小山 美砂(こやま みさ、1994年 - )は、日本のジャー… 小山 美砂(こやま みさ、1994年 - )は、日本のジャーナリスト、新聞記者。元毎日新聞社記者。 大阪府大阪市出身。同志社大学社会学部メディア学科では浅野健一のゼミに所属。2017年毎日新聞社に入社した。本人の希望により広島支局に配属され勤務し、広島原爆投下による被爆者などの取材活動をした。2019年秋に広島支局で原爆報道キャップになり「区域外の被爆者を訪ねて 『黒い雨』の原告は訴える」と題する記事を連載し、被曝した当事者とその支援者計約100人に取材し、その証言を伝え、被爆者を援護する上での課題を明らかにしようとした。この問題について2022年7月に集英社新書の1冊として『「黒い雨」訴訟』を刊行し、2023年9月に第66回JCJ賞を受賞し、「日本の被爆者運動全体の歴史を含む(中略)「黒い雨をめぐる被爆者運動の俯瞰図」をまとめ上げた初めてのドキュメント」と評された。
松岡 史子(まつおか ふみこ、1988年5月23日 - )は… 松岡 史子(まつおか ふみこ、1988年5月23日 - )は、日本のテレビジョン放送ジャーナリスト。元日本海テレビジョン放送(NKT)報道記者。鳥取県東伯郡出身。 鳥取県東伯郡東郷町(現在の湯梨浜町)出身。鳥取県立倉吉東高等学校を経て同志社大学社会学部社会福祉学科卒業。 2009年、同志社大学3年次在学中に出場し、ミスキャンパスDoshisha2009グランプリに輝いた。在学中、竹内弘一の下で音楽わいど ラジオ・ビューのADをする。2020年時点、竹内とは時々電話をしたり、関西に行くときには連絡を取り合い必ず会っている。 2011年、大学卒業と共に地元山陰へUターン就職する形で日本海テレビジョン放送に入社。
五百旗頭 幸男(いおきべ ゆきお、1978年5月29日 - … 五百旗頭 幸男(いおきべ ゆきお、1978年5月29日 - )は、日本のジャーナリスト、テレビディレクター、ドキュメンタリー映画監督。チューリップテレビのアナウンサーを経て石川テレビ放送に移籍、現在は同局のドキュメンタリー制作部兼報道部の副部長を務めている。富山市議会の政務活動費問題を追ったドキュメンタリー番組『はりぼて 腐敗議会と記者たちの攻防』(チューリップテレビ)で第43回放送文化基金賞番組部門の制作賞を受賞した。 兵庫県宝塚市出身。スポーツ実況アナウンサーを志して、同志社大学文学部社会学科卒業後にチューリップテレビ入社。営業、スポーツ担当の報道記者兼キャスターを経て、2016年4月より夕方のニュース番組のメインキャスターとなった。
重信 メイ(しげのぶ メイ、1973年(昭和48年)3月1日… 重信 メイ(しげのぶ メイ、1973年(昭和48年)3月1日 - )は、レバノン系・パレスチナ系日本人のジャーナリスト。専門は中東問題。レバノンのベイルート出生。メイのアルファベット表記についてはMeiとMayが混在するが、SNSでの自称はMayを使用している。 新左翼で元日本赤軍のリーダー・重信房子元受刑者(2022年5月28日出所)とパレスチナ人活動家の間に生まれ、幼少期をアラブ社会で過ごす。8歳の誕生日に房子から「パレスチナ人と共に闘うため日本から来た」と教えられた。 房子は当時のアラブ社会を味方につけてもイスラエルや日本政府から追われており、その娘であるのを知られるとイスラエル情報機関に命を狙われるおそれがあったため、難民キャンプや民家を転々としながら房子の仲間以外には出自や本名を伏せて暮らした。
中西 哲生(なかにし てつお、1969年9月8日 - )は、… 中西 哲生(なかにし てつお、1969年9月8日 - )は、愛知県名古屋市出身の元サッカー選手、サッカー解説者、スポーツジャーナリスト。現役時代のポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。引退後は芸能事務所の三桂所属。父は大阪大学名誉教授(分子生物学)の中西康夫
鳥集 徹(とりだまり とおる、1966年(昭和41年)2月6… 鳥集 徹(とりだまり とおる、1966年(昭和41年)2月6日-)は、日本のジャーナリスト。医療分野を中心にジャーナリストとして活動している。兵庫県西宮市生まれ。千葉県在住。 同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒業。同志社大学大学院文学研究科修士課程修了(新聞学)。会社員、出版社勤務、フリーライター等を経て、2004年から医療分野を中心にジャーナリストとして活動。2006年〜2008年、月刊誌論座に福島県立大野病院のルポを発表。2007年3月、週刊朝日でタミフル寄附金問題をスクープし、インプラント使い回し問題疑惑もスクープ発表している。第一線で活躍する医師を500人以上取材した経験を生かし「週刊文春」「文藝春秋」「週刊女性セブン」「医薬経済」等に記事を寄稿、連載している。
瀬尾 傑(せお まさる、1965年2月5日 - )は、日本の… 瀬尾 傑(せお まさる、1965年2月5日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家、ニュースコメンテーター。 スマートニュースメディア研究所所長。スローニュース株式会社代表取締役。テレビ朝日『ワイドスクランブル』、東京エフエム『瀬尾傑 本のソムリエ』、東京MXテレビ『モーニンCROSS』などでコメンテーターを務める。インターネットメディア協会代表理事。総務省「放送を巡る諸問題に関する検討会」構成員。同志社東京メディアクローバー会会長。 1965年、兵庫県生まれ。大阪星光学院中学校・高等学校を経て、同志社大学商学部卒業。1988年日経マグロウヒル社(現日経BP社)に入社。経営企画室、日経ビジネス記者などを経て、1993年、講談社に転職。
山上 直子(やまがみ なおこ、1965年(昭和40年) - … 山上 直子(やまがみ なおこ、1965年(昭和40年) - )は、日本のジャーナリスト。産経新聞論説委員兼「大阪特派員」。 1965年(昭和40年)京都府出身、同志社大学商学部卒業。1991年(平成3年)産経新聞社入社。産経新聞の僚紙「大阪新聞」経済部、産経新聞京都総局、文化部を経て論説委員。2015年(平成27年)8月から「大阪特派員」を兼務。 京都在住で、趣味もテニスや読書と並び「お茶(茶道)」。また、京都に関するコラムでは、歴史や文化、グルメからグッズに至るまで「魅力と魔力に満ちた京都をご案内」するという。なお、一時期大阪府にも住んでおり、現在、ラジオ大阪の夜の情報・報道番組「News Tonight いいおとな」に、金曜日の「アンカーマン」(コメンテーター)として出演している。
井上 トシユキ(いのうえ トシユキ、井上 俊幸、1964年〈… 井上 トシユキ(いのうえ トシユキ、井上 俊幸、1964年〈昭和39年〉12月31日 - )は、日本のフリーライター、ジャーナリスト、ITジャーナリスト、司会、コメンテーター、DJ、である。 2ちゃんねる、インターネットなどでITに関して活動する。現在はトシユキ、過去に丼上(どんうえ)などのハンドルネームを用いる。 京都府京都市で生まれ、愛知県名古屋市や東京都板橋区で育つ。Macintoshユーザーで、ニフティサーブにパソコン通信初期の頃からQWS02556のIDで参加する。 1989年に同志社大学文学部教育学専攻を卒業。 大学卒業後に株式会社ユー・ピー・ユーで営業や企画に従事して東京本社で営業課長を務めて1997年に退社する。
石丸 次郎(いしまる じろう、1962年 - )は、日本のジ… 石丸 次郎(いしまる じろう、1962年 - )は、日本のジャーナリスト。一般社団法人ラジオ・アクセス・フォーラム運営委員。「『北朝鮮帰国者』の記憶を記録する会」事務局長。 大阪府出身。大阪府立千里高等学校普通科。同志社大学文学部卒業。韓国ソウルの延世大学などに2年半留学した。 北朝鮮問題に詳しいビデオジャーナリスト。アジアプレス・インターナショナル大阪事務所代表。一般社団法人ラジオ・アクセス・フォーラム運営委員。中朝国境の映像などを撮影し、多くの脱北者を取材する。[要出典] 在日朝鮮人問題、韓国の学生運動などを取材の後、93年に中国の朝鮮国境1300キロを踏破。北朝鮮取材は国内に3回、中朝国境地帯には1993年以来約100回。
関 厚夫(せき あつお、1962年 - )は、日本のジャーナ… 関 厚夫(せき あつお、1962年 - )は、日本のジャーナリスト、産経新聞記者。 大阪府生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業後、産経新聞大阪本社社会部、独ケルン大学留学を経てベルリン支局長、 東京本社文化部編集委員。2012年「紅と白 高杉晋作伝」を「産経新聞」に連載した。
菅生 新(すごう あらた、1959年8月8日 - )は、日本… 菅生 新(すごう あらた、1959年8月8日 - )は、日本の経営コンサルタント、放送ジャーナリスト、著作家、タレント。株式会社出前館の社外取締役、取締役を歴任した。 高知県高知市生まれ。清風南海高等学校、同志社大学法学部卒業。大学在学中、太秦の撮影所で俳優のアルバイトをしており、『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』などへの出演経験がある。 大学卒業後は藤沢薬品工業に就職。独立後に経営コンサルタントとして活動し、主にベンチャー企業の顧問、執筆、研修、講演活動を行うほか、テレビ・ラジオのメインキャスターとして、多くの企業家との経済対談番組に出演する。 次世代リーダーのための企業家交流勉強会「サクセスファイターズ」を主催している。
桐山 桂一(きりやま けいいち、1959年 - )は、ジャー… 桐山 桂一(きりやま けいいち、1959年 - )は、ジャーナリスト・作家。中日新聞・東京新聞論説委員。 岐阜県大垣市生まれ。岐阜県立大垣東高等学校を経て、同志社大学文学部(国文学専攻)卒業。1984年に中日新聞社に入社、東京新聞(中日新聞東京本社)社会部に配属となる。調査報道班キャップ、司法キャップの後、特別報道部でデスクをつとめ、2005年より論説委員(司法担当)。桜美林大学と専修大学の非常勤講師もつとめる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
石塚 元章(いしづか もとあき、1957年9月23日 - )… 石塚 元章(いしづか もとあき、1957年9月23日 - )は、日本のニュースキャスター、ジャーナリスト。中京地区のTBS系列局・CBCテレビの特別論説委員(元・報道・番組総局論説室長)。愛知県名古屋市出身。妻は元CBCアナウンサーの古木淑恵。 名古屋市立向陽高等学校、同志社大学法学部卒業。 子供の頃にボーイスカウト名古屋第22団(千種区)に所属していた。 1981年4月、中部日本放送(CBC)に入社。報道局記者として、愛知県警察記者クラブや行政・経済などの取材を担当。 1992年から1995年まで『CBCニュースワイド』のメインキャスターを務めた。 1996年から3年間、JNN ウィーン支局長を務め、NATO軍ユーゴスラビア空爆、コソボ紛争で現地取材を行う。
國松 徹(くにまつ とおる、1955年8月26日 - )は、… 國松 徹(くにまつ とおる、1955年8月26日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。 大阪府出身。大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎並びに同志社大学文学部を経てアメリカ合衆国・シラキュース大学大学院に留学し、卒業した経歴を持つ。高校時代はサッカー部に在籍し、ゴールキーパーのポジションでプレーしていた経歴を持っている。 1982年に新聞記者を志し、読売新聞社に入社。千葉支局配属からスタートし、経済部や外報部記者として活動。外報部ではワシントン支局(アメリカ合衆国)駐在を経て、ブリュッセル支局(ベルギー)支局長を務め、欧州連合(EU)各国取材の統括を担当。日本国内では経済担当として東京本社経済部次長、大阪本社経済部長を務める。
堀 浩司(ほり ひろし 1953年2月19日 - )は、大阪… 堀 浩司(ほり ひろし 1953年2月19日 - )は、大阪府出身の経済ジャーナリスト、阪南大学常任理事、税理士である。所属事務所は昭和プロダクション所属。 同志社大学経済学部卒業。21歳でABCラジオ「歌謡曲午後一番」のメインパーソナリティーに抜擢される。その後は、身近な経済をテーマにしたテレビ、ラジオに数多く出演。経済は私たちの暮らしが良くなるためにある。みんなが理解できず、役に立たない経済学は不要。アダムスミスも、ケインズも皆の暮らしを良くしようと考えて経済学を打ち立てた。そんな思いで各メディアで解説している経済ジャーナリスト。
畑山 博史(はたやま ひろし、1950年1月23日 - )は… 畑山 博史(はたやま ひろし、1950年1月23日 - )は、日本のジャーナリスト。文化人タレント。大阪市天王寺区出身。吉本興業所属。 1972年、同志社大学文学部社会学科新聞学専攻(現在の社会学部メディア学科)を卒業し、同年に毎日新聞社に入社する。大阪本社社会部記者(1978年 - 1987年)時代には、三菱銀行人質事件、グリコ・森永事件、山一抗争、豊田商事事件(豊田商事会長刺殺事件を含む)、日本航空123便墜落事故などの取材・報道を担当した。 次いで1992年まで大阪本社運動部編集委員となり、阪神タイガースや大相撲を担当した。大阪本社学芸部編集委員(1992年 - 1994年、吉本興業や映画などを担当)を経て、1994年より大阪本社夕刊編集長となる。
一ノ宮 美成(いちのみや よしなり、1949年 - 2024… 一ノ宮 美成(いちのみや よしなり、1949年 - 2024年)は、日本のフリーランスジャーナリスト。大分県出身。 同志社大学文学部卒業後、新聞記者(紙名未詳)を経てフリーランス。『蠢く懲りない面々』『同和利権の真相』シリーズなどの著書でグループK21や寺園敦史らとともに同和利権に対する批判記事を執筆。とくにハンナン事件を疑惑の段階から報道を続け結果として浅田満逮捕への道を開いた。その後も大阪市と部落解放同盟関係者・関連団体との癒着ぶり(飛鳥会事件で逮捕される小西邦彦やのちに破たんする芦原病院への補助金の流れなど)も2006年に問題が発覚する以前に報じ、關淳一市政(2期目)以降の大阪市役所の同和予算打ち切り措置にも大きな影響を与えた[要出典]。
浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月2… 浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月27日 - )は、日本のジャーナリスト。「人権と報道・連絡会」世話人。元同志社大学教授。 香川県高松市生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1972年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。1984年「犯罪報道の犯罪」を発表。1989年から1992年までジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。他に、編集局社会部記者、外信部デスクなど歴任。1994年3月退社し、同年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。2002 - 2003年、英ウエストミンスター大学客員研究員。
山田 厚史(やまだ あつし、1948年1月1日 - )は、日… 山田 厚史(やまだ あつし、1948年1月1日 - )は、日本のジャーナリスト。元朝日新聞社編集委員、デモクラシータイムス共同代表。 東京都新宿区戸塚町生まれ。東京教育大学附属小学校(後の筑波大学附属小学校)、同志社大学法学部政治学科卒業。1971年4月、毎日放送に入社。制作局ディレクターを経て、同年12月、朝日新聞社に入社。青森支局、千葉支局を経て、東京経済部に異動。大蔵省、外務省、日本銀行、自動車業界、金融業界などを担当する。 その後ロンドン特派員として欧州経済を担当したのち、大阪経済部次長。1993年4月から経済部編集委員で「国際経済と金融」担当に。同年9月にはハーバード大学ニーマンフェロー。
前原 信一(まえはら しんいち、1948年 - )は沖縄県沖… 前原 信一(まえはら しんいち、1948年 - )は沖縄県沖縄市(出生当時アメリカ合衆国領琉球政府コザ市)出身の、沖縄テレビ放送元アナウンサー、ジャーナリスト、ウチナンチュ研究家。 同志社大学文学部卒業後、1973年にアナウンサーとして沖縄テレビ入社。報道番組(『OTVニュース6:30』『OTVイブニングワイド』など)の司会を担当する傍ら、沖縄テレビとの資本関係が深い琉球新報に1984年から掲載された世界各地の沖縄県出身移民、いわゆる「ワールド・ウチナンチュ」のインタビュー記事に感銘を覚え、「世界のウチナンチュ」の取材・研究に携わる。 中でも1985年から自らが企画・レポーターを担当して放送された『沖縄発われら地球人→世界ウチナーンチュ紀行』のシリーズは、19年間にわたる長寿シリーズとして放送され、2001年に日本民間放送連盟賞活動部門優秀賞を受賞する功績を残した。
中村 浩美(なかむら ひろみ、1946年2月8日 - 男性)… 中村 浩美(なかむら ひろみ、1946年2月8日 - 男性)は、日本の航空・宇宙ジャーナリスト。
山本 泰夫(やまもと やすお、1946年 - )は、日本のジ… 山本 泰夫(やまもと やすお、1946年 - )は、日本のジャーナリスト。産経新聞出版代表取締役社長。東京都生まれ。 1971年同志社大学卒業、産経新聞社に入社。1994年編集局整理部長。1999年編集局局次長。2002年大阪本社写真報道局局長。2004年から現職。 1988年のリクルート事件報道の際、新聞に用いた“見出し”「ふつうは“汚職”と申します」が大きな話題を呼び、同年の新語・流行語大賞(特別賞部門・報道傑作賞)を受賞している。 ほか共編著、発行本多数
野田 峯雄(のだ みねお、1945年 - 2016年7月)は… 野田 峯雄(のだ みねお、1945年 - 2016年7月)は、日本のジャーナリスト、ルポライター、評論家。 山梨県生まれ。同志社大学文学部を卒業後、ジャーナリストとして『世界』などの月刊誌や、『週刊現代』などの週刊誌を舞台に執筆活動をおこなう。著書『破壊工作』の著者紹介によれば、「日本および日本人のおかれた状況を直視する仕事」を続けている。 大韓航空機爆破事件、金賢姫と李恩恵、外交、池田大作、田中真紀子、雅子妃、JR関連など多数の著書がある。大韓航空機爆破事件に関しては北朝鮮と韓国を除く、世界7か国と日本の各地を旅して、実行犯である北朝鮮工作員の金賢姫と金勝一の足取りを追い、1990年5月に『破壊工作-大韓航空機「爆破」事件』を出版しており、金賢姫が実行犯であることに批判を呈している。
各務 英明(かがみ ひであき、1941年(昭和16年) - … 各務 英明(かがみ ひであき、1941年(昭和16年) - )は、日本のジャーナリスト、元産経新聞整理部長。 岐阜県生まれ。1964年(昭和39年)同志社大学文学部卒業。産経新聞社大阪本社に入社し、中部総局、京都支局、社会部、夕刊フジを経て、産経新聞整理部長、夕刊フジ関西総局次長兼整理部長などを歴任。退職後は大阪成蹊大学現代経営情報学部、大阪成蹊短期大学の非常勤講師も務めた。 産経新聞時代、同社の実在する15人家族の新聞記者一家のルポルタージュを出版。1991年(平成3年)この本を原作としてTBSテレビが女優・岡江久美子を主役にしたホームドラマ番組「天までとどけ」を制作。「愛の劇場」枠で放送され、シリーズの最高視聴率19%という昼のドラマとしては驚異的な高視聴率を記録、幾度も続編が作られ2004年まで続き話題となった。
中平 邦彦(なかひら くにひこ、1938年 - )は、日本の… 中平 邦彦(なかひら くにひこ、1938年 - )は、日本の将棋観戦記者、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。筆名=原田 史郎。武庫川女子大学講師。現代風俗研究会、日本文芸家協会会員。 兵庫県芦屋市生まれ。同志社大学卒業。神戸新聞社に入社、論説委員長、1988年、論説副委員長。 将棋の観戦記者としても知られ、東京新聞などの王位戦(神戸新聞社は1973年から主催に加わる)で執筆も行う。1987年「パルモア病院日記-三宅廉と二万人の赤ん坊たち」で第11回井植文化賞(報道出版部門)。2017年、第24回大山康晴賞を受賞。
早瀬 圭一(はやせ けいいち、1937年12月14日 - )… 早瀬 圭一(はやせ けいいち、1937年12月14日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、毎日新聞社客員編集委員、東洋英和女学院大学名誉教授。 大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業後、1961年毎日新聞入社。名古屋、大阪、東京各社会部を経て、『サンデー毎日』別冊編集長。石川達三『七人の敵が居た』も担当した。その後、編集局編集委員。1982年、『長い命のために』で第13回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。毎日新聞客員編集委員。1993年愛知みずほ大学教授、1998年龍谷大学社会学部教授、2001年東洋英和女学院大学教授、2008年同名誉教授、北陸学院大学副学長・教授、2012年退任。
吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、… 吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、日本のジャーナリスト、歴史家。 京都市生まれ。1963年同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。1964年朝日新聞大阪本社入社。入社後も大学院時代の師田畑忍に師事し、日本近現代史研究を継続。1997年定年退職、名城大学非常勤講師となり外交史、政治史の講義を担当。
杉田 博明(すぎた ひろあき、1935年1月9日ー2017年… 杉田 博明(すぎた ひろあき、1935年1月9日ー2017年12月13日)は、日本のジャーナリスト、随筆家。 京都府出身。同志社大学卒。京都新聞社に入り、編集委員を務めた。京都の文学・美術などについての著作がある。
西澤 信正(西沢 信正、にしざわ のぶまさ、1931年2月7… 西澤 信正(西沢 信正、にしざわ のぶまさ、1931年2月7日 - 2009年8月14日)は、名古屋を中心に活動したジャーナリスト、ニュースキャスター、大学教授。 山口県下関市出身。京都府立洛北高等学校→同志社大学文学部英文科卒業後、1953年に中日新聞社(当時は「中部日本新聞社」)に入社。当初は社会部記者として活動するが、後にカイロ、ワシントンD.C.特派員記者、東京本社(東京新聞)国会担当記者を歴任。1976年から名古屋本社文化部長を務めた。 1978年、東海テレビ放送が「イブニングニュース」シリーズ (630→600) をスタートさせると、中日新聞社が東海テレビのニュース制作に現在に至るまで協力している関係から初代メインキャスターに抜擢される。
日下部 吉彦(くさかべ よしひこ、1927年11月16日- … 日下部 吉彦(くさかべ よしひこ、1927年11月16日- 2017年12月30日)は、日本の音楽評論家、ジャーナリスト、合唱指揮者。京都府京都市生まれ。元朝日放送解説委員で同局のニュース番組『たいむ6』初代キャスターを務めた。 音楽評論家として関西を中心としたクラシック音楽の評論・講義、演奏会の企画・司会進行、合唱にまつわる客演指揮・コンクール審査・執筆などの活動も展開。
今尾 登(いまお のぼる、1899年(明治32年)8月7日 … 今尾 登(いまお のぼる、1899年(明治32年)8月7日 - 1970年(昭和45年)12月18日)は、日本のジャーナリスト、教育者、政治家。衆議院議員、法学博士。旧姓・小林。 兵庫県加東郡河合村(現小野市)で、小林兵太郎の6男として生まれ、京都府の画家・今尾政之助の養子となる。1924年(大正13年)同志社大学法学部政治学科を卒業した。 大阪毎日新聞社に入社。その後、渡米しコロンビア大学で学んだ。帰国後、大阪毎日新聞本社、京城支局、大連支局、京都支局で勤務。東京日日新聞社に転じ、政治部副部長、事業課長、講演課長、横浜支局長、編輯局参事などを歴任。従軍記者として済南事件、満州事変、日中戦争(支那事変)を取材し戦傷も受けた。
青柳 有美(あおやぎ ゆうび、1873年(明治6年)9月27… 青柳 有美(あおやぎ ゆうび、1873年(明治6年)9月27日 - 1945年(昭和20年)7月10日)は、ジャーナリスト、随筆家、牧師。
鹿間 孝一(しかま こういち)は、日本のジャーナリスト、コラ… 鹿間 孝一(しかま こういち)は、日本のジャーナリスト、コラムニスト。産経新聞特別記者兼論説委員。夕刊1面(表紙)コラム「湊町365」の執筆者。サンケイリビング新聞社と日本工業新聞社の元専務取締役。 1951年北海道生まれ。北海道立北海道小樽潮陵高等学校卒業。1975年、同志社大学法学部卒業後、産経新聞社入社。社会部の部長、編集局次長、編集長などを経て、2005年にサンケイリビング新聞社の常務取締役に。2006年、同社専務取締役に。2008年、日本工業新聞社専務取締役に。2010年、産経新聞特別記者兼論説委員兼「大阪特派員」。 長く務めた社会部「遊軍」記者として「広く浅く、何にでも興味を持つ」取材スタイルを持ち、産経新聞OBで作家の司馬遼太郎に憧れている。
柴山 哲也(しばやま てつや)は、日本の評論家、ジャーナリス… 柴山 哲也(しばやま てつや)は、日本の評論家、ジャーナリスト、メディア学者。専門はジャーナリズム論、情報文明論、メディア産業論。 静岡県生まれ。同志社大学経済学部卒業、同大学院文学研究科新聞学科中退後、1970年に朝日新聞記者になり、世界各地を取材。1994年に退職し、米国立のシンクタンクイースト・ウエスト・センターやハワイ大学の客員研究員となる。帰国後、国際日本文化研究センター客員教官、京都女子大学教授、立命館大学客員教授、現代メディア・フォーラム代表。