辻 二郎(つじ じろう、1927年5月11日 - 2022年… 辻 二郎(つじ じろう、1927年5月11日 - 2022年4月1日)は、日本の化学者。Ph.D.(米国コロンビア大学)。東京工業大学栄誉教授。滋賀県出身。 パラジウム触媒を用いた有機合成反応の先駆者。世界で最初にパラジウム化合物を用いる炭素-炭素結合生成反応を発見した。中でも辻・トロスト反応は有名である。有力なノーベル賞候補となっていた。 1927年に、滋賀県蒲生郡近江八幡町(現在の近江八幡市)に生まれた。八幡商業学校、彦根工業専門学校(現滋賀大学)を経て、1951年京都大学理学部卒業。東レ基礎研究所研究主幹、東京工業大学工学部教授、岡山理科大学工学部教授、倉敷芸術科学大学産業科学技術学部教授を歴任。
谷村 晃(たにむら こう、1927年4月27日 - 2005… 谷村 晃(たにむら こう、1927年4月27日 - 2005年10月7日)は、日本の音楽学者。 兵庫県生まれ。1951年京都大学文学部卒。1963年から1965年までミュンヘン大学に留学。1968年「ウィーン古典派音楽の精神構造」で文学博士(関西学院大学)。関西学院大学、大阪大学教授、1993年定年退官、大阪芸術大学教授。1983年から1989年まで日本音楽学会会長を務めた。1979年から1996年までサントリー学芸賞選考委員。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 音楽/ウィキプロジェクト 音楽)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
山中 正剛(やまなか せいごう、1927年4月10日 - 2… 山中 正剛(やまなか せいごう、1927年4月10日 - 2013年12月31日)は、社会学者、広告研究者。 京都市出身。京都大学卒。立教大学大学院社会学修了、成城大学文芸学部助教授、教授、1998年定年、名誉教授。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
瀧本 敦(滝本 敦、たきもと あつし、1927年4月9日 -… 瀧本 敦(滝本 敦、たきもと あつし、1927年4月9日 - )は、日本の植物学者、京都大学名誉教授。 山口県岩国市出身。1950年京都大学農学部農林生物学科卒、同大学院中退、1961年「短日植物の花芽形成を支配する光条件」で農学博士。京大農学部助手、講師、助教授を経て、1967年教授、1991年定年退官、名誉教授となる。日本植物学会・日本植物生理学会名誉会員。日本植物生理学会功績賞を受賞。花を咲かせる開化ホルモンを研究した。
富岡 次郎(とみおか じろう、1927年(昭和2年)4月1日… 富岡 次郎(とみおか じろう、1927年(昭和2年)4月1日 - )は、日本の歴史学者、京都大学名誉教授。西洋史、特に中世英国史が専門だが、日本近代労働史にも関心がある。 兵庫県生まれ。1952年京都大学西洋史学科卒、同大学院、1966年「イギリス農民一揆の研究」で、京都大学より文学博士の学位を取得。京都大学人文科学研究所助手、京都大学教養部講師、助教授、教授、1992年定年退官、名誉教授、京都学園大学教授。 妻・富岡和子は、農学博士、奈良教育大学教授。長男・富岡淳は、工学博士・早稲田大学理工学部教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
森 芳茂(もり よしたか、1927年(昭和2年)3月29日 … 森 芳茂(もり よしたか、1927年(昭和2年)3月29日 - 2012年(平成24年))は日本の病理学者。兵庫医科大学名誉教授。 1952年(昭和27年)3月、京都大学医学部を卒業。1958年(昭和33年)、神戸医科大学(現・神戸大学医学部)より医学博士号を取得した。 神戸大学医学部助教授、兵庫医科大学教授を経て、1995年(平成7年)4月より兵庫医科大学名誉教授。 2012年(平成24年)逝去。 曽祖父は日本画家の森寛斎、祖父は日本画家の森雄山、父は日本画家の森公挙、子は心理学者で甲南大学教授の森茂起。花園大学歴史博物館2001年度秋季特別展『森寛斎と森派の絵画』の開催にも協力した。
松本 仁助(まつもと にすけ、1927年3月8日 -2016… 松本 仁助(まつもと にすけ、1927年3月8日 -2016年11月3日 )は西洋古典学者、古代ギリシア文学研究者、大阪大学名誉教授。大阪市生まれ。1951年京都大学文学部卒業。同志社大学教授、大阪大学教授、大阪学院大学教授を経て2002年に退職。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
細川汀(ほそかわ みぎわ、1927年(昭和2年)2月27日-… 細川汀(ほそかわ みぎわ、1927年(昭和2年)2月27日-2020年(令和2年)1月21日)は、日本の医師、医学者。 岡山県高梁市生まれ。京都大学医学部卒、1961年三重県立大学医学博士。大阪市立衛生研究所、関西医科大学衛生学公衆衛生学教室講師、京都府立衛生公害研究所、京都府向陽保健所長、京都市衛生研究所、京都府立大学教授、90年定年、神戸健康共和会労働医学研究所。京都府交通・労働等災害救済事業団。働く人の生命と健康を守る全国センターなどの参与。専攻は労働医学、社会医学、地域保健医療福祉。「過労死」の語の名付け親の一人。
岡田 節人(おかだ ときんど、1927年2月4日 - 201… 岡田 節人(おかだ ときんど、1927年2月4日 - 2017年1月17日)は、日本の発生生物学者。従三位。JT生命誌研究館名誉顧問、京都大学名誉教授。理学博士。兵庫県伊丹市出身。伊丹市名誉市民。京都市名誉市民。 一般向けの著書も書いており、クラシック音楽好きである。妻・岡田瑛(1928 - 、京都大学理学部卒、生物学、神戸海星女子学院大学名誉教授)は脇圭平の妹。息子岡田暁生は音楽学者。父は国文学者岡田利兵衞で、元伊丹市長でもあった。父利兵衞が地元に没後設立した財団法人「柿衞文庫」理事・名誉館長でもある。四方田犬彦の母方の遠縁に当たる。 2017年1月17日、肺炎により逝去。89歳没。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
白崎 昭一郎(しらさき しょういちろう、1927年1月17日… 白崎 昭一郎(しらさき しょういちろう、1927年1月17日 - 2014年8月3日)は、作家、歴史家、医師。 東京生まれ。1950年京都大学医学部卒。開業医、福井保健所長、福井工業大学教授、97年定年退職。『福井県史』古代史部会の副部会長などを務めた。
小玉新次郎(こだま しんじろう、1927年1月16日- )は… 小玉新次郎(こだま しんじろう、1927年1月16日- )は、日本のアジア史学者、関西学院大学名誉教授。 神戸市生まれ。1952年京都大学文学部史学科(東洋史専攻)卒業。関西学院大学文学部助教授、教授を経て、98年定年、名誉教授となる。1974年「シリア文明交流史研究」で関西学院大学文学博士。西アジア古代史が専門。
竹尾 治一郎(たけお じいちろう、1926年12月31日 -… 竹尾 治一郎(たけお じいちろう、1926年12月31日 - )は、日本の哲学者、関西大学名誉教授。分析哲学・科学哲学が専門。 大阪府大阪市出身。1950年京都大学文学部哲学科卒。大阪教育大学助教授、関西大学文学部教授。1997年定年、名誉教授となり、南大阪大学教授。
飴山 實(あめやま みのる、1926年(昭和元年)12月29… 飴山 實(あめやま みのる、1926年(昭和元年)12月29日 - 2000年(平成12年)3月16日)は、日本の俳人、化学者。山口大学名誉教授(農芸化学)。 石川県小松市生まれ。第四高等学校を経て、1950年、京都大学農学部農芸化学科卒。化学者としては酢酸菌の研究を専門とし、大阪府立大学助手、静岡大学助教授を経て、1969年、山口大学農学部教授。1988年、「酢酸菌の生化学的研究」にて日本農芸化学会功績賞、中国文化賞を受賞。1990年、山口大学を定年退職、関西大学工学部教授を務めた。2000年3月16日、腎不全により死去。 句作は高校在学中、『芭蕉七部集』を読み、寮の宿直だった大河寥々の指導を受けて始めた。
井ヶ田 良治(いげた りょうじ、1926年12月6日 - 2… 井ヶ田 良治(いげた りょうじ、1926年12月6日 - 2018年5月13日)は、日本の法制史学者。法学博士(大阪大学・論文博士・1985年)。同志社大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。1943年第二高等学校に入学し、1945年に文科乙類を卒業。京都大学で藤直幹・柴田實に学ぶ。権門体制論・顕密体制論で知られる黒田俊雄とは同期。1948年京都大学文学部史学科国史専攻を卒業し大学院文学専攻科に進んだが、1954年に退学。 1951年同志社大学法学部助手(日本法制史)、1953年同専任講師、1956年同助教授、1961年同教授、1997年同名誉教授。同志社大学法学部日本法制史ゼミの教え子で日本法制史研究者に、田中修實(中世)・村上一博(近代)・居石正和(近代)・田口昌樹(近代)等がいる。
柳沼 重剛(やぎぬま しげたけ、1926年12月1日 - 2… 柳沼 重剛(やぎぬま しげたけ、1926年12月1日 - 2008年7月29日)は、日本の西洋古典学者。筑波大学名誉教授、プルタルコスの原典訳が著名。 1926年(大正15年)、東京生まれ。浦和高等学校(旧制)を卒業。大正生まれで在学中に学徒出陣で徴兵。最後の初年兵として兵役につき広島県八本松町(現:東広島市)に駐在、1945年8月6日の広島に原爆投下直後から終戦まで約10日間駐留、爆心地で救援に当たり二次被曝した。1949年、京都大学文学部を卒業、田中美知太郎や松平千秋の門下生であった。 1949~56年、都立九段高校で、英語教師として「英語」と「世界史」を担当しつつ、東京大学大学院で、高津春繁の指導を受けた。
三木 正之(みき まさゆき、1926年11月29日 - 20… 三木 正之(みき まさゆき、1926年11月29日 - 2018年7月13日)は、日本のドイツ文学者・哲学者、神戸大学名誉教授。 大阪府生まれ。京都大学文学部独文科卒業。鹿児島大学講師、神戸大学教養部助教授、文学部教授、90年定年退官、名誉教授、関西外国語大学教授。 2008年、瑞宝中綬章受章。 2018年7月13日、胃がんのため、神戸市須磨区の病院で死去、91歳。叙正四位。
平野 朝雄(ひらの あさお、1926年〈大正15年〉11月2… 平野 朝雄(ひらの あさお、1926年〈大正15年〉11月26日 - 2019年〈令和元年〉7月25日)は、アメリカ合衆国・日本の神経病理学者・脳神経内科医。 ニューヨーク州のモンテフィオーレ病院(Montefiore Medical Center)、アルバート・アインシュタイン医学校 教授として神経病理学・神経学の発展に貢献し、黎明期の神経学を担う多数の日本人研究者を育成した。 旧制新潟高等学校に進学後、京都大学医学部に進学し1952年に卒業。同年に大阪アメリカ陸軍病院(現:大阪赤十字病院)で初の日本人実習生として荒木淑郎と共に1年間インターンを行う。現地の医師から留学を薦められ、アメリカに留学することを決意する。
西島 安則(にしじま やすのり、1926年11月17日 - … 西島 安則(にしじま やすのり、1926年11月17日 - 2010年9月3日)は、日本の工学者。専門は高分子化学。工学博士。京都大学名誉教授、京都市立芸術大学名誉教授。京都大学総長・京都市立芸術大学学長(1998年~2004年)・京都市産業技術研究所所長を歴任。2004年瑞宝大綬章受章。 京都府生まれ。旧制京都府立京都第一中学校(現:京都府立洛北高等学校)卒業、京都大学工学部卒業。工学博士。 1949年~1954年京都大学大学院特別研究生。1953年~1956年ブルックリン工科大学高分子研究所留学。1962年京都大学工学博士、1964年京都大学講師。1967年ブルックリン工科大学客員教授、1968年京都大学助教授,1974年京都大学教授、1975年京都大学学生部長、1979年京都大学工学部長、1985年~1991年京都大学総長。
平井 俊夫(ひらい としお、1926年10月28日 - 19… 平井 俊夫(ひらい としお、1926年10月28日 - 1993年10月20日)は、ドイツ文学者、京都大学文学部名誉教授。 1953年京大文学部卒。浪速大学助教授を経て、1969年京大文学部独文科助教授、1976年主任教授、1990年定年退官。 トラークルを研究していたが、その後ゲーテ研究に移る。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
宇尾 淳子(うお じゅんこ、1926年10月12日 - 20… 宇尾 淳子(うお じゅんこ、1926年10月12日 - 2006年9月11日)は、日本の生物学者(専門は昆虫生理学、内分泌学)。 大阪府大阪市出身。男爵・西五辻光仲の三女。夫は核融合の研究で知られる宇尾光治。 1948年奈良女子高等師範学校卒業。1951年京都大学理学部動物学科卒。1952-1953年純心女子短期大学(長崎)講師。1957年京都大学大学院(旧制)修了。1961年「鱗翅目昆虫の神経分泌系の電子顕微鏡的研究」で理学博士。1955-1964年海星女子学院短期大学助教授、教授、1962-1967年アメリカ・プリンストン大学研究員、西ドイツ・ミュンヘン大学助手、イギリス・オックスフォード大学研究員、1967-1985年塩野義製薬研究所主任研究員、1975年オーストラリア・アデレード大学客員教授。
筧田 知義(といた ともよし、1926年10月8日 - 20… 筧田 知義(といた ともよし、1926年10月8日 - 2004年8月15日)は、日本の教育学者。京都大学名誉教授、富山県立大学名誉教授。教育学博士(京都大学、1981年)。旧制高等学校や幼児教育について研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
野村 博(のむら ひろし、1926年9月22日 - )は、日… 野村 博(のむら ひろし、1926年9月22日 - )は、日本の哲学研究者、佛教大学名誉教授。 京都府生まれ。京都大学文学部哲学科卒、同大学院博士課程満期退学。佛教大学助教授、社会学部教授。97年定年退任、名誉教授。バートランド・ラッセルなど英米哲学を研究した。
千畑 一郎(ちばた いちろう、1926年8月6日 - 201… 千畑 一郎(ちばた いちろう、1926年8月6日 - 2015年10月2日)は、日本の経営者、農学博士。田辺製薬(現在の田辺ファーマ)社長、会長を務めた。 大阪府出身。1948年に京都大学農学部農芸化学科を卒業し、同年に田辺製薬に入社。1981年7月に取締役に就任し、1983年7月に常務、1985年7月に専務を経て、1987年1月に副社長に就任し、1989年6月には社長に昇格。1997年6月に会長に就任。 2000年4月に勲二等瑞宝章を受章。 2015年10月2日に死去。89歳没。
北村 昌美(きたむら まさみ、1926年7月30日 - 20… 北村 昌美(きたむら まさみ、1926年7月30日 - 2012年8月13日)は、日本の林学者、山形大学名誉教授。 兵庫県生まれ。京都大学農学部林学科卒業。1964年「一致高和による林分材積の推定に関する理論的研究」で京大農学博士。山形大学農学部助教授、教授、ドイツ・フライブルク大学客員教授。1989年定年退官、名誉教授。鶴岡致道大学学長、山形県鶴岡市名誉市民。
田中 正大(たなか まさひろ、1926年7月5日- )は、日… 田中 正大(たなか まさひろ、1926年7月5日- )は、日本の造園学者。東京農業大学名誉教授。農学博士(京都大学)。 和歌山県に生まれる。1949年に、京都大学農学部林学科を卒業する。 東京に移り、1950年1月に東京都世田谷区立富士中学校教諭となる。以後、世田谷区立八幡中学校(1954年5月)、 豊島区立大塚中学校(1961年4月)、 清瀬市立清瀬第二中学校(1971年4月)でそれぞれ教諭を務めた。 1973年から1978年まで、東京都「緑の監視員」となる。その傍ら、1976年から1978年まで「清瀬の自然を守る会」の副会長も務めた。 1978年4月、東京農業大学短期大学農業科教授に就任する。
広岡 隆(ひろおか たかし、1926年6月29日 - 200… 広岡 隆(ひろおか たかし、1926年6月29日 - 2009年)は、日本の法学者。専門は、行政法・行政代執行。 大阪府河南町生まれ。1949年京都帝国大学法学部卒。1962年「行政上の強制執行の研究」で、京都大学より法学博士の学位を授与される。 大阪学芸大学助教授、関西大学法学部助教授、関西学院大学法学部助教授、教授、96年定年、名誉教授、関西外国語大学教授。『アメリカ現代詩におけるホイットマン像』の著者、廣岡實は実弟。
萩原 宏(はぎはら ひろし、1926年6月27日 - 201… 萩原 宏(はぎはら ひろし、1926年6月27日 - 2014年1月8日)は、日本の工学者。京都大学名誉教授。京都情報大学院大学初代学長。 石川県金沢市生まれ。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大槻 真一郎(おおつき しんいちろう、1926年6月21日 … 大槻 真一郎(おおつき しんいちろう、1926年6月21日 - 2016年1月1日)は、日本の科学史家。明治薬科大学名誉教授。 京都府生まれ。京都大学大学院博士課程(古代ギリシア哲学専攻)満期退学。明治薬科大学教授、1997年定年、名誉教授。古代ギリシアから中世錬金術、近代科学までを研究する。2016年1月1日、満89歳死去。
三輪正(みわ まさし、1926年5月20日- )は、日本の哲… 三輪正(みわ まさし、1926年5月20日- )は、日本の哲学者。大阪大学名誉教授。 鳥取県生まれ。1948年京都帝国大学文学部哲学科卒、1950年大阪大学文学部助手、1954‐56年パリ大学で学び、哲学博士、1958年奈良県立医科大学助教授、1963年京都大学教養部助教授、1967年大阪大学文学部助教授、70年教授、1990年定年退官、神戸学院大学教授。
太壽堂 鼎(たいじゅどう かなえ、1926年5月14日 - … 太壽堂 鼎(たいじゅどう かなえ、1926年5月14日 - 1996年8月28日)は、日本の法学者。専門は国際法。京都大学名誉教授。元姫路獨協大学教授。 1926年5月14日、京都市に生まれる。1939年から3年間、宗教家の大谷光瑞の門下生として京都、台湾にて修業を積み、1943年10月、専門学校入学者検定試験に合格。同年12月より1945年10月まで、徴用工および現役兵として勤務した。 旧制第三高等学校を経て1953年に京都大学法学部を卒業し、同大学法学部助手として国際法の研究を開始した。最初に取り組んだのは領域法の理論であり、1955年の助手論文「国際法上の先占について――その歴史的研究」においては思想史や経済史を参照しつつ、縦断的に国際先占原則の成立と展開の跡を研究した(領域法の社会学的研究)。
伊谷 純一郎 (いたに じゅんいちろう、1926年(大正15… 伊谷 純一郎 (いたに じゅんいちろう、1926年(大正15年)5月9日 - 2001年(平成13年)8月19日)は、日本の生態学者、人類学者、霊長類学者。京都大学名誉教授、神戸学院大学名誉教授。 1926年、鳥取県鳥取市西町で、画家・伊谷賢蔵の長男として生まれた。生後約1ヵ月で両親の居宅があった京都市日ノ岡に移り、以後は京都市で育つ。1939年、旧制京都府立京都第三中学校(現・京都府立山城高等学校)に入学。1944年、京都第三中学校を卒業し、旧制鳥取農林専門学校獣医畜産学科に入学。1945年、学徒動員令により兵庫県川西市の陸軍獣医資材支廠で働く。1947年、鳥取農林専門学校を卒業。京都大学理学部動物学科を受験したが不合格。
三島 康雄(みしま やすお、1926年5月3日 - 2011… 三島 康雄(みしま やすお、1926年5月3日 - 2011年5月21日)は、日本の経営史学者。 名古屋市出身。1952年京都大学経済学部卒、1956年同大学院博士課程満期退学、1970年「ロシア領漁業における巨大企業の発展過程」で大阪大学より経済学博士の学位を取得。中京大学商学部講師、助教授、1960年東京水産大学(現・東京海洋大学)講師、助教授、1970年甲南大学教授、1993年奈良県立商科大学(現・奈良県立大学)教授、学長、2000年退職。1972年漁業経済学会賞受賞。1981年イリノイ大学客員教授。2004年4月瑞宝中綬章受章。
三好寿(みよし ひさし、1926年4月24日 - )は、日本… 三好寿(みよし ひさし、1926年4月24日 - )は、日本の海洋学者、東京水産大学名誉教授。 岡山県出身。東京大学大学院出身。1961年「明神礁爆発による津波の研究」で京都大学・理学博士。東京水産大学講師、助教授、教授。定年退官後、名誉教授。津波の研究で知られる。
翠川 修(みどりかわ おさむ、1926年3月25日 - 20… 翠川 修(みどりかわ おさむ、1926年3月25日 - 2017年11月6日)は、日本の医学者。京都大学名誉教授。専門は病理学。 長野県小県郡出身。父は、京城帝国大学助教授の翠川磐。旧制長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)、旧制静岡高等学校を経て、1949年京都大学医学部卒業。1958年同大学医学部助教授。1959年ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン医学部に留学。1962年岐阜県立医科大学(現・岐阜大学医学部)教授。1963年京都大学医学部教授。1978年フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞選考委員。1983年ドイツ病理学会名誉会員。1989年京都大学退官、同大学名誉教授。
中川 米造(なかがわ よねぞう、1926年3月23日 - 1… 中川 米造(なかがわ よねぞう、1926年3月23日 - 1997年9月30日)は、日本の医師・医学者。 朝鮮・京城生まれ。穀物取引業を営む中川泰治の長男。京都府出身。旧制松江高等学校を経て1949年京都大学医学部卒、1955年医学博士。1950年京都大学附属病院耳鼻科助手、1955年大阪大学医学部講師、80年教授。89年定年退官し、名誉教授。滋賀医科大学教授、大阪国際女子大学教授を経て、1996年仏教大学教授。1970年阪大医学部の森永ヒ素ミルク中毒症追跡調査会代表を務め、訴訟では原告側証人として因果関係を証言。68年に札幌医科大学で実施された日本初の心臓移植(和田心臓移植事件)については告発する会を結成し、「病者のための人権宣言」を発表。
高取 正男(たかとり まさお、1926年3月16日 - 19… 高取 正男(たかとり まさお、1926年3月16日 - 1981年1月3日)は、日本の歴史学者・民俗学者。専攻は、日本文化史・民俗学。元京都女子大学教授。 1926年、愛知県名古屋市で生まれた。愛知県立明倫中学校(現愛知県立明和高等学校)を経て、京都大学文学部史学科に入学。1951年に卒業し、同大学大学院にて国史学を専攻して柴田實に師事した。また先輩の竹田聴洲と出会い、民俗学を志した。 京都女子大学非常勤講師に就いた後、1961年に同大学助教授に就任。1966年に教授昇格。1977年より国立民族学博物館客員教授も務めた。 専門は民俗学で、宗教民俗学。没後には法藏館より『高取正男著作集』(全5巻)が刊行された。
鯖田 豊之(さばた とよゆき、1926年3月12日- 200… 鯖田 豊之(さばた とよゆき、1926年3月12日- 2001年10月25日)は、日本の歴史学者、評論家、京都府立医科大学名誉教授。 専攻は西洋中世史、比較史。 奈良県生まれ。1952年京都大学文学部史学科卒。島根大学助教授や京都府立医科大学教授を経て、1988年に定年退官し、名誉教授。 『肉食の思想』が話題となり、保守派評論家として知られた。
萩原 延壽(はぎはら のぶとし、1926年(大正15年)3月… 萩原 延壽(はぎはら のぶとし、1926年(大正15年)3月7日 - 2001年(平成13年)10月24日)は、日本の歴史家・作家。1976年から1990年まで、休載を挟みつつ1,947回にわたり朝日新聞に連載した『遠い崖――アーネスト・サトウ日記抄』(全14巻)の著者で知られる。姓の萩原は「はぎはら」と読むのが正しいが、間違って「はぎわら」と読まれることがある。名の「延壽」は「延寿」と表記されることがある。 東京・台東区浅草(現在の隅田公園周辺)出身。父宮治、母タケヨ(旧姓茂木)は共に群馬県群馬郡の人、父は8年間の兵役を退き、母は小学校教員の勤務を終え、1925年に結婚。1927年に東京府豊多摩郡淀橋町柏木(現在の新宿区西新宿成子坂周辺)に転居。
中島 達二(なかじま たつじ、1926年3月2日 - 200… 中島 達二(なかじま たつじ、1926年3月2日 - 2001年3月18日)は、日本の経営者、工学博士。日本板硝子社長を務めた。 大阪府大阪市出身。1947年に京都大学工学部電気工学科を卒業し、同年に逓信省に入社。1982年7月に日本板硝子に転じ、1984年6月に取締役に就任し、1986年6月に常務を経て、1988年6月に社長に就任。1992年6月に副会長に就任し、1994年6月には相談役に就任。 1996年4月に勲三等旭日中綬章を受章。 2001年3月18日心不全のために死去。75歳没。
国原 吉之助(國原 吉之助、くにはら きちのすけ、1926年… 国原 吉之助(國原 吉之助、くにはら きちのすけ、1926年2月27日 - 2017年4月25日)は、日本の言語学者・西洋古典学者。名古屋大学名誉教授。広島県生まれ。 専門はラテン語とラテン文学で、多数の原典史書を訳し専門辞書の編纂を行った。 1953年京都大学文学部卒業。京都学芸大学(現:京都教育大学)助教授を経て、名古屋大学文学部教授、1988年に定年退官し名誉教授、その後は椙山女学園大学教授も務めた。
町田 茂(まちだ しげる、1926年〈大正15年〉2月22日… 町田 茂(まちだ しげる、1926年〈大正15年〉2月22日 - 2019年〈平成31年〉1月16日)は、日本の物理学者。専門は量子力学。理学博士(1959年)。京都大学名誉教授。 群馬県前橋市に生まれる。小学2年のときに千葉県へ移り、さらに東京へ転居。旧制武蔵高等学校を経て、1949年東京大学理学部物理学科卒、1959年理学博士。1952年広島大学講師、1955年立教大学助教授、1961年同教授、1966年京都大学理学部教授、1990年定年退官、名誉教授となる。1976年より日本学術会議員。
片山 泰久(かたやま やすひさ、1926年2月18日 - 1… 片山 泰久(かたやま やすひさ、1926年2月18日 - 1978年1月24日)は、日本の理論物理学者。 京都大学工学部原子力工学教授。学位は理学博士。素粒子論専攻。湯川秀樹の共同研究者。 長野県小県郡丸子町(現上田市)生まれ。旧制上田中学(長野県上田高等学校)、旧制松本高等学校理科甲類卒業。旧制京都帝国大学理学部卒業。1947年学術図書出版社に任務後、1957年7月京都大学基礎物理学研究所助教授、1961年4月同教授(1966年10月まで)、京都大学工学部に異動。
清水 克彦(しみず かつひこ、1926年2月16日 - )は… 清水 克彦(しみず かつひこ、1926年2月16日 - )は、日本の国文学者、京都女子大学名誉教授。妻は国文学者で関西大学名誉教授の清水好子。 京都府出身。1948年京都帝国大学文学部国文科卒。京都女子大学講師、助教授、教授、91年定年退任、名誉教授、佛教大学教授。96年退職。『万葉集』を専門とする。
榎原 猛(えはら たける、1926年(大正15年)1月22日… 榎原 猛(えはら たける、1926年(大正15年)1月22日 - 2004年(平成16年)6月28日)は、日本の憲法学者。大阪大学名誉教授。元甲子園短期大学長。法学博士。大阪府吹田市出身。
上田 閑照(うえだ しずてる、1926年1月17日 - 20… 上田 閑照(うえだ しずてる、1926年1月17日 - 2019年6月28日)は、日本の哲学者。専門はドイツ哲学・宗教哲学。京都大学名誉教授。京都学派を継承し、禅、東西神秘主義、エックハルト、ハイデッガー、京都学派思想などの研究を行った。 1926年、高野山真言宗僧侶の父・上田天瑞の長男として東京都で生まれた。横浜市立間門小学校、神奈川県立横浜第一中学校で学んだ。1943年に中学を卒業し、第一高等学校に入学。太平洋戦争の戦局悪化により就学期間が2年短縮され、1945年3月に卒業。京都帝国大学文学部に進学したが、4月中に召集し、本土防衛の任に就いた。戦後、1946年に京都帝国大学文学部に復学。哲学科で宗教学を専攻した。
中村 裕一(なかむら ひろかず、1926年1月9日 - 20… 中村 裕一(なかむら ひろかず、1926年1月9日 - 2012年6月4日 )は、日本の経営者、工学博士。三菱自動車社長、会長を務めた。 京都府京都市出身。1948年に京都大学工学部を卒業し、同年に三菱重工業に入社した。1970年に三菱自動車工業に転じ、1983年6月に取締役に就任し、常務を経て、1988年6月に副社長に就任し、翌年6月には社長に昇格した。1995年6月から会長を務め、1997年に総会屋への利益給与事件における責任を取る形で辞任し、同年6月からは相談役に転じた。社長在任時には、2代目「パジェロ」、初代「パジェロミニ」などをヒットさせ、国内市場において、多目的レジャー車ブームの立役者となった。
津田 禾粒(つだ かりゅう、1926年1月1日 - 1995… 津田 禾粒(つだ かりゅう、1926年1月1日 - 1995年12月30日)は、日本の古生物学者、地質学者。元新潟大学学長。 富山県上新川郡大沢野町(現・富山市)に生まれる。1949年に京都大学理学部を卒業。1951年、京都大学大学院を退学。同年3月、新潟大学理学部助手。1968年6月から同大学教授。1973年4月から同大学教養部教授。同年11月から10ヶ月間、ナイジェリアのイバダン大学招聘教授。1985年11月、新潟大学学長茂野六花の急死に伴い事務取扱学長。翌年2月より1992年1月まで、第10代新潟大学学長。 1992年1月に新潟大学を退官。1995年12月30日に食道がんにより、新潟大学医学部付属病院で死去。
浅野 一郎(あさの いちろう、1926年 - )は、日本の法… 浅野 一郎(あさの いちろう、1926年 - )は、日本の法学者。専門は立法学。元徳山大学学長。 岐阜県生まれ。1948年京都大学法学部卒業。参議院法制局第一部長、法制次長などを経て、1980年参議院法制局長に就任。1990年から関東学園大学教授、1993年から2001年まで徳山大学学長。2004年から2013年までLEC東京リーガルマインド大学総合キャリア学部の教授で学長顧問を務めた[要出典]。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
岡本 夏木(おかもと なつき、1926年 - 2009年)は… 岡本 夏木(おかもと なつき、1926年 - 2009年)は、日本の心理学者。学位は、文学博士(京都大学・論文博士・1972年)(学位論文「発達的観点からみた弁別学習の転移に関する研究」)。京都教育大学教授・京都女子大学教授を歴任。 1952年京都大学文学部哲学科卒。 1972年「発達的観点からみた弁別学習の転移に関する研究」で京都大学より文学博士の学位を取得。京都学芸大学助教授、京都教育大学教授、1990年定年退官、京都女子大学教授。2000年退職。発達心理学、言語心理学が専門。
木村 定(きむら さだむ、1926年 - )は、日本の医学者… 木村 定(きむら さだむ、1926年 - )は、日本の医学者。精神科医。 京都大学医学部卒業。1959年「神経症性離人症の精神病理学的研究」で京都大学より医学博士を授かる。関西医科大学助教授を経て龍谷大学に奉職、社会学部教授を務め1997年に定年退職[要出典]。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、医学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:医学/Portal:医学と医療)。