西村 麻聡(にしむら まさとし、1958年8月30日 - )… 西村 麻聡(にしむら まさとし、1958年8月30日 - )は、日本のベーシスト、ミュージシャン、シンガーソングライター、サウンド・プロデューサー。佐賀県生まれ。血液型はA型。本名は、西村 昌敏(読み同じ)。1977年にプロデビューし、1985年まで本名で活動していた。 DUSTRAX RECORDS(インディーズレーベル)より DUSTRAX RECORDS(インディーズレーベル)より matCは、テクノ・クラブ系の音楽を制作、リリースする時等に現れる西村の別姿。またDJ GOOとのユニットR.A.Mとしても活動していた。
古川 康(ふるかわ やすし、1958年〈昭和33年〉7月15… 古川 康(ふるかわ やすし、1958年〈昭和33年〉7月15日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(5期)、衆議院総務委員長、自由民主党佐賀県支部連合会長。 佐賀県知事(第55・56・57代)、総務大臣政務官、国土交通大臣政務官、国土交通副大臣を歴任。息子は衆議院議員の古川あおいである。 佐賀県唐津市生まれ。佐賀大学教育学部附属中学校、ラ・サール高等学校、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1982年、自治省(現・総務省)に入省。本省勤務の他、長野県や沖縄県、岡山県、長崎県に出向する。1997年9月、第2次橋本改造内閣で自治大臣に任命された上杉光弘の秘書官を務める。
末次 秀樹(すえつぐ ひでき、1958年4月6日 - )は、… 末次 秀樹(すえつぐ ひでき、1958年4月6日 - )は、佐賀県三養基郡基山町出身の元アマチュア野球選手(捕手)、高校野球指導者。 柳川商業高校では、2年生の時に1975年の春の選抜に一塁手として出場した。1回戦で堀越高に敗退。同年夏は1学年先輩の加倉一馬らと県大会決勝に進出するが、小倉南高に敗れる。その後は捕手に転向。秋はエースの久保康生とバッテリーを組み県南部大会で優勝、九州大会は赤嶺賢勇が先発した豊見城高に完投されて惜敗。翌1976年の春は九州大会準決勝で豊見城高・赤嶺に雪辱し、決勝では酒井圭一が完投した海星高に勝利して優勝。夏の甲子園は三重高を降し3回戦に進出するが、PL学園高に敗退した。
井上 茂徳(いのうえ しげのり、1958年3月20日 - )… 井上 茂徳(いのうえ しげのり、1958年3月20日 - )は、日本の元競輪選手で初代グランドスラマー、現在はスポーツニッポン専属競輪評論家である。佐賀県佐賀市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第41期卒業。現役時は日本競輪選手会佐賀支部所属。師匠は倉富義夫。 中学時代は水泳部に所属。佐賀県立佐賀工業高等学校から私立佐賀龍谷高等学校へ転校し、在学時から自転車競技を行う。しかし日本競輪学校第39期を受験したが失敗し、その後法政大学に進学。在学中に日本競輪学校第41期を受験して合格したため法大を中退し競輪学校に入学。在校成績は55勝で7位。 競輪学校卒業後は1978年4月1日付で選手登録され、初出走は同年5月14日の武雄競輪場で初勝利も同レース。
田島 穣(たじま ゆたか、1958年(昭和33年)1月24日… 田島 穣(たじま ゆたか、1958年(昭和33年)1月24日 - )は、日本の実業家。ロックフェラーグループ取締役副社長等を経て、三菱地所リアルエステートサービス代表取締役社長や、駐車場綜合研究所代表取締役会長、不動産流通経営協会副理事長などを務めた。 佐賀県出身。佐賀県立白石高等学校を経て、1980年一橋大学商学部卒業、三菱地所入社。メックユーケー経理部副長への出向を経て、2003年からロックフェラーグループ取締役副社長。2008年三菱地所経営企画部長。2010年三菱地所執行役員経営企画部長。2012年三菱地所執行役員ビルアセット開発部長。2013年三菱地所常務執行役員に昇格し、都市開発業務部、再開発事業部、物流施設事業部を担当。
川本 和久(かわもと かずひさ、1957年12月5日 - 2… 川本 和久(かわもと かずひさ、1957年12月5日 - 2022年5月11日)は、日本の陸上競技指導者。福島大学人文社会学群人間発達文化学類教授。福島大学陸上競技部監督。東邦銀行陸上競技部監督。日本陸上競技連盟女子短距離部長。 これまで教え子たちが樹立した日本記録は、リレーなども含めて51回。日本選手権は65勝。オリンピック・世界選手権などの日本代表は26名。日本インカレでは2連勝。雉子波秀子(現二瓶)、池田久美子(現井村)、丹野麻美(現千葉)、吉田真希子、久保倉里美が日本記録を更新している。 1957年佐賀県伊万里市生まれ。1970年伊万里市立山代西小学校卒業。1973年伊万里市立山代中学校卒業。
田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、… 田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)を務めた。 福岡県生まれ、佐賀県武雄市出身。武雄市立武雄小学校、武雄市立武雄中学校、佐賀県立武雄高等学校、クレイトン大学教養学部政治学科卒業。 広告代理店東急エージェンシー勤務を経て、1987年に中曽根康弘(第71 - 73代内閣総理大臣)事務所に入所。1993年12月より、中曽根の秘書、公設第一秘書、政策秘書を務める。 2010年7月の第22回参議院議員通常選挙にみんなの党公認で比例区から立候補したが、落選した。2014年3月に同党から当選していた藤巻幸夫が死去したことに伴い、同選挙におけるみんなの党比例区名簿にて、11位となっていた田中を繰り上げ当選とすることが、同年3月28日に行われた中央選挙管理会の選挙会で決定した(みんなの党の獲得議席数は7でその時点までで8位から10位の3人が既に繰り上げ当選していたため11位の田中が当選となった)。
田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、… 田中 茂(たなか しげる、1957年11月27日 - )は、日本の政治家。前参議院議員(1期)。
西山 水木(にしやま みずき、本名:西山 水木、1957年1… 西山 水木(にしやま みずき、本名:西山 水木、1957年11月1日 - )は、日本の女優、演出家。ラ・カンパニー・アン主宰。有限会社ジェイ.クリップ所属。 佐賀県三養基郡基山町出身。両親共に中学校教員。そのようなことから子供の頃は、将来は学校の先生にと漠然と思っていたという。 佐賀県立鳥栖高等学校卒業、桐朋学園芸術短期大学芸術科卒業。短大在学中に劇団青年座の舞台公演を観て惹かれたことで、短大卒業後に青年座に入団。 特技は九州方言、ダンス。
岡 ゆう子(おか ゆうこ、1957年9月25日 - )は、佐… 岡 ゆう子(おか ゆうこ、1957年9月25日 - )は、佐賀県嬉野市出身の演歌歌手である。本名は坂井 由美子。パインミュージック所属。レコード会社はキングレコード。 1979年1月、ビクターレコードより「博多の恋」でデビュー。1988年、テイチクレコードへ移籍し「おしどり人生」をリリース。2000年、キングレコードへ移籍し「夢盃」をリリース)。 「歌う日本地図」の異名を持ち、全国各市町村からの依頼で市町村歌、音頭、意識高揚歌など吹き込んだ曲数は400余曲。47都道府県を制覇している。都道府県等からの要請により、歌った曲数の記録認定をギネスブックに申請中。 艶歌、別れの歌が多い。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。
園田 英樹(そのだ ひでき、1957年9月22日 - )は、… 園田 英樹(そのだ ひでき、1957年9月22日 - )は、日本の脚本家、演出家、小説家。佐賀県鳥栖市出身。 佐賀県立鳥栖高等学校卒業。私立探偵になるが、浮気調査に飽きて明治大学政治経済学部に入学。在学中はアングラ演劇に明け暮れ、のちに卒業。「天井桟敷」出身の童話作家・森忠明、劇団「日本」の演出家・三原四郎に脚本・演出を師事。系譜としては寺山修司の孫弟子となる。 テレビアニメの脚本を手がけるようになったのは、森忠明に小山高生を紹介されたことがきっかけである。当初は小山が構成を担当していた「手塚治虫のドン・ドラキュラ」(1982年)で脚本家デビューするはずだったが、担当広告代理店が倒産した影響で番組が打ち切りとなり、本作でのデビューにはならなかった(同じく脚本家の中弘子、照井啓治も園田と同様に当番組でデビューする予定だった)。
青木 清高(あおき きよたか、1957年8月12日 - 20… 青木 清高(あおき きよたか、1957年8月12日 - 2015年4月14日)は陶芸家である。中国南宋時代の青磁の研究を主に、青磁、天目、染付を中心に制作する作陶で知られる。父は日本芸術院会員で、文化功労者、文化勲章受章者でもあった青木龍山。 1957年(昭和32年)、陶芸家・青木龍山の長男として、佐賀県西松浦郡有田町に生まれる。佐賀県立武雄高等学校を卒業後、1976年(昭和51年)に長崎大学教育学部美術科入学、洋画を専攻。1980年(昭和55年)、同大学卒業。卒業と同時に中村清六(佐賀県重要無形文化財白磁保持者)に師事。 青木家では、1600年代後半頃より外尾山窯の窯焼として家業が引き継がれて来たが、曾祖父・青木甚一郎が外尾登の権利を買取り、18歳の時に本家(青木太平家)より独立し、実弟・栄次郎と共に明治20年代の後半に有田焼の製造販売を手掛ける青木商店を設立。
孫 正義(そん まさよし、손정의, 1957年8月11日 -… 孫 正義(そん まさよし、손정의, 1957年8月11日 - )は、日本の実業家、資産家。ソフトバンクグループの創業者として知られ、ソフトバンクグループ株式会社代表取締役社長、ソフトバンク株式会社代表取締役会長、福岡ソフトバンクホークスのオーナーなどを務める。
山﨑 朗(やまさき あきら、1957年5月11日- )は、日… 山﨑 朗(やまさき あきら、1957年5月11日- )は、日本の経済学者。中央大学経済学部教授、経済学博士。専門は経済地理学、産業経済論、地域政策論、産業政策論、産業クラスター論、国土計画。 佐賀県唐津市生まれ。1981年京都大学工学部合成化学科卒業、1986年九州大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、2000年「産業集積と立地分析」で、経済学博士(九州大学)の学位を取得。九州大学助手、1987年フェリス女学院大学講師、1990年滋賀大学経済学部助教授、九州大学経済学部助教授、同教授を経て、2005年より中央大学大学院経済学研究科教授。 経済地理学会評議員、産業学会理事、日本経済政策学会会員、産業構造審議会委員、経済産業省地域産業政策懇談会委員、国土構造審議会委員、国土交通省地方中枢都市研究会委員、日本地域開発センター評議員等を歴任。
松田 一也(まつだ かずや、1957年5月9日 - )は、日… 松田 一也(まつだ かずや、1957年5月9日 - )は、日本の政治家、経産官僚。佐賀県基山町長(3期)。 佐賀県基山町出身。佐賀県立鳥栖高等学校、九州大学経済学部卒業。1981年4月、通商産業省に入庁。福岡通商産業局に配属される。 2003年(平成15年3月)、文部科学省に出向。九州大学大学院工学研究院助教授に就任。2014年(平成26年)4月、基山町副町長に就任。 2016年(平成28年)2月2日公示、2月7日執行の基山町長選挙に立候補し、無投票で初当選。2月20日、町長に就任。 2020年(令和2年)、前町議の久保山義明を破り再選。
高野 信治(たかの のぶはる、1957年 - )は、日本の日… 高野 信治(たかの のぶはる、1957年 - )は、日本の日本史学者。九州大学教授。日本近世史専攻。 佐賀県佐賀市生まれ。1985年九州大学大学院文学研究科博士後期課程退学、九州大学助手、1989年福岡工業大学助教授、1991年九州大学比較社会文化研究院助教授、教授。1995年「近世大名家臣団の研究 -鍋島佐賀藩を素材に」で九大博士(文学)。
吉竹 顕彰(よしたけあきら、1957年(昭和32年) - … 吉竹 顕彰(よしたけあきら、1957年(昭和32年) - )は、日本の気象予報士。NHK福岡放送局の夕方ニュースで気象キャスターを務める。 佐賀県武雄市出身。佐賀県立武雄高等学校を経て九州大学理学部物理学科を卒業した。 1980年、日本気象協会九州支社に入社した。 1990年よりNHK福岡の気象キャスターを担当する。 2022年、第74回NHK放送文化賞を受賞した。 趣味は植物観察、自転車、読書、音楽(ジャズ)など。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
宮園 浩平(みやぞの こうへい、1956年9月15日 -)は… 宮園 浩平(みやぞの こうへい、1956年9月15日 -)は、日本の医学者(腫瘍生物学)。東京大学卓越教授。主な業績はがん細胞におけるTGF-βの作用機構の発見。医学博士(東京大学)。 佐賀県鹿島市出身。1981年東京大学医学部医学科卒業。ウプサラ大学ルートヴィヒ癌研究所留学を経て、1995年癌研究会癌研究所生化学部長。2000年東京大学大学院医学系研究科教授。 2011年医学部長。2015年から2017年まで日本癌学会理事長。2017年日本学士院会員選出。2019年東京大学理事・副学長。2025年3月6日時点で総合科学技術・イノベーション会議の常勤議員であり、同月17日に新たに総合科学技術・イノベーション会議(第77回)に参加している。
脇山 伸太郎(わきやま しんたろう、1956年〈昭和31年〉… 脇山 伸太郎(わきやま しんたろう、1956年〈昭和31年〉8月22日 - )は、日本の政治家。佐賀県東松浦郡玄海町長。 佐賀県東松浦郡(現・玄海町)出身。佐賀県立唐津東高等学校を経て福岡大学経済学部卒業。 2001年9月、玄海町議会議員に初当選。5期に亘り、玄海町国際交流会理事、佐賀県商工会青年部連合会利委員、総務文教常任委員長、産業建設常任委員長などを歴任するなど数々の役職として活動した。 2018年7月24日、玄海町長選挙にて元町議中山敏夫に638票差の2199票を獲得し初当選し、2018年8月より現職。 2024年4月26日、玄海町議会は、飲食業組合や旅館組合など地元3団体がそれぞれ出した、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定へ向けた文献調査に応募するよう求める請願を賛成多数で採択。
岡 康道(おか やすみち、1956年(昭和31年)8月15日… 岡 康道(おか やすみち、1956年(昭和31年)8月15日 - 2020年(令和2年)7月31日)は、日本のクリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。TUGBOAT代表。
横尾 俊彦(よこお としひこ、1956年〈昭和31年〉5月5… 横尾 俊彦(よこお としひこ、1956年〈昭和31年〉5月5日 - )は、日本の政治家。元佐賀県多久市長(7期)。 佐賀県多久市生まれ。佐賀県立小城高等学校卒業。1980年、慶應義塾大学法学部を卒業し、松下幸之助が創設した財団法人松下政経塾に入塾(第1期生)。同期生には野田佳彦(第95代内閣総理大臣・立憲民主党衆議院議員)、逢沢一郎(自由民主党衆議院議員)、小野晋也(元衆議院議員)、岡田邦彦(元松下政経塾塾頭)らがいる。カナダ留学を経て、松下政経塾を卒塾後は地元・佐賀県多久市に帰郷し、市民運動に参加。1992年、松下政経塾の評議員を務めていた細川護煕の動きに呼応し、日本新党結党に参画。翌1993年の第40回衆議院議員総選挙に佐賀県全県区(定数5)から日本新党公認で出馬したが、得票数7位で落選。
百﨑 敏克(ももざき としかつ、1956年4月4日 - )は… 百﨑 敏克(ももざき としかつ、1956年4月4日 - )は、佐賀県佐賀市出身で、現在も在住。日本の高校野球指導者。元佐賀県立佐賀北高等学校硬式野球部監督。
川副 春海(かわそえ しゅんかい、1956年3月26日 - … 川副 春海(かわそえ しゅんかい、1956年3月26日 - )は、日本のラジオパーソナリティ・浄土宗の僧侶・元新聞記者。血液型O型。
深浦 弘信(ふかうら ひろのぶ、1956年(昭和31年)3月… 深浦 弘信(ふかうら ひろのぶ、1956年(昭和31年)3月17日 - )は、日本の政治家。佐賀県伊万里市長(2期)。 佐賀県伊万里市立花町渚に生まれる。伊万里市立大坪小学校、伊万里市立伊万里中学校、佐賀県立伊万里高等学校、九州大学経済学部卒業。伊万里市役所に入庁。伊万里情報センターの設立に参画。有志で情報誌『いっと』を創刊した。総務部情報推進課長、水道部管理課長、総務部契約監理課長、水道部長、産業部長。2016年(平成28年)3月、伊万里市役所を定年退職。 2017年(平成29年)12月20日、任期満了に伴う伊万里市長選挙に立候補する意向を表明。 2018年(平成30年)4月15日に行われた伊万里市長選挙に無所属で出馬。
橋本 康志(はしもと やすし、1956年〈昭和31年〉1月1… 橋本 康志(はしもと やすし、1956年〈昭和31年〉1月11日 - )は、日本の政治家、実業家。前佐賀県鳥栖市長(4期)。 佐賀県鳥栖市出身。鳥栖市立鳥栖中学校、佐賀県立鳥栖高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、早稲田大学商学部卒業。同年4月、富士通に就職。システムエンジニアとして、主に国立大学病院のシステム開発を担当する。1986年(昭和61年)3月、富士通を退職。同年4月、株式会社中央軒に入社。5月に同社の代表取締役に就任。2006年(平成18年)12月、同社を退職。 2007年(平成19年)2月18日執行。自民党・公明党の推薦を受けた現職の牟田秀敏を破り初当選。3月15日、市長就任。
西村 純二(にしむら じゅんじ、1955年12月23日 - … 西村 純二(にしむら じゅんじ、1955年12月23日 - )は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督、脚本家。佐賀県東松浦郡呼子町(現:唐津市)出身。 「西村 ジュンジ」名義で脚本家としても活動している。 明治学院大学卒業後の1980年、アニメ下請制作会社の「にしこプロダクション」に入社。広川和之の下でアニメの演出を勉強し、翌年放送の『宇宙戦士バルディオス』第20話「甦った悪魔(前編)」にてアニメーション演出家としてのデビューを果たした。その後同プロダクションでは、『忍者ハットリくん』『六神合体ゴッドマーズ』『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(第1作)などの演出も担当。 1984年、にしこプロダクションを退社し、活動の拠点をスタジオディーンに置いた。
江口 祥一郎(えぐち しょういちろう、1955年12月7日 … 江口 祥一郎(えぐち しょういちろう、1955年12月7日 - )は、日本の実業家。佐賀県出身。株式会社JVCケンウッド代表取締役社長執行役員(最高経営責任者・CEO)。 佐賀県杵島郡白石町生まれ。佐賀県立鹿島高等学校から早稲田大学商学部卒業。 1979年トリオ株式会社(現:株式会社JVCケンウッド)入社。 入社後、アメリカ、イタリア、オランダで通算18年間の海外事業に従事。 2008年のケンウッドと日本ビクターとの経営統合後、海外事業、車載分野の拡大に注力。 江口祥一郎 株式会社JVCケンウッド 代表取締役・社長執行役員 最高経営責任者(CEO) https://shikiho.jp/stocks/6632
平山憲一(ひらやま けんいち、1955年8月23日 - )は… 平山憲一(ひらやま けんいち、1955年8月23日 - )は、日本のフランス料理人。佐賀県佐賀市与賀町出身。栃木県日光市吉沢在住。
古村 至朗(ふるむら じろう、1955年(昭和30年)1月1… 古村 至朗(ふるむら じろう、1955年(昭和30年)1月18日 - )は、日本の実業家、銀行家。勲等は旭日双光章。福岡中央銀行代表取締役会長。 佐賀県鳥栖市出身。長崎大学経済学部卒。 1977年に福岡銀行に入行。北九州営業部長、執行役員を歴任。2009年にふくおかフィナンシャルグループ取締役執行役員と同行取締役常務執行役員に就任する。 2012年に代表取締役副頭取となり、2014年に退任する。 2014年6月、福岡中央銀行の代表取締役専務に就任し、翌年、同じく福岡銀行出身である末松修の後任として頭取に就任し、2022年6月、会長に退く。 2025年秋の叙勲で旭日双光章を受章した。
井手 洋子(いで ようこ、1955年 - 2023年8月13… 井手 洋子(いで ようこ、1955年 - 2023年8月13日)は、日本の映画監督。佐賀県鹿島市出身。 佐賀県立鹿島高等学校卒業。1979年、明治学院大学文学部英文学科卒業。1985年にドキュメンタリー監督の羽田澄子と出会い、1986年、演出アシスタントとして映像制作の仕事に従事。同監督の『安心して老いるために』(1985年度キネマ旬報文化映画部門ベスト・ワン)、『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』 で助監督としてつく。その後、独り立ちして、「仕事、君はどう思う?」、「東京のモダニズム建築 学校篇」、布川事件を扱ったドキュメンタリー映画『ショージとタカオ』などを監督。2012年4月に文芸春秋社より、単行本「ショージとタカオ」が刊行された。
山下 俊文(やました としふみ、1954年11月3日 - )… 山下 俊文(やました としふみ、1954年11月3日 - )は、元NHKエグゼクティブアナウンサー。元日本語センター長。 佐賀県立武雄高等学校を経て法政大学卒業後、1977年入局。初任地は高知。長崎局時代に長崎水害の第一報の中継リポート。福岡、大阪ではプロ野球などスポーツ中継アナウンサーだった。東京アナウンス室で「おはよう日本」や緊急報道の中継デスク、ラジオ第1「NHKジャーナル」のキャスターを勤める。1999年6月から2001年6月まで福岡放送局アナウンス専任部長。日本語センターチーフアナウンサー、2004年鹿児島放送局放送部長。その後、日本語センターチーフアナウンサー、日本語センターエグゼクティブ・アナウンサー、日本語センター長。
中里 雅子 (なかさと まさこ、1954年8月16日 - )… 中里 雅子 (なかさと まさこ、1954年8月16日 - )は、日本のフリーアナウンサー、元テレビ朝日アナウンサー。 佐賀県唐津市出身。実家は呉服店。妹がいる。佐賀県立唐津東高等学校、早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。大学時代は放送研究会に所属。1977年、テレビ朝日(当時:全国朝日放送)にアナウンサーとして入社。1983年に同社を退社し、以降はフリーアナウンサー、ナレーターとして活動。
松尾 勝利(まつお かつとし、1954年8月5日 - )は、… 松尾 勝利(まつお かつとし、1954年8月5日 - )は、日本の政治家。佐賀県鹿島市長(1期)、元鹿島市議会議員(4期)。 佐賀県鹿島市出身。佐賀県立鹿島高等学校出身。長崎大学水産学部卒業後、鹿島市内の実家に戻り農漁業を継ぎ、2008年からは佐賀県有明海漁業協同組合で監事及び鹿島支所の運営委員長も務めた。2007年に有明海漁協の仲間から「漁業者の声を議会に届けてほしい」と後押しされ、鹿島市議に初当選し、4期務めた。 2021年12月22日、翌年4月の鹿島市長選挙への立候補を表明し、2022年1月11日付で市議を辞職。4月24日の投開票の結果、元市議の稲富雅和を1,412票差で破り、初当選を果たした。
鈴田 滋人(すずた しげと 1954年6月20日 - )は日… 鈴田 滋人(すずた しげと 1954年6月20日 - )は日本の染織作家。重要無形文化財「木版摺更紗(もくはんずりさらさ)」の各個認定の保持者(いわゆる人間国宝)。公益社団法人日本工芸会常任理事。 佐賀県鹿島市出身。武蔵野美術大学日本画学科卒業。鍋島更紗の復元に取り組んだ父・鈴田照次の跡を継ぎ、1981年から木版と型紙を併用する「木版摺更紗」の研究を重ねた。その作品は、緻密かつ豊かな色構成で、独自の作風を確立している。工芸技術としての「木版摺更紗」は、2008年9月11日に国の重要無形文化財に指定され、同日付けで鈴田滋人がその保持者として各個認定された(いわゆる人間国宝)。 1982年、第29回日本伝統工芸展で初入選を果たす。
陣内 正敬(じんのうち まさたか、1954年3月8日 - 2… 陣内 正敬(じんのうち まさたか、1954年3月8日 - 2012年12月6日)は、日本の日本語学者。 佐賀県杵島郡北方町(現・武雄市)生まれ。佐賀県立武雄高等学校卒業、1977年九州大学理学部生物学科卒、1982年同大学院博士課程中退(言語学専攻)、九大文学部助手、1985年九州大学教養部助教授、1988年言語文化部助教授を経て、1995年関西学院大学総合政策学部助教授、1997年教授となる。2005年「外来語の社会言語学的研究」で大阪大学博士(文学)。専門は社会言語学。
武冨 豊(たけとみ ゆたか、1954年2月16日 - )は佐… 武冨 豊(たけとみ ゆたか、1954年2月16日 - )は佐賀県出身の元陸上競技選手、現指導者。 佐賀県立多久工業高等学校時代に全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)5000mに出場。予選会となる北九州総体で4位に入賞して全国大会出場を決めたが、そのときの優勝は喜多秀喜、2位は宗茂、3位は宗猛と上位入賞者は全て後のオリンピック代表(ただし喜多は幻の1980年モスクワオリンピックのみの代表)だった。 1972年に神戸製鋼所に入社。喜多秀喜らとともに陸上部の中心選手となる。 1978年にボストンマラソンで9位入賞、1979年に別府大分毎日マラソンで1位と0.3秒差の2位。翌1980年に同マラソンで優勝。
井上 善海(いのうえ ぜんかい、1954年 - )は、日本の… 井上 善海(いのうえ ぜんかい、1954年 - )は、日本の経営学者、九州情報大学助教授、広島大学大学院教授、東洋大学教授、法政大学大学院教授を経て、現在、九州情報大学・大学院教授。経営学専攻で、専門分野は経営戦略論、事業創造論、中小企業経営論。“理論と実践の融合”をコンセプトに、長年にわたって多角的な視点から企業経営を研究している。2018年(ー現在)「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞実行委員会副委員長・審査委員、2018年(ー現在)日本マネジメント学会常任理事、2019年(ー2025年)日本経営学会常任理事、2020年(ー現在)人を大切にする経営学会副会長。2021年(ー2024年)経営行動研究学会副会長。
池田 英雄(いけだ ひでお、1954年または1955年 - … 池田 英雄(いけだ ひでお、1954年または1955年 - )は、日本の地方公務員。佐賀県教育長、同副知事、県信用保証協会会長を歴任。瑞宝中綬章。 神埼市出身。1979年 (昭和54年) 佐賀県庁入庁。秘書課長や危機管理・報道監を経て2014年 佐賀県教育委員会教育長、2015年 佐賀県副知事就任。2017年12月 佐賀空港への自衛隊輸送機オスプレイ配備計画に関連し、熊本県内でアメリカ軍機に体験搭乗した。2019年 (令和元年) 5月 副知事退任。同年9月 佐賀県信用保証協会会長。佐賀県職員の退職者でつくる一般社団法人「佐賀県楠風会」最後の会長を務めた。
川原 昭二(かわはら しょうじ、1953年11月17日 - … 川原 昭二(かわはら しょうじ、1953年11月17日 - )は佐賀県鳥栖市出身の元プロ野球選手(投手)。
希望 彰(のぞみ あきら、1953年8月30日 - )は、佐… 希望 彰(のぞみ あきら、1953年8月30日 - )は、佐賀県多久市出身の演歌歌手、ラジオパーソナリティー、ローカルタレント、カラオケ講師。血液型はA型。 佐賀県多久市出身。佐賀県立佐賀商業高等学校卒業後、大川家具の販売会社に就職。顧客から「タンス長持唄」を頼まれたことから民謡教室に通い始め、40歳の時に歌手に転身した。佐賀県をテーマにした歌を中心にした歌手活動のほか、ラジオのパーソナリティやイベント司会などで活躍している。また、故郷の多久市などでカラオケ教室を多数開いている。
広津 素子(ひろつ もとこ、1953年5月16日 - )は、… 広津 素子(ひろつ もとこ、1953年5月16日 - )は、日本の政治家、元衆議院議員(1期)。公認会計士。戸籍上の氏名は平林 素子(ひらばやし もとこ)。 佐賀県唐津市出身。唐津市立外町小学校、唐津市立第一中学校、佐賀県立唐津東高等学校卒業。高等学校時代は、旺文社全国実力テストで日本一になった。1977年、東京大学医学部保健学科卒業。1982年から中央青山監査法人(プライスウォーターハウスクーパース)や朝日監査法人(アーサー・アンダーセン)、KPMGにおいて公認会計士・税理士として活動、その後LEC会計大学院の教授を務めた。 2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙(郵政選挙)では、元自治大臣で旧橋本派(平成研究会)であった保利耕輔のいわゆる刺客として、佐賀3区から立候補した。
古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、… 古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、山口県議会議員(2期)を務めた。 佐賀県佐賀市で生まれ、山口県下関市で育つ。ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大卒業後、全日本空輸に入社。 1983年、大学時代の親友である中川昭一の第37回衆議院議員総選挙出馬に伴い全日空を退社し、北海道で中川の選挙を手伝う。中川の初当選後、郷里の山口県下関市に戻り、山口県議会議員選挙に無所属で出馬して初当選した。当選後、自由民主党に入党。 県議時代は自民党山口県連青年局長を務め、下関市が地盤の安倍晋太郎の薫陶を受け媒酌人も務めてもらった。しかし安倍が死去した後、山口県連内の主導権争い(安倍晋太郎系列、林義郎系列の対立)や晋太郎の後継争い(晋太郎の二男・安倍晋三が擁立された)に巻き込まれ、古賀は自民党を離党し、1993年に新生党入党。
宮園 雅敬(みやぞの まさたか、1953年〈昭和28年〉4月… 宮園 雅敬(みやぞの まさたか、1953年〈昭和28年〉4月19日 - )は、日本の実業家。 佐賀県鹿島市出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1976年(昭和51年)3月、東京大学法学部を卒業。「金融を知れば世の中の仕組みが分かるのではないか」という考えと「農林水産業を支援したい」という願望から、同年4月、農林中央金庫に入庫。 入庫後、資金証券部資金課⻑、総務部総務課長、熊本支店長、総合企画部副部長、総務部副部長、秘書役、人事部長、総合企画部長などを歴任。宮園は自身の農林中央金庫職員時代について「47都道府県の生産現場を回り、生産者と膝をつき合わせた経験が金融マンとしての基礎をつくった。」とインタビューで語っている。
池田 輝郎(いけだ てるお、1953年2月18日 - )は、… 池田 輝郎(いけだ てるお、1953年2月18日 - )は、佐賀県伊万里市出身の民謡・演歌歌手。本名は池田輝男。 初めての音楽との出合いは小学1年生の時にラジオから流れてきた橋幸夫の「潮来笠」。この曲に感動し歌手を目指すようになった。20歳から28歳までは全く歌を歌わないようになった。この背景には全日本歌謡選手権で五木ひろし(当時、三谷謙)が10週勝ち抜いた姿を見て「こんな人には絶対に勝てない。」と思った事が理由。 29歳の時に民謡に出会い、歌を再開。演歌を歌うようになったのは30歳を過ぎてから。地元・九州を基盤にするなか、インディーズ盤を数枚リリース。 2007年、「湯の里しぐれ」でメジャーデビュー(当時54歳)。
岩永 雅也(いわなが まさや、1953年 - )は、日本の教… 岩永 雅也(いわなが まさや、1953年 - )は、日本の教育学者。放送大学長。専門は、教育社会学・社会調査法・生涯学習。 佐賀県藤津郡嬉野町(現・嬉野市)生まれ。就学前に千葉県に転居。 以後、大阪大学人間科学部助手、放送教育開発センター(メディア教育開発センター)を歴任。1989年放送大学教養学部助教授就任。 2000年放送大学教授、2018年副学長に就任。 2014年、筑波大学大学院図書館情報メディア研究科に於いて博士(学術)の学位を取得《論文博士》。 2021年4月から放送大学長。
中島 淳一(なかしま じゅんいち、1952年11月13日 -… 中島 淳一(なかしま じゅんいち、1952年11月13日 - )は、日本の画家・役者。 佐賀県立唐津東高等学校出身。 1975~76年、米国ベイラー大学留学中に、英詩を書き、絵を書き始める。 1980年代、ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。スペイン美術賞展、優秀賞。 日仏現代美術展(82、83年)、クリティック賞、ビブリオテック・デ・ザール賞。フィレンツェ芸術祭展、地中海芸術賞、パリ・マレ芸術文化褒賞。 1990年代、 ARTEC・カンヌ、欧日芸術振興賞、アートブランドエクイテイ大賞。 フィレンツェ美の奇蹟展、リッカルド・アマディ芸術文化大賞を受賞(98年)。ブリアン・デュ・ソレイユ賞(1998)。
江里口 秀次(えりぐち しゅうじ、1952年(昭和27年)1… 江里口 秀次(えりぐち しゅうじ、1952年(昭和27年)10月30日 - )は、日本の政治家。元佐賀県小城市長(5期)、元小城町長(2期)。 佐賀県小城町(現小城市)出身。小城町立(現:小城市立)小城中学校、佐賀県立小城高等学校、西南学院大学商学部卒業。小城町長を2期務める。 2005年(平成17年)3月1日に小城郡4町(小城町・三日月町・牛津町・芦刈町)が合併して小城市が誕生。これに伴って同年4月10日に行われた小城市長選挙に出馬。佐賀県知事特別補佐の北島悦子、旧三日月町長の林富佳ら2候補を破り初当選した(江里口:12,723票、北島:6,741票、林:5,915票)。 2009年(平成21年)、無投票で再選。
喜多 秀喜(きた ひでき、1952年9月28日 - )は、佐… 喜多 秀喜(きた ひでき、1952年9月28日 - )は、佐賀県鹿島市出身の元陸上競技選手、流通経済大学社会学部教授、陸上競技部監督。 佐賀県立鹿島実業高等学校を卒業後、福岡大学に進学。福岡大学卒業後、神戸製鋼所に入社。武冨豊らと陸上部を引っ張った。 1978年12月の福岡国際マラソンでは優勝した瀬古利彦に次ぐ2位、1979年2月の別府大分毎日マラソンで優勝。日本が不参加となった1980年モスクワオリンピックには、マラソンの選考レースだった福岡国際マラソンは惨敗したものの、5000、10000メートルの代表に選ばれている。1981年には海外の強豪を抑え第1回東京国際マラソンで優勝を果たした。その後北京国際マラソン、青梅マラソンを制した。
金丸 弘美(かなまる ひろみ、1952年9月8日 - )は、… 金丸 弘美(かなまる ひろみ、1952年9月8日 - )は、日本のジャーナリスト(食環境)。総務省地域力創造アドバイザー。内閣府地域活性化伝道師。食からの地域再生・食育と味覚ワークショップ・地域デザインをテーマに地方創生に尽力している。 佐賀県唐津市に生まれる。1970年、佐賀県立唐津東高等学校を卒業。1974年、大東文化大学を卒業。新美容出版編集部に勤務。1985年、アイランズ編集部(高平哲郎事務所)に勤務。1993年、食の地域づくりの取材活動、食のワークショップの展開、出版活動の連携を開始。2001年、奄美群島徳之島に移住(妻の両親の出身地)。2006年3月、長崎県平戸・松浦地区観光人材育成協議会地域活性化事業アドバイザー。
黒川 明(くろかわ あきら、1952年9月5日 - )は、日… 黒川 明(くろかわ あきら、1952年9月5日 - )は、日本の実業家。参天製薬代表取締役会長兼CEO。佐賀県出身。 佐賀県立武雄高等学校を経て、1977年に早稲田大学政治経済学部を卒業。同年、参天製薬に入社。1997年4月に医薬事業部長室室長、同年6月に取締役、1998年6月に医薬事業部副事業部長、2001年5月に医薬事業部長、同年6月に執行役員、2004年7月に常務執行役員に、それぞれ就任。2006年6月、社長就任。2018年4月より現職。