千葉 勝美(ちば かつみ、1946年(昭和21年)8月25日… 千葉 勝美(ちば かつみ、1946年(昭和21年)8月25日 - 、男性)は、日本の裁判官、弁護士。西村あさひ法律事務所オブカウンセル、公益財団法人全日本スキー連盟第三者委員会委員長。最高裁判所裁判官を務めた。趣味は野鳥の撮影。 1970年(昭和45年)3月に東京大学法学部を卒業して、同年4月に司法研修所に入所。1972年(昭和47年)3月に司法研修所を修了(24期)し、同年4月に判事補任官。東京地方裁判所に配属され、裁判官となる。 1982年(昭和57年)4月に判事に任命。最高裁判所秘書課長兼広報課長、最高裁判所民事局長兼行政局長、甲府地方・家庭裁判所長、最高裁判所首席調査官を経て、2008年(平成20年)11月に仙台高等裁判所長官。
安倍 嘉人(あべ よしと、1946年〈昭和21年〉4月28日… 安倍 嘉人(あべ よしと、1946年〈昭和21年〉4月28日 - )は、日本の弁護士、元裁判官。主に民事裁判を担当し、福岡高等裁判所長官、東京高等裁判所長官を歴任した。 東京大学法学部卒業後は1969年(昭和44年)4月に第23期司法修習生、1971年(昭和46年)7月2日に東京地方裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
鈴木康司(すずき こうじ、1946年1月19日 - )は日本… 鈴木康司(すずき こうじ、1946年1月19日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。血液型はB型。 北海道小樽市出身(父母も北海道)。北海道小樽潮陵高等学校、東京大学法学部卒業。1968年4月 大蔵省入省(国有財産局総務課)。同年6月 理財局国有財産総括課。1973年7月 潮来税務署長。1995年6月20日 関東財務局長。1996年1月5日 退官。1997年1月 (株)内外政策研究会代表。2002年に弁護士登録。2015年6月 越後交通(株)社外取締役。
仙谷 由人(せんごく よしと、1946年〈昭和21年〉1月1… 仙谷 由人(せんごく よしと、1946年〈昭和21年〉1月15日 - 2018年〈平成30年〉10月11日)は、日本の政治家、弁護士。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(6期)、衆議院決算行政監視委員長、内閣府特命担当大臣(行政刷新)、公務員制度改革担当大臣、内閣府特命担当大臣(「新しい公共」)、内閣官房長官、法務大臣、拉致問題担当大臣、民主党代表代行、内閣官房副長官、民主党経済財政・社会調査会長などを歴任した。 1990年の土井ブーム時に日本社会党から出馬して初当選し、社民党、旧民主党を経て民主党に所属、衆議院議員を6期務めた。旧民主党政策調査会長、民主党政策調査会長(第7代)、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)、公務員制度改革担当大臣(第6代)、国家戦略担当大臣(第2代)、内閣府特命担当大臣(「新しい公共」担当)、内閣官房長官(第78代)、法務大臣(第85代)、拉致問題担当大臣(菅直人改造内閣、民主党代表代行、内閣官房副長官(政務担当)、民主党経済財政・社会調査会長などを歴任。
中井 眞一郎(なかい しんいちろう、1946年(昭和21年)… 中井 眞一郎(なかい しんいちろう、1946年(昭和21年)1月12日 - )は、日本の元政治家、弁護士。埼玉県所沢市長を1期務めた。 家業は市内金山町の米穀店。1967年司法試験合格、1968年東京大学法学部卒業、1970年主に民事事件の弁護士活動をはじめた。1987年所沢市長当選。1期つとめ、1991年引退。1992年埼玉県知事選挙に立候補し落選。以後、政治活動を離れる。2014年現在、埼玉弁護士会に弁護士登録している。
野口 善國(のぐち よしくに、1946年 - )は、日本の弁… 野口 善國(のぐち よしくに、1946年 - )は、日本の弁護士。神戸連続児童殺傷事件の弁護団長を務めた。兵庫県弁護士会子どもの権利委員会委員長。東京都出身。 1965年甲陽学院高等学校卒。1970年東京大学法学部卒。卒業後は刑務官として法務省矯正局で働く。1980年に弁護士登録、矯正局時代の経験を活かして少年事件を多く担当する。2008年、永年の保護司としての貢献で藍綬褒章を受章。 少年法改正反対と死刑廃止の運動に精力的に取り組み、それぞれの実務で体験した立場から意見を述べられる弁護士として各地の講演に招かれている。少年法改正には、矯正局の経験を踏まえて厳罰化は非行抑止にはならないと批判し、死刑廃止運動では刑務官として死刑執行の場に居合わせた体験を語っている。
志田康雄(しだ やすお、1945年12月16日 - )は日本… 志田康雄(しだ やすお、1945年12月16日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。大臣官房会計課長、広島国税局長、国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)、造幣局長、整理回収機構副社長、同機構代表取締役社長代行などを務めた。 大分県出身。大分県立四日市高等学校、東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省入省(主税局国際租税課)。1973年7月 延岡税務署長。1974年7月 国税庁調査査察部調査課長補佐。その後は外務省在シンガポール日本国大使館で勤務。1989年7月 関税局国際機関課長。1991年6月 大臣官房会計課長。1992年6月26日 広島国税局長。1994年7月 国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)。
弘中 惇一郎(ひろなか じゅんいちろう、1945年10月16… 弘中 惇一郎(ひろなか じゅんいちろう、1945年10月16日 - )は、日本の弁護士。元自由人権協会代表理事。東京大学法学部卒業(1968年)。1967年司法試験合格。司法修習22期(同期に木村晋介や筒井信隆)を経て1970年弁護士登録。
早川 忠孝(はやかわ ちゅうこう、1945年9月4日 - )… 早川 忠孝(はやかわ ちゅうこう、1945年9月4日 - )は、日本の弁護士、政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。
錦織 淳(にしこおり あつし、1945年7月30日 - )は… 錦織 淳(にしこおり あつし、1945年7月30日 - )は、日本の弁護士、政治家。元衆議院議員(1期)。島根県出雲市(旧平田市)出身。 島根県立出雲高等学校卒業後、宇宙物理学者になろうと東京大学理科一類へ入学するも自信喪失に陥り、翌年 同文科一類を受け直す。3年の専門課程では法学部へ進学し、在学中に旧司法試験と国家公務員上級試験に合格。 1970年、東大法学部を卒業。司法修習24期、26歳で弁護士となり、日本弁護士連合会常務理事などを歴任。その間に水俣病などの公害訴訟などを手がけた。 1993年、第40回衆議院議員総選挙に無所属で故郷の島根県全県区から出馬、途中で新党さきがけの公認を得て初当選した。
大谷 禎男(おおたに よしお、1945年7月7日 - )は、… 大谷 禎男(おおたに よしお、1945年7月7日 - )は、日本の元裁判官、弁護士。愛知県出身。東京大学卒業。大津地方裁判所所長兼大津家庭裁判所所長、東京高等裁判所部総括判事(第7民事部)を歴任。現在、弁護士。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
白川 勝彦(しらかわ かつひこ、1945年〈昭和20年〉6月… 白川 勝彦(しらかわ かつひこ、1945年〈昭和20年〉6月22日 - 2019年〈令和元年〉11月18日)は、日本の政治家・弁護士・評論家。位階は従三位。 衆議院議員(6期)、自治大臣、国家公安委員会委員長、新党・自由と希望代表などを歴任。新潟県出身。 新潟県十日町市大字四日町に生まれる。生家は機屋(はたや)と呼ばれる絹織物業者で祖父が創業し、父で2代目になり明治の終わり頃までは十日町地方で長く続いた神官だった。 十日町市立中条中学校、新潟県立十日町高等学校を経て、1969年 東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。大学在学中に司法試験に合格し、司法修習24期経て弁護士(登録番号:13439)となる。
遠藤 直哉(えんどう なおや、1945年(昭和20年)5月1… 遠藤 直哉(えんどう なおや、1945年(昭和20年)5月16日 - )は、日本の弁護士。フェアネス法律事務所代表。 弁護士法人フェアネス法律事務所の代表弁護士を務める。弁護士として、医療をはじめとする様々な分野でのソフトローによる社会改革を提唱する。特に医療の分野には造詣が深く、「刑事罰は謙抑的であるべきである。医療ミスがおきるたびに医師が逮捕されると他の医師が委縮し、必要な治療をすることにさえ逡巡する事態が懸念される」「刑事介入は一時的な予防になっても、長期的な改革を進めることにはならない。刑事事件の捜査や取り締まりは、密行性を持ち、閉鎖的で、手続きの透明性に欠ける。多様な議論をオープンにすることが困難なため、積極的かつ前向きな改善を検討する場にならない」等の自説を主張し、医療事件を刑事事件で裁くことに反対する。
相良 朋紀(さがら とものり、1945年2月22日 - 20… 相良 朋紀(さがら とものり、1945年2月22日 - 2021年4月4日)は、日本の弁護士、裁判官。位階は正三位。 広島高等裁判所長官を最後に定年退官。東京大学法学部卒業。
川崎 隆司(かわさき たかし、1945年 - )は、日本の弁… 川崎 隆司(かわさき たかし、1945年 - )は、日本の弁護士(第二東京弁護士会)。日比谷総合法律事務所代表。宮崎県出身。 公正取引委員も経験し独禁法弁護士の草分け的存在だった入江一郎弁護士の事務所へ入所。入江の死後は、残された梅田孝久弁護士、草野多隆弁護士とともに事務所を継続・発展させる。「三越事件」、「セメント・カルテル事件」、「静岡談合事件」、「埼玉土曜会事件」など、社会的事件を数多く手がけた。 主たる事件として、三越事件、静岡談合カルテル事件、日本楽器事件、油圧シャベル7社カルテル事件、輸入牛肉談合事件、セメント・カルテル事件、埼玉土曜会談合事件、松下電器大型映像表示システム談合事件、ODA談合事件、損害保険料率カルテル事件、笑気ガスカルテル事件、携帯電話価格拘束事件、ポリプロピレン価格カルテル事件、多摩ゼネコン談合事件、ステンレスカルテル事件、橋梁談合事件、リジン国際カルテル事件、電極国際カルテル事件、その他多数。
柳田 幸三(やなぎだ こうぞう、1945年- )は、日本の元… 柳田 幸三(やなぎだ こうぞう、1945年- )は、日本の元裁判官、弁護士(第一東京弁護士会、二重橋法律事務所)。群馬県出身。 東京大学法学部卒業。裁判官に任官後、約15年間主に民事裁判を担当した後、法務省に約10年間出向、民事局第四課長(現在の商事課長)、法務大臣官房参事官、法務大臣官房審議官(民事局担当)を歴任し、裁判所に復帰後は長野地方裁判所長、大阪高等裁判所部総括判事、東京高等裁判所部総括判事などを歴任した。法務省出向時に、平成8年の民事訴訟法改正の主任参事官を務めたほか、商法、倒産法等の民事基本法の改正作業に関与し、また、商業・法人登記、供託等に関する行政事務を所管した。1998年には民事訴訟法学者の竹下守夫一橋大学名誉教授が部会長を務めるカンボジア法整備支援民事訴訟法作業部会の委員に就任。
服部 三男雄(はっとり みなお、1944年11月10日 - … 服部 三男雄(はっとり みなお、1944年11月10日 - )は、日本の政治家、弁護士、元検事。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。東京都立九段高等学校、東京大学法学部卒業。 父は郵政大臣を務めた服部安司。 政治家の三男として生まれたが、父への反発から検察官の道を選んだ。検察官を志したきっかけは、司法修習生時代に検事の取調室を覗き、「悪いやつは許さない」という姿勢に憧れたことだった。1972年(昭和47年)4月12日付で司法修習生の修習を終え、同年4月12日付で東京地方検察庁検事に任命された。 その後、青森地検・浦和地検・長野地検などに赴任。連合赤軍事件の公判も担当し、12年間で自ら50件以上の逮捕状を請求した。
原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月… 原田 義昭(はらだ よしあき、1944年〈昭和19年〉10月1日 - )は、日本の政治家、通産官僚、弁護士、実業家。船井電機代表取締役会長。日韓トンネル実現九州連絡協議会会長代行、原田国際法律事務所代表。 環境大臣(第26代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災)(第4次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、厚生政務次官(第2次橋本改造内閣)、衆議院議員(8期)、衆議院消費者問題に関する特別委員長・財務金融委員長・外務委員長、自由民主党総務会長代理・国際情報検討委員長・外交経済連携本部幹事長・競争政策調査会長・衆議院議員総会副会長・道州制推進本部長・人事委員長・筆頭副幹事長・福岡県支部連合会長・総務会副会長、中小企業庁参事官、通商産業大臣秘書官、関東通産局総務課長を歴任した。
久保利 英明(くぼり ひであき、1944年8月29日 - )… 久保利 英明(くぼり ひであき、1944年8月29日 - )は日本の弁護士(第二東京弁護士会)。日比谷パーク法律事務所代表。埼玉県出身。愛称はクボリン。
永盛 敦郎(ながもり あつお、1944年8月 - 2016年… 永盛 敦郎(ながもり あつお、1944年8月 - 2016年12月26日)は、日本の弁護士。第二東京弁護士会副会長や、自由法曹団幹事長、法律扶助協会事務局長、法テラス東京所長等を歴任した。 埼玉県生まれ。1968年東京大学法学部卒業、司法修習生。1970年弁護士登録。1990年第二東京弁護士会副会長。1992年自由法曹団幹事長。1997年から財団法人法律扶助協会事務局長を務め、同財団専務理事や東京都支部長等も歴任し、民事法律扶助制度確立に尽力し、2008年には第2代日本司法支援センター東京地方事務所所長に就任した。司法アクセス学会理事、司法アクセス推進協会副会長等も歴任したが、2016年に膵臓がんのため急逝した。
石川 重明(いしかわ しげあき、1944年7月 - )は、日… 石川 重明(いしかわ しげあき、1944年7月 - )は、日本の元警察官僚、弁護士。静岡県出身。2002年8月2日付けで第83代警視総監に就任。2004年に同職退任後、日本道路交通情報センター理事長を務めた。父は石川高稔・元広島大学事務局長。
河合 弘之(かわい ひろゆき、1944年4月18日 - )は… 河合 弘之(かわい ひろゆき、1944年4月18日 - )は、日本の弁護士。ビジネス分野を専門とし、多くの大型経済事件を手がけた。 旧満洲国新京市(中国長春市)生まれ。桐朋高等学校を経て、1967年東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1968年東京大学法学部卒業。1970年4月、弁護士登録。さくら共同法律事務所所長。駆け出しの頃は社会派弁護士として過激派や労働組合の弁護をしたが、一転して企業弁護士となる。 ダグラス・グラマン事件を皮切りに、平和相互銀行事件、リッカーミシン事件、政界金屏風事件、ライフ・忠実屋・いなげや仕手戦、つぼ八乗っ取り事件、国際航業仕手戦、イトマン事件などを手がける。河合は当時を「着手金や成功報酬を支払うなら弁護してやる。
山中善夫(やまなか よしお、1944年3月28日-)は、日本… 山中善夫(やまなか よしお、1944年3月28日-)は、日本の弁護士。元日弁連副会長。北海道大学法科大学院教授、北海道弁護士会連合会会長、札幌弁護士会会長等を歴任。弁護士として在宅投票廃止違憲訴訟,栗山クロム禍訴訟などの重要事件を担当。
高木 健一(たかぎ けんいち、1944年(昭和19年) - … 高木 健一(たかぎ けんいち、1944年(昭和19年) - )は、日本の弁護士。第二東京弁護士会、麹町国際法律事務所所属。 韓国では福島瑞穂とともに日本の慰安婦問題に関する最初期の対日補償請求運動を展開したほか、在樺コリアン帰還訴訟、韓国人やインドネシア人慰安婦の対日補償請求運動を展開した。 1944年(昭和19)5月15日、満洲鞍山生まれ。 東京大学法学部卒。民主党の仙谷由人とは大学時代からの友人であり、その後の日本の戦争責任に関する訴訟運動などでもコンビを組んでいたともいわれる。 1973年、弁護士登録。1975年、サハリン残留韓国人帰還問題で訴訟運動を展開し、原告弁護団事務局長となる。その後、従軍慰安婦問題やアジア全体の戦後補償問題に関与してきた。
阪田 雅裕(さかた まさひろ、1943年〈昭和18年〉9月2… 阪田 雅裕(さかた まさひろ、1943年〈昭和18年〉9月20日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。勲等は瑞宝大綬章。アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問、第一東京弁護士会所属。 大蔵省大臣官房審議官、内閣法制局総務主幹、内閣法制局第三部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官などを歴任した。 和歌山県出身の大蔵官僚である。大蔵省においては、大臣官房参事官を経て審議官を務めた。のちに内閣法制局に出向し、総務主幹を経て、第三部や第一部の部長を務めるなど、要職を歴任した。2002年には内閣法制次長に就任した。2004年には秋山收の後任として内閣法制局長官に就任し、第2次小泉内閣から第3次小泉改造内閣にかけて同職を務めた。
伊東 秀子(いとう ひでこ、1943年〈昭和18年〉8月15… 伊東 秀子(いとう ひでこ、1943年〈昭和18年〉8月15日 - )は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(2期)を歴任。夫は北海道大学教授を務めた伊東倫厚。 満洲国(現:中国東北部)で出生し、父の故郷である鹿児島県で育つ。川辺郡大浦町(現:南さつま市大浦町)出身。 東京都立戸山高等学校、東京大学文学部卒業。大学卒業後、家庭裁判所調査官を経て、1979年に35歳で司法試験に合格。司法修習34期を経て1982年弁護士登録、札幌弁護士会入会。 当初は日本共産党に所属していたが離党、1990年の第39回衆議院議員総選挙で北海道第1区において日本社会党公認候補として初出馬し横路孝弘道知事や竹村泰子参議院議員の全面的支援で憲政史上最多得票で初当選を飾り鈴木喜久子らとマドンナ議員として注目を集める(社会党現職小林恒人も再選)。
澤藤 統一郎(さわふじ とういちろう、1943年8月 - )… 澤藤 統一郎(さわふじ とういちろう、1943年8月 - )は、日本の弁護士。 岩手県盛岡市生まれ。PL学園高等学校、東京大学文学部社会学科卒業。1971年、東京弁護士会に弁護士登録。憲法・司法・労働・教育・消費者・医療・薬害・宗教の分野に関心を持ち、豊田商事事件、霊感商法、スモン、未熟児網膜症、靖国神社問題関連訴訟、岩手銀行女子行員家族手当差別事件、自衛隊海外派遣違憲訴訟(湾岸戦争戦費支出差止請求事件)、東京日の丸君が代強制違憲訴訟などに関わった。元日本民主法律家協会事務局長、元日本弁護士連合会消費者問題対策委員会委員長、元東京弁護士会消費者委員長。公益財団法人第五福竜丸平和協会監事。
神崎 武法(かんざき たけのり、1943年7月15日 - )… 神崎 武法(かんざき たけのり、1943年7月15日 - )は、日本の政治家、弁護士。公明党常任顧問。
但木 敬一(ただき けいいち、1943年7月1日 - )は、… 但木 敬一(ただき けいいち、1943年7月1日 - )は、日本の弁護士(森・濱田松本法律事務所客員弁護士)。元検察官。2006年から2008年まで検事総長。埼玉県出身。
岡田 康彦(おかだ やすひこ、1943年6月1日 - )は、… 岡田 康彦(おかだ やすひこ、1943年6月1日 - )は、日本の大蔵・環境官僚、弁護士。環境事務次官などを歴任した。 愛知県宝飯郡出身。愛知県立時習館高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に国家公務員上級試験で1位を取り(長野庬士と同点)、司法試験にも合格する。1966年に大蔵省に入省する。配属先は大臣官房財務参事官付。同期には長野のほか、武藤敏郎(東京五輪・パラリン競技大会組織委員会事務総長、日銀副総裁、初代財務事務次官、主計局長)、中島義雄(Kエナジー代表取締役、財政金融研究所長、主計局次長)、佐藤謙(世界平和研究所理事長、防衛事務次官)、中山成彬(国土交通大臣、文部科学大臣、初代経済産業副大臣)、中山恭子(拉致問題担当大臣、首相補佐官〈北朝鮮による拉致問題担当〉)らがいる。
小野 誠之(おの のぶゆき、1942年(昭和17年)8月6日… 小野 誠之(おの のぶゆき、1942年(昭和17年)8月6日 - )は、日本の弁護士である。 東京都出身。東京大学卒業後、日本を離れアメリカ合衆国のダートマス大学に留学する。帰国後は京都で法律事務所を開業し、1970年(昭和45年)には岩国基地で反戦を主張したアメリカ陸軍の兵士だったノーマン・ユーイングの弁護人を務める。 これによって在日アメリカ軍の軍事法廷や在日朝鮮人の指紋押捺問題等を担当し、連続ピストル射殺事件を起こしたことで知られる永山則夫の弁護人も務めた。また日本の国歌である「君が代」および浮島丸事件の訴訟や難民問題の弁護人も務め、自由人権協会の京都代表理事や日本弁護士連合会の国際人権問題の委員を歴任した。
塩田薫範(しおだ しげのり、1942年5月13日 - )は、… 塩田薫範(しおだ しげのり、1942年5月13日 - )は、日本の大蔵官僚・弁護士。公正取引委員会事務総長、商工組合中央金庫副理事長などを歴任。血液型はB型。 栃木県芳賀郡出身(父母も栃木県)。栃木県立宇都宮高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東大法学部在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)と司法試験に合格。1966年4月 大蔵省入省(主計局総務課)。主計局法規課などで勤務した後、1971年7月 仙台国税局いわき税務署長。1989年6月 国税庁長官官房会計課長。1990年6月 福岡国税局長。1991年6月 公正取引委員会事務局官房審議官(渉外担当)。1992年7月 公正取引委員会事務局官房審議官(総務担当)。
阿部 泰隆(あべ やすたか、1942年3月30日 - )は、… 阿部 泰隆(あべ やすたか、1942年3月30日 - )は、日本の法学者、弁護士(兵庫県弁護士会所属)。専門は行政法。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1972年)。神戸大学名誉教授。元中央大学教授。 福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校卒業。1964年3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東京大学法学部助手(学士助手)となる。 1967年、神戸大学法学部助教授に就任。1972年、学位論文「フランス行政訴訟論 越権訴訟の形成と行政行為の統制」で東京大学より法学博士の学位を取得。 1977年、神戸大学法学部教授に就任。1993年、ドイツ・トリア大学客員教授に就任。2000年、神戸大学大学院法学研究科教授に就任。
仁田 陸郎(にった むつお、1942年 <昭和17年> 2月… 仁田 陸郎(にった むつお、1942年 <昭和17年> 2月9日 - 2015年 <平成27年> 11月2日)は、日本の元裁判官・弁護士(第一東京弁護士会所属)。2013年(平成25年)瑞宝重光章を受章。叙正三位。 元東京都公安委員会委員長。
清水 幹裕(しみず つねひろ、1942年 - )は、日本の元… 清水 幹裕(しみず つねひろ、1942年 - )は、日本の元アマチュア野球審判員であり弁護士。東京大学野球部の選手時代は外野手。愛知県立岡崎北高等学校から東大を経て、旧文部省入省。その後弁護士へ。 1966年から2007年まで東京六大学野球の審判員を、1980年から2000年まで高校野球審判員をそれぞれ務め、高校野球においては1995年の第67回選抜高等学校野球大会決勝戦(観音寺中央 - 銚子商)、1997年の第69回選抜高等学校野球大会決勝戦(中京大中京 - 天理)、1998年第80回全国高等学校野球選手権大会準決勝第2試合(明徳義塾 - 横浜)で球審を、その年の決勝戦(横浜 - 京都成章)で1塁塁審をそれぞれ務めた。
桐ケ谷 章(きりがや あきら、1942年〈昭和17年〉 - … 桐ケ谷 章(きりがや あきら、1942年〈昭和17年〉 - 2026年〈令和8年〉1月13日)は、日本の弁護士、法学者。創価大学名誉教授。創価学会副会長などの役職を務めた。 1942年(昭和17年)7月に神奈川県で生まれた。1966年3月東京大学法学部卒業。1968年3月に東京大学大学院法学政治学研究科修了。司法試験に合格し、1970年に弁護士に登録された。東京弁護士会(22期、所属事務所は、新麴町法律事務所)。 1986年4月に創価大学法学部教授に就任。退職後に、創価大学(法学部)名誉教授になる。 創価学会副会長、宗教法学会理事、21世紀弁護士人権フォーラム理事長などの役職を務めた。専攻は憲法・宗教法。
浅生 重機(あさお しげき、1941年12月11日 - )は… 浅生 重機(あさお しげき、1941年12月11日 - )は、日本の裁判官、弁護士。三重県出身。灘高等学校、東京大学卒業。横浜地方裁判所長、東京高等裁判所部総括判事。瑞宝重光章叙勲者。 退官後は、明治大学にて専任教授を務め、現在は弁護士を務めている。
浜田 卓二郎(濱田 卓二郎、はまだ たくじろう 1941年〈… 浜田 卓二郎(濱田 卓二郎、はまだ たくじろう 1941年〈昭和16年〉10月5日 - 2022年〈令和4年〉5月16日)は、日本の弁護士、実業家、元政治家。 妻は実業家、エッセイストの浜田マキ子、長男の妻はコカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス社外取締役などを務める浜田奈巳。位階勲等は正四位旭日重光章。 鹿児島県姶良郡加治木町(姶良市)生まれ。祖父は故浜田精蔵衆議院議員。父は警察官。神奈川県横須賀市に転居し、栄光学園中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大在学中の1964年、国家公務員採用上級職甲種試験、司法試験に合格。1965年に東京大学法学部を卒業し、大蔵省に入省した。同年、結婚。
江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日… 江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日 - 2021年〈令和3年〉7月28日)は、日本の弁護士(登録番号:15935)、政治家、裁判官。 衆議院議員(4期)、参議院議員(4期)、科学技術庁長官(第50代)、法務大臣(第86代)、環境大臣(第16代)、参議院議長(第27代)、社会市民連合代表、社会民主連合代表、民主党参議院議員会長、民主党・民進党最高顧問などを歴任した。 父は日本社会党委員長代行を務めた元衆議院議員の江田三郎。 1941年に岡山県上道郡財田村長岡に生まれる。岡山県立岡山朝日高等学校卒業後、1960年、東京大学文科一類に入学。 東京大学教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行。
横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月… 横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月3日 - 2023年〈令和5年〉2月2日)は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(通算12期)、北海道知事(公選第10・11・12代)、衆議院議長(第73代)、衆議院副議長(第63代)、民主党総務会長を歴任。父は元日本社会党衆議院議員の横路節雄。 北海道札幌市で次男として生まれる。父・節雄は教員で、後に日本社会党で北海道議会議員、衆議院議員を務めた。母・美喜は経済学者の野呂栄太郎の妹である。札幌市立二条小学校を卒業。中学生時代に交通事故に遭い療養生活を余儀なくされ、4年かけて16歳で札幌市立啓明中学校を卒業する。北海道札幌西高等学校に入学するが、1年生の2学期から東京都立九段高等学校に転校し、同校を卒業。
高山 俊吉(たかやま しゅんきち、1940年12月16日 -… 高山 俊吉(たかやま しゅんきち、1940年12月16日 - )は、東京都出身の弁護士。青年法律家協会議長を務めた。 今川中学校、都立一橋高校、東京大学法学部を卒業。1966年25歳で司法試験合格し司法修習21期、東京弁護士会に所属。東京都千代田区で高山法律事務所を開く。 交通法科学研究会(事務局長)、日本交通学会、日本交通科学協議会、国際交通安全学会、交通権学会などに所属。市民の立場から交通安全、交通違反の取り締まりなどに関して発言することが多い 1974年「道路交通民主化の会」結成、この会の特徴の一つは「科学性、合理性」重視ということだった(1994年解散)。 なお、交通取り締まり利権の確保の為と言われる行政制裁金への布石、放置違反金についても追及している。
秋山 賢三(あきやま けんぞう、1940年10月9日 - 2… 秋山 賢三(あきやま けんぞう、1940年10月9日 - 2025年9月?日 )は日本の元裁判官、弁護士。東京大学法学部卒。冤罪問題の研究者として知られる。 本人が「下級審で死刑の判決を下された被告人が最高裁判所の審理で無罪となった松川事件に感銘を受け、裁判官に憧れるようになった」と述べているとおり、誤判・冤罪の防止を信念として抱いており、弁護士を始めてからは刑事の分野で多くの否認事件の弁護に携わっている。また、裁判官であった時代から、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を忠実に守るように努めてきたと自負している。実際に、徳島ラジオ商殺し事件に関して被告人の遺族からの再審の請求を認め、雪冤の一端を担った。
松本 啓二(まつもと けいじ、1940年9月27日 - 20… 松本 啓二(まつもと けいじ、1940年9月27日 - 2008年11月8日)は、日本の弁護士。京都府出身。元森・濱田松本法律事務所特別顧問。 渉外金融法務(特にキャピタル・マーケット分野)において高名であった。森・濱田松本法律事務所を退職後は、松本法律事務所を設立するとともに、特定非営利活動法人マネジメントアシストを設立し理事長を務めるなどしてなお活躍していた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
鈴木 達夫(すずき たつお、1940年〈昭和15年〉7月28… 鈴木 達夫(すずき たつお、1940年〈昭和15年〉7月28日 - 2020年〈令和2年〉1月14日)は、昭和から平成時代の弁護士、労働運動家。元NHK職員、日弁連刑事弁護センター委員。選挙では鈴木たつおの表記も用いる。 東京都中央区出身。1959年、東京都立新宿高等学校卒業、東京大学理科Ⅰ類入学。フロントの構革派論客だったとされ、1961年に日本共産党東大細胞から離党・除名された。1964年、同大学工学部土木工学科都市計画コース卒業。日本放送協会(NHK)に番組制作担当ディレクターとして入局し、長崎局に赴任。1967年、日本放送労働組合(日放労)長崎分会委員長に就任し、1968年の佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争の先頭に立った。
原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 - 201… 原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 - 2017年4月6日)は、日本の弁護士。元検事総長。東京府東京市生まれ、兵庫県相生市育ち。 盛岡地方検察庁勤務時に新渡戸稲造の思想にふれ感銘を受け、司法、検察の中枢に身をおきながら、新渡戸研究を続けてきた。則定衛が東京高検検事長を女性問題で辞職したことにより、堀口勝正の代替として名古屋高検検事長から村山弘義がそのイスに座ったが、検事長定年制により、予想より早く原田に東京高検検事長の座が回って来た。そのため、検事総長在任も異例の3年に及んだ。また法務事務次官当時、政党行脚に出て、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律の成立に尽力した。 その他、国際民商事法センター理事長、グルー・バンクロフト基金評議員、社団法人日本倶楽部理事 などを務めている。
倉田 雅年(くらた まさとし、1939年〈昭和14年〉7月1… 倉田 雅年(くらた まさとし、1939年〈昭和14年〉7月10日 - 2016年〈平成28年〉11月21日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(3期)、総務副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、財務大臣政務官(第2次小泉内閣改造内閣・第3次小泉内閣)などを歴任した。 静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。静岡県立清水東高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に司法試験に合格し、1968年に弁護士開業。 1996年、第41回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で静岡4区から立候補したが、無所属の望月義夫に敗れ落選。2000年の第42回衆議院議員総選挙に比例東海ブロックから単独立候補し、初当選。2003年の第43回衆議院議員総選挙でも比例単独で再選。
金城 清子(きんじょう きよこ、1938年4月10日 - )… 金城 清子(きんじょう きよこ、1938年4月10日 - )は、日本の弁護士、法学者、フェミニスト。津田塾大学教授、龍谷大学法科大学院教授を歴任。 東京出身。1961年東京大学法学部卒、東京大学法学部助手。1968年夫の金城睦(ちかし、1937-2014、1995年離婚)とともに沖縄で弁護士を開業。1983年東京家政大学教授となり、1989年津田塾大学教授、のち龍谷大学法科大学院教授。2011年退職。男女平等論の視点から法女性学を提唱。生命倫理の問題にもとりくむ。
本林 徹(もとばやし とおる、1938年1月5日 - )は、… 本林 徹(もとばやし とおる、1938年1月5日 - )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会元会長。現在、松田綜合法律事務所の顧問である。森綜合法律事務所(森・濱田松本法律事務所の前身事務所)の創設メンバー。 森綜合法律事務所時代の特徴の1つとして、「弁護士一人ひとりの個性や自由を大切にし、楽しく仕事をすることをモットーにしました」という点を挙げている。「雰囲気が楽しいと、仕事がきつくても精神的ストレスが意外とありません。例えば、裁判に勝ったとか、大きな案件が落着したときは、担当弁護士が事務所の全員にケーキをおごることが慣例でした」 得意分野は、企業法務全般、国内・国際商取引および各種紛争解決。本林弁護士が、米国ハーバード・ロースクールに留学して得たことは、アメリカでは市民が裁判を起こしやすいこと、事件に関連のある証拠を、裁判所が強制的に命令して出させる制度があることであった。
木谷 明(きたに あきら、1937年〈昭和12年〉12月15… 木谷 明(きたに あきら、1937年〈昭和12年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月21日)は、日本の弁護士、裁判官。位階勲等は従三位瑞宝重光章。東京高等裁判所部総括判事等を歴任し、退官後に法政大学法科大学院教授を務めた。 囲碁棋士・木谷實九段の次男。神奈川県平塚市に生まれる。女流棋士の小林禮子、アナウンサーの吉田智子は妹。 神奈川県立平塚江南高等学校を経て、東京大学法学部在学中に司法試験に合格し、1961年(昭和36年)に大学を卒業して司法研修所に入所。司法修習を経て、1963年(昭和38年)に判事補任官(東京地裁)。最高裁事務総局刑事局付、最高裁判所調査官、水戸家裁所長、水戸地裁所長などを経て、2000年(平成12年)5月に東京高裁部総括判事を最後に依願退官。
佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013… 佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013年1月23日)は、日本の通産官僚、政治家、弁護士(登録番号:32402)。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。