八木 教広(やぎ のりひろ、1968年- )は、日本の男性漫… 八木 教広(やぎ のりひろ、1968年- )は、日本の男性漫画家。沖縄県立真和志高等学校卒。 1990年(平成2年)に第32回赤塚賞に投稿した『UNDEADMAN』が入選となり、同作でデビューを果たす。1993年(平成5年)に『月刊少年ジャンプ 』で『エンジェル伝説』の連載を開始し、連載デビュー。同作は7年に渡り連載が続けられ、OVA化もされるヒット作となった。連載開始後もしばらくは沖縄で執筆活動を続けていたが、同作9巻の頃に東京に仕事場を移す。 2001年(平成13年)に『月刊少年ジャンプ 』において『CLAYMORE』を連載開始。同作はテレビアニメ化もされるヒット作となるが、掲載誌である『月刊少年ジャンプ 』が2007年(平成19年)に休刊。
新良 幸人(あら ゆきと、1967年12月16日 - )は、… 新良 幸人(あら ゆきと、1967年12月16日 - )は、日本の音楽家、「パーシャクラブ」のメインボーカル。所属事務所はARIZE(アライズ)。日本を代表する沖縄民謡界の唄者である。 沖縄県石垣市白保出身。11歳から八重山古典民謡を民謡家の父である新良幸永に師事。沖縄県立八重山高等学校出身で、BEGINや大島保克の一学年先輩にあたる。 1985年、高校在学中の17歳の時に最年少で八重山古典コンクール最高賞を受賞。その後、進学のために那覇市に居住。現在も沖縄県那覇市を拠点に音楽バンド「パーシャクラブ」のボーカル、三線奏者として活動。曲によっては琉笛も演奏。 平行してパーシャクラブのバンドメンバーの“サンデー”こと仲宗根哲と2人で唄、三線、太鼓による活動も行っている。
近田 和生(ちかだ わせい、1967年10月20日 - )は… 近田 和生(ちかだ わせい、1967年10月20日 - )は、沖縄県うるま市出身の声優・ディスクジョッキー・ラジオパーソナリティ・ナレーター・俳優。特技は英語とDJ。 1967年、日本本土に復帰する前の沖縄島に家族とともに4歳まで住んでいたがその後本土へ。桐朋学園短期大学芸術科演劇専攻卒業後、劇団青年座養成所実習科を経て、劇団青年座に入団。1990年、青年座を休団し渡米。ニューヨークのALVIN AILEY STUDIOでダンスを学ぶ。1年後に帰国し再び青年座で活動。1995年劇団青年座を退団。その後、大沢事務所に所属し、俳優、声優(アニメ、洋画吹き替え)として活躍する一方で、ラジオ番組のパーソナリティナレーターと幅広く活躍。
松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )… 松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県浦添市長(4期)。2013年、浦添市長選で初当選。保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーである。 琉球政府浦添村(現・沖縄県浦添市)出身。浦添市立仲西小学校、浦添市立仲西中学校、興南高等学校卒業。1991年(平成3年)3月、琉球大学法文学部法政学科政治学コース卒業。東京で英国系金融コンサルティング会社に勤務したのち、1996年(平成8年)、カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。社会福祉学の修士号を取得。 浦添総合病院等に勤務したのち、2002年(平成14年)に福祉活動、まちづくり活動を主たる目的とするNPO法人を設立。
友利 結(ともり ゆい、1967年9月21日 - )は、沖縄… 友利 結(ともり ゆい、1967年9月21日 - )は、沖縄県浦添市出身の元プロ野球選手(投手)。2014年シーズンより中日ドラゴンズの投手コーチを務める。
中山 義隆(なかやま よしたか、1967年6月26日 - )… 中山 義隆(なかやま よしたか、1967年6月26日 - )は、日本の政治家。沖縄県石垣市長(2期)。元石垣市議会議員(1期)。
新垣 慶太(あらかき けいた、1967年〈昭和42年〉4月1… 新垣 慶太(あらかき けいた、1967年〈昭和42年〉4月16日 - )は、日本の運輸・国土交通官僚。 沖縄県名護市出身。愛光中学校・高等学校を経て、1991年(平成3年)3月に東京大学法学部を卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、同年4月に運輸省入省。 課長補佐時代には、中国からの団体観光旅行の受け入れや、ILO船員労働に関する条約の見直し、船員分野への派遣労働の制度化に携わった。国土交通省総合政策局政策課企画専門官、近畿運輸局自動車交通部長、大臣官房総務課企画官(海事局)、総合政策局政策課政策企画官、観光庁観光地域振興部観光資源課長、海事局内航課長、海上保安庁総務部主計管理官、航空局安全部安全企画課長、海上保安庁総務部政務課長、日本政策投資銀行常務執行役員、航空局次長、新関西国際空港副社長を歴任。
知念 孝(ちねん たかし、1967年3月25日 - )は沖縄… 知念 孝(ちねん たかし、1967年3月25日 - )は沖縄県うるま市(当時は石川市)出身の体操選手・指導者である。得意とする種目は鞍馬。バルセロナオリンピックの団体総合銅メダル獲得時の日本チームの主将。現役引退後は体操の指導者として活動している。Hey! Say! JUMPの知念侑李の父である。 沖縄県石川市立宮森小学校出身、沖縄県石川市立石川中学校教諭の具志堅の指導後、沖縄の興南高校の体操部に所属。高校時代の1984年に高校総体に出場し鞍馬で優勝。日本大学へ進学しその後、河合楽器の体操部に所属した。 1990年・1991年・1992年と3年連続で全日本社会人選手権個人総合優勝を果たした。また、全日本選手権では1989年・1993年の鞍馬での優勝のほか、1992年には個人総合で3位になった。
大城 ゆか(おおしろ ゆか、1967年- )は、日本の漫画家… 大城 ゆか(おおしろ ゆか、1967年- )は、日本の漫画家。 沖縄県名護市出身。今はなき沖縄県産コミック本『コミックおきなわ』でデビュー。1990年に『コミックおきなわ』が休刊するまで連載を続けていた。その後、ボーダーインク発行のシマーコラムマガジン『WANDER』にて、1999年まで表紙絵やエッセイも書いていた。 2005年に『WANDER』が休刊した後は活動が見られなかったが、その後、オリオンビール発行のPR誌『オリオンびあぶれいく』にて4コマ漫画の連載を再開した。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
大田 和正(おおた かずまさ、1966年12月29日 - )… 大田 和正(おおた かずまさ、1966年12月29日 - )は、1990年代に琉球放送(RBCラジオ)で活動したラジオパーソナリティ、ローカルタレントである。 沖縄県名護市出身。ニックネームは“クロマル”。 1990年沖縄国際大学卒業後、4月にRBCラジオのラジオカーリポーターとして採用。デビューは「ここほれワンワン ほり出し中古車情報」の午後ワイド番組の1コーナーのリポーターだった。リポーターの実績が買われ、同年10月に当時人気の深夜ローカル番組だった「ラジオジャック」の月曜担当のアシスタントに起用された(メインパーソナリティーは箕田和男アナ)。 デビュー当初数ヶ月間は本名の大田和正で名乗ったが、もともと色黒で、ラジオジャックでテレビ時代劇「怪傑黒頭巾」のパロディーであるラジオドラマ「怪傑白頭巾」で“クロマル”役を演じたことから、“クロマル”の役名がそのままニックネーム・芸名となった。
當銘 真栄(とうめ しんえい、1966年5月3日 - )は、… 當銘 真栄(とうめ しんえい、1966年5月3日 - )は、日本の政治家。沖縄県糸満市長(2期)。元糸満市議会議員(2期)。 琉球政府(現・沖縄県)糸満市武富生まれ。糸満市立兼城中学校、沖縄県立糸満高等学校卒業。家業の當銘タタミ店を継ぐ。1995年(平成7年)、糸満市青年団協議会会長に就任。 2013年(平成25年)11月17日に行われた糸満市議会議員選挙に立候補し、日本共産党の支援も受け、初当選。2017年(平成29年)、再選。 2020年(令和2年)6月7日に行われた糸満市長選挙に前市長の上原裕常や日本共産党の支援を受けて立候補。自民党・公明党の推薦を受けた現職の上原昭ら2候補を破り初当選した。
喜屋武 あつこ (きゃん あつこ、1966年2月21日 - … 喜屋武 あつこ (きゃん あつこ、1966年2月21日 - ) は日本のモデル、実業家。芸能事務所『office RHIZOME』代表取締役でペットトリマーサロン『ワンニャンじゃんぐる』オーナー。 沖縄県那覇市出身。沖縄県立浦添高等学校・沖縄国際大学国文科卒。 15歳でスカウトをきっかけにモデルを始める。 22歳で東京へ上京。オスカープロモーションに所属しモデルやタレントとして活躍。 1992年~1994年にアメリカに留学した後に沖縄に戻り、モデル業を再開。 2003年6月、『OFFICE RHIZOME』を設立。 2019年1月、芸能事務所『株式会社OFFICE RHIZOME』設立、7月に厚生労働大臣許可『労働者派遣事業許可 派47-300323』『有料職業紹介事業許可 47-ユ-300793』を取得。
仲田 秀司(なかだ ひでし、1966年2月5日 - )は、沖… 仲田 秀司(なかだ ひでし、1966年2月5日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手(捕手)。
宮里 立士(みやざと たつし、1966年 - 2014年)は… 宮里 立士(みやざと たつし、1966年 - 2014年)は、日本の文芸評論家。 沖縄県那覇市出身。琉球大学法文学部卒業。成蹊大学大学院文学研究科博士課程満期退学。 研究分野は日本の近代精神と琉球文学。文芸・オピニオン誌『表現者』(イプシロン出版企画、偶数月16日頃発売)に「琉球文藝考」を連載。2014年に死去した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岡田 あーみん(おかだ あーみん、女性、1965年8月14日… 岡田 あーみん(おかだ あーみん、女性、1965年8月14日 - )は日本の漫画家。沖縄県生まれ。
宮崎 政久(みやざき まさひさ、1965年〈昭和40年〉8月… 宮崎 政久(みやざき まさひさ、1965年〈昭和40年〉8月8日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、防衛副大臣兼内閣府副大臣。 衆議院経済産業委員長、厚生労働副大臣、法務大臣政務官を歴任した。弁護士法人那覇綜合代表弁護士。沖縄国際大学非常勤講師。姓の漢字の「崎」は正確には、立崎の「﨑」。 1965年(昭和40年)8月8日、長野県上田市に生まれる。父親の転勤に伴い、埼玉県立春日部高校を経て明治大学法学部法律学科に進学。大学卒業後の1992年(平成4年)に司法試験に合格し、司法修習生(47期)となった。 修習地として那覇地裁を選んだのを機に沖縄県に移住。県収用委員会委員長や各種訴訟の行政側代理人を務めた保守系弁護士の小堀啓介に師事し、2004年(平成16年)まで小堀啓介法律事務所(現在の琉球法律事務所)に勤務した。
比嘉 良智(ひが よしとも、1965年6月26日 - )は、… 比嘉 良智(ひが よしとも、1965年6月26日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
阿佐慶 涼子(あさげ りょうこ、1965年(昭和40年)6月… 阿佐慶 涼子(あさげ りょうこ、1965年(昭和40年)6月5日 - )は、沖縄テレビ放送営業局営業促進部長、元アナウンサー。
棚原 勝也(たなはら かつや、1965年6月2日 - )は、… 棚原 勝也(たなはら かつや、1965年6月2日 - )は、琉球朝日放送 (QAB) の社員で、同局の元アナウンサー。 沖縄県浦添市出身。沖縄大学卒業。 1990年に大学を卒業後、ラジオ沖縄 (ROK) に入社。同局のアナウンサーを務めた後、2001年4月に琉球朝日放送へ移籍した。 報道制作部在籍時には副部長を、報道部在籍時には専任部長ならびにキャスター室長を務めていた。社外では、2019年6月に母校沖縄大学の同窓会長に就任した。 2020年10月の人事異動で報道の場から離れ、編成局編成部の部長に就任した。
宮里 太(みやざと ふとし、1965年3月7日 - )は、沖… 宮里 太(みやざと ふとし、1965年3月7日 - )は、沖縄県中頭郡美里村(現・沖縄市)出身の元プロ野球選手。
島袋 修(しまぶくろ おさむ、1965年2月26日 - )は… 島袋 修(しまぶくろ おさむ、1965年2月26日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手(捕手)。
新垣 敏之 (あらかき としゆき、英: Toshiyuki … 新垣 敏之 (あらかき としゆき、英: Toshiyuki Arakaki、1965年2月17日 - ) は、沖縄県沖縄市出身のオートバイ・ロードレーサー。1987年の全日本ロードレース選手権 ジュニアTT F-IIIクラスチャンピオン。身長161cm、体重54kg。 1992年よりロードレース世界選手権・GP500(現MotoGP)に参戦した。ヨーロッパのメディアではToshi Arakaki表記で報じられることもある。 子供のころからオートバイが好きで早く乗りたいと思っており、中学の頃から家の近所にあった米軍基地の中でアメリカ兵たちと一緒にモトクロスで遊ぶようになった。この時期の仲間には、1982年全日本モトクロス・ジュニア125cc王者となるロン・キンダーも一緒に走っていた。
麗美(れいみ、REIMY、1965年1月6日 - )は、日本… 麗美(れいみ、REIMY、1965年1月6日 - )は、日本のシンガーソングライター。 沖縄県宜野湾市でスペイン系フィリピン人の父と日本人の母との間に生まれる。 元クラリオンガールである姉のMAYUMI(堀川まゆみ)が持っていた麗美の写真が偶然関係者の目に留まり、1984年1月1日に松任谷正隆・由実夫妻の全面バックアップでデビュー。 スペイン系らしい鼻筋の通った欧米ハーフ顔の姉と異なり、タガログ人の特徴を強く持った愛らしい顔をしていた。 アルバム3枚を制作後、松任谷夫妻のもとを離れており、正隆は著書の中で『自分の音楽性に目覚め去ってしまった』と綴っている。 1986年にアメリカのロサンゼルスに渡り、プロデューサートレヴァー・ビーチの元でアルバム『My Sanctuary』を録音。
佐喜眞 淳(さきま あつし、1964年(昭和39年)8月9日… 佐喜眞 淳(さきま あつし、1964年(昭和39年)8月9日 - )は、日本の政治家。沖縄県宜野湾市長(3期)。元沖縄県議会議員(2期)、元宜野湾市議会議員(2期)。 沖縄(米国統治時代)の宜野湾市生まれ。父親は宜野湾市議会議員を務めた佐喜眞博。沖縄県立普天間高等学校、千葉商科大学商経学部経営学科卒業。大学卒業後、フランスに留学し、8年間滞在した。フランスでは空手の指導などをした。日本に帰国後、自由民主党に入党。1997年より旅行会社に勤務。 2001年、父親の佐喜眞博が宜野湾市議会の議長在職時にくも膜下出血で倒れ、死去。同年に行われた補欠選挙に父親の後継として立候補し、初当選した。2005年に再選。
仲田 幸司(なかだ こうじ、1964年6月16日 - )は、… 仲田 幸司(なかだ こうじ、1964年6月16日 - )は、アメリカ・ネバダ州出身の元プロ野球選手(投手)、指導者、野球解説者、タレント。イゼル株式会社所属。
金城 鉄治(きんじょう てつじ、1964年4月9日 - )は… 金城 鉄治(きんじょう てつじ、1964年4月9日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
上地 和彦(うえち かずひこ、1964年4月4日 - )は、… 上地 和彦(うえち かずひこ、1964年4月4日 - )は、沖縄県出身の元プロ野球選手(内野手)。 二松學舍大附高では、3年次春に第54回選抜高等学校野球大会に出場。4番打者として出場し、PL学園高との決勝戦では本塁打を放つも、チームは2-15で大敗し準優勝に終わる。 1982年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから5位指名を受け入団。 一軍出場のないまま、1985年限りで現役を引退。
新垣 諭(しんがき さとし、1964年2月21日 - )は、… 新垣 諭(しんがき さとし、1964年2月21日 - )は、日本の元プロボクサー。沖縄県糸満市出身。元IBF世界バンタム級王者(当時はJBC非公認団体)。奈良池田ジム所属。 沖縄県立沖縄水産高等学校に入学後、1981年のインターハイのライトフライ級決勝戦で、青森商業の玉熊幸人(後のレパード玉熊)に判定勝ちを収め優勝。高校卒業後に船員になる予定をキャンセルし、1982年にプロへ転向。その際、奈良池田ジムが1,000万円で契約したことが話題になった。 渡嘉敷勝男とルペ・マデラがWBAの世界王者だった当時、新垣は同級王座に挑戦する機会を待っていた。しかし、渡嘉敷とマデラは微妙な判定の試合を繰り返し、結果4度の対戦をすることとなり、挑戦の機会が与えられなかった。
新垣 尚之 (あらかき なおゆき、1964年 - )は、日本… 新垣 尚之 (あらかき なおゆき、1964年 - )は、日本の団体職員。沖縄振興開発金融公庫理事長。 沖縄県国頭郡国頭村出身。沖縄県立辺土名高等学校を経て、1986年琉球大学法文学部卒業、沖縄振興開発金融公庫入庫。政策金利などに詳しく、1991年のパレットくもじの開業支援などにも携わった。 沖縄振興開発金融公庫新事業育成出資室長、沖縄振興開発金融公庫庶務部長、沖縄振興開発金融公庫総務部長などを経て、2022年から沖縄振興開発金融公庫融資第一部長を務めるとともに、宮古空港ターミナルビル取締役や、那覇空港ビルディング監査役、石垣空港ターミナル取締役を兼務。 2023年から沖縄振興開発金融公庫理事、沖縄県建設業審議会委員。
あめく みちこ(本名:佐藤 美智子、旧姓:天久、1963年1… あめく みちこ(本名:佐藤 美智子、旧姓:天久、1963年11月14日 - )は、日本の女優。 沖縄県・宜野湾市出身。神奈川県立生田高等学校卒業。 東京ヴォードヴィルショーの舞台『ロードランナー』を観て感動したことがきっかけで、1982年に高校卒業と同時に劇団東京ヴォードヴィルショー養成所に入所。翌1983年に正所属となって入団。以来30年以上同劇団で活動を続ける。夫は佐藤B作。継子に佐藤銀平がいる。 2013年、読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。2018年から阪口京子事務所所属。 夫のB作とともに三谷幸喜作品に複数回起用されている。
平仲 明信(ひらなか あきのぶ、男性、1963年11月14日… 平仲 明信(ひらなか あきのぶ、男性、1963年11月14日 - )は、日本の元プロボクサー。戸籍上の姓名は平仲 信明(ひらなか のぶあき)、一時期のリングネームは平仲 伸章。沖縄県島尻郡具志頭村(現・八重瀬町)出身。元WBA世界ジュニアウェルター級王者。 沖縄ボクサーの系譜では初めて、地元沖縄のジム(沖縄ジム。現琉球ボクシングジム)から世界王者となった。 元日本フェザー級王者の平仲信敏は5人兄弟の末弟。 南部農林高校2年生の終わりにボクシングを始め、数か月後に同じ沖縄県代表の新垣諭と共にインターハイで優勝。ライバル校たる興南高校の監督であり高校の先輩でもある金城真吉からも指導を受けた。 日本大学農獣医学部時代の1984年にはロサンゼルス五輪ボクシングウェルター級に出場し、初戦となった2回戦で敗退した。
知念 覚(ちねん さとる、1963年〈昭和38年〉9月19日… 知念 覚(ちねん さとる、1963年〈昭和38年〉9月19日 - )は、日本の地方公務員、政治家。沖縄県那覇市長(1期)。 1963年(昭和38年)、那覇市首里山川町生まれ。那覇市立城西小学校、那覇市立首里中学校、沖縄県立首里高等学校を経て、沖縄大学第2部法経学部法学科卒業。 1985年(昭和60年)、那覇市役所に就職。2000年(平成12年)、当時の那覇市長・翁長雄志により秘書に任命された。2010年(平成22年)から総務部長、2015年(平成27年)に副市長就任。 2022年城間幹子の引退に伴い実施される那覇市長選挙に無所属で立候補する意向を表明し、自由民主党・公明党からの推薦と城間市長から支持を受けた。
かでかる さとし(本名:嘉手苅 智、 (1963-09-08… かでかる さとし(本名:嘉手苅 智、 (1963-09-08) 1963年9月8日(62歳)- )は沖縄県・浦添市出身の歌手・タレントである。ニーニーズの元メンバー。沖縄国際大学卒業。2009年に第46回ギャラクシー賞ラジオ部門優秀賞を受賞している。 沖縄芝居の役者、八木政男の物真似を得意とする。二人は琉神マブヤー外伝 SO!ウチナーで共演している。
嘉数 登(かかず のぼる、1963年〈昭和38年〉8月28日… 嘉数 登(かかず のぼる、1963年〈昭和38年〉8月28日 - )は、日本の政治家。沖縄県宮古島市長(1期)。元宮古島市副市長(2期)。 1963年(昭和38年)、宮古島市生まれ。平良市立西城小学校、平良市立平良中学校、沖縄県立宮古高等学校を経て、日本福祉大学社会福祉科卒業。 1989年(平成元年)沖縄県事務吏員採用となり、2014年(平成26年)沖縄県企画部交通政策課長、2015年(平成27年)沖縄県総務部人事課長、2017年(平成29年)沖縄県企画部企画振興統括監、2019年(平成31年)沖縄県商工労働部長、2022年(令和4年)沖縄県知事公室長、2023年(令和5年)宮古島市副市長経て、2025年(令和7年)宮古島市市長選挙に現職の座喜味一幸ら5人を破り初当選した。
ボギー 手登根(ボギー てどこん、1963年〈昭和38年〉8… ボギー 手登根(ボギー てどこん、1963年〈昭和38年〉8月22日 - )は、 沖縄県浦添市出身の政治活動家。沖縄国際大学卒。実家は浦城タクシー経営。FM21「わんぬうむい」メインパーソナリティー、元日本のこころを大切にする党第四支部長、チャンネル桜沖縄支局キャスター。本名は手登根 安則(てどこん やすのり)。 2007年12月、手登根と飼い犬ボギーの交通安全啓発活動が『犬のおまわりさんボギー: ボクは、日本初の“警察広報犬”』という書籍となる。 2009年、2月8日投開票の浦添市会議員選挙に立候補したが落選。 2012年、手登根が県立那覇西高校のPTA会長をしていた際、同校で取り組んでいた「0校時」(勤務外の課外講座) の報酬が高すぎると批判、内外から波紋を呼んだ。
仲里 幸広(なかざと ゆきひろ、1963年7月2日 - )は… 仲里 幸広(なかざと ゆきひろ、1963年7月2日 - )は、日本のシンガーソングライター、タレント、ラジオパーソナリティ。元お笑い芸人。沖縄県浦添市出身。ミュージシャンとしてはユキヒロ名義で活動している。 美ら島沖縄大使(沖縄県観光親善大使)。 地元・沖縄県を中心に活動するミュージシャンであり、そのかたわらでタレントやラジオパーソナリティとしての活動を行っている。 代表曲の『HEIWAの鐘』『今日から明日へ』は、音楽の教科書に合唱曲としてアレンジされたものが掲載されている。とくに『HEIWAの鐘』(合唱編曲、白石哲也)は知名度がとりわけ高く、合唱曲の定番として全国的に歌われている。 沖縄県立大平高等学校時代の同級生であった嘉手苅智と「ニーニーズ」を結成。
島袋 勉(しまぶくろ つとむ、1963年(昭和38年)4月2… 島袋 勉(しまぶくろ つとむ、1963年(昭和38年)4月24日 - )は、沖縄県那覇市出身のランナー。2001年(平成13年)に踏切事故で両下腿を切断、以来両足に義足を装着しマラソンに挑む義足のランナーとして知られる。2012年(平成24年)からは京都マラソンの応援大使を務める。 2001年(平成13年)、千葉県で踏切事故に遭い両下腿を膝下10cmの部分から切断、高次脳機能障害(記憶障害)を負うが、退院後は両足に義足を装着し各国のマラソンに参加してきた。2004年(平成16年)にトリムマラソン3kmに初挑戦したのを皮切りに、ニューヨークシティマラソン、バンクーバーマラソン(英語版)などに複数回参加している。
松島 泰勝(まつしま やすかつ、1963年4月 - )は、日… 松島 泰勝(まつしま やすかつ、1963年4月 - )は、日本の経済学者。龍谷大学経済学部教授。専門は、島嶼経済論、内発的発展論。2001年、博士(経済学)、早稲田大学。琉球独立論者として知られる。博士論文は「島嶼経済論」。 沖縄県石垣市生まれ。主要著書に、『沖縄島嶼経済史』『琉球の「自治」』『ミクロネシア』『琉球独立への道』『琉球独立宣言』『琉球独立論』『琉球独立への経済学』『琉球奪われた骨』『帝国の島』『学知の帝国主義』等がある。 2007年、「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」を立ち上げ代表を務め、島の自治についての議論を交わす集会を定期的に毎年、開催している。 2013年5月15日、発起人の一人として琉球民族独立総合研究学会に関わった。
肥後 克広(ひご かつひろ、1963年3月15日 - )は、… 肥後 克広(ひご かつひろ、1963年3月15日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。お笑いトリオダチョウ倶楽部のリーダー。沖縄県那覇市出身。太田プロダクション所属。 3人姉弟(姉が2人)の末子として出生した。父親は肥後が中学生になる前に病気で亡くなっている。高校時代は工業デザイン科に進学するが、先述の家庭事情の影響もあり、軍歌酒場のウェイターのアルバイトなどをして学費を稼いでいた。母親は奄美大島出身。 高校卒業後は自動車学校に1ヶ月間通った後上京し、白金のデザイン事務所で商業デザイナーとして働いていたが、半年ほどで退職し沖縄に帰郷。その後「お笑い芸人になる」という夢を抱き再度上京する。当初は萩本欽一に弟子入りを志願するが断られ、浅草演芸界に転じ、杉兵助に師事した。
新城 和博(しんじょう かずひろ、 (1963-02-25)… 新城 和博(しんじょう かずひろ、 (1963-02-25) 1963年2月25日(63歳)- )は、日本の編集者、コラムニスト、随筆家、ラジオパーソナリティ、作詞家。 1963年生まれ、沖縄県那覇市出身。那覇市立城岳小学校、那覇市立上山中学校、沖縄県立那覇高等学校を経て、琉球大学法文学部社会学科社会人類学コース卒業。高校ではワンダーフォーゲルクラブに所属。大学では今帰仁村の集落にフィールドワークで赴き、住民から聞き取りを行った。 大学卒業後、内地の出版社に就職し、出版社の営業として百科事典的な本の訪問販売に従事するが、自分には合わないと感じて退社し帰郷。月刊誌『青い海』の出版社の社員募集に応じ就職したが、3ヶ月ほどで倒産したため、1986年に沖縄出版に入社。
大城直樹(おおしろ なおき、1963年 - )は、日本の地理… 大城直樹(おおしろ なおき、1963年 - )は、日本の地理学者(人文地理学・文化地理学)。明治大学文学部教授。フィールドワークに基づく沖縄の地域アイデンティティに関する研究のほか、英語圏のデレク・グレゴリーなどの理論的論文の翻訳や研究動向の紹介に取り組んでいる。 沖縄県那覇市出身。1987年、明治大学文学部卒業、1989年、広島大学大学院前期博士課程修了、1994年、大阪市立大学大学院博士課程単位取得退学、日本学術振興会特別研究員、九州大学助手を経て、1995年10月、神戸大学文学部助教授。その後、神戸大学大学院准教授を経て、明治大学文学部教授。2009年博士(文学・大阪市立大学)(論文タイトルは『国民国家周縁部における生活様式の分節化と地域アイデンティティ再生産に関する文化地理学的研究:19世紀以降の沖縄を事例として』)。
しろま せいゆう(城間 清酉、1963年 - 2026年4月… しろま せいゆう(城間 清酉、1963年 - 2026年4月21日)は、日本の絵本作家、アーティスト(水彩画家)。沖縄県那覇市出身。 2016年、「沖縄県わったーバス党」事業で、沖縄県庁前の県民広場天井画「沖縄をバスで行こう」を制作する。 2018年、那覇市新商品開発支援事業の「龍柱会議」で、「なは土産」キャラクター(龍柱・うふシーサー・那覇大綱・那覇ハーリー・那覇のマグロ・オオゴマダラ・琉球泡盛の7つ)を手がける。 沖縄タイムス社 日曜版こども新聞 “ワラビー” にて『読み聞かせ劇場』を2015年より連載し、2018年度沖縄県公共図書館連絡協議会共済事業において、県内16カ所の図書館で「沖縄タイムス“ワラビー”連載『読み聞かせ劇場』パネルと原画の巡回展」を開催した[要出典]。
川平 慈英(かびら じえい、Jay Kabira、1962年… 川平 慈英(かびら じえい、Jay Kabira、1962年9月23日 - )は、沖縄県那覇市出身のタレント、スポーツキャスター、ナレーター、俳優。 熱狂的なサッカー好きとしても知られ、主にテレビ朝日のサッカー中継等でスポーツキャスターを務めている。ケイファクトリー所属。名前はJ(ジェイ)・カビラと表記される場合もある。上智大学比較文化学部(現・国際教養学部)卒業。 父親の川平朝清は元アナウンサー。朝清と伯父の川平朝申は伊江御殿支流向氏伊江殿内の家系であり末裔に当たる。 3人兄弟の末っ子で、タレントのジョン・カビラ(本名・川平慈温)は長兄、実業家の川平謙慈は次兄。 東京バプテスト教会に所属するクリスチャンである。
渡真利 克則(とまり かつのり、1962年8月23日 - )… 渡真利 克則(とまり かつのり、1962年8月23日 - )は沖縄県平良市(現:宮古島市)出身の元プロ野球選手、元審判員。
金城 博和(きんじょう ひろかず、1962年4月20日 - … 金城 博和(きんじょう ひろかず、1962年4月20日 - )は、沖縄県国頭郡今帰仁村出身の元プロ野球選手(内野手)。
白 承豪(ペク・スンホ、朝: 백승호, 1962年3月 - … 白 承豪(ペク・スンホ、朝: 백승호, 1962年3月 - )は、日本在住の韓国人弁護士。在日コリアン弁護士協会代表等を経て、外国人初の日本弁護士連合会副会長。 大韓民国ソウル市生まれ。幼少時に交通事故で右腕を失った。1974年に沖縄県に移住し、沖縄県立小禄高等学校を経て、1985年琉球大学法文学部法政学科卒業。1990年旧司法試験合格。1993年大阪弁護士会弁護士登録。1994年大阪弁護士会人権擁護委員会委員。1997年兵庫県弁護士会人権擁護委員会委員。2000年日本弁護士連合会人権擁護委員会委員。2001年兵庫県精神医療審査会審査員。2003年兵庫県弁護士会副会長。2005年大韓民国外交部駐神戸大韓民国総領事館法律諮問。
儀武 剛(ぎぶ つよし、1961年9月8日 - )は沖縄県の… 儀武 剛(ぎぶ つよし、1961年9月8日 - )は沖縄県の政治家。元金武町長(3期)。金武町長在任中に北部市町村会長を4期務めた。 沖縄県金武町生まれ。1984年3月南九州大学園芸学部卒業。 1986年金武町役場採用。産業課、経済課、教育委員会社会教育課などを経て総務課財政係長を最後に2001年退職。2002年町長選挙に出馬し初当選。 2014年4月6日に行われた金武町長選挙には立候補せず、仲間一を後継候補として擁立し、後援会長を務めた。また、2014年沖縄県知事選挙に下地幹郎が立候補した際は、選挙対策本部長を務めた。 2015年9月1日、維新の党が次期参院選に儀武を擁立することを発表。維新の党分裂後はおおさか維新の会に参加し、2016年7月の第24回参議院議員通常選挙は同党公認で参議院比例区から出馬したが、次点で落選した。
下地 幹郎(しもじ みきお、1961年〈昭和36年〉8月14… 下地 幹郎(しもじ みきお、1961年〈昭和36年〉8月14日 - )は、日本の実業家、政治家。久米島オーシャンジェット会長。 衆議院議員(6期)、沖縄開発政務次官(小渕内閣・小渕第1次改造内閣)、経済産業大臣政務官(第1次小泉内閣)、内閣府特命担当大臣<防災・郵政民営化担当>(野田第3次改造内閣)、政治団体「無所属 創造」代表、国民新党国会対策委員長(第3代)、同政務調査会長(第3代)、同選挙対策本部長(初代)、同幹事長(第3代)兼代表代行、日本維新の会非常任役員、同国会議員団副代表、同政務調査会長、同国会議員団副代表兼選対本部長等を歴任。 父は大米建設の創業者であり、元沖縄県平良市長の下地米一。
羽賀 研二(はが けんじ、1961年7月21日 - )は、日… 羽賀 研二(はが けんじ、1961年7月21日 - )は、日本のタレント、俳優、声優、実業家。本名、當眞 美喜男(とうま みきお。「当真」もしくは「當真」とも表記される)。旧芸名は羽賀 健二。沖縄県沖縄市出身、同県中頭郡北谷町在住。 身長は183センチメートル。体重は68キログラム。血液型はB型。劇男零心会を経て東京シックスプロダクション(フロム・ファーストプロダクショングループ)に所属していた。 沖縄県コザ市(後の沖縄市)ゲート通りでアメリカ人と日本人の間に生まれる。幼少時代の生活は貧困を極め、電気店の納屋を住まいにしていた。そのため早くから新聞配達をして家計を助ける。 小学校時代は母子家庭や貧困生活、ハーフであるために彫りの深い顔立ちや赤毛などを理由に執拗ないじめに遭い、中学時代も同様の理由で喧嘩を吹っかけられる毎日を送った。
晃(あきら、本名:玉元 晃〈たまもと あきら〉、1961年5… 晃(あきら、本名:玉元 晃〈たまもと あきら〉、1961年5月9日 - )は、日本の歌手・ミュージシャン。 沖縄県具志川市(現・うるま市)出身。1970年、ベイビーブラザースでキングレコードからデビュー。その後、フィリップス・レコード(日本フォノグラム)に移籍し、1973年、晃が当時12歳の時、フィンガー5のメインボーカルとなり、「個人授業」が100万枚を超える大ヒットを達成し、その後、「恋のダイヤル6700」(158万枚)、「学園天国」(105万枚)と次々にミリオンセラーとなる。 現在は晃としてテレビ、ラジオ出演やライヴハウス等で音楽活動の他、同窓会コンサートや「夢スター歌謡祭 春組対秋組歌合戦」に出演し、全国各地を回っているほか、江木俊夫(フォーリーブス )、あいざき進也、加藤高道(狩人)と共にユニット(TASTE4)を結成し、年に数回、ライブを行っている。