杉山 直(すぎやま なおし、1961年7月18日 - )は、… 杉山 直(すぎやま なおし、1961年7月18日 - )は、日本の天文学者。2022年4月から国立大学法人東海国立大学機構大学総括理事・副機構長、名古屋大学総長。専門は、宇宙論、特に宇宙背景放射。理学博士(広島大学、1989年)。数物連携宇宙研究機構の主任研究員でもある。 ドイツで当時フンボルト財団のフンボルトフェローとして留学中だった独文学者杉山好の子として生まれる。東京都国立市で育ち、小学校から神奈川県川崎市に転居した。神奈川県立多摩高等学校を経て、早稲田大学大学院理工学研究科で素粒子物理学を学んだが、早稲田大学に宇宙論の研究室がなかったため、広島大学大学院理学研究科に進学し、広島大学理論物理学研究所で宇宙重力理論の研究などを行い、1989年には広島大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程を修了した。
村上 公一(むらかみ きみかず、1956年12月 - )は、… 村上 公一(むらかみ きみかず、1956年12月 - )は、日本の中国文学者。早稲田大学教育学部教授。早稲田大学教育学部長や、学校法人早稲田大学理事、学校法人大隈記念早稲田佐賀学園理事長を経て、元早稲田実業学校長。 愛知県生まれ。1979年名古屋大学文学部文学科卒業。復旦大学への2年間の留学を経て、1988年名古屋大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程満期退学。大学院では中国の大衆小説の研究を行い、大学に就職後も、貸本文化などの研究を続けた。 1988年名古屋大学文学部助手。1989年早稲田大学教育総合研究所兼任研究員。1990年福井大学教育学部助教授。1997年早稲田大学教育学部助教授。2002年早稲田大学教育学部教授。
鈴木 仁子(すずき ひとこ、1956年 - )は、ドイツ文学… 鈴木 仁子(すずき ひとこ、1956年 - )は、ドイツ文学者、翻訳家、椙山女学園大学教授。 岐阜県生まれ。名古屋大学文学部独文科卒業、同大学院修士課程中退。2005年椙山女学園大学助教授、2007年准教授、2011年教授。 2003年、W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』でレッシング翻訳賞受賞。同作にて、BABEL国際翻訳大賞・新人賞を受賞。
平出 昌嗣(ひらいで しょうじ、1955年2月21日 - )… 平出 昌嗣(ひらいで しょうじ、1955年2月21日 - )は、日本の英文学者。 長野県諏訪郡富士見町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、名古屋大学文学部卒業。名古屋大学大学院人文学研究科博士課程中退。高知大学、愛知学院大学勤務を経て、千葉大学教育学部教授。同大学定年退官後、同大学名誉教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
森田 耕一郎(もりた こういちろう、1954年4月8日 - … 森田 耕一郎(もりた こういちろう、1954年4月8日 - 2012年5月7日)は、日本の天文学者。専門は電波天文学で、「電波干渉計によるイメージング技術、星惑星系形成、電波干渉計による高精度イメージング法」など。元国立天文台電波研究部教授。 福岡県田川市出身。1977年(昭和52年)名古屋大学工学部卒業。名古屋大学大学院に進学し、電波天文学を専攻。1992年(平成4年)に論文「ミリ波帯宇宙電波の開口合成観測法に関する研究」により名古屋大学から博士(工学)の学位を取得。 1983年(昭和58年)に東京大学東京天文台(現・国立天文台)に入り、野辺山宇宙電波観測所助手を務め、ミリ波干渉計グループのスタッフとしてその建設と研究に従事した。
木村 晶子(きむら あきこ、1954年 - )は、日本の英文… 木村 晶子(きむら あきこ、1954年 - )は、日本の英文学者。専門は19世紀イギリス小説。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。日本ギャスケル協会会長。 東京都出身。早稲田大学第一文学部を経て、お茶の水女子大学大学院博士課程満期退学後、2016年名古屋大学大学院国際言語文化研究科国際多元文化専攻博士課程修了、博士(文学)。早稲田大学教育・総合科学学術院教授を務め、2018年から日本ギャスケル協会会長。専門は19世紀イギリス小説。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
平林 美都子(ひらばやし みとこ、1951年 - )は、日本… 平林 美都子(ひらばやし みとこ、1951年 - )は、日本の英米文学者。専門は英語圏文学、ジェンダー研究。元愛知淑徳大学教授。 1974年名古屋大学文学部英文科卒、1989年同大学院博士課程満期退学。同年、愛知淑徳短期大学助教授を経て、2007年同大学文学部教授。1999年「女と隠遁 :テニスンの一九世紀」で愛知淑徳大学・文学博士。愛知淑徳大学では、図書館長やジェンダー・女性学研究所所長、グローバルカルチャー・コミュニケーション研究科長を歴任した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
國枝 秀世(くにえだ ひでよ、1950年9月 - )は、日本… 國枝 秀世(くにえだ ひでよ、1950年9月 - )は、日本の天文学者。理学博士(名古屋大学・論文博士・1982年)。名古屋大学大学院理学研究科教授。JAXA(宇宙航空研究開発機構)客員教授(兼任)。2009年より日本天文学会理事長。 専門は、X線天文学で、名古屋大学大学院理学研究科の研究室「U研X線グループ」を率い、X線天文衛星(あすか、すざく等)の観測機器開発、気球による天体X線観測手法の開発(アメリカNASAゴダード宇宙飛行研究所との共同研究)、及び、それらを使っての、巨大ブラックホール等天体からのX線の観測・研究を行っている。
井上 允(いのうえ まこと、1947年2月 - )は、日本の… 井上 允(いのうえ まこと、1947年2月 - )は、日本の天文学者。学位は、理学博士(名古屋大学)。専門は、電波天文学で、国立天文台名誉教授。台湾 中央研究院 天文及天文物理研究所 特聘研究員。島根県出身。 国立天文台野辺山宇宙電波観測所の建設に参画し、活動銀河中心部の観測、研究に従事。電波望遠鏡(VLBI:超長基線干渉計)による水メーザー源の観測で、巨大ブラックホールが存在する確証を、初めて得た業績で、中井直正、三好真とともに仁科記念賞を受賞(1996年)。その後も、より高分解能の観測を実現するため、地上施設の他に人工衛星も使う超長基線干渉計、スペースVLBI(VSOP計画、VSOP2計画)を推進した。
村瀬 憲夫(むらせ のりお、1946年10月22日 - )は… 村瀬 憲夫(むらせ のりお、1946年10月22日 - )は、日本の国文学者。近畿大学名誉教授。和歌山市在住。 愛知県・宝飯郡一宮町生まれ。1970年名古屋大学文学部国文科卒、1972年同大学院修士課程修了、名古屋大学文学部助手、1975年和歌山大学教育学部講師、助教授、1989年近畿大学文芸学部助教授、1994年教授、2012年名誉教授。 2000年「萬葉集の編纂 作者未詳歌巻の論」で名大文学博士。美夫君志会会長。2025年、瑞宝中綬章受章。
山田 登世子(やまだ とよこ、1946年2月1日 - 201… 山田 登世子(やまだ とよこ、1946年2月1日 - 2016年8月8日)は、日本のフランス文学者、エッセイスト。愛知淑徳大学名誉教授。 福岡県田川市生まれ。旧姓・青柳(父は弁護士)。福岡県立西田川高等学校卒、名古屋大学文学部仏文科卒、1974年同大学院博士課程満期退学。1975年愛知淑徳大学専任講師、1979年助教授、1987年教授、1995年現代社会学部教授、メディアプロデュース学部教授。2015年退任、名誉教授。 オノレ・ド・バルザックが専門だが、フランスのファッション、恋愛に関する評論、エッセイで知られ、与謝野晶子について書いたり、小説も書いた。 2016年8月8日、肺癌のため死去。70歳没。
杉村 昌昭(すぎむら まさあき、1945年4月7日- )は、… 杉村 昌昭(すぎむら まさあき、1945年4月7日- )は、日本のフランス文学者、評論家、龍谷大学名誉教授。 フェリックス・ガタリ、アントニオ・ネグリなどを翻訳紹介し、天皇制、グローバリゼーション批判などの論陣を張っている。 静岡県生まれ。1971年名古屋大学文学部仏文科卒、1973年同大学院修士課程修了。大阪女子大学講師、助教授、龍谷大学経営学部教授、2011年名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
石黒 正人(いしぐろ まさと、1945年 - )は、日本の天… 石黒 正人(いしぐろ まさと、1945年 - )は、日本の天文学者。理学博士(東京大学)。専門は電波天文学で、国立天文台名誉教授。国際共同プロジェクトALMA計画(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計建設計画)の推進責任者(1998-2006年 計画準備室長、2006-2007年 推進室長)。 名古屋大学工学部電子工学科卒業。名古屋大学大学院修士課程修了。その後、名古屋大学空電研究所助手、東京大学東京天文台助教授を経て、1988年に国立天文台教授に就任。2009年同名誉教授。 以後、野辺山宇宙電波観測所長、電波天文学研究系主幹、技術部長などを歴任しつつ、電波干渉計の技術開発及び、電波干渉計による太陽大気、星形成領域、銀河中心部等の観測的研究を進めた。
松本 敏雄(まつもと としお、1941年 - )は、日本の天… 松本 敏雄(まつもと としお、1941年 - )は、日本の天文学者。宇宙航空研究開発機構名誉教授。
川合 清隆(かわい きよたか、1940年- )は、フランス文… 川合 清隆(かわい きよたか、1940年- )は、フランス文学者、甲南大学名誉教授。 愛知県生まれ。1963年名古屋大学文学部仏文科卒、70年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。甲南大学文学部助教授、教授。2008年退任、名誉教授。ルソーを研究。
岡本 勝(おかもと まさる、1938年6月5日 - 2007… 岡本 勝(おかもと まさる、1938年6月5日 - 2007年3月11日)は、日本の国文学者。近世俳諧が専門。 三重県生まれ。名古屋大学大学院国文学博士課程中退。1989年に「近世俳壇史新攷」で文学博士。帝塚山短期大学助教授、愛知教育大学助教授、教授を経て、2002年に定年退官、名誉教授、中部大学教授。
村上 学(村上 學、むらかみ まなぶ、1936年3月12日 … 村上 学(村上 學、むらかみ まなぶ、1936年3月12日 - )は、日本の国文学者。元名古屋大学教授。 愛知県宝飯郡出身。名古屋大学文学部国文科卒、同大学院修士課程修了。1984年「曽我物語の基礎的研究 本文研究を中心として」で文学博士。静岡女子短期大学、国文学研究資料館、豊橋技術科学大学助教授、教授、1990年名古屋工業大学教授をへて、名古屋大学文学部教授となる。99年定年退官、大谷大学教授を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
奥田 治之(おくだ はるゆき、1935年 - )は、日本の天… 奥田 治之(おくだ はるゆき、1935年 - )は、日本の天文学者。宇宙科学研究所名誉教授。 愛知県出身。1954年滝実業高等学校卒業。1963年名古屋大学大学院博士課程修了。大学院では早川幸男に師事した。同年名古屋大学理学部助手、1967年京都大学理学部物理学科宇宙線研究室助教授となり、同教室内に赤外線天文学グループを開いた。1981年宇宙科学研究所教授に就任し、同研究所において宇宙空間からの赤外線による天体観測を推し進めた。1999年宇宙科学研究所名誉教授、その後2006年まで群馬県立ぐんま天文台副台長。2020年、瑞宝中綬章受章。 奥田の弟子には佐藤修二、舞原俊憲、中川貴雄らがいる。田村元秀は奥田の孫弟子にあたる。
桜井 好朗(さくらい よしろう、1931年9月17日 - 2… 桜井 好朗(さくらい よしろう、1931年9月17日 - 2014年5月8日)は、日本の国文学者、文学博士。花井純一郎の筆名で詩人。椙山女学園大学名誉教授。元佛教大学教授。1960年代から、中世日本紀研究において先陣を切り、中世神話の研究地平を切り拓いた先駆者。1982年、芸術選奨文部大臣賞(『中世日本文化の形成-神話と歴史叙述』東京大学出版会)。 1931年9月17日、愛知県瀬戸市に生まれる。1954年3月、名古屋大学文学部史学科卒業。 1954年4月に名古屋市立志賀中学校教諭となる。1957年4月から名古屋市立中央高等学校教諭を経て、1961年4月から名古屋市立桜台高等学校教諭。 1967年4月からの豊田工業高等専門学校講師を経て、1969年4月に豊田工業高等専門学校助教授就任。
石黒 英男(いしぐろ ひでお、1931年 - 2010年3月… 石黒 英男(いしぐろ ひでお、1931年 - 2010年3月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。中央大学名誉教授。 名古屋市生まれ。1954年名古屋大学文学部独文科卒業。1955年同研究生、1957年6月名城大学商学部専任講師、1963年1月日本大学理工学部専任講師、1966年中央大学商学部専任講師、1968年助教授、1973年教授、1994-1997年同人文科学研究所所長、2002年定年、名誉教授。 『新日本文学』などに拠り、左翼的立場からドイツ演劇を研究した。
山本 尤(やまもと ゆう、1930年11月25日 - 201… 山本 尤(やまもと ゆう、1930年11月25日 - 2015年7月23日)は、日本のドイツ文学者、京都府立医科大学名誉教授。専攻はドイツ文学、思想史。 兵庫県西宮市生まれ。1955年名古屋大学文学部独文科卒業。1971年神戸大学講師、助教授、京都府立医科大学教授。1994年定年、名誉教授。2009年秋瑞宝中綬章受章。叙正四位。多くの翻訳を行った。
藤井 隆(ふじい たかし、1929年9月4日 - 2020年… 藤井 隆(ふじい たかし、1929年9月4日 - 2020年7月17日)は、日本の国文学者、書誌研究者。名古屋市立大学名誉教授。 東京府羽田町に生まれる。1953年に名古屋大学文学部国文科を卒業。 愛知大学副手、助手、講師、帝塚山短期大学助教授、教授、名古屋市立大学教養部助教授、教授。1995年に定年退官、名誉教授。1998年より2005年まで豊橋市美術博物館館長を務める。 1993年、豊橋市文化振興賞を受賞。 藤井の学問は、およそ次の4つに分けて考えることができる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山田 昭廣(やまだ あきひろ、1929年 - )は、日本の英… 山田 昭廣(やまだ あきひろ、1929年 - )は、日本の英文学者・書誌学者。 英国バーミンガム大学シェイクスピア研究所で英米書誌学を学び、その後本格的な研究に従事、国際的に一級の評価を獲得した最初の日本人書誌学者・本文校訂者といえる。とりわけ、そのジョージ・チャップマン等の戯曲版本の書誌学的研究は、英米の数あるエリザベス朝書誌学・本文研究においても、歴史的評価に耐え得る高度なものとなっている。著書・編著以外に、英米専門誌を中心に掲載された多数の学術論文が存在する。
伊東 泰治(いとう やすはる、1922年4月18日 - 20… 伊東 泰治(いとう やすはる、1922年4月18日 - 2013年4月2日)は、日本のドイツ文学者。名古屋大学名誉教授。 1922年、山口県萩市で生まれた。1940年に山口県立山口中学校を卒業し、東京高等学校文科乙類に進んだ。1942年に卒業。京都帝国大学文学部ドイツ文学専攻に進み、1946年に卒業。 修了後は、三重県立医科大学予科教授に就いた。三重県立大学助教授、金沢大学法文学部助教授を経て、名古屋大学分校助教授に就いた。その後教養部助教授に配置換えとなり、教養部教授昇格。名古屋大学総合言語センター教授に配置換えとなり、同センター長を併任した。名古屋大学在職中、西ドイツ・アレクサンダー・フォン・フンボルト財団給費留学生として渡独し、ミュンヘン大学、ハイデルベルク大学、フライブルク大学に滞在して在外研究。
久米 常民(くめ つねたみ、1913年5月5日 - 1977… 久米 常民(くめ つねたみ、1913年5月5日 - 1977年2月10日)は、日本の国文学者。専門は万葉集であり、中部地方における万葉研究の中心的な役割を果たした。学位は、博士(文学)(名古屋大学)。愛知県知多郡東浦村(現・東浦町)出身。 1913年(大正2年)5月5日、愛知県知多郡東浦村(現・東浦町)藤江に生まれた。1920年(大正9年)4月に藤江尋常小学校に入学し、1926年(大正15年)3月に藤江尋常小学校を卒業した。1926年(大正15年)4月に旧制愛知県立半田中学校に入学し、1931年(昭和6年)3月に愛知県立半田中学校を卒業した。半田中学校時代の友人として、後に児童文学作家となる新美南吉(本名は新美正八)がおり、南吉と久米は互いが書いた文学作品を交換して読み合うなどしていた。
入矢 義高(いりや よしたか、1910年(明治43年)12月… 入矢 義高(いりや よしたか、1910年(明治43年)12月13日 - 1998年(平成10年)6月30日)は、日本の中国文学者。中国禅を中心とした仏教学者。専門は中国古典文学。学位は、文学博士。名古屋大学名誉教授、京都大学名誉教授。日本学士院会員。正四位勲二等瑞宝章。 1910年、鹿児島県鹿児島市で英語教師・入矢祐雲の長男として生まれた。1928年、福岡県立小倉中学校を卒業。1932年に福岡高等学校を卒業し、京都帝国大学に進学。ドイツ文学を専攻したいと考えていたが、父の意向で中国文学へと転向し、倉石武四郎の指導を受けた。1936年、京都大学文学部文学科を卒業。 卒業後は、広島県立中学(旧制)の教員となり、県立呉第一中学校に勤務。
新村 猛(しんむら たけし、1905年(明治38年)8月2日… 新村 猛(しんむら たけし、1905年(明治38年)8月2日 - 1992年(平成4年)10月31日)は、日本のフランス文学者・言語学者・国語辞書編纂者。名古屋大学名誉教授。元橘女子大学学長。 新村出の次男。息子新村徹は中国文学者(妻は中井正一の三女)。他に学術編集者の新村恭がいる。 東京府で生まれた。京都第一中学校、第三高等学校を経て、京都帝国大学文学部史学科に入学。すぐに仏文科へ転攻し卒業する。 1935年2月、中井正一や真下信一や武谷三男たちと共に同人誌『世界文化』を創刊、また週刊紙『土曜日』の常連執筆者として反ファシズム運動に関わった。このため、同志社大学予科教授であった1937年11月に真下信一らとともに治安維持法違反で逮捕され、2年間の獄中生活を送る。
山中 散生(やまなか ちるう、1905年5月7日 - 197… 山中 散生(やまなか ちるう、1905年5月7日 - 1977年9月11日)は、昭和期の日本の詩人・フランス文学者。本名・山中利行。 愛知県名古屋市に生まれる。1923年(大正12年)に名古屋高等商業学校に入学。在学中に当時名古屋で刊行されていた象徴派の詩誌『青騎士』に参加している。3年後に卒業するとNHK東海支部に就職する。1929年(昭和4年)、冨士原清一から雑誌『衣裳の太陽』を贈られたことを機にシュルレアリスムに傾倒。同年、雑誌『Ciné』を創刊。1933年(昭和8年)からフランスの詩人ポール・エリュアールとの文通が始まり、その交際はアンドレ・ブルトン、トリスタン・ツァラ、ジョルジュ・ユニエ、ルネ・シャール、マン・レイ、サルヴァドール・ダリ、ハンス・ベルメールらに広がっていき、彼らの作品を『詩と詩論』『文藝汎論』『マダム・ブランシュ』『Vou』『Cendre』などの雑誌に発表、紹介を始める。