斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年8月13日- 20… 斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年8月13日- 2017年10月20日)は、日本の宇宙物理学者、宮沢賢治研究家。新潟大学名誉教授。岩手県北上市出身。 岩手県立黒沢尻中学校を経て、東北大学理学部卒業、同大学院で1962年、理学博士の学位を取得。博士論文は「夜光発光機構の研究」。オーロラの研究者として南極観測隊(第5次夏隊、1960年 - 1961年)に加わったのち、新潟大学理学部教授を務める[要出典]。 詩人でもあり、詩誌『歴程』同人。宮沢賢治の研究家としても知られ、宮沢賢治学会イーハトーブセンターの設立発起人(1990年)や宮沢賢治イーハトーブ館の初代館長(1992年-1994年)も務めた。
坂上 六郎(さかがみ ろくろう、1925年〈大正14年〉8月… 坂上 六郎(さかがみ ろくろう、1925年〈大正14年〉8月5日 - 2001年〈平成13年〉4月20日)は、日本の金属工学者。工学博士。東北大学名誉教授。専門は鉄鋼精錬学。 新潟県加茂市出身。1943年(昭和18年)3月に新潟中学校を卒業、1945年(昭和20年)3月に新潟高等学校を1年繰り上げ卒業、1948年(昭和23年)3月に東京大学第二工学部冶金学科を卒業、1953年(昭和28年)3月に大学院を修了。 1953年(昭和28年)4月に日曹製鋼に入社、1954年(昭和29年)9月に東京大学生産技術研究所に入所、1958年(昭和33年)7月に東北大学金属材料研究所講師に就任、1959年(昭和34年)5月に東北大学金属材料研究所助教授に就任、1961年(昭和36年)11月に東京大学から工学博士号を取得、1963年(昭和38年)6月から1964年(昭和39年)5月までドイツのマックス・プランク鉄鋼研究所(英語版)に留学、1983年(昭和58年)4月に東北大学金属材料研究所教授に就任、1989年(平成元年)3月に東北大学を定年退官、東北大学名誉教授の称号を受称。
岡 久雄(おか ひさお、1925年6月29日 - )は、日本… 岡 久雄(おか ひさお、1925年6月29日 - )は、日本の電気技術者、工学博士。三菱電機代表取締役副社長や、新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長、日本オペレーションズ・リサーチ学会会長、電気学会会長、日本YMCA同盟委員長等を歴任した。 宮城県仙台市生まれ。1943年宮城県工業学校(現宮城県工業高等学校)電気工学科、1952年東北大学工学部電気工学科卒業、三菱電機入社。半導体デバイスの研究開発に従事し、1962年には東北大学工学博士の学位を取得。1972年北伊丹製作所電力半導体部長。1978年LSI開発センタセンタ長。1980年LSI研究所所長。1983年取締役LSI研究所所長。1985年常務取締役開発本部長。
清水 洋(しみず ひろし、1925年〈大正14年〉4月17日… 清水 洋(しみず ひろし、1925年〈大正14年〉4月17日 - 1991年〈平成3年〉12月13日)は、日本の音響工学者。工学博士(東北大学・1962年)。東北大学名誉教授、日本音響学会名誉会員。専門は電気音響工学、超音波工学。 新潟県新潟市白山浦(現 新潟市中央区白山浦)出身。1943年(昭和18年)3月に新潟中学校を卒業、1945年(昭和20年)3月に新潟高等学校を1年繰り上げ卒業、1948年(昭和23年)3月に東北大学工学部電気工学科を卒業。 1948年(昭和23年)3月に東北大学電気通信研究所助手に就任、菊池喜充のもとで研究、1955年(昭和30年)11月に同研究所助教授に就任、1962年(昭和37年)12月に東北大学工学部通信工学科第四講座教授に就任。
山畠 正男(やまはた まさお、1925年(大正14年)3月8… 山畠 正男(やまはた まさお、1925年(大正14年)3月8日 - 2016年(平成28年)2月24日)は、日本の法学者・弁護士。専門は民法。学位は、法学博士(東北大学)。北海道大学名誉教授。号は「山畠容童」。2002年勲二等瑞宝章受章。中川善之助門下。 略歴は以下のとおり。 この他、札幌家庭裁判所調停委員、北海道地方労働委員会公益委員・同会長、北海道大学評議員、北海道労働協会理事、学校法人札幌学院大学理事なども務めた。 専門は家族法。特に養子に関する法律や親族法を研究。「札幌身分法研究会」を創設。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
日沼 頼夫(ひぬま よりお、1925年(大正14年)1月19… 日沼 頼夫(ひぬま よりお、1925年(大正14年)1月19日 - 2015年(平成27年)2月4日)は、日本の医学者、ウイルス学者。成人T細胞白血病の成因がウイルスであることを指摘した。京都大学・熊本大学名誉教授。秋田県名誉県民。
吉永 正義(よしなが まさよし/せいぎ、1925年 - )は… 吉永 正義(よしなが まさよし/せいぎ、1925年 - )は、日本の神学者。東京府生まれ。東北大学理学部卒、日本ルーテル神学大学卒、立教大学文学部組織神学博士課程、コンコーディア神学大学、ベテル神学校に学び、1973年「バルト神学とその特質」で立教大学神学博士。飯能ルーテル教会牧師、日本ルーテル神学大学教授。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
松田 達郎(まつだ たつろう、1924年12月10日 - 2… 松田 達郎(まつだ たつろう、1924年12月10日 - 2003年1月27日) は、日本の生態学者。元国立極地研究所所長。元南極地域観測隊隊長。 鹿児島県加世田市(現在の南さつま市)生まれ。旧制鹿児島県立川辺中学校(現:鹿児島県立川辺高等学校)出身。1952年、東北大学理学部生物学科卒業。動物生態学加藤陸奥雄教授のもとで、害虫の研究を行い、東北大学理学部助手を経て、1963年に東北大学理学部助教授。同年、国立科学博物館第二研究部極地課研究員。1965年、東北大学理学博士。1968年、第11次南極地域観測隊隊長。1973年、国立極地研究所教授・資料主幹。1981年、国立極地研究所研究主幹。1984年、国立極地研究所所長。
白石 浩一(しらいし こういち、1924年9月9日 - 20… 白石 浩一(しらいし こういち、1924年9月9日 - 2012年5月16日)は、日本の哲学者。昭和女子大学名誉教授、オープンカレッジ初代学院長。 東京都文京区出身。1950年、東北大学文学部哲学科を卒業し、同大学大学院特別研究生となる。1954年、同課程を修了し、東北大学講師となる。1955年、昭和女子大学助教授。1964年、同教授。その後、人文科学科長、一般教育部長、女性文化研究所副所長、生涯学習オープンカレッジ学院長、名誉教授を歴任。並行して、専修大学の講師も11年間勤めていた。2005年、瑞宝中綬章。所属団体は日本哲学会、東北哲学会。テレビ出演者として「クイズダービー」(TBS)の初代1枠解答者、「私は名探偵」(テレビ朝日)のレギュラー解答者も務めた。
砂川 一郎(すながわ いちろう、1924年〈大正13年〉8月… 砂川 一郎(すながわ いちろう、1924年〈大正13年〉8月27日 - 2012年〈平成24年〉12月20日)は、日本の鉱物学者。 東京出身。東北帝国大学卒業。通商産業省地質調査所(現:経済産業省産業技術総合研究所)鉱床部長を経て東北大学理学部教授となる。 鉱物、結晶の成長機構の研究で知られ、日本結晶成長学会会長、日本鉱物学会会長などを歴任した。西永頌らとともに、日本の結晶成長学の黎明期を支え、特にダイヤモンドをはじめとする天然鉱物の成長機構や、溶液中における結晶の成長機構の解明に大きく貢献した。 2002年、勲三等旭日中綬章受章。 2012年12月20日、肺炎のため死去。88歳没。 弟子に、塚本勝男(東北大学理学部教授)、佐崎元(北海道大学低温研教授)、北村雅夫(京都大学理学部教授)らがいる。
佐藤 隆夫(さとう たかお、1924年7月6日 - 2007… 佐藤 隆夫(さとう たかお、1924年7月6日 - 2007年4月23日)は、日本の民法学者。國學院大學名誉教授。 仙台市生まれ。山形県鶴岡市出身。1952年東北大学法学部卒。國學院大學法学部助教授、教授。95年定年、名誉教授。弁護士、横浜家庭裁判所調停委員。
武山 斌郎(たけやま としろう、1924年5月23日 - 2… 武山 斌郎(たけやま としろう、1924年5月23日 - 2009年4月21日)は、日本の機械工学者。東北大学名誉教授。石巻専修大学名誉教授。元日本伝熱学会会長。 旧制石巻中学、旧制二高を経て、1946年に東北帝国大学工学部機械工学科を卒業し、東北帝国大学工学部助手。 1949年東北大学工学部講師。1951年東北大学工学部助教授。1959年東北大学工学博士。1964年東北大学工学部教授。1981年東北大学評議員。1983年東北大学工学部長。1984年日本伝熱学会会長。石巻専修大学理工学部教授を経て、石巻専修大学名誉教授。2001年勲二等瑞宝章受章。2009年4月21日、肺炎のため死去、正四位。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
下鶴 大輔(しもづる だいすけ、1924年4月24日 - 2… 下鶴 大輔(しもづる だいすけ、1924年4月24日 - 2014年6月25日)は、日本の火山学者。東京大学名誉教授。 東京出身。東北帝国大学理学部物理学科卒。1960年東京大学より理学博士の学位を取得。東京大学地震研究所助教授、1966年教授、1981年同所長、1985年定年退官、名誉教授。 1986年東京農業大学教授。 1981年から12年間火山噴火予知連絡会会長をつとめた。 1996年 - 勲二等瑞宝章
青野 茂行(あおの しげゆき、1924年4月4日 - 201… 青野 茂行(あおの しげゆき、1924年4月4日 - 2012年7月23日)は、日本の化学者。第7代金沢大学学長。従三位勲二等旭日重光章。 千葉県銚子町(現・銚子市)生まれ。1947年東北大学理学部化学科卒業、千葉県立国府台高等学校着任。千葉県立千葉第一高等学校、千葉大学文理学部助教授、金沢大学大学院自然科学研究科長を経て、1989年学長。1993年に退任後、帰郷し船橋市に定住。1999年勲二等旭日重光章。2012年7月23日、肺炎のため死去し、叙従三位。
竹内 清(たけうち きよし、1924年4月1日 - 2000… 竹内 清(たけうち きよし、1924年4月1日 - 2000年5月22日)は、日本の統計学者。専門は統計学、理論経済学、行政計画など。東北大学名誉教授。元日本統計学会会長。 長野県埴科郡坂城町出身。旧制長野県立上田中学校(現長野県上田高等学校)を経て、1952年東京商科大学(現一橋大学)卒業、同年一橋大学大学院特別研究生。山田雄三ゼミ出身。1955年小樽商科大学専任講師。1959年同助教授。1964年文部省在外研究員及びテキサスA&M大学リサーチ・アシスタント。1986年小樽商科大学教授。1971年東北大学経済学部教授。1973年東北大学評議員。1977年ポーランド科学アカデミー客員教授。1980年東北大学経済学部長・大学院経済学研究科長。
本田 睦(ほんだ むつみ、1924年(大正13年)1月10日… 本田 睦(ほんだ むつみ、1924年(大正13年)1月10日-1991年(平成3年)2月16日)は、日本の工学者。専門は高速空気力学。東北大学名誉教授、工学博士。東北大学高速力学研究所(現東北大学流体科学研究所)所長を務めた。 鹿児島県日置郡串木野村(現・いちき串木野市)出身。父は後に串木野市議会議長を務める本田戸助。旧制鹿児島県立第二鹿児島中学校(現鹿児島県立甲南高等学校)四年修了を経て、1942年(昭和17年)9月に旧制第七高等学校造士館理科を卒業。1945年(昭和20年)9月東京帝国大学第一工学部航空学科卒業。終戦直後で職がないため、卒業後一時帰郷してカライモ(サツマイモ)づくりや戦災で焼けた自宅の建て直しをおこなった。
高橋 成人(たかはし のりんど、1923年11月14日 - … 高橋 成人(たかはし のりんど、1923年11月14日 - 2014年3月16日)は、日本の植物学者。位階は従四位。東北大学名誉教授。農学博士。専門は植物遺伝育種学。 神奈川県生まれ。1950年(昭和25年)、東北大学農学部農産学科卒業。同年、同大学農学研究所勤務。1961年、農学博士。1968年、同研究所講師、1971年、助教授、1977年、教授、1984年、所長、1987年、同大学名誉教授。この間、同大学評議員を併任。主な研究分野は、栽培植物の生理遺伝と環境適応性。1972年、「稲の発芽性に関する生理遺伝学的研究」で日本育種学会賞受賞。 父は歌人の髙橋俊人、次女は同じく歌人の髙橋みずほ、その夫・吉野裕之も歌人。
北澤 博(きたざわ ひろし、1923年10月10日- 20… 北澤 博(きたざわ ひろし、1923年10月10日- 2007年10月17日)は、日本の経営学者。 長野県上伊那郡赤穂村(現駒ヶ根市)生まれ。昭和23年(1948年)東北大学法学部卒業、三菱電機入社。昭和50年(1975年)経営情報本部情報システム部長、同52年(1977年)情報管理部長、同53年(1978年)三菱総合研究所取締役、同54年(1979年)常務取締役。同63年(1988年)長野大学教授に就任、平成7年(1995年)同学長。 専門は物流と情報システム、ビジネスネットワークシステムなど。昭和61年(1986年)通商産業大臣賞受賞。弟の北沢正啓は、名古屋大学名誉教授・中京大学元学長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
石田 雄(いしだ たけし、1923年6月7日 - 2021年… 石田 雄(いしだ たけし、1923年6月7日 - 2021年6月2日)は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。 父は神奈川県知事や警視総監を務めた石田馨。母方の祖父は茨城県知事を務めた大塚貢。長男は東京大学名誉教授の石田浩。次男は千葉大学教授の石田憲。義兄(姉の夫)は東京都知事を務めた鈴木俊一。 内務省神社局長、警視総監、高松宮別当、宮内省御用掛などを歴任した石田馨の二男として、父の青森県警察部長時代に青森市で生まれる。旧制成蹊高校から東京帝国大学を受験したが不合格となり、東北帝国大学法文学部へ入学。在学中に学徒出陣を受け、東京湾要塞重砲兵連隊に入隊した。 敗戦で復員した後は、特例措置で東京大学法学部政治学科へ転じて丸山眞男ゼミに参加。
佐藤 博(さとう ひろし、1923年3月18日 - 1991… 佐藤 博(さとう ひろし、1923年3月18日 - 1991年10月26日)は、日本の病理学者、専門は、実験腫瘍学、実験動物。 岡山県に生まれ、旧制松山高校から1947年東北大学医学部卒業、同大学病理学教室助手、薬理研究所所員を経て、1956年12月 東京大学 医学博士 論文の題は 「吉田肉腫の移植性に關する研究」。 1957年佐々木研究所研究員となり、吉田富三所長の下、制がん剤のスクリーニング試験に従事、のち同所病理・臨床病理部長。吉田肉腫、腹水肝癌などを用いた膨大な実験に基づき、癌に個性があることを強調した。平成3年、心筋梗塞のため急逝、享年68。
石田 名香雄(いしだ なかお、1923年〈大正12年〉3月6… 石田 名香雄(いしだ なかお、1923年〈大正12年〉3月6日 - 2009年〈平成21年〉12月4日)は、日本の医学者、ウイルス学者。元東北大学学長。仙台市名誉市民。二男は分子生物学者の石田直理雄。 新潟県上越市生まれ。旧制仙台一中、旧制二高、東北帝国大学医学部卒業。ウイルスベクターとして知られるセンダイウイルス、また、制癌抗生物質ネオカルチノスタチンを発見した。野口英世記念医学賞、日本学士院賞などを受賞。お酒が好きなことで知られており、利酒が趣味だった。学生に抜群の人気があった。 ミシガン大学ウイルス研究所留学
桜田 勝義(さくらだ かつよし、1923年(大正12年)3月… 桜田 勝義(さくらだ かつよし、1923年(大正12年)3月 - 1974年(昭和49年))は、日本の法学者。宮城県生まれ。1949年東北帝国大学法学部卒、1951年東北大学経済学部卒業、1965年法学博士(東北大学)(学位論文「少数意見制の研究」)。1954年山形大学講師、助教授、1966年新潟大学教授。
早坂 泰次郎(はやさか たいじろう、1923年2月20日 -… 早坂 泰次郎(はやさか たいじろう、1923年2月20日 - 2001年10月8日)は、日本の心理学者。立教大学名誉教授。専攻は実存心理学、人間関係の心理学、看護学。 宮城県仙台市生まれ。幼いころから台北で過ごし、台北帝国大学を経て、1949年東北大学文学部卒。東北大学講師、立教大学助教授、社会学部教授。1989年定年退任、名誉教授。 2001年10月8日、出血性脳梗塞のため死去。
小栗 了之(おぐり りょうし、1923年2月19日 - 20… 小栗 了之(おぐり りょうし、1923年2月19日 - 2004年7月31日)は、日本の歴史学者、北海道教育大学名誉教授。フランス近代史専攻。兄はドイツ文学者の小栗浩。 北海道函館市生まれ。1949年東北大学文学部西洋史学科卒業。北海道教育大学講師、助教授、教授、1987年定年退官、名誉教授。1999年秋、勲三等旭日中綬章受勲。 2004年7月31日、多臓器不全のため死去。
富田容甫(とみた よすけ、1923年1月3日 - 1984年… 富田容甫(とみた よすけ、1923年1月3日 - 1984年6月23日)は、昭和期の北海道を代表する政治学者・行政学者。恩師は尾形典男。 千葉県安房郡北条町(現・館山市)出身。1943年旧制第二高等学校文科卒業。東北帝国大学法学部に入学するも、同じ年に召集令状によって大日本帝国陸軍戦車連隊に入隊。1945年復員。1947年東北帝国大学法学部卒業。 北海道帝国大学法文学部助手。1952年北海道学芸大学学芸学部札幌分校岩見沢分教場助教授に就任。1954年北海道学芸大学学芸学部札幌分校助教授。1957年北海道大学法学部助教授。1962年北海道大学法学部教授。1965年北海道大学評議員に就任。1976年北海道大学評議員に再度就任。
小林政吉(こばやし まさきち、1923年-?)は、日本の宗教… 小林政吉(こばやし まさきち、1923年-?)は、日本の宗教学者、東北大学名誉教授。 山形市生まれ。1945年東北帝国大学法文学部文科(教育学専攻)卒業。1962年「教養と実存」で、文学博士の学位を取得。東北大学教育学部助教授、教授、1987年定年退官、名誉教授、東洋英和女学院大学教授。
井坂 英彦(いさか ひでひこ、1922年10月31日 - 1… 井坂 英彦(いさか ひでひこ、1922年10月31日 - 1997年1月24日)は、日本の病理学者。専門は、実験腫瘍学・細胞遺伝学・組織培養。医学博士(東京大学・論文博士・1957年)(学位論文「腹水肝癌の銀線維」)。鹿児島大学教授等を歴任。 茨城県生まれ、旧制水戸高等学校から1946年東北帝国大学医学部卒業、同大大学院第1期特別研究生修了後、同大病理学教室副手。1949年、 佐々木研究所研究員となり、吉田富三所長の下、腹水肝癌などの細胞遺伝学的研究、組織培養法に関する研究に従事。1957年、東京大学より医学博士の学位を取得、学位論文の題は「腹水肝癌の銀線維」。 1958年、同研究所病理部長。1974年、鹿児島大学医学部第一病理学教室教授。
西田 秀穂(にしだ ひでほ、1922年(大正11年)10月1… 西田 秀穂(にしだ ひでほ、1922年(大正11年)10月19日 - 2019年2月16日)は、西洋美術史学者、東北大学名誉教授。 大阪市生まれ。学徒出陣をへて、1949年東北帝国大学法文学部文学科卒。ドイツ・ボン大学美術史研究所にて西洋近代美術(カンディンスキー、ドイツ表現主義)を研究。東北大学文学部助手、1950年(昭和25年)講師、1954年(昭和29年)助教授、1972年(昭和47年)教授、1981-1983年文学部長、1986年(昭和61年)定年退官、名誉教授、実践女子大学教授。1993年(平成5年)退職。 1990年(平成2年)「カンディンスキー研究 非対象絵画の成立 :その発展過程と作品の意味」で東北大学文学博士。
佐藤 巧(さとう たくみ、大正11年(1922年)9月20日… 佐藤 巧(さとう たくみ、大正11年(1922年)9月20日 - 平成30年(2018年)3月9日)は、日本の工学者、建築学者。東北大学名誉教授。 飯田須賀斯に師事する。専門は古建築学で、日本住宅および集落史、東北地方を中心とした中近世の古民家、社寺、城郭建築などの調査、保存研究で知られる。戦災で焼失した伊達政宗の霊廟瑞鳳殿の再建、仙台城復元計画なども業績の一部である。宮城県、山形県、岩手県、仙台市それぞれの文化財保護審議委員を長く務めた。
白鳥 常男(しらとり つねお、1922年4月14日 - 20… 白鳥 常男(しらとり つねお、1922年4月14日 - 2012年10月16日)は、宮城県出身の医学者。奈良県立医科大学名誉教授。 宮城県築館中学校(現・宮城県築館高等学校)出身。陸軍航空士官学校を経て、東北帝国大学医学部へ進学、1950年に卒業。大学に勤務し、1959年日本平滑筋学会の前身、平滑筋・筋電図研究会の設立発起人となる。1961年東北大学医学部第一外科学講師、1971年同教室助教授となる。翌1972年初代中島佐一教授の後を受けて、奈良県立医科大学第一外科学教室教授。1979年 - 1981年、厚生省特定疾患「炎症性腸管障害」調査研究班班長。1980年同大学附属病院長。1988年同大学定年退職、叙名誉教授。
青木 昌治(あおき まさはる、1922年3月6日 - 199… 青木 昌治(あおき まさはる、1922年3月6日 - 1991年9月29日)は、日本の電子工学者。 東京出身。東北帝国大学理学部物理学科卒業。1960年7月より東京大学工学部電子工学科助教授、1963年6月より教授を務め、1982年に定年退官。その後、東京理科大学工学部電子工学科の教授を務めた。第12期日本学術会議会員。 1940年代末以降、熱電変換素子の研究で顕著な業績を挙げた。東京大学工学部電子工学科では化合物半導体の発光ダイオードの材料の研究を進めた。 1991年9月29日、甲状腺癌のため死去。
風間 力三(かざま りきぞう、1922年2月7日 - )は、… 風間 力三(かざま りきぞう、1922年2月7日 - )は、日本の国語学者、甲南大学名誉教授。 岡山県津山市生まれ。1947年東北帝国大学法文学部文学科国語専攻卒、甲南大学助教授、教授、1986年定年退任、名誉教授、大手前女子大学文学部教授。
鈴木 幸寿(鈴木 幸壽、すずき ゆきとし・こうじゅ、1922… 鈴木 幸寿(鈴木 幸壽、すずき ゆきとし・こうじゅ、1922年1月2日 - 2009年8月1日)は、日本の社会学者。東京外国語大学名誉教授。 福島県出身。東北帝国大学法文学部社会学科卒、同大学院特別研究生修了。東京外国語大学助教授、教授、学長を務め、名誉教授、明星大学教授、和洋女子大学学長を歴任。
小林 清志(こばやし きよし、1922年〈大正11年〉1月1… 小林 清志(こばやし きよし、1922年〈大正11年〉1月1日 - 2013年〈平成25年〉10月28日)は、日本の機械工学者。東北大学教授を経て、豊田工業大学学長や、日本伝熱学会会長、日本熱物性研究会会長等を歴任した。 長野県長野市生まれ。旧制長野商業学校(長野県長野商業高等学校)、旧制横浜高等工業学校、東北帝国大学工学部を経て、1949年同大学院修了。1959年文部省の在外研究員としてアルゴンヌ国立研究所留学。1960年東北大学教授。1970年静岡大学教授。1981年日本伝熱学会会長。1983年日本熱物性研究会会長。1984年 豊田工業大学教授、豊田工業大学副学長。1990年豊田工業大学第3代学長就任。
丸井 文男(まるい ふみお、1921年9月29日 - 199… 丸井 文男(まるい ふみお、1921年9月29日 - 1996年3月17日)は日本の精神医学者。専門は精神発達障害に関する研究。 長野県小県郡丸子町(現上田市)出身。昭和22年(1947年)東北帝国大学医学部卒業。昭和26年(1951年)名古屋大学医学部付属病院助手、同30年(1955年)同教育学部講師、同34年(1959年)助教授、同43年(1968年)教授。同58年(1983年)愛知教育大学学長、平成2年(1990年)長野大学学長。同7年(1995年)勲二等旭日重光章。昭和34年(1959年)名古屋大学より医学博士を取得(論文タイトルは『TATに関する研究』)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
佐藤 利三郎(さとう りさぶろう、1921年9月23日 - … 佐藤 利三郎(さとう りさぶろう、1921年9月23日 - 2011年4月12日)は、日本の工学者、工学博士。東北大学名誉教授。東北学院大学名誉教授。宮城県古川市(現大崎市古川)に生まれる。東京タワー(日本電波塔)の放送アンテナや、新幹線の通信システムの設計、開発に従事。通信工学の権威。 専門は通信工学、電気回路学、情報伝送工学、環境電磁工学で著書も多い。主な業績として次のものが挙げられる。
高橋 富雄(たかはし とみお、1921年7月28日 - 20… 高橋 富雄(たかはし とみお、1921年7月28日 - 2013年10月5日)は、日本の日本史学者。東北大学名誉教授。福島県立博物館名誉館長。 東北古代史研究の第一人者である。永年歴史上の謎とされて来た前九年の役の古文書に記述されている阿久利川事件発生地の比定に携わり、地道な郷土史研究と発掘作業により宮城県栗原市志波姫の迫川流域(阿久戸)の地域同定に至った。[要出典] 岩手県北上市生まれ[要出典]。旧制黒沢尻中学校(現岩手県立黒沢尻北高等学校)卒業[要出典]、1943年、東北帝国大学法文学部国史学科卒業。同大学大学院特別研究生を経て、旧制第二高等学校講師。1949年、東北大学教養部講師、その後同大助教授、教授となる。
楠 正弘(くすのき まさひろ、1921年7月10日-2009… 楠 正弘(くすのき まさひろ、1921年7月10日-2009年7月20日)は、日本の宗教学者。東北大学名誉教授。 京都府綾部市出身。浄土真宗の寺に生まれる。東北大学大学院文学部特別研究生博士課程修了。東北大学教養部助教授、文学部日本文化研究施設教授。79年「信仰の形成と本質構造」で東北大学文学博士。85年定年退官、名誉教授、武蔵野女子大学教授。堀一郎に師事し、宗教学から民間信仰へと研究を進めた。
酒井 高男(さかい たかお、1921年6月28日 - 202… 酒井 高男(さかい たかお、1921年6月28日 - 2022年4月25日)は、日本の機械工学者、東北大学名誉教授。 おもちゃ工学で知られた。 長野県上伊那郡西春近村(現伊那市)生まれ。旧制伊那中学(長野県伊那北高等学校)を経て、1944年東北帝国大学工学部航空工学科卒。同特別研究生。1949年東北大学工学部機械工学科助教授、1957年東北大学工学博士。1961年工学部機械工学科教授、1985年定年退官、名誉教授、山形大学工学部教授。1996年勲三等旭日中綬章受勲。1998年東北大学機械系同窓会会長。
星野 安三郎(ほしの やすさぶろう、1921年5月6日 - … 星野 安三郎(ほしの やすさぶろう、1921年5月6日 - 2010年3月13日)は、日本の法学者。専門は、憲法学・教育法。東京学芸大学名誉教授、立正大学名誉教授。 1921年、栃木県日光市に生まれる。旧制第二高等学校を経て、1943年に東北帝国大学法文学部法学科入学。入学直後に入営することとなり、戦後復員後に復学。1947年に同校を卒業し、東北大学特設研究科に進学して1948年に修了。同年、東京第三師範学校長の田中保房に誘われて同校の講師に就任。学制改革に伴い、東京学芸大学講師、助教授、教授として研究・教育活動を継続。1975年に日本学術会議中央選挙管理委員長、1981年に定年まで1年残して退任。
島津 一郎(しまづ いちろう、1921年5月 - 2007年… 島津 一郎(しまづ いちろう、1921年5月 - 2007年1月29日)は、日本の法学者。専門は民法、家族法。学位は法学博士(東北大学・1962年)。一橋大学名誉教授。中川善之助門下。弟子に奥山恭子(横浜国立大学名誉教授)、許末恵(青山学院大学教授)など。 横浜市生まれ。1934年3月埼玉県立師範学校附属小学校(埼玉大学教育学部附属小学校の前身)卒業、1941年武蔵高等学校(旧制)(武蔵中学校・高等学校の前身)卒業、1943年東北帝国大学法文学部法科第1類卒業。1962年東北大学より法学博士の学位を取得。 1943年東北大学法文学部助手。1945年召集により富山連隊入隊。1949年助手論文「社会家族と自然家族」を書き、新設の金沢大学法文学部の法科の助教授に就任。
虫明 康人(むしあけ やすと、1921年3月28日 - 20… 虫明 康人(むしあけ やすと、1921年3月28日 - 2020年10月6日) は、日本の工学者。東北大学名誉教授。元東北工業大学学長。 工学博士。専門は電気工学、通信工学で、周波数によらずインピーダンスが一定で、広帯域で利用可能な自己補対アンテナを発明した。 IEEEマイルストーン受賞。紫綬褒章受章。 長男は東北大学名誉教授で神経生理学者の虫明元。 岡山県浅口郡三和村(現浅口市金光町)に生まれる。1941年に広島高等工業学校電気工学科を卒業し、1942年に東北帝国大学工学部電気工学科に入学した。1944年に東北帝国大学工学部通信工学科を卒業すると、引き続き同大学大学院の第一期特別研究生となる。
樋渡 宏一(ひわたし こういち、1921年2月11日 - 2… 樋渡 宏一(ひわたし こういち、1921年2月11日 - 2009年3月7日) は、日本の細胞生物学者、遺伝学者。東北大学名誉教授。元日本学士院会員。日本における、ゾウリムシを用いた生物学研究の先駆者とされる。 宮城県仙台市生まれ。旧制盛岡中学校(現・岩手県立盛岡第一高等学校)、盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)を経て、東北帝国大学理学部を卒業後、東北帝国大学大学院特別研究生となる。 山形大学講師に赴任後、東北大学教育学部で教授に就任、宮城教育大学教授を経て、1968年に東北大学理学部教授となる。東北大学理学部教授時の1971年に日本動物学会賞を受賞した。 1984年に定年退職し、東北大学名誉教授となる。
村井 貞允(むらい さだまさ、1921年〈大正10年〉2月1… 村井 貞允(むらい さだまさ、1921年〈大正10年〉2月10日 - 2007年〈平成19年〉10月1日)は、日本の地質学者、理学博士、岩手大学名誉教授。
三浦 種敏(みうら たねとし、1920年(大正9年)9月21… 三浦 種敏(みうら たねとし、1920年(大正9年)9月21日 - 2004年(平成16年)1月19日)は、日本の海軍技術大尉、学者。専門は電気音響工学。 1920年9月21日、青森県五戸町生まれ。1943年9月、東北帝国大学工学部電気工学科卒業。1945年3月、海軍技術大尉。同年11月、逓信省電気試験所に入所し、4号電話機の開発に従事。1952年8月、日本電信電話公社入社。1957年8月、工学博士(東北大学)。1959年、日本電信電話公社電気通信研究所伝送研究室室長。1962年、日立製作所中央研究所入所。1977年、東京電機大学工学部電気通信工学科教授。2004年1月19日、83歳で死去。 1985年5月から1987年まで、日本音響学会会長を務めた。
佐藤 武敏(さとう たけとし、1920年9月3日- 2019… 佐藤 武敏(さとう たけとし、1920年9月3日- 2019年8月31日)は、日本の東洋史学者、大阪市立大学名誉教授。古代中国の交易・水利の研究などを行い、 1920年、山形県で生まれた。東北帝国大学法文学部を卒業し、同大学大学院中退。 卒業後は大阪市立大学助教授に就いた。のち教授昇格。1961年、学位論文『中国古代工業史の研究』を東北大学に提出して文学博士号を取得。1984年に大阪市立大学を定年退官し、同校の名誉教授となった。退任後も流通科学大学などで教鞭をとった。2019年に死去。
岡田 重精(おかだ しげきよ、1920年3月15日 - 20… 岡田 重精(おかだ しげきよ、1920年3月15日 - 2013年8月11日)は、日本の宗教学者。学校法人皇學館大学理事長、皇學館大学名誉教授。文学博士(東北大学)。 高知県出身。1943年に神宮皇學館大學専門部を卒業し、兵役に服した後、1946年に東北帝国大学法文学部に入学、1949年に同大学を卒業。 ただちに同大学助手となり、1951年に退官。続いて大学院特別研究生。その後、1954年に東北大学文学部東北文化研究室研究員・宮城県工業高等学校教諭、1966年に皇學館女子短期大学助教授、1971年に皇學館短期大学教授、1975年に皇學館大学教授、神道研究所長・学生部長・文学部長等併任。北京大学・ハワイ大学ほか海外招聘講義。
玉手 統(たまて おさむ、1920年1月6日 - 2010年… 玉手 統(たまて おさむ、1920年1月6日 - 2010年11月13日)は、日本の機械工学者。東北大学名誉教授。第二一代東北大学工学部長を経て、第三代八戸工業高等専門学校校長を務めた。従三位勲二等瑞宝章。 1942年東北帝国大学工学部機械工学科卒業。1954年東北大学工学博士。1977年第二一代東北大学工学部長。1980年第三代八戸工業高等専門学校校長。1990年勲二等瑞宝章受章。1995年初代東北大学機械系同窓会会長。2010年従三位。2010年11月13日、老衰のため死去。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
本林 勝夫(もとばやし かつお、1919年9月18日 - 2… 本林 勝夫(もとばやし かつお、1919年9月18日 - 2008年11月17日)は、日本近代文学研究者、共立女子大学名誉教授。 石川県生まれ。東北大学大学院博士課程中退。1989年「斎藤茂吉の研究 -その生と表現」で文学博士の学位を取得。同著で第2回斎藤茂吉短歌文学賞を受賞する。共立女子大学教授を務め、近代短歌を研究した。 2008年11月17日午後0時40分、心不全のため東京都目黒区の病院で死去。89歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
千葉 正士(ちば まさじ、1919年9月17日 - 2009… 千葉 正士(ちば まさじ、1919年9月17日 - 2009年12月17日 )は、日本の法学者。東京都立大学名誉教授。法学博士(東北大学、1962年)(学位論文「学区制度の研究:国家権力と村落共同体の再編成」)。専門は法社会学、スポーツ法学。宮城県仙台市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。