永井 一正(ながい かずまさ、1929年〈昭和4年〉4月20… 永井 一正(ながい かずまさ、1929年〈昭和4年〉4月20日 - 2026年〈令和8年〉2月23日)は、日本のグラフィックデザイナー。大阪府大阪市出身。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)二代目会長。息子はHAKUHODO DESIGN(博報堂デザイン)代表取締役社長の永井一史。 日本デザインセンター最高顧問、日本グラフィックデザイナー協会特別顧問、日本デザインコミッティ名誉会員。
もっと読む
野崎 喩(のざき さとる 1929年 - 2009年)は、日… 野崎 喩(のざき さとる 1929年 - 2009年)は、日本の工業デザイナー。佐賀県唐津市出身。 旧制唐津中学(現・佐賀県立唐津東中学校・高等学校)から東京芸術大学に進学、卒業後、トヨタ自動車に入社。入社後、社内の若手デザイナーとともにアメリカ合衆国のアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに留学する。帰国後、工業デザイナーとしてトヨタの自動車デザインを手がけた。その後、社内での配置転換をきっかけに、船、家、鉄道など、さまざまな分野で工業デザイナーとしての功績を残したといわれている。 代表作は、トヨタ・2000GT。この他にも、トヨタ・コロナ、トヨタ・カリーナのデザインを手がける。 佐賀県唐津市中通りにある畔水記念館は、義姉が生家でもある自宅の一部を改装し、喩が子どもの頃に描いた絵のほか、机やベッド、オルガンなどを展示している。
もっと読む
鹿目尚志(かのめ たかし、1927年 - 2017年9月2日… 鹿目尚志(かのめ たかし、1927年 - 2017年9月2日)は、日本のアーティスト、デザイナー。北海道生まれ。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
もっと読む
森 康二(もり やすじ、1925年1月28日 - 1992年… 森 康二(もり やすじ、1925年1月28日 - 1992年9月4日)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、絵本作家。日本アニメーション所属。森やすじ、もりやすじという表記も使用した。 鳥取県鳥取市出身。台湾で幼少期を過ごす。東京美術学校(現・東京芸術大学)卒業。 政岡憲三に師事しアニメーションを学ぶ。日本における初期の本格的な商業用アニメーション製作会社・東映動画(現・東映アニメーション)に発足当初から参加し、同社草創期の作画部門において大工原章らとともに指導的な役割を果たす。以後長年にわたり、数々の児童向けアニメーション映画・テレビ番組制作に携わる。 日本アニメーションに所属してからは、アニメーション制作の他に新人、若手アニメーターの教育や指導も行っていた。
もっと読む
大塚 清六(おおつか せいろく、1923年8月18日 - 1… 大塚 清六(おおつか せいろく、1923年8月18日 - 1974年6月5日)は、日本の画家、イラストレーター、装幀家、グラフィックデザイナー。先駆的なミニマリストとしても知られる。 1950年代から1970年代前半にかけて、小説の挿絵や装幀、油彩画などを手がける一方、商業デザインでも活躍。1962年(昭和37年)からは広瀬鎌二設計の自邸「SH-60」に居住した。 1923年(大正12年)8月18日、福島県喜多方町(現:喜多方市)に生まれる。女手ひとつで育てられ、町立喜多方幼稚園、喜多方小学校を経て、1941年(昭和16年)に喜多方商業学校を卒業する。1943年(昭和18年)、父親の位牌を鉈で割って上京し、東京美術学校に入学。
もっと読む
長 大作(ちょう だいさく、1921年9月16日 - 201… 長 大作(ちょう だいさく、1921年9月16日 - 2014年5月1日)は、日本の家具デザイナー、建築家。 中国東北部(旧満洲)生まれ。1945年に東京美術学校建築科を卒業し、1947年に坂倉準三建築研究所に入社。 1957年の「藤山愛一郎邸」、1958年の「八代目 松本幸四郎邸」では、建築の設計から家具のデザインに至るすべてを手がけたという。 1960年に「低座イス」を発表して同年グッドデザイン賞を受賞。1972年に長大作建築設計室を立ち上げた。
もっと読む
小杉 二郎(こすぎ じろう、1915年(大正4年)3月25日… 小杉 二郎(こすぎ じろう、1915年(大正4年)3月25日 - 1981年(昭和56年)2月17日)は、日本のインダストリアルデザイナー。東洋工業(現在のマツダ)の乗用車やトラック、新三菱重工業(現在の三菱重工業)のスクーター、蛇の目ミシン工業のミシンなどのデザインを手がけ、日本のインダストリアルデザイナー第一世代を代表する人物として知られる。没後38年を経た2019年(令和元年)11月、日本自動車殿堂の2019年度の殿堂者に選出された。 父は洋画家の小杉放庵、兄は美術史学者の小杉一雄、甥には洋画家の小杉小二郎(一雄の子)がいる。 1915年(大正4年)、東京市滝野川区にて洋画家である父・小杉放庵(国太郎)と母・ハルの二男として生まれる。
もっと読む
富永 直樹(とみなが なおき、本名 富永 良雄、1913年(… 富永 直樹(とみなが なおき、本名 富永 良雄、1913年(大正2年)5月18日 - 2006年(平成18年)4月11日)は、日本の彫刻家、三洋電機の工業デザイナー。長崎県長崎市生まれ。叙従三位。 東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科塑像部首席卒業。同校では北村西望、朝倉文夫、建畠大夢が教鞭をとっており、特に北村西望に師事した。〈在学中の1936年(昭和11年)に日展の前身、文展に「F子の首」(長崎県美術館蔵)にて初入選して以来、日展を主な舞台に活躍した。1950年(昭和25年)から1952年(昭和27年)にかけ、3年連続で日展の特選を受賞〉。同研究科卒業。 1972年(昭和47年)日本芸術院賞受賞。
もっと読む
小池 岩太郎(こいけ いわたろう、1913年(大正2年)2月… 小池 岩太郎(こいけ いわたろう、1913年(大正2年)2月22日 - 1992年(平成4年)7月21日)は、日本の美術教育者、インダストリアルデザイナーである。東京府(現・東京都)出身。 東京美術大学(現在の東京芸術大学)卒業後、地方公務員として福岡県庁に勤務する。その後東京に戻り商工省(現在の経済産業省)に入省し、工芸指導所にて技手として活動した。1947年(昭和22年)には古巣の東京芸術大学にて助教授として復帰し、1965年(昭和40年)に教授に昇格する。1980年(昭和55年)に退職後は、同大学の名誉教授に選出され、同時期に池を中心に複数のデザイナーと共にGKデザイングループを結成し、日本酒「大関」のボトルデザインやオートバイ、レコード、家庭用品等幅広いデザイン設計に携わった。
もっと読む
高田 正二郎(たかだ しょうじろう、1913年1月13日 -… 高田 正二郎(たかだ しょうじろう、1913年1月13日 - 1989年7月4日)は、日本の洋画家、グラフィックデザイナー。 東京都日本橋区の寿司屋の次男として生まれる。 東京都立第三中学校在学中に日本パステル画会に入会、洋画家の矢崎千代治(やざき ちよじ)に師事。1929年卒業。 1930年頃に従兄で彫刻家の吉田久継(よしだ きゅうけい)や東京美術学校教授の島田佳矣(しまだ よしなり)、同助教授の千頭庸哉(ちかみ ようさい)にデザインや鉛筆画を学ぶ。 1931年、東京美術学校図案科入学。和田三造、広川松五郎に師事。 1932年に東京湾汽船、キッコーマンの広告懸賞に入選したのを皮切りに各コンクールで入賞・受賞を重ねる。
もっと読む
芳武 茂介(よしたけ もすけ、1909年(明治42年)11月… 芳武 茂介(よしたけ もすけ、1909年(明治42年)11月12日 - 1993年(平成5年)8月3日)は、日本のクラフトデザイナー。現在の山形県南陽市出身。 1935年、東京美術学校(のちの東京芸術大学)を卒業後、商工省工芸指導所に勤務。1941年、第4回新文展に「飛鳥置物」を出品して特選を受賞。1945年には日本陸軍向けの囮飛行機の開発に参加した。 1956年、ガラス工芸の佐藤潤四郎らと日本デザイナークラフトマン協会を設立した。1961年、工業技術院産業工芸試験所意匠第二部長を退官、デザイン事務所東京クラフトを設立し、武蔵野美術大学教授に就任。1974年、国井喜太郎賞を受賞。1976年、鋳鉄による皿、鍋で芸術選奨文部大臣賞を受賞、1980年、勲四等旭日小綬章を受勲。
もっと読む
真木 小太郎(まき こたろう、1909年6月4日 - 198… 真木 小太郎(まき こたろう、1909年6月4日 - 1984年7月28日)は、日本の舞台美術家、衣裳デザイナーである。日本舞台テレビ美術家協会会長を歴任した。 1909年(明治42年)6月4日、茨城県に生まれる。1927年に水戸中学卒業。 東京に移り、旧制・東京美術学校(現在の東京藝術大学)に入学する。 1935年(昭和10年)、東京宝塚劇場(現在の東宝)に入社、1936年(昭和11年)に同社が合併した日本劇場では、衣裳も装置も手がけている。1944年に妻との間に息子・マイク真木をもうける。 第二次世界大戦後、東宝を退社してフリーランスとなった。1958年(昭和33年)、大映東京撮影所が製作した増村保造監督の『巨人と玩具』や、1959年(昭和34年)、東宝が製作・配給した山本嘉次郎監督の『孫悟空』等の衣裳をデザイン・構成を手がけた。
もっと読む
大智 浩(おおち ひろし、1908年〈明治41年〉8月10日… 大智 浩(おおち ひろし、1908年〈明治41年〉8月10日 - 1974年〈昭和49年〉7月18日)は、日本のグラフィックデザイナーである。岡山県出身。 旧制新潟県立村上中(現:新潟県立村上高等学校)、長岡高等工業学校を経て、東京美術大学(現在の東京芸術大学)卒業後、当時第二次世界大戦下で情報及び宣伝要員として活動した。戦後に独立し自身のデザイン事務所を設立し、多くの企業のCIマークの制作に携わる。1954年(昭和29年)にはニューヨークで開催された個展で大智の作品が出品され、デザイナー団体の日本代表に選出される等外でも有名となった。 その後は誠文堂新光社のデザイン雑誌『アイデア』のアートディレクターや東京教育大学や金沢美術工芸大学、実践女子大学の教授、国際デザイン交流協会会長を務めるなど、学生や海外のデザイナー対しての交流を深めた。
もっと読む
永田一脩(ながた いっしゅう、1903年11月11日 - 1… 永田一脩(ながた いっしゅう、1903年11月11日 - 1988年4月9日)は、日本戦前期の、前衛美術系およびプロレタリア美術系の画家、写真家、グラフィックデザイナー。演劇にも携わる。本名永田一脩(ながた かずなが)。 福岡県門司市生まれ。1927年東京美術学校洋画科卒。労働美術家連盟、前衛芸術家同盟、ナップに参加。1929年国際文化研究所に入り、『国際文化』を編集。1930年ナップの一斉検挙にあい、保釈後フリーで活動する。1941年東京日日新聞社入社、毎日新聞となり1958年まで勤務。 写真に関しては、1930年代に、写真評論などを『フォトタイムス』誌に執筆し、実作品も制作した。写真作品としては、フォトモンタージュを利用したシュルレアリスム的な作品が多い。
もっと読む
斎藤 五百枝(さいとう いおえ、1881年12月21日 - … 斎藤 五百枝(さいとう いおえ、1881年12月21日 - 1966年11月6日)は、日本の映画美術の美術デザイナー、背景画家、出版における挿絵画家である。日本映画の黎明期に、吉沢商店、日活向島撮影所、国際活映角筈撮影所で、クレジットされることもなくセットの背景を描いた人物であり、後に『少年倶楽部』の表紙画で人気を博した。岡田三郎助門下。 1881年(明治14年)12月21日、千葉県長柄郡一宮本郷村(現在の長生郡一宮町)に、旧一宮藩(加納氏)家老堀内家の三男、俊郎の第七子として産まれる。のち、父の俊郎が旧大和田原本藩(平野氏)家老斎藤家の養子となったため、斎藤姓となる。 一宮尋常高等小学校(現在の一宮町立一宮小学校)、私立京華中学校を卒業。
もっと読む
杉浦 非水(すぎうら ひすい、1876年〈明治9年〉5月15… 杉浦 非水(すぎうら ひすい、1876年〈明治9年〉5月15日 - 1965年〈昭和40年〉8月18日)は、近代日本のグラフィックデザイナー。本名は杉浦朝武(すぎうら つとむ)。日本のグラフィックデザインの黎明期より活動し、商業美術の先駆けであり現代日本のグラフィックデザインの礎を築いた人物の一人として重要である。 1876年愛媛県松山市で、白石朝忠の長男として生まれる。のち杉浦祐明の養子になる。 当初は日本画家を志し、四条派の画家松浦巖暉に師事。1897年の上京後は川端玉章に師事し、東京美術学校日本画選科に入学。 この東京美術学校在学中に洋画家の黒田清輝より洋画や欧風図案の指導を受け、図案家へ転向する。
もっと読む
青木 ゆかり(あおき ゆかり)は、日本の美術デザイナー。東京… 青木 ゆかり(あおき ゆかり)は、日本の美術デザイナー。東京藝術大学出身。 夫は東京芸術大学時代の同級生で立体造形デザイナーの安藤健浩。 TBSデザインセンター長を経て、現在はTBSホールディングスの執行役員を務める。
もっと読む
小平 陽子(こだいら ようこ)は、日本のグラフィックデザイナ… 小平 陽子(こだいら ようこ)は、日本のグラフィックデザイナー。 長野県諏訪市に生まれる。長野県諏訪清陵高等学校卒、東京芸術大学美術学部デザイン科卒。 G.C.inc デザイナーを経てフリー。オリジナルデザインのステーショナリーを、百貨店、東急ハンズ等で販売。 1998 絵本『ディアママフロムビッグママ - 母になったあなたへ』(文:ばんばりえ/出版:g.c.inc)挿絵。 2003~ アトリエ KODAIRA にて制作開始。テーマパーク・美術館などのグッズ企画。ロゴ・パッケージデザイン等制作。 2005~ 下諏訪町社会福祉協議会グッズ、冊子、送迎バス等、イラスト・デザイン作成。 2013 岡谷美術考古館考古展示イラスト作成。
もっと読む
谷野 美穂(たにの みほ)は、日本のアニメーター、キャラクタ… 谷野 美穂(たにの みほ)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。テレコム・アニメーションフィルム所属。 高校生のころ偶然視聴していた『明日のナージャ』の演出に感銘を受け、アニメ業界を志した。 兵庫県立明石高等学校を経て東京芸術大学美術学部を卒業後、テレコム・アニメーションフィルムに入社。 キャラクターデザインおよび総作画監督を務めた『ブルーサーマル』での制作インタビューでは、キャラクターをデザインする際は原作を読み込むのみではなく、他のイラストレーターの作品や実写作品などの流行も考慮するように心がけていると語っている。
もっと読む
上條 喬久(かみじょう たかひさ)は、日本のグラフィックデザ… 上條 喬久(かみじょう たかひさ)は、日本のグラフィックデザイナー、アートディレクター、クリエイティブディレクター、イラストレーター。 1964年 東京藝術大学工芸科/グラフィックデザイン専攻卒業後、高島屋宣研に勤務。新聞広告からDMなどの印刷物まで幅広く経験する。 1970年 外資系広告代理店GRAY DAIKOに勤務。ルフトハンザ航空、アサヒペンタックスなど数多くの広告を担当。 1972年 株式会社上條スタジオを設立、主宰し現在に至る。 1991年 東北芸術工科大学のUIと関連グラフィックを担当したことから、情報デザイン科の設立に主任教授として参加。グラフィックコースのカリキュラムを立ち上げ、1992年から2007年まで教授を務める。
もっと読む
田中 一雄(たなか かずお、1956年 - )は、日本のデザ… 田中 一雄(たなか かずお、1956年 - )は、日本のデザインプロデューサー、インダストリアルデザイナー。株式会社GKデザイン機構代表取締役社長/CEO。GKデザイン機構は、栄久庵憲司らによって設立され、総合デザイン会社として知られるGKデザイングループのホールディングカンパニーである。公的な立場としては、公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会理事長(2013年 -2021年 ),公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会特別顧問(2021-)、世界デザイン機構(WDO https://wdo.org/) リージョナルアドバイザー( 2011 -)、Red Dot Ambassador https://www.red-dot.org/ドイツ(2018年 ‐)、Good Design Australia Ambassador https://good-design.org/オーストラリア(2019年 -)、台湾設計研究院 国際デザイン顧問 https://www.tdri.org.tw/(2016 -)なども務めている。
もっと読む
為井 英貴(ためい ひでき)は、日本の画家、イラストレーター… 為井 英貴(ためい ひでき)は、日本の画家、イラストレーター、デザイナー。 2011年(平成21年)から小学館ビッグコミックの増刊号の表紙画を担当し、2021年(令和3年)12月からは本誌の表紙画家も担当。 東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。 広告デザイナーとして多岐に渡るデザインやイラストを手掛けた後、2000年(平成12年)に独立。TAMEI DESIGN STUDIO 住友林業、三菱電機、NTT Communications、TOYOTA LEXUS、スター・チャンネル、自動車雑誌、など数多くの大手企業の広告、イラストレーション、カレンダーを制作。 2011年(平成23年)日本イラストレーター協会 年間最優秀エディトリアル賞 受賞。
もっと読む
中村 次雄(なかむら つぎお)は、日本のインダストリアルデザ… 中村 次雄(なかむら つぎお)は、日本のインダストリアルデザイナー。積水化学工業デザインセンター長、千葉工業大学教授を務めた。 1932年(昭和7年)、京城生れ。 1955年(昭和30年)、東京芸術大学工芸科図案卒業。同年積水化学工業入社。主としてプラスチック家庭用品、家具、住宅設備、建材、ユニット住宅などの製品開発とデザインに従事した。積水化学工業理事・デザインセンター所長を経て、千葉工業大学工業デザイン学科教授を務めた。日本インダストリアルデザイナー協会会員、日本デザイン学会会員。 1957年(昭和32年)・1958年(昭和33年)、JETRO産業デザイン研究員として米国アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(en:Art Center College of Design)に留学。
もっと読む