山崎 力(やまざき つとむ 、1947年5月8日 - )は、… 山崎 力(やまざき つとむ 、1947年5月8日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の前参議院議員(3期)。参議院総務委員長、予算委員長、総務副大臣を務めた。祖父は衆議院議員・青森県知事を務めた山崎岩男、父は参議院議員・環境庁長官を務めた山崎竜男、また次女は青森県外ヶ浜町町長に当選した山崎結子(2017年4月24日就任予定、同県内初の女性首長)。
中央大学:555人
山崎 力(やまざき つとむ 、1947年5月8日 - )は、… 山崎 力(やまざき つとむ 、1947年5月8日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の前参議院議員(3期)。参議院総務委員長、予算委員長、総務副大臣を務めた。祖父は衆議院議員・青森県知事を務めた山崎岩男、父は参議院議員・環境庁長官を務めた山崎竜男、また次女は青森県外ヶ浜町町長に当選した山崎結子(2017年4月24日就任予定、同県内初の女性首長)。
大橋 良一(おおはし りょういち、1947年5月3日 - )… 大橋 良一(おおはし りょういち、1947年5月3日 - )は、日本の政治家。元加須市長。 加須市助役を経て、平成17年(2005年)7月に合併前の加須市長に就任。2期在任。 平成22年(2010年)4月、新設合併により誕生した加須市でも初代市長となり、3期在任。2期目および3期目は無投票であった。 令和3年(2021年)11月に、次期市長選挙に立候補しない事を表明して、通算5期に及ぶ市長の職を退く事になった。
望月 義夫(もちづき よしお、1947年〈昭和22年〉5月2… 望月 義夫(もちづき よしお、1947年〈昭和22年〉5月2日 - 2019年〈令和元年〉12月19日)は、日本の政治家。位階は従三位。 環境大臣(第20・21代)兼内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、国土交通副大臣(第1次安倍内閣)、環境大臣政務官(第1次小泉第1次改造内閣)、外務大臣政務官(第2次森改造内閣(中央省庁再編後))、衆議院災害対策特別委員長、同国土交通委員長、衆議院議員(8期)、静岡県議会議員(2期)、清水市議会議員(4期)、自由民主党幹事長代理、同行政改革推進本部長などを歴任。 静岡県清水市(現・静岡市清水区)生まれ。生家は八百屋。静岡県立清水東高等学校、中央大学法学部卒業。
小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1… 小村 和年(こむら かずとし、1947年(昭和22年)5月1日 - )は、日本の政治家、運輸・国土交通官僚。広島県呉市長(3期)、日本下水道協会会長などを歴任した。 広島県呉市出身。呉市立阿賀中学校、広島県立広高等学校卒業。1966年(昭和41年)4月、国税庁広島国税局入局。1967年(昭和42年)4月、呉税務署に配属。 1972年(昭和47年)3月、中央大学商学部卒業。同年4月、運輸省に入省、鉄道監督局総務課配属。1998年、近畿運輸局運航部長。2000年、運輸省航空局地域航空活性化対策室長。中国運輸局企画部長を経て、2001年(平成13年)8月、国土交通省を退職。 2001年(平成13年)11月4日に行われた呉市長選挙に立候補するも、現職の小笠原臣也に敗れ落選。
菊地 健次郎(きくち けんじろう、1947年〈昭和22年〉1… 菊地 健次郎(きくち けんじろう、1947年〈昭和22年〉1月26日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日中綬章。元宮城県多賀城市長(4期)、元宮城県議会議員(3期)、元多賀城市議会議員(2期)。 宮城県塩竈市出身。東北学院榴ケ岡高等学校、中央大学法学部卒業。不動産会社に勤務。多賀城市議会議員を2期務める。 1995年(平成7年)、宮城県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。その後、自由民主党に所属した。2003年(平成15年)に3選。 2006年(平成18年)8月6日に行われた多賀城市長選挙に立候補。3新人を相手に戦い初当選を果たした。8月28日、市長就任。2018年(平成30年)に4選。 2020年(令和2年)8月28日に健康上の不安を理由に辞任を表明。
近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )… 近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:15594)。 参議院議員(1期)を務めた。 新潟県三島郡出雲崎町生まれ。新潟県立柏崎高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1977年、新潟市で法律事務所を開業した。 1987年、日本社会党公認で新潟県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を5期務めた後、2004年の第20回参議院議員通常選挙に新潟県選挙区から無所属で出馬し、初当選。当選後、社会民主党・護憲連合(参議院の院内会派)入りした。なお近藤は1997年には社民党新潟県連代表に就任しており、2004年の参院選に出馬した時も党籍はあったが、民主党からの選挙協力を受けるため無所属で出馬し、民主・社民両党が推薦する形が採られた(新潟方式)。
鴨 哲登志(かも てつとし、1947年 - )は、日本の政治… 鴨 哲登志(かも てつとし、1947年 - )は、日本の政治家。元習志野市議会議員(5期)。妻は全国コミュニティ・ユニオン連合会会長の鴨桃代。
横田 修一郎(よこた しゅういちろう、1946年〈昭和21年… 横田 修一郎(よこた しゅういちろう、1946年〈昭和21年〉12月9日 - )は、日本の政治家。元長崎県島原市長(1期)。 長崎県島原市中安徳町に生まれる。島原市立第五小学校、島原市立第三中学校、長崎県立島原高等学校を経て、1969年中央大学法学部卒。同年、長崎県庁に入る。商工労働部長、地域振興部長、教育長などを歴任し、2008年に退職。同年の島原市長選挙に立候補し、元島原市議の古川隆三郎を破って当選。市長時代には職員・組織の役割や責任の明確化を図るため、部制・グループ制を導入したほか、管理職を対象に各自の職務目標を設定する新たな人事評価制度をスタートさせた。また、閉庁日である土・日曜日の午前中に市民向け窓口を開設した。
今津 寬(いまず ひろし、1946年〈昭和21年〉9月30日… 今津 寬(いまず ひろし、1946年〈昭和21年〉9月30日 - )は、日本の政治家。 防衛庁副長官(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、同安全保障委員長、衆議院議員(7期)、北海道議会議員(2期)、旭川市議会議員(2期)、自由民主党地方組織・議員総局長などを歴任。 兄は写真家の今津秀雄(1939年 - 1990年4月20日)。長男は北海道議会議員の今津寛史、次男は旭川市長の今津寛介。 北海道旭川市の魚屋・今津商店を営む今津秀市の五男として生まれる。旭川市立日章小学校、旭川市立北都中学校、北海道旭川西高等学校、中央大学法学部卒業。大学4年時には松浦周太郎の議員会館で雑用をしていた。
塩味 達次郎(しおみ たつじろう、1946年(昭和21年)8… 塩味 達次郎(しおみ たつじろう、1946年(昭和21年)8月30日 - )は、日本の政治家。弁護士。元埼玉県朝霞市長。 埼玉県北足立郡朝霞町(現朝霞市)出身。1969年(昭和44年)中央大学法学部を卒業し、同大学院法学研究科修士課程を修了する。1970年(昭和45年)司法試験に合格し、1974年(昭和49年)弁護士登録した。朝霞市で弁護士を開業。朝霞市議会議員を1期務め、朝霞市商工会議所、朝霞市医師会、朝霞市歯科医師会の各顧問を務めた。この間、1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙において旧埼玉5区から無所属で立候補したが落選した。1993年(平成5年)朝霞市長に当選し、3期務めた。
小久保 忠男(こくぼ ただお、1946年(昭和21年)7月2… 小久保 忠男(こくぼ ただお、1946年(昭和21年)7月20日 - )は、日本の政治家。元茨城県(旧)古河市長(2期)。 茨城県出身。中央大学法学部卒。行政書士の資格を取り、その後、古河市議会議員、同議長となる。1999年古河市長選挙に立候補し、現職の小倉利三郎を破って初当選した。2003年に再選。2期目に古河市は総和町と三和町との合併を目指し、2005年に新たな古河市が発足した。合併後の市長選挙に立候補したが、旧総和町長の白戸仲久と元総和町長の菅谷憲一郎との争いとなり、選挙の結果、白戸に敗れた。4年後の市長選挙に立候補し、この時は前回と同じ顔触れとなったが、現職の白戸に敗れた。
齊藤 光喜(さいとう みつよし、1946年(昭和21年)6月… 齊藤 光喜(さいとう みつよし、1946年(昭和21年)6月16日 - )は、日本の政治家。秋田県前湯沢市長(2期)。元湯沢市議会議員(2期)、元稲川町議会議員(3期)。 秋田県稲川町(現・湯沢市)生まれ。秋田県立湯沢高等学校卒業。1969年(昭和44年)3月、中央大学商学部商業貿易学科卒業。同年4月、財団法人東京都ユースホステル協会に就職。 1978年(昭和53年)4月、株式会社稲庭うどん販売を設立。1989年(平成元年)4月、同社の専務取締役に就任。 1996年(平成8年)4月、稲川町議会議員選挙に初当選。 2005年(平成17年)3月22日 - 旧湯沢市・雄勝町・稲川町・皆瀬村が合併し、新市制の湯沢市が誕生。
椎葉 晃充(しいば てるみつ、1946年6月10日 - )は… 椎葉 晃充(しいば てるみつ、1946年6月10日 - )は、日本の政治家。元宮崎県東臼杵郡椎葉村長(6期)。 宮崎県東臼杵郡椎葉村下福良出身。1971年(昭和46年)3月に中央大学法学部を卒業。翌年4月に椎葉村に奉職し、議会事務局長や総務課長などを経て1997年(平成9年)3月に助役に就任。前村長の辞職に伴って同年7月に行われた出直し選挙に出馬して、無投票当選。2期目・3期目も他の立候補者が無かったことから無投票当選している。2009年(平成21年)06月の村長選では新人候補を破って再選された。同年11月には1871年(明治4年)の廃藩置県以来、熊本県水上村との間で140年に渡って争われてきた県境について水上村長の成尾政紀との間で合意に達し、2010年(平成22年)9月30日の総務相告示で画定するに至った。
河上 覃雄(かわかみ のぶお、1946年4月11日 - )は… 河上 覃雄(かわかみ のぶお、1946年4月11日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(通算5期)、労働政務次官、公明党神奈川県本部顧問などを歴任した。 神奈川県に生まれる。中央大学法学部卒業。 1990年、衆議院議員橋本文彦の後継候補として第39回衆議院議員総選挙に旧神奈川3区から出馬し初当選を果たす。以後、5期連続で当選した。小選挙区制施行後は比例南関東ブロック単独で出馬した。 労働政務次官、公明党神奈川県本部顧問、文化芸術振興会議事務局長などを歴任した。 定年制を定めた党の内規に従い、2005年の第44回衆議院議員総選挙には出馬せずに政界を引退した。
太田 正孝(おおた まさたか、1945年〈昭和20年〉11月… 太田 正孝(おおた まさたか、1945年〈昭和20年〉11月11日 - )は、日本の政治家、実業家。横浜市会議員(12期)。 神奈川県横浜市磯子区出身。1961年、日本鋼管鶴見造船所養成校に入学。1964年に神奈川県庁に入庁し、働きながら1966年に神奈川県立希望ヶ丘高等学校定時制を卒業する。中央大学法学部通信教育課程中退。 1971年、神奈川県庁を退職し、横浜市会議員選挙に立候補するが落選。1975年に再び横浜市議選に立候補したが、再度落選した。 1979年、新自由クラブ公認で磯子区選挙区から横浜市議選に立候補し、初当選を果たす。新自由クラブ解党後は横浜市会で横浜自由クラブを結成。1987年の横浜市議選では横浜自由クラブに加え、進歩党(新自由クラブ解党後、田川誠一が結成)推薦で3選を果たした。
山崎 昇(やまざき のぼる、1945年〈昭和20年〉9月15… 山崎 昇(やまざき のぼる、1945年〈昭和20年〉9月15日 - )は、日本の政治家。元東京都墨田区長(4期)。叔父は墨田区長を3期務めた山崎栄次郎。 富山県西礪波郡西野尻村(東礪波郡福野町を経て、現・南砺市)で生まれる。富山県立高岡商業高等学校、中央大学法学部卒。卒業後は叔父の栄次郎の勧めで墨田区役所に勤務する。区民課長、企画経営室長などを経て、助役に就任する。 1999年〈平成11年〉墨田区長選挙に立候補し、元民社党衆議院議員の伊藤昌弘らを破って初当選した。2003年〈平成15年〉に再選。2007年〈平成19年〉に三選。2011年〈平成23年〉に5人による選挙戦を制し、四選を果たした。 2015年〈平成27年〉に区長を引退した。
種田 誠(たねだ まこと、1945年8月7日 - )は、日本… 種田 誠(たねだ まこと、1945年8月7日 - )は、日本の政治家、弁護士。茨城県水戸市谷田町出身。茨城中学校、茨城県立水戸第一高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。元参議院議員(1期)、元日弁連副会長。茨城バングラデシュ友好協会名誉顧問。種田法律事務所所長。学校法人茨城理事長。
若泉 征三(わかいずみ せいぞう、1945年8月5日 - )… 若泉 征三(わかいずみ せいぞう、1945年8月5日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、財務大臣政務官兼復興大臣政務官、今立町長(4期)、今立町議会議員(1期)を務めた。 福井県今立郡今立町(現越前市横住町)出身。中央大学経済学部産業経済学科卒業。若泉敬は遠縁にあたる。 1979年、今立町議会議員選挙に出馬し、初当選。1983年、37歳で今立町長選挙に出馬し、当選した(当時全国最年少の町長)。町長を4期16年間務め、1999年の町長選挙に5選を目指して出馬したが、新人の辻岡俊三に敗れた。町長時代は「31世紀へ向けて町づくり」のキャッチコピーが注目され、このキャッチコピーは今立町出身のTHE LOOSE DOGSメンバー・古市宏樹が頻繁に話題にしている。
牧野 聖修(まきの せいしゅう、1945年5月4日 - )は… 牧野 聖修(まきの せいしゅう、1945年5月4日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(4期)。
三好 正則(みよし まさのり、1945年2月16日 - )は… 三好 正則(みよし まさのり、1945年2月16日 - )は、日本の政治家。前神奈川県大磯町長(1期)。 元大磯町職員、1971年同町に入庁、町長秘書、福祉部長を経て2005年役場を定年退職している。福井県出身。
桑原 功(くわばら いさお、1945年〈昭和20年〉2月4日… 桑原 功(くわばら いさお、1945年〈昭和20年〉2月4日 - 2023年〈令和5年〉7月10日)は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、群馬県議会議員(1期)、前橋市議会議員(4期)、民主党群馬県連会長などを務めた。 群馬県前橋市出身。1972年中央大学法学部通信教育課程卒業。前橋市職員労働組合職員を経て前橋市議会議員(4期)、群馬県議会議員(1期)を歴任。2009年の第45回衆議院議員総選挙に民主党から比例北関東ブロック単独34位で立候補し初当選。 2012年4月に同党の群馬県連会長に就任したが、同年10月に体調不良を理由に辞任。同年に行われる第46回衆議院議員総選挙にも立候補しないことを示唆していたが、同選挙区の支部長であった石関貴史の民主党除籍(後に日本維新の会へ入党)に伴い、群馬2区から立候補し、落選。
梶 克之(かじ かつゆき、1944年(昭和19年)12月22… 梶 克之(かじ かつゆき、1944年(昭和19年)12月22日 - 2023年(令和5年)5月7日)は、日本の政治家。栃木県宇都宮市旭町出身。元栃木県議会議長で、元県議会議員(宇都宮市・上三川町選挙区選出、8期)。
白井 常信(しらい じょうしん、1944年12月3日 - 2… 白井 常信(しらい じょうしん、1944年12月3日 - 2024年1月7日)は、日本の元政治家。宮崎県生まれ。東京都議会議員を務めた。 宮崎県児湯郡高鍋町に父・恒春、母・万佐子の次男として生まれる。恒春は、職業軍人(陸軍中佐)としてフィリピン・レイテ島へ特攻作戦に従軍したが、1945年に戦死。万佐子の実家がある香川県に転居。高松市立亀阜小学校卒業。紫電中学校に入学したが、母の仕事の都合で東京都文京区立第七中学校(現在の音羽中学校)へ転校。その後東京都立豊島高等学校を卒業。1963年、中央大学に入学し、1968年に卒業。
八田 信之(はった のぶゆき、1944年11月6日 - )は… 八田 信之(はった のぶゆき、1944年11月6日 - )は、日本の重量挙げ選手、政治家。メキシコオリンピック重量挙げライト級4位。1970年北海道新聞スポーツ賞受賞。1990年から北海道ウエイトリフティング協会会長代行、1992年から同会長。 札幌市の西区選出市会議員を4期務めたほか、1995年第17回参議院議員通常選挙で青年自由党の比例区名簿1位、2000年の第42回衆議院議員総選挙では北海道1区の自由党候補(重複立候補)として出馬したものの落選した。2011年の統一地方選挙の北海道議会議員選挙にて札幌市西区選挙区より無所属で出馬し、初当選を果たした。北海道議会では会派「フロンティア」に所属した。
坂本 剛二(さかもと ごうじ、1944年〈昭和19年〉11月… 坂本 剛二(さかもと ごうじ、1944年〈昭和19年〉11月2日 - 2018年〈平成30年〉11月4日)は、日本の政治家。位階は従三位。 衆議院議員(7期)、経済産業副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院災害対策特別委員長、衆議院財務金融委員長、福島県議会議員(3期)、いわき市議会議員(1期)などを歴任した。 元参議院議員の増子輝彦は義弟。 福島県石城郡勿来町(現いわき市)生まれ。福島県立磐城高等学校、中央大学経済学部卒業。1972年、いわき市議会議員に初当選。1975年、いわき市議会議員を辞職し、福島県議会議員選挙に立候補して当選した。以後、県議を3期15年間務める。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に自由民主党公認候補として旧福島3区(定数3)に立候補。
弘友 和夫(ひろとも かずお、1944年8月17日 - )は… 弘友 和夫(ひろとも かずお、1944年8月17日 - )は、日本の政治家。公明党所属の元参議院議員(2期)、元衆議院議員。 姉は元宝塚歌劇団の小文字まり(44期。上田睦子)。剣道教士七段、居合道二段。全日本剣道連盟顧問、武道議員連盟副会長、日本武道館理事。
曽川 泉(そがわ いずみ、1944年5月1日 - 2014年… 曽川 泉(そがわ いずみ、1944年5月1日 - 2014年1月13日)は、日本の政治家。元宮崎県東臼杵郡門川町長(1期)。 宮崎県立富島高等学校卒業。中央大学法学部卒業。1973年、旭化成に入社。札幌支店長・福岡支社長・ヘルスケア製品部長などを歴任。2004年退職。 2006年4月の門川町長選で現職の米良成志を破り当選。民間出身者として町政改革を行う。 2010年4月の町長選挙で2期目の当選を狙うが、元門川町議会議長の安田修に400票差あまりで敗れる。 2014年1月13日、病気のため死去、69歳。
福永 信彦(ふくなが のぶひこ、1944年2月22日 - )… 福永 信彦(ふくなが のぶひこ、1944年2月22日 - )は、日本の政治家、元自民党衆議院議員。父は元衆議院議長の福永健司。 埼玉県大宮市(現在のさいたま市)出身。埼玉県立大宮高等学校12期生。 1966年に中央大学法学部卒。卒業後は父の秘書を務めた。 1990年の総選挙で旧埼玉5区から当選、3期務めた。派閥は宮沢派に属した(のち加藤派)。 1996年の総選挙で埼玉5区から立候補し、民主党の枝野幸男らを破って当選する(枝野は比例で復活当選)。 2000年の総選挙で枝野幸男に敗れて比例復活できず落選。以後の立候補はない。 2014年、旭日中綬章受章。
河合 正智(かわい まさとも、1944年1月22日 - 20… 河合 正智(かわい まさとも、1944年1月22日 - 2012年5月1日)は日本の政治家、元公明党所属の衆議院議員(通算4期)、元岐阜県議会議員(通算2期)。
稲葉 大和(いなば やまと、1943年11月12日 - )は… 稲葉 大和(いなば やまと、1943年11月12日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)。 東京都神田区(現在の千代田区)生まれ。駒場東邦高校を経て、1966年、中央大学法学部を卒業し、父・稲葉修衆院議員秘書となる。その後、木部佳昭建設大臣秘書を経て、1990年に旧新潟2区から父の地盤を継いで第39回衆議院議員総選挙に立候補するも落選。 渡辺美智雄の秘書を務めた後、1993年に再び第40回衆議院議員総選挙に立候補して初当選(当選同期に安倍晋三・野田佳彦・高市早苗・岸田文雄・塩崎恭久・石井啓一・茂木敏充・田中眞紀子・熊代昭彦・横内正明・野田聖子・浜田靖一・山岡賢次など)。渡辺派に属す。以後、連続5期当選。
土井 喜美夫(どい きみお、1943年〈昭和18年〉9月28… 土井 喜美夫(どい きみお、1943年〈昭和18年〉9月28日 - 2011年〈平成23年〉3月11日)は、日本の政治家。宮城県石巻市長。 石巻市出身。石巻高等学校、中央大学経済学部卒業。 1974年から内海英男衆議院議員の第一秘書を務め、内海が政界を引退した第40回衆議院議員総選挙(1993年)に内海の事実上の後継として旧宮城2区に無所属で出馬するも次点で落選(当選は菊池福治郎、日野市朗、大石正光)。次の第41回衆議院議員総選挙(1996年)には新進党公認として宮城5区から出馬したが旧民主党の安住淳に敗れた。 その後、市川一朗の宮城県知事選出馬に伴う議員辞職で行われた参議院議員補欠選挙(1997年)に出馬したが前衆議院議員岡崎トミ子に敗れた。
千保 一夫(せんぼ かずお、1943年(昭和18年)3月9日… 千保 一夫(せんぼ かずお、1943年(昭和18年)3月9日 - )は、日本の政治家。元大田原市議会議員(通算5期)。元大田原市長(5期)。日本を愛する栃木県民の会副会長。 1975年、32歳で大田原市議会議員に初当選し4期14年務める。1990年に大田原市長に立候補し当選、以降5期20年間の長きに渡り市長を務める。2010年3月14日の市長選では、約8000票差(惜敗率65.72%)の大差で津久井富雄に敗れ6選を阻まれる。同年5月8日には2010年の参院選出馬を日本創新党より要請されたが、「市政一筋でやってきたこともあるので考えられない」とし、これを断った。 2013年11月10日、2010年市長選で当選した津久井富雄を「自民党大田原支部」が支援したことを引きずり、同日に設立された自民党の政治団体「自民党大田原支部分会」の代表に就任した。
金田 英行(かねた えいこう、1942年(昭和17年)12月… 金田 英行(かねた えいこう、1942年(昭和17年)12月30日 - 2022年(令和4年)6月17日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)を務めた。 北海道旭川市出身。1966年 中央大学法学部を卒業後、国家公務員上級甲種試験合格者として北海道開発庁に入庁。 1982年 同庁長官秘書官、1989年 同庁調整官を最後に退官。1993年第40回衆議院議員総選挙において(1990年第39回衆議院議員総選挙では次点に終わった)旧北海道2区から自由民主党公認で立候補し、初当選。1995年8月村山改造内閣において北海道開発政務次官。 小選挙区比例代表並立制導入に伴い旧北海道7区にて1996年、2000年小選挙区勝利。
山下八洲夫(やました やすお、1942年(昭和17年)8月3… 山下八洲夫(やました やすお、1942年(昭和17年)8月3日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、参議院議員(2期)、立憲民主党岐阜県総支部連合会常任顧問を務めた。正式な名前のほか、「八州夫」の表記も用いる。 外交官の三男として中華民国湖北省で生まれ、岐阜県中津川市及び広島県で育つ。広陵高等学校を卒業し、中央大学法学部に進学するも中退。同大学ではその後、「推薦学員卒」と認定している。 1966年5月、高校3年の時、日本社会党に入党。党参議院議員秘書を8年、国労出身の衆議院議員楯兼次郎の秘書を10年務める。 1983年の第37回衆議院議員総選挙に、楯の後継として、日本社会党公認で旧岐阜2区から立候補し、初当選した。
岩永 浩美(いわなが ひろみ、男性、1942年6月17日 -… 岩永 浩美(いわなが ひろみ、男性、1942年6月17日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。参議院議員(3期)、参議院農林水産委員会委員長、農林水産副大臣(第1次安倍改造内閣、福田康夫内閣)、佐賀県議会議員(6期)などを歴任。 佐賀県西松浦郡西有田町(現有田町)出身。佐賀県立伊万里高校を経て1964年中央大学商学部中退。1967年衆議院議員第一秘書となる。1975年、佐賀県議会議員当選。以後連続6期20年務める。1995年には佐賀県議会議長に就任。 1995年11月、参議院議員補欠選挙に自由民主党公認で佐賀県選挙区より立候補し初当選、以後連続3期15年務める。 2005年8月8日の郵政国会では、郵政民営化法案に反対票を投じた。
西川 政善(にしかわ まさよし、1942年〈昭和17年〉5月… 西川 政善(にしかわ まさよし、1942年〈昭和17年〉5月22日 - )は、日本の政治家。小松島市長(4期)、徳島県議会議員、小松島市議会議員(1期)。徳島文理大学大学院総合政策研究科教授。 小松島市生まれ。1966年(昭和41年)に中央大学法学部法律学科を卒業し、1968年(昭和43年)に同政治学科を卒業した。大学卒業後は大東京火災海上勤務を経て、国会議員秘書となった。1971年(昭和46年)、28歳のときに小松島市議会議員に無所属で初当選。1975年(昭和50年)、32歳で徳島県議会議員選挙に小松島市選挙区から無所属で立候補して当選。1979年(昭和54年)、1983年(昭和58年)、1987年(昭和62年)にも当選している。
髙松 和夫(たかまつ かずお、1942年4月10日 - )は… 髙松 和夫(たかまつ かずお、1942年4月10日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、国民の生活が第一国会対策委員会副委員長・秋田県総支部連合会代表、秋田県議会議員(5期)などを歴任した。 秋田県山本郡山本町(現・三種町)出身。秋田県立能代高等学校卒業後、中央大学に進学。卒業後は同大学院社会学専攻修士課程を修了した。経営コンサルタントを務めていた。 1991年秋田県議会議員選挙に、当時の山本郡選挙区(現在は、区割り変更により、「能代市・山本郡選挙区」)より出馬し、斉藤滋宣(現・能代市長)と共に初当選。当時は自民党員であった。自民党離党後の1999年の県議選で3選を目指すも、参議院議員に鞍替えした斉藤の後継候補の武田英文(旧二ツ井町地盤)、および現在の八峰町を地盤とする金谷信栄の両自民党候補に阻まれ落選(以降、山本郡の南部3町→現在の三種町を地盤とする県議は区割り変更された現在まで出ていない)。
簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本… 簑輪 幸代(みのわ さちよ、1942年4月5日 - )は日本の弁護士、政治家。元衆議院議員(日本共産党公認、2期)。元日本共産党中央委員会委員。夫は同じく弁護士の簑輪弘隆。 愛知県名古屋市出身。中央大学法学部を卒業後、司法修習生時代に日本共産党へ入党。弁護士となってからは、夫・弘隆と共に岐阜県岐阜市内に法律事務所を開設する。 1974年の参院選で岐阜県選挙区から出馬するも落選するが、1980年の衆院選で旧岐阜1区から立候補し初当選、岐阜県初の共産党衆議院議員となった。以後衆議院議員を2期務める。
高村 正彦(こうむら まさひこ、1942年〈昭和17年〉3月… 高村 正彦(こうむら まさひこ、1942年〈昭和17年〉3月15日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:10863)。公益財団法人日本武道館会長(第9代)。自由民主党憲法改正実現本部最高顧問。 衆議院議員(12期)、経済企画庁長官(第50代)、法務大臣(第70代)、防衛大臣(第3代)、外務大臣(第122・135代)、衆議院農林水産委員長、番町政策研究所会長(第3代)、自民党副総裁(第13代)、日中友好議員連盟会長、武道議員連盟会長、少林寺拳法振興議員連盟会長、自民党たばこ議員連盟顧問などを歴任した。 元衆議院議員高村坂彦の四男。息子は衆議院議員の高村正大。 山口県徳山市(現・周南市)出身。
堀込 征雄(ほりごめ いくお、1942年〈昭和17年〉2月5… 堀込 征雄(ほりごめ いくお、1942年〈昭和17年〉2月5日 ‐ 2025年〈令和7年〉3月6日)は、日本の政治家。位階は従四位。元衆議院議員(5期)。 長野県上田高等学校及び中央大学法学部卒業。1990年(平成2年)2月の第39回衆議院議員総選挙で旧長野2区から社会党公認で初当選。社会党時代は右派に属し、政治改革に取り組んだ。 政治改革関連法が成立し小選挙区が導入され元首相の羽田孜と同じ選挙区となったことや、1994年(平成6年)6月29日首班指名選挙で党議に反し党中央執行委員長村山富市ではなく旧連立与党側の海部俊樹に投票するなど自社さ連立に否定的だったため、日本社会党を離党しようとして逆に除名。
天野 進吾(あまの しんご、1942年(昭和17年)2月2日… 天野 進吾(あまの しんご、1942年(昭和17年)2月2日 - )は、日本の政治家。静岡県旧静岡市長(2期)、静岡市議会議員(2期)、静岡県議会議員(9期)を歴任した。 静岡県議会・自民党静岡県連では、自由民主党静岡県連総務会長、自由民主党静岡県連幹事長、県議会議長などを歴任藍綬褒章受章。息子は静岡市議会議員の天野正剛。娘は静岡県議会議員の天野多美子。 1966年中央大学法学部政治学科卒。大学在学中(3年時)に自民党に入党、1967年から静岡市議を2期、1974年に静岡県議会議員補欠選挙に初当選、翌年本選で落選した。翌1975年株式会社グリーンシャワーを設立。その後、静岡県議会議員を2期務め、1987年静岡市長選挙に立候補し現職の河合代悟市長らを破り当選、2期7年を務めたが、採石業者との癒着問題の責任を取る形で1994年に辞任、1996年の第41回衆議院議員総選挙に静岡1区から無所属で立候補したが落選した。
石川 宣雄(いしかわ のぶお、1942年〈昭和17年〉1月3… 石川 宣雄(いしかわ のぶお、1942年〈昭和17年〉1月3日 - 2026年〈令和8年〉2月6日)は、日本の政治家、実業家。 第5代石川県穴水町長(4期)、のと鉄道取締役などを歴任。 石川県鳳珠郡穴水町出身。1960年(昭和35年)3月、石川県立輪島高等学校を卒業。1962年(昭和37年)8月、中央大学文学部を中退。 1996年(平成8年)4月、株式会社いろは代表取締役に就任。地元の食品スーパーの経営などを手掛け、2005年(平成17年)5月には穴水町商工会会長に就任。 2006年(平成18年)1月22日、穴水町長選挙に無所属で出馬し、同じく無所属で新人の布施豊樹を破り、初当選。※当日有権者数:9,384人人 最終投票率:77.94%(前回比: 12.99pts) 同年6月、のと鉄道取締役に就任。
白石 正輝(しらいし まさてる、1941年〈昭和16年〉10… 白石 正輝(しらいし まさてる、1941年〈昭和16年〉10月15日 - )は、日本の政治家。足立区議会議員(12期、自由民主党所属)。足立区議会自由民主党相談役。 東京都足立区出身。東京都立江北高等学校、中央大学法学部卒。1971年、29歳の時に足立区議会議員選挙に初当選。足立区議会自由民主党幹事長、政調会長、総務、文教、厚生の各委員長、区議会議長などを歴任する。このほか学習塾や玩具店を経営、病院事務長を務める。1979年と1980年の足立区長選挙に立候補したが、いずれも落選した。1983年の区議選は不出馬。1987年の区議選で復帰。以来2023年まで連続10回当選。2020年9月時点で通算で議員を11期目を務めており、これは東京23区の区議会議員で最多期である。
宮越 馨(みやこし かおる、1941年〈昭和16年〉9月14… 宮越 馨(みやこし かおる、1941年〈昭和16年〉9月14日 ‐ )は、日本の政治家。元上越市議会議員(2期)、元新潟県議会議員(1期)、元上越市長(2期)、元官僚(大蔵省主計局主査など歴任)。 新潟県旧高田市出身。新潟県立高田高等学校、中央大学商学部卒業。 大蔵省を退官後、渡辺美智雄の秘書を8年務めながら、衆院選に3度出馬 したものの、いずれも落選した。宮越が出馬した旧新潟県第4区は、定数2を自民党の高鳥修と当時同じく自民党だった白川勝彦、さらに社会党(当時)の筒井信隆の3人が激しく争っており、宮越はこの3度の選挙全てで4位に終わった。 3度目の落選直後の1993年11月より出身地の上越市長に就任。
千葉 国男(ちば くにお、1941年9月12日 - 2010… 千葉 国男(ちば くにお、1941年9月12日 - 2010年10月26日)は、日本の政治家。新進党衆議院議員(1期)。公明党参議院議員(1期)。 1941年9月12日、宮城県仙台市に生まれる。1965年、中央大学法学部を卒業する。その後創価学会東北業務局長を経て、公明党に入り、中央委員になる。 1990年、第39回衆議院議員総選挙に、公明党公認で旧宮城1区から立候補するが落選。1993年、第40回衆議院議員総選挙に、公明党公認(民社党推薦)で再び旧宮城1区から立候補し初当選する。1994年12月、所属する公明党が新進党に合流。1996年、第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で宮城2区(小選挙区)から立候補するが、自民党公認の中野正志に敗れ落選する。
岩永 峯一(いわなが みねいち、1941年〈昭和16年〉9月… 岩永 峯一(いわなが みねいち、1941年〈昭和16年〉9月5日 - )は、日本の政治家。 農林水産大臣(第38・39代)、農林水産副大臣(第2次小泉改造内閣)、総務大臣政務官(第1次小泉第1次改造内閣)、農林水産大臣政務官(第1次小泉内閣)、衆議院議員(4期)、滋賀県議会議長、滋賀県議会副議長、滋賀県議会議員(5期)、信楽町議会議員(1期)などを歴任。 滋賀県立甲賀高等学校(現在の滋賀県立水口高等学校)卒業。中央大学法学部中退。1971年、滋賀県信楽町(現在の甲賀市)町議となる。1975年、滋賀県議会議員となり、5期務める。この間、1988年から1989年に同議会副議長、1990年から1991年に同議長を務めた。
桝本 賴兼(ますもと よりかね、1941年(昭和16年)1月… 桝本 賴兼(ますもと よりかね、1941年(昭和16年)1月29日 - )は、日本の政治家、元公務員。満洲国出身。元京都市長(3期)。
吉川 春子(よしかわ はるこ、1940年11月26日 - )… 吉川 春子(よしかわ はるこ、1940年11月26日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の元参議院議員(4期)。 2007年2月21日、マイク・ホンダがアメリカ合衆国下院121号決議を成立させる動きに連動し、米議会の公聴会で慰安婦を名乗り証言した李容洙を招いて開催した集会に参加。円より子は「現在、『促進法案(戦時性的強制被害者問題解決促進法案)』が(審議されず)吊るしっぱなしになっている。法案を通過させ被害者の名誉を回復したい。そのために通常国会で審議されるよう努力していく」と述べた。岡崎トミ子は『(被害者の証言は)日本の国会がすべきこと。米国で先に実現し恥ずかしく思う。日本がアジアで尊敬される国になるには戦争加害責任をきちんととって周辺の国々と友好を深めていかなければならない』と述べた。
石井 紘基(いしい こうき、1940年〈昭和15年〉11月6… 石井 紘基(いしい こうき、1940年〈昭和15年〉11月6日 - 2002年〈平成14年〉10月25日)は、日本の財政学者、政治家。民主党などで衆議院議員(3期)、総務政務次官(羽田内閣)として活動。国会で政府支出の無駄遣いに厳しく切込み、とくに特別会計について詳細な研究を行った。統一教会、オウム真理教等のカルト宗教問題にも取り組んでいた。 東京市世田谷区代沢で、明治薬科大学及び女子栄養大学の教授を歴任した父・嘉四郎と実践女子学園教員の母・緯子の長男として生まれる。世田谷区立池之上小学校、成城学園中学校高等学校卒業。中央大学法学部に入学、安保闘争に参加。国会に突入するデモ隊の先頭にいた石井は、ほぼすべての国会議員が逃げ出す中で、一人デモ隊の目の前まで出て行き騒乱の最前線に出向き警官を抑えようとする日本社会党書記長の江田三郎を見、このことを契機として政治家を目指した。
佐川 一信(さがわ かずのぶ、1940年(昭和15年)8月1… 佐川 一信(さがわ かずのぶ、1940年(昭和15年)8月1日 - 1995年(平成7年)11月19日)は、日本の法学者・政治家である。茨城県水戸市生まれ。 中央大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修了。金属加工会社経営のかたわら、法学研究者として、早稲田大学、中央大学、茨城大学などで労働法を講義。1978年水戸市民の会を主宰し「市民からの出発」を発刊。1984年水戸市長に当選。1992年、水戸市長に3選されたが、1993年8月、竹内藤男の汚職事件による辞職に伴って執行された茨城県知事選挙に出馬するため水戸市長を退任。橋本昌に敗れた。1995年に入院、死去。2007年、水戸市名誉市民の称号が贈られた。