太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日… 太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日本の生物学者、生化学者、理学博士。筑波大学名誉教授。専門は生化学、微生物学、分子生物学。 1943年に上海で出生する。1967年に東京都立大学理学部生物学科を卒業、後に自治医科大学医学部研究生を修了した。1967年から1973年まで国立予防衛生研究所抗生物質部へ厚生技官として勤務する。1977年から自治医科大学で膜タンパク質の研究に従事、1980年より同大学の研究技官を務める。1991年から筑波大学の講師に就任し、人間総合科学研究科に所属した。基礎医学系助教授、筑波大学医療技術短期大学部教授を経て、基礎医学系教授となる。筑波大学では基礎医学系長を務めたほか、学内の基礎医学系の研究会であるつくば医科学研究会で代表として活動した。
西川 直子(にしかわ なおこ、1942年10月7日 - )は… 西川 直子(にしかわ なおこ、1942年10月7日 - )は、日本のフランス文学・思想学者、旧・東京都立大学名誉教授。 東京生まれ。本名・堀直子。1967年早稲田大学文学部フランス文学科卒。1974年東京都立大学人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京都立大学人文学部助教授、教授。2006年定年退官、名誉教授。ジュリア・クリステヴァを研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
北 博昭(きた ひろあき、1942年10月1日 - 2022… 北 博昭(きた ひろあき、1942年10月1日 - 2022年12月23日)は、日本の政治史学者。大阪経済法科大学客員教授を務めた。日本近代史専攻。 鳥取県倉吉市生まれ。東京都立大学大学院(政治学)修了。二・二六事件の軍法会議記録を東京地検に開示請求して発見する。 2022年12月23日、病気のため死去。80歳没。
藤田 祐幸(ふじた ゆうこう、1942年8月24日 - 20… 藤田 祐幸(ふじた ゆうこう、1942年8月24日 - 2016年7月18日)は、日本の物理学者、科学史家。エントロピー論、科学哲学専攻。 千葉県生まれ。1966年、旧・東京都立大学理学部物理学科卒業。1972年、東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。1972年より慶応義塾大学法学部教員、のち物理学教室助教授。 もともと金属物理を専攻していたが、1979年のスリーマイル島原発事故を契機に専攻を放射能に変更し、放射能が人体と環境に及ぼす影響を訴え続けている。 原子力発電や被曝労働の実態調査、チェルノブイリ原発周辺の汚染地域の調査(1990年 - 1993年)、セルビア、コソボ、ボスニアでの劣化ウラン弾の調査(1999年、2000年)、バグダードとバスラでの劣化ウラン弾による被害状況と環境汚染の現地調査(2003年)などに取り組んだ。
北野 大(きたの まさる、1942年5月29日 - )は、日… 北野 大(きたの まさる、1942年5月29日 - )は、日本の化学者、教育者。 秋草学園短期大学学長。明治大学元教授。淑徳大学名誉教授。工学博士で、専門は環境化学、安全学。日本分析化学会会員。所属事務所は三桂。 東京府東京市足立区出身(現在も在住)。淑徳大学人文学部表現学科教授、明治大学理工学部応用化学科教授を歴任。明治大学校友会会長。 三男。兄に北野重一、弟にビートたけし(北野武) 、甥に北野篤、姪に北野井子がいる。 足立区立第四中学校、東京都立上野高等学校を経て、明治大学工学部工業化学科を卒業。もともとは英語を学びたく千葉大学文理学部英文科にも合格していたが、母親の命で明治大学工学部工業化学科に進んだ。
川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本… 川成 洋(かわなり よう、1942年5月8日 - )は、日本の英文学者、スペイン史学者、評論家、翻訳家。社会学博士(一橋大学・論文博士・2003年)(学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」)。法政大学名誉教授。2022年瑞宝中綬章受章。 北海道生まれ。1966年北海道大学文学部卒業、1969年東京都立大学英文学専攻大学院修士課程修了、ロンドン大学・ケンブリッジ大学客員研究員を経て1977年より法政大学理工学部教授。2003年学位論文「スペイン内戦を戦ったイギリス人義勇兵の研究 - ケンブリッジの若き文士たちを中心にして」で一橋大学より社会学博士の学位を取得。
高見澤 邦郎(たかみざわ くにお、1942年(昭和17年)-… 高見澤 邦郎(たかみざわ くにお、1942年(昭和17年)- )は、日本の都市計画学者。東京都立大学名誉教授。工学博士。専門は市街地整備計画。日本都市計画学会、日本建築学会に所属、理事等を務める。 父は漫画家で「のらくろ」の作者である田河水泡(本名:高見澤 仲太郎)、母方の伯父が評論家の小林秀雄。東京都出身。
古川 孝順(ふるかわ こうじゅん、1942年 - )は、日本… 古川 孝順(ふるかわ こうじゅん、1942年 - )は、日本の社会福祉学者。長野大学社会福祉学部教授。 佐賀県出身。日本社会事業大学社会福祉学部児童福祉学科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(社会福祉学)・日本女子大学(論文タイトルは『社会福祉学序説』)。元日本社会福祉学会会長。児童福祉から研究を始めるが、その後、社会福祉の歴史・社会福祉学理論研究へとテーマをシフトしていく。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
森山 昭雄(もりやま あきお、1942年 - )は、日本の地… 森山 昭雄(もりやま あきお、1942年 - )は、日本の地理学者、市民活動家。愛知教育大学名誉教授。 様々な市民運動に関わり、中でも丸刈り校則撤廃運動では闘争のリーダーとして活躍した。森山の地元の愛知県岡崎市は、頭髪自由化運動の発祥の地とされた。 東京都出身。1962年、日本基督教団の本所緑星教会(墨田区)で洗礼を受けた。東京都立大学理学部卒業。同大学院理学研究科地理学専攻に進み、中退。 1968年、愛知教育大学に助手として就職し、大学本部のある岡崎市へ移住。キリスト教信者として同市八幡町にある日本基督教団岡崎教会に籍を置く。1977年4月、岡崎教会を出て、仲間とともに「西三河聖書研究会」を発足させた。
山路 勝彦(やまじ かつひこ、1942年 - )は、日本の文… 山路 勝彦(やまじ かつひこ、1942年 - )は、日本の文化人類学者。関西学院大学社会学部名誉教授。専門は、文化人類学、社会人類学。 1942年、東京都生まれ。1973年、東京都立大学大学院博士課程社会人類学専攻を修了。1988年に関西学院大学に学位論文を提出して社会学博士。 主に台湾(先住民族)、オーストラリア(アボリジニーズ)、トンガ、パプアニューギニア、を対象とした社会人類学を研究し、、植民地主義、博覧会、サブカルチャの調査・研究を主題とし、近年は特に「昭和史」を主題にしている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
菊池 高志(きくち たかし、1941年4月2日 - )は、日… 菊池 高志(きくち たかし、1941年4月2日 - )は、日本の法学者。九州大学名誉教授。専門は労働法、労使関係論。 九州大学総長を務めた法学者菊池勇夫の四男として福岡市に生まれる。兄に東洋史学者菊池英夫、海洋生物学者菊池泰二、経済学者菊池光造がいる。 1960年福岡県立修猷館高等学校を経て、1965年3月東京都立大学法経学部を卒業。1967年3月同大大学院社会科学研究科(基礎法学専攻)修士課程修了(法学修士)。1970年3月同大大学院社会科学研究科(基礎法学専攻)博士課程単位取得退学。東京都立大学では沼田稲次郎教授の指導のもと労働法の研究を行った。 1970年4月神奈川大学法学部講師となり、1972年4月同助教授を経て、1977年4月九州大学法学部助教授に転じ、1986年8月同教授・大学院法学研究科指導教官(社会法講座)に就任。
遠藤 誉(えんどう ほまれ、1941年1月3日 - )は、日… 遠藤 誉(えんどう ほまれ、1941年1月3日 - )は、日本の社会学者、理学博士。作家、中国問題専門家、筑波大学名誉教授、中国問題グローバル研究所 (GRICI) 所長。 1941年に満洲国新京市(現:吉林省長春市)で生まれる。父親の大久保宅次は、同地でアヘン等の慢性中毒に対する治療薬ギフトールを製造する製薬会社を経営し、現地の中国人アヘン中毒患者などを救済した。日中戦争終結後も、日本の独立回復まで中国で教育を受けた。戦後に国民党軍と人民解放軍の市街戦で流れ弾を負傷し、家族が伝染病を罹患して移動禁止となる。長春包囲戦の飢餓で弟、叔父、いとこを失う。死体が折り重なる卡子(チャーズ=Qiǎzi=検問所、包囲網と解放区の間の緩衝区域)で飢餓生活を強いられる。
大石 不二夫(おおいし ふじお、1940年 - )は、日本の… 大石 不二夫(おおいし ふじお、1940年 - )は、日本の化学者、鉄道技術者。神奈川大学名誉教授。元鉄道技術研究所・鉄道総合技術研究所鉄道研究員。専門は高分子材料科学。高分子学会理事、日本ゴム協会評議員、成形加工学会副会長、マテリアルライフ学会会長等を歴任。 1940年東京府東京市小石川区(現・東京都文京区)生まれ。練馬区立石神井東小学校、練馬区立石神井東中学校、東京都立化学工業高等学校卒業。1963年東京都立大学工学部工業化学科卒業(入学は理学部)、日本国有鉄道入社。1964年鉄道技術研究所入所。1983年工学博士の学位を取得。1987年国鉄分割民営化に伴い、鉄道総合技術研究所に移行(主幹研究員)。
背戸 一登(せと かずと、1938年3月31日 - ) は、… 背戸 一登(せと かずと、1938年3月31日 - ) は、日本の機械工学者・技術士。元日本大学理工学部教授。元日本機械学会機械力学・計測制御部門長。 1962年日本大学理工学部機械工学科卒業、日本大学理工学部精密機械工学科助手。 1968年東京都立大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1971年東京都立大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了。 その後、防衛大学校講師。1974年防衛大学校助教授。1986年防衛大学校教授。1992年日本機械学会機械力学・計測制御部門部門長、日本学術会議自動制御研究連絡委員会委員。 1993年日本大学理工学部教授。1997年日本機械学会国際交流部会部会長。
丹羽 隼兵(にわ しゅんぺい、1938年 - )は、日本の中… 丹羽 隼兵(にわ しゅんぺい、1938年 - )は、日本の中国学者。東京生まれ。東京都立大学 (1949-2011)人文学部中国文学科卒業。河出書房新社に入社、のちフリーの編集者、文筆家となり中国関係の著述を行う。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
繁多 進(はんた すすむ、1938年 - )は、日本の心理学… 繁多 進(はんた すすむ、1938年 - )は、日本の心理学者、白百合女子大学名誉教授。鹿児島県大島郡喜界町(奄美群島喜界島)出身。専門領域は発達心理学。 横浜国立大学卒業、東京都立大学大学院修士課程修了。1990年「アタッチメントの発達とその規定因」で東京都立大学より文学博士の学位を取得。江南女子短期大学助教授、横浜国立大学助教授、ロンドンのタビストック・クリニックに留学、白百合女子大学教授。2009年定年、名誉教授。日本におけるアタッチメント研究の第一人者として知られる。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
田嶋 和夫(たじま かずお、1938年 -)は、日本の工学者… 田嶋 和夫(たじま かずお、1938年 -)は、日本の工学者である。ファンデルワールス力を用いたエマルションの方法三相乳化 (神奈川大学)の発明者。神奈川大学特別招聘教授。神奈川大学が特許を取得し立ち上げた企業.株式会社未来環境テクノロジー取締役/CTO 最高技術責任者。 1938年2月9日東京都江戸川区生まれ。1963年東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了。1963年東京都立大学助手。1971年理学博士(東京都立大学)。1984年神奈川大学工学部助教授となり、1990年教授。日本学術会議化学研究連絡委員会委員、農芸・応用化学小委員会委員長、日本油化学会会長等を歴任。
長沼 秀世(ながぬま ひでよ、1937年 - )は、日本の経… 長沼 秀世(ながぬま ひでよ、1937年 - )は、日本の経済学者・歴史学者、津田塾大学名誉教授。専門はアメリカ社会経済史。 1960年(昭和35年)東京都立大学人文学部卒業。1966年(昭和41年)一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得後退学。指導教官は小原敬士。ウィスコンシン大学に留学。津田塾大学講師となり、のち助教授・教授を歴任。この間、ミシガン大学、ニューヨーク市立大学、ノースカロライナ大学研究員。2004年(平成16年)「アメリカ社会運動史研究 産業別組織会議 (CIO) の諸問題」で一橋大社会学博士。2008年(平成20年)定年。
市川 宏(いちかわ ひろし、1937年〈昭和12年〉 - 2… 市川 宏(いちかわ ひろし、1937年〈昭和12年〉 - 2014年〈平成26年〉6月12日)は、日本の中国文学者、法政大学名誉教授。 群馬県桐生市生まれ。1960年東京都立大学人文学部卒業。同大学院修士課程修了、法政大学第一教養部助教授、教授、2003年定年、名誉教授。古代から現代までの中国文学を翻訳紹介した。 2014年6月12日午前4時21分、尿管癌のため埼玉県新座市の自宅で76歳で死去した。
小山勉(おやま つとむ、1936年6月20日-2006年12… 小山勉(おやま つとむ、1936年6月20日-2006年12月29日)は、日本の政治学者。法学博士、九州大学名誉教授。特にトクヴィルを中軸とするフランス政治思想を専門とした。 鹿児島県熊毛郡南種子町生まれ・出身(種子島生まれ)。1967年3月早稲田大学第一政治経済学部卒業。同年4月早稲田大学大学院政治学研究科修士課程へ進学し、堀豊彦教授に師事。1970年3月に修了し、政治学修士号取得。同年4月東京都立大学大学院社会科学研究科(政治学専攻)博士課程へ進学し、半澤孝麿教授の下でフランス政治思想研究に従事。研究対象をそれまでのディドロからトクヴィルに変える。1973年3月博士課程満期。1973年4月新潟大学人文学部講師に就職。
佐藤 健一郎(さとう けんいちろう、1936年6月10日- … 佐藤 健一郎(さとう けんいちろう、1936年6月10日- 2014年)は、国文学・民俗学者、武蔵野美術大学名誉教授。 東京に生まれる。1962年、東京都立大学を卒業後、同大学院に進み、修士課程を修了した。 武蔵野美術大学で講師、助教授、教授を歴任した。2007年、定年で名誉教授となる。 いずれも田村善次郎との共著。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
マークス 寿子(マークス としこ、英語: Toshiko M… マークス 寿子(マークス としこ、英語: Toshiko Marks、1936年(昭和11年)3月23日 - 2024年(令和6年)6月15日)は、日本出身のイギリスの学者、評論家。エセックス大学講師や秀明大学教授を務めた。 正式名は「ブロートンのマークス男爵夫人トシコ・マークス閣下(The Right Honourable Toshiko Marks, Baroness Marks of Broughton)」[要出典]。旧名は志村 寿子(しむら としこ)。アメリカ文学者の志村正雄(東京外国語大学名誉教授)は兄。 1936年、東京府に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業。旧・東京都立大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。
坂井 定雄(さかい さだお、1936年 - )は、日本の政治… 坂井 定雄(さかい さだお、1936年 - )は、日本の政治学者。専門は中東政治論。龍谷大学名誉教授。 東京都生まれ。東京都立大学 (1949-2011)理学部卒業。共同通信記者を経て、1993年龍谷大学法学部教授。日本学術振興会カイロ研究連絡センター長を経て現職。
高沢 武司(高澤 武司、たかさわ たけじ、1934年6月4日… 高沢 武司(高澤 武司、たかさわ たけじ、1934年6月4日 - 2015年5月7日)は、社会福祉学者、日本社会事業大学・岩手県立大学名誉教授。 東京都・田端生まれ。1961年日本社会事業大学卒業、1963年東京都立大学 (1949-2011)大学院社会科学研究科修士課程修了、日本社会事業大学助手、講師、助教授、教授、大学院研究科長、図書館長、常務理事。1998年岩手県立大学社会福祉学部教授、学部長、2002年社会福祉学研究科教授、研究科長。2006年岩手県立大学を病気のため退職、名誉教授。
佐藤牧夫(さとう まきお、1933年6月12日 - )は、日… 佐藤牧夫(さとう まきお、1933年6月12日 - )は、日本のドイツ文学者、東北大学名誉教授。中世ドイツ叙事詩が専門。 岩手県生まれ。東京都立大学 (1949-2011)大学院独文科博士課程満期退学。山形大学講師、助教授、東北大学教養部助教授、文学部独文科教授。97年定年退官、名誉教授、奥羽大学教授。2004年退職。2013年瑞宝中綬章受勲。
大村 益夫(おおむら ますお、1933年5月20日 - 20… 大村 益夫(おおむら ますお、1933年5月20日 - 2023年1月15日)は、中国・朝鮮文学者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。父は童謡詩人の大村主計。1957年早稲田大学政治経済学部卒、1962年東京都立大学 (1949-2011)大学院中国文学専攻博士課程中退。1964年早稲田大学専任講師、1972年早大語学教育研究所助教授、教授。2002年定年、名誉教授。 2013年4月瑞宝中綬章受章。 2023年1月15日、悪性リンパ腫により死去。89歳没。
宮原 武夫(みやはら たけお、1933年 - )は、日本史学… 宮原 武夫(みやはら たけお、1933年 - )は、日本史学・歴史教育学者。元千葉大学教育学部教授。専攻は日本古代史、歴史教育。 東京生まれ。1961年東京都立大学 (1949-2011)大学院修士課程修了。1998年「小・中・高校を一貫する歴史学習の研究-歴史研究と歴史学習の関係」で都立大学博士(史学)。 千葉県習志野市立習志野高校教諭(定時制)を経て千葉大学教育学部教授。1997年定年退官。その間、歴史教育者協議会副委員長、栃木県小山市史編纂委員会専門委員、船橋市史編纂専門調査員、千葉県史編纂委員会専門委員(古代史部会長)、佐原市史編纂委員会顧問(古代史部会長)など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
米倉 巌(よねくら いわお、1933年(昭和8年) - )は… 米倉 巌(よねくら いわお、1933年(昭和8年) - )は、日本の詩人、日本近代文学研究者、日本大学名誉教授。 長野県諏訪市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、旧東京都立大学大学院修士課程修了、帝塚山学院大学文学部助教授、教授、1987年、日本大学芸術学部教授、2004年に定年、名誉教授。
和田 武司(わだ たけし、1933年 - )は、日本の中国文… 和田 武司(わだ たけし、1933年 - )は、日本の中国文学者、拓殖大学名誉教授。 1933年、東京都で生まれた。東京都立大学 (1949-2011)人文学部で学び、卒業。 北京の人民中国雑誌社勤務を経て、拓殖大学外国語学部教授に就いた。2004年に拓殖大学を定年退職し、名誉教授となった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
松本 四郎(まつもと しろう、1932年9月17日 - )は… 松本 四郎(まつもと しろう、1932年9月17日 - )は、日本史学者、都留文科大学名誉教授。 横浜市生まれ。1956年横浜市立大学文理学部卒、1958年東京都立大学 (1949-2011)(現・首都大学東京)大学院修士課程修了。財団法人三井文庫専任研究員、都留文科大学教授、96年定年退官、名誉教授。
佐々木享(ささき すすむ、1932年5月31日 - 2015… 佐々木享(ささき すすむ、1932年5月31日 - 2015年5月14日)は、日本の職業教育学者。 東京出身。戦争中に長野県岡谷市に疎開。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1956年東京都立大学 (1949-2011)工業化学科卒、1962年同歴史学科卒。高校技術科教師、専修大学経営学部助教授、1976年名古屋大学教育学部助教授を経て、教授。1995年定年退官、名誉教授、愛知大学短期大学部教授を務めた。技術科教育・職業教育が専門。
松山 正男(まつやま まさお、1932年 1月14日- 20… 松山 正男(まつやま まさお、1932年 1月14日- 2025年9月16日)は、日本の英文学者、英語教育学者。神奈川大学名誉教授、大学英語教育学会顧問。 1932年1月14日東京蔵前生れ。1950年都立大森高校卒業。1959年東京都立大学 (1949-2011)英文科博士課程満期終了。青山学院女子短期大学英文科、東京工業大学、神奈川大学教授を歴任。非常勤講師として、早稲田大学(39年間)、慶応義塾大学(5年間)、東京都立大学 (1949-2011)(3年間)、日本英語検定協会(30年間)、文化放送大学受験ラジオ講座(30年間)、NHK教育テレビ(2年間)等でも教えた。英語教育関連の著書多数。 「鈴木正三の聖俗一致説」という論文の中で、武士から曹洞宗の僧侶になった鈴木正三が日常の労働を重視ししていることを指摘し、仕事を通して人は修行し向上してゆくと述べている。
中村 禎里(なかむら ていり、1932年〈昭和7年〉1月7日… 中村 禎里(なかむら ていり、1932年〈昭和7年〉1月7日 - 2014年〈平成26年〉3月13日)は、日本の生物学・生物史学者、立正大学名誉教授。専攻は科学史、民族生物学。日本科学史学会会員、日本医史学会会員。 東京生まれ。1958年東京都立大学生物学科卒業。同大大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。早稲田実業学校教諭を経て、1967年立正大学教養部講師。助教授、教授、1995年仏教学部教授。2002年定年退任、名誉教授。 生物学を中心に社会現象としての科学のあり方を研究。生物学周辺の歴史・民俗について多くの著書を著す。
坂本 重雄(さかもと しげお、1931年8月25日 - 20… 坂本 重雄(さかもと しげお、1931年8月25日 - 2001年4月29日)は、日本の法学者。専門は、労働法・社会保障法。学位は、法学博士(旧東京都立大学)。静岡大学名誉教授。日本労働法学会代表理事、日本社会保障法学会代表理事等を歴任。大阪府大阪市出身。 1951年兵庫県立柏原高等学校卒業。1955年神戸大学法学部卒業。1958年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。吾妻光俊ゼミ出身。 1958年一橋大学法学部助手。1959年東京都立大学法経学部助手。1964年静岡大学文理学部助教授。1965年同人文学部助教授。1973年同人文学部教授。1979年静岡大学評議員(~1983年)。1983年同人文学部長(~1985年)。
山口 昌男(やまぐち まさお、1931年〈昭和6年〉8月20… 山口 昌男(やまぐち まさお、1931年〈昭和6年〉8月20日 - 2013年〈平成25年〉3月10日)は、日本の教育者・文化人類学者。東京外国語大学名誉教授、文化功労者、瑞宝中綬章受勲。位階は正四位。 1931年、北海道美幌町で9人兄弟の次男として生まれた。美幌尋常小学校、旧制網走中学校を経て、新制網走高校(現・北海道網走南が丘高等学校)に進学。1950年3月に卒業し、同年4月に青山学院大学文学部第二部仏文科に進学。在学中には、展覧会と古書店に頻繁に巡った。青山学院大学には1学期のみ通い、1951年に東京大学教養学部文化二類に入学。同学年に作曲家となる三善晃、美学者となる宇波彰らがいた。また、東京大学駒場美術研究会では、磯崎新らと親交を結んだ。
杉村 行勇(すぎむら ゆきお、1931年 - 1991年11… 杉村 行勇(すぎむら ゆきお、1931年 - 1991年11月9日)は、日本の地球化学者。海洋化学者。気象庁気象研究所地球化学部長。理学博士(東京都立大学)。 1950年(昭和25年)、静岡県立静岡城内高等学校卒業。1954年(昭和29年)、東京都立大学理学部化学科卒業。同年4月、神奈川県川崎市立塚越中学校教諭。1年で退職。1955年(昭和30年)、東京都立大学大学院入学、1960年(昭和35年)9月、博士課程満了。「現世堆積物の地球化学的研究」により理学博士。これに先立つ同年5月、気象庁気象研究所地球化学研究部に技術補佐員として採用、三宅泰雄に師事。1961年(昭和36年)、地球化学研究部第二研究室に配属。
小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014… 小野 茂(おの しげる、1930年11月15日 - 2014年9月10日)は、日本の英語学者、東京都立大学名誉教授。 東京府生まれ。父は官僚・政治家の小野哲。旧制武蔵高等学校卒、1953年東京大学文学部英文科卒業。同年学習院大学助手、1955年専任講師、1959年一橋大学専任講師、1962年東京都立大学助教授、1974年教授。1969年から1970年までペンシルヴェニア大学留学。1971年「英語法助動詞の発達」で文学博士(東京大学)。東京都立大学名誉教授、1988年昭和女子大学教授。2000年退職。中世英語英文学会会長、国際アングロサクソニスト学会(ISAS)名誉会員。妻は小野恭子(1930年 - )津田塾大学名誉教授[要出典](ジョイス研究)。
青柳 清孝(あおやぎ きよたか、1930年9月25日 - 2… 青柳 清孝(あおやぎ きよたか、1930年9月25日 - 2021年4月19日)は、日本の文化人類学者、国際基督教大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京都立大学人文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。1956-1958年米国テネシー州ナッシュビルのフィスク大学に学ぶ。1980年「都市化と黒人ファミリー テキサスからロサンゼルスへ」で都立大文学博士。1970年国際基督教大学教養学部助教授、1976年教授、1996年退任、名誉教授、京都文教大学人間学部教授を務めた。妻は青柳まちこ。
加藤 文三(かとう ぶんぞう、1930年3月18日- )は、… 加藤 文三(かとう ぶんぞう、1930年3月18日- )は、日本の教師、歴史家。 配偶者は、加藤好子。 東京生まれ。東京都立大学 (1949-2011)卒業。江東区立第二砂町中学校などで33年間社会科を教える。 埼玉大学などで講師として社会科教育法を担当。東京都歴史教育者協議会の一員として活動し、日教組の教育研究集会などで、教育実践の報告を重ねた。
泉 治典(いずみ はるのり、1928年9月16日 - 201… 泉 治典(いずみ はるのり、1928年9月16日 - 2011年6月1日)は、日本の哲学・聖書研究者。東洋大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。旧・東京都立大学大学院博士課程単位取得退学。東洋大学講師、助教授、教授、1992年定年退任、名誉教授。はじめ実存哲学を研究し、のち聖書、アウグスティヌスなどを研究する。
渡辺 富美雄(わたなべ ふみお、1928年5月25日 - )… 渡辺 富美雄(わたなべ ふみお、1928年5月25日 - )は、日本の日本語学者・国語教育学者。 山梨県富士吉田市生まれ。1956年東京都立大学大学院人文科学研究科国語学修士課程修了。新潟大学教育学部助教授、教授、1978年頃文部省初等中学教育局小学校教育課教科調査官および同教育局主任視学官を経て、1997年頃東京家政学院大学教授、同大学院研究科長。新潟県の方言研究を行った。
村武 精一(むらたけ せいいち、1928年(昭和3年) - … 村武 精一(むらたけ せいいち、1928年(昭和3年) - )は、日本の社会人類学者。文学博士(東京都立大学・論文博士・1988年)(学位論文「祭祀空間の構造」)。東京都立大学名誉教授。 広島県生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。1988年「祭祀空間の構造」で文学博士(東京都立大学)の学位を取得。都立大助手、講師、助教授、教授、1990年定年退官、名誉教授、青山学院女子短期大学教授、共立女子大学総合文化研究所教授。沖縄・東南アジア、オセアニアの民族学研究をおこなった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高橋 統一(たかはし とういち、1927年 - 2014年2… 高橋 統一(たかはし とういち、1927年 - 2014年2月18日)は、文化人類学者、東洋大学名誉教授。 1954年東京都立大学 (1949-2011)文化人類学卒、同大学院修士課程修了、74年「宮座の構造と変化 祭祀長老制の社会人類学的研究」で東洋大学社会学博士。1959年東洋大学社会学部講師、助教授、教授、98年定年、名誉教授。
日下 喜一(くさか きいち、1926年4月8日 - )は、日… 日下 喜一(くさか きいち、1926年4月8日 - )は、日本の政治学者。青山学院大学名誉教授。 北海道出身。早稲田大学卒業。東京都立大学大学院社会科学研究科政治学科博士課程修了、法学博士。拓殖大学助教授、青山学院大学法学部助教授、教授。94年定年退職、名誉教授、関東学院大学教授。2000年退職。
江河 徹(えがわ とおる、1926年 - )は、英文学者、立… 江河 徹(えがわ とおる、1926年 - )は、英文学者、立教大学・フェリス女学院大学名誉教授。 大分県日田市生まれ。1962年東京都立大学 (1949-2011)大学院英文学専攻博士課程修了。立教大学助教授、教授、1992年フェリス女学院大学教授。2002年定年、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924… 吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924年2月8日 - 2003年4月15日)は、日本の哲学・倫理学研究家。ニーチェを主とした近代ドイツ哲学研究で知られる。東京都立大学名誉教授。 1924年(大正13年)、大阪府に生まれる。1941年(昭和16年)に大阪府立高津中学校を卒業後、旧制一高に進学。1949年(昭和24年)に東京帝国大学文学部倫理学科を卒業。和辻哲郎から教えを受けた最晩年の弟子の一人であり、和辻にその人柄と秀逸な研究をこよなく愛された愛弟子だった。 卒業後は東京都立大学教授となる。1987年に定年退官。2003年に死去。急死した最愛の長男の墓に永眠している。 専門は近代ドイツ哲学。
山下 俊郎(やました としお、1903年12月4日 - 19… 山下 俊郎(やました としお、1903年12月4日 - 1982年3月19日)は、日本の教育心理学者。東京都立大学名誉教授。 鹿児島県鹿児島市下竜尾町出身。鹿児島一中 (旧制)、第一高等学校 (旧制)を経て、1928年東京帝国大学文学部心理学科卒。1962年「幼児における基本的習慣の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。大日本婦人連合会家庭教育相談所、愛育会・愛育研究所所員、同教養部長、愛育幼稚園長、東京家政大学教授をへて、旧・東京都立大学教授となる。1967年定年退官、名誉教授となり、再度東京家政大学教授、同付属みどりヶ丘幼稚園長、川村短期大学教授。日本保育学会会長を務めた。
大槻 勤(おおつき つとむ)は、日本の核化学者。京都大学名誉… 大槻 勤(おおつき つとむ)は、日本の核化学者。京都大学名誉教授。放射化学会賞受賞。 宮城県角田高等学校卒。東京都立大学大学院理学研究科修了。理学博士。東北大学電子光理学研究センター光量子反応研究部准教授、京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻同位体利用化学講座教授を経て、京都大学複合原子力科学研究所粒子線基礎物性研究部門研究員、京都大学名誉教授、京都大学複合原子力科学研究所特任教授。高効率・高品質なアクチニウム225の製造技術を世界で初めて確立するなどした。ベリリウム-7の研究により、日本放射化学会賞を受賞。
大隅 萬里子(おおすみ まりこ)は、日本の生物学者(分子生物… 大隅 萬里子(おおすみ まりこ)は、日本の生物学者(分子生物学・細胞生物学)。学位は博士。「萬」が常用漢字表に収録されていないため、報道等では大隅 万里子(おおすみ まりこ)と表記される場合もある。
石崎 誠也(いしざき せいや)は、日本の法学者・弁護士。専門… 石崎 誠也(いしざき せいや)は、日本の法学者・弁護士。専門は行政法。新潟大学名誉教授。高岡法科大学第6代学長。 宮崎県生まれ。宮崎県立宮崎大宮高等学校卒業。1971年に東京都立大学法学部入学。1983年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程(基礎法学専攻)単位取得退学。 1983年新潟大学教養部講師、1986年教養部助教授、1994年法学部教授。2010年大学院実務法学研究科(法科大学院)研究科長。 新潟大学退職後、2018年弁護士に登録。新潟大学名誉教授。2019年より高岡法科大学教授、2020年4月より副学長兼法学部長、同年9月より学長に就任。2024年4月同大学募集停止を前に退任。