山崎 英則(やまざき ひでのり、1943年1月28日 - )… 山崎 英則(やまざき ひでのり、1943年1月28日 - )は、日本の教育学者。教育哲学、西洋教育史が専門。 1970年広島大学大学院博士課程満期退学。 比治山女子短期大学講師、広島女子大学助教授、県立広島女子大学教授、神戸親和女子大学発達教育学部教授、2010年退任。
広島大学:231人
山崎 英則(やまざき ひでのり、1943年1月28日 - )… 山崎 英則(やまざき ひでのり、1943年1月28日 - )は、日本の教育学者。教育哲学、西洋教育史が専門。 1970年広島大学大学院博士課程満期退学。 比治山女子短期大学講師、広島女子大学助教授、県立広島女子大学教授、神戸親和女子大学発達教育学部教授、2010年退任。
堀 信行(ほり のぶゆき、1943年 - )は日本の地理学者… 堀 信行(ほり のぶゆき、1943年 - )は日本の地理学者、理学博士。旧・東京都立大学名誉教授。専門は環境地理学。 1943年に生まれ、名古屋市で育つ。1967年に広島大学教育学部卒業後、同大学大学院文学研究科地理学専攻を中途退学する。1968年に東京都立大学理学部地理学科助手を経て、広島大学総合科学部講師・助教授となる、1992年に東京都立大学理学部助教授となり、後に教授へ昇格する。その後、大学改編により首都大学東京都市環境科学研究科教授に就任した。2007年に定年退職後、奈良大学文学部地理学科教授となり、図書館長などを務めた。 日本地理学会、地理科学学会、日本ナイル・エチオピア学会、日本サンゴ礁学会などで代議員、評議員を歴任した。
横山昭正(よこやま あきまさ、1943年- )は、日本のフラ… 横山昭正(よこやま あきまさ、1943年- )は、日本のフランス文学者、広島女学院大学名誉教授。スタンダールをはじめとする19世紀フランス文学が専門。 広島県福山市生まれ。1969年広島大学文学部卒、76年同大学院文学研究科フランス文学科博士課程満期退学。72-75年フランス政府給費生。広島女学院大学助教授、教授、2010年退任、名誉教授。1999-2004年広島平和記念資料館資料調査研究会委員。 2019年8月15日、広島県福山市において酒気帯び状態で車を運転し、軽自動車と衝突事故を起こした。軽自動車に乗っていた女性は頚椎捻挫などの怪我を負った。
勝矢 光昭(かつや みつあき、1942年10月 - )は、日… 勝矢 光昭(かつや みつあき、1942年10月 - )は、日本の物理学者(情報物理学)。学位は理学博士(北海道大学・1973年)。静岡県立大学名誉教授。 静岡女子大学助手、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学経営情報学部教授、静岡県立大学経営情報学部学部長(第7代)、松蔭大学経営文化学部教授などを歴任した。 広島県海田町出身。広島大学理学部物理学科を卒業し、北海道大学大学院理学研究科にて博士課程を修了し博士号を取得した。学位論文は「Weak interaction based on the three-triplet model : simple product of charged current(3-三重項模型に基く弱い相互作用 : 荷電電流の単純な積)」。
草地 功(くさち いさお、1942年9月14日 - )は、日… 草地 功(くさち いさお、1942年9月14日 - )は、日本の地球科学者。専門は鉱物学・地球化学。広島大学理学博士。岡山県久米郡美咲町(旧旭町)生まれ。 高温型スカルンの鉱物学的研究で知られ、9種の新鉱物(備中石、布賀石、大江石、単斜トベルモリー石、森本柘榴石、武田石、パラシベリア石、沼野石、島崎石)の発見に関わった。また、大阪石の発見にも関わった。 1995年、岡山県備中町(現高梁市)で発見された新鉱物が、草地鉱(kusachiite)と命名された。 国立科学博物館地学研究部客員研究員 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
三浦 省五(みうら しょうご、1942年9月9日 - )は日… 三浦 省五(みうら しょうご、1942年9月9日 - )は日本の教育学者。広島大学名誉教授。 広島県尾道市向東町で出生。1961年、広島大学教育学部高等学校教育科外国語科 (英語) 入学。1965年、同上卒業。 私立修道中学校・修道高等学校教諭 (英語) 着任。1967年、広島大学教育学部教務員着任。1968年、広島大学大学院教育学研究科教科教育学専攻 (英語科教育) 修士課程入学。1971年、同上修了。広島大学大学院教育学研究科教科教育学専攻 (英語科教育) 博士課程入学。 1972年、エディンバラ大学大学院応用言語学科に英国大使館文化部奨学生として留学。1973年、エディンバラ大学大学院応用言語学科のコースを修了。
浪平 博人(なみひら ひろと、1942年2月21日- )は、… 浪平 博人(なみひら ひろと、1942年2月21日- )は、大妻女子大学社会情報学部教授、技術士(情報処理)、博士(工学), 専門は管理工学 大妻女子大学在職中から論理の視覚化に力を注ぎ、学校教育における算数・数学の理解度を劇的に向上させる「コンピュータによる学習内容の動的視覚化(コンテンツ化)」に成功。2012年の大妻女子大学退職後は、動視化技術研究所の代表として、動的視覚化技術の普及に努めるとともに、独自の創造的思考法(感知力)の開発・展開を図っている。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
住岡 英毅(すみおか ひでき、1942年1月1日-)は、日本… 住岡 英毅(すみおか ひでき、1942年1月1日-)は、日本の教育学者、滋賀大学名誉教授、大阪青山大学教授。 広島県出身。1966年広島大学教育学部小学校教員養成課程卒、1971年同大学院教育学研究科博士課程退学、広島大学助手、1973年鈴峯女子短期大学講師、1974年滋賀大学教育学部講師、1976年助教授、1987年教授、2001-04年副学長、2007年定年退任、大阪青山大学教授。 1993年「プルードン教育思想の研究」で広島大学教育学博士。2020年、瑞宝中綬章受章。
島田 孝右(しまだ たかう、1942年(昭和17年) - )… 島田 孝右(しまだ たかう、1942年(昭和17年) - )は、日本の東西交渉史学者、書誌学者、18世紀英文学者 島根県生まれ。1970年慶應義塾大学博士課程満期退学。北里大学教養部助教授、専修大学商学部教授、2013年定年。1994年島田ゆり子共著『踏み絵 外国人による踏み絵の記録』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞。 論文(オックスフォード大学などの英文学専門誌掲載) 1 Sources for R.Willes's The History of Trauayle, Notes and Queries (Oxford University Press), 29.5.409-10 2 Xamoschi Where Gulliver Landed, Notes and Queries,(Oxford University Press), 30.1.30 3 Possible Sources for Psalmanazar's Description of Formosa, Notes and Queries (Oxford University Press), 35.6.514-7 4 Another Possible Source for Gulliver's Travels, Notes and Queries (Oxford University Press), 35.6.514-7 5 Possible Sources for Gulliver's Travels, Philological Quarterly (University of Iowa), 63.125-30 6 A Possible Source for The Consolidator, Notes and Queries (Oxford University Press), 33.1.45 7 Kaempfer's The History of Japan as a Most Possible Source for Smollett's Atom, Notes and Queries (Oxford University Press), 33.1.70-732
小出 義夫(こいで よしお、1942年 - )は、日本の物理… 小出 義夫(こいで よしお、1942年 - )は、日本の物理学者(高エネルギー素粒子理論物理学)。学位は理学博士(広島大学・1970年)。大阪大学大学院理学研究科招聘研究員、静岡県立大学名誉教授。 広島大学理学部教務員、静岡女子大学家政学部助教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学経営情報学部教授、大阪大学大学教育実践センター招聘教授、大阪大学大学院理学研究科招聘教授、京都産業大学益川塾指導教授などを歴任した。 1942年、石川県金沢市にて生まれた。石川県立金沢二水高等学校を経て、金沢大学に入学し、理学部物理学科にて物理学を学んだ。1965年に同大学を卒業すると、広島大学の大学院に進学し、理学研究科にて研究を続けた。
朝倉 尚(あさくら ひさし、1942年 - 2021年4月9… 朝倉 尚(あさくら ひさし、1942年 - 2021年4月9日)は、日本中世文学の研究者、広島大学名誉教授、鈴峯女子短期大学教授。専門は中世五山文学、禅林文学。 大阪市生まれ。修道高等学校を経て[要出典]、1964年広島大学教育学部高等学校教育科国語科専攻卒、70年同大学院文学研究科国文科博士課程単位修得退学。72年岡山大学専任講師、74年助教授、84年広島大学教養部助教授、87年教授、総合科学部教授、2006年定年退官、名誉教授、鈴峯女子短期大学教授。97年「抄物の世界と禅林の文学」で角川源義賞受賞。2000年同書で広島大学文学博士。2021年4月9日死去。叙正四位、瑞宝中綬章追贈。
馬越 徹(うまこし とおる、1942年 - 2011年4月7… 馬越 徹(うまこし とおる、1942年 - 2011年4月7日)は、日本の比較教育学者。名古屋大学名誉教授。専門は、韓国を主としたアジアとの比較教育。 1964年広島大学教育学部卒、1966年同大学院教育行政学修士課程修了、九州大学教育学部助手、文部省大臣官房調査課事務官、1974年広島大学大学教育センター助教授、1986年名古屋大学教育学部教授、1995年「韓国近代大学の成立と展開 - 大学モデルの伝播研究」で名古屋大学より教育学博士の学位を取得、2003年名古屋大学退任、名誉教授、桜美林大学教授。2001年から2004年日本比較教育学会会長。
小田 豊(おだ ゆたか、1942年 - 2021年8月15日… 小田 豊(おだ ゆたか、1942年 - 2021年8月15日)は、日本の教育学者。 1942年山口県生まれ。1966年広島大学教育学部教育専攻科修了。滋賀大学教育学部助教授、教授、文部省幼稚園課、2004年国立教育政策研究所、2007年国立特別支援教育総合研究所所長、理事長を経て、2013年聖徳大学児童学部児童学科教授。文部科学省視学委員、内閣府幼保一体化ワーキング委員、広島大学幼年教育研究施設客員研究員および、関西国際大学客員教授。2013年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。2021年3月に聖徳大学教授を退任、同年8月15日逝去。死没日を以って、従四位に叙された。
山邊 光宏(やまべ みつひろ、1941年12月11日 - )… 山邊 光宏(やまべ みつひろ、1941年12月11日 - )は、日本の教育学者。博士(文学)(2003年、安田女子大学にて取得)。同大学名誉教授。 山口県生まれ。旧姓・片山。1964年山口大学教育学部小学校教員養成課程を卒業。1969年広島大学大学院修士課程修了。同大学教育学部助手、1984年に安田女子大学文学部教授、2003年「シュプランガー教育学の研究 宗教思想的視座からの考察」で安田女子大学にて博士(文学)。2012年同大学定年退官し、同大学名誉教授。専門は教育哲学・思想。
有本 章(ありもと あきら、1941年10月26日 - )は… 有本 章(ありもと あきら、1941年10月26日 - )は、日本の教育社会学者、広島大学名誉教授。元日本高等教育学会会長。専門は教育社会学(高等教育論)。 広島県広島市生まれ。1964年広島大学教育学部卒業。1969年広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1985年「マートン科学社会学の研究 そのパラダイムの形成と展開」で広島大学より教育学博士の学位を取得。第1次新渡戸フェロー、大阪教育大学助教授、教授、1988年広島大学高等教育研究開発センター教授、2001年日本高等教育学会会長、2004年定年退官、特任教授、センター長、文部科学省21世紀COEプログラム拠点リーダー等、名誉教授、比治山大学高等教育研究所長・教授、日本学術会議連携委員。
浅川 義範(あさかわ よしのり、1941年8月 - )は、日… 浅川 義範(あさかわ よしのり、1941年8月 - )は、日本の化学者。徳島文理大学薬学部教授。徳島大学学芸学部卒業。広島大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。徳島県阿南市出身。 徳島大学学芸学部卒業後、広島大学大学院理学研究科へ進学し理学博士を取得。同大学理学部助手、フランスのルイ・パスツール大学博士研究員及びフランス化学研究所員、徳島文理大学薬学部教授、徳島大学、富山大学、岡山大学、東京薬科大学等で非常勤講師を歴任。 また、学会等においては日本蘚苔類学会会長、国際精油化学シンポジウム常任理事、日本生薬学会・日中韓生薬学合同シンポジウム組織委員長などを歴任したほか、2007年にはアジア植物化学協会の初代会長に就任した。
難波 紘二(なんば こうじ、1941年6月17日 - )は、… 難波 紘二(なんば こうじ、1941年6月17日 - )は、日本の医師・医学者・評論家。広島大学名誉教授。
上地 安昭(うえち やすあき、1940年11月3日 - 20… 上地 安昭(うえち やすあき、1940年11月3日 - 2018年5月14日)は、日本の心理学者・カウンセラー。兵庫教育大学名誉教授。 沖縄県国頭郡宜野座村出身、大阪府大阪市生まれ。1963年琉球大学法文学部心理学科卒、1969年広島大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学、1986年「青年期心理療法の技法論的研究 時間制限心理療法の理論と技法を中心に」で広島大学教育学博士。 1969年広島大学教育学部助手。1981年同保健管理センター助教授。1988年兵庫教育大学教授となり、2006年定年退官、名誉教授、武庫川女子大学教授。 臨床心理士、認定カウンセラー、認定スーパーバイザーの資格を有し、大学カウンセラー、医療カウンセラー、スクールカウンセラーとして40数年間、カウンセリング実践に携わる。
松田 文子(まつだ ふみこ、1940年5月7日 - )は、日… 松田 文子(まつだ ふみこ、1940年5月7日 - )は、日本の心理学者。学校法人福山大学副理事長。福山大学人間文化学部心理学科元教授、同学元学長、同学元顧問。広島大学名誉教授。 広島県広島市生まれ。1963年3月、広島大学教育学部心理学科卒業。1971年3月、同大学大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程後期修了。 広島女子大学児童学科助教授、鳴門教育大学学校教育学部教授を経て、1993年4月に広島大学教育学部教授に就任。2001年4月、同大学大学院教育学研究科教授。 2004年4月、福山大学人間文化学部教授。2009年4月、同大学副学長に就任。2010年6月、同大学学長に就任。2021年4月、同大学顧問に就任。
鎌倉 矩子(かまくら のりこ、1939年9月29日 - 20… 鎌倉 矩子(かまくら のりこ、1939年9月29日 - 2023年6月16日)は、日本の医学者。学位は、医学博士。広島大学名誉教授。長野県諏訪郡原村出身。 1958年長野県諏訪二葉高等学校卒業。1962年東京大学医学部衛生看護学科卒業。教授の「日本には今後リハビリテーション医療が必要になる」との言葉で進路を決め、日本肢体不自由児協会整肢療育園に就職。東京大学医学部附属病院技官、東京都老人総合研究所主任研究員、東京都立医療技術短期大学教授、広島大学医学部保健学科教授、国際医療福祉大学大学院教授などを歴任。その業績は、発達障害、高次脳機能障害、上肢機能など多岐に渡る。 1976年、東京大学から医学博士の学位を取得。
高市 順一郎(たかち じゅんいちろう、1939年3月7日 -… 高市 順一郎(たかち じゅんいちろう、1939年3月7日 - )は、詩人、英米文学者、桜美林大学名誉教授。 徳島県生まれ。本名・岡順寛(よしひろ)。1964年広島大学大学院英文科修士課程修了、弘前大学教養部助教授。79‐80年ケンブリッジ大学客員研究員、92‐93年米国イェール大学大学院客員研究員。桜美林大学教授。2000年「ド・マン/ブルーム/デリダ 文学理論と究極の決定」で筑波大学文学博士。桜美林大を2009年定年退任、名誉教授。小山順一郎、ジョシュア・タカチの筆名を用いる。
倉田 侃司(くらた かんじ、1938年11月26日 - )は… 倉田 侃司(くらた かんじ、1938年11月26日 - )は、日本の教育学者。 広島県呉市生まれ。1961年広島大学教育学部小学校教育専攻卒、1963年同大学院教育行政学修士課程修了。広島大学教育学部附属三原小学校教諭、鈴峯女子短期大学講師、助教授、広島文教女子大学教授、広島経済大学教授。2007年退任。
生田 義和 (いくた よしかず 1938年10月5日 - 2… 生田 義和 (いくた よしかず 1938年10月5日 - 2023年1月27日)は、日本の医学者。元広島大学病院病院長、広島大学名誉教授、元日本手外科学会理事長。専門は、手の外科を中心としたマイクロサージャリー(英語版、ドイツ語版、ベラルーシ語版、ギリシア語版)(顕微鏡を使用する手術)、手や指の怪我の治療、切断された指や腕の再接着など。
金田 晉(かなた すすむ、1938年7月15日 - )は、日… 金田 晉(かなた すすむ、1938年7月15日 - )は、日本の美学者。広島大学名誉教授。蘭島閣美術館名誉館長。専門は現象学的美学、造形美学の現象学。元広島県博物館協議会会長。 大阪府出身。大阪府立三国丘高等学校を経て、1962年東京大学文学部美学美術史学科卒業。1969年同大学院美学専攻博士課程単位修得退学。2004年「形態と価値の現象学-フッセルの美学思想を弾機として-」で東京大学文学博士。1969年広島大学教養部講師、1974年同総合科学部助教授、1983年教授。2000年定年退官、名誉教授、東亜大学総合人間・文化学部教授・同学部長、特任教授、広島大学監事。ひろしま美術館理事。財団法人蘭島文化振興財団顧問。
長谷川 滋成(はせがわ しげなり、1938年- )は、日本の… 長谷川 滋成(はせがわ しげなり、1938年- )は、日本の漢文学者、広島大学・尾道大学名誉教授。 1938年、山口県生まれ。広島大学文学部に入学し、中国語学ならびに中国文学を専攻した。同大学大学院修士課程を修了。 卒業後は、広島大学附属中学校・高等学校教諭となった。その後、兵庫教育大学助教授、母校の広島大学教育学部教授をつとめた。2002年、広島大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は尾道大学教授として教鞭をとったが、2009年に退職し、名誉教授となった。
浜本 純逸(はまもと じゅんいつ、1937年(昭和12年)1… 浜本 純逸(はまもと じゅんいつ、1937年(昭和12年)11月28日 - )は、日本の教育学者、国語教育学者。神戸大学名誉教授。 愛媛県今治市生まれ。1960年広島大学教育学部卒業、1962年同大学大学院教育学研究科修士課程修了、1967年同大学院博士課程単位取得退学。1969年福岡教育大学講師、1971年同助教授、1979年神戸大学教育学部教授。1984年「ロシア・ソビエトにおける文学教育の成立と発展に関する研究」で広島大学教育学博士。2001年神戸大学を定年退官、名誉教授、鳥取大学教育学部教授。2003年早稲田大学教育学部特任教授。 1981年石井賞(全国大学国語教育学会)、1998年大村はま賞(大村はまの会)、2002年教育研究賞(日本教育研究連合会)をそれぞれ受賞した。
中野重人(なかの しげと、1937年9月15日 - )は、日… 中野重人(なかの しげと、1937年9月15日 - )は、日本の文部官僚、教育学者。 鹿児島県生まれ。広島大学教育学部公立小中学校教員養成課程卒。公立中学校教員、1969年広島大大学院修士課程修了、宮崎大学教育学部講師、助教授を経て、1979年文部省教科調査官となる。1989年の学習指導要領の改訂に従事し、小学校低学年に生活科が新設されたことに伴い、初代の生活科担当の教科調査官となる。91年文部省視学官、95年国立教育研究所教科教育研究部長、2000年日本体育大学教授。2008年退任。ゆとり教育の推進・擁護者でもある。
林 忠幸(はやし ただゆき、1937年 - )は、日本の教育… 林 忠幸(はやし ただゆき、1937年 - )は、日本の教育学者、福岡教育大学名誉教授。専門は教育哲学、道徳教育。 福岡県生まれ。1960年福岡学芸大学教育学部小学校教員養成課程卒業、1968年広島大学大学院教育学研究科博士課程教育哲学専攻単位取得満期退学。1978年西ドイツ・マールブルク大学留学。 1960-1965年福岡県公立小学校教諭、福岡教育大学助手、講師、助教授、教授、2000年定年退官、名誉教授、神戸親和女子大学発達教育学部教授。2007年退職。2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
原田 彰(はらだ あきら、1937年 - )は、日本の教育社… 原田 彰(はらだ あきら、1937年 - )は、日本の教育社会学者、広島大学名誉教授。 朝鮮慶州生まれ。広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得期退学(教育社会学専攻)。四国女子大学助教授、1974年同志社大学助教授、1979年徳島大学教授、1985年鳴門教育大学教授、1991年広島大学教授、2001年名誉教授、広島文化学園大学教授。1985年「デュルケームの教育理論 学校教育への社会学的アプローチ」で広島大学教育学博士。
根平 邦人(ねひら くにと、1936年9月6日 - 2026… 根平 邦人(ねひら くにと、1936年9月6日 - 2026年3月8日)は、日本の植物学者、自然科学者、理学博士。広島大学及び広島経済大学名誉教授。現在放送大学客員教授、実践生物教育研究会講師でもある。鳥取県境港市出身。広島市西区在住。
武村 重和(たけむら しげかず、1936年2月24日 - )… 武村 重和(たけむら しげかず、1936年2月24日 - )は、日本の教育学者。広島大学名誉教授、日本教科教育学会名誉会長などを務める。2013年に文部科学大臣賞科学技術賞受賞。理科教育が専門。 滋賀県栗太郡葉山村(現在の栗東市)に生まれる。文部省の小学校教育科専門職員、広島大学助教授、教授を歴任。 退官後は国際協力機構(JICA)により教育者としてケニアに赴く。 武村は50代の頃に調査で訪れたコンゴ共和国やチュニジアで、マラリアやコレラに苦しむ子供をみて「衝撃を受けた」という。武村は退職後、1999年から7年にわたり国際協力機構によってケニアに赴いた。現地では、アフリカの中等教育、特に理数系の教育者育成に携わり、1万5000人の理科教師を育てた。
小笠原 道雄(おがさわら みちお、1936年2月12日 - … 小笠原 道雄(おがさわら みちお、1936年2月12日 - )は、日本の教育学者。専門はドイツ教育哲学。広島大学名誉教授。広島文化学園短期大学学長や広島県教育委員会委員長も務めた。著作について複数の盗用が指摘され、2014年以降に出版した著書のうち4冊が絶版処分となっている(後述)。 以下のように、著書の絶版処分が複数発生している。 小笠原の著書での盗用(上述)について詳しく調査した紀要論文。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大槻 和夫(おおつき かずお、1936年2月6日 - )は、… 大槻 和夫(おおつき かずお、1936年2月6日 - )は、日本の国語教育学者。広島大学名誉教授。 京都府天田郡川合村(現福知山市)生まれ。京都府立綾部高等学校卒、1958年広島大学教育学部卒、1965年同博士課程中退、教育学部助手、1967年講師、1970年助教授、1984年教授、1993-1997年附属小学校長、1999年定年退官、名誉教授、安田女子大学教授。 2016年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 (このほかに単著なし)
長町 三生(ながまち みつお、1936年 - )は、日本の工… 長町 三生(ながまち みつお、1936年 - )は、日本の工学者。専門は人間工学。学位は、文学博士(1963年)。「感性工学」の日本における創始者である。広島大学名誉教授。2012年瑞宝中綬章受章。 1936年、兵庫県神戸市生まれ。1958年に広島大学教育学部心理学科を卒業、1963年に文学博士の学位を取得し、翌年、広島大学工学部助手となる。1978年、同教授に就任。専門は、人間工学、認知科学。特に、感性工学については、日本におけるパイオニア的な存在である。感性工学の発想を初めて商品開発に導入した人物とされる。そのほか、労務管理、安全工学に関する著作も多い。 広島大学退官に際し名誉教授の称号を贈られ、退官後は、呉工業高等専門学校の第五代校長を経て、広島国際大学人間環境学部長を務める。
木村 収(きむら おさむ、1936年 - )は、日本の地方財… 木村 収(きむら おさむ、1936年 - )は、日本の地方財政学者。専門は地方財政学。 1958年広島大学政経学部卒業。1958年大阪市役所入庁。1976年自治省に出向し、税務局市町村税課課長補佐(1978年大阪市役所復帰)。1983年大阪市財政局次長。1985年大阪市財政局主税部長。1986年大阪市財政局長。1990年大阪市立大学事務局長。1992年大阪市経済局長。1994年大阪市退職。1994年大阪市立大学経済学部教授(1999年退職)。1995年阪南大学経済学部教授。2002年博士。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
熊井 英水(くまい ひでみ、1935年10月10日 - )は… 熊井 英水(くまい ひでみ、1935年10月10日 - )は、日本の水産学者。近畿大学農学部名誉教授、学校法人近畿大学本部理事。農学博士。近畿大学水産研究所元所長。 長野県塩尻市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年、広島大学水畜産学部を卒業、近畿大学白浜臨海研究所(現・水産研究所)副手に就任。以来、約半世紀にわたり、一貫して魚類の養殖にたずさわる。数々の海産魚の完全養殖に成功したほか、交雑魚の研究でも成果をあげた。1983年同農学部教授。1991年から2008年まで同水産研究所所長。 2002年には、研究チームのリーダーとして、難しいと思われていたクロマグロの完全養殖を成功に導いた。世界初の成果である。
川端俊英(かわばた としふさ、1933年7月5日- )は、日… 川端俊英(かわばた としふさ、1933年7月5日- )は、日本近代文学研究者、同朋大学名誉教授。 満州普蘭店生まれ。広島大学文学部国文科卒業、立命館大学大学院修士課程修了。滋賀県立八日市高等学校教諭、京都府立鴨沂高等学校教諭、同朋大学助教授をへて教授、2004年定年、名誉教授となる。部落問題研究所主任研究員などを務めた。
上里 一郎(あがり いちろう、1933年 - 2011年7月… 上里 一郎(あがり いちろう、1933年 - 2011年7月29日)は、日本の臨床心理学者、臨床心理士、教育学博士。広島大学名誉教授。元日本学術会議会員。専門は臨床心理学・健康心理学。
外山幹夫(とやま みきお、1932年10月16日 - 201… 外山幹夫(とやま みきお、1932年10月16日 - 2013年4月26日)は、日本の日本史学者。 長崎市生まれ。長崎県立大村高等学校卒。広島大学大学院文学研究科国史学修了、1978年「大名領国形成過程の研究 大友氏の場合」で文学博士。佐世保工業高等専門学校助教授、長崎大学助教授、教授。1998年定年退官、名誉教授、長崎県立女子短期大学教授、1999年に県立長崎シーボルト大学教授、2002年退職。県文化財保護審議会長、長崎市史編纂委員会委員長などを務めた。2012年4月瑞宝中綬章受章。
三好 信浩(みよし のぶひろ、1932年8月18日 - 20… 三好 信浩(みよし のぶひろ、1932年8月18日 - 2024年1月24日)は、日本の産業教育史学者、広島大学・比治山大学名誉教授。 大分県日田市生まれ。1961年広島大学大学院教育学研究科博士課程満期退学、1966年「英国公教育制度成立課程の研究 ケイ・シャトルワースを中心にして」で教育学博士。茨城大学講師、助教授、大阪市立大学助教授、広島大学教育学部助教授をへて、教授、1996年定年退官、名誉教授となり、甲南女子大学教授、比治山大学学長を務め、名誉教授となった。 2013年4月瑞宝中綬章受章。 2024年1月24日に悪性リンパ腫のため、広島県福山市の病院で死去。91歳没。
森 楙(もり しげる、1932年6月16日 - )は、日本の… 森 楙(もり しげる、1932年6月16日 - )は、日本の幼児教育学者、教育社会学者、広島大学名誉教授。 長崎県南高来郡有明町(現島原市)出身。筆名・森しげる。1955年広島大学教育学部卒。1960年同大学院教育学研究科教育学専攻博士課程満期退学。1961年広大教育学部助手、1962年広島県立保育専門学校主事、1965年立命館大学産業社会学部助教授、1971年広島大学助教授、1983年教授、同年「G.H.ミードの幼児社会化論の研究」で広島大学より教育学博士の学位を取得。広島大学評議員、附属幼稚園長、教育学部附属幼年教育研究施設長、附属学校部長を兼任、1996年定年退官、名誉教授、日本保育学会、日本教育社会学会、日本子ども社会学会の理事を務めた、広島修道大学教授、くらしき作陽大学客員教授。
児玉 正憲(こだま まさのり、1932年4月22日 - )は… 児玉 正憲(こだま まさのり、1932年4月22日 - )は、日本の経営学者(専門は生産管理)。理学博士、九州大学名誉教授、広島修道大学名誉教授(元学長)。 広島県出身。1955年広島大学文理学部卒業。1960年九州大学大学院理学研究科修士課程修了。九州大学経済学部教授、九州大学経済学部長、広島修道大学学長を歴任。 日本生産管理学会(会長)、日本オペレーションズ ・リサーチ学会(九州支部顧問)、日本経営工学会(九州支部顧問)、他。 2009年4月瑞宝中綬章受章。
溝上 泰(みぞうえ やすし、1932年4月2日 - 2025… 溝上 泰(みぞうえ やすし、1932年4月2日 - 2025年12月16日)は、日本の教育学者。広島大学・鳴門教育大学名誉教授。社会科教育学専攻。 広島県御調町出身。広島大学教育学部高等学校教育科社会科歴史卒業。同大学大学院文学研究科修士課程西洋史学専攻修了(文学修士)。広島大学大学院を修了後、広島県海田高等学校(現広島県立海田高等学校)教諭となり、その後は長崎大学教育学部講師、同大学助教授、広島大学助教授、同大学教授、広島大学附属東雲小学校長に就任。1995年鳴門教育大学教授、同大学副学長を経て1998年4月から2004年3月まで同大学学長に就任。 また文部省初等中等教育局小学校教育課教科調査官、全国社会科教育学会長、日本社会科教育学会評議員、OECD/CERI環太平洋研究組織議長、日本教育大学協会理事・評議員、日本教科教育学会理事、徳島県教育振興会審議会長を歴任。
五十嵐 美智(いがらし みち、1932年3月30日 - 20… 五十嵐 美智(いがらし みち、1932年3月30日 - 2002年12月10日)は、日本の英文学者、金城学院大学名誉教授。 新潟県生まれ。1954年、広島大学英文科卒、金城学院大学助手。1957年に専任講師、1963年に助教授を経て、1978年、教授。1976年、マドリード大学から「ロルカとイギリス・ロマン派詩人たち」に対してPh.D.。ワーズワスを研究した。2000年、定年退任。 2002年12月10日、急性心不全のため死去。
伊藤 秀三(いとう しゅうぞう、1932年 - 2025年5… 伊藤 秀三(いとう しゅうぞう、1932年 - 2025年5月6日)は、日本の生態学者。長崎大学名誉教授。専門は植物生態学。日本ガラパゴスの会会長、チャールズ・ダーウィン財団評議員、日本巨樹巨木林の会会長などを務める。 広島県竹原市出身。1955年、広島大学理学部生物学科卒業。同大学院理学研究科修了。理学博士。日本自然保護協会研究員などをへて、1970年長崎大学教養部教授となり、のち長崎大学環境科学部教授。1998年に退官し長崎大学名誉教授となる。 長崎県の島嶼部をはじめ、ハワイ諸島、ガラパゴス諸島、小笠原諸島の植生調査に従事。特に、ガラパゴス諸島については、1964年以来、計七回にわたって学術調査を行った。
好村 冨士彦(こうむら ふじひこ、1931年8月21日 - … 好村 冨士彦(こうむら ふじひこ、1931年8月21日 - 2002年9月19日)は、日本のドイツ文学・哲学者。広島大学名誉教授。 1931年、東京都で生まれた。1938年、北支宣撫の父に従って北京に渡った。1943年に父が死去。そのまま大陸に滞在し、1946年に引き上げた。 帰国後広島高等学校に入学し、1949年に学制改革で広島大学理学部となった同校で学んだが、肺結核のため療養に入った。 1958年、早稲田大学第一文学部独文科に入り、60年安保で野口武彦らと知りあった。1962年に卒業し、同大学大学院に進んだ。清水多吉、池田浩士らとブロッホ研究会を作った。1967年、博士課程を単位取得後満期退学した。
今永 清二(いまなが せいじ、1931年3月17日 - 20… 今永 清二(いまなが せいじ、1931年3月17日 - 2018年3月16日)は、日本の東洋史学者、広島大学名誉教授。 大分県生まれ。広島大学卒。1974年「中国回教社会史研究序説」で広島大学文学博士。別府大学助教授、広島大学文学部助教授、教授、1994年定年退官、名誉教授、広島市立大学教授、県立広島女子大学学長。2004年退任。2007年秋瑞宝中綬章叙勲。2018年3月16日、呼吸不全のため、大分市内の病院で死去、86歳。叙正四位。
片岡 徳雄(かたおか とくお、1931年2月6日 - 202… 片岡 徳雄(かたおか とくお、1931年2月6日 - 2020年2月28日)は、日本の教育学者(教育社会学)。教育学博士。広島大学名誉教授。 高知県出身。1953年広島大学教育学部卒業。広島大学大学院教育学研究科博士後期課程修了、教育学博士。広島大学教育学部教授、同教育学部長を歴任。定年退官後は、広島経済大学教授や土佐女子短期大学の学長などを務めた。「日本子ども社会学会」を設立した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
沢田 昭二(さわだ しょうじ、1931年 - )は、日本の物… 沢田 昭二(さわだ しょうじ、1931年 - )は、日本の物理学者。素粒子の理論物理学者。名古屋大学名誉教授。 1931年、広島県広島市で生まれた。13歳のときに広島で被爆。広島大学理学部へ入学し、1955年に卒業。卒業後は同大学大学院理学研究科へ進んだ。1961年に学位論文『π中間子-核子衝突における一個のπ中間子発生過程』を提出して理学博士号を取得し、卒業した。 卒業後は、1986年より名古屋大学理学部助教授。1990年に教授に昇格。素粒子物理学の研究者として小川修三に師事し、素粒子論の研究に携わった。坂田昌一が発表した坂田模型における対称性に関する沢田-米沢質量公式などの研究を行った。 名古屋大学を定年退職後、原爆症患者認定訴訟の原告側証人として原爆被害者救済に携わり、原爆の放射線による影響の調査研究を始める。
橋本 暢夫(はしもと のぶお、1931年 - 2024年12… 橋本 暢夫(はしもと のぶお、1931年 - 2024年12月17日)は、日本の国語教育学者。 大阪市生まれ。1954年広島大学教育学部卒業。和歌山県立桐蔭高等学校、広島県下の高等学校に勤務。1969年広島県教育委員会指導課指導主事、高等学校教育係係長・指導課課長補佐。広島県立高等学校教頭、1980年大分大学助教授、教授。1989年鳴門教育大学教授、評議員、付属図書館長となり「大村はま文庫」を創設、1990年大村はま賞受賞。1997 - 2003年徳島文理大学教授。2002年「中等学校国語科教材史研究 現代文教材化の状況とその史的役割を中心に」で広島大学博士(教育学)。専攻は国語教育学、国語教育史研究。