今井 澄(いまい きよし、1939年11月17日 - 200… 今井 澄(いまい きよし、1939年11月17日 - 2002年9月1日)は、日本の学生運動家・医師・政治家・参議院議員(2期)。 旧・満洲国のハルビン市で生まれ、4歳の時に帰国して千葉県に住む。医師である父の転勤に伴い、小学3年から高校までは静岡県在住。 静岡県立沼津東高等学校を経て1958年東京大学に進学。60年安保闘争への関与から医学部進級試験に不合格・退学処分を受けるが翌年復学して進級。1962年の大学管理法反対闘争では自治会中央委員会議長として闘争を指揮したため再度の退学処分となる。このときともに退学処分となった1人に江田五月がいた。後に2度目の復学。この時期は共産同ML派の幹部であった。
真鍋 光広(まなべ みつひろ、1939年〈昭和14年〉11月… 真鍋 光広(まなべ みつひろ、1939年〈昭和14年〉11月16日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)、まなべ光広財政研究所所長。香川県出身。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
仲井眞 弘多(なかいま ひろかず、1939年8月19日 - … 仲井眞 弘多(なかいま ひろかず、1939年8月19日 - )は、日本の通産官僚、実業家、政治家。沖縄県知事(本土復帰後第6代)。報道などでは新字体を用い仲井真 弘多とも表記される。
上野 公成(うえの こうせい、1939年〈昭和14年〉7月2… 上野 公成(うえの こうせい、1939年〈昭和14年〉7月23日 - )は、日本の建設官僚、政治家。都市再生研究所理事長。参議院議員(2期)、通商産業政務次官、内閣官房副長官(政務担当)などを歴任した。 群馬県高崎市出身。父は医師・上野大成。1958年に群馬県立高崎高等学校を卒業後、1966年に東京大学工学部都市工学科の第1期生として卒業[要出典]。同年、建設省に入省。 建設省では住宅関連の業務に携わることが多かった。群馬県土木部住宅課長、建設省住宅局住環境整備室長、大臣官房政策企画官、住宅生産課長、住宅建設課長などを歴任した。1991年、建設省を退官。 1992年、第16回参議院議員通常選挙において、群馬県選挙区から福田宏一後継の新人として立候補し当選した。
倉田 雅年(くらた まさとし、1939年〈昭和14年〉7月1… 倉田 雅年(くらた まさとし、1939年〈昭和14年〉7月10日 - 2016年〈平成28年〉11月21日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(3期)、総務副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、財務大臣政務官(第2次小泉内閣改造内閣・第3次小泉内閣)などを歴任した。 静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。静岡県立清水東高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に司法試験に合格し、1968年に弁護士開業。 1996年、第41回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で静岡4区から立候補したが、無所属の望月義夫に敗れ落選。2000年の第42回衆議院議員総選挙に比例東海ブロックから単独立候補し、初当選。2003年の第43回衆議院議員総選挙でも比例単独で再選。
佐藤 栄佐久(さとう えいさく、1939年〈昭和14年〉6月… 佐藤 栄佐久(さとう えいさく、1939年〈昭和14年〉6月24日 - 2025年〈令和7年〉3月19日)は、日本の政治家。 参議院議員(1期)、福島県知事(5期)、全国過疎地域自立促進連盟会長を務めた。 衆議院副議長で元外務大臣の玄葉光一郎は娘婿にあたる。 福島県郡山市生まれ。幼少期、本宮市に転居したが中学生からは再び郡山市で育った。福島県立安積高等学校、東京大学法学部卒業。 日本青年会議所副会頭 等の役職を歴任した後、1983年の第13回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で福島県選挙区から立候補し、初当選を果たした。 1988年、松平勇雄の引退に伴う福島県知事選挙に伊東正義や斎藤邦吉の支援を受け、参議院議員を辞職して立候補し当選を果たした。
石川 錬治郎(いしかわ れんじろう、1939年6月22日 -… 石川 錬治郎(いしかわ れんじろう、1939年6月22日 - 2021年10月29日)は、日本の政治家。秋田市長(3期)、秋田県議会議員(1期)を務めた。 秋田県南秋田郡五城目町字杉沢生まれ。秋田県立秋田高等学校、早稲田大学文学部を卒業。東京大学大学院農学系研究科農業経済専攻修士課程修了。 千葉大学園芸学部助手などを経て、1983年の第13回参議院議員通常選挙に日本社会党公認で秋田県選挙区より立候補し、落選。1986年の第14回参議院議員通常選挙にも立候補したが、落選。 1989年、秋田市長選挙に立候補したが、現職の高田景次に敗れ落選。1990年、高田の辞任に伴う秋田市長選挙に立候補し初当選。以後3期連続当選する。
細谷 治通(ほそや はるみち、1939年6月19日 - )は… 細谷 治通(ほそや はるみち、1939年6月19日 - )は、日本の元政治家。民主党福岡県連顧問・倫理委員会委員長。元民主党衆議院議員。父は衆議院議員を務めた細谷治嘉。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
加藤 紘一(かとう こういち、1939年(昭和14年)6月1… 加藤 紘一(かとう こういち、1939年(昭和14年)6月17日 ‐ 2016年(平成28年)9月9日)は、日本の外務官僚、政治家。「宏池会のプリンス」[注釈 1]と呼ばれ、山崎拓・小泉純一郎と結成したYKKの代表格。衆議院議員(13期)、防衛庁長官、内閣官房長官、自由民主党政務調査会長、幹事長、宏池会会長を歴任。「総理に一番近い男」とも呼ばれたが、加藤の乱や秘書の脱税疑惑で失脚した。正三位、旭日大綬章受勲。
菅川 健二(すげかわ けんじ、1938年11月13日 - )… 菅川 健二(すげかわ けんじ、1938年11月13日 - )は、日本の政治家・官僚。元参議院議員(1期)。 広島県東広島市出身。東広島市立西条中学校卒業。広島県立賀茂高等学校卒業後、1962年東京大学法学部卒業。同年、自治省に入省。消防庁防災管理課長補佐、自治省公営企業一課長補佐、同財政局課長、兵庫県教育次長、1980年広島県企画部長、1986年同総務部長、広島県立美術館長、広島県教育委員会教育長を経て、1993年に広島県知事選に出馬するも落選。1994年広島大学教育学部客員講師(教育政策担当)。1995年新進党から公認を受けて、第17回参議院議員通常選挙で参議院議員に初当選し、1期務めた。 1998年新進党解党に伴い、改革クラブ結党に参画し、同党参議院政策審議会長に就く。
李 聖根(イ・ソングン、朝鮮語: 이성근、1938年11月1… 李 聖根(イ・ソングン、朝鮮語: 이성근、1938年11月13日 - 2017年7月10日)は、大韓民国の教授、政治家。維新政友会所属の第9・10代韓国国会議員。本貫は全州李氏。キリスト教徒。号はヒョナム(현암)。 現在のソウル特別市出身。延世大学校政治外交学科、フィリピン大学大学院政治学科、東京大学大学院国際関係専攻で社会学博士課程修了。国土統一院常任研究委員、ソウル大学校新聞大学院、延世大学校大学院講師などを務めた後、明知大学校教養学部長および社会科学研究所長、1986年3月から1992年4月まで第3代培材大学校学長、1992年5月から1995年2月まで同校初代総長、1998年10月23日から2002年まで第3代漢城大学校総長、2004年8月3日から2006年10月23日ごろまで第5代大邱芸術大学校総長、韓国大学教育協議会副会長および全国私立大学総学長会会長などを務めた。
滝 実(たき まこと、1938年9月15日 - )は、日本の… 滝 実(たき まこと、1938年9月15日 - )は、日本の自治官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。
野上 徹(のがみ とおる、1938年9月11日 - )は、日… 野上 徹(のがみ とおる、1938年9月11日 - )は、日本の元政治家。元自由民主党衆議院議員(2期)。父親は新富グループ創業者。息子は参議院議員の野上浩太郎。 東京都渋谷区生まれ。1961年東京大学文学部仏文学科卒業。朝日新聞記者を経て、富山県議を2期務めた。1979年の総選挙で富山1区から自民党公認で立候補するが落選。翌1980年の総選挙で初当選、2期務めた。1986年の総選挙で落選。1990年と1993年の総選挙に続けて立候補したが落選。1996年の総選挙で富山1区から無所属で立候補したが落選。 ほか新富観光サービス社長、新富自動車会長を務めた。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
與謝野 馨(よさの かおる、1938年(昭和13年)8月22… 與謝野 馨(よさの かおる、1938年(昭和13年)8月22日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日大綬章。学校法人文化学院院長・理事。報道や政治活動においては新字体で与謝野 馨(よさの かおる)と表記されることが比較的多い。
松村 龍二(まつむら りゅうじ、1938年〈昭和13年〉2月… 松村 龍二(まつむら りゅうじ、1938年〈昭和13年〉2月25日 - 2025年〈令和7年〉9月19日)は、日本の政治家。位階勲等は従三位旭日重光章。 自由民主党・清和政策研究会(町村派)所属の元参議院議員(3期)、国土交通副大臣、文部政務次官などを歴任した。 福井県福井市生まれ。父親が中華民国で働いていた医師であったことから、太平洋戦争の終戦まで青島で育った。戦後、日本に戻り福井県勝山市に住む。1961年(昭和36年)東京大学法学部を卒業。 その後、警察庁に入庁。キャリア(警察官僚)として、外務省や総理府、防衛庁に出向もしながら、1986年(昭和61年)から岐阜県警察本部長を、1990年(平成2年)から埼玉県警察本部長などを歴任。
柿本 善也(かきもと よしや、1938年〈昭和13年〉2月7… 柿本 善也(かきもと よしや、1938年〈昭和13年〉2月7日 - )は、日本の政治家、自治官僚。奈良県知事(公選第13・14・15・16代)。 奈良県大和高田市出身。奈良県立高田高等学校、1961年に東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業。自治省に入省。1981年、自治省行政局公務員部給与課長。1983年、自治省財政局地方債課長。1986年、自治省財政局財政課長。1988年7月、自治大学校長。1990年4月、奈良県副知事に就任。上田繁潔知事の辞意表明を受け、1991年11月の奈良県知事選挙に立候補し初当選した。平城遷都1300年記念事業協会副会長。 2009年春の叙勲で旭日大綬章を受章。 バブル崩壊期に奈良県政を担当し、1997年12月には1億5000万円に上る県庁食料費不正流用事件も発覚した。
塚田 延充(つかだ のぶみつ、1937年12月28日 - )… 塚田 延充(つかだ のぶみつ、1937年12月28日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(民社党→新進党)(3期)。 東京都出身。1961年東京大学経済学部卒業後、帝人に入社。バンコク事務所長などを勤め、退職後に茨城県生産性本部長を務めた。 1983年、第37回衆議院議員総選挙で茨城県第1区から初当選。民社党茨城県委員長、政審副会長、党執行中央委員、国民運動委員長などを務めた。1990年の第39回衆議院議員総選挙で落選。1993年の第40回衆議院議員総選挙で復帰。翌年の新進党の結成に参加。 1996年の第41回衆議院議員総選挙に茨城県第1区(小選挙区)から新進党公認で出馬したが落選した。 2015年春の叙勲で旭日中綬章受章。
中島 啓雄(なかしま ひろお、1937年12月25日 - 2… 中島 啓雄(なかしま ひろお、1937年12月25日 - 2024年2月7日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。関東州大連生まれ。長野県育ち。 成蹊高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。JR貨物の役員を経て、1995年、第17回参議院議員通常選挙で自由民主党公認で比例区から立候補するも落選。その後、1999年8月に石川弘が死去したため、同月20日付で繰上補充となり、当選。その後2001年、再選を目指して立候補した第19回参議院議員通常選挙でも落選したが、その約3か月後に高祖憲治が辞職したため、同年10月3日付で再び繰上補充により当選となった。2回の当選はいずれも繰上当選であった。2007年の任期満了をもって、次期選挙には立候補しなかった。
外口 玉子(とぐち たまこ、1937年12月16日 - 20… 外口 玉子(とぐち たまこ、1937年12月16日 - 2022年3月12日)は、日本の政治家、保健師(保健学博士)、看護師。衆議院議員(1期)、社会福祉法人かがやき会理事長を務めた。 1960年、東京大学医学部衛生看護学科卒業後、同大学の助手を経て、1968年、国立武蔵野療養所看護婦長に就任。翌1969年に渡米し、ボストン大学に留学。精神疾患を抱えたベトナム帰還兵の看護などにあたったという。1971年に同大学大学院看護学部修士課程を修了。帰国後の1973年、東京都精神医学総合研究所医療研究室主任研究員。1985年、同研究所副参事研究員。1989年に退職。1986年、精神障害者の社会参加と地域での生活を支援する「地域ケアセンター」を有志で立ち上げ、1989年に社会福祉法人かがやき会を設立。
高橋文利(たかはし ふみとし、1937年11月3日 - 20… 高橋文利(たかはし ふみとし、1937年11月3日 - 2004年11月3日)は、日本のジャーナリスト、経済評論家、政治家。 長野県諏訪郡下諏訪町生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京大学文学部卒、朝日新聞社に入り、論説副主幹。1995年立命館大学政策科学部教授となる。2002年脱ダムを唱えて長野県下諏訪町長に当選するが、在任中の2004年に急性心筋梗塞のため死去した。
合馬 敬(おうま けい、1937年9月26日 - )は、日本… 合馬 敬(おうま けい、1937年9月26日 - )は、日本の官僚・政治家、元自由民主党参議院議員(1期)。 福岡県出身。1960年、東京大学法学部第2類(公法コース)卒。同年農林省(現在の農林水産省)入省。1988年、農水省構造改善局計画部長を最後に退官。1989年には、福田幸弘の死去に伴い実施された参院福岡補選に自民党から立候補したが、リクルート事件や消費税導入による逆風を受け、社会党の渕上貞雄に敗れて落選。同年の第15回参議院議員通常選挙で当選した。1995年の第17回参議院議員通常選挙では、福岡県選挙区の改選数が3から2に削減されたため自民党は公認候補を合馬1人に絞ったものの、無所属として立候補した元自民党の重富吉之助と支持層を食い合い、2人とも落選した(重富が3位、合馬が4位)。
愛知 和男(あいち かずお、1937年〈昭和12年〉7月20… 愛知 和男(あいち かずお、1937年〈昭和12年〉7月20日 - 2024年〈令和6年〉5月3日)は、日本の政治家。旧姓は中田。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 衆議院議員(9期)、防衛庁長官(第54代)、環境庁長官(第25代)、新進党政策審議会長(第2代)等を歴任した。 富山県知事を務めた中田幸吉はおじ。義父・愛知揆一は、自民党衆議院議員で大蔵大臣や外務大臣、内閣官房長官などを歴任した。次男・愛知治郎は元・参議院議員。 東京府(現東京都)出身。東京都立日比谷高等学校卒業を経て、1961年、東京大学法学部を卒業し、日本鋼管(現・JFEスチール、JFEエンジニアリング)に入社。1968年から1972年までニューヨーク事務所に駐在。
佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013… 佐藤 剛男(さとうたつお、1937年7月16日 - 2013年1月23日)は、日本の通産官僚、政治家、弁護士(登録番号:32402)。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。
森田 稔夫(もりた のりお、1937年(昭和12年)6月30… 森田 稔夫(もりた のりお、1937年(昭和12年)6月30日 - 1991年(平成3年)7月8日)は、昭和から平成時代初期の政治家。青森県五所川原市長。 森田安雄、キヨの子として青森県西津軽郡木造町(現つがる市)に生まれる。父が旧制木造中学校の教師から応召して戦死後、医師の母に育てられる。東京大学教養学部を卒業し日本鋼管(現JFEスチール、JFEエンジニアリング)に入社。1967年(昭和42年)五所川原市に移住し森田農場を経営する。衆議院議員総選挙に3度挑戦するものの果たせず、1983年(昭和58年)の五所川原市長選で初当選を果たす。しかし2期目途中、公共工事を巡る側近の疑惑と市政混乱からリコールが成立し辞任した。
松田 岩夫(まつだ いわお、1937年(昭和12年)5月19… 松田 岩夫(まつだ いわお、1937年(昭和12年)5月19日 - 2022年(令和4年)2月3日)は、日本の政治家、通産官僚。位階は従三位。元衆議院議員(通算3期)、元参議院議員(2期)。 岐阜県岐阜市出身。第3次小泉改造内閣において、2005年(平成17年)10月31日から2006年(平成18年)9月26日まで、内閣府特命担当大臣(食品安全、科学技術政策)、情報通信技術 (IT)担当大臣を務めた。 岐阜県立加納高等学校を経て、1960年(昭和35年)に東京大学法学部(法律学)を卒業後、通商産業省に入省。同期に、堺屋太一、熊野英昭(元通産事務次官)、高橋達直、吉田文毅(特許庁長官)、若林茂(大臣官房審議官、旧ヤハギ社長)など。
池田 行彦(いけだ ゆきひこ、1937年〈昭和12年〉5月1… 池田 行彦(いけだ ゆきひこ、1937年〈昭和12年〉5月13日 - 2004年〈平成16年〉1月28日)は、日本の政治家、大蔵官僚。位階は正三位、勲章は旭日大綬章。旧姓は粟根。 衆議院議員(10期)、内閣官房副長官(政務担当)、総務庁長官(第7代)、防衛庁長官(第50代)、外務大臣(第119、120代)、自由民主党政務調査会長(第42代)、自由民主党総務会長(第40代)等を歴任した。 妻・紀子の父は内閣総理大臣を務めた池田勇人。妻の姪・慶子の夫は衆議院議員の寺田稔。 兵庫県神戸市生まれ。父・粟根信行は行彦の7歳時に死去し、その後、父の郷里である広島市中島本町(現在の平和記念公園内)へ移る。1945年8月6日の原爆投下時は母の妹宅近くの豊田郡(現三原市)本郷町(現在の広島空港周辺)に疎開していたので、被爆を免れた。
市川 一朗(いちかわ いちろう、1937年4月12日 - )… 市川 一朗(いちかわ いちろう、1937年4月12日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。 参議院議員(3期)、農林水産副大臣(第1次小泉第2次改造内閣、第2次小泉内閣)などを歴任。 宮城県栗原郡鶯沢町(現在の栗原市鴬沢地区)出身。仙台第一高等学校卒業後、東京大学文科一類入学。1961年、東京大学法学部(私法コース)卒業と同時に建設省に入省する。国土庁防災局長、建設省都市局長、建設省総務審議官を経て、1993年に国土事務次官に就任し、翌1994年に退官。 1995年の第17回参議院議員通常選挙に無所属(新進党推薦)で宮城県選挙区から立候補し、初当選。当選後は新進党の参議院会派である平成会に所属したものの、最後まで新進党には入党しなかった。
村井 仁(むらい じん、1937年3月28日 – )は、日本… 村井 仁(むらい じん、1937年3月28日 – )は、日本の通産官僚、政治家。
小池 清彦(こいけ きよひこ、1937年〈昭和12年〉2月2… 小池 清彦(こいけ きよひこ、1937年〈昭和12年〉2月22日 - )は、日本の政治家、防衛官僚。新潟県加茂市長(6期)、防衛研究所長などを歴任した。 新潟県加茂市生まれ。加茂市立加茂中学校、新潟県立三条高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1960年、防衛庁に入庁。英国王立国防大学に留学し、帰国後は防衛庁防衛局計画官、防衛庁長官官房防衛審議官、防衛研究所長を歴任した。1990年に防衛庁教育訓練局長に就任。1992年6月に防衛庁を退官。同年7月、防衛大学校学術・教育振興会理事長に就任。 1995年4月、加茂市長選挙に無所属で立候補し、初当選。以後6期連続当選。2003年に勃発したイラク戦争に関しては、元防衛官僚ながら小泉純一郎首相によるイラクへの自衛隊派遣に反対する要望書を政府に提出した。
亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、… 亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、日本の警察官僚、政治家。階級は警視正(警察庁退官時)。衆議院議員(13期)。通常は新字体で亀井静香と表記。 運輸大臣(第69代)、建設大臣(第64代)、自由民主党政務調査会長(第43代)、国民新党代表(第2代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)などを歴任。
亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、… 亀井 靜香(かめい しずか、1936年11月1日 - )は、日本の警察官僚、政治家。階級は警視正(警察庁退官時)。衆議院議員(13期)。通常は新字体で亀井静香と表記。 運輸大臣(第69代)、建設大臣(第64代)、自由民主党政務調査会長(第43代)、国民新党代表(第2代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)などを歴任。
中馬 弘毅(ちゅうま こうき、1936年〈昭和11年〉10月… 中馬 弘毅(ちゅうま こうき、1936年〈昭和11年〉10月8日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(9期)、内閣府特命担当大臣(規制改革担当)、国土交通副大臣(第1次小泉改造内閣)等を歴任した。2013年4月、旭日大綬章を受章。 父は元大阪市長の中馬馨。 大阪市天王寺区生まれ。本籍は父の郷里、宮崎県西都市。 父・馨が大阪市政に携わり市民派として大阪市長を歴任したこともあり、政治を志して都市政策、地方自治法の改正をライフワークとする。 1976年12月、衆議院議員初当選。1984年11月、環境政務次官。1990年2月、自治政務次官。1999年10月、運輸総括政務次官(副大臣)。 2002年10月国土交通副大臣。
岩國 哲人(いわくに てつんど、1936年(昭和11年)7月… 岩國 哲人(いわくに てつんど、1936年(昭和11年)7月11日 - 2023年(令和5年)10月6日)は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、島根県出雲市長(2期)、民主党副代表、同国際局長、衆議院懲罰委員長、自由民主党政務調査会顧問などを歴任。 大阪府大阪市生まれ。大阪市立曽根崎小学校(後の大阪市立大阪北小学校。現在廃校)1年生の時に父が他界し、母の故郷である島根県簸川郡西浜村(後の湖陵町、現出雲市)に転居。小学校、中学校の頃は野球部に入っていた。長男の岩國は母を助けて、高校3年の春まで畑仕事を手伝った。島根県立出雲高等学校を経て1959年、東京大学法学部卒業。大学時代は政治学を学んだ。 1959年、日興證券入社。
川島 信也(かわしま のぶや、1936年〈昭和11年〉3月2… 川島 信也(かわしま のぶや、1936年〈昭和11年〉3月24日 - 2023年〈令和5年〉11月15日)は、日本の政治家。長浜市長を通算3期12年務めた。 高島郡(現・高島市)生まれで長浜市在住 。1959年に東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道に入社。米子鉄道管理局総務部人事課長、大阪鉄道管理局営業部旅客課長、ニューヨーク事務所次長、九州地方資材部長、本社経営計画室主幹を歴任し、1980年に退職。1983年の第37回衆議院議員総選挙(自由民主党公認)、1986年の第38回衆議院議員総選挙(自由民主党公認)、1990年の第39回衆議院議員総選挙(無所属)に続けて出馬するが落選した。 1991年11月12日に長浜市長に就任し1995年11月11日まで在任。
一井 淳治(いちい じゅんじ、1936年2月11日 - 20… 一井 淳治(いちい じゅんじ、1936年2月11日 - 2023年10月31日)は、日本の政治家、弁護士(岡山弁護士会、一井法律事務所)。参議院議員(2期)を務め、民主党結成にも加わった。 東京大学法学部中退。1958年、司法試験に合格し司法修習13期(同期に堀田力、横山昭二、山花貞夫らがいた)。公明党顧問弁護士、岡山弁護士会副会長等を務めた。 1986年の第14回参議院議員通常選挙で岡山県選挙区に無所属で立候補し初当選。当選後、日本社会党に入党。1992年の第16回参議院議員通常選挙で再選。1995年、村山改造内閣の農林水産政務次官に就任。その後、社会民主党から旧民主党へ移籍。民主党結成後の1998年に行われた第18回参議院議員通常選挙で落選した。
清水 嘉与子(しみず かよこ、1935年〈昭和10年〉11月… 清水 嘉与子(しみず かよこ、1935年〈昭和10年〉11月9日 - )は、日本の政治家、看護師。環境庁長官(第37・38代)、参議院議員(3期)などを歴任した。 東京都立北園高等学校、東京大学医学部衛生看護学科卒業。看護婦として、関東逓信病院看護部看護婦長、東京大学医学部教官、厚生省医務局看護課長などを務めた。 1989年の第15回参議院議員通常選挙に自民党公認、日本看護協会・日本看護連盟の推薦(石本茂の後継)を受けて参議院比例区から出馬し、初当選。連続当選3回。党内では清和会に所属。労働政務次官・参議院文教委員長などを経て、1999年小渕改造内閣に環境庁長官として初入閣。翌年発足した第1次森内閣でも再任された。
小杉 隆(こすぎ たかし、1935年〈昭和10年〉9月25日… 小杉 隆(こすぎ たかし、1935年〈昭和10年〉9月25日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(8期)、文部大臣(第2次橋本内閣)、東京都議会議員(4期)を務めた。 東京都目黒区八雲出身。1959年、東京大学教育学部を卒業し、ラジオ東京(現・TBSホールディングス)に入社。1965年、29歳の最年少で東京都議会議員に当選。1977年、新自由クラブに入党。都議時代には美濃部亮吉都政の追及で名をはせる。その追及ぶりには美濃部も一目置いていたという。 1979年9月に都議を任期途中で辞職し、同年の第35回衆議院議員総選挙で旧東京3区から新自由クラブ公認で立候補するも次点となるも、翌1980年の第36回衆議院議員総選挙で再び旧東京3区から立候補し初当選(当選同期に古賀誠・太田誠一・川崎二郎・久間章生・平沼赳夫・高村正彦・柿澤弘治など)。
柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月… 柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月18日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。静岡県農業共済組合連合会会長理事、特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会理事長。報道等では柳沢 伯夫とも表記される。 衆議院議員(8期)、国土庁長官(第31代)、金融再生担当大臣(小渕内閣)、金融再生委員会委員長(初・第7代)、金融担当大臣(初代)、自由民主党税制調査会会長、厚生労働大臣(第7代)、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授、城西国際大学学長、社団法人日本茶業中央会会長、静岡県土地改良事業団体連合会会長、全国土地改良事業団体連合会理事、河村電器産業株式会社監査役(非常勤)などを現任・歴任。
片山 虎之助(かたやま とらのすけ、1935年〈昭和10年〉… 片山 虎之助(かたやま とらのすけ、1935年〈昭和10年〉8月2日 - 2025年〈令和7年〉12月18日)は、日本の政治家、自治官僚。位階は正三位。勲等は旭日大綬章。 総務大臣(初代・第2代)、郵政大臣(第68代)、自治大臣(第57代)、総務庁長官(第26代)、参議院議員(5期)、参議院予算委員長、自由民主党参議院幹事長・参議院国会対策委員長、たちあがれ日本参議院幹事長、旧日本維新の会国会議員団政策調査会長兼参議院議員団会長、維新の党総務会長兼参議院会長、日本維新の会共同代表兼国会議員団代表兼参議院会長、日本消防協会会長、日本防火協会会長等を歴任。 日本維新の会所属の参議院議員の片山大介は次男。
堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 20… 堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 2019年2月8日)は、日本の政治家、通産官僚、小説家、評論家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 経済企画庁長官(第55・56・57代)、内閣特別顧問、内閣官房参与などを歴任した。また、株式会社堺屋太一事務所および株式会社堺屋太一研究所の代表取締役社長であり、様々な博覧会のプロデューサーとしても活動していた。 本名は池口 小太郎(いけぐち こたろう)であり、ペンネームの由来は、先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した際の名前である「堺屋太一」から採ったものである(堺屋は屋号にあたる)。 谷町に近い大阪市東区岡山町(現:中央区玉造)生まれ。
柳田 博明(やなぎだ ひろあき、1935年6月1日 - 20… 柳田 博明(やなぎだ ひろあき、1935年6月1日 - 2006年11月20日)は、日本の化学者、地域経済総合研究所名誉評議員。東京大学名誉教授。元名古屋工業大学学長。長野県小諸市生まれ。東京都出身。
澄田 信義(すみた のぶよし、1935年(昭和10年)2月2… 澄田 信義(すみた のぶよし、1935年(昭和10年)2月20日 - 2009年(平成21年)6月13日)は、日本の政治家。元島根県知事(5期)。島根県出雲市出身。 1953年(昭和28年)島根県立出雲高等学校卒業。1957年(昭和32年)に東京大学法学部を卒業して日本国有鉄道に入社した。1980年(昭和55年)に和歌山県警察本部長、1982年(昭和57年)に日本国有鉄道監察局長、1986年(昭和61年)同常務理事などを歴任した。 1987年(昭和62年)4月の島根県知事選挙に自由民主党公認で出馬し当選。4月30日に就任した。2007年(平成19年)4月29日まで島根県知事として最長の5期20年務めた。
穂積 良行(ほづみ よしゆき、1935年2月15日 - 20… 穂積 良行(ほづみ よしゆき、1935年2月15日 - 2020年7月26日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。福島県西白河郡表郷村(現・白河市)出身。 福島県立白河高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、農林水産省に入省し九州農政局長などを歴任する。1986年(昭和61年)の第38回衆議院議員総選挙では、元自治大臣の渋谷直蔵の地盤を継いで、自由民主党公認で旧福島2区から出馬し初当選。河本派に所属し、自治政務次官、衆議院農林水産委員長、自由民主党福島県連会長などを歴任する。小選挙区比例代表並立制となった1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙では荒井広幸とコスタリカ方式をとり比例東北ブロック単独で当選。
加納 時男(かのう ときお、1935年1月5日 - 2017… 加納 時男(かのう ときお、1935年1月5日 - 2017年1月17日)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(2期)、国土交通副大臣(福田康夫改造内閣)、参議院経済産業委員長、文部科学大臣政務官(第1次小泉内閣)を歴任した。母方の叔父に歌手の藤山一郎がいる。
末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月2… 末吉 興一(すえよし こういち、1934年(昭和9年)9月20日 - 2025年(令和7年)12月14日)は、日本の元政治家・官僚。国土庁土地局長を経て、北九州市長を1987年から2007年まで5期20年の長期にわたり務める。同市長を引退後は、外務省参与、内閣官房参与、財務省参与を歴任した。 2009年6月から2018年6月まで、アジア成長研究所(本部:北九州市小倉北区)理事長を務める。後に同研究所名誉理事長。 1934年(昭和9年)、兵庫県西宮市生まれ。本籍は小倉市(現:北九州市)。小学校時代の1945年(昭和20年)8月に第二次世界大戦の終結を経験したとき「世の中に絶対というものはない」と感じたという。
加戸 守行(かと もりゆき、1934年(昭和9年)9月18日… 加戸 守行(かと もりゆき、1934年(昭和9年)9月18日 - 2020年(令和2年)3月21日)は、日本の政治家。元愛媛県知事(第14 - 16代)、元文部官僚、「美しい日本の憲法をつくる愛媛県民の会」実行委員長、日本会議愛媛県本部相談役。 関東州大連市に生まれる。愛媛県立八幡浜高等学校、東京大学法学部を1957年に卒業し、文部省(現:文部科学省)に入省[要出典]。 その後、1970年7月から1974年6月まで文化庁著作権課長として著作権法施行令及び同法施行規則を立案、ベルヌ・万国両条約パリ改正会議など著作権関係国際会議に8回出席している。1983年6月、文化庁文化部長。1983年10月、文化庁次長として著作権法一部改正など5本の法案を担当・成立させた。
武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月2… 武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2022年〈令和4年〉9月28日)は、日本の政治家、自治官僚、政治評論家。位階は従三位。 八日市市長、滋賀県知事(3期)、衆議院議員(4期)、新党さきがけ代表、内閣官房長官、大蔵大臣を歴任。政界引退後は龍谷大学客員教授、徳島文理大学大学院教授を務めた。 滋賀県蒲生郡玉緒村(現・東近江市柴原南町)の農家に生まれた。母を小学2年、祖父を中学3年、父を高校2年のときに亡くす。兄勘一。滋賀県立八日市高等学校では日本民主青年同盟に入って活動を行った。新聞部の部長だった2年生のとき、友人の書いた文章の内容が偏っているとして、担任が不掲載を求めた。
古賀 正浩(こが まさひろ、1934年(昭和9年)8月5日 … 古賀 正浩(こが まさひろ、1934年(昭和9年)8月5日 - 2002年(平成14年)9月6日)は、日本の政治家。衆議院議員(5期)。 父の任地である朝鮮半島平安北道で生まれる。3歳の時に出征した父が山西省で戦死し、福岡県久留米市で育つ。1941年(昭和16年)4月に日吉国民学校(現・久留米市立日吉小学校)に入学した。1947年(昭和22年)に日吉国民学校を卒業し、初等教育の6年間を一貫して国民学校で過ごした世代の1人となったほか、終戦直後の食糧難が農業や食料行政に関わりたいという決意につながったと回想していた。久留米市立第五中学校(現・久留米市立諏訪中学校)から福岡県立明善高等学校、東京大学法学部を卒業し、国家公務員一種試験に合格し1959年(昭和34年)に農林省(後に農林水産省)に入省。
杉浦 正健(すぎうら せいけん、1934年〈昭和9年〉7月2… 杉浦 正健(すぎうら せいけん、1934年〈昭和9年〉7月26日 - )は、日本の政治家、弁護士。自由民主党所属の元衆議院議員(6期)。法務大臣(第76代)、内閣官房副長官(政務担当、第2次小泉内閣・第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)などを歴任した。 1990年2月の総選挙で大規模な買収を行い、岡崎市議会議員13人が逮捕され、同7人が書類送検された(杉浦事件)。17人もの市議を入れ替える補欠選挙を引き起こし、市政を混乱に陥れるが、自身の立件は免れ、2005年には法務大臣として初入閣した。2023年まで小池百合子都知事の政治団体「百乃会」の代表および会計責任者を務めた。 愛知県矢作町大字東本郷(現・岡崎市東本郷町字荒井前)に生まれる。
若林 正俊(わかばやし まさとし、1934年〈昭和9年〉7月… 若林 正俊(わかばやし まさとし、1934年〈昭和9年〉7月4日 - 2023年〈令和5年〉11月11日)は、日本の農林水産官僚、政治家。位階は従三位、勲等は旭日大綬章。 農林水産大臣(第43・45・46代)、環境大臣(第8代)、財務副大臣(第2次森改造内閣(中央省庁再編後)・第1次小泉内閣)、大蔵総括政務次官(第2次森改造内閣(中央省庁再編前))、総務政務次官(宇野内閣・第1次海部内閣)、参議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員長、参議院農林水産委員長、参議院政治倫理審査会会長、参議院議員(2期)、衆議院議員(3期)などを歴任した。 「若」の字は、くさかんむりの部分が3画の「艹」ではなく、4画の「十十」である字体を正式な表記としている。