治家、元経産官僚。福岡県八女市長(1期)。 福岡県大野城市生まれ。保育園時代に家族とともに八女郡星野村(現・八女市)に移住する。その後、久留米大学附設中学校、久留米大学附設高校を経て、2015年北海道大学獣医学部を卒業する。卒業後は経済産業省に入り、経済産業政策局企業行動課、資源エネルギー庁電力ガス事業部原子力政策課係長、産業技術環境局総務課課長補佐、カーボンニュートラル実行計画企画推進室室長補佐、内閣官房新型コロナウイルス感染症等対策推進室参事官補佐を務める。2022年、行政官長期在外研究員制度を利用して、オランダのワーゲニンゲン大学に留学、2024年同大学大学院を卒業し、地域政策専攻、科学修士号を取得する。
三浦 清志(みうら きよし、1979年〈昭和54年〉6月⁇日… 三浦 清志(みうら きよし、1979年〈昭和54年〉6月⁇日 - )は、日本の実業家、元外務官僚。 福岡県宗像市出身。父親は教育学者の三浦清一郎。アメリカ人である母方の祖父はNASCAR(全米自動車競走協会)の発起人の一人。 福岡県立宗像高等学校卒業。 2002年、東京大学教養学部を卒業後、外務省入省。 2003年、濱村瑠麗と結婚。 2004年、大臣官房総務課に配属後、組織改変等を担当し退職。外務省退職後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに転職、2007年(平成19年)より同社マネージャー。同社を退職し、ベインキャピタルに転職(2012年~2015年)。 2017年、TRIBAY CAPITAL株式会社設立。
津森 洋介(つもり ようすけ、1975年〈昭和50年〉2月1… 津森 洋介(つもり ようすけ、1975年〈昭和50年〉2月18日 - )は、日本の元国土交通官僚、元政治活動家。九州地方整備局建政部長、内閣府民間資金等活用事業推進室参事官などを歴任した。 1975年(昭和50年)、福岡県北九州市生まれ。小倉北区の北九州市立南丘小学校、福岡教育大学附属小倉中学校に通いながら、北九州モノレールの開通や市街地再開発、紫川の再生など、当時の北九州市長末吉興一(国土交通省出身)が推進する北九州市ルネッサンス構想によって小倉の街並みが再整備される姿を見て育ち、まちづくりに携わる建設行政を志す。 1993年(平成5年)3月、青雲高等学校を卒業。1999年(平成11年)3月、東京大学法学部を卒業。
武内 和久(たけうち かずひさ、1971年4月19日 - )… 武内 和久(たけうち かずひさ、1971年4月19日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚、コンサルタント、企業経営者。福岡県北九州市長(1期)。シンガーソングライターとしてのペンネームは、ミソシラーチルドレン。 1971年(昭和46年)、大分県中津市・杵築市出身の両親の下、佐賀県武雄市に生まれる。以降、幼少期は父親の転勤に伴って大分県豊後大野市、熊本県菊池市、福岡県福岡市と九州各地で過ごす。1984年(昭和59年)、 福岡市立石丸小学校卒業。福岡県久留米市の私立久留米大学附設中学校・高等学校に入学。同扶桑学寮に入寮。1990年(平成2年)、 久留米大学附設中学校・高等学校を卒業し、東京大学法学部に入学。
河野 恭子(かわの きょうこ、1970年〈昭和45年〉12月… 河野 恭子(かわの きょうこ、1970年〈昭和45年〉12月4日 - )は、日本の労働・厚生労働官僚。 福岡県大牟田市生まれ。明治学園高等学校を経て、1993年(平成5年)、東京大学経済学部を卒業。同年、労働省に入省。入省後、内閣府や地方自治体への出向を経験し、久留米市保健福祉部長、岐阜県子ども女性局長などを務めたほか、雇用均等・児童家庭局短時間・在宅労働課長、労働基準局労災補償部労災管理課長、職業安定局雇用開発企画課長、人材開発統括官付参事官、内閣府地域就職氷河期世代支援加速化事業推進室次長、厚生労働省大臣官房公文書監理官、中央労働委員会事務局審議官などを歴任。労災保険制度などに携わり、労働基準局安全衛生部に配属された際には、トンネル塵肺訴訟に対応し、法規担当者として訴訟対応の他、トンネル塵肺対策の強化にあたった。
原田 修吾(はらだ しゅうご、1970年〈昭和45年〉11月… 原田 修吾(はらだ しゅうご、1970年〈昭和45年〉11月1日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。 福岡県福岡市出身。灘中学校・高等学校を経て、1994年(平成6年)に東京大学法学部を卒業し、運輸省に入省(自動車交通局総務課配属)。 運輸省大臣官房文書課、運輸政策局環境・海洋課、航空局総務課、新東京国際空港公団空港づくり企画室、国土交通省鉄道局業務課貨物鉄道室課長補佐、近畿運輸局企画振興部交通・観光計画調整官、都市・地域整備局都市計画課課長補佐、総合政策局安心生活政策課課長補佐、海事局総務課企画官、総合政策局環境政策課地球環境政策室長、総合政策局総務課企画官、大臣官房会計課企画官、観光庁参事官(外客受入担当)、総合政策局公共交通政策部交通支援課長、国土交通大臣秘書官事務取扱、総合政策局地域交通課長、自動車局総務課長、鉄道局総務課長を歴任。
櫻井 美香(さくらい みか、1970年5月15日- ) は… 櫻井 美香(さくらい みか、1970年5月15日- ) は、日本の警察官僚。 熊本県警察・愛知県警察で初の女性課長、青森県警察で初の女性本部長を務めた。 福岡県柳川市出身。東京大学文学部を卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科を修了し、1995年 (平成7年)、警察庁に入庁。「犯罪の実態を深く知りたい。」と考え、警察庁を志望したという。 生活安全部門が長く、入庁後、熊本県警察本部生活安全部生活保安課長、厚生労働省社会・援護局保護課課長補佐兼地域福祉課課長補佐、警察庁生活安全局少年課課長補佐、東京都青少年・治安対策本部総合対策部青少年課長、警視庁生活安全部生活安全総務課長、警察庁生活安全局少年課少年保護対策室長、内閣官房内閣参事官 (内閣人事局)などを歴任。
村上 智信(むらかみ とものぶ、1969年10月9日 - )… 村上 智信(むらかみ とものぶ、1969年10月9日 - )は、日本の政治家、経産官僚。日本維新の会所属の衆議院議員(2期)。 福岡県築上町生まれ。福岡県立京都高等学校、横浜国立大学工学部物質工学科卒業。東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻修了。1995年4月、通商産業省(2001年から経済産業省)入省。経済産業省商務情報政策局医療福祉機器産業室長、同情報プロジェクト室長などを歴任し、2016年4月に退職。 2017年9月27日、第48回衆議院議員総選挙福岡11区への立候補を表明。同区は自由民主党の武田良太が地盤としており、村上は武田と確執のあるとされる麻生太郎副総理や麻生派の大家敏志参議院議員らと収まった写真を掲載したチラシを頒布するなど、保守分裂選挙の様相も呈した。
佐々木 正士郎(ささき しょうじろう、1968年〈昭和43年… 佐々木 正士郎(ささき しょうじろう、1968年〈昭和43年〉7月3日 - )は、日本の建設・国土交通官僚。 福岡県福岡市出身。愛光高等学校を経て、1992年(平成4年)3月、東京大学経済学部経済学科を卒業。同年4月、建設省に入省し、都市局都市政策課に配属。その後、国土庁計画・調査局総務課総務係長、建設省建設経済局建設業課係長、建設省大臣官房文書課係長、建設省中部地方建設局総務部人事課長、山形県文化環境部学事振興課長、同総務部総合政策室政策企画課長、国土交通省総合政策局不動産産業課不動産投資市場整備室課長補佐、同局建設業課企画専門官、国土交通省住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策官、同局総務課企画官、国土交通省大臣官房広報課広報企画官、同総務課企画官、国土交通省住宅局総務課民間事業支援調整室長、岡山市政策局副局長(企画調整・東京事務所担当)、同市財政局長、同市理事などを歴任。
冨安 泰一郎(とみやす たいいちろう、1968年〈昭和43年… 冨安 泰一郎(とみやす たいいちろう、1968年〈昭和43年〉1月12日 - )は、日本の財務・デジタル官僚。デジタル審議官。 福岡県福岡市出身。筑波大学附属駒場高等学校を経て、1990年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、大蔵省に入省。大臣官房調査企画課に配属。 その後、主税局総務課長補佐(歳入)、財務省主計局主計官補佐(厚生労働第五係主査)、主計局主計官補佐(厚生労働第一、二係主査)、主計局総務課長補佐、内閣官房内閣総務官室(内閣官房副長官秘書官(事務担当))、古川元久経済財政担当大臣兼国家戦略担当大臣秘書官(事務担当)、主税局税制第三課長、主計局主計官(司法・警察、経済産業、環境担当)、理財局国有財産企画課長、理財局財政投融資総括課長、財務総合政策研究所総務研究部長を歴任。
黒田 秀郎(くろだ ひでろう、1967年〈昭和42年〉12月… 黒田 秀郎(くろだ ひでろう、1967年〈昭和42年〉12月22日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 福岡県北九州市出身。桐朋高等学校を経て、1991年(平成3年)東京大学法学部卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、同年厚生省に入省。年金局企業年金国民年金基金課長、内閣官房内閣参事官(内閣総務官室)、保険局医療介護連携政策課長、老健局総務課長などを務めた。 2020年(令和2年)7月1日、広瀬勝貞知事のもと、大分県副知事に就任。新型コロナウイルス対策に当たる福祉保健部や商工観光労働部、農林水産部を担当。介護予防や地域包括ケアシステム、医療・介護連携の取り組みで成果を上げた。2022年(令和4年)6月28日、退任し、内閣官房内閣総務官室に異動。
野原 諭(のはら さとし、1967年〈昭和42年〉6月17日… 野原 諭(のはら さとし、1967年〈昭和42年〉6月17日 - )は、日本の経産官僚。 福岡県福岡市出身。久留米大学附設高等学校を経て、1991年(平成3年)、東京大学法学部を卒業。同年、通商産業省に入省。 入省後、環境立地局リサイクル推進課課長補佐、商務情報政策局情報経済課課長補佐、総務省行政管理局副管理官、経済産業政策局産業構造課課長補佐、経済産業省大臣官房政策審議室室長補佐、独立行政法人日本貿易保険総務グループ長、大田弘子経済財政政策担当大臣秘書官(政務)、与謝野馨経済財政政策担当大臣補佐室企画官、経済産業省大臣官房政策審議室担当企画官、経済産業政策局調査課長、甘利明経済再生担当大臣秘書官(事務)、経済産業省大臣官房政策審議室長、経済産業政策局総務課長、経済産業省大臣官房会計課長などを歴任。
今給黎 学(いまきゅうれい まなぶ、1966年7月 – )は… 今給黎 学(いまきゅうれい まなぶ、1966年7月 – )は、日本の官僚。 福岡県出身。福岡大学附属大濠高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。
伊東 香織(いとう かおり、1966年(昭和41年)5月14… 伊東 香織(いとう かおり、1966年(昭和41年)5月14日 ‐ )は、日本の政治家、郵政・総務官僚。岡山県倉敷市長(5期)。岡山県初の女性首長である。 福岡県福岡市生まれ。1990年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、郵政省(現総務省)に入省した。1993年6月、アメリカ合衆国ハーバード・ロー・スクールを修了し、法学修士号(LLM)を取得。1995年6月、日光郵便局長に就任。1998年から2000年まで総理府(現内閣府)国際平和協力本部事務局で勤務。ボスニア・ヘルツェゴビナ国際平和協力業務に従事した。 2003年4月、総務省から倉敷市へ出向し、倉敷市総務局長に就任。翌2004年より倉敷市収入役。
奈尾 基弘(なお もとひろ、1965年〈昭和40年〉12月2… 奈尾 基弘(なお もとひろ、1965年〈昭和40年〉12月24日 - )は、日本の労働・厚生労働官僚。 福岡県北九州市出身、鹿児島市のラ・サール高校を経て、東京大学法学部を卒業(では文学部となっている)。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、1989年4月に労働省入省。 2022年6月28日、厚生労働省人材開発統括官に就任。在任中、デジタル田園都市国家構想基本方針に基づき、デジタル人材の育成に取り組んだ。 2023年7月4日、中央労働委員会事務局長に就任。
藤原 朋子(ふじわら ともこ、1965年〈昭和40年〉3月2… 藤原 朋子(ふじわら ともこ、1965年〈昭和40年〉3月23日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 福岡県糟屋郡新宮町出身。福岡県立福岡高等学校を経て、1989年(平成元年)3月、東京大学法学部を卒業。困難や障害を抱える人々をサポートし、恵まれた環境で生きてこられたことに対して恩返しがしたいとの想いから厚生省に入省し、同年4月、厚生省大臣官房人事課に配属。 入省3年時に出産を経験。育児で大変な時期と係長や課長補佐などを任せられて忙しい時期が重なり、育児と仕事の両立に苦心し、実家の母に頼り切りの生活であった。そんな中でも無条件で受け入れてくれる子どもの存在があって乗り越えられたと語っており、入省10年目に単身で宮城県庁に赴任した際も週末は出来るだけ実家に帰省して子どもとの時間を確保したという。
緒方 禎己(おがた よしみ、1963年6月10日- ) は、… 緒方 禎己(おがた よしみ、1963年6月10日- ) は、日本の警察官僚。第17代宮内庁次長。第99代警視総監を務めた。 福岡県福岡市出身。久留米大学附設中学校・高等学校での6年間の寮生活を経て、東京大学法学部を卒業後、1987年 (昭和62年)、警察庁に入庁。福岡県警察の警察官だった父の背中を見て育ち、「人の役に立ちたい」との思いから警察庁を志したという。 入庁後、沖縄県警察本部刑事部捜査第二課長、神奈川県警察本部警備部外事課長、警察庁警備局外事課課長補佐、警察庁長官官房人事課課長補佐、外務省在ロシア日本国大使館一等書記官、警察庁長官官房国家公安委員会会務官付理事官 (国家公安委員長秘書官事務取扱)、警察庁長官官房人事課人事総括企画官、警視庁公安部参事官、愛知県警察本部刑事部長、警察庁生活安全局情報技術犯罪対策課長、警察庁長官官房人事課長、警視庁警備部長などを歴任。
城戸 謙憲(きど かねのり、1961年12月 - )は、日本… 城戸 謙憲(きど かねのり、1961年12月 - )は、日本の防衛官僚。 福岡県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、九州大学法学部卒業。
奥田哲也(おくだ てつや、1961年9月2日 - )は、日本… 奥田哲也(おくだ てつや、1961年9月2日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。一般財団法人運輸総合研究所専務理事ワシントン国際問題研究所長。 福岡県久留米市生まれ。父の転勤で大牟田、小郡、福岡、小倉、宗像を転々としたのち、ラ・サール高等学校を経て、1984年3月に東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。国家公務員採用上級甲種試験(法律)に合格して、1984年4月に運輸省に入省。 2016年6月21日から国土交通省鉄道局長、2017年7月7日から自動車局長を務め、2019年7月9日退官。同年11月一般財団法人運輸総合研究所専務理事・ワシントン国際問題研究所長。 2014年までの経歴の出典 父親は戸畑市(のちの北九州市戸畑区)出身。
田中 聡(たなか さとし、1961年3月 - )は、日本の防… 田中 聡(たなか さとし、1961年3月 - )は、日本の防衛官僚。 長崎県出身。福岡県立小倉高等学校を経て、大阪大学法学部卒業。 沖縄防衛局長であったとき、名護市辺野古での米軍普天間飛行場の代替施設建設に関し、政府が環境影響評価(アセスメント)の評価書の提出時期を明言しない理由について、2011年11月28日夜の報道各社との非公式の懇談で「これから犯す前に犯しますよと言いますか」という趣旨の発言をしたことが、地元紙・琉球新報の翌29日付朝刊で報じられ、女性への性的暴行に例えた発言に対し、沖縄県内で反発の声が広がった。このため、2011年11月29日付で沖縄防衛局長を更迭され、12月9日には、停職40日の懲戒処分を受けた。
麻田 千穂子(あさだ ちほこ、1961年1月5日 - )は、… 麻田 千穂子(あさだ ちほこ、1961年1月5日 - )は、日本の厚生労働官僚。北九州市副市長や、厚生労働省静岡労働局長、厚生労働省大臣官房国際労働交渉官を経て、国際労働機関アジア太平洋地域総局長。 東京都生まれ。福岡県で中学校、高等学校に通い、1979年福岡県立福岡高等学校卒業。1982年国家公務員採用上級試験(甲種・法律)合格。1983年東京大学法学部卒業、労働省入省、婦人少年局婦人労働課。1984年広島県商工労働部職業安定課。1985年労働省労政局労働法規課。1987年派遣行政官長期在外研究員(アメリカ合衆国)。1989年ハーバード大学公共政策大学院(ケネディスクール)卒。1989年労働省労政局勤労者福祉部企画課。
新原 浩朗(にいはら ひろあき、1959年9月10日 - )… 新原 浩朗(にいはら ひろあき、1959年9月10日 - )は、日本の経産官僚。経済産業省経済産業政策局長などを経て、内閣官房内閣審議官(事務次官級)を最後に、2024年9月30日退官。 福岡県福岡市生まれ。杉並区立泉南中学校、海城高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。 1984年、通商産業省入省。1992年から1994年まで、米国留学(ミシガン大学大学院経済学博士課程)。 1997年、通商産業省大臣官房総務課課長補佐(法令審査委員)。1998年、通商産業省産業政策局総務課課長補佐(法令審査委員)。 1999年、通商産業省産業政策局総務課企画調査官。2000年、通商産業省産業政策局商務流通企画調査官。
冨永 哲夫(とみなが てつお、1959年2月10日 - )は… 冨永 哲夫(とみなが てつお、1959年2月10日 - )は、日本の財務官僚。財務省近畿財務局長や、財務総合政策研究所長、国土交通省政策統括官等を歴任した。 福岡県福岡市出身。ラ・サール高等学校を経て、1982年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業、大蔵省入省。証券局総務課配属。大蔵省に内定した際には「僕はボクシング部で入れた」、「大臣官房秘書課の面接の時、“(成績が)随分悪いね” と言われました。“ええ、悪いですけど” と答えて、あとはボクシングの話だけしていました。自分の土俵に引きずりこもうとしたんですが......」と述べている。1983年6月証券局業務課。1984年9月大臣官房調査企画課。
青沼 隆之(あおぬま たかゆき、1955年2月25日 - )… 青沼 隆之(あおぬま たかゆき、1955年2月25日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。法務省保護局長や、東京地方検察庁検事正、次長検事、名古屋高等検察庁検事長等を歴任した。 福岡出身。1973年久留米大学附設高校卒業。同級生に鶴丸哲哉元ルネサスエレクトロニクス会長、栗木康幸元東京エレクトロンデバイス社長がいた。 1978年中央大学法学部法律学科卒業。1982年司法修習修了、東京地方検察庁検事任官。福岡地方検察庁検事、福島地方検察庁検事を経て、1991年から外務省国際連合局付や外務省総合外交政策局付を務めた。 1994年大阪地方検察庁検事。東京地方検察庁検事や東京高等検察庁検事を経て、2002年東京地方検察庁公判部副部長。
中井 毅(なかい つよし、1954年3月10日 - )は、福… 中井 毅(なかい つよし、1954年3月10日 - )は、福岡県生まれの経産官僚、実業家、国際経営学者。米国、中国、フランスなどで勤務。 慶大卒業後の1976年に旧通商産業省に入省。 仏国経済協力開発機構(OECD)貿易企画官、通商政策企画官、中小企業庁調査課長、工業技術院国際研究協力課長、資源エネルギー庁企画調整課長等歴任。96年新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の初代中国首席代表・北京事務所長に就任。1999年通商産業省経済協力課長。2000年日本貿易振興機構(JETRO)企画部長。2002年経済産業省経済産業研修担当次長。 2003年、日本貿易振興機構(JETRO)欧州調整センター・パリセンター所長。
竹林 義久(たけばやし よしひさ、1953年12月27日 -… 竹林 義久(たけばやし よしひさ、1953年12月27日 - )は、日本の内閣府官僚。内閣府沖縄総合事務局長や、内閣府大臣官房審議官、日本学術会議事務局長等を歴任した。 長崎県出身。福岡県立糸島高等学校を経て、1976年九州大学法学部卒業、総理府入庁。1983年山形県警察本部交通部交通指導課長。1990年沖縄開発庁長官秘書官事務取扱。1991年公害等調整委員会事務局審査官。同年総務庁北方対策本部参事官。1993年総務庁統計センター管理課長。1994年総務庁人事局高齢対策課長。1997年総務庁青少年対策本部企画調整課長。1999年沖縄開発庁総務局企画課長。2001年内閣府迎賓館次長。同年内閣府大臣官房参事官(人事課)。
金沢 博範(かなざわ ひろのり、1950年(昭和25年) -… 金沢 博範(かなざわ ひろのり、1950年(昭和25年) - )は、福岡県出身の防衛官僚。第2代防衛省装備施設本部長、第29代防衛事務次官。
伊藤 哲朗(いとう てつろう、1948年(昭和23年)10月… 伊藤 哲朗(いとう てつろう、1948年(昭和23年)10月 - )は、日本の警察官僚。第12代内閣危機管理監、第85代警視総監を歴任。 福岡県八女市出身。福岡県立嘉穂高等学校校長(1955 - 1964年)を務めた伊藤朝生の子息。 1964年、福岡県立嘉穂高等学校に入学し1学期まで在校後、福岡県立修猷館高等学校へ転校。1972年、東京大学法学部を卒業し警察庁入庁。同期に安藤隆春警察庁長官、中村正則関東管区警察局長など。 入庁後は、主に警備警察、外事警察の分野を歩み、千葉県警警備部長、石川県警本部長、警視庁警備部長、千葉県警本部長、皇宮警察本部長、警察庁生活安全局長、警察大学校長などを歴任し、2006年1月19日から2007年8月6日まで警視総監を務めた。
山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月… 山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月8日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、経済産業副大臣(第1次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)、衆議院法務委員長・消費者問題に関する特別委員長・地方創生に関する特別委員長・災害対策特別委員長、自由民主党金融調査会長等を歴任した。 福岡県門司市(現・北九州市門司区)生まれ。福岡県立京都高等学校卒業後、東京大学理科一類に入学。しかし、3年次の専門課程に進学する際は理系から文系に転じ、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後、大蔵省にトップで入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。
吉戒 修一(よしかい しゅういち、1948年7月7日 - )… 吉戒 修一(よしかい しゅういち、1948年7月7日 - )は、日本の法務官僚、裁判官、検察官、弁護士。法務省民事局担当審議官、法務省人権擁護局長などを経て、東京高等裁判所長官を最後に定年退官し、退官後はTMI総合法律事務所顧問弁護士や、国土交通省中央建設工事紛争審査会特別委員などを務める。
田中 純(たなか じゅん、1946年(昭和21年)8月28日… 田中 純(たなか じゅん、1946年(昭和21年)8月28日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。元行橋市長(2期)、元福岡県議会議員(1期)。 福岡県立京都高等学校、京都大学教育学部卒業。1971年(昭和46年)、大蔵省入省。関東財務局上席調査官、外務省在ブラジル日本大使館一等書記官等を歴任。1988年(昭和63年)、初めて行橋市長選挙に立候補し落選。以後同市長選挙に2010年(平成22年)まで7回連続で挑むもいずれも落選した。 2011年(平成23年)、福岡県議会議員選挙に無所属で立候補し現職を破って初当選。 2014年(平成26年)3月2日に投開票が行われた行橋市長選挙に県議を辞職して立候補(自民、民主推薦)。
西原 篤夫(にしはら あつお、1945年1月9日 - )は、… 西原 篤夫(にしはら あつお、1945年1月9日 - )は、日本の大蔵官僚。 国際復興開発銀行理事、東京証券取引所常務理事、東京証券取引所常務、造幣局理事長などを務めた。 妻は吉瀬維哉の長女。福岡県大牟田市出身(父母も福岡県)。血液型はA型。 1963年3月:東京都立日比谷高等学校卒業。1967年3月:東京大学法学部卒業。 1967年4月:大蔵省入省(国有財産局総務課)。1968年6月15日:主税局国際租税課。 1969年4月:主税局付(ハンブルク大学留学)。1971年7月:主税局税制第二課調査係長。 1972年7月:大月税務署長。1973年7月:銀行局金融制度調査官付課長補佐(金融制度調査会資料)。
黒田 東彦(くろだ はるひこ、1944年(昭和19年)10月… 黒田 東彦(くろだ はるひこ、1944年(昭和19年)10月25日 - )は、日本の銀行家、元財務官僚。第31代日本銀行総裁。財務官を最後に退官し、一橋大学大学院教授、アジア開発銀行総裁を経て現職。財務省内での愛称は「クロトン」である。
原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月… 原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月1日 - )は、日本の政治家、通産官僚、弁護士、実業家。船井電機代表取締役会長。日韓トンネル実現九州連絡協議会会長代行、原田国際法律事務所代表。 環境大臣(第26代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第4次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、厚生政務次官(第2次橋本改造内閣)、衆議院議員(8期)、衆議院消費者問題に関する特別委員長・財務金融委員長・外務委員長、自由民主党総務会長代理・国際情報検討委員長・外交経済連携本部幹事長・競争政策調査会長・衆議院議員総会副会長・道州制推進本部長・人事委員長・筆頭副幹事長・福岡県支部連合会長・総務会副会長、中小企業庁参事官、通商産業大臣秘書官、関東通産局総務課長を歴任した。
久保田 勇夫(くぼた いさお、1942年(昭和17年)12月… 久保田 勇夫(くぼた いさお、1942年(昭和17年)12月6日- )は、日本の官僚、銀行家、西日本シティ銀行代表取締役会長。
梅﨑 壽(うめざき ひさし、1942年〈昭和17年〉8月23… 梅﨑 壽(うめざき ひさし、1942年〈昭和17年〉8月23日 - )は、日本の運輸官僚、実業家。 公益財団法人日本ナショナルトラスト会長(代表理事)、一般財団法人地域伝統芸能活用センター評議員、東京地下鉄株式会社代表取締役社長、帝都高速度交通営団副総裁、国土交通省顧問、運輸事務次官、運輸省大臣官房長、運輸省鉄道局長などを歴任。 福岡県大牟田市出身。1966年(昭和41年)、京都大学法学部を卒業。同年運輸省に入省。入省後、運輸行政に携わり、運輸省大臣官房海洋課長、鉄道監督局国有鉄道部日本鉄道建設公団・本州四国連絡橋公団監理官、運輸省大臣官房国有鉄道部日本鉄道建設公団・本州四国連絡橋公団監理官、貨物流通局港湾貨物課長、運輸政策局運輸産業課長、航空局監理部総務課長、運輸省大臣官房人事課長、内閣官房内閣参事官兼総理府内閣総理大臣官房人事課長兼総理府人事管理官、航空局監理部長、同局次長などを歴任。
麻生 渡(あそう わたる、1939年〈昭和14年〉5月15日… 麻生 渡(あそう わたる、1939年〈昭和14年〉5月15日 - 2025年〈令和7年〉3月15日)は、日本の官僚、政治家。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 第13-16代福岡県知事、第10代全国知事会会長、自治体国際化協会会長、福岡空港ビルディング代表取締役社長、財団法人地域創造理事、特許庁長官などを歴任。同時代の政治家で、元内閣総理大臣の麻生太郎は同姓で同じく福岡県を地元とするが、両者の間に血縁関係はない。 福岡県戸畑市(現・北九州市戸畑区)出身。福岡県立戸畑高等学校を経て京都大学法学部卒業後、1963年当時の通商産業省に入省。入省同期に牧野力、高島章、秋山收など。 当初は前任者の奥田八二が社会党系だったのと異なり与野党相乗りとして立候補していたが、途中から民主党は対立候補を擁立するようになり、民主党支持である職員労働組合とも対立するようになった。
鈴木 英夫(すずき ひでお、1938年2月24日 - 201… 鈴木 英夫(すずき ひでお、1938年2月24日 - 2015年3月9日)は、日本の官僚、経営者。福岡県福岡市出身。 1961年に早稲田大学理工学部を卒業し、同年に通商産業省に入省。立地公害局石炭課長、資源エネルギー庁石炭部産業課長、石炭部長、通商産業省官房審議官、技術総括審議官などを歴任し、1991年6月に立地公害局長に就任し、1992年6月をもって、退任。 石油公団理事を経て、1995年に三菱マテリアル常務に就任し、2000年には副社長に昇格した。2002年6月27日付で同社顧問と三菱原子燃料取締役社長に就任。 2008年に瑞宝中綬章を受章した。 2015年3月9日がんのために死去。77歳没。
藤原 和人(ふじわら かずひと 1938年(昭和13年)1月… 藤原 和人(ふじわら かずひと 1938年(昭和13年)1月8日 - 2009年(平成21年)10月12日 )は、日本の大蔵官僚、銀行家。十八銀行頭取、国土事務次官(旧・国土庁)。
泉 信也(いずみ しんや、1937年(昭和12年)8月1日 … 泉 信也(いずみ しんや、1937年(昭和12年)8月1日 ‐ )は、日本の運輸官僚、政治家。勲章は旭日大綬章。 参議院議員(3期)、国家公安委員会委員長(第75・76代)、内閣府特命担当大臣(防災担当、食品安全担当)などを歴任した。息子は財務官僚の泉恒有。 福岡県浮羽郡吉井町(現・うきは市)出身。福岡県立明善高等学校、九州大学工学部土木工学科卒業。 運輸省に入省、本省港湾局開発課長、同建設課長、第四港湾建設局長などを歴任した。また、和歌山県庁に一時出向しており、土木部港湾課にて課長を務めた。1991年4月、大臣官房審議官を最後に退官。 なお、この間には、中国、フィリピン、ペルー、メキシコなどの発展途上国を訪問しており、技術協力等の活動を展開した。
山内 豊徳(やまのうち とよのり、1937年1月9日 ‐ 1… 山内 豊徳(やまのうち とよのり、1937年1月9日 ‐ 1990年12月5日)は日本の官僚、元環境庁企画調整局長。
末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月2… 末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月20日 - 2025年(令和7年)12月14日)は、日本の元政治家・官僚。国土庁土地局長を経て、北九州市長を1987年から2007年まで5期20年の長期にわたり務める。同市長を引退後は、外務省参与、内閣官房参与、財務省参与を歴任した。 2009年6月から2018年6月まで、アジア成長研究所(本部:北九州市小倉北区)理事長を務める。後に同研究所名誉理事長。 1934年(昭和9年)、兵庫県西宮市生まれ。本籍は小倉市(現:北九州市)。小学校時代の1945年(昭和20年)8月に第二次世界大戦の終結を経験したとき「世の中に絶対というものはない」と感じたという。
大家 重夫(おおいえ しげお、1934年9月19日 - 20… 大家 重夫(おおいえ しげお、1934年9月19日 - 2025年1月21日)は、日本の文部官僚・法学者。久留米大学名誉教授。 北九州市小倉北区出身。1953年福岡県立小倉高等学校卒業。1958年京都大学法学部卒業。 1960年11月16日文部省管理局振興課へ入り、1963年体育局学校給食課。1965年から2年間、総理府審議室・内閣審議室に出向し、「建国記念の日」制定、明治100年記念事業等に従事した。ユネスコ国内委員会教育課、名古屋大学庶務課長を経て、1970年文化庁著作権課長補佐。1974年文化庁庶務課課長補佐、1977年文化庁著作権課著作権調査官。1979年から3年間、内閣官房インドシナ難民対策連絡調整会議事務局員を命ぜられ、難民への日本語教育を担当した。
高石 邦男(たかいし くにお、1930年(昭和5年)3月3日… 高石 邦男(たかいし くにお、1930年(昭和5年)3月3日 - 2021年(令和3年)1月3日)は、日本の官僚。元文部事務次官。福田淳一元財務事務次官は娘婿。 福岡県生まれ。福岡県立伝習館高等学校を経て、1953年に九州大学法学部卒業、同大学院法学研究科修了。 1989年リクルート事件に関する収賄罪容疑で逮捕。2002年最高裁判所で、「積極的な便宜供与行為をしていなかったとしても,文部省が私人の事業の遂行に不利益となるような行政措置を採らずにいたことに対する謝礼等の趣旨で利益を収受したときは、収賄罪における職務関連性が認められる。 」として懲役2年6月、執行猶予4年、追徴金2270万円が確定。
禿河 徹映(とくがわ てつえい、1928年10月13日 - … 禿河 徹映(とくがわ てつえい、1928年10月13日 - )は日本の大蔵官僚。 北九州市出身。1952年、東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。 1974年大臣官房秘書課長、1977年主計局次長、1980年経済企画庁官房長、1981年証券局長。内閣官房内閣審議室長をへて、総理府次長、1985年退官。国民金融公庫副総裁、日本証券業協会副会長。事務次官候補だったが総理府に転じた。同期には越智通雄、福田幸弘などがいる。1950年組、51年組、53年組の影響もあってか事務次官は出ていない。
高橋 久子(たかはし ひさこ、1927年9月21日 - 20… 高橋 久子(たかはし ひさこ、1927年9月21日 - 2013年12月21日)は、福岡県北九州市出身の労働省官僚。最高裁判所判事。位階勲等は従三位勲一等瑞宝章受章。 門司高等女学校卒業後に東京大学経済学部に進学。卒業後の1953年に労働省入省。内閣審議官、労働省婦人少年局長を歴任し、1982年に退官。 婦人少年協会会長、アジア女性交流・研究フォーラム理事長、21世紀職業財団会長を務めた後、1994年2月9日に女性としては初めて最高裁判所判事に任命される。当時の内閣は3人の女性閣僚がいた細川内閣であり、細川護煕は「大きなプレゼント」とコメントした。 2000年、勲一等瑞宝章受章。 1997年9月20日 最高裁判事を定年退官。
桑原 敬一(くわはら けいいち、1922年9月28日 - 2… 桑原 敬一(くわはら けいいち、1922年9月28日 - 2004年1月9日)は、日本の政治家、官僚。福岡市長(第29-31代)、労働事務次官を務めた。
髙村 健一郎(たかむら けんいちろう、1920年(大正9年)… 髙村 健一郎(たかむら けんいちろう、1920年(大正9年)7月14日 - 2006年(平成18年)2月14日)は、日本の財務官僚、日本専売公社職員。 福岡県大牟田市出身。1938年福岡県中学修猷館、1940年旧制福岡高等学校文科甲類を経て、1942年東京帝国大学法学部政治学科を卒業。 1942年に高等試験行政科に合格し、9月に大蔵省に入省したが、短期現役海軍主計科士官(9期)を志願し、同年9月に補修学生として海軍経理学校に入校。1943年(昭和18年)1月、海軍主計中尉に任官し経理学校を卒業し、長崎監督官事務所に配属。1944年(昭和19年)3月、海軍省主計局契約部第6課に転じ原価計算を担当。
谷 伍平(たに ごへい、1916年10月1日 - 2007年… 谷 伍平(たに ごへい、1916年10月1日 - 2007年6月20日)は、日本の政治家、官僚。元北九州市長(1967年~1987年)で、福岡県直方市出身。