平良 宗龍(たいら しゅうたつ、2006年5月26日 - )… 平良 宗龍(たいら しゅうたつ、2006年5月26日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。沖縄県那覇市出身。ポジションはポイントガード兼シューティングガード。B.LEAGUEの琉球ゴールデンキングス所属。現在は岩手ビッグブルズへ期限付き移籍中。 沖縄県に生まれ、幼少期よりバスケットボールを始める。那覇市立金城中学校に在籍しながら、琉球ゴールデンキングスU15でプレー。中学時代から「飛び級」でU18チームの練習や試合に参加するなど、早くからその才能を現していた。 2021年には「B.LEAGUE U15 CHAMPIONSHIP 2021」で優勝を経験し、大会MIP賞を受賞している。 高校は新潟県胎内市の強豪開志国際高等学校に進学。
知名 祐里(ちな ゆうり、2001年5月3日 - )は、日本… 知名 祐里(ちな ゆうり、2001年5月3日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 西原高校でインターハイベスト8。 卒業後、シャンソンVマジックに加入。
嘉陽 梨佳子(かよう りかこ、1998年12月20日 - )… 嘉陽 梨佳子(かよう りかこ、1998年12月20日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。Wリーグのプレステージ・インターナショナル アランマーレに所属していた。 前原高校から名古屋学院大に進みインカレ出場。 2020年末、翌シーズンよりWリーグ参入が決まっているプレステージ・インターナショナル アランマーレの第1回トライアウトを受験し、2021年4月1日に加入が発表された。 2023年現役引退。
上良 潤起(うえら じゅんき、1997年8月26日 - )は… 上良 潤起(うえら じゅんき、1997年8月26日 - )は、沖縄県糸満市出身のプロバスケットボール選手。ポジションはシューティングガード。横浜エクセレンス所属。 糸満市立西崎小学校3年生時にバスケットボールを始める。糸満市立西崎中学校から沖縄県立小禄高等学校に進学し、インターハイでベスト8。九州産業大学でインカレベスト16。 大学在学中の2020年1月、Bリーグの香川ファイブアローズに特別指定選手として入団。背番号93。同シーズンは8試合に出場。 2020-21シーズンから本契約選手として引き続き香川と契約。糸満市出身者としては初のプロバスケットボール選手となる。同シーズン、プレータイムを伸ばして48試合に出場。
津山 尚大(つやま しょうた、1996年〈平成8年〉4月16… 津山 尚大(つやま しょうた、1996年〈平成8年〉4月16日 - )は日本のプロバスケットボール選手である。沖縄県北谷町出身。ポジションはポイントガード。 沖縄県中頭郡北谷町出身。北谷町立北谷小学校、北谷町立北谷中学校を卒業後、福岡大学附属大濠高校に進学。 3年生時には、2014年インターハイと国体の2冠を達成。ウィンターカップで準優勝した。 高校卒業前の2015年1月、アーリーエントリー制度を利用し、bjリーグの琉球ゴールデンキングスと契約。2014-15シーズンは20試合に出場した。 2016年12月7日、日本代表候補重点強化選手に選出。 2017-18シーズンは出場機会に恵まれず、2018年7月、ライジングゼファーフクオカに移籍。
砂川 夏輝(すながわ なつき、1995年6月30日 - )は… 砂川 夏輝(すながわ なつき、1995年6月30日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。韓国・WKBLの釜山BNKサム所属。 沖縄県中頭郡中城村出身。 西原高校でウィンターカップに出場し、早稲田大学では1年時にインカレ優勝。 しかし、身長の低さを理由にWリーグのチームからは声がかからず、地元に戻り那覇空港で機体誘導をしながらクラブチームに所属した。 2020年、当時Wリーグを目指していたアランマーレ秋田に加入し、2021年にはWリーグ参戦を果たす。 2022年、アイシン ウィングスに移籍。 2024年、アイシンを退団し、韓国・WKBLに挑戦。牙山ウリィ銀行よりドラフト2巡目で指名され入団。
川上 麻莉亜(かわかみ まりあ、1994年9月21日 - )… 川上 麻莉亜(かわかみ まりあ、1994年9月21日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。沖縄県出身。ニックネームは「セイ」。ポジションはシューティングガード。5人制時代JX-ENEOSサンフラワーズに所属していた。現在は3×3選手としてSHIBUYA SANKAK所属。172cm、58kg。 浦添小学校でバスケを始め、全国ミニバス大会で準優勝。北谷中学校では全中優勝を経験。 西原高校進学後も、3年次にはインターハイとウィンターカップに出場。また、U-18アジア選手権日本代表に選ばれ準優勝。 卒業後の2013年、JX加入。 2017年、JX退社とともに3×3転向。 バレーボール選手の山内美咲とは高校時代の同期で親友。
満島 光太郎(みつしま こうたろう、1993年〈平成5年〉7… 満島 光太郎(みつしま こうたろう、1993年〈平成5年〉7月3日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で現在は指導者。沖縄県沖縄市出身。現役時代のポジションはポイントガード。 沖縄市生まれ。父親は体育教師で、指導する中学校のバスケットボール部を全国優勝に導く実績を持つ。長姉は女優の満島ひかり、兄は俳優の満島真之介、次姉はモデルの満島みなみ。 沖縄市立沖縄東中学校卒業。興南高等学校に進学後、2011年のウィンターカップでは1回戦の富山県立富山商業高等学校から14得点を奪い勝利に貢献。続く洛南高等学校戦には敗れたものの、満島は40分間フル出場しチーム最多の17得点を挙げた。 2012年、拓殖大学入学。
松島 良豪(まつしま よしたけ、1992年〈平成4年〉2月3… 松島 良豪(まつしま よしたけ、1992年〈平成4年〉2月3日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。沖縄県沖縄市出身。ポジションはポイントガード。 家族の影響で、幼少期からバスケットを始める。中学時代には、沖縄県選抜として、都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会(通称ジュニアオールスター)にも出場している。高校進学の際に、沖縄県外の強豪校に進学してバスケットボールをするように父親から勧められるが、自分は強豪校では試合に出られないと考え、県内の沖縄県立小禄高等学校に進学する。高校卒業後に国士舘大学に進学する。国士舘大学では、キャプテンとして関東1部リーグ昇格に貢献。大学卒業に際して、就職活動を行い内定を得たが、友人と話したことからプロバスケットボール選手になることを決意し、内定先に辞退を申し出た。
新城 真司(あらしろ しんじ、1992年2月3日 - )は、… 新城 真司(あらしろ しんじ、1992年2月3日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手である。身長180cm、体重84kgで、ポジションはフォワード。Bリーグ、B2西地区のライジングゼファーフクオカを最後に現役を引退した。 2012-13シーズン、bjリーグ所属の琉球ゴールデンキングスに練習生として入団。2013年7月に、琉球と選手契約を結ぶ。背番号は40。 プロ選手として最初のシーズンとなった2013-14シーズン、新城はレギュラーシーズン12試合に出場し、1試合平均の出場時間は2.1分だった。このシーズン、琉球はファイナルで秋田ノーザンハピネッツを下しリーグ優勝を果たした。 2014-15シーズンも琉球と契約した新城はレギュラーシーズン13試合に出場。
川満 寿史(かわみつ としふみ、1990年11月14日 - … 川満 寿史(かわみつ としふみ、1990年11月14日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。B3.LEAGUEのトライフープ岡山所属。沖縄県宮古島市出身。ポジションはスモールフォワード。東海大学(熊本キャンパス)卒業。 翔南高校から東海大学(熊本キャンパス)に進学し、インカレに3度出場。選抜大会では得点王に輝いた。 2013年3月、アーリーエントリーで浜松・東三河フェニックスと練習生契約を結び、オフに選手契約。その後、2017年-2019年は福島ファイヤーボンズに所属。2019年8月10日、B3.LEAGUEのトライフープ岡山のサテライトチームに所属する。 1 大石慎之介|3 大口真洋|5 オルー・アシャオル|6 ジャメイン・グリーン|7 古橋広樹|8 太田敦也|9 川満寿史|11 岡田慎吾|20 ナイル・マーリー(プレイオフMVP)|22 モー・チャーロ|47 並里祐|コーチ:東野智弥
伊集 南(いじゅ みなみ、1990年10月3日 - )は、日… 伊集 南(いじゅ みなみ、1990年10月3日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。沖縄県出身でバスケットボール女子日本リーグのデンソーアイリスに所属していた。ポジションはガード。168cm。コートネームは「ユイ」(「チームを勝利に結びつける」から)。沖縄県立糸満高等学校、筑波大学卒業。 具志頭中でバスケを始め、糸満高を経て筑波大に進学。1年次にインカレ優勝。 2011年、ユニバーシアード日本代表に選出。 大学卒業の2013年にも、ユニバーシアード日本代表に選出される。 同年、デンソーに入社。2013-14シーズンのルーキーオブザイヤーを受賞した。 2020年、現役引退。 2021年、Wリーグの理事に就任。
岸本 隆一(きしもと りゅういち、1990年〈平成2年〉5月… 岸本 隆一(きしもと りゅういち、1990年〈平成2年〉5月17日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。沖縄県名護市出身。ポジションはポイントガード/シューティングガード。B.LEAGUE・琉球ゴールデンキングスに所属している。 小学3年生時、小学校のクラブ活動でバスケットボールを始める。ただ、その前から自宅の庭にバスケットゴールがあり、物心付く頃から11歳上の兄と一緒に遊びでプレーしていた。 2005年3月、名護市立屋部中学校2年時に、自身初めての全国大会となるジュニアオールスターに出場し、1勝1敗で予選リーグ敗退。当時埼玉代表だった大塚勇人らと対戦して衝撃を受け、「自分の世界観が変わりました。
伊良皆 竜一(いらみな りゅういち、1990年5月5日 - … 伊良皆 竜一(いらみな りゅういち、1990年5月5日 - )は、沖縄県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード・シューティングガード。 前原高校卒業後、浜松・東三河フェニックスの練習生(育成指定選手)となる。 2010年11月、シーズン途中でプロ契約。 2011年2月、中村和雄ヘッドコーチの勧めもあり、大学進学や指導者への道へ進むため退団。
山内 盛久(やまうち もりひさ、1990年〈平成2年〉3月2… 山内 盛久(やまうち もりひさ、1990年〈平成2年〉3月23日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。沖縄県沖縄市出身。ポジションはポイントガード/シューティングガード。B.LEAGUE・サンロッカーズ渋谷に所属している。 興南高校から尚学院国際ビジネスアカデミーに進み、卒業後の2010年、琉球ゴールデンキングスの練習生となる。 2011年、bjリーグドラフト会議にて、琉球ゴールデンキングスより育成ドラフト9位指名を受け、選手契約。 以後、bjリーグ時代の琉球では主力選手として活躍。琉球を3度の優勝に貢献した。2016年9月、bjリーグは実業団主体のリーグだったNBLと統合し、完全プロリーグのB.LEAGUEが発足した。
岸本 行央(きしもと ゆきお、1989年8月20日 - )は… 岸本 行央(きしもと ゆきお、1989年8月20日 - )は、沖縄県浦添市出身のプロバスケットボール選手。ポジションはガード。アシストなど味方を活かすプレイが得意。 8歳の時、2人の兄の影響でバスケットボールを始める。浦添市立浦西中学校から興南高校に進学。3年生時の2007年インターハイでベスト8。国民体育大会で少年沖縄県チームのキャプテンを務めてベスト8。 2008年、明治大学に進学。2年生時の2009年に関東大学リーグ2部優勝と1部昇格に貢献。3年生時の2010年インカレで3位。 2012年に大学を卒業した後は琉球ゴールデンキングス練習生として練習を続けてbjリーグのトライアウトを受験。同年のbjリーグドラフト会議にて高松ファイブアローズより指名を受けて契約した。
並里 成(なみざと なりと、1989年〈平成元年〉8月7日 … 並里 成(なみざと なりと、1989年〈平成元年〉8月7日 - )は、沖縄県出身のプロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。現在はB1リーグのファイティングイーグルス名古屋に所属している。 井上雄彦が創設したスラムダンク奨学金第1期生としてアメリカに留学、2009年に帰国しリンク栃木ブレックスと契約、プロ選手となる。JBL 2009-10シーズンは栃木で、bjリーグ 2011-12とbjリーグ 2013-14の2シーズンは琉球ゴールデンキングスで優勝メンバーとなった。 沖縄県出身。バスケットボール選手の並里祐は実兄である。コザ中学校から福岡第一高校に進学。 1年時からポイントガードとしてスタメンに選出。
宮城 信吾(みやぎ しんご、1988年5月17日 - )は、… 宮城 信吾(みやぎ しんご、1988年5月17日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。身長197cm、体重83kg。 美来工科高校から専修大学に進む。2011年、bjリーグドラフト会議にて1巡目、全体7位で滋賀レイクスターズに指名されるも、シーズンを通しての出場時間18分に留まった。 2012-13シーズンに向け、bjリーグ富山グラウジーズとの契約に一旦合意したものの、契約締結には至らなかった。
狩俣 昌也(かりまた まさや、1988年〈昭和63年〉4月2… 狩俣 昌也(かりまた まさや、1988年〈昭和63年〉4月28日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。沖縄県宮古島市出身。ポジションはポイントガード。B.LEAGUE・長崎ヴェルカに所属している。 2012年、bjリーグの千葉ジェッツと選手契約を結び、プロ選手となる。2013年には琉球ゴールデンキングスに移籍し、2013-14シーズンの優勝メンバーとなった。2014年に福島ファイヤーボンズに移籍し、2014-15シーズンのMIP賞に選ばれた。 2021-22シーズンより長崎ヴェルカに所属。共同キャプテンとしてチームをB3優勝、B2昇格まで引っ張り、個人でもB3 2021-22シーズンの年間ベスト5に選出された。
奥里 綾子(おくざと あやこ、1988年4月18日 - )は… 奥里 綾子(おくざと あやこ、1988年4月18日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。沖縄県出身。176cm、67kg。 宜野湾中学校卒業後、沖縄県立西原高等学校、拓殖大学を経て、2011年、三菱電機に入社。2013年引退。
松島 有梨江(まつしま ゆりえ、1987年9月30日 - )… 松島 有梨江(まつしま ゆりえ、1987年9月30日 - )は、沖縄県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。弟は元バスケットボール選手でレバンガ北海道などに所属していた松島良豪。 名門コザ中学校で全国大会に多数出場。高校は桜花学園高校に進み、1年でウィンターカップ出場を果たし優勝に貢献。2年でジュニア日本代表に選出。3年では主将を務め、ウィンターカップベスト5に選出される。 卒業後、WIに降格していた三菱電機に入社。2年目は全16試合スタメン出場。3年目はシックスウーメン要員でスタメン出場はなかったもののWリーグ復帰に貢献した。2014年引退。2021年から三菱電機のアシスタントコーチ。
翁長 明弘(おなが あきひろ、1987年〈昭和62年〉9月2… 翁長 明弘(おなが あきひろ、1987年〈昭和62年〉9月28日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。沖縄県出身。現役時代のポジションはポイントガード。 小学5年生の時にバスケットボールを始める。那覇市立小禄中学校では、2年次に同級生の上江田勇樹と共に沖縄県大会を制した。中学卒業後は沖縄県立那覇高等学校に進みバスケットボールを続けるも、腰のヘルニアを発症するなど怪我に悩まされた。 高校卒業後、アメリカへ留学するが、腰を痛め治療を余儀なくされる。治療が済み競技に復帰できるようになった後、カリフォルニア州の2年制大学サンタアナ・カレッジ(英語版)に移籍し、学業成績優秀アスリート賞受賞を2度受賞した。
上江田 勇樹(うえた ゆうき、1987年6月17日 - )は… 上江田 勇樹(うえた ゆうき、1987年6月17日 - )は、沖縄県那覇市出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 興南高校から日本大学に進学。 卒業後の2010年、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズに加入。 2013年、千葉ジェッツに移籍。2017年1月に全日本バスケットボール選手権大会初優勝メンバーとなる。 2017年6月、富山グラウジーズへ移籍。 2018年6月、新潟アルビレックスBBに移籍。 2020年オフ、群馬に移籍 2022年オフ、B3リーグの東京八王子ビートレインズに移籍。 2024年オフ、新潟アルビレックスBBに移籍。 2025年9月8日、自身のXで2024-25シーズンをもって現役を引退することを発表した。
奥平 貴也(おくひら たかや、1986年9月9日 - )は、… 奥平 貴也(おくひら たかや、1986年9月9日 - )は、沖縄県中頭郡読谷村出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはガード。 前原高校から近畿大学を経て、琉球ゴールデンキングスに練習生として入団。 2010年、プロ契約。シーズン途中で契約解除。 2011年オフ、JBL2の石川ブルースパークス加入。 2012年オフ引退。 2012年、Bjリーグ富山グラウジーズ加入(練習生を経て)。2013-14シーズン終了後に現役引退。 山城拓馬は高校・大学の1年先輩。
伊計 郁也(いけい ふみや、1985年9月28日 - )は、… 伊計 郁也(いけい ふみや、1985年9月28日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手である。身長167cm、体重67kgで、ポジションはガード。 中部工業高校ではバスケットボール男子日本代表のU-18代表候補に選出される。鹿屋体育大学卒業後の2008年、JBL2所属のレノヴァ鹿児島に入団。2009-10シーズンには1試合平均スティール2.24の成績を残し、スティール王のタイトルを獲得した。 2010年8月、bjリーグの秋田ノーザンハピネッツに、練習生として入団する。2011年2月に選手契約を結び、2月5日の高松ファイブアローズ戦に出場した。秋田での出場機会はこれが唯一であり、2月28日には契約期間満了を迎える。
新里 智将(しんざと ともゆき、1985年9月8日 - )は… 新里 智将(しんざと ともゆき、1985年9月8日 - )は、沖縄県国頭郡国頭村出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。182cm、80kg。背番号は出身地にちなんだ92。 興南高校3年次より国体沖縄代表の中心メンバーとして活躍。沖縄代表では根間洋一とチームメイトであった。 名桜大学に進学後、県大会3連覇に貢献。 4年次の2007年、地元よりbjリーグに参戦する琉球ゴールデンキングスに入団。bjリーグとしては初めて、在学中の選手との契約となる。 2008年、りゅうせきクラブに入団。国体にも出場。 2013年、練習生を経て島根スサノオマジックと契約する。背番号は92(出身地の国頭村に由来)。
山城 拓馬(やましろ たくま、1985年7月5日 - )は、… 山城 拓馬(やましろ たくま、1985年7月5日 - )は、沖縄県うるま市出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。167cm、67kg。 前原高校から近畿大学に進学。2007年に関西リーグ・インカレの2冠に貢献し、関西リーグ優秀選手、関西インカレアシスト王を獲得。全日本インカレでもベスト16を経験。 2008年、卒業を間近に控えてbjリーグの育成指定選手に選ばれ、3月には琉球ゴールデンキングスでプレーした。 同年、レノヴァ鹿児島に入団。2009年退団。 2010年、富山グラウジーズに入団。 2012年、埼玉ブロンコスに移籍。2012-13シーズンは50試合に出場し、bjリーグオールスターゲームにも出場した。
山城 吉超(やましろ よしき、1984年9月2日 - )は、… 山城 吉超(やましろ よしき、1984年9月2日 - )は、沖縄県島尻郡久米島町出身のプロバスケットボール選手である。2007年からbjリーグの琉球ゴールデンキングスに所属し、2014年に引退した。ポジションはパワーフォワード。 日本人の父親とアメリカ人の母親を持つ。投擲選手の山城美貴は実妹である。久米島町立具志川中学校に入学した12歳の時にバスケットボールを始める。中学時代までは平行して沖縄角力にも取り組み、県大会優勝などの実績をあげ、二子山部屋、高砂部屋といった角界や、柔道の強豪校からの誘いももあったが、バスケットボールを続けるために興南高校への進学を選んだ。 興南高校に進学後、大田欣伸の指導のもと、沖縄県の少年男子国体チームに3年連続で選出され、全国大会を経験する。
友利 健哉(ともり けんや、1984年8月12日 - )は、… 友利 健哉(ともり けんや、1984年8月12日 - )は、沖縄県宮古島市(旧・宮古郡伊良部町)出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード/シューティングガード。177cm、75kg。背番号は5。 9歳でバスケットボールを始める。伊良部町立佐良浜中学校(現:宮古島市立佐良浜中学校)を卒業後、中部工業高校(現:美来工科高等学校)に進学。3年生時には主将を務め、エースとして14年ぶりとなるチームのインターハイ出場に貢献。1回戦で四日市工業を破り、2回戦に進出する。その後、チーム11年ぶりとなるウィンターカップ出場にも貢献し、2回戦まで勝ち進む。卒業後は専修大学に進学。上級生には中川和之、波多野和也、佐藤浩貴、小淵雅らがいた。
久手堅 笑美(くでけん えみ、1984年8月3日 - )は、… 久手堅 笑美(くでけん えみ、1984年8月3日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。バスケットボール女子日本リーグ機構のトヨタ自動車アンテロープス所属。 沖縄県出身。西崎小学校でバスケを始め、高嶺中学校を経て2000年4月に豊見城南高校に進学。2年生時に北中城高校に転校して全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)に出場、3年生時に全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)に出場。 2003年4月、拓殖大学に進学。大学時代はフォワードをしていた。4年生時の学生選抜と実業団選抜によるオールスター戦で最優秀選手賞を受賞。 2007年4月、トヨタ自動車アンテロープスに加入後、ポイントガードに転向。
呉屋 貴教(ごや たかのり、1983年8月26日 - )は、… 呉屋 貴教(ごや たかのり、1983年8月26日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手である。沖縄県沖縄市出身。ポジションはポイントガード/シューティングガード。身長190cm、体重83kg。 2006年に富山グラウジーズにドラフト1巡目で指名され、プロ選手となる。以後大阪エヴェッサ、ライジング福岡、東京アパッチ、信州ブレイブウォリアーズ、和歌山トライアンズ(NBL)に所属。その間に3度、bjリーグオールスターゲームに選出された。 幼い頃からバスケットボールに親しんでおり、10歳の時に本格的な競技を始める。コザ中学校では1998年に全国大会優勝。北中城高進学後も3年連続でインターハイ、ウィンターカップ出場。
与那嶺 翼(よなみね つばさ、1983年5月13日 - )は… 与那嶺 翼(よなみね つばさ、1983年5月13日 - )は、沖縄県沖縄市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 10歳でバスケットボールを始める。コザ中学校に進学後、全国中学校バスケットボール大会やジュニアオールスターに出場。1998年に全国中学校バスケットボール大会で優勝する。北中城高校時代にも全国大会を経験。日本体育大学に進学後はインカレで活躍。 2006年、大学卒業後、大分ヒートデビルズにドラフト外で入団。1年目からプレイオフ進出に貢献。2008年9月、チャレンジ!おおいた国体バスケットボール競技成年男子の部に佐藤博紀、君塚大輔と共に大分県選抜として出場したが初戦敗退。
城間 修平(しろま しゅうへい、1983年1月16日 - )… 城間 修平(しろま しゅうへい、1983年1月16日 - )は、沖縄県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはSF・SG。背番号11。189cm、88kg。元高松ファイブアローズ所属。 北中城高校ではインターハイ、ウィンターカップに出場。全日本ジュニアバスケットボールU-18日本代表に選出。 日本大学進学後も、日下光、仲西翔自、蒲谷正之らとともにチームの中心メンバーとなり、オールジャパンにも出場した。 卒業後の2005年、福岡レッドファルコンズに入団するが、シーズン途中でチームが解散の憂き目に遭う。 シーズン終了後、bjリーグの高松ファイブアローズよりドラフト3巡目(全体10位)指名を受け入団。
伊佐 樹里(いさ じゅり、1982年9月7日 - )は、沖縄… 伊佐 樹里(いさ じゅり、1982年9月7日 - )は、沖縄県出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。ニックネームは「ジュリ」。WリーグでJALラビッツ及びシャンソンVマジックに所属した。 沖縄県立北中城高校から拓殖大学を経て、2005年にJALラビッツに入団。 1年目より主力としてオールジャパン優勝、Wリーグ準優勝に貢献する。 2008年、シャンソンVマジックに移籍。 高校の同期に男子バスケットボール選手城間修平がいる。
島袋 脩(しまぶくろ おさむ、1982年6月21日 - )は… 島袋 脩(しまぶくろ おさむ、1982年6月21日 - )は、沖縄県宮古郡多良間村出身の元プロバスケットボール選手である。。日本男子プロバスケットボールリーグbjリーグの大分ヒートデビルズに所属していた。当時のポジションはシューティングガード、スモールフォワード。 身体能力が高く、運動量豊富でガッツ溢れるプレーが特長。 バスケットボールを始めたのは遅く、多良間中学校を卒業して、宮古高校に入学してから始める。(15歳の時)。高校を卒業後は、天理大学に進学。大学時代はセンターとしてプレーしていた。センターとしては低身長ながらも、抜群の跳躍力でリバウンドをもぎ取って活躍。2004年に開催された関西学生選手権大会ではチームの準優勝に貢献し、優秀選手賞を受賞。
澤岻 直人(たくし なおと、1981年10月13日 - )は… 澤岻 直人(たくし なおと、1981年10月13日 - )は、沖縄県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 2004年、アイシンシーホースに入団し、その年のオールジャパン優勝に貢献した。またbjリーグの琉球ゴールデンキングスでも2008-09シーズンの優勝に貢献。2007-08シーズンと2008-09シーズンの2度、ベストファイブにも選ばれている。 プロバスケットボール選手であった澤岻安史は実兄。 沖縄県沖縄市に生まれる。小学校では水泳をしていて、背泳ぎで九州大会で優勝経験がある。沖縄市立コザ中学校入学と同時にバスケットボールを始め、全国大会ベスト8、ジュニアオールスター3位になる。
西田 陽子(にしだ ようこ、1980年1月8日 - )は、沖… 西田 陽子(にしだ ようこ、1980年1月8日 - )は、沖縄県出身の元バスケットボール選手である。旧姓・安谷屋(あだにや)。オーエスジーフェニックスでプレーした兄健太とともに「沖縄バスケ界のパイオニア」と呼ばれた。 室川小学校でバスケを始め、安慶田中学校では1994年に沖縄女子初のジュニアオールスター優勝。沖縄県立北中城高等学校でインターハイベスト8に貢献し、ジュニア日本代表主将も務めた。愛知学泉大学でも黄金時代を支え、2001年には国体準優勝を経験。インカレでは敢闘賞を受賞した。 卒業後、三菱電機に入社。1年目から主力として定着。2006年にW1降格となるも、入れ替え戦進出に貢献。2007年引退。
澤岻 安史(たくし やすふみ、1979年10月14日 - )… 澤岻 安史(たくし やすふみ、1979年10月14日 - )は、沖縄県沖縄市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード、シューティングガード。大分ヒートデビルズ所属の澤岻直人は実弟。元富山グラウジーズの根間洋一は同郷でありかつ横浜ギガキャッツ時代の同期である。 北中城高校でインターハイと国体に出場。 福岡大学でも4年連続でインカレ出場。 2002年に横浜ギガキャッツ入団。 その後は母校である福岡大学アシスタントコーチを経て、2006年に故郷のクラブチームでプレーし国体にも出場。 2008年8月に弟が所属する琉球ゴールデンキングスに育成指定選手として所属。12月出場選手契約。
玉城 昌子(たましろ しょうこ、1979年6月11日 - )… 玉城 昌子(たましろ しょうこ、1979年6月11日 - )は、沖縄県の元バスケットボール選手である。 小学校でバスケを始め、高校は名門北中城高校に進学。同期の安谷屋陽子らとともにインターハイベスト8に貢献。 卒業後は三洋電機に入社するが、2000年に廃部となったため、日本体育大学に入学。 全日本インカレ3連覇を経験する一方で、国体沖縄選抜としても2001年の新世紀・みやぎ国体で安谷屋らとともに準優勝に貢献。2大会連続でユニバーシアード日本代表にも選ばれる。 卒業後、シャンソン化粧品に加入。1年目はシックスウーマン要因ながらWリーグ5年ぶりの優勝に貢献。2シーズン目はレギュラーシーズン9試合、プレーオフ4試合先発出場で連覇を達成するが、このシーズンを最後に引退。
根間 洋一(ねま ひろかず、1979年5月12日 - )は、… 根間 洋一(ねま ひろかず、1979年5月12日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール指導者、元プロバスケットボール選手である。選手としてのポジションはガード/フォワードであった。 北谷高校から法政大学を経て、2002年に横浜ギガキャッツに入団。オールジャパンベスト8に貢献した。 ギガキャッツが廃部となったため、2005年に福岡レッドファルコンズへ移籍したが、レッドファルコンズも消滅の憂き目に遭う。 2006年、富山グラウジーズにドラフト外で入団。主将に指名される。 2008年現役引退。アシスタントコーチに転じる。しかし2008-09シーズン途中で福島雅人ヘッドコーチが更迭されたため石橋貴俊がヘッドコーチに就任するまで代行として指揮を執った。
安谷屋 健太(あだにや けんた、1977年5月3日 - )は… 安谷屋 健太(あだにや けんた、1977年5月3日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手である。元三菱電機コアラーズの西田陽子(旧姓安谷屋)は実妹。 北中城高校で沖縄初のインターハイ準優勝を経験する。その後、順天堂大学を経て、2000年にオーエスジーフェニックスに加入。2004年に引退し社業に専念する。2006年、地元に戻り教員免許を取得し、沖縄工業高校に赴任する。その後、クラブチーム「沖創建設」に所属し、現役復帰する。そして母校の北中城高校に6年赴任する
下地 一明(しもじ かずあき、1976年12月4日 - )は… 下地 一明(しもじ かずあき、1976年12月4日 - )は、日本のバスケットボール指導者、選手である。 選手としては中学生の頃から全国規模の大会で好成績を収め、日本代表候補にも選ばれるが、マルファン症候群に起因する心臓疾患によって、日本リーグのOSGフェニックスに所属していた2001年、引退を余儀なくされる。その後は指導者に転身し、bjリーグの富山グラウジーズ、埼玉ブロンコスでヘッドコーチとして指揮を執った。2017年3月より、富山グラウジーズのアシスタントコーチを務めている。 沖縄県出身。小学3年生まで静岡県で育ち、その後沖縄に戻る。八重瀬町立東風平中学校入学時には既に身長が177cmあり、上級生の勧めで高身長を活かすことのできるバスケットボールを始める。
仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は… 仲村 直人(なかむら なおと、1976年7月14日 - )は日本のプロバスケットボール選手である。1999年に松下電器と選手契約を結び、プロ選手となる。2003年と2005年にはバスケットボール男子日本代表に選出された。島根スサノオマジックに所属していた2016年に引退し、指導者に転身した。沖縄県中頭郡中城村出身。選手生活最後のシーズンとなった2015-16シーズン開始時点での身長は192cm、体重88kgで、ポジションはシューティングガードだった。 11歳の時にバスケットボールを始める。中城中学校を卒業後、北中城高に進学し、インターハイ準優勝。高校入学時から190cm近くありセンター (バスケットボール)を務めていたが、2年生の時に長身大型センターが入学したためスモールフォワード兼任となり、その後シューティングガードにコンバートされた。
比嘉 靖(ひが やすし、1973年9月9日 - )は、沖縄県… 比嘉 靖(ひが やすし、1973年9月9日 - )は、沖縄県宜野湾市出身の元バスケットボール選手・プロバスケットボール指導者である。 沖縄県宜野湾市立嘉数中学校、中部工業高校(現、美来工科高校)から大阪体育大学を経て、松下電器に入社しバスケットボール部に所属。1年目より新人王を獲得する活躍を見せた。 2001年に現役引退とともにアシスタントコーチに就任。 2005年、天日謙作ヘッドコーチとともに松下を退社。大阪エヴェッサのアシスタントコーチに就任し、bjリーグ初代王座獲得に貢献した。 2006年からはチーム統括部長も兼任。
井上 公男(いのうえ きみお、1971年12月23日 - )… 井上 公男(いのうえ きみお、1971年12月23日 - )は、沖縄県出身のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはポイントガード。現在は興南高校監督。興南高校時代、朝練に参加するために南城市から興南高校まで自転車で通っていた。 玉城中から興南高校、日本大学を経て、いすゞ自動車に入社。大学の同期に長谷川誠ら、1年先輩に折茂武彦らがいる。 1998年アジア大会に出場する日本代表に選出される。 2004年、恩師である大田欣伸の跡を受けて母校・興南高校の監督に就任。2006年には17年ぶりとなるインターハイに導き、翌年にはベスト8となった。
伊佐 勉(いさ つとむ、1969年11月2日 - )は、沖縄… 伊佐 勉(いさ つとむ、1969年11月2日 - )は、沖縄県宜野湾市出身のプロバスケットボール指導者である。 興南高校で1年時に選抜大会準優勝に導きベスト5を受賞。翌年には地元開催の国体で優勝に貢献。[要出典]高校の同期に元プロボクサーのピューマ渡久地。現バスケットボール部監督の井上公男は2年後輩に当たる。 専修大学進学後も新人戦でアシスト王を獲得。4年時には主将を務める。[要出典]同期にはユニバーシアード準優勝メンバーだった脇将典がいる。 卒業後は地元に戻り、大米クラブ(現・レキオスBasket)に入団し選手兼任監督としてプレー。[要出典] 2001年には全日本クラブ選手権で優勝を果たし、オールジャパンにも出場。