中島 さおり(なかじま さおり、1961年 - )は、フラン… 中島 さおり(なかじま さおり、1961年 - )は、フランス文学者、翻訳家、エッセイスト。 父はフランス文学者の中島昭和、母も同業の中島公子、妹は直木賞作家の中島京子。東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、学習院大学大学院人文科学研究科フランス文学専攻博士前期課程修了。1987年に渡仏し、パリ第3大学比較文学科博士準備課程修了。滞在中にフランスの週刊新聞社で日本部門の新聞記事の抜粋翻訳編集の仕事に携わる。1995年に帰国して、中央大学などでフランス語の非常勤講師を務めた後、1998年再渡仏。現在はフランス人の夫と2人の子どもとパリ近郊で暮らす。 2006年『パリの女は産んでいる―『恋愛大国フランス』に子供が増えた理由』で第54回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
植月 惠一郎(うえつき けいいちろう、1956年1月22日 … 植月 惠一郎(うえつき けいいちろう、1956年1月22日 -)は、日本の英文学者、日本大学芸術学部教授。研究対象は、イギリス文学自然文化誌。 岡山県生まれ。1979年神戸大学理学部地球科学科卒、1982年千葉大学人文学部人文学科卒、1985年立教大学大学院文学研究科博士前期課程修了、1988年学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程満期退学。1989年日本大学芸術学部専任講師、95年助教授、2001年教授。2022年退職。 全日本柔拳連盟において太極拳、形意拳、八卦掌を指導している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
村尾 誠一(むらお せいいち、1955年8月10日 - )は… 村尾 誠一(むらお せいいち、1955年8月10日 - )は、日本文学者、専門は日本古典文学。学位は、博士(文学)(東京大学)。東京外国語大学名誉教授。 東京都武蔵野市生まれ。1979年学習院大学文学部卒業、1987年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学、東京外国語大学外国語学部助手、1989年講師、1993年助教授、2002年教授、2009年同総合国際学研究院教授(大学院重点化に伴う配置換え)。2015年同大学国際日本学研究院教授、2021年東京外国語大学を定年退職、名誉教授。2010年、「中世和歌史論 新古今和歌集以後」で東京大学より博士(文学)学位取得。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
神田 典城(かんだ のりしろ、1949年2月 - )は、国文… 神田 典城(かんだ のりしろ、1949年2月 - )は、国文学者。学習院女子大学国際文化交流学部教授。専門は上代文学。 東京都出身。1973年、学習院大学文学部を卒業。1980年に学習院大学大学院人文科学研究科博士課程を退学し、学習院大学助手となり、その後1983年から学習院大学非常勤講師、1984年から学習院女子短期大学専任講師、1987年同助教授、1993年同教授、1998年学習院女子大学教授。2008年より同大学国際文化交流学部長兼国際文化交流学研究科委員長。2017年より同大学学長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
吉田 加南子(よしだ かなこ、1948年11月2日 - )は… 吉田 加南子(よしだ かなこ、1948年11月2日 - )は、日本の詩人、フランス文学者、翻訳家。学習院大学名誉教授。 『定本 闇ー見ること闇が光となるまで』(1993年)で高見順賞を受賞。無駄な言葉の一切を削り、抑制の利いた端的な言葉で表現する。作品に詩集『さかな』(2008年)、随筆集『言葉の向こうから』(2000年)などがある。 東京生まれ。学習院大学文学部仏文科卒。東京大学大学院およびパリ第三大学にて学ぶ。1994年、詩集『定本 闇』で高見順賞受賞。父は詩人で『ガダルカナル戦記』の著者・吉田嘉七(1918 - 1997)。
平山 三男(ひらやま みつお、1947年5月5日 - )は、… 平山 三男(ひらやま みつお、1947年5月5日 - )は、日本の国文学者、1990年代の予備校有名教師、小説家。専門は川端康成研究。 疎開先の栃木県東那須で生まれ、東京都豊島区で育つ。1971年学習院大学文学部国文学科卒業、1973年同大学院人文科学研究科国文学専攻修士課程修了。修了後、立川女子高等学校国語科教諭。1978年12月、山岳部顧問として海外遠征に参加し、ヒマラヤ山脈ゴーキョピーク女子高生パーティ世界初登頂を果たす。 1983年同高校を退職。以後は研究者、大学講師、予備校教師として活動。東進ハイスクール、早稲田ゼミナール、一橋学院などに勤める。早稲田ゼミナール現代文・小論文特進コースの歴代有名講師として挙げられ[要出典]、東進ハイスクールではテキストの出版と全校舎を対象にした衛星授業「サテライブ」を行う。
佐伯 隆幸(さえき りゅうこう、本名読み・たかゆき 1941… 佐伯 隆幸(さえき りゅうこう、本名読み・たかゆき 1941年2月15日 - 2017年1月21日)は、日本の演劇評論家、フランス文学者、学習院大学名誉教授。 シンガーソングライターの大和姫呂未は姪にあたる。 広島県生まれ。愛媛県出身。学習院大学文学部仏文科卒、同大学院博士課程中退。演劇集団68/71(現在の劇団黒テント)創立に参加。同集団の制作部門責任者として1960代後期からのアングラ演劇の左翼的活動の興隆に携わった。のち現場を離れ演劇評論家として活躍。またフランス文学者として駒澤大学教授を経て、学習院大学フランス語圏文化学科の教授を務め、フランスを軸にした現代演劇と演劇史を関心領域としていた。
高橋 治男(たかはし はるお、1936年11月25日 - )… 高橋 治男(たかはし はるお、1936年11月25日 - )はフランス文学者。中央大学名誉教授。 1936年、千葉県四街道市で生まれた。千葉県女子師範学校附属幼稚園卒園後、戦争の影響で千葉市立富士見小学校、四街道町立富士見小学校、千葉大学教育学部附属第二小学校と小学校を転々とした。千葉大学教育学部附属第二中学校を卒業し、千葉県立千葉第一高等学校に進んだ。中学時代に三銃士などのアレクサンドル・デュマの小説に夢中になり、高校時代には「天井桟敷の人々」などフランス映画から多大の影響を受けた。高校卒業後は学習院大学文学部仏文学科へ進学。大学院は東京都立大学大学院仏語仏文学専攻に進み、修士課程を修了。 1969年4月、中央大学法学部専任講師となった。
戸張 規子(とばり のりこ、1936年6月7日 - 2020… 戸張 規子(とばり のりこ、1936年6月7日 - 2020年4月3日)は、日本のフランス文学者。慶應義塾大学理工学部教授を経て、慶應義塾大学名誉教授。専門はジャン・ラシーヌ、フランス古典劇。夫は戸張智雄。 東京都出身。1959年、学習院大学文学部フランス文学科卒業、1961年同大学院人文学研究科フランス文学専攻修士課程修了。1969年仏蘭西政府派遣スタジエール、1973年フランス政府派遣プロヴァンス大学派遣。1969年、共立女子大学文芸学部専任講師、1973年、同大学助教授。1979年、パリ第3大学言語音声学研究所。1982年、慶應義塾大学理工学部助教授、1988年、同大学教授。2002年、定年退職、名誉教授。
内田 市五郎(うちだ いちごろう、1936年 - )は、日本… 内田 市五郎(うちだ いちごろう、1936年 - )は、日本の英文学者、共立女子短期大学名誉教授。 東京生まれ。1960年学習院大学文学部英文科卒、62年同大学院修士課程修了。共立女子短期大学教授、2007年定年退任、名誉教授。 エドガー・アラン・ポー研究のほか、蔵書票を研究した。2003年、Sir Augustus Wollaston Franks Certificateを国際蔵書票連盟(FISAE)より受けた。
豊崎 光一(とよさき こういち、1935年12月20日 - … 豊崎 光一(とよさき こういち、1935年12月20日 - 1989年6月12日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 1935年(昭和10年)12月20日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれる。 1959年(昭和34年)、学習院大学仏文科卒、1960年(昭和35年)から3年間、パリ大学に留学する。 福永武彦門下のボードレール研究者として早くから頭角をあらわした。ル・クレジオのデビュー作『調書』の翻訳以降、現代フランス文学・思想の紹介を精力的に行い、クロソフスキー、ブランショ、フーコー、デリダなどの訳書で知られる。ジル・ドゥルーズおよびフェリックス・ガタリの『リゾーム』の日本語訳は、『千のプラトー』の一部を抜粋して作られた原書の忠実な翻訳に、ほぼ同量の訳者のお遊びをそれと分かるように紛れ込ませたものである。
岡田 朝雄(おかだ あさお、1935年11月19日- )は、… 岡田 朝雄(おかだ あさお、1935年11月19日- )は、日本のドイツ文学者、東洋大学名誉教授。 東京生まれ。1959年学習院大学文学部独文科卒。1961年中央大学大学院独文科修士課程修了。東洋大学助教授、教授。2006年、定年退任、名誉教授。日本昆虫協会設立メンバーの一人。
轡田 収(くつわだ おさむ、1934年1月30日 - )は、… 轡田 収(くつわだ おさむ、1934年1月30日 - )は、ドイツ文学者、学習院大学名誉教授。 兵庫県出身。東京大学卒。立教大学助教授、学習院大学助教授、75年教授。2004年定年退任、名誉教授。 ドイツのバロック文学を専攻。ドイツ文芸理論を翻訳紹介した。
高木 進(たかぎ すすむ、1931年〈昭和6年〉4月20日 … 高木 進(たかぎ すすむ、1931年〈昭和6年〉4月20日 - 1987年〈昭和63年〉8月23日)は、日本のフランス文学者。学習院大学教務部長、のち文学部仏文科教授。皇太子徳仁親王にフランス語を教えた。没後、妻の高木みどりが1993年東宮女官長に選任された。
吉岡 曠(よしおか ひろし、1930年11月5日 - 200… 吉岡 曠(よしおか ひろし、1930年11月5日 - 2001年12月29日)は、国文学者、学習院大学名誉教授。 1955年3月学習院大学仏文科卒業後、国文科に学士入学し、1957年3月卒業。1959年3月学習院大学大学院修士課程修了。同年4月から学習院大学国文学科助手に着任し、非常勤講師、専任講師、助教授、教授。2001年定年、名誉教授。同年12月29日、食道癌のため死去。
中島 悠爾(なかじま ゆうじ、1930年10月2日 - 20… 中島 悠爾(なかじま ゆうじ、1930年10月2日 - 2024年5月15日)は、日本のドイツ文学者。旧・東京都立大学名誉教授。ドイツ中世文学・語学専攻。 東京出身。学習院大学文学部独文科卒、1958年東京大学大学院修士課程修了。静岡大学教育学部講師、助教授、東京都立大学助教授、教授。1996年定年退官、名誉教授、獨協大学教授。 1979年までNHK教育テレビドイツ語講座講師。1982年ハルトマン・フォン・アウエ『ハルトマン作品集』の共訳により第19回日本翻訳文化賞受賞。2000年『リヒャルト・シュトラウス ホーフマンスタール往復書簡全集』で日本翻訳文化賞受賞。 2024年5月15日、老衰のため神奈川県茅ヶ崎市の自宅で死去。
村田 経和(むらた つねかず、1930年(昭和5年)8月16… 村田 経和(むらた つねかず、1930年(昭和5年)8月16日 - 2011年(平成23年)4月11日)は、日本のドイツ文学者。 曾祖父は村田銃の開発で知られる村田経芳男爵。祖父は村田綱太郎男爵、父は貴族院議員・村田保定男爵(安場末喜の三男で養子に入る)。男爵家。東京出身。 1954年、学習院大学卒業。1956年、東京都立大学大学院独文学修士課程修了。1962 - 64年ボン大学に学び、1974 - 76年ミュンヘン大学講師。 1962年学習院大学文学部助教授。1971年、教授。2001年、定年退任、名誉教授。 安場保吉・大阪大学名誉教授(経済学)は従兄。妻は村田インゲボルグ(1941 - 、ボン大学卒業、東京農工大学外国人教師)。
由良 君美(ゆら きみよし、1929年2月13日 - 199… 由良 君美(ゆら きみよし、1929年2月13日 - 1990年8月9日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 専門はコールリッジをはじめとした近代イギリスロマン主義文学。比較文学、ゴシック小説、サブカルチャーなどにも幅広い著述を行った。 ドイツ哲学者由良哲次の長男として京都市北白川に生まれる。「君美」の由来は、新井白石の諱たる君美(きんみ)に因む。母の清子は東京高等師範学校教授で、哲次の恩師である吉田彌平の次女。出生当時、父哲次はハンブルク大学に在職中だったエルンスト・カッシーラーのもとに留学中だった。1931年、哲次は日本に帰国し、1932年、一家で東京市小石川区林町(現在の東京都文京区千石)に転居。
橋本 郁雄(はしもと いくお、1923年2月16日-2009… 橋本 郁雄(はしもと いくお、1923年2月16日-2009年1月22日)は、日本のドイツ語・ドイツ文学者。学習院大学名誉教授、一橋大学元教授。ドイツ語学およびドイツ語史が専門で、特に日本の中世ドイツ語研究においては中枢を占める学者だった。また、小学館の『独和大辞典』など、独和辞典の編纂に注力した。 鹿児島県鹿児島市皷川町出身。父は第七高等学校造士館 (旧制)漢文学教授の橋本精次。祖父の自聽(よりさと)は明治初期に東京から招かれ谷山小学校校長などを務めた人物。 鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)を経て、1942年3月に第七高等学校造士館文科乙類を卒業。1944年に東京帝国大学文学部独文科を卒業したが、学年短縮や学徒出陣在隊中の卒業のため実際に大学で学ぶことができたのはわずか1年半だった。
植田 敏郎(うえだ としろう、1908年1月17日 - 19… 植田 敏郎(うえだ としろう、1908年1月17日 - 1992年10月21日)は、日本のドイツ文学者・翻訳家。静岡高等学校教授、東京外国語学校教授、学習院教授、学習院大学教授、一橋大学教授、東北歯科大学教授を歴任。 広島県広島市生れ。旧制広島高等師範学校附属中学校、旧制広島高校を経て1931年東京帝国大学独文科卒、同年渡欧、ウィーン大学、ボン大学、ベルリン大学で学び1936年帰国。1937年静岡高等学校教授。専門はゲーテ時代のドイツ文学で、のち東京外国語学校教授、学習院教授、1949年学習院大学教授、1953年一橋大学社会学部教授、1971年定年となり東北歯科大学教授。1973年『クリュス選集』の翻訳により日本翻訳文化賞受賞。
越次 倶子(えつぐ ともこ)は、日本の国文学者。東京都出身。… 越次 倶子(えつぐ ともこ)は、日本の国文学者。東京都出身。 情報将校越次一雄(陸軍中佐。1942年のガダルカナル奪回作戦で戦死)を父として東京に生まれる。学習院大学大学院修士課程修了。長谷川泉に師事し、『三島由紀夫研究』(右文書院)、『三島由紀夫事典』(明治書院)などの作成に参加。 学燈社『国文学』、至文堂『国文学 解釈と鑑賞』に論文を多数発表。さらに、一般誌で文学や美術に関する随想やインタビュー記事を執筆。 研究対象とする作家は主に三島由紀夫。その他、太宰治や川端康成、井上靖などを研究。三島由紀夫研究会、太宰文学研究会、無頼文学研究会、芸術至上主義文芸学会などに所属。 著書に『三島由紀夫 文学の軌跡』(広論社、1983年)などがある。