花城 大輔 (はなしろ だいすけ、1971年〈昭和46年〉8… 花城 大輔 (はなしろ だいすけ、1971年〈昭和46年〉8月3日 - )は、日本の政治家。沖繩県沖縄市長(1期)。沖縄県議会議員(4期)、自由民主党沖縄県支部連合会幹事長を歴任した。 沖縄中頭郡コザ市諸見里(現・沖縄県沖縄市)出身。沖縄市立中の町小学校、沖縄市立山内中学校を経て沖縄県立北谷高等学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。4年間勤務した後、家業である化粧品の卸などを手掛ける会社に入り、代表取締役を務めた。2009年には沖縄青年会議所理事長に就任した。 2014年、琉球大学法文学部に入学。同年、沖縄県知事選挙と同日に執行された、県議会議員補欠選挙に沖縄市選挙区から初当選。県議中は、自由民主党沖縄県支部連合会幹事長も務めた。
大城 憲幸(おおしろ のりゆき、1968年9月19日 - )… 大城 憲幸(おおしろ のりゆき、1968年9月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県南城市長(1期)。大里村議会議員(1期)、南城市議会議員(3期)、沖縄県議会議員(2期)、政党そうぞう政調会長などを歴任。 沖縄県島尻郡大里村大城(現在の南城市大里大城)出身。沖縄県立南部農林高等学校、琉球大学農学部卒。JA沖縄経済連勤務を経て、1999年に就農。 2002年、大里村議会議員選挙で初当選。2006年、大里村は近隣の町村と合併し、南城市が発足。合併後の南城市議会議員に当選。下地幹郎率いる政党そうぞうに参加し、2010年、2014年の市議選は同党公認で再選。2015年、政党そうぞうが維新の党に合流したため維新の党所属となる。
松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )… 松本 哲治(まつもと てつじ、1967年10月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県浦添市長(4期)。2013年、浦添市長選で初当選。保守系市長で構成された市長連合「チーム沖縄」のメンバーである。 琉球政府浦添村(現・沖縄県浦添市)出身。浦添市立仲西小学校、浦添市立仲西中学校、興南高等学校卒業。1991年(平成3年)3月、琉球大学法文学部法政学科政治学コース卒業。東京で英国系金融コンサルティング会社に勤務したのち、1996年(平成8年)、カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了。社会福祉学の修士号を取得。 浦添総合病院等に勤務したのち、2002年(平成14年)に福祉活動、まちづくり活動を主たる目的とするNPO法人を設立。
長浜 善巳(ながはま よしみ、1965年(昭和40年)7月1… 長浜 善巳(ながはま よしみ、1965年(昭和40年)7月19日 - )は、日本の政治家。沖縄県恩納村長(3期)。2006年から2014年まで2期8年にわたり恩納村議会議員を歴任した。 琉球大学卒業後、会社員のち2006年に村議に初当選し2014年まで2期(8年)務めた。恩納村議員時代は常任委員会として、総務財政文教委員会委員と議会広報委員会委員などを担当。 2015年1月18日投票日の恩納村長選挙にて3259票を獲得し、現職の志喜屋文康氏=無所属、公明推薦=を1005票差で破り、初当選した。選挙戦では当時49歳という若さをアピール。マンネリ化した村政運営を打開し、観光協会の設立や人材育成を通したまちづくりなどを掲げた。
瑞慶覧 長敏(ずけらん ちょうびん、1958年〈昭和33年〉… 瑞慶覧 長敏(ずけらん ちょうびん、1958年〈昭和33年〉10月24日 - )は、日本の政治家。沖縄県南城市長(1期)、衆議院議員(1期)を務めた。 琉球政府島尻郡大里村(現:沖縄県南城市大里)に生まれる。ワシントン州立セントラル・ワシントン大学経済学部を卒業後、琉球大学法文学部経済学科に編入し、1986年に卒業。大学卒業後、大阪府や沖縄県で英語教育に従事した。 2009年、第45回衆議院議員総選挙に沖縄4区から民主党公認で出馬し、自由民主党前職の西銘恒三郎を破り、初当選した。 2011年6月2日の衆議院本会議における菅第2次改造内閣不信任決議案の採決では、党の反対方針に反して本会議を欠席し、投票を棄権した。
又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は… 又吉清義(またよし せいぎ、1957年11月20日 - )は日本の政治家。宜野湾市議(4期)を経て、沖縄県議(3期目)を務める。 1957年11月20日、宜野湾市我如古に生まれる。1976年、沖縄県立普天間高等学校卒業。1981年、琉球大学短期大学部機械工学科卒業。1990年、我如古自治会会長に就任する。1994年、宜野湾市議会議員選挙に立候補して、初当選を果たす。2002年、市議選に3選を目指して立候補したが、定数30に対し33位で落選した。2006年、市議選に無所属で立候補し、28人中4位で3選を果たし、返り咲きを果たした。2010年9月12日、市議選で28人中7位で4選を果たした。2012年3月17日、沖縄県議会議員選挙に宜野湾市選挙区から立候補する意向を表明した。
伊良皆 光夫(いらみな みつお、1955年〈昭和30年〉5月… 伊良皆 光夫(いらみな みつお、1955年〈昭和30年〉5月25日 - )は、日本の政治家。沖縄県多良間村長(第29 - 32代)。 米国施政下にあった沖縄の宮古郡多良間村塩川出身。沖縄県立宮古高等学校を経て、琉球大学短期大学部法経学科を卒業。1979年(昭和54年)12月、宮古郡農業協同組合に入組。同組合金融課長、沖縄県農業協同組合多良間支店金融共済課長などを歴任。 2005年(平成17年)7月、多良間村助役に就任。 2007年(平成19年)4月、多良間村副村長に就任。2012年(平成24年)10月まで務めた。 2013年(平成25年)5月11日、多良間村長選挙への出馬を表明。同年6月16日に投開票され、3選を目指した現職の下地昌明を破り初当選。
髙良 鉄美(たから てつみ、男性、1954年1月15日 - … 髙良 鉄美(たから てつみ、男性、1954年1月15日 - ) は、日本の憲法学者、政治家。琉球大学大学院法務研究科(法科大学院)名誉教授。 参議院議員(1期)、沖縄社会大衆党委員長を歴任した。父は動物学者で第8代琉球大学学長の高良鉄夫。 琉球政府那覇市出身。那覇市教育区立松川小学校、那覇市教育区立真和志中学校、琉球政府立那覇高等学校卒業。九州大学法学部へ進学。1981年、九州大学大学院法学研究科にて法学修士号を取得。1984年、同研究科博士課程(公法学専攻)を単位取得退学。 1984年、琉球大学に着任。助手、講師を経て、1988年より法文学部助教授。1995年より教授。2019年退任。 2019年1月、沖縄社会大衆党元委員長の糸数慶子の後継として、同年7月に行われる第25回参議院議員通常選挙に沖縄県選挙区より立候補することを表明。
松川 正則(まつがわ まさのり、1953年〈昭和28年〉9月… 松川 正則(まつがわ まさのり、1953年〈昭和28年〉9月20日 - 2024年〈令和6年〉7月26日)は、日本の政治家。沖縄県宜野湾市長(2期)。 琉球政府宜野湾村(現・沖縄県宜野湾市野嵩)に生まれる。1973年(昭和48年)4月、宜野湾市役所に入庁。1976年(昭和51年)3月、琉球大学短期大学部法経学科卒業。2012年(平成24年)3月、副市長に就任。 2018年8月8日、沖縄県知事の翁長雄志が任期中に死去。翁長の死去に伴う県知事選に出馬するため、宜野湾市長の佐喜眞淳が8月18日付で辞職。9月30日に行われた宜野湾市長選挙に自民党・公明党・日本維新の会の推薦を受けて立候補。「オール沖縄」勢力が支援した沖縄県高校PTA連合会前会長の仲西春雅との一騎打ちを制し初当選した。
島袋 秀幸(しまぶくろ ひでゆき、1952年7月12日 - … 島袋 秀幸(しまぶくろ ひでゆき、1952年7月12日 - 2022年5月21日)は、日本の政治家、地方公務員。伊江村長を務めた。 伊江村西江上に生まれる。琉球大学を卒業後、1977年5月より伊江村役場入庁。税務課に配属される。総務課長、助役、副村長を歴任。2013年には村長選挙に立候補し無投票当選。 2022年4月27日、新型コロナウイルスに感染していたことが判明。同月18日には、西銘恒三郎(沖縄北方担当大臣)と自民党沖縄振興調査会会長小渕優子を訪問するため名護市長の渡具知武豊ら11人の首長と共に東京出張をしていた。 5月21日21時39分、伊江村の自宅で死去。69歳没。死因はくも膜下出血であった。
伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日… 伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日 - )は、日本の政治家。沖縄県選出の参議院議員(2期)、会派「沖縄の風」幹事長。 沖縄県宜野湾市長(2期)、沖縄県議会議員(2期)を歴任した。 琉球臨時中央政府中頭郡宜野湾村(現・沖縄県宜野湾市)生まれ。琉球政府立普天間高等学校、琉球大学理工学部物理学科卒業。1974年、宜野湾市役所に就職。宜野湾市職労委員長、中部地区労事務局長を経て、1996年、沖縄県議会議員選挙に出馬し、初当選。2000年に再選。2003年、2期目の任期途中で辞職し、宜野湾市長選挙に出馬して当選する。2007年、宜野湾市長再選。市長在職中、沖縄県内の地方自治体で初めて中学生までの病院への入院費の無料化を実現した。
座喜味 一幸 (ざきみ かずゆき、1949年(昭和24年)1… 座喜味 一幸 (ざきみ かずゆき、1949年(昭和24年)12月15日 - )は、日本の政治家。第3代宮古島市長(1期)。元沖縄県議会議員(3期)。 1949年、アメリカ統治下の沖縄(宮古民政府)平良市(現・沖縄県宮古島市平良字西仲宗根)に生まれる。平良市立北小学校(現・宮古島市立北小学校)、平良市立平良中学校(現・宮古島市立平良中学校)、琉球政府立宮古高等学校(現・沖縄県立宮古高等学校)卒業。1972年、琉球大学農学部卒業。同年、沖縄の本土復帰(沖縄返還)に伴い設置された沖縄総合事務局に入局。 1995年、宮古土地改良区事務局長就任。 2008年、沖縄県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し初当選。
喜納 昌春(きな まさはる、1947年6月10日 - )は、… 喜納 昌春(きな まさはる、1947年6月10日 - )は、日本の政治家。沖縄県議会議員(6期)、沖縄県議会議長、沖縄社会大衆党委員長などを務めた。沖縄県中頭郡西原町出身。 琉球大学卒業。1988年の第6回沖縄県議会議員選挙で中頭郡選挙区より立候補し初当選。以後、5期連続当選し2004年に沖縄社会大衆党(社大党)委員長に就任。同年の第20回参院選で民主党・社民党・共産党と共に野党共闘体制を構築し、社大党の副委員長・糸数慶子を無所属の野党統一候補として出馬、当選させた。2008年の第10回県議選においては県政の与野党を逆転させたものの自身は落選し、社大党も議席を減らす結果となったが委員長職を続投した。
島袋 吉和(しまぶくろ よしかず、1946年〈昭和21年〉7… 島袋 吉和(しまぶくろ よしかず、1946年〈昭和21年〉7月20日 - )は、日本の政治家。元沖縄県名護市長(1期)。旭日小綬章。 沖縄県出身。琉球大学農学部卒。卒業後は沖縄証券(現おきぎん証券)に入る。その後。北部養豚農業協同組合専務理事を経て、名護市議会議員となる。市議を4期務め、議長を務めた。 2006年〈平成18年〉の名護市長選挙に立候補し、初当選する。市長は1期務め、2010年〈平成22年〉の市長選挙で落選した。 2016年 秋の叙勲で地方自治功労により旭日小綬章を受章。
下地 敏彦(しもじ としひこ、1945年(昭和20年)12月… 下地 敏彦(しもじ としひこ、1945年(昭和20年)12月10日 - )は、日本の政治家。元沖縄県宮古島市長(3期)。2015年8月、沖縄の保守系市長の会「チーム沖縄」を立ち上げ、その会長に就任した。落選後の2021年5月、陸上自衛隊駐屯地の用地売却を巡る贈収賄事件で逮捕された。 沖縄県宮古郡平良町(現宮古島市平良)生まれ。沖縄県立宮古高等学校、琉球大学理工学部生物学科卒業。 沖縄県宮古支庁長や旧城辺町助役を務めた。 2002年、平良市長選挙に出馬するも、現職の伊志嶺亮に敗れ、落選。2005年11月、市町村合併に伴い誕生した宮古島市の市長選に出馬したが、再び伊志嶺に413票差で敗れる。2006年6月より沖縄県漁業協同組合連合会会長を務めた。
照屋 寛徳(てるや かんとく、1945年〈昭和20年〉7月2… 照屋 寛徳(てるや かんとく、1945年〈昭和20年〉7月24日 - 2022年〈令和4年〉4月15日)は、日本の政治家、弁護士(登録番号:13361)。 衆議院議員(6期)、参議院議員(1期)、社会民主党副党首、同党国会対策委員長(第9代)、沖縄県議会議員(2期)などを歴任した。沖縄国際大学名誉教授の照屋寛之は本家筋にあたり、親戚である。 サイパン島の米軍捕虜収容所で生まれる。沖縄県具志川市(現・うるま市)出身。父、照屋寛栄は沖縄からの出稼ぎ労働者で、当時収容所で、死体片付け人として働いていた。1968年、琉球大学法文学部を卒業。1972年、司法修習を終え弁護士登録。 1988年、沖縄県議会議員選挙に無所属(日本社会党推薦)で出馬し、当選。
稲嶺 進(いなみね すすむ、1945年(昭和20年)7月17… 稲嶺 進(いなみね すすむ、1945年(昭和20年)7月17日 - )は、日本の政治家。オール沖縄共同代表、元沖縄県名護市長(2期)。 沖縄県国頭郡久志村(現:名護市字三原)生まれ。久志村立三原小学校、琉球政府立宜野座高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、琉球大学法文学部卒業。1972年(昭和47年)1月、名護市役所に就職し、厚生課に配属される。その後、名護市総務部長や収入役を経て、2005年(平成17年)に名護市教育長に就任。以後4年間同市教育長を務める。2010年(平成22年)1月24日執行の名護市長選挙に「普天間飛行場県内移設反対」を掲げて出馬し、初当選した。同年2月8日、市長に就任。
東門 美津子(とうもん みつこ、1942年11月16日 - … 東門 美津子(とうもん みつこ、1942年11月16日 - )は、日本の政治家。沖縄県沖縄市長(2期)。衆議院議員(2期)、沖縄県副知事を務めた。
山里 朝盛(やまざと ちょうせい、1937年(昭和12年)4… 山里 朝盛(やまざと ちょうせい、1937年(昭和12年)4月18日 - 2014年(平成26年)1月14日)は、日本の政治家。沖縄県糸満市長。 琉球大学農学部卒業。糸満市収入役を経て、2000年市長選挙に立候補。元職の上原宜成を破り当選。2004年の選挙では、新人の西平賀雄に敗れ次点で落選。 2007年、旭日双光章。2012年からは糸満市社会福祉協議会会長を務めた。 2014年1月14日、癌で死去。
仲里 利信(なかさと としのぶ、1937年3月16日 - )… 仲里 利信(なかさと としのぶ、1937年3月16日 - )は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(1期)、沖縄県議会議長(第14代)、沖縄県議会議員(4期)を務めた。 沖縄県島尻郡南風原町生まれ。幼少期は沖縄戦を体験する。沖縄県立知念高等学校、琉球大学文理学部化学科卒業。卒業後は島ぞうり(ゴムぞうり)製造を主に手がける企業を設立し、同社代表を務める。 衆議院議員、参議院議員を務めた大城眞順の後援会事務局長を経て、1992年の沖縄県議会選挙に自由民主党公認で島尻郡選挙区から出馬し、初当選。自民党を離党して新進党に参加するが、1997年9月、新進党を離党し、自民党に復党した。4期16年にわたり県議を務め、2006年には沖縄県議会議長に選出された(~2008年)。
比嘉 昇(ひが のぼる、1935年〈昭和10年〉11月13日… 比嘉 昇(ひが のぼる、1935年〈昭和10年〉11月13日 - 1992年〈平成4年〉12月24日)は、日本の政治家。沖縄県浦添市長(4期)。位階は従五位。勲四等瑞宝章。 沖縄県出身。1960年(昭和35年)3月、琉球大学文理学部法政学科卒業。その後は裁判所書記官として、沖縄の裁判所を転々とする。1971年(昭和46年)、退職して、弁護士となる。1972年(昭和47年)沖縄県議選に浦添市選挙区から無所属で立候補して当選した。同年6月25日に就任した。1974年(昭和49年)5月31日に自民党入りした。1976年(昭和51年)の選挙で再選を果たした。 1980年(昭和55年)の浦添市長選挙に自民党、民社党、新自由クラブ推薦の無所属で立候補し、社会党、共産党推薦、公明党支持の沖縄社会大衆党公認で現職の又吉盛一を破って初当選を果たした。
山内徳信(やまうち とくしん、1935年2月15日 - )は… 山内徳信(やまうち とくしん、1935年2月15日 - )は、日本の政治家。前日朝国交正常化推進議員連盟幹事。 参議院議員(1期)、沖縄県出納長、読谷村長などを歴任。
瑞慶覧 長方(ずけらん ちょうほう、1932年 - 2023… 瑞慶覧 長方(ずけらん ちょうほう、1932年 - 2023年8月18日)は、日本の政治家・植物学者。元沖縄県議会議員・沖縄社会大衆党委員長。前沖縄県南城市長・瑞慶覧長敏は長男、2024年の沖縄県議会議員選挙で当選した元南城市議会議員の瑞慶覧長風は孫にあたる(長敏の次男)。 沖縄県島尻郡大里村(現・南城市)出身。1945年6月に多数の民間犠牲者を出した沖縄戦の南部戦線を生き残り、米国統治下で琉球大学理学部に入学。1953年に高良鉄夫助教授を団長とする尖閣諸島の生物分布調査に参加している。大学卒業後、知念高校の教諭を経てサボテン研究家となり、特に南米産の品種を数多く紹介したことで沖縄の園芸界において広く名前を知られる存在となった。
半嶺 当泰(はんみね とうたい、1929年〈昭和4年〉9月5… 半嶺 当泰(はんみね とうたい、1929年〈昭和4年〉9月5日 - 2019年〈平成31年〉4月14日)は、日本の政治家。元沖縄県石垣市長(1期)。 石垣市生まれ。旧制沖縄県立八重山中学校卒。琉球大学語学部国語科中退。自治大学第二部課程修了。石垣市大浜支所総務課長や議会事務局長などを歴任した。1970年(昭和45年)石垣市議会議員に当選し、5期務めた。この間、1982年(昭和57年)9月から1990年(平成2年)3月まで第11・12代市議会議長を務めた。 1990年(平成2年)、任期途中で市議を辞職した。同年の市長選挙に立候補して、5選を現職の内原英郎を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:88.85%(前回比:-pts) 1994年(平成6年)の市長選に再選を目指して立候補したが、元沖縄県立八重山病院長の大濱長照に敗れた。