面出 薫(めんで かおる、1950年6月12日 - )は、日… 面出 薫(めんで かおる、1950年6月12日 - )は、日本の建築照明デザイナー。東京都生まれ。男性。 1950年、東京に生まれる。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、同大学院美術研究科修士課程を修了。ヤマギワを経て、1990年に株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツを設立、代表取締役。住宅照明から建築照明、都市・環境照明の分野まで幅広い照明デザインのプロデューサー、プランナーとして活躍するかたわら、東京藝術大学非常勤講師、そして武蔵野美術大学客員教授としても教鞭を振る。市民参加の照明文化研究会・照明探偵団を組織し団長として精力的に活動を展開中。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
青柳 いづみこ(あおやぎ いづみこ、1950年6月4日 - … 青柳 いづみこ(あおやぎ いづみこ、1950年6月4日 - )は、日本のピアニスト、エッセイスト。学術博士(東京芸術大学)、大阪音楽大学名誉教授。ドビュッシー研究家。東京都出身。 東京都杉並区阿佐ヶ谷に生まれ育つ。祖父は仏文学者青柳瑞穂。4歳からピアノを習う。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京芸術大学音楽学部卒業。フランスに留学し、国立マルセイユ音楽院首席卒業。東京芸術大学大学院博士課程修了。安川加壽子とピエール・バルビゼに師事。 1980年に帰国し、東京で初めてのリサイタルを開く。1989年、論文『ドビュッシーと世紀末の美学』によって東京芸術大学より学術博士を授与(フランス音楽の分野で初めての博士号だった)。
堀 俊輔(ほり しゅんすけ、1950年6月3日 - )は、日… 堀 俊輔(ほり しゅんすけ、1950年6月3日 - )は、日本の指揮者。中部フィルハーモニー交響楽団プロダクション・アドバイザー&レジデンス・コンダクター(正指揮者)。通称はホリヤン(自称:ヘルベルト・フォン・ホリヤン)。 特に東京交響楽団との共同作業が知られており、『楽園とペーリ』(レコード芸術特選・毎日新聞評第一席)、デュリュフレ「レクイエム」(レコード芸術特選・年間アカデミー賞ノミネート)の他、多数のCDがリリースされている。 合唱指揮者としても東京オペラシンガーズ、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部をはじめ数多くの合唱団に客演する。東響コーラス、東京シティ・フィル・コーア、神奈川フィル合唱団などオーケストラ専属合唱団の創立指揮者として活動している。
川上 哲夫(かわかみ てつお、1950年4月14日 - )は… 川上 哲夫(かわかみ てつお、1950年4月14日 - )は、日本の作曲家、編曲家、指揮者。 神奈川県生まれ。東京芸術大学作曲科を卒業後、音楽教師の道に進み、神奈川県立横浜翠嵐高等学校をはじめ4校を歴任。音楽教師として教鞭をとる傍ら作曲活動に従事。教職を定年退職後は、最後に教鞭をとった神奈川県立永谷高等学校の吹奏楽部の嘱託顧問として吹奏楽指導を行う傍ら、教え子たちが組織した「カワカミキネンオーケストラ」の常任指揮者を勤めている。 2014年、姓名判断により1画増やす必要性を感じ、名義上は「川上 哲央」に改名(戸籍上の改名は行っていない)。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。
武藤 順九(むとう じゅんきゅう、1950年2月18日- )… 武藤 順九(むとう じゅんきゅう、1950年2月18日- )は、日本の男性彫刻家・画家。宮城県仙台市出身。 1973年に東京芸術大学を卒業し、ヨーロッパに渡る。イタリアのローマと彫刻の町ピエトラサンタにアトリエを構えて、大理石の彫刻を中心に抽象的なテーマの彫刻を制作している。1997年にピエトラサンタでヴェルシリア賞国際グランプリを受賞した作品「風の環(わ)・PAX 2000」は、2000年7月25日にカステル・ガンドルフォにあるローマ教皇の避暑用の離宮に永久設置された。その後、「風の環」と題した彫刻作品を世界各地に設置している。2019年6月9日には昭島市の昭和の森内に大理石彫刻園を開園させた。
市原 多朗(いちはら たろう、1950年1月2日 - )は、… 市原 多朗(いちはら たろう、1950年1月2日 - )は、日本の声楽家・テノール歌手。 山形県酒田市出身。2017年2月、酒田市から「酒田市名誉市民」の称号を授与される。 東京藝術大学大学院修了。加藤千恵、金内馨子、渡邊高之助に師事。1979年、第48回日本音楽コンクール第1位、および第15回日伊声楽コンコルソ第1位。1987年、芸術選奨新人賞受賞。 日本を代表するテノール歌手であり、主にイタリアオペラを中心としたレパートリーを持っている。正統派ベルカントの美声と表現力で、世界で活躍した。 二期会オペラ(日生劇場)、マスネ『ウェルテル』のタイトルロールでオペラ・デビューを飾る。 山形新聞社より「平和賞」受賞。
一ノ関 圭(いちのせき けい、1950年 - )は、日本の漫… 一ノ関 圭(いちのせき けい、1950年 - )は、日本の漫画家。秋田県大館市出身。女性。秋田県立大館鳳鳴高等学校、東京藝術大学油絵科卒。大学在学中に投稿した「らんぷの下」が第14回ビッグコミック賞を受賞(夢屋日の市名義)。一関圭名義をへて一ノ関圭名義に。 江戸・明治を舞台に、歴史の波に埋もれた人物の懸命な生き様を描く骨太な作風が特徴である。 また非常に絵の上手い漫画家としても知られ、吾妻ひでおは『DEATH NOTE』での小畑健の絵について「幻の漫画家・一ノ関圭のような自在さはない」との感想を述べ、竹熊健太郎は「美術をテーマにした漫画で納得行く漫画内絵画を描けていたのは、俺の知る範囲では一ノ関圭が筆頭」と語るなど、その画力の高さは現在でも伝説となっている。
入江 経一(いりえ けいいち、1950年 - )は、日本の建… 入江 経一(いりえ けいいち、1950年 - )は、日本の建築家、工業製品デザイナー・キュレーター・デザインディレクター。デザイン教育者。デザイン教育者としての専門はインタラクションデザイン理論やインタラクションデザインプログラム。建築とアート、デジタルネットワーク環境などの境界域で活動を築いてきた人物。多摩美術大学美術学部、情報科学芸術大学院大学教授を歴任し、現神戸芸術工科大学大学院/芸術工学部映像表現学科教授。東京出身。 1974(昭和49)年、東京芸術大学美術学部建築科卒業、1976年同大学大学院修士課程修了。大学院時代に建築評論も行っていた評論家の多木浩二と出会ってMOMAでの都市展(1975年)に向けて1年半のリサーチと制作にかかわり、都市フィールドワークとその理論化を図る。
尾花 輝代充(おばな きよみつ、1950年 - )は、日本の… 尾花 輝代充(おばな きよみつ、1950年 - )は、日本のヴァイオリニスト、指揮者。 埼玉県浦和市出身。幼少からヴァイオリンをブローダス・アール、ルイ・グレーラーに師事。東京芸術大学卒業。京都市交響楽団、読売日本交響楽団、札幌交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを歴任。その間、室内楽、リサイタル、ソロ活動を行う。指揮法を山田一雄に師事。指揮・編曲・舞台芸術監督としても活躍。著書に「ヴァイオリンを弾こう(94年)」などがある。実姉は小池雅代。
田野 秀康(たの しゅうこう、1950年 - )は、日本のフ… 田野 秀康(たの しゅうこう、1950年 - )は、日本のフルート奏者。岩手県出身、大阪府堺市南区在住。 横浜商科大学卒業後、NHK教育テレビ『フルート教室』にレギュラー出演。1974年に東京芸術大学音楽学部に入学後、ドイツのエッセン音楽大学に留学。卒業して帰国後は盛岡大学の助教授として指導し、1997年に拠点を堺市に移す。 現在は大阪府堺市南区在住で、日本福音教会堺福音教会教会員。妻の田野道子もフルート奏者で、夫婦でプロテスタント教会中心にコンサート活動を行っている。
二橋 潤一(にはし じゅんいち、1950年 - )は日本の作… 二橋 潤一(にはし じゅんいち、1950年 - )は日本の作曲家。 静岡県出身。信愛学園高等学校(現・浜松学芸高等学校)から東京芸術大学に進学し、池内友次郎、宍戸睦郎、矢代秋雄、三善晃に作曲を学んだ。さらにフランスに留学してパリ国立高等音楽・舞踊学校でオリヴィエ・メシアンに師事した。帰国後は洗足学園大学や桐朋学園大学に講師として勤めた。その後北海道教育大学釧路校助教授を経て、2009年に北海道教育大学岩見沢校教授に就任した。2016年北海道教育大学を定年退職。第1回ル・アーブル国際作曲コンクール第2位、第5回マルセル・ジョゼ国際作曲コンクール第1位。 2025年現在、釧路市在住。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。
深海 さとみ(ふかみ さとみ、1950年 - 2024年6月… 深海 さとみ(ふかみ さとみ、1950年 - 2024年6月)は、日本の作曲家・箏曲家。福岡県出身。 元東京藝術大学准教授、宮城社大師範、深海邦楽会主宰、深海合奏団主宰、コロンビア大学邦楽マスタークラス講師、上野学園大学客員教授。 3歳より祖母深海澄子に箏を習い始め、16歳より宮城喜代子(人間国宝)、宮城数江に師事。 1973年、東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。在学中、砂川康江、小橋幹子に師事。宮城会全国箏曲コンクール1位入賞。 1975年、東京藝術大学大学院修士課程修了。東京、福岡にて第一回箏・三絃リサイタル開催。以後毎年開催。東京を拠点に、福岡でも指導を開始。本年より1986年まで宮城道雄記念館講師を務める。
百瀬 啓一郎(ももせ けいいちろう、1950年 - )はニュ… 百瀬 啓一郎(ももせ けいいちろう、1950年 - )はニューヨーク在住の彫刻家。主に石材を用いた作品を残している。1996年鳥取県米子市にて開催された第5回米子彫刻シンポジュームの作品である「塚」は米子市加茂川遊歩道沿いに現在も展示されている。 2011年3月現在ニューヨーク在住。ニューヨーク育英学園教諭。
山本 吉男(ヤマモト ヨシオ 1950年 - ) 女子美術大… 山本 吉男(ヤマモト ヨシオ 1950年 - ) 女子美術大学名誉教授。 女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科教授、同大学大学院美術研究科教授を歴任。 専攻はプロダクトデザイン。 NIDOインダストリアルデザイン事務所勤務(乳幼児の生活ギア・玩具・教具等のデザイン) デザインスペースKICHI主宰(遊具・ モータースポーツ関連・ ストリートファニチュア・ ショップ・家具・測定機器・その他生活ギア・グラフィックのデザイン) 新宿美術学院勤務(デザイン科講師) 女子美術大学勤務 [ 現在、女子美術大学 名誉教授 ] 平成2年4月〜平成5年3月 専任講師 平成5年4月〜平成11年3月 助教授 平成11年4月〜平成28年3月 教授 平成11年4月〜平成28年3月 大学院教授 平成28年4月〜平成29年3月 定年退職後、学部及び大学院 非常勤講師 平成29年4月〜現在に至る 大学院 非常勤講師 平成5年4月〜平成7年3月 大学学生課課長兼務 平成21年6月〜平成25年5月 広報担当部長兼務 平成13年4月〜平成16年3月 デザイン科造形計画専攻主任兼務 平成16年4月〜平成19年3月 デザイン学科主任 及び PD・EDコース主任兼務 平成16年4月〜平成17年3月 研究所研究員兼務 国内研究員 東京芸術大学 新渡戸文化学園高等学校 顧問・非常勤講師 学習教材 (株)学習研究社 「一年の科学(かげえがんとうき)」 学習教材 (株)学習研究社 「一年の科学(りかぼうえんきょう・けんびきょう)」 玩具 コンビ(株) 「回転オルゴール」 乳幼児用具 コンビ(株) 「ベビーカー」 食卓用具 (株)電通 「コーヒーボトル」 乳幼児用具 コンビ(株) 「乳児のための室温計」 玩具 コンビ(株) 「構成玩具」 生活用具 コンビ(株) 「病人用便器」
塚田 健一(つかだ けんいち、1950年(昭和25年) - … 塚田 健一(つかだ けんいち、1950年(昭和25年) - 2019年11月6日)は、日本の音楽学者、広島市立大学名誉教授、桐朋学園大学大学院教授。アフリカ音楽、音楽人類学専攻。 東京都生まれ。1975年東京芸術大学音楽学部楽理科卒、1978年同大学院音楽研究科音楽学修士課程修了、1981年インディアナ大学大学院人類学科文化人類学・民族音楽学修士課程修了、1988年ベルファスト・クイーンズ大学大学院社会人類学科民族音楽学博士課程修了、Ph.D.。1983-84年ザンビア大学アフリカ研究所客員研究員。1990年宮崎大学教育学部助教授、1994年広島市立大学国際学部教授。2014年、『アフリカ音楽学の挑戦 伝統と変容の音楽民俗誌』で田辺尚雄賞を受賞。
矢萩 貴子(やはぎ たかこ、1949年12月12日 - )は… 矢萩 貴子(やはぎ たかこ、1949年12月12日 - )は、日本の漫画家。女性。神奈川県出身。 東京芸術大学で油絵を専攻。卒業後、絵画教室の講師や高校の美術の非常勤講師をしながらSMを題材にした同人誌を作り、1987年、マガジン・マガジンの『ミステリー・レディース』でデビュー、1990年からは主にレディースコミックを執筆している。静岡県在住。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28… 須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28日 - )は、日本のヴァイオリニスト。元徳島文理大学音楽学部准教授。 高知県高知市出身。東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。 高知県高知市出身。高知市にて田中昇、深瀬岩造にヴァイオリンを師事。土佐中学校・高等学校を卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学し井上武雄、中村泉に師事。大学を首席卒業後、1973年(昭和48年)より同大学音楽指揮科助手に就任。 1975年(昭和50年)より高知大学教育学部非常勤講師及び徳島文理大学音楽学部講師に就任。1989年(平成元年)に同大学准教授に就任。 1988年(昭和63年)よりドイツ・ウルムで活動している室内楽団・ウルマー・カンマー・アンサンブルとの交流が続いており、様々な演奏会に参加。
小泉 和裕(こいずみ かずひろ、1949年10月16日 - … 小泉 和裕(こいずみ かずひろ、1949年10月16日 - )は、日本の指揮者。 京都府京都市生まれ。堀川高等学校音楽科(現京都市立京都堀川音楽高等学校)卒業。東京藝術大学指揮科で山田一雄に師事。1970年、第2回民音指揮者コンクール第1位。 1972年10月ベルリンのホッホシューレ(現ベルリン芸術大学)に入学、ラーベンシュタイン教授にオペラ指揮法を師事。1973年夏、ボストンのタングルウッド音楽祭に参加。同年11月、第3回カラヤン国際指揮者コンクールに第1位受賞、その後ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してベルリン・デビューを飾った。1975年3月に、ベルリン・フィルの定期演奏会に出演。
西田 博(にしだ ひろし、1949年10月14日 - )は、… 西田 博(にしだ ひろし、1949年10月14日 - )は、日本のヴァイオリン奏者。 愛知県名古屋市出身。東京芸術大学で海野義雄に師事。同大学の大学院を修了後、1974年に渡欧し、ヴォルフガング・シュナイダーハン、ヘンリク・シェリング、ヴァレリー・グラドフの各氏の薫陶を受けた。1976年にはヴォルフガング・サヴァリッシュの推挙によりバイエルン国立歌劇場のオーケストラに入団した。1979年からラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを歴任。1989年から東京交響楽団のコンサートマスターに転じ、1994年まで務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
MALTA(マルタ、1949年(昭和24年)9月19日 - … MALTA(マルタ、1949年(昭和24年)9月19日 - )は、日本のミュージシャン・サックス奏者。本名:丸田 良昭(まるた よしあき)。鳥取県倉吉市出身。 鳥取県倉吉市に生まれる。1962年(昭和37年)、倉吉市立小鴨小学校卒業。倉吉市立西中学校では吹奏楽部に入部し、13歳からサックスを吹き始める。 1964年(昭和39年)に佐々木道也・山本力、1966年(昭和41年)より阪口新に師事。早くからプロを目指していたが、両親には「将来は学校の教師になる」ということで納得させていた。 1965年(昭和40年)、倉吉市立西中学校卒業。1968年(昭和43年)、鳥取県立倉吉東高等学校卒業。1973年(昭和48年)、東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。
折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1… 折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1日 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者。藤原歌劇団総監督、公益財団法人日本オペラ振興会常務理事(2020年(令和2年)6月24日現在)。京都市立芸術大学、昭和音楽大学教授。 東京都新宿区四谷出身。家は中華料理屋で音楽とは無縁の環境だったが、幼少の頃から聖イグナチオ教会に出入りし音楽に興味を抱く。高校で合唱部に入り、男声合唱に熱中した。甘い響きが持ち味であるテノール歌手を目指し、東京藝術大学の声楽科に入学。畑中良輔に師事。当初はドイツ歌曲を専攻していたが、畑中から「フランスの方が向いている」と言われフランス歌曲を専攻する。
伊勢 英子(いせ ひでこ、1949年5月13日 - )は、日… 伊勢 英子(いせ ひでこ、1949年5月13日 - )は、日本の絵本作家。夫はノンフィクション作家の柳田邦男。しばしば「いせひでこ」名義でも活躍している。 北海道石狩郡当別町出身。実父は旭川市出身で、日展画家。13歳で上京し、佐藤良雄からチェロの指導を受ける。 1972年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業。フランスにて1年間イラストレーションの手法を学ぶ。38歳のとき眼疾患で右目の視力を失う。 1999年刊行の『はじまりの記憶』巻頭の柳田邦男との対談を見ると、これの連載開始時にはまだ結婚していなかった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
澁澤 卿(しぶさわ けい、1949年3月9日 - 2012年… 澁澤 卿(しぶさわ けい、1949年3月9日 - 2012年4月29日)は、日本画家、日蓮宗僧侶。身延山大学客員教授を務める。東亜大学教授。繊細なタッチで日本の風景を描写し、やさしい画風が多くの絵画ファンに愛されている。また、僧侶としての独自の世界観を絵画に表現し、「描く坊主」としても有名。本名は、澁澤瑩俊(しぶさわ えいしゅん)。横浜六浦上行寺副住職も兼任している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
滝本 誠(たきもと まこと、1949年1月19日 - )は、… 滝本 誠(たきもと まこと、1949年1月19日 - )は、日本の美術・映画評論家、編集者。デイヴィッド・リンチ研究の第一人者。京都府福知山市出身。 東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。平凡出版(のちのマガジンハウス)に入社し、『クロワッサン』『ダカーポ』『鳩よ!』『自由時間』『ブルータス』などの編集者をつとめながら、評論を発表する。 SF誌『月刊バルーン』(1979年9月 - 12月号)に「都筑明」名義で、フィリップ・K・ディック『バルカンの鎚』の翻訳を連載したが、雑誌の休刊で未完となった。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
木田 高介(きだ たかすけ、1949年1月8日 - 1980… 木田 高介(きだ たかすけ、1949年1月8日 - 1980年5月18日)は、鍵盤楽器、弦楽器、管楽器、打楽器など、多様な楽器を扱うミュージシャンであり、編曲家。本名は桂 重高(かつら しげたか)。 新潟県に生まれる。母親は日本精神分析学会元会員、山王教育研究所元顧問の木田恵子。 新潟県立新潟高等学校を経て(2年の2学期まで)、和光高校を卒業後、東京藝術大学音楽学部打楽器科に入学。大学在学中に、ジャックスに参加した。ジャックス解散後は、編曲家となり、「出発の歌」(上條恒彦)、「神田川」(かぐや姫)、「私は泣いています」(りりィ)、「結婚するって本当ですか」(ダ・カーポ)など数々のヒット曲を手掛ける。
新井 淑子(あらい よしこ、1949年 - )は、フィンラン… 新井 淑子(あらい よしこ、1949年 - )は、フィンランド在住、福岡県・現北九州市出身のヴァイオリニスト。夫はフィンランド人のチェロ奏者セッポ・キマネン。 1949年、福岡県戸畑市(現北九州市戸畑区)に生まれる。1968年東京芸術大学付属高校卒業後、同年秋フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ留学。翌1969年プルミエ・プリ獲得にてパリ音楽院卒業。夫のフィンランド人チェリスト、セッポ・キマネンと共に1970年クフモ室内楽音楽祭を創設。1980年、ジャン・シベリウスの親族より許可を得てジャン・シベリウス弦楽四重奏団を結成する。1984年から1992年までシベリウス音楽院で教鞭をとる。1988年、世界初めてシベリウスのヴァイオリンとピアノのための小品全曲を収録したCDをオンディーヌよりリリース。
相武 常雄(あいむ つねお、1949年 - )は、日本の工芸… 相武 常雄(あいむ つねお、1949年 - )は、日本の工芸家、鍛金作家。日本藝術院賞受賞者。 1949年、愛知県常滑市に生まれる。1973年に東京藝術大学美術学部工芸科を卒業し、1975年に同大学大学院美術研究科鍛金を修了した。1980年から1996年まで東京藝術大学美術学部工芸科鍛金非常勤講師を務めた。 2000年および2003年に日展特選を受賞し、2011年に日展会員賞を受賞した。2016年に内閣総理大臣賞、2017年に文部科学大臣賞を受賞した。2021年、令和2年度(第77回)日本藝術院賞を、工芸作品「2020の祈り」により受賞した。
柴田 敏雄(しばた としお、1949年 - )は日本の写真家… 柴田 敏雄(しばた としお、1949年 - )は日本の写真家。東京都出身。 大学院修了後に、ベルギー文部省より奨学金をうけ、同ゲント市の王立アカデミー写真科入学し写真を始める。その後、日本国内および海外でも個展を開くなど活動中である。 この項目は、カメラに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:写真/PJ:カメラ)。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
並木 恒延(なみき つねのぶ、1949年 - )は、日本の漆… 並木 恒延(なみき つねのぶ、1949年 - )は、日本の漆芸家。日本藝術院賞受賞者。 1949年、東京都に生まれる。1973年に東京藝術大学工芸科デザイン専攻を卒業し、1977年に同大学大学院漆芸講座を修了した。修了制作は東京藝術大学買上げとなった。その後、漆芸家の高橋節郎に師事した。2008年には文化庁特別派遣在外研修員としてイタリアに留学した。 蒔絵、螺鈿、卵殻、色漆などの伝統的な漆芸技法を用い、現代的な感性で自然や風景を描く漆絵の作家として紹介される。 1981年、日本現代工芸美術展で現代工芸賞を受賞した。その後も同展で大賞、会員賞、NHK会長賞を受賞した。1987年および1991年に日展特選を受賞し、2006年に日展文部科学大臣賞を受賞した。
長谷川 勉(はせがわ つとむ 1949年 - )は、山形県出… 長谷川 勉(はせがわ つとむ 1949年 - )は、山形県出身の日本の作曲家。 東京芸術大学、同大学院修了。石桁真礼生、松村禎三、三善晃に師事。ウィーン国立音楽大学に留学し、作曲、指揮をフリードリヒ・チェルハ、オトマール・スウィトナーに学ぶ。 1980年、ヒッツァッカー室内楽作曲コンクール第1位(西ドイツ)受賞。 1981年、ウィーン国際管弦楽作曲コンクール第2位(1位なし)ウィーン市賞受賞。 帰国後、東京芸術大学、横浜国立大学非常勤講師を経て、鹿児島大学教授、山形大学教授。 作曲家の会「環」、「アプサラス」同人。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
三田村 有純(みたむら ありすみ、1949年 - )は、日本… 三田村 有純(みたむら ありすみ、1949年 - )は、日本の漆芸家。東京藝術大学名誉教授。日本藝術院会員。日本藝術院賞受賞者。 1949年、東京都に生まれる。江戸蒔絵赤塚派の家系に生まれ、祖父の八代自芳、父の九代秀芳から漆芸技法を学んだ。1975年、東京藝術大学大学院美術研究科漆芸専攻を修了した。 1978年以降、東京藝術大学で助手、講師、助教授、教授などを歴任し、のちに名誉教授となった。1998年から1999年にかけて、客員研究員として欧州で漆芸調査研究を行った。 三田村家の紹介によれば、三田村は江戸蒔絵赤塚派の伝承を踏まえつつ、金銀漆天目蒔絵という新たな技法も用いながら、独自の世界観を表現してきたとされる。
小長谷 宗一(こながや そういち、1949年 - )は、日本… 小長谷 宗一(こながや そういち、1949年 - )は、日本の作曲家、編曲家。 鎌倉学園高等学校を経て、東京芸術大学器楽科打楽器専攻卒業。大学在学中より作曲を始める。管楽器、打楽器のためのソロ曲やアンサンブル曲を多数作曲しているほか、吹奏楽の作編曲作品も数多く手掛けている。 また、バレエ音楽や様々なイベントのための作曲なども手掛けている。1996年に日本吹奏楽学会アカデミー賞(作編曲部門)を受賞。2009年には下谷奨励賞を受賞している。 指導者としては亜細亜大学吹奏楽団でも指導に当っていた。 現在、日本管打・吹奏楽学会常任理事や21世紀の吹奏楽“響宴”実行委員会委員なども務めている。
今仲 幸雄(いまなか ゆきお、1949年 - )は、バリトン… 今仲 幸雄(いまなか ゆきお、1949年 - )は、バリトン歌手。元ドイツ国立デトモルト音楽大学講師。 ライプツィヒ国際バッハコンクールでの日本人初の優勝者。キリスト教の音楽伝道者。 以来、旧西ドイツ、旧東ドイツ、スイス、フランス、イタリア、イギリス、オランダ、シンガポール、台湾にて演奏活動。 またライプツィヒ国際バッハ音楽祭、ゲッティンゲン国際ヘンデル音楽祭、ヴァルスローデ国際リスト音楽週間にソリストとして招かれる。 NHKをはじめ、北ドイツ放送 (NDR)、ベルリン自由放送 (SFB)、西ドイツ放送第一、第三 (WDR I・III)、南西ドイツ放送、テレビ (SWF)、ドイツ・キリスト教放送 (ERF)等に出演。
池上 敏(いけがみ さとし、1949年 - 2024年3月4… 池上 敏(いけがみ さとし、1949年 - 2024年3月4日)は、日本の作曲家、音楽教育研究者。 新潟県出身。東京芸術大学音楽学部作曲科を卒業し、同大学院音楽研究科(修士課程)作曲専修を修了した。在学中、池内友次郎、矢代秋雄、永冨正之、松村禎三、間宮芳生、島岡譲に師事した。京都市立堀川高等学校(現在の京都市立京都堀川音楽高等学校)音楽科教諭、京都市立芸術大学音楽学部非常勤講師等を経て、山口大学教育学部教授を務めた。フリーランスの作曲家として吹奏楽作品、室内楽作品を中心に作曲活動を展開した。山口大学名誉教授、(一般社団法人)日本作曲家協議会会員を務めた。 2024年3月4日午後0時24分、兵庫県西宮市の病院で間質性肺炎のため死去した。
伊勢崎 勝人(いせざき かつひと、1949年 - 2020年… 伊勢崎 勝人(いせざき かつひと、1949年 - 2020年9月28日)は、日本の洋画家。白日会会員、日展準会員。
市川 準(いちかわ じゅん、1948年11月25日 - 20… 市川 準(いちかわ じゅん、1948年11月25日 - 2008年9月19日)は、日本の映画監督、CMディレクター。 本名は、市川 純(読み同じ)。東京都府中市出身。CM演出家を経て1987年に『BU・SU』で映画初監督。以降、幅広い題材に意欲的に取り組み話題作を数多く発表した。 聖パウロ学園高校卒業後、画家を志して東京芸術大学美術学部絵画科への入学を目指すが浪人を繰り返す。1975年にCM制作会社に入社してCM演出家になり、1981年の退社後は無所属で活動する。演出家として禁煙パイポ、タンスにゴン(金鳥)、エバラ焼肉のたれ、ヤクルトタフマン、デューダ等の、テレビCMを手掛ける。1985年にはカンヌ国際広告祭で金賞を受賞している。
丸谷 博男(まるや ひろお、1948年 9月24日 - )は… 丸谷 博男(まるや ひろお、1948年 9月24日 - )は、山梨県出身の建築家(一級建築士)。株式会社エーアンドーエーセントラル代表。家具デザイナーで富山大学教授の丸谷芳正は実弟。3歳半で東京に移住(中野区)、その後杉並区ひこばえ幼稚園に行く頃から練馬区に在住、40歳で世田谷区に転居する。大学は東京藝術大学、吉村順三、奥村昭雄、奥村まこと、藤木忠善、天野太郎、山本学治などに建築だけではなく、建築家としての生き方関心の持ち方を学ぶ。また遠藤楽にも、奧村昭雄との交流の中でフランク・ロイド・ライトの教えを伝えていただく。その意味では天野太郎からもライトの教えを学んでいる。日本建築学生会議が消滅した後、建築学生連絡会を1970年11月に結成し初代委員長となる。
櫻井 哲男(さくらい てつお、1948年9月21日 - )は… 櫻井 哲男(さくらい てつお、1948年9月21日 - )は、日本の音楽学者、阪南大学名誉教授。 茨城県日立市出身。東京芸術大学音楽学部楽理科卒、1973年同大学院修士課程修了。和歌山大学教育学部助手、国立民族学博物館助手、助教授、熊本大学文学部教授、総合研究大学院大学併任教授、阪南大学国際コミュニケーション学部教授、同国際観光学部教授を経て、2016年阪南大学名誉教授。 日本音楽学会全国委員、東洋音楽学会理事、同関西支部長、同副会長を歴任。 2003年に聴力を失い、それ以後、公の場に姿を見せていない。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。
門坂 流(かどさか りゅう、1948年5月25日 - 201… 門坂 流(かどさか りゅう、1948年5月25日 - 2014年4月3日)は、日本のイラストレーター、版画家。本名は門坂 敏幸(かどさか としゆき)。独学でペン画とビュランによるエングレービングを会得し、ペン画・水彩画・銅版画を中心に創作活動を行なう。特にエングレービングでは日本の第一人者だった。 門坂は幼年時代から「流動している対象を見つめていたことを鮮明に覚えている」。「川の水の流れや炎が複雑で捉え様のない形にリズミカルに変化し、生まれては消える様子を吸い込まれる様にみていた。黄色い稲穂が風に吹かれて、目の前をまるでいき鄭るように遠くまで走り抜け、次から次へとまるで生きているように遠くまで走りぬけ次から次へと違う形が生まれは追いかけているのを飽きずに眺めていた」子供だった。
青木 美稚子(あおき みちこ、1948年4月25日 - )は… 青木 美稚子(あおき みちこ、1948年4月25日 - )は、東京都出身の日本のソプラノ歌手、声楽家、声楽指導者、合唱指導者。 お茶の水女子大学附属高等学校から声楽の道に進む。東京藝術大学声楽科に入学し、同大学院独唱科修了。その後、二期会研究生を経て、正会員になった。ベートーヴェン「第九」などのソリストを務めた。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
若尾 裕(わかお ゆう、1948年3月25日 - )は、日本… 若尾 裕(わかお ゆう、1948年3月25日 - )は、日本の音楽学者、広島大学名誉教授。専門は臨床音楽学。演奏活動もおこなう(ピアノによる即興演奏など)。 東京生まれの大阪育ち。東京藝術大学音楽学部作曲科卒、1976年同大学院音楽研究科作曲専攻修士課程修了、広島大学教育学部助手、1979年助教授、教授、名誉教授、神戸大学発達科学研究科教授、名誉特任教授。
前田 正博(まえだ まさひろ、1948年〈昭和23年〉2月1… 前田 正博(まえだ まさひろ、1948年〈昭和23年〉2月16日 - )は、日本の陶芸家。 東京芸術大学大学院を修了後、色絵磁器作家として創作活動を続ける。茨城県立笠間陶芸大学校 顧問、日本陶芸美術協会副幹事長、日本工芸会正会員。 1948年、京都府熊野郡久美浜町(現・京丹後市)に生まれる。少年時代から絵を描くことを好み、絵画を志す。1969年、東京藝術大学美術学部工芸科に入学。翌年4~5月に東京国立近代美術館で開催された「富本憲吉遺作展」に感化され、3年生から陶芸を専攻する。当時の指導教授には、のちに色絵磁器の重要無形文化財保持者に指定される藤本能道がいた。また、評論家の林屋晴三が東洋陶磁の講義を行っていた。
北爪 道夫(きたづめ みちお、1948年2月12日 - )は… 北爪 道夫(きたづめ みちお、1948年2月12日 - )は、日本の作曲家。 東京都出身。東京都立富士高等学校を経て、東京藝術大学大学院作曲科修了。東京藝術大学、京都市立芸術大学、愛知県立芸術大学、国立音楽大学、東京音楽大学などで後進の指導にあたる。現在、東京音楽大学客員教授、愛知県立芸術大学名誉教授。インターナショナル・ロストラム・オブ・コンポーザーズグランプリなど、国際的に評価されている。父はクラリネット奏者の北爪利世。息子は作曲家の北爪裕道。姉は作曲家の北爪やよひ。
金田 潮兒(かねた ちょうじ、1948年 - )は、日本の現… 金田 潮兒(かねた ちょうじ、1948年 - )は、日本の現代音楽作曲家。元東京学芸大学教授。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会に所属。金田成就、金田雄志は実兄にあたり、ともに作曲家で大学教授。 北海道紋別郡生まれ。作曲家で高校の音楽教師をしていた父親からピアノや作曲の手ほどきを受ける。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校作曲科を経て、東京芸術大学卒業、同大学院修了。作曲を池内友次郎、矢代秋雄に師事。1969年、日本音楽コンクール作曲部門入選。「深新会」や「現代の音楽展(日本現代音楽協会)」、「オーケストラ・プロジェクト」等で意欲的に作品を発表する一方、自らが中心となって創作発表の場や作曲グループを組織。
智内兄助(ちない きょうすけ、1948年 - )は、日本の洋… 智内兄助(ちない きょうすけ、1948年 - )は、日本の洋画家。 愛媛県今治市(旧越智郡波方町)出身。愛媛県立今治西高等学校、東京芸術大学大学院油画科修了。6人兄弟の末子。 1980年代初めから、和紙にアクリル絵具という独特な画法を確立し、日本画と洋画との境界を越えた革新的な表現方法に到達。日本の伝統美である衣装文様や花鳥風月を、「もののあはれ」を基調としたその作風は独特の技法とあいまって智内独自の幻想世界を創り上げている。古典の伝統から逸脱することなく、日本の美意識を斬新な手法で捉える「絵師」として、安井賞をはじめ数々の賞を受賞し、現代画壇を代表する洋画家として揺るぎない地位を築きあげている。
市川 明廣(いちかわ あきひろ、1948年 - )は、日本の… 市川 明廣(いちかわ あきひろ、1948年 - )は、日本の彫刻家。二科会評議員。 愛知県一宮市生まれ。東京芸術大学大学院彫刻科を修了後、黒御影石や大理石などの石彫を中心に数々の作品を制作。公共施設のモニュメント制作から一般家庭のインテリア作品まで幅広く制作活動を行っている。 1948年 愛知県一宮市に生まれる 1975年 東京芸術大学大学院彫刻科修了 東京芸術大学彫刻科 非常勤講師となる(~1977年) 二科展で特選受賞 1982年 二科展で会友賞受賞 1987年 神戸具象彫刻大賞展 読売賞受賞1988年 二科会会員に推挙される 1992年 二科展で会員賞受賞 1995年 名古屋芸術大学彫刻科非常勤講師となる(~2000年) 1997年 愛知県芸術文化選奨 文化賞受賞 2015年 第100回記念二科展でローマ賞受賞 北海道NTT札幌病院新潟県JR十日町駅前武蔵野音楽大学千葉県佐倉市長隈橋東京都中央区立常盤小学校神奈川県立茅ヶ崎養護学校名古屋市中区広小路歩道名古屋明徳短期大学(現 星城大学)尾西信用金庫一宮末広支店愛知県立一宮高等学校愛知県一宮市三井緑地 神戸市中央区湊川神社西側歩道 福岡県行橋市京都ホテル他 各所
森田 義之(もりた よしゆき、1948年 - )は、日本のイ… 森田 義之(もりた よしゆき、1948年 - )は、日本のイタリア美術史研究者。専門は、イタリアルネサンス美術史・都市史・技法史。イタリア・ルネサンス美術史全般(建築、彫刻、絵画、工芸)を、研究対象としている。特に、ルネサンス美術の舞台である都市に注目し、都市建設、パトロネージと芸術創造の関わりや、都市のなかでの芸術家の生きかたに関心を向けている。愛知県立芸術大学名誉教授。東京都出身。 代表的なルネサンス・パトロンであるメディチ家の歴史をたどった『メディチ家』(講談社現代新書)の著作がある。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
山田 修市(やまだ しゅういち、1948年 - )は、日本の… 山田 修市(やまだ しゅういち、1948年 - )は、日本の洋画家。東北芸術工科大学教授、京都造形芸術大学客員教授。独立美術協会会員。 新潟県新潟市生まれ。1973年東京芸術大学大学院修了。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
湯村 光(ゆむら ひかる、1948年 - )は、日本の彫刻家… 湯村 光(ゆむら ひかる、1948年 - )は、日本の彫刻家。 1948年(昭和23年)、鳥取県東伯郡東郷町(現・湯梨浜町)に生まれる。1966年(昭和41年)、鳥取県立倉吉東高等学校卒業。東京芸術大学美術学部彫刻科に進み、澄川喜一に学んだ。1971年(昭和46年)に東京芸大を卒業し、1972年(昭和47年)までフランスのパリ国立高等美術学校に留学した。その後、個展・美術展に自作品を出展し、1983年(昭和58年)に第10回現代日本彫刻展神戸須磨離宮公園賞を受賞した。 主として黒色の御影石を用いた彫刻作品を製作している。自然石との対話を重視し、鑑賞者に静かな印象を抱かせる作風である。研磨した滑らかな面と、凹凸を残した破断面とが一つの作品に共存しており、それらの対比も特徴的である。
あきびんご(1948年 - )は、日本の絵本作家。