尾花 正啓(おばな まさひろ、1953年(昭和28年)4月2… 尾花 正啓(おばな まさひろ、1953年(昭和28年)4月25日 - )は、日本の政治家。和歌山県和歌山市長(3期)。 和歌山県海草郡美里町(現紀美野町)生まれ。和歌山県立海南高等学校、東京大学農学部農業工学科及び東京大学工学部土木工学科卒業。1980年、和歌山県庁に入庁。土木技術職員としてほぼ一貫して土木畑を歩み、2004年、県土整備部県土整備政策局技術調査課長に就任し、その後、2013年に和歌山県庁を退職するまで、県土整備部で道路局長や技監や県土整備部長を務める。 2013年11月、大橋建一和歌山市長が次期市長選への不出馬を表明。これを受け、11月28日に同県庁を退職し、12月3日に同市長選への立候補を正式に表明した。
古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、… 古賀 敬章(こが たかあき、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、山口県議会議員(2期)を務めた。 佐賀県佐賀市で生まれ、山口県下関市で育つ。ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大卒業後、全日本空輸に入社。 1983年、大学時代の親友である中川昭一の第37回衆議院議員総選挙出馬に伴い全日空を退社し、北海道で中川の選挙を手伝う。中川の初当選後、郷里の山口県下関市に戻り、山口県議会議員選挙に無所属で出馬して初当選した。当選後、自由民主党に入党。 県議時代は自民党山口県連青年局長を務め、下関市が地盤の安倍晋太郎の薫陶を受け媒酌人も務めてもらった。しかし安倍が死去した後、山口県連内の主導権争い(安倍晋太郎系列、林義郎系列の対立)や晋太郎の後継争い(晋太郎の二男・安倍晋三が擁立された)に巻き込まれ、古賀は自民党を離党し、1993年に新生党入党。
福留 泰蔵(ふくとめ たいぞう、1953年4月25日 - )… 福留 泰蔵(ふくとめ たいぞう、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。公明党所属。衆議院議員(2期)。
北橋 健治(きたはし けんじ、1953年〈昭和28年〉3月1… 北橋 健治(きたはし けんじ、1953年〈昭和28年〉3月19日 - )は、日本の政治家。元福岡県北九州市長(第12・13・14・15代)、民社協会専務理事。衆議院議員(6期)、大蔵政務次官(羽田内閣)、衆議院環境委員長を務めた。 兵庫県西宮市生まれ。母親は広島で被爆したため、北橋自身は被爆二世である。甲陽学院高等学校、東京大学法学部卒業。東京大学在学中、ヨーロッパの社会民主主義を研究するため、学内に社会思想研究会を設立した。同会のメンバーには国際自由労働組合総連盟のアジア太平洋組織の書記長を務めた鈴木則之がいる。東大卒業後、1977年から民社党に勤務する。 1986年、第38回衆議院議員総選挙に民社党公認で旧福岡2区(定数5)から出馬し、得票数3位で初当選した。
上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年〈昭和28年〉3月1… 上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年〈昭和28年〉3月1日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、裁判官訴追委員長。 外務大臣(第152代)、法務大臣(第94代・第95代・第98代・第99代・第103代)、公文書管理担当大臣(福田康夫内閣)、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、総務副大臣(第2次安倍内閣)、総務大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、衆議院厚生労働委員長、自由民主党一億総活躍推進本部長、同女性活躍推進本部長、同女性局長、同幹事長代理を歴任した。 静岡県静岡市生まれ。静岡市立横内小学校、静岡雙葉中学校・高等学校卒業後、東京大学文科三類に入学し、東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業。
山下 貴史(やました たかふみ、1952年10月24日 - … 山下 貴史(やました たかふみ、1952年10月24日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元北海道深川市長(4期)。元衆議院議員(1期)。勲等は旭日小綬章。 北海道留萌市に生まれ、幌加内町で育つ。北海道深川西高等学校、東京大学法学部卒業。1976年、農林省(現農林水産省)入省。本省勤務の他、在ベルギー日本大使館で一等書記官を3年間務めた。1999年、農林水産省を退官。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に北海道10区から自由民主党公認で立候補したが、民主党前職の小平忠正に敗れ、落選。2003年11月の第43回衆議院議員総選挙では北海道10区で再び小平に敗れたが、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し、初当選した。
笠井 亮(かさい あきら、1952年10月15日 - )は、… 笠井 亮(かさい あきら、1952年10月15日 - )は、日本の元学生運動家で政治家。日本共産党所属の衆議院議員(4期)、日本共産党中央委員会政策委員会責任者(政策委員長)。元参議院議員(1期)。
小泉 龍司(こいずみ りゅうじ、1952年〈昭和27年〉9月… 小泉 龍司(こいずみ りゅうじ、1952年〈昭和27年〉9月17日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。自由民主党国際局長代理、同組織運動本部長代理。 法務大臣(第108代)、自由民主党選挙対策副委員長、同国際局長、同副幹事長などを歴任。 埼玉県秩父市生まれ(現住所は深谷市上柴町東3丁目)。1975年、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、大蔵省に入省する(国際金融局総務課)。本省勤務の他、アメリカ合衆国コロンビア大学大学院の客員研究員も務めた。1996年4月、大蔵省を退官。 1996年の第41回衆議院議員総選挙に埼玉11区から無所属で出馬。自由民主党前職の加藤卓二、無所属元職の田並胤明ら6人の候補が乱立する中、得票数3位で落選した(当選者は加藤卓二)。
魚住 裕一郎(うおずみ ゆういちろう、1952年〈昭和27年… 魚住 裕一郎(うおずみ ゆういちろう、1952年〈昭和27年〉8月1日 ‐ )は、日本の政治家、弁護士。中央選挙管理会委員。 参議院議員(4期)、総務副大臣(第1次安倍改造内閣)、参議院法務委員長、公明党参議院国会対策委員長、公明党選挙対策委員長、公明党参議院会長、公明党顧問などを歴任した。 1952年、和歌山県で生まれる。家族は両親と姉の4人家族だった。1955年、家族と共に東京都新宿区に上京。のちに中野区に引っ越した。新宿区立落合第五小学校、中野区立第十一中学校を経て、創価高等学校を卒業。1977年、東京大学法学部を卒業。1980年、27歳で司法試験合格。1983年、司法修習35期を経て東京弁護士会に弁護士登録。
山口 那津男(やまぐち なつお、1952年〈昭和27年〉7月… 山口 那津男(やまぐち なつお、1952年〈昭和27年〉7月12日 - )は、日本の政治家、弁護士。公明党常任顧問。 衆議院議員(2期)、参議院議員(4期)、防衛政務次官(第51代)、新進党副幹事長、公明党参議院国会対策委員長、公明党政務調査会長、公明党代表(第3代)を歴任した。 茨城県那珂郡那珂湊町(那珂湊市を経て、現在はひたちなか市)に誕生、高等学校卒業まで日立市で育つ。父の秀男は日立市天気相談所所長、母の政子は小学校教員だった。妹がいる。日立市立中小路小学校、茨城大学教育学部付属中学校、茨城県立水戸第一高等学校卒業後、一浪を経て1972年東京大学文科一類に入学。弁護士を目指して司法試験の勉強を始める。
村上 誠一郎(むらかみ せいいちろう、1952年(昭和27年… 村上 誠一郎(むらかみ せいいちろう、1952年(昭和27年)5月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)、衆議院政治倫理審査会長。
小菅 淳一(こすげ じゅんいち、1952年2月28日 - )… 小菅 淳一(こすげ じゅんいち、1952年2月28日 - )は、日本の外交官、政治家。2011年(平成23年)4月からヨルダン駐箚特命全権大使。2014年(平成26年)10月からハンガリー駐箚特命全権大使。上越市長(1期)。 新潟県上越市出身。新潟県立高田高等学校を経て、東京大学法学部在学中の1975年(昭和50年)11月に外務公務員採用上級試験に合格。1976年(昭和51年)東大を卒業して外務省に入省した。経済協力開発機構(OECD)東京センター所長などを経て、2004年(平成16年)フランクフルト総領事。アフガニスタン大使を経て、2008年(平成20年)4月、ミュンヘン総領事。 2011年(平成23年)4月からヨルダン駐箚特命全権大使。
安里 猛(あさと たけし、1952年〈昭和27年〉1月29日… 安里 猛(あさと たけし、1952年〈昭和27年〉1月29日 - )は、日本の政治家。元沖縄県宜野湾市長(1期)。 現在の沖縄県宜野湾市普天間出身。琉球政府立普天間高等学校卒。1972年宜野湾市役所に入る。教育委員会勤務、企画部次長などを経て、2004年助役、2008年副市長に就任。 2010年の宜野湾市長選挙に立候補し、初当選する。市長選では普天間飛行場の国外移設を掲げ、市長就任後もオスプレイの配備計画に抗議する市役所前の座り込みに自ら参加するなどしていた。2011年7月に心臓疾患で緊急入院し、9月に手術を受けたが、同年末には辞職の意向を固め、2012年1月に任期半ばで市長を退任した。 2014年7月に闘病を続けていた東京大学医学部附属病院で移植手術を受け、翌年2月に沖縄に戻った。
姜 昌一(カン・チャンイル、朝鮮語: 강창일、1952年1月… 姜 昌一(カン・チャンイル、朝鮮語: 강창일、1952年1月28日 - )は、大韓民国の政治家、外交官、元培材大学校教授、元学生運動家。第17・18・19・20代国会議員。共に民主党所属。韓国国会の独島領土守護対策特別委員会で委員長を務めた。2017年6月より韓日議員連盟会長。2020年11月23日、駐日大韓民国大使に内定したことが韓国大統領府より発表され、2021年1月から2022年6月まで同大使を務めた。 済州島出身。本貫は晋州姜氏。仏教徒。 ソウル大国史学科在学中に3選改憲反対デモを主導し、大統領選挙法違反で起訴された。後に民青学連事件で拘束され、懲役10年の判決を受け、安養刑務所と順天教導所で服役した。
小池 正勝(こいけ まさかつ、1952年〈昭和27年〉1月1… 小池 正勝(こいけ まさかつ、1952年〈昭和27年〉1月17日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)、新党改革政審会長、徳島県徳島市長(3期)を務めた。 東京都板橋区生まれ。東京都立竹早高等学校、東京大学法学部卒業。1975年、建設省に入省。1984年より徳島市役所へ出向し、徳島市開発部長に就任。1988年、徳島市助役に就任。 1993年、徳島市長選挙に無所属で出馬し、初当選を果たした。当時、県庁所在地では最年少の市長であった。1997年、2001年の徳島市長選でも再選。 1998年、徳島市職員互助会背任事件が発覚、徳島市労働組合の市職員組合元書記長で部落解放同盟会長の息子であった井上直樹や市職員組合元委員長で天水連連長の山田実らから脅迫や恫喝・暴力を受け、市政への不法介入をされていた事実が公判で明らかになった。
北脇 保之(きたわき やすゆき、1952年(昭和27年)1月… 北脇 保之(きたわき やすゆき、1952年(昭和27年)1月12日 – )は、日本の自治官僚、政治家、政治学者(多文化共生)。 学位は政治学修士(コーネル大学・1981年)。東京外国語大学外国語学部教授(多言語・多文化教育研究センター長)、城西大学現代政策学部社会経済システム学科客員教授、浜松聖星高等学校理事長。 衆議院議員(1期)、浜松市長(第24・25代)などを歴任した。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を卒業し、東京大学に進学した。1974年、東京大学法学部を卒業し、法学士の称号を取得した。 東京大学卒業後、自治省に入省した。1982年栃木県税務課長。自治省では1988年から自治税務局企画課の理事官。
浜田 恵造(濵田 惠造、はまだ けいぞう、1952年〈昭和2… 浜田 恵造(濵田 惠造、はまだ けいぞう、1952年〈昭和27年〉1月10日 - )は、日本の大蔵・財務官僚、政治家。香川県知事(公選第17・18・19代)を務めた。 香川県観音寺市観音寺町出身。香川県立観音寺第一高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。官庁訪問の時に財政だけではなく、金融や国際的なことなどもできると思い、1975年(昭和50年)に大蔵省(現:財務省)へ入省。配属先は大臣官房調査企画課(現:総合政策課)。経済見通しの調整を担当。理財局の係長時代は道路公団や住宅金融公庫の査定結果の取りまとめ業務に携わる。銀行局総務課長補佐時代では金融関係の税制を担当。1986年(昭和61年)6月に主計局主計官補佐(農林第四係主査)。
増田 寛也(ますだ ひろや、1951年12月20日 - )は… 増田 寛也(ますだ ひろや、1951年12月20日 - )は、日本の元建設官僚、政治家。東京大学公共政策大学院客員教授。都留文科大学特任教授。
竹内 功(たけうち いさお、1951年〈昭和26年〉12月1… 竹内 功(たけうち いさお、1951年〈昭和26年〉12月18日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。参議院議員(1期)、鳥取県鳥取市長(3期)を務めた。 鳥取県鳥取市生まれ。鳥取県立鳥取西高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1974年、建設省(現国土交通省)に入省。 2002年4月7日に行われた鳥取市長選挙に出馬。現職の西尾迢富ら3候補を破り、初当選を果たした。同年4月15日、市長就任。 2012年8月14日夜、鳥取しゃんしゃん祭の閉会式で、高さ1メートルの仮設ステージで挨拶し階段を下りる際にバランスを崩し、転落する 2012年5月、「耐震改修を実施」と「新築移転」の2択で実施された住民投票に際し、住民投票の結果を尊重すると公言していた。
田中 俊行(たなか としゆき、1951年(昭和26年)10月… 田中 俊行(たなか としゆき、1951年(昭和26年)10月27日 - )は、三重県の政治家。第16代四日市市長。 尊敬する人物は宮本武蔵。好きな食べ物はカレーライス。愛読書は夏目漱石のこころ。趣味は楠町立楠中学校時代の四日市市と三重郡の三泗地区大会で優勝したテニス。カラオケ。絵画鑑賞。映画鑑賞。東京大学卒業の高学歴である事から四日市市議会議員で自身の支持者から逆学歴差別をされて三重県議会議員など上級の議員と公職を目指した。四日市市のホームページに四日市市長のページとして、「トッキーのおもしろ情報」という新コーナーを設けた。ブログ形式であり、「トッキー」とは女性支援者が田中俊行市長につけたニックネームである[要出典]。
片山 善博(かたやま よしひろ、1951年〈昭和26年〉7月… 片山 善博(かたやま よしひろ、1951年〈昭和26年〉7月29日 - )は、日本の政治家、自治官僚、政治学者。大正大学特任教授・地域構想研究所所長。 鳥取県知事(2期)、鳥取大学客員教授、地方制度調査会副会長(第29代)、行政刷新会議議員、総務大臣(第14代)を務めた。岡山県岡山市東区出身。 岡山県赤磐郡瀬戸町(現・岡山市東区)生まれ。両親ともに教師であった。1970年3月、岡山県立岡山大安寺高等学校卒業。1974年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省入省。鳥取県庁や国土庁への出向を経て、自治大臣秘書官、自治省国際交流企画官・固定資産税課長・府県税課長などの役職を歴任し、1998年12月に退官した。
太田 房江(おおた ふさえ、1951年〈昭和26年〉6月26… 太田 房江(おおた ふさえ、1951年〈昭和26年〉6月26日 - )は、日本の政治家、実業家、タレント、通産官僚。本名は齊藤 房江(さいとう ふさえ)、「太田」は旧姓である。通称は「ふぅちゃん」。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣(第2次岸田第1次改造内閣)、厚生労働大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)、参議院文教科学委員長、大阪府知事(公選第15・16代)、岡山県副知事、通商産業省大臣官房審議官、自由民主党副幹事長、同参議院副幹事長、同政務調査会内閣第一部会長代理、自由民主党女性局長などを歴任。日本初の女性知事としても知られている。 国鉄社員の父の長女として広島県呉市に生まれる(現住所は大阪府豊中市新千里南町3丁目)。
根本 匠(ねもと たくみ、1951年〈昭和26年〉3月7日 … 根本 匠(ねもと たくみ、1951年〈昭和26年〉3月7日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 厚生労働大臣(第21代)、復興大臣(第2代)、内閣総理大臣補佐官(行政改革の推進及び食品安全委員会(仮称)等に係る施策担当)、内閣府副大臣、内閣総理大臣補佐官(経済財政担当)、衆議院国家基本政策委員長、同予算委員長、同経済産業委員長、衆議院議員(9期)、自由民主党広報本部長、同金融調査会長(第7代)、同福島県支部連合会長を歴任した。 曾祖父は貴族院議員を務めた根本祐太郎[要出典]。父は根本正良。 福島県郡山市生まれ。福島県立安積高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1974年、建設省に入省(道路局高速国道課)。
三ツ矢 憲生(三ッ矢 憲生、みつや のりお、1950年(昭和… 三ツ矢 憲生(三ッ矢 憲生、みつや のりお、1950年(昭和25年)12月13日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(6期)。 外務副大臣(第2次安倍内閣)、財務大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)などを歴任。 三重県伊勢市生まれ(現住所は同市吹上2丁目)。三重県立伊勢高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業。東大卒業後、運輸省に入省した(配属先は航空局国際課)。1976年(昭和51年)、海上保安庁総務部総務課。1978年(昭和53年)、人事院長期在外研修でコロンビア大学に留学し、修士号を取得。1980年(昭和55年)11月、外務省経済協力局政策課。1982年(昭和57年)6月、運輸省海運局定期船課補佐官。
小川 敏(おがわ びん、本名の読み:おがわ さとし、1950… 小川 敏(おがわ びん、本名の読み:おがわ さとし、1950年〈昭和25年〉11月15日 - )は、日本の政治家。元大垣市長(5期)。岐阜経済大学理事。 岐阜県大垣市出身。岐阜県立大垣北高等学校卒業。1974年(昭和49年)3月、東京大学法学部卒業。同年4月、伊藤忠商事に就職。 1980年(昭和55年)2月、伊藤忠商事を退職。同年4月、大垣市で家業(小川紙店)を継ぐ。以降、大垣市商工会、大垣市PTA連合会などで会長などを務める。 2001年(平成13年)3月3日、大垣市長の小倉満が在任中に死去。これに伴って行われた大垣市長選挙に立候補し初当選。以後5期務めた。 2021年(令和3年)2月、任期満了に伴う大垣市長選挙に立候補せず5期で退任する意向を示した。
都築 譲(つづき ゆずる、1950年〈昭和25年〉9月23日… 都築 譲(つづき ゆずる、1950年〈昭和25年〉9月23日 - 2018年〈平成30年〉4月16日)は、日本の政治家、労働官僚。 参議院議員(1期)、衆議院議員(2期)、愛知県幡豆郡一色町町長(2期)を歴任。 愛知県幡豆郡一色町出身。一色町立一色中学校(現西尾市立一色中学校)、愛知県立刈谷高等学校から東京大学へ進学。1975年、同大学法学部を卒業後、労働省(現・厚生労働省)へ入省。1987年から3年間、外務省に出向。経済協力開発機構(OECD)パリ本部の日本代表部に勤務した。1994年7月、労働省を退官。 1994年9月11日、新間正次経歴詐称事件による公職選挙法違反で参議院議員・新間正次の当選が無効となったことに伴い行われた参議院愛知県選挙区の再選挙に、あいち改革推進協議会から出馬。
井原 勝介(いはら かつすけ、1950年(昭和25年)7月7… 井原 勝介(いはら かつすけ、1950年(昭和25年)7月7日 - )は、日本の政治家、労働官僚。山口県岩国市長(2期)を務めた。市民政党「草の根」代表。 1950年(昭和25年)、山口県玖珂郡錦町(現・岩国市錦町)生まれ。山口県立岩国高等学校を経て東京大学法学部を卒業し、1976年(昭和51年)に当時の労働省に入省。同期に金子順一元厚生労働事務次官、松井一實広島市長など。労働大臣秘書官、職業安定局業務調整課長、労働福祉事業団総務部長を歴任する(この間に人事交流の一環で1984年(昭和59年)には長野県職業安定課長として、1986年(昭和61年)には在タイ日本国大使館一等書記官としてそれぞれ赴任している)。
宮澤 洋一(みやざわ よういち、1950年(昭和25年)4月… 宮澤 洋一(みやざわ よういち、1950年(昭和25年)4月21日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。自由民主党所属の参議院議員(2期)、自民党税制調査会長(第35代)。
宮澤 洋一(みやざわ よういち、1950年〈昭和25年〉4月… 宮澤 洋一(みやざわ よういち、1950年〈昭和25年〉4月21日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の参議院議員(3期)。 衆議院議員(3期)、経済産業大臣(第19・20代)、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構担当)、自由民主党税制調査会長(第35代・第37代)、参議院政策審議会長代理、自民党たばこ議員連盟副会長、参議院財政金融委員長、参議院消費者問題に関する特別委員長、自由民主党広島県連会長、自由民主党党紀委員長を歴任した。 内閣総理大臣などを歴任した宮澤喜一は伯父にあたる。また、内閣総理大臣であった岸田文雄は従弟である。 1950年4月21日、東京都にて出生。
松崎 哲久(まつざき てつひさ、旧名:隆臣、1950年(昭和… 松崎 哲久(まつざき てつひさ、旧名:隆臣、1950年(昭和25年)4月14日 – )は、日本の政治家、小説家。自由党所属の元衆議院議員(2期)。
大泉 博子(おおいずみ ひろこ、1950年1月20日 ‐ )… 大泉 博子(おおいずみ ひろこ、1950年1月20日 ‐ )は、日本の政治家、厚生官僚。衆議院議員(1期)、山口県副知事などを務めた。 東京都立西高等学校を経て1972年に東京大学教養学部(国際関係論分科)を卒業し、当時の厚生省に入省。国連児童基金(ユニセフ)インド事務所計画評価官、児童家庭局企画課長、社会・援護局企画課長などを歴任。この間、1977年にミシガン大学大学院で行政学修士を取得している。 1998年から3年間、山口県副知事を務めた。
上原 昭(うえはら あきら、1950年(昭和25年)1月7日… 上原 昭(うえはら あきら、1950年(昭和25年)1月7日 - )は、日本の政治家。元沖縄県糸満市長(1期)。県内9市の保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバー。 現在の沖縄県糸満市出身。琉球政府立糸満高等学校を経て、1974年(昭和48年)3月、東京大学経済学部卒業。同年4月、沖縄県庁に入庁。2009年(平成21年)4月、沖縄県信用保証協会の専務理事に就任。2013年(平成25年)6月から2015年(平成27年)6月まで、那覇空港ビルディング株式会社の非常勤会長を務めた。 2015年(平成27年)11月26日、糸満市長選挙に立候補する意向を表明。 2016年(平成28年)6月5日に行われた市長選挙に自由民主党とおおさか維新の会の推薦を受けて無所属で出馬。
小西 哲(こにし あきら、1949年9月13日 - 2001… 小西 哲(こにし あきら、1949年9月13日 - 2001年7月23日)は、日本の警察官僚、政治家、元衆議院議員。自由民主党員、派閥は橋本派所属。弟は元衆議院議員で近江八幡市長の小西理。 1949年9月13日、滋賀県近江八幡市で小西和彦、政子の長男として生まれた。野中広務の追悼演説によれば、少年期に両親の「慈愛に満ちた薫陶」や滋賀県の「自然の恵み」と「深い郷土愛」にはぐくまれたという。蒲生中学校(船岡中学校の前身)、彦根東高等学校、東京大学法学部を卒業。 1972年に警察庁に入庁し、広島県警交通指導課長に就任。1978年に厚生労働省公衆衛生局精神衛生課課長補佐、1982年に運輸省自動車局貨物課補佐官に就任。
豊田 潤多郎(とよだ じゅんたろう、1949年(昭和24年)… 豊田 潤多郎(とよだ じゅんたろう、1949年(昭和24年)8月22日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。生活の党と山本太郎となかまたち京都府第4区総支部長、医療法人淳宰晃会理事長。
寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年(昭和24年)5… 寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年(昭和24年)5月1日 - )は、日本の観光学者、政治家、運輸官僚。人流・観光研究所所長。元石川県加賀市長(1期)。学位は博士(観光学)。 石川県加賀市生まれ。1972年、東京大学法学部を卒業し、運輸省(現国土交通省)に入省。1998年より国土庁大臣官房審議官。2001年より気象庁次長。2003年、日本観光協会理事長に就任。2006年から高崎経済大学地域政策学部教授を務めた。2007年、立教大学で博士(観光学)の学位を取得。 2009年10月31日、石川県加賀市長に就任。市長在任中は観光政策に力を入れており、山代・山中・片山津といった温泉や加賀大聖寺藩十万石文化を「加賀ブランド」にイメージされるものとして、各温泉個別ではなく「加賀温泉郷」として加賀市ブランド化戦略を推進したいとしていた。
森 民夫(もり たみお、1949年〈昭和24年〉4月9日 -… 森 民夫(もり たみお、1949年〈昭和24年〉4月9日 - )は、日本の政治家、建設官僚。新潟県長岡市長(5期)、全国市長会会長(第28代)などを歴任した。 新潟県長岡市生まれ。長岡市立四郎丸小学校、長岡市立南中学校、新潟県立長岡高等学校を経て、1972年、東京大学工学部建築学科を卒業。民間の設計事務所である市浦都市開発建築コンサルタンツ(現:市浦ハウジング&プランニング)に就職。 退職したのち、1975年に建設省に入省し、住宅局建設指導課に配属される。1987年茨城県土木部住宅課長、1990年建設省住宅局建設指導課建設専門官、1992年建設省住宅局住宅整備課地域住宅計画官を歴任した。建設省では東京ドーム建設計画に関わり、また1995年、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では建築物危険度判定支援本部長を務めた。
福本 潤一(ふくもと じゅんいち、1949年3月23日 - … 福本 潤一(ふくもと じゅんいち、1949年3月23日 - )は、日本の政治家。広島県広島市出身。東京大学大学院修了。元参議院議員(2期)。
吉田 泉(よしだ いずみ、1949年(昭和24年)2月26日… 吉田 泉(よしだ いずみ、1949年(昭和24年)2月26日 ‐ )は、日本の元政治家。 衆議院議員(5期)、財務大臣政務官(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣)・復興大臣政務官(野田第1次改造内閣)、復興副大臣・内閣府副大臣(野田第2次改造内閣)、いわき市議会議員(1期)などを歴任した。 福島県いわき市生まれ。福島県立磐城高等学校、東京大学経済学部卒業。大学卒業後、石川島播磨重工業勤務を経て、福島県へ帰郷し、生家のお茶屋を継いだ。1996年、いわき市議会議員選挙に立候補し、トップ当選。2000年、市議を任期途中で辞職し、第42回衆議院議員総選挙に福島5区から民主党公認で立候補したが、自由民主党の吉野正芳に敗れ、落選。
川村 秀三郎(かわむら ひでさぶろう、1949年2月8日 -… 川村 秀三郎(かわむら ひでさぶろう、1949年2月8日 - )は、日本の政治家。前衆議院議員(1期)。元林野庁長官。宮崎県東諸県郡綾町出身。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒。
坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )… 坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )は、日本の政治家、元労働官僚。自由民主党所属の元参議院議員(当選1回)。 2009年7月5日執行の静岡県知事選挙に自由民主党の推薦で出馬。坂本から推薦依頼を受けた公明党も財政、医療・福祉など12項目で政策協定を結び、推薦した。また坂本は、「(公共事業の価格を)安くすればいいというのは違う。地元建設業は地域を守ってくれている。大事な業界だと思っている」として公共事業を請け負う土建業者に不利となっている、現状の最低制限価格や低入札価格調査基準価格の見直しの必要性を訴えており、静岡県内の土建業者で構成される静岡県建設業協会などが坂本を支援する姿勢を示した。
西川 知雄(にしかわ ともお、1948年12月17日 - )… 西川 知雄(にしかわ ともお、1948年12月17日 - )は、日本の政治家、弁護士。西川シドリー・オースティン法律事務所・外国法共同事業の元代表パートナー。衆議院議員を1期務めた。元東北大学客員教授・監事。文部科学省の大学ガバナンス改革推進方策に関する検討議会委員。妻は元参議院議員の松あきら。 東京大学法学部卒業後、建設省勤務。1977年弁護士登録。アンダーソン・毛利法律事務所においてパートナーとなったが、移籍して1995年小松・狛・西川法律事務所パートナーとなる。 1996年10月、第41回衆議院議員総選挙で新進党公認で神奈川3区より立候補し、自由民主党現職の小此木八郎を破り、初当選。 1997年12月31日、新進党の分党に伴い、小沢辰男が党代表となった改革クラブの結党に参加、1998年には改革クラブの政調会長となる。
舛添 要一(ますぞえ よういち、1948年〈昭和23年〉11… 舛添 要一(ますぞえ よういち、1948年〈昭和23年〉11月29日‐)は、日本の国際政治学者、大学教授、政治家。 参議院議員(2期)、参議院自由民主党政策審議会長、厚生労働大臣(第8・9・10代)、新党改革代表(第2代)、東京都知事(第19代)などを歴任した。 福岡県八幡市(現:北九州市八幡東区)出身。 父は1930年(昭和5年)の若松市議会選挙に立憲民政党陣営から立候補したこともあった(次点で落選)。 若松で石炭商(燃料店。現在のガソリンスタンドのような存在)を営んでいた父は、行き詰まって八幡東区で八百屋に転じたものの商いは厳しく、要一が小学2年の時に近くの材木店の火災で類焼して以降は酒に溺れ、一家は長女らの働きで糊口を凌いだ。
山本 繁太郎(やまもと しげたろう、1948年〈昭和23年〉… 山本 繁太郎(やまもと しげたろう、1948年〈昭和23年〉11月14日 - 2014年〈平成26年〉3月15日)は、日本の政治家、元建設官僚。山口県知事(第46代)を務めた。 山口県柳井市出身。山口県立柳井高等学校から東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1972年(昭和47年)に建設省(後の国土交通省)に入省し、住宅局長等を歴任。以降は内閣府等を経て、麻生内閣のもとで務めた内閣官房地域活性化統合事務局長を最後に退官。 2008年(平成20年)には福田康夫内閣で初めての国政選挙となる衆議院山口2区補欠選挙に自由民主党公認、公明党推薦で立候補。この補選は山口2区選出の福田良彦(自民)が岩国市長選へ立候補するため議員辞職したこと(後に市長選に当選)に伴うものだった。
五十嵐 文彦(いがらし ふみひこ、本名:五十嵐 ふみひこ、1… 五十嵐 文彦(いがらし ふみひこ、本名:五十嵐 ふみひこ、1948年11月2日 - )は、日本の政治家。 財務副大臣(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、衆議院財務金融委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(通算4期)などを務めた。 警察官の長男として東京都世田谷区に生まれた。他に弟1人。 幼少時、母の病気のため足立区長門町在住の親族の元に里子に出され、足立区立大谷田小学校に入学。小学校2年生の時に養父が他界したため、小学校3年生から実父母の元に戻り、一家で小平市に在住した。小平市立第二小学校卒業後、桐朋中学校・高等学校を経て、東京大学文学部西洋古典学科卒業(古代ギリシャ語、ラテン語、西洋古典文学専攻)。
鳩山 邦夫(はとやま くにお、1948年〈昭和23年〉9月1… 鳩山 邦夫(はとやま くにお、1948年〈昭和23年〉9月13日 - 2016年〈平成28年〉6月21日)は、日本の政治家。位階は正三位。勲等は旭日大綬章。 衆議院議員(13期)、行政管理政務次官(第2次中曽根内閣)、文部大臣(第116代)、労働大臣(第59代)、法務大臣(第78・79代)、総務大臣(第10代)、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)〔麻生内閣〕、民主党副代表、裁判官訴追委員会委員長、地方創生に関する特別委員会委員長を歴任した。 東京都に鳩山威一郎の次男として生まれる。 学習院初等科、学習院中等科、筑波大学附属高等学校を経て、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業後、同学部第2類(公法コース)に学士入学し卒業。
大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月… 大久保 寿夫(大久保 壽夫、おおくぼ としお、1948年8月9日 - )は、日本の政治家、農林官僚。元栃木県小山市長(5期)。 栃木県下都賀郡寒川村押切(のちの間々田町、現在の小山市押切)に生まれる。栃木県立栃木高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月京都大学農学部卒業。1973年(昭和48年)3月、東京大学大学院修士課程修了。同年4月、農林水産省入省。 1997年(平成9年)、農林水産省本省室長就任。1999年(平成11年)、関東農政局建設部次長就任。 2000年(平成12年)7月16日に行われた小山市長選挙に立候補し、初当選した。 2013年(平成25年)7月6日、「ラムサール条約湿地登録1周年記念シンポジウム in おやま」を開催。
山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月… 山本 幸三(やまもと こうぞう、1948年〈昭和23年〉8月8日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、経済産業副大臣(第1次安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)、衆議院法務委員長・消費者問題に関する特別委員長・地方創生に関する特別委員長・災害対策特別委員長、自由民主党金融調査会長等を歴任した。 福岡県門司市(現・北九州市門司区)生まれ。福岡県立京都高等学校卒業後、東京大学理科一類に入学。しかし、3年次の専門課程に進学する際は理系から文系に転じ、東京大学経済学部卒業。 東大卒業後、大蔵省にトップで入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。
平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日… 平口 洋(ひらぐち ひろし、1948年〈昭和23年〉8月1日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。法務大臣(第111-112代)、自由民主党広島県支部連合会長。 法務副大臣(第4次安倍第1次改造内閣)、環境副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、法務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長、同農林水産委員長、同法務委員長、自由民主党政務調査会副会長、同国土交通部会長、同厚生労働部会長、自由民主党副幹事長、同報道局長、国土交通省河川局次長、日本道路公団総務部長、秋田県警察本部長などを歴任。 広島県安芸郡江田島村(現:江田島市)生まれ。
小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日… 小畑 元(おばた はじめ、1948年(昭和23年)7月25日 - )は、日本の政治家、官僚。元大館市長(6期)。叔父は秋田県知事を6期(1955年~1979年)務めた小畑勇二郎。 スピーカー作りが趣味であり自宅に工房を持っている。大館市立中央公民館や大町商店街振興組合に自作の手作りスピーカーを寄贈している。 そして健康に気を使い夜遅い時間帯や土日の休日の朝早い時間帯には、大館市内をウォーキングをしている。 他にストレス解消に皿洗いもする。過去に国政選挙に出馬した際、リーフレットの趣味の欄に皿洗いと書き亡き母に怒られたというエピソードもある。また、市長時代は出勤前に「大館のために」と3回唱えてから出勤していた。
藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月2… 藤野 公孝(ふじの きみたか、1948年〈昭和23年〉5月29日 - )は、日本の政治家、運輸官僚。 国土交通大臣政務官(第1次安倍内閣)、参議院議員(1期)、全日本シティホテル連盟代表理事、国際観光文化交流協会理事長兼会長、流通科学大学特任教授、ツーリズム・マーケティング研究所研究員などを歴任。妻は料理研究家で衆議院議員を務めた藤野真紀子。 広島県佐伯郡廿日市町(現:廿日市市)生まれ。広島学院中学校・高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業後、運輸省にキャリア官僚として入省(入省時の配属先は大臣官房情報管理部)。衆議院議員の平口洋とは中学から大学までの同級生。1973年に金坂真紀子と結婚。ニューヨーク、パリ勤務時代に真紀子は後に料理研究家となる手法を身に付けることとなる。