横山 葵海(よこやま あおい、2001年7月23日 - )は… 横山 葵海(よこやま あおい、2001年7月23日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市西淀川区出身。ワタナベボクシングジム所属。第42代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。 3歳から極真空手を始めて、小学3~5年生時に全国大会3連覇。中学1年生からボクシングを始めた。 浪速高校卒業後、拓殖大学に進学。なお拓殖大学時代にボクシング部主将を務めて、2022年全日本選手権バンタム級で優勝を果たした。 大学時代に取得した介護福祉士の資格を活かして、2024年6月からプロボクサーとして働きながら介護老人保健施設で働いている。 2024年7月7日、プロデビュー戦はTKO勝ち。 また2024年11月7日、3150×LUSHBOMUの契約第一号選手となる。
野上 翔(のがみ しょう、2000年8月13日 - )は、日… 野上 翔(のがみ しょう、2000年8月13日 - )は、日本のプロボクサー。佐賀県鳥栖市出身。第62代日本フライ級王者。第49代OPBF東洋太平洋フライ級王者。RK蒲田ボクシングファミリー所属。 2023年7月20日のプロデビュー戦は初回TKO勝ち。 その後2024年3月19日に後楽園ホールで開催された「Lemino BOXING フェニックスバトル112」にて富岡浩介と日本フライ級ユース王座決定戦を行い、8回2-1(77-74、77-75、74-76)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。 2025年2月8日、初の海外遠征試合としてバンコクのシンマナサックスタジアムでワランチャイ・ブージャンと53.0kg契約8回戦を行い、3回1分KO勝ちを収めた。
関根 幸太朗(せきね こうたろう、1997年12月11日 -… 関根 幸太朗(せきね こうたろう、1997年12月11日 - )は、日本のプロボクサー。埼玉県久喜市出身。ワタナベボクシングジム所属。 花咲徳栄高校、拓殖大学を経て、ワタナベボクシングジムでデビュー。 2021年9月22日のプロデビュー戦は2回TKO勝ち。 2021年東日本スーパーライト級新人王として、西軍代表山下玄輝を相手に2回2分26秒KO勝ちで全日本新人王とMVPを獲得。 2022年7月9日、エスフォルタアリーナ八王子で佐々木尽と64.5kg契約6回戦で対戦し、ダウン応酬の末に6回0-1(55-57、56-56×2)で引き分けた。 2022年11月17日、後楽園ホールでキティポン・モンコンサワットカセムと対戦し、2回25秒TKO勝ちを収めた。
重岡 優大(しげおか ゆうだい、1997年4月16日 - )… 重岡 優大(しげおか ゆうだい、1997年4月16日 - )は、日本の元プロボクサー。熊本県熊本市出身。ワタナベボクシングジム所属。元WBC世界ミニマム級王者。 入場曲はCOMPLEXの『BE MY BABY』。弟は元IBF世界ミニマム級王者の重岡銀次朗。 中学1年生からボクシングを始める。 開新高校時代、高校4冠達成。2018年、全日本ボクシング選手権大会で初優勝。 2020年東京オリンピックを目指していたが、実施階級にライトフライ級がなかったのでプロ入りのため拓殖大学を中退。2019年8月、B級プロテストに合格。 2019年10月30日のプロデビュー戦は2回TKO勝ち。同年12月10日に後楽園ホールでOPBF東洋太平洋ミニマム級王者およびWBC世界同級7位のリト・ダンテと48.0kg契約6回戦を行い、6回3-0(60-54、59-55×2)判定勝ちを収めた。
藤田 大和(ふじた やまと、1992年8月13日 - )は、… 藤田 大和(ふじた やまと、1992年8月13日 - )は、日本の男性総合格闘家、元アマチュアボクサー。岡山県倉敷市出身。拓殖大学卒業。リバーサルジム新宿Me,We所属。元DEEPフライ級暫定王者。 ボクシングでは全日本選手権、国体(2度)、インターハイ、全国選抜で優勝を果たし、アマチュアボクシング5冠を成し遂げている。 空手一家の次男に生まれ、父の空手道場で物心がつく前から空手をやっていた。 兄の影響でボクシングをはじめ、中学時代までは空手やキックボクシングの試合にも出場していた。 倉敷高等学校に進学、ボクシングで高校3冠を制す。拓殖大学では、2011年の全日本選手権で翌年にロンドン五輪で銅メダルを獲得する清水聡に勝利して優勝を果たしアマチュアボクシング5冠を達成。
鈴木 康弘(すずき やすひろ、男性、1987年11月25日 … 鈴木 康弘(すずき やすひろ、男性、1987年11月25日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。北海道札幌市出身。2012年ロンドンオリンピック・ウェルター級日本代表。 自衛隊体育学校ボクシング班に所属していた元自衛官(自衛隊での階級は3等陸尉)。右フックを武器としていた。 小学校時代、スポーツは得意だったが、ひ弱な風貌と優しく気が弱い性格が災いし、学校帰りに10人ほどから集団リンチのような暴行を頻繁に受けていた。強くなりたいと願い、小学校4年生の時、地元・札幌市豊平区に赤坂義昭が開設したジムに入門し、プロ志向の大人たちとスパーリングをしていた。中学時代は転居のためにジムに通えなくなったことからバスケットボールをした。
戸部 洋平(とべ ようへい、男性、1987年4月27日 - … 戸部 洋平(とべ ようへい、男性、1987年4月27日 - )は、日本の元プロボクサー。第36代日本スーパーフライ級王者。三迫ボクシングジム所属。 文理開成高校ボクシング部より拓殖大学に進み、4年次に地元で開催された全日本アマチュアボクシング選手権大会で3位入賞。国体では同年の新潟国体と翌年に地元で開催された千葉大会で2連覇。 2011年2月14日、後楽園ホールでプロデビューを果たし、韓国スーパーフライ級王者で東洋太平洋9位の鄭眞綺に1回KO勝利。 2011年10月10日、プロ3戦目で後のWBA世界スーパーフライ級王者河野公平に判定勝利。 2012年8月13日、プロ5戦目で赤穂亮が持つOPBF東洋太平洋スーパーフライ級王座に挑むが、8回TKO負け。
小澤 瑶生(おざわ たまお、1985年5月16日 - )は、… 小澤 瑶生(おざわ たまお、1985年5月16日 - )は、日本の元プロボクサー。現姓:岸本(きしもと)。元WBO女子世界スーパーフライ級王者。元OPBF女子東洋太平洋スーパーフライ級王者。フュチュール所属。 長野県上伊那郡辰野町出身。小学校ではバレーボール選手、中学から大学まではバスケットボール選手だった。佐久長聖高校でウィンターカップ、拓殖大学でインカレベスト4、オールジャパンを経験。大学の同期に天津希、林田明佳、春日流いら。 卒業後は実業団入りを断念し、ニュージーランド留学した後、京都大学に進学した弟を心配する両親に頼まれて京都に移住、2010年に偶然通りかかったフュチュールに入門してエクササイズ目的でボクシングを始める。
松本 晋太郎(まつもと しんたろう、男性、1985年2月17… 松本 晋太郎(まつもと しんたろう、男性、1985年2月17日 - )は、日本のプロボクサー。新潟県新潟市出身。第17代OPBF東洋太平洋スーパーミドル級王者。ワタナベボクシングジム所属。かつてはヨネクラボクシングジムに所属していた。 新潟誠道館で空手を学び、新潟向陽高等学校でボクシングを始める。 拓殖大学に進学後、4年次に全日本アマチュア選手権ミドル級で優勝。後のロンドンオリンピック金メダリスト村田諒太との対戦歴もある。なお、大学では1年は選手登録せず、1年留年している。2年先輩に八重樫東。 2008年9月16日、後楽園ホールでチンチャイ・パラドーンジム(タイ)と両者にとってのデビュー戦を行い、ヨネクラボクシングジム所属の松本が初回2分31秒KO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。
八重樫 東(やえがし あきら、1983年2月25日 - )は… 八重樫 東(やえがし あきら、1983年2月25日 - )は、日本の元プロボクサー。岩手県北上市出身。大橋ボクシングジム所属。元WBA世界ミニマム級王者。元IBF世界ライトフライ級王者。元WBC世界フライ級王者。世界3階級制覇王者。 WBA、WBC、IBF各団体の最上位の世界王座だけで3階級制覇を達成した、初の日本人王者。 名前は「東」と書いて「あきら」と読む。大抵は「ひがし」あるいは「あずま」と読まれてしまうため、2011年10月の時点では、初対面の人に正しい読み方で名前を呼ばれたことがなかった。なぜこのような読みになったかは「よくわからない」とのことで、本人はスポーツ紙の取材に対し「世界王者になったら両親に由来を聞こうと思っているが、その代わり負けたら一生聞かない」と語っている。
内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )… 内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )は、日本の元プロボクサー、実業家。埼玉県春日部市出身。ワタナベボクシングジム所属。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者。 「ノックアウト・ダイナマイト」の異名を持ち、日本におけるボクシング世界王者として歴代3位となる11回連続防衛の記録を保持した。入場曲はThree 6 Mafiaの「It's A Fight」。 長崎県の三人兄弟の次男として生まれ、幼少期に埼玉県春日部市に転居。小学校時代は内牧少年野球クラブで野球に親しみ、春日部市立春日部中学校時代にはサッカー部に所属。辰吉丈一郎や川島郭志などの影響を受け、ボクシングの強豪である花咲徳栄高校に進学し、ボクシングに転向した。
相澤 国之(あいざわ くにゆき、1979年6月26日 - )… 相澤 国之(あいざわ くにゆき、1979年6月26日 - )は、日本の元プロボクサー。宮城県大崎市出身。三迫ボクシングジム所属。第27代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。宮城県農業高等学校、拓殖大学卒業。
松橋 拓二(まつはし たくじ、男性、1978年12月3日 -… 松橋 拓二(まつはし たくじ、男性、1978年12月3日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道芦別市出身。帝拳ボクシングジム所属。入場曲は「必殺仕事人」のテーマ。 北海道恵庭南高等学校では3年次にウェルター級で選抜・インターハイ・国体の高校三冠を達成。高校時代の勝ち星すべてKO/RSCだった。 拓殖大学進学後も2年次に全日本選手権優勝。同年のアジア大会、翌年の世界選手権にも出場。3年次の全日本選手権も2年連続決勝進出を果たすが、後にプロで同門となる日大の佐藤幸治に敗れる。 大学卒業後、帝拳の門を叩きプロ転向。 2001年12月1日、デビュー戦を1回KO勝利で飾る。 3連続KO勝利後、2002年8月24日にByung Chul Ohに2回KO負けを喫する。
鳥海 純(とりうみ じゅん、1974年2月28日 - )は、… 鳥海 純(とりうみ じゅん、1974年2月28日 - )は、日本の元プロボクサー。神奈川県横浜市出身。花咲徳栄高等学校、拓殖大学卒。第36代OPBF東洋太平洋バンタム級王者。現役時代はワタナベボクシングジム所属し、現在はTEAM10COUNT BOXING GYM会長を務める。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志は高校・大学・ワタナベジムを通しての後輩に当たる。 高校入学時の部活見学で、先輩のシャドーボクシングの美しさに惹かれ、ボクシングを始める。高校時代の国体フライ級3位、大学時代に全日本選手権でフェザー級3位の実績59戦42勝(13KO、RSC)17敗を引っさげデビューも、タイトルに届きそうで届かず無冠の帝王と呼ばれることが長かった。
瀬川 設男(せがわ せつお、1968年6月16日 - )は、… 瀬川 設男(せがわ せつお、1968年6月16日 - )は、日本の元プロボクサー。岩手県下閉伊郡山田町出身。1988年ソウルオリンピックフライ級日本代表。第55代日本バンタム級。第25代日本スーパーバンタム級王者。ヨネクラボクシングジム所属。岩手県立宮古水産高等学校、拓殖大学卒業。プロデビュー後1998年までのリングネームは川益 設男(かわます - )。兄の正義はロサンゼルスオリンピックのボクシング日本代表。 世界を狙える器と言われ続けたが、リング禍による対戦相手の死亡や交通事故に阻まれ最後まで世界戦を行うことができなかった。 大学時代の1988年ソウルオリンピックや1989年世界選手権にフライ級代表として出場し、2戦目で敗れた。
髙橋 良秋(たかはし よしあき、1963年(昭和38年)9月… 髙橋 良秋(たかはし よしあき、1963年(昭和38年)9月28日 - )は、日本のボクサー。 拓殖大学出身。セントラルスポーツ所属で、1988年の夏季オリンピックに男子ウェルター級で出場し、1回戦敗退した。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
三浦 国宏(みうら くにひろ、1962年8月20日 - )は… 三浦 国宏(みうら くにひろ、1962年8月20日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。岩手県下閉伊郡岩泉町出身。ロサンゼルス・ソウルオリンピック日本代表。 岩手県立岩泉高等学校でボクシングを始め岩泉町出身でボクシング監督・佐々木達彦と教員住宅でマンツーマンで暮らし、2年の時にはインターハイベスト8、3年のインターハイで優勝。 卒業後、国鉄バス、岩泉農協に勤務して全日本社会人選手権優勝。 1983年、拓殖大学進学。沖縄で行われたアジア選手権ウェルター級で銅メダル獲得。 1984年、瀬川正義とともに岩手初のオリンピックボクシング代表としてロサンゼルスオリンピックに出場、初戦敗退。 1985年、全日本選手権ライトウェルター級で初優勝。
鈴木 啓正(すずき ひろまさ、1957年9月24日 - )は… 鈴木 啓正(すずき ひろまさ、1957年9月24日 - )は、日本のアマチュアボクシング選手・プロボクシングトレーナー経験者。東京都新宿区出身。拓殖大学第一高等学校および拓殖大学出身の経済学士。帝拳所属。 高校、大学とアマチュア選手として活躍し、会社員を経て1981年プロボクシング・トレーナーとなる。1987年から1991年までプロボクシング界から離れていたが長野ハルマネージャーの要請で復帰し2010年春まで務めた。 川口力哉や三澤照夫、石本康隆を入門当初に指導。大和心のOPBFタイトル獲得当時、また松田直樹の最強後楽園優勝当時の担当トレーナー。本田明彦帝拳会長の決断により、木村鋭景担当の鈴木が大和を、大和担当の桑田勇が木村を、担当交換した時期がある。
小田桐 幸雄(おだぎり ゆきお、1956年(昭和31年)2月… 小田桐 幸雄(おだぎり ゆきお、1956年(昭和31年)2月10日 - )は、日本のボクサー。 青森県弘前市出身。弘前電波工業高等学校を経て、拓殖大学に入学する。同校在学中に、1976年モントリオールオリンピックにフェザー級で出場し、3回戦で敗退した。 ほか、1976年(昭和51年)全日本選手権フェザー級優勝、第8回アジア選手権ライト級準優勝、1977年(昭和52年)ベオグラード世界選手権出場などの結果を残した。 引退後は消防署員となり、弘前消防署西北分署などに勤務。ほか、弘前ボクシング協会理事長として後進の育成に当たった。
ロイヤル小林(ロイヤルこばやし、本名:小林 和男(こばやし … ロイヤル小林(ロイヤルこばやし、本名:小林 和男(こばやし かずお)、1949年10月10日 - 2020年11月17日 )は、日本の男性プロボクサー。熊本県下益城郡出身。元WBC世界スーパーバンタム級王者。ミュンヘンオリンピック(1972年)日本代表。 拓殖大学卒業後、自衛隊体育学校でボクシングを始め、アマチュアのトップ選手としてミュンヘンオリンピックに出場、ベスト8の成績を残す。アマ通算34勝 (28RSC) 3敗、KO率8割2分という記録を引っ提げてプロ入り。国際ジムからプロデビュー後もKOの山を築き、「KO仕掛人」の異名を持った屈指のハードパンチャーであった。 プロではWBC世界ジュニアフェザー級(現スーパーバンタム級)王者になったが、それ以上にアレクシス・アルゲリョ、ウイルフレド・ゴメス、エウセビオ・ペドロサという時代を代表する名王者を相手に世界タイトルマッチを戦ったことでその名を知られた。
伊藤 沙月 は、日本の女子プロボクサーである。志成ボクシング… 伊藤 沙月 は、日本の女子プロボクサーである。志成ボクシングジム所属。宮崎県延岡市出身。拓殖大学卒業。自衛隊体育学校に所属した元自衛官(2等陸曹)。