津留崎 直紀(つるさき なおき、1953年12月24日 - … 津留崎 直紀(つるさき なおき、1953年12月24日 - )は、日本のチェリスト・作曲家。妻はリヨン国立管弦楽団ヴァイオリニストの津留崎晴代。 北海道出身。東京芸術大学音楽学部器楽科在学中にフランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院に入学し、1978年一等賞で卒業。 リヨン国立管弦楽団を経て、リヨン国立オペラに創立以来のメンバーとして現在に至る。三木敬之、レーヌ・フラショー、モーリス・ジャンドロン各氏等に師事。 リヨン国立オペラでの活動に加え、ソロ室内楽での活動にも力を注ぎ、リヨン国立オペラの室内楽シリーズに定期的に出演する他、エクサンプロヴァンス音楽祭、ベルリオーズ音楽祭などにも出演。 2004年にはJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲演奏会のライヴ録音をライヴ・ノーツからリリースし、レコード芸術で準特選に選ばれた。
三上 明子(みかみ あきこ、1953年9月5日 - 2022… 三上 明子(みかみ あきこ、1953年9月5日 - 2022年9月24日、本名・小林明子=こばやし・あきこ)は、日本のフルート奏者。上野学園大学特任教授。東京都出身。 1979年 東京芸術大学を経て、同大学院修士課程修了。林リリ子、小泉剛、吉田雅夫、マルセル・モイーズ、オーレル・ニコレ、G.シェボックなどに師事。幅広い音楽性を身につけた。 上野学園大学教授。東京芸術大学、東京音楽大学講師として、演奏家活動を続けながら後進の育成に励んだ。 2022年9月24日、死去。69歳没。 2007年5月現在、2枚のCDアルバムを出している。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。
渡部 宏(わたなべ こう、1953年3月26日 - )は、日… 渡部 宏(わたなべ こう、1953年3月26日 - )は、日本のチェリスト。 岩手県盛岡市出身。東京藝術大学音楽学部、ドイツ・フライブルク音楽大学を卒業。国家(独)演奏家資格取得。ミュンヘン音楽大学マイスター・クラス修了。 スペイン政府の奨学金を受けて、スペイン音楽夏期講習会など各地の音楽祭参加、教会音楽、バロック音楽の研鑽を積む。 ボルサノ(伊)のハイドン・オーケストラ、ミュンヘン・バッハ・コレギウム、ミュンヘン放送オーケストラなどに出演。 帰国後は毎年リサイタルを開催、また同郷・岩手の作家<宮沢賢治>にちなむコンサート、大震災復興支援コンサートを開催。 NHK・FM、テレビ出演の他、ラジオ放送で「渡部宏チェロの世界」と題したチェロ音楽の番組制作。
仲田 守(なかた まもる、1953年 - )は、日本のサクソ… 仲田 守(なかた まもる、1953年 - )は、日本のサクソフォーン奏者、編曲家。岡山県出身。元・東京佼成ウインドオーケストラ団員。日本管楽合奏指揮者会議代表。 東京藝術大学卒業、同大学院修了。1978年に東京佼成ウインドオーケストラに入団し、2015年に定年で退団した。現在は、吹奏楽編成への編曲や、指揮者・音楽監督として 各地の吹奏楽団の指導も行っている。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。
加古 勉(かこ つとむ、1952年7月12日 - )は日本の… 加古 勉(かこ つとむ、1952年7月12日 - )は日本のトランペット奏者・指導者。 加古4兄弟の3番目で、長兄・加古隆はNHKスペシャルなどで有名なピアニスト・作曲家。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日… 神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日本の女優、フルート奏者、ソプラノ歌手である。本名:宮本 敦子(旧姓:神崎)。東京都大田区出身。身長162cm、体重48kg、血液型はA型。
曽我部 清典(そかべ きよのり、1952年 - )は、日本の… 曽我部 清典(そかべ きよのり、1952年 - )は、日本のトランペット奏者、ソリスト、ブラスエデュケーター。スライド付きトランペット「ゼフュロス」の発案者としても知られる。 愛媛県宇摩郡土居村(現・四国中央市土居町)生まれ。愛媛県立新居浜西高等学校卒。東京芸術大学音楽学部器楽科卒。トランペットを中山富士雄、北村源三、永田粋睦らに師事。埼玉県吉川市在住。 芸大在学中より作曲家・近藤譲率いる現代音楽アンサンブル「ムジカ・プラクティカ」に参加し、その解散までに内外の新作を100曲以上初演。1994年(大阪)から日本人トランペット奏者として初めて全曲現代作品によるリサイタルを開き、2001年にはヨーロッパ各地でソロリサイタルを開催した)。
高田 みどり(たかだ みどり、1951年12月21日 - )… 高田 みどり(たかだ みどり、1951年12月21日 - )は、日本の打楽器奏者、作曲家。東京都出身。 日本を代表するアバンギャルドなパーカッショニスト、アンビエント/ミニマル・ミュージックの作曲家。舞台俳優として活動することもある。 現代音楽の演奏家としてだけでなく、アジア/アフリカ音楽/ジャズのミュージシャンとの共演のほか、アート/ダンスとのコラボレーション等、ジャンルにとらわれない広範な活動で知られる。当時の日本ではアフリカ音楽など世界の伝統音楽の情報を得るのが難しかったが、伝統音楽演奏家との共演の中で体得していった。その結果は、ミニマル・ミュージックと伝統的なアフリカ音楽のドラム演奏を統合した音楽ユニットのムクワジュ・アンサンブルやソロの活動に生かされている。
小林 和生(こばやし かずお、1951年12月5日 - )は… 小林 和生(こばやし かずお、1951年12月5日 - )は、日本のフォーク、ロックミュージシャン、ベーシスト。林小 和生(りんこ わせい、リンコワッショー)こばやし やわおとも。RCサクセション時代の愛称は「リンコ」「リンコさん」。 東京都国分寺市出身。忌野清志郎とは小学生の時からの同級生。忌野とともにRCサクセションの最古参メンバー。1966年に忌野、破廉ケンチと共にバンド「ザ・クローバー」を結成。ザ・クローバーは1968年にRCサクセションとなる。 RCサクセションの不遇時代には東京芸術大学のベース科に入学して腕と理論を強化した。実弟の小林キンスケ(一樹)もPAエンジニアとしてRCサクセションと関わっている。
中野 富雄(なかの とみお、1951年5月12日 - 201… 中野 富雄(なかの とみお、1951年5月12日 - 2013年8月4日)は、日本のフルート奏者。 1951年(昭和26年)5月12日、福島県郡山市生まれ。東京芸術大学を卒業後同大学院を1978年(昭和53年)に修了。湯川和雄、吉田雅夫、金昌国、H・ペーターシュミッツに師事。この間、1976年(昭和51年)に第45回日本音楽コンクールに入選。翌年の1977年には、東京フィルハーモニー交響楽団に入団。1986年(昭和61年)まで首席奏者として活躍。大学院修了後の1980年(昭和55年)、ベルリン芸術大学に入学し翌年の1981年(昭和56年)同大学を首席で卒業。同年のプラハの春国際音楽コンクールでディプロマ賞を受賞。
クリストファー遙盟(Christopher Yohmei B… クリストファー遙盟(Christopher Yohmei Blasdel、1951年 - )は、アメリカ合衆国出身・日本在住の尺八奏者、執筆家、民族音楽研究家。 1972年に来日し竹盟社宗家・山口五郎(後に人間国宝)に師事。1978年東京芸術大学に入学、1982年同大学院を修了。1984年に山口五郎より師範・雅号「遙盟」を授かる。 国際文化会館芸術監督(1987−2013)、テンプル大学講師(日本音楽)、プラハ尺八フェスティバルのシニア・アドバイザーなどを務める。現在ハワイ大学講師(日本音楽)。合気道五段。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
高田 和子(たかだ かずこ、1950年(昭和25年)11月8… 高田 和子(たかだ かずこ、1950年(昭和25年)11月8日 - 2007年(平成19年)7月18日)は、山田流箏曲家、三絃奏者。和楽器の人材派遣玉手箱代表。 本名は野津和子。箏を中能島欣一と谷珠美に、さらに大学院を出てから、三絃を杵屋正邦に師事高校1年のときに箏を習い始め、大学入学の1年前から三味線の手ほどきを受けた。。NHK邦楽技能者育成会18期首席修了。東京芸術大学卒業。1976年(昭和51年)同大学院修了。1983年(昭和58年)より一柳慧、福士則夫、石井眞木らへの委嘱初演のリサイタルを重ね話題を呼ぶ。1990年(平成2年)4月に高橋悠治と出会い、以後共同で作品の制作を続ける。1991年(平成3年)9月、高橋・高田共作のコンピュータと三絃弾き語りのための『水……』を池袋電脳カフェにて初演。
山本 正治(やまもと まさはる、1950年8月12日 - )… 山本 正治(やまもと まさはる、1950年8月12日 - )は、日本のクラリネット奏者。東京都生まれ。 父は東京芸術大学名誉教授の山本正人、母も音楽家で兄はNHK交響楽団のホルン奏者・山本真という音楽一家に生まれ、幼少より英才教育を施された。 東京芸術大学附属音楽高校、東京芸術大学を卒業。クラリネットを三島勝輔に師事。 1972年、第41回日本音楽コンクール・クラリネット部門第1位受賞。1973年、北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト(現デトモルト音楽大学)に留学。J.ミヒャエルスに師事。1976年、フランス・コルマール国際室内楽コンクール 木管トリオ部門第2位受賞。1979年、北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト、ソリスト試験を終了した。
尾花 輝代充(おばな きよみつ、1950年 - )は、日本の… 尾花 輝代充(おばな きよみつ、1950年 - )は、日本のヴァイオリニスト、指揮者。 埼玉県浦和市出身。幼少からヴァイオリンをブローダス・アール、ルイ・グレーラーに師事。東京芸術大学卒業。京都市交響楽団、読売日本交響楽団、札幌交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを歴任。その間、室内楽、リサイタル、ソロ活動を行う。指揮法を山田一雄に師事。指揮・編曲・舞台芸術監督としても活躍。著書に「ヴァイオリンを弾こう(94年)」などがある。実姉は小池雅代。
田野 秀康(たの しゅうこう、1950年 - )は、日本のフ… 田野 秀康(たの しゅうこう、1950年 - )は、日本のフルート奏者。岩手県出身、大阪府堺市南区在住。 横浜商科大学卒業後、NHK教育テレビ『フルート教室』にレギュラー出演。1974年に東京芸術大学音楽学部に入学後、ドイツのエッセン音楽大学に留学。卒業して帰国後は盛岡大学の助教授として指導し、1997年に拠点を堺市に移す。 現在は大阪府堺市南区在住で、日本福音教会堺福音教会教会員。妻の田野道子もフルート奏者で、夫婦でプロテスタント教会中心にコンサート活動を行っている。
深海 さとみ(ふかみ さとみ、1950年 - 2024年6月… 深海 さとみ(ふかみ さとみ、1950年 - 2024年6月)は、日本の作曲家・箏曲家。福岡県出身。 元東京藝術大学准教授、宮城社大師範、深海邦楽会主宰、深海合奏団主宰、コロンビア大学邦楽マスタークラス講師、上野学園大学客員教授。 3歳より祖母深海澄子に箏を習い始め、16歳より宮城喜代子(人間国宝)、宮城数江に師事。 1973年、東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。在学中、砂川康江、小橋幹子に師事。宮城会全国箏曲コンクール1位入賞。 1975年、東京藝術大学大学院修士課程修了。東京、福岡にて第一回箏・三絃リサイタル開催。以後毎年開催。東京を拠点に、福岡でも指導を開始。本年より1986年まで宮城道雄記念館講師を務める。
須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28… 須賀 陽子(すか ようこ、1949年(昭和24年)11月28日 - )は、日本のヴァイオリニスト。元徳島文理大学音楽学部准教授。 高知県高知市出身。東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。 高知県高知市出身。高知市にて田中昇、深瀬岩造にヴァイオリンを師事。土佐中学校・高等学校を卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学し井上武雄、中村泉に師事。大学を首席卒業後、1973年(昭和48年)より同大学音楽指揮科助手に就任。 1975年(昭和50年)より高知大学教育学部非常勤講師及び徳島文理大学音楽学部講師に就任。1989年(平成元年)に同大学准教授に就任。 1988年(昭和63年)よりドイツ・ウルムで活動している室内楽団・ウルマー・カンマー・アンサンブルとの交流が続いており、様々な演奏会に参加。
西田 博(にしだ ひろし、1949年10月14日 - )は、… 西田 博(にしだ ひろし、1949年10月14日 - )は、日本のヴァイオリン奏者。 愛知県名古屋市出身。東京芸術大学で海野義雄に師事。同大学の大学院を修了後、1974年に渡欧し、ヴォルフガング・シュナイダーハン、ヘンリク・シェリング、ヴァレリー・グラドフの各氏の薫陶を受けた。1976年にはヴォルフガング・サヴァリッシュの推挙によりバイエルン国立歌劇場のオーケストラに入団した。1979年からラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを歴任。1989年から東京交響楽団のコンサートマスターに転じ、1994年まで務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
MALTA(マルタ、1949年(昭和24年)9月19日 - … MALTA(マルタ、1949年(昭和24年)9月19日 - )は、日本のミュージシャン・サックス奏者。本名:丸田 良昭(まるた よしあき)。鳥取県倉吉市出身。 鳥取県倉吉市に生まれる。1962年(昭和37年)、倉吉市立小鴨小学校卒業。倉吉市立西中学校では吹奏楽部に入部し、13歳からサックスを吹き始める。 1964年(昭和39年)に佐々木道也・山本力、1966年(昭和41年)より阪口新に師事。早くからプロを目指していたが、両親には「将来は学校の教師になる」ということで納得させていた。 1965年(昭和40年)、倉吉市立西中学校卒業。1968年(昭和43年)、鳥取県立倉吉東高等学校卒業。1973年(昭和48年)、東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。
新井 淑子(あらい よしこ、1949年 - )は、フィンラン… 新井 淑子(あらい よしこ、1949年 - )は、フィンランド在住、福岡県・現北九州市出身のヴァイオリニスト。夫はフィンランド人のチェロ奏者セッポ・キマネン。 1949年、福岡県戸畑市(現北九州市戸畑区)に生まれる。1968年東京芸術大学付属高校卒業後、同年秋フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ留学。翌1969年プルミエ・プリ獲得にてパリ音楽院卒業。夫のフィンランド人チェリスト、セッポ・キマネンと共に1970年クフモ室内楽音楽祭を創設。1980年、ジャン・シベリウスの親族より許可を得てジャン・シベリウス弦楽四重奏団を結成する。1984年から1992年までシベリウス音楽院で教鞭をとる。1988年、世界初めてシベリウスのヴァイオリンとピアノのための小品全曲を収録したCDをオンディーヌよりリリース。
永島 義男(ながしま よしお、1947年4月9日 - )は日… 永島 義男(ながしま よしお、1947年4月9日 - )は日本のコントラバス奏者。東京都杉並区阿佐谷生まれ。2015年3月まで東京藝術大学教授を務め、永島の助教授時代および教授時代の通算25年間における同大学出身のコントラバス奏者は、ほとんどが弟子にあたる。 東京藝術大学卒業。在学中に安宅賞を受ける。27歳の時より、母校東京藝術大学で後進の指導を始める。ソロ、室内楽奏者として、リサイタル、オーケストラとの共演、室内楽、放送、TVなどに数多く出演する。また、現代音楽にも積極的に取り組み、邦人作品の初演なども数多く行ない1986年に第4回中島健蔵音楽賞を受ける。これまでに、マン島国際(イギリス)、泉の森国際、ボッテジーニ国際(イタリア クレマ)、宝塚ベガ、栃木コンセールマロニエ、秋吉台、等の国内外のコンクールの審査員も務める。
長岡 慎(ながおか しん、1947年 - )は、島根県松江市… 長岡 慎(ながおか しん、1947年 - )は、島根県松江市出身のホルン奏者。東京芸術大学卒業。日本ホルン協会会員。 1976年に東京フィルハーモニー交響楽団に首席ホルン奏者として入団し、15年間在籍する。それと並行して東京ブラスアンサンブルのメンバーとしても活躍した。東京フィルハーモニー交響楽団の事務局を経て、2003年には松江市総合文化センター プラバホールのアートディレクターに就任する。 1980年代前半には、渡辺貞夫、松山千春、中島みゆき、南佳孝などのミュージシャンの作品にホルン演奏で参加している。 2014年にプラバホールの芸術監督に就任し、コンサートの企画や運営などに携わっている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
松田 昌(まつだ まさ、1946年12月10日 - )は、日… 松田 昌(まつだ まさ、1946年12月10日 - )は、日本・兵庫県生まれ、東京芸術大学作曲科出身の電子オルガン・鍵盤ハーモニカ奏者、作曲家、編曲家である。名古屋音楽大学客員教授、宇都宮短期大学特別講師。 1973年第10回ヤマハ・エレクトーン・インターナショナル大会でグランプリ受賞。その後キーボーディスト・作曲家として、日本全国各地海外での演奏活動を中心に、映画/ミュージカルの作曲、テレビの音楽制作/プロデュースイベント出演、後進の指導等、精力的に活動中。コンサートでは、尺八、バイオリン、二胡とのデュオ等で、アジアと日本の伝統的な音楽の融合を目指し、表情の豊かさとシャープな演奏で独自の世界を築き上げている。
深町 純(ふかまち じゅん、1946年〈昭和21年〉5月21… 深町 純(ふかまち じゅん、1946年〈昭和21年〉5月21日 - 2010年〈平成22年〉11月22日)は、日本の作曲家・編曲家・キーボーディスト・シンセサイザー奏者。東京都出身。一部の作品で馬場 浩の名を使用。 3歳よりピアノを習い始め、高校時代にはオペラの指揮や演出を手がける。東京都立大泉高等学校卒業。東京芸術大学作曲科を卒業直前に中退。 1971年(昭和46年)、ポリドールより1stアルバム『ある若者の肖像』でデビュー。以降は作曲、編曲やプロデュース、テレビ番組やCM、映画音楽を手掛けるほか、フュージョンのキーボーディストとして活動。 シンセサイザーにも造詣が深く, 1970年代初頭から数々のアルバムでシンセサイザーを使用している。
杵屋 勝国(きねや かつくに、1945年(昭和20年)3月2… 杵屋 勝国(きねや かつくに、1945年(昭和20年)3月28日 - 2023年(令和5年)2月9日)は、日本の長唄三味線奏者。位階は正五位。人間国宝。2020年(令和2年)、日本芸術院賞・恩賜賞受賞。本名は牟田口 照國(むたぐち てるくに)。福岡県みやま市出身。 実家は料理屋を営んでおり、父は長唄を唄い、母は三味線を弾く家庭に育ち、幼い頃から長唄に親しんだ。6歳の6月6日に隣に住む杵屋寿太郎に入門し、三味線を始める。14歳で七代目家元、杵屋勝三郎から名取を認められ、杵屋勝国を名乗るようになる。その後東京藝術大学邦楽科に進学、1967年(昭和42年)に卒業。1980年(昭和55年)には坂東玉三郎が踊る「鷺娘」、5世中村勘九郎(後の18世中村勘三郎)が踊る「供奴」で、歌舞伎公演での立三味線を初めて務めた。
杉木峯夫(すぎき みねお、1945年 - )は、富山県富山市… 杉木峯夫(すぎき みねお、1945年 - )は、富山県富山市出身の日本のトランペット奏者である。 東京芸術大学音楽学部卒業後、ニース国際音楽アカデミーでピエール・ティボーに師事。フランス政府給費生としてパリ国立高等音楽院でモーリス・アンドレに師事した。。バリ国立高等音楽院で一等賞を得て卒業した1972年にリヨン国立管弦楽団へ入団した。日本に帰国後は札幌交響楽団を経て東京芸術大学の教員となった。札幌ブラス・アンサンブル、北海道教育大学札幌非常勤講師、ベルナール・トマ管弦楽団、パリ・コンセール・コロンヌ管弦楽団、「モーリス・アンドレと弟子達」レコーディング(エラート社)に参加した。水戸室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、紀尾井シンフォニエッタ東京他で演奏した。
鈴木良昭(すずき よしあき、1944年10月9日 - )は、… 鈴木良昭(すずき よしあき、1944年10月9日 - )は、東京都生まれのクラリネット奏者である。 東京都立駒場高等学校を経て、東京芸術大学卒業、及び同大大学院修了。クラリネットを三島勝輔、千葉国夫、北爪利世に師事した。 1968年、第37回日本音楽コンクール・管楽器部門第1位を受賞した。旧日本フィルハーモニー交響楽団を経て、1972年、新日本フィルハーモニー交響楽団創設に参加した。新日本フィル在団中に渡米し、1981年から1982年の1年間、元クリーヴランド管弦楽団首席奏者R.マルセラスに師事する。帰国後、再び新日本フィルで首席奏者を務め、2004年に定年退職した。 活動は、オーケストラにとどまらず、現代音楽の室内楽グループ『サウンド・スペース・アーク』のメンバーとして内外で活躍。
渡部 光正(わたなべ みつまさ、英: Mitsumasa W… 渡部 光正(わたなべ みつまさ、英: Mitsumasa Watanabe、1944年9月24日 - )は、愛媛県温泉郡北吉井村(現・東温市)生まれのサックス奏者、指揮者、幹部自衛官、教育者。航空中央音楽隊副隊長、西部航空音楽隊長、東温市青少年補導センター所長などを歴任。最終階級は2等空佐。 1944年、愛媛県温泉郡北吉井村(現・東温市)に生まれる。重信中学校、県立松山東高校を卒業後、東京藝術大学音楽学部別科を修了し、国立音楽大学器楽科を卒業。サックス奏者として航空中央音楽隊へ入隊。東京藝術大学研修後、立川、春日、三沢、浜松の指揮者を経て2002年、西部航空音楽隊長に。サックスを坂口新、石渡悠史、指揮法を紙谷一衛、音楽理論を石原忠興に師事。
佐々木 達夫(ささき たつお 1944年3月30日 - )は… 佐々木 達夫(ささき たつお 1944年3月30日 - )は、日本のティンパニ、マリンバ、打楽器奏者。岡山県岡山市生まれ。現在はアメリカ在住。 東京芸術大学在学中に日米教育委員会フルブライト奨学生としてジュリアード音楽院に留学し、ティンパニをニューヨーク・フィルハーモニック首席ティンパニ奏者ソール・グッドマン(英語版)に師事、平岡養一に木琴の指導を受けた。ニューヨーク市でリサイタルを開催した。 1966年から1967年にかけてレオポルド・ストコフスキー指揮のアメリカ交響楽団に打楽器奏者として所属、1967年にズービン・メータ指揮のイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団に打楽器奏者として入団、1969年まで所属した。
荒川 恒子(あらかわ つねこ、1943年3月15日 - )は… 荒川 恒子(あらかわ つねこ、1943年3月15日 - )は、日本のリコーダー奏者、音楽学者。西洋音楽史、とりわけバロック音楽を専門とし、自ら古楽コンクールを運営する。
杉谷 昭子(すぎたに しょうこ、1943年2月25日 - 2… 杉谷 昭子(すぎたに しょうこ、1943年2月25日 - 2019年5月8日)は、日本のピアノ奏者。本姓・岡田。 和歌山県和歌山市出身。東京芸術大学卒業後、1976年ケルン音楽大学大学院修了。矢田暎子、井口秋子、デートレフ・クラウス、エリーザ・ハンゼン、ブルーノ・レオナルド・ゲルバー、アレクシス・ワイセンベルク、クラウディオ・アラウ等に師事。旧西独演奏家国家試験で1等賞を獲得することになるブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏が、大手マネージャーに認められ、デュッセルドルフでデビューする。 1971年エッセンフォルクヴァングコンクール優勝。72年マリア・カナルス国際コンクール2位。ミラノ音楽祭出演。
甲斐 道雄(かい みちお、1942年11月23日 - 201… 甲斐 道雄(かい みちお、1942年11月23日 - 2013年9月25日)は、日本のフルート奏者。 1942年11月23日兵庫県生まれ。川口勝次郎と山腰直弘に師事してフルートを始める。東京芸術大学を目指し兵庫県立有馬高等学校の2年生から毎週1回、当時の国鉄急行「なにわ」で上京し、レッスンを受けていた。東京芸術大学教授でフルート奏者の巨匠でもある吉田雅夫に師事し、猛特訓で音楽学部楽器科に合格。第一段階の目標を達成した。大学時代は吉田のほか川崎優にも師事した。1968年に同大学院音楽研究科を修了した。1969年ドイツ政府給費留学生としてハンブルグ音楽大学に留学しカールハインツ・ツェラーに師事。1971年に卒業し翌年の1972年までバンベルク交響楽団に所属するとともにバンベルク・バロック・アンサンブルのメンバー。
岡山 潔(おかやま きよし, Kiyoshi Okayama… 岡山 潔(おかやま きよし, Kiyoshi Okayama, 1942年11月9日 - 2018年10月1日)は、日本のヴァイオリン奏者。 東京都中野区生まれ。5歳の頃より音楽教師の父直躬にヴァイオリンの手ほどきを受けた。1961年に東京藝術大学に入学し、兎束龍夫、ヘンリー・ホルスト、ヴィルフリート・ハンケ(Wilfried Hanke)の各氏にヴァイオリンの指導を受けた。 1968年には、ドイツ学術交流会の奨学生としてハンブルク国立音楽大学に留学し、引き続きハンケにヴァイオリンを学び、エヴァ・ハウプトマンに室内楽を師事。1970年にはベルリンで開催されたメンデルスゾーン・コンクールの弦楽四重奏部門で優勝し、ブリュッセルで妻の岡山芳子(旧姓:服部;後に愛知県立芸術大学教授)とウジェーヌ・イザイ『二つのヴァイオリンのためのソナタ』を演奏してイザイ・メダルを授与された。
沢井 一恵(さわい かずえ、1941年1月1日 - 2026… 沢井 一恵(さわい かずえ、1941年1月1日 - 2026年2月15日)は、日本の箏曲家。十七絃箏演奏者。 京都府出身。1964年東京芸術大学音楽学部卒業。宮城道雄に師事。1979年に夫の沢井忠夫とともに沢井箏曲院を設立した。欧米各地で現代邦楽を公演した。沢井箏曲院現会長の沢井比河流は長男。 2026年2月15日、85歳で死去。
山岸 宜公(やまぎし よしゆき、1940年12月5日 - 2… 山岸 宜公(やまぎし よしゆき、1940年12月5日 - 2018年2月25日)は、日本のチェロ奏者、指揮者。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
村井 祐児(むらい ゆうじ、1940年3月13日 - 202… 村井 祐児(むらい ゆうじ、1940年3月13日 - 2025年4月7日)は、日本のクラリネット奏者。東京芸術大学名誉教授。日本音楽コンクール運営委員。 東京都出身。北海道札幌西高等学校から東京都立駒場高等学校を経て、1963年に東京芸術大学器楽科を卒業。三島勝輔、北爪利世に師事。 その後、東京交響楽団に入団。在団中に日独交換学生として、ドイツのデトモルト北西ドイツ音楽アカデミー(現デトモルト音楽大学)に留学。クラリネットをヨースト・ミハエルス、室内楽をヘルムート・ヴィンシャーマンに師事。1972年、同校にてソリスト試験を修める。日本ではヒンデミットのクラリネット協奏曲を東響定期にて日本初演している。
荒 憲一(あら けんいち、1939年1月3日 - 2020年… 荒 憲一(あら けんいち、1939年1月3日 - 2020年6月6日)は、日本出身のピアノ奏者。 福島県相馬市出身。東京芸術大学付属高校を経て東京芸術大学に進学し、田村宏と永井進にピアノを師事。1954年に全日本学生音楽コンクールの高校の部で第1位を獲得。 1963年、東京交響楽団との協演でデビュー。また、東京でデビューリサイタルの後に渡独し、国立ベルリン芸術大学に学びヘルムート・ロロフに師事。1966年にベルリン放送交響楽団と協演しドイツデビューを行ない、その成功によりベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との協演、ベルリン・フィルハーモニーホールにおけるリサイタルが続き、これらの演奏会はドイツの高名な批評家ハンス・ハインツ・シュトゥッケンシュミットに認められ、高い評価を得て国際ピアニストとしての地位を確立した。
三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月… 三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月2日 - 2025年〈令和7年〉11月14日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者、合唱指揮者、公演監督。 新潟県出身。1961年(昭和36年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業、1963年(昭和38年)同校声楽専攻科修了。木下保、渡邊高之助、古沢淑子に師事。デビューは1963年の東京労音のオペラ『フィガロの結婚』でのバジリオ役で、これ以降二期会や東京室内歌劇場他で数多くのオペラ、オペレッタ、創作歌劇に活躍している。 また、日本におけるフランス歌曲の第一人者として十数回にわたるリサイタルで高い評価を得ている。日本歌曲の演奏でも、その明瞭なディクションと深い表現には定評があり「ビロードのような」と定評のある美しい声を披露してきた。
二代目 野坂 操壽(にだいめ のさか そうじゅ、1938年4… 二代目 野坂 操壽(にだいめ のさか そうじゅ、1938年4月18日 - 2019年8月27日)は、日本の箏曲家、作曲家。位階は従四位。勲等は旭日中綬章。学位は音楽修士(東京芸術大学)。文化功労者。本名、および、旧芸名は野坂 惠子(のさか けいこ)。名の「壽」「惠」は旧字体のため、二代目 野坂 操寿(にだいめ のさか そうじゅ)、野坂 恵子(のさか けいこ)と表記されることもある。 日本音楽集団団員、東京芸術大学音楽学部講師、桐朋学園芸術短期大学芸術科教授、生田流箏曲松の実會主宰、生田流協会理事、公益社団法人日本三曲協会常任理事などを歴任した。 1938年4月生まれ、東京府出身。母である箏曲家の初代野坂操壽から指導を受けた。
沢井 忠夫(さわい ただお、1937年12月16日 - 19… 沢井 忠夫(さわい ただお、1937年12月16日 - 1997年4月1日)は、日本の箏曲家、作曲家。沢井箏曲院の創始者。妻は沢井一恵で、息子は沢井比河流。 愛知県中島郡(現在の一宮市)で尺八家の名家に生まれ、箏を始めたのは小学5年生だった(一度、宮城道雄に師事するが、その後すぐに宮城が亡くなる)。1960年に東京芸術大学邦楽科を、1962年に専攻科を卒業。大学在学中にNHK「全国今年のホープ」に選ばれた。 高校時に作曲を始め(最初に形がなった曲が"雪ものがたり"であった)その後、清水脩の元で作曲を師事した。 1964年に青木鈴慕・伊藤松博・高野和之・杵屋栄三郎・山本邦山と「民族音楽の会」を結成。
有賀 誠門(あるが まこと、1937年1月5日 - )は、日… 有賀 誠門(あるが まこと、1937年1月5日 - )は、日本の打楽器奏者。元NHK交響楽団首席奏者、東京藝術大学名誉教授。 長野県東筑摩郡塩尻町(現塩尻市)出身。長野県桔梗ヶ原高等学校を卒業後、東京藝術大学音楽学部に入学しティンパニーを専攻。1958年NHK交響楽団に入団しパーカッションを担当、1960年東京パーカッションアンサンブル設立。1963年から翌年までニューイングランド音楽院に留学。1976年退団後、母校助教授。1993年同教授に就任。アメリカ・スタイルの日本を代表するティンパニ奏者といわれる。
浜中 浩一(はまなか こういち、1937年1月2日 - 20… 浜中 浩一(はまなか こういち、1937年1月2日 - 2013年11月7日)は、日本のクラリネット奏者。兵庫県出身。妻はクラリネット奏者で桐朋学園大学講師の二宮和子。 六甲学院中学校・高等学校卒業。吹奏楽部に所属していた。東京芸術大学卒業。北爪利世、ジャック・ランスロに師事した。1959年第28回日本音楽コンクール管楽器部門1位。1960年にNHK交響楽団に入団。1962年にフランスに渡り、1964年に国立ルーアン音楽院を卒業し、ルーアン歌劇場管弦楽団に入団。1969年に帰国した後はNHK交響楽団で24年間首席奏者を務める。1989年第9回NHK交響楽団有馬賞を受賞。1993年NHK交響楽団を56歳で定年。
北村 源三(きたむら げんぞう、1937年 - 2025年1… 北村 源三(きたむら げんぞう、1937年 - 2025年12月30日)は、日本のトランペット奏者。 京都府出身。京都市立堀川高等学校を経て東京芸術大学に学ぶ。大学在学中の1958年、第27回日本音楽コンクール管楽器部門第1位入賞。1960年NHK交響楽団に首席トランペット奏者として入団、以後25年間にわたって首席奏者を務めた。1962年から1965年までウィーン国立アカデミーに留学、ヨゼフ・レボラ(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席トランペット奏者)に師事。1991年にNHK交響楽団の第11回有馬賞を受賞。1993年にNHK交響楽団を定年退職し、以降N響団友として活動。N響退団後もソロまたはアンサンブルで数多くのコンサート活動を行う。
鈴木 寛一(すずき かんいち、1936年(昭和11年)4月5… 鈴木 寛一(すずき かんいち、1936年(昭和11年)4月5日 - 2020年(令和2年)4月6日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者。妻は元うたのおねえさんの中川順子。 大阪生まれの京都育ち。1959年(昭和34年)東京藝術大学卒業。長坂好子、ロドルフォ・リッチに師事。はじめは古典と宗教音楽の研究及び演奏から活動を開始したという。1959年(昭和34年)捜真女学校の音楽教師に着任。同時に岩城宏之の推薦でモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』ドン・オッタヴィオでオペラ界にデビュー。以来、プリモテノールとして数多くの舞台を経験。1977年(昭和52年)ウィーンに留学。海外ではリリー・コラーに師事。
海野 義雄(うんの よしお、1936年2月14日 - )は、… 海野 義雄(うんの よしお、1936年2月14日 - )は、日本のヴァイオリニスト。東京都出身である。本名、海野良夫。ヴァイオリン独奏者として江藤俊哉と双璧をなす存在と言われた。
真下 惇至(ましも よしのり、1935年(昭和10年)11月… 真下 惇至(ましも よしのり、1935年(昭和10年)11月9日 - 1986年(昭和61年)3月26日)は、日本のホルン奏者。元京都市立芸術大学音楽学部助教授。徳島文理大学客員教授。 東京芸術大学音楽学部卒業。京都府出身。 京都府出身。1958年(昭和33年)に東京芸術大学音楽学部を卒業し、大学在学中にはNHK交響楽団へ入団する。 大学卒業後は日本フィルハーモニー交響楽団へ入団し、1962年(昭和37年)から1970年(昭和45年)まで読売日本交響楽団のホルン奏者として活躍した。また関西ブラスアンサンブルを主宰し、京都市立芸術大学助教授、徳島文理大学客員教授を務めた。 1986年(昭和61年)3月26日、死去。
玉置 勝彦(たまき かつひこ、1935年7月30日 - 20… 玉置 勝彦(たまき かつひこ、1935年7月30日 - 2014年9月21日)は、日本のヴィオラ奏者、指揮者、教育者。 東京藝術大学器楽科卒業、同専攻科修了。国内外各地のオーケストラでヴィオラ奏者を務め、ニュルンベルク交響楽団と東京フィルハーモニー交響楽団では首席奏者を歴任した。独奏や室内楽の分野においても、多岐にわたる演奏活動を展開した。1995年には、アルフレッド・ショッパー、デトマール・テツラフ、小林仁らと室内楽グループ「ニュールンベルグ・ムジーク・コレーゲン」を結成。国内各地で演奏会を開催したほか、ドイツとオーストリアへの演奏旅行も行った。 指揮法を渡邉暁雄に師事し、指揮者としても国内各地のプロオーケストラと共演した(日本フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団、東京交響楽団など。
馬場 省一(ばば しょういち、1935年2月25日 - 20… 馬場 省一(ばば しょういち、1935年2月25日 - 2007年2月15日)は、日本のチェロ奏者。東京出身。東京芸術大学卒業。青木十良、小澤弘に師事。 また、かつてはエリザベト音楽大学教授を務めていた。オペラ演出家の馬場紀雄は甥。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
宇宿 允人(うすき まさと、1934年11月8日 - 201… 宇宿 允人(うすき まさと、1934年11月8日 - 2011年3月5日)は、京都府出身の指揮者、トロンボーン奏者。旧名は山口 治だが、のちに婚家の姓を名乗り、宇宿 治となり、のち宇宿 允人と改名した。 京都市西陣で表具師の家庭に生まれ育つ。京都市立西陣小学校から京都市立上京中学校を経て同志社高等学校に入学するが経済的理由で中退し、京都市立堀川高等学校普通科に転校。同音楽科への転科を経て、1957年に東京芸術大学器楽科卒業後、ABC管弦楽団に入団。翌1958年、トロンボーンの師である嶋昇の誘いでNHK交響楽団に移籍。1960年から1968年までN響の首席トロンボーン奏者として活動。傍ら、フルトヴェングラーの指揮する音楽と彼の人柄に感銘を受けて指揮者を志し、管弦楽法と指揮法を近衛秀麿に師事し、指揮者として東京佼成ウインドオーケストラを指導した。
土屋 邦雄(つちや くにお、1933年9月3日 - 2023… 土屋 邦雄(つちや くにお、1933年9月3日 - 2023年8月20日)は、日本のヴィオラ奏者、指揮者。1959年、東洋人初のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の団員となり、40年以上にわたって在籍した。妻はピアニストの元井美幸。