香田 勲男(こうだ いさお、1965年5月29日 - )は、… 香田 勲男(こうだ いさお、1965年5月29日 - )は、長崎県東彼杵郡東彼杵町出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者、野球解説者・野球評論家。 現役時代には、読売ジャイアンツ(巨人)と近鉄バファローズに在籍。2001年に大阪近鉄バファローズで現役を引退してからは、日本プロ野球(NPB)の3球団(巨人・近鉄・阪神タイガース)や韓国プロ野球(KBO)・斗山ベアーズの投手コーチを経て、2022年1月4日から佐世保市の九州文化学園高等学校で硬式野球部の監督を務めている。 1982年、佐世保工業高校の2年生エースとして第64回全国高等学校野球選手権大会に出場。翌年の春夏まで3季連続で甲子園出場を果たし、3回とも初戦を突破。
中村 芳子(なかむら よしこ、1961年9月15日 - )は… 中村 芳子(なかむら よしこ、1961年9月15日 - )は、日本の経済評論家、ファイナンシャル・プランナー。長崎市生まれ。早稲田大学商学部卒。大手電気メーカーに就職するが、翌年社員5人のFP会社に転職。1991年にアルファアンドアソシエイツを設立、代表。個人向けの家計相談、執筆、講演などを行う。
平井 文夫(ひらい ふみお、1959年8月9日 - )は、日… 平井 文夫(ひらい ふみお、1959年8月9日 - )は、日本のジャーナリスト、政治評論家、フジテレビ客員解説委員。主に国内政治及び外交などを専門としている。 長崎県長崎市生まれ、山口県防府市出身。父親は医師で、昭和天皇や田中角栄の病状報道についてアドバイスを得ていたという。山口県立防府高等学校卒業。1982年、立命館大学経済学部卒業。大学時代には探検部に所属するとともに単身で世界15ヶ国を旅した。 大学卒業後、1982年にフジテレビジョンに入社。『スーパータイム』ディレクターを経て社会部では厚生省や宮内庁を担当した。1989年の昭和天皇崩御の際は宮内庁前から中継を担当した。 社会部記者を経て、1989年春に外信部へ次期海外特派員含みで異動した数ヶ月後、北京で起きた六四天安門事件を部長に志願して現地取材した。
伊東 順二(いとう じゅんじ、1953年9月2日 - )は、… 伊東 順二(いとう じゅんじ、1953年9月2日 - )は、日本の美術評論家、プロジェクト・プランナー、アートプロデューサー。 東京芸術大学社会連携センター・COI拠点特任教授。富山市ガラス美術館名誉館長。元長崎県美術館館長。株式会社JEXT(ジェクスト)顧問。 1953年9月2日長崎県諫早市生まれ。1972年長崎県立長崎南高等学校卒業。1976年早稲田大学第一文学部仏文科卒業。1980年早稲田大学大学院文学研究科仏文学専攻修士課程修了後、仏政府給費留学生としてパリ大学、及びエコールド・ルーブルにて学ぶ。1983年の日本帰国まで、フランス政府給費研究員として、フィレンツェ市庁美術展部門嘱託委員(1980年)、「フランス現代芸術祭」副コミッショナー(1982年)などを歴任。
加藤 清隆(かとう きよたか、1952年〈昭和27年〉5月1… 加藤 清隆(かとう きよたか、1952年〈昭和27年〉5月18日 - )は、日本の政治評論家。 長崎市生まれ。長崎県立長崎北高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業後、1977年時事通信社入社、政治部に配属。福田赳夫、大平正芳の両総理番、森喜朗、加藤紘一両官房副長官番、新自由クラブを担当。1980年、山口支局で主に県政担当。1985年、政治部再異動。山崎拓官房副長官番、後藤田正晴官房長官番、橋本龍太郎幹事長番、自民党竹下派担当。外務省キャップを担当。1994年、ワシントンD.C.特派員として主にホワイトハウス、国防総省を担当。1997年帰国後、第2次橋本内閣、小渕内閣の内閣官房キャップ。2000年、政治部次長、2002年、政治部長を歴任。
松尾 龍之介(まつお りゅうのすけ、1946年 - )は、日… 松尾 龍之介(まつお りゅうのすけ、1946年 - )は、日本の漫画家、評論家。長崎市生まれ。1969年北九州市立大学外国語学部卒。1971年上京。漫画家・杉浦幸雄に認められる。主に「漫画社」を中心に仕事をする。江戸時代のオランダ関係の研究も行う。元、日蘭学会会員。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
宗 肖之介(そう しょうのすけ、1939年8月25日 - 2… 宗 肖之介(そう しょうのすけ、1939年8月25日 - 2011年5月5日)は、日本の文芸評論家・著作家。 本名は重岡 重雄(しげおか しげお)。
間崎 ルリ子(まさき るりこ、1937年2月 - )は、日本… 間崎 ルリ子(まさき るりこ、1937年2月 - )は、日本の児童文学翻訳家、文芸評論家。本姓(夫姓)は"大月"であり、学会への参加や公的な図書館活動は大月 ルリ子(おおつき るりこ)として行っている。神戸市立図書館協議会委員(副会長)を務めた。 長崎県長崎市生まれ1937年2月。1959年慶應義塾大学図書館学科卒業。その後渡米し、ボストンのシモンズ・カレッジ(英語版)大学院で図書館学を学ぶ。図書館学修士課程修了後、ニューヨーク公共図書館児童室に勤務。1961年帰国後アメリカンスクールの図書館に勤務。1963年に翻訳した『もりのなか』がロングセラーとなる。1968年から2015年まで47年間にわたり、神戸市東灘区で毎週土曜午後1時から5時まで私設の児童図書館(子ども文庫)「鴨の子文庫」を主宰し開いていた。
城野 宏(じょうの ひろし、1913年8月31日 - 198… 城野 宏(じょうの ひろし、1913年8月31日 - 1985年12月21日)は、敗戦後中国共産党と戦い禁錮刑を受けた陸軍軍人で、のち評論家。 長崎県西山町生まれ。東京府立四中、第八高等学校卒、1938年東京帝国大学法学部政治学科卒業、野村合名会社調査部に入社、同年徴兵され中国へ渡る。41年陸軍中尉、第1軍参謀部。河本大作の知遇を得て、山西省政府顧問補佐官となる。1945年の日本の敗戦後も、祖国復興・山西独立を掲げ、山西の独裁者閻錫山と手を結び、李誠の名で毛沢東が率いる中国人民解放軍と戦う。49年捕虜となり禁錮18年の刑を受ける(中国山西省日本軍残留問題、撫順戦犯管理所)。 1964年解放され帰国。
福田 清人(ふくだ きよと、1904年〈明治37年〉11月2… 福田 清人(ふくだ きよと、1904年〈明治37年〉11月29日 - 1995年〈平成7年〉6月13日)は、日本の小説家、児童文学作家、近代文学研究者、文芸評論家。立教大学教授、立教女学院短期大学教授、実践女子大学教授。 日本児童文芸家協会を結成して理事長・会長を歴任したほか、滑川道夫らと日本児童文学学会を設立した。日本近代文学館常任理事、波佐見町名誉町民。勲四等旭日小綬章受章。 1904年(明治37年)11月29日、長崎県東彼杵郡波佐見町宿郷鹿山で、父「和一朗」(医師)と母「すい」の長男として誕生。5歳までは同町鬼木郷にあった母親の実家で育てられる。村長となった祖父、村医として開業した医師の父に連れられて、少年時代を西彼杵郡土井首村(現長崎市土井首)で過ごす。
河上 徹太郎(かわかみ てつたろう、1902年〈明治35年〉… 河上 徹太郎(かわかみ てつたろう、1902年〈明治35年〉1月8日 - 1980年〈昭和55年〉9月22日)は、日本の文芸評論家・音楽評論家。日本芸術院会員、文化功労者。 ヴァレリーやジイドを翻訳紹介しフランス象徴主義の影響下に評論活動を展開、近代批評の先駆者となる。シェストフの紹介者でもあった。小林秀雄、中原中也、大岡昇平、青山二郎、諸井三郎、吉田健一、白洲次郎たちとの親交も有名。なお夫人アヤ(綾子)は男爵・大鳥圭介の孫にあたる。 父邦彦は日本郵船の造船工学技師。1902年(明治35年)、赴任先だった長崎市で生まれた。本籍地は山口県岩国市。河上家は江戸時代は岩国藩士であった。祖父逸は勝海舟、今北洪川、玉乃世履らに師事した。
芳川 赳(よしかわ たけし、1895年10月20日 - 19… 芳川 赳(よしかわ たけし、1895年10月20日 - 1951年7月9日)は、美術評論家、作家。 長崎県島原市生まれ。長崎県立島原中学校(現長崎県立島原高等学校)、明治大学卒業、出版界に入り小説、評論などを書く。美術春秋社を興し、『美術春秋』『日本画傑作年鑑』等の編輯発行者となる。戦後は「美術鑑賞」を発行した。
神近 市子(かみちか いちこ、出生名:神近 イチ、1888年… 神近 市子(かみちか いちこ、出生名:神近 イチ、1888年6月6日 - 1981年8月1日)は、日本のジャーナリスト、婦人運動家、作家、翻訳家、評論家。ペンネームは榊 纓(さかき おう/えい)。1916年の日蔭茶屋事件で一躍著名になり、大杉栄に対する殺人未遂罪で2年間服役した。戦後に政治家になり、左派社会党および再統一後の日本社会党から出馬して衆議院議員を5期務めた。 長崎県北松浦郡佐々村(現在の佐々町)生まれ。漢方医の神近養斉とハナ夫妻の子で、出生当時父は47歳、母は43歳になっていた。夫妻はすでに二男二女をもうけていて、彼女は末の子であった。 父は幼い末娘を「チコ」と呼んで可愛がっていたが、1891年、彼女が3歳のときに死去した。